PandoraPartyProject

シナリオ詳細

黄金航路開拓史。或いは、御山の麓の厄介な港…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●夜明けを待つ人
 ラサ南端。
 港街“ポールスター”のとある館のテラスにて、星を眺める女が1人。
 砂色の髪が潮風に揺れて、彼女の頬をするりと撫でた。
 彼女の名はラダ・ジグリ (p3p000271)。空に輝く星ももうじき朝日に追われて見えなくなるか。夜明けを前に、ふぅ、と1つ重たい吐息を零した彼女は、ポールスターの街並みを見やる。
 1人、2人と通りに人影が増えていく。
 随分と早起きな者がいるらしい。
 それから、2頭の駱駝の影。まっすぐ館へ向かって来るその馬の背中には、カウボーイハットを被った細身の女が乗っていた。
「よぉ、頼まれた仕事を終わらせてきたぜ」
「駱駝はタフでいいですね。ですが、こう……ガンスリンガーが駱駝に乗って旅をするのは、少し締まりが悪くないです?」
 ラダの姿を見つけた2人が、酒瓶を握った手を挙げる。
 アン・バゼットとメアリー・バゼット。ラダの商会で働く商会員である。
「酒を飲んでいたのか? あまり酔うと事故を起こすぞ」
「夜通し砂漠を旅して来たんだ。硬いこと言うなよ」
「そもそもこの時間帯は就労時間外ですよ」
 悪びれた様子もなく2人は酒瓶を煽った。ラベルを見るに度数の弱い酒である。一応、2人なりに酔い過ぎないよう加減をしている風だった。

 前日の余りのパンと、温め直した質素なスープ、それから火で炙った干し肉という朝食を腹に詰め込み、アンとメアリーは満足そうに椅子に背中を預けている。
「やぁ、待ってりゃ温かい食い物にありつけるってのはいいもんだな」
「えぇ、これで立派な馬でも貰えれば不満は無いのですけどね」
 2人の視線がラダに向く。
 溜め息を零したラダは、2人の対面に腰を下ろすと紅茶のカップを傾けた。
「長旅をするなら馬より駱駝だ。そもそも馬どころか駱駝もロバも持ってなかったくせに……乗れるのか?」
 それで? と、ラダはテーブルを指先で叩いた。
 それを合図にアンとメアリーは姿勢を正す。目つきさえも、どこか剣呑なものに変わった。それからアンは、背嚢に詰めていた荷物を1つ、テーブルの上に置いた。
 それは木彫りの人形だ。
 以前、海で出会ったムラクモという名の巫女から譲り受けたものである。

『航海のお守り。それと、港へ導いてくれる呪いがかけてあるからねぇ。それがあれば、私の故郷の人たちが、君らに協力してくれるようになるはずさぁ』

 ムラクモはそう言っていた。
 しかし人形にかけられている“呪い”の詳細も不明なままでは安心できないということで、2人に調査を頼んでいたというわけだ。
「預かった人形について調べて来た。“航海のお守り”で“港へ導いてくれる呪い”がかけられているって話だったけど……結論から言うなら詳細不明だ」
「学者に星見屋、旅の詩人、物知りおばあちゃん、砂漠の牢の囚人たち……あちこちで聞いて来ましたけど、誰もこの人形にかかっている呪いについて知らなかったわ」
 2人の話を聞いたラダは、人形を手に取り顔の高さに持ち上げた。
 片手で持てる程度の木彫りの人形だ。人の姿を模したものだが、6本の腕が付いている。
 現在、6本の腕は閉じられているが、海に出るとそれぞれ別の方角を指さすのだ。
「航路を指し示していることは間違いない。別々のルートだが、最終的な目的地がおそらく同じ場所だというのも分かっている」
「……件の巫女だがを助けた礼にもらったもんなんだろ?」
「もう、信用しちゃって実際に海に出てみるのがいいんじゃないです?」
「出かけてる間、港のことは任せておけよ」
「不在の間は上手く仕切って見せますよ。何日でも何カ月でも何年でも」
 ニコニコといい笑顔を浮かべるバゼット姉妹を交互に見やって、ラダは額に手を当てる。
「経理の者を呼んでおくよ。なるべく早く戻る」
 その言葉を聞いたバゼット姉妹は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
 酒代を経費で落とそうとして、淡々と突き返された苦い記憶が蘇ったのである。

●豊穣
「ありゃ……なんだ」
 操舵輪を握る手が震えた。
 ジョージ・キングマン (p3p007332)が見据える先には山がある。山の中腹には「☆」の形で火が燃えていた。
 咥えた煙草の先端から、溜まった灰が甲板に零れる。
「……間違いねぇよな」
 炎の灯された山と、操舵輪の前に置かれた人形を交互に見やる。
 6本の腕は、すべて山の方向を向いていた。
 つまりそこが、ムラクモの故郷であることは間違いないらしい。

 海に建つ巨大な鳥居。
 船で鳥居を潜った先には、古い造りの港があった。
 港から山までは長い階段と、数百を超える赤い鳥居。それぞれの鳥居には、誰かの名前が彫り込まれている。
「異国情緒あふれるというかなんというか……協力してくれるって話だったが、さて」
 どうなることか、と。
 船の番を仲間に任せて、ジョージは1人、港へ降りた。

 山の麓の社の中で、ジョージと女性が向かい合う。
 白い肌の痩せた女だ。
 肌も髪も真っ白で、狐のように細い瞳は紅かった。よくよく見れば、髪にも幾筋か赤いものが混じっている。以前に会ったムラクモを、さらに30歳ほど老けさせたような外見だ。おそらくは血縁者だろうと予想しながら、ジョージは出された茶を啜る。
「ムラクモの紹介って言うなら、我らも協力してやりたいのだけどのぉ。あの子はこう……のんびりしているもんだからのぉ」
 どこかぼんやりとした様子で、女性は顎に指を触れた。
 それから彼女……シノノメは、4本の指を立てる。
「まず神事を司る“巫女の一族”。まぁ、うちだのぉ。それから、集落の攻防を司る“武人の一族”。後は医療を司る“薬師の一族”。そして最後は築造を司る“大工の一族”」
「……はぁ」
 雲行きが怪しくなったな、とジョージは表情を曇らせた。
「うちを含めて2族の賛同を得られなければ、港は貸してあげられないねぇ」
「賛同を得る、というのは? 話し合いでどうにかなるのか?」
「いやぁ……? “武人の一族”は合戦で勝てばきっと賛同してくれるんじゃないかのぉ? 他の2族にも、条件があれば教えろって言っておくから少し待っててくれるかのぉ」
 スッ、と立ち上がったシノノメは、そのままフラフラと部屋を出て行った。
 それから暫く、1人部屋に待たされていたジョージの元にシノノメは3人の女性を連れて戻って来た。

 シノノメを含めた4人の女性は、各族の代表者であるらしい。
「じゃあ、私から」
 そのうちの1人、吹雪と名乗った筋肉質な女性がはじめに話し始める。
「先にも説明された通り、うちの一族は“力”に従う。砂浜に修練場があるからな、そこで一戦交えてもらおう。まぁ、旗取り合戦だな」
 曰く“武人の一族”に伝わる【飛】【ブレイク】【必殺】を伴う武道とは、実戦によって磨かれるものであるという。それゆえか“武人の一族”は、来訪者との実戦を何より好むらしい。
 次に話し始めたのは、ウスグモという青白い肌の女性であった。
「我々“薬師の一族”は争いごとを好みません。そして、無益な殺生も掟で禁じられています」
 ところが、山の中腹にある“薬師の一族”の管理地に、最近“病毒の妖”が住み着いたらしい。それは【廃滅】【無常】【奈落】を伴う毒をばら撒く、汚泥のような妖だという。
「物理的な衝撃を受けると、汚泥が散って小さな分身体に変わります。なかなか面倒な相手でして……それを排除してくれるのなら、港程度は好きに使ってもらっても構いますまい」
 そして最後の発言者は、シラクモという老婆である。
 老人にしては背筋もまっすぐ伸びており、眼光も人を射貫かんばかりに鋭いものだ。
「うちの港は長く使っていないからな。お前たちの手で港を造り直すのなら、その港はお前たちの物だと言える。人手は貸してやるので、設備とデザインはそちらで決めろ。木材は山で採って来てもらう必要があるけど、十分に気を付けるんだよ。うちの山の木材は【反】や【棘】を有しているし、触れた者を【狂気】に侵す」
 どの一族の賛同を得るのかは、ジョージたちの方で好きに決めろというわけだ。
 かくしてジョージは、以上の話を船に持ち帰ることとなる。

GMコメント

●ミッション
“武人の一族”or“薬師の一族”or“大工の一族”のいずれからの賛同を得る。

●ターゲット
集落を治める4つの一族。
以下いずれかの一族の元に向かい、出された条件を達成することで賛同を得られる。

・武人の一族
代表者はフブキという筋肉質な女性。
砂浜にて、同人数による模擬合戦を行い勝利すれば賛同を得られる。
【飛】【ブレイク】【必殺】を伴う武術を行使する。

・薬師の一族
代表者はウスグモという不健康そうな女性。
山の中腹に住まう“病毒の妖”を討伐することで賛同を得られる。
病毒の妖は【廃滅】【無常】【奈落】をばら撒く汚泥のような姿をしており、物理的なダメージを受けると分身体を生み出すらしい。

・大工の一族
代表者はシラクモという老婆。
老朽化した港の再建を成功させることで賛同を得られる。
人手は貸してくれるそうだが、設備やデザインはこちらで決める必要がある。また、材料となる木も自分たちで採りにいかなければならない。
材料となる山の木には【反】や【棘】が備わっており、触れた者に【狂気】を付与する性質があるらしい。


●フィールド
6本腕の木彫りの人形によって導かれた豊穣のとある山麓集落。
近海や砂浜、山に至るまで大量の鳥居が立っている。
今回、イレギュラーズが訪れることになるのは以下の3カ所。

・砂浜:白い砂浜。十分な広さがある。修練場の端から端まで、直線距離で500メートルほど。足場が悪く歩きにくい。

・港:老朽化した古い港。現在はイレギュラーズの船が停泊している。現在の港の広さは50メートル四方ほど。

・山中
樹々の生い茂る山。登るほど樹々は密集しており、視界が悪い。
病毒の妖がいるのは山の中腹。
木材の伐採を行うのは、山の麓付近となる。
山に生えている木には【反】や【棘】が備わっており、触れた者に【狂気】を付与する性質がある。
 
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 黄金航路開拓史。或いは、御山の麓の厄介な港…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年11月24日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
※参加確定済み※
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海
※参加確定済み※
黒水・奈々美(p3p009198)
パープルハート
リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)
花でいっぱいの
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す

リプレイ

●港の話
 静謐。
 山へと続く鳥居の列。灯篭の中の赤い火が揺れる。
「ここも鳥居だらけ」
 もうじきに夜が明ける。
 山の麓の社の前で『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は白い髪の老婆へと声をかける。
「このお守りも他所では見かけないようだし、一体どんな神を祀っているのだろうな。それとも――触らぬ神に祟りなし、かね。シノノメ殿?」
 語り掛けられた女性は、くっくと肩を揺らして笑う。
 それから彼女は視線をラダの方へと向けて答えを返した。
「まぁ、神様なんてものは崇め奉って、遠巻きに願でもかけておくのがいいだろうねぇ。それがどんな姿をしていて、何を想っているのかなんて、私たちにはどうだっていいことだのぉ」
 巫女装束を身に纏い、荒れた海を鎮める術を知っていて、それでも老婆シノノメはそんな風なことを言う。
「呪い。巫女……確かに、こうも穏やかな海でなければ、真っ先に外す航路だな。だからこそ、解決さえできるなら有望な航路だ」
 ラサの南端から船で数日。
 豊穣の、それも手付かずの港の利用権を得られるのなら多少の障害程度は許容範囲だと『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)は判断している。
 港の利用権と言えば、船乗り同士の揉め事の中でも上位に上がる問題だ。けれど、今回一行が辿り着いた鳥居だらけの奇妙な港には、他の船など影も形も見当たらない。
「有望な航路には違いないだろうねぇ。ムラクモの奴も、恩人たちの船を霧海に迷わせるような真似はきっとしないだろうしねぇ」
 なんて。
 呵々と笑ったシノノメは、それだけ言って社の奥へ立ち去った。

 夜明けのころに、白い砂浜へ足を踏み入れる人影が1つ。
 黒い肌に黒い鬣、肉食獣の獅子で砂を踏み締めながら『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)は修練場を訪れた。直線距離で500メートル。両端には、幟のような旗が掲げられている。
 修練場を囲むように数十人の人がいた。
 その中の1人、ひと際、背の高い筋肉質な女がルナの前に立つ。白い肌に短く刈られた白い髪。ところどころに赤い房が混じっている彼女の名はフブキ。
 集落を治める4つの一族の1つ“武人の一族”の長である。
「商売人と聞いていたからな。てっきり他の2族の方に向かうものと思っていたぞ」
「あぁ、なんだ。あんたんとこに誰も挨拶にいかねぇっつーのは、礼を欠くっってもんだろ? ま、それで来んのが俺みてぇな一番の新参なのは、勘弁してほしいとこだがよ」
 そう言ってルナは握手を求めて手を差し出した。
 フブキはその手を握り返すと、肉食獣のように狂暴な笑みを浮かべる。

 山の中腹。
 鬱蒼と茂る木の葉が陽光を遮って、早朝だと言うのに森は薄暗い。
「港を貸してもらうために一族の了承を得なきゃいけないのね……いかにもロールプレイング的な展開って感じ……ふひ」
 口元に手を当て『パープルハート』黒水・奈々美(p3p009198)が笑みを零した。それから彼女は視線を樹上の『牙隠す赤ずきん』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)へ向ける。
「目的……覚えてる?」
「一族からの賛同を得るんだよねっ!」
 赤いフードを目深に引き下げリコリスは答えた。
「ボク、こう見えても忠誠心は高いんだっ! 何せオオカミだからね! えらいひとの言うことはちゃんと聞けるいい子なんだよ?」
「協力を得る為に一仕事を、でありんすね。ラダ様とキング様が何をしようとしているのが存じ上げないでごぜーますけど……」
 音もなく奈々美の背後に黒い影。
『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)は狐のように細い目で、周囲の様子を観察している。一見して人の手の入らぬ山の景色のようにも見えるが、よくよく観察してみれば丁寧に雑草が取り除かれて、薬草ばかりがそこかしこに群生していた。
「何やら面白そうなもので……ここはひとつ、気張らせていただきんすかね」
「そう難しい物には思えないし、サクッと終えてどこかしらの一族に認めてもらおうぜ」 
 群生する薬草に手を触れながら『隠者』回言 世界(p3p007315)がそう言った。
 それから世界は目を細め、薬草を1本、引き抜いた。
「毒性を帯びてるように見えるな。これか……病毒の妖とやらの影響ってのは」
「薬師にとって山に妖が出るのは死活問題なのだわよ……ここはしっかり助けてあげたいって思うのだわ!」
 世界の手元を覗き込み『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)が声をあげる。
 かくして一行は、病毒の妖を討伐するため山の奥へと踏み入った。

●集落の問題
 木陰を覗いて、エマは「うぅん」と唸りを零した。
 それから少し首を傾げて、視線を左右へ巡らせる。
「精霊たちに元気がないでありんすな……よくよく見れば、ここらの泥は草木の腐ったもののようですし」
「獣の気配も無いな。足跡でも残っているかと思ったが……そこの茂みの手前で途切れているように見える」
 エマの隣に並んだラダが、視線を頭上へと向けた。
 木の枝に腰かけたリコリスが、両手で大きな×を作った。どうやら、高い位置からでも病毒の妖の姿は見当たらないらしい。
「身軽ですこと。あたし、山登りってニガテなのよね……もっとふもとの方に敵がいてくれたらいいのに」
 額に滲んだ汗を拭って奈々美は重い溜め息を零す。
 山の中腹を散策すること小一時間ほど。幾つかの小さなぬかるみと、すっかり枯れた薬草群を見つけた一行は、それが妖の影響によって生じたものであると予想した。
 それから、妖の痕跡を辿って調査を続け……ここに来て、足取りを見失ったというわけだ。
「物陰や水たまりに擬態しての奇襲……という線もある」
 前方には沼地。
 左右には汚泥と化した薬草群。
 ジョージと華蓮が前へ出て、世界は2人に光の鎧を纏わせる。
 静寂の帳が落ちた。
 耳が痛いほどの沈黙。知らず、誰かがゴクリと喉を鳴らした。
 その音がやけに大きく響く。
 獣の足音も、虫や鳥の鳴き声さえも聞こえない。
 静かな……静かすぎる森だ。まるで何かに怯えているかのように、あらゆる生が息を潜めているかのようだ。
 何か……それはつまり、何処からか現れた病毒の妖なのだろう。
 それから、ガサリと。
 どこか近くで、木々の揺れる音がした。
「っ……上か!」
 狙撃銃を手に、ラダが視線を樹上へ向ける。
 生い茂る枝葉の向こう側に、黒く大きな影が見えた。
 ラダの視界で、黒い影が風船のように膨らんだ。直後、四方へ汚泥の粒が撒き散らされる。
「うわっ……っとと!?」
「ひぃ……!? なんかドロドロしててキモチわるい……!」
 汚泥の雨に打たれ、リコリスが足を滑らせた。
 頬に汚泥を浴びた奈々美も、引き攣った悲鳴を零す。
「来たか。さて、割と劣悪な環境だがどこまでいつも通りに戦えるか……」
「大丈夫、私の神様の加護が妖の力に負けてたまるものですか!」
 リコリスと奈々美を引き摺って、世界は後方へと下がる。一方、弓と矢を手にした華蓮は妖の落下地点へ疾駆した。
 素早く弓に矢を番え、キリリと弦を引き絞る。
 まっすぐ頭上に狙いを定め、華蓮は妖へ矢を放つ。

 同時刻。ところ変わって、白い砂浜。
 開戦の銅鑼が鳴り響く。
 砂塵を巻き上げ、ルナは疾走を開始した。
 ざわり、と修練場を囲む女性たちが声をあげた。開戦と同時に、ルナは音を置き去りにして、疾風のごとく駆けたのだ。
「砂の上で負けるわけにゃいかねぇんだよ」
 勝敗は、どちらの陣営が先に敵陣地の旗を奪うかで決まる。
「実戦形式だ。なんでもありだろう?」
 今回はルナとフブキの一騎打ち。となれば、先に敵陣地へと切り込んだ方が……脚の速い方が有利であることは明確だ。
 だが、しかし……。
「走力で勝てぬのなら、武力で打ち負かせばいいだけのこと!」
 ルナの足元に滑るように割り込んで、フブキは鋭い掌打を放った。ぬるり、と流れるような掌打がルナの足首を打ち据えて、その巨躯を砂の上に薙ぎ倒す。
 盛大に砂塵が飛び散った。
 すぐさま体勢を立て直そうとするルナの脚へ、フブキは自身の脚を絡めた。少々変則的ではあるが、四の字固めに似た技だ。
 よろけたルナの顔面に、追の掌打が叩き込まれた。
 鼻血を吹いて後方へ転がるルナへ向け、呵々と笑ってフブキは告げる。
「実戦形式だからな。顔面狙いを卑怯などとは言うまいな?」

 体長はおよそ4メートル。
 汚泥のような黒い身体に、爛々と光る赤い瞳と、乱杭歯の並ぶ大きな口腔。巨体を支えるのは、数えきれぬほどに無数の獣の脚。先ほど降らせた汚泥の雨は、どうやら体毛を弾丸として撃ち放ったものらしい。
 既存の生物に当てはまらぬ歪な体格と、鼻の曲がるような腐臭。間違いなく、それは病毒の妖だ。着地地点の足元では、見る見る内に薬草群が枯れていく。
 オォ、と唸るように吠え猛る妖の額には、1本の矢が突き立っていた。
 華蓮の攻撃を受けたせいか、それとも縄張りに立ち入ったことに対してか、どうやら妖は怒り心頭といった様子だ。
 無数の脚で地面を掻いて、妖が疾走を開始する。
 だが、しかし……。
「……どうやら実体はありそうだな」
 妖の顔面を両手で掴み、ジョージが突進を食い止める。
 ジョージの両手に汚泥が這った。皮膚が爛れて、黒く変色した血が滲む。
 巨体に押され、ジョージは数歩、後ろへ下がった。
 だが、その手を離すことは無い。
「動き出す前に仕留めるぞ」
「単体だけなら話は早いでありんすね」
 眼鏡を指で押し上げて、世界は妖を“視る”。
 汚泥の塊のような巨躯を赤と青の螺旋が囲んだ。空間が歪み、捩じれるような奇妙な光景。一瞬、虚を突かれたかのように妖は動きを止めて……直後、その身の一部に炎が灯る。
 背中に炎。脚を幾つか凍り付かせて妖が吠えた。
 その口腔へ、エマの喚んだ怨霊が跳び込んだ。体内へ入り込んだ怨霊が、妖の臓腑を痛めつけたのだろう。
 数度の痙攣の後、妖は赤黒い吐瀉物を吐き散らす。
「ちぃっ……止めねぇか!」
 ジョージの拳に黒き魔力の奔流が纏う。踏み込みと同時に放った殴打が妖の喉を撃ち抜いた。飛び散る汚泥が、分身体へと形を変える。
 それと同時に、妖もまた周囲へ汚泥の弾丸を振り撒いた。
「あなた、私にとって相性良好なのだわよ!」
 世界とエマを汚泥の弾丸が撃ち抜く寸前、間に割り込む華蓮が己の身を盾とした。細い手足を汚泥が撃ち抜き、血が飛沫く。
 だが、それだけだ。
 病毒が華蓮の身体を苛むことは無い。彼女は腕を高くへ振り上げ、言葉を投げる。
「護るだけじゃないっていう所も見せてやらないとなのだわ!」
 華蓮の放つ深緑光が、妖の身体を飲み込んだ。

 分身体は、まるで動く汚泥のようだ。
 10を超える分身体のうち数体が、そこらの樹々や別の個体に襲い掛かった。同士討ちを始めた汚泥を木の枝の上から見下ろして、リコリスは呵々と笑い声をあげた。
「あははっ、殴った相手が味方だった時ってどんな気持ちかな?」
 腰に手を当て、笑うリコリスのすぐ下ではラダがライフルに次の弾丸を込めている。
「細かいのは引き受ける、本体の方は頼んだぞ!」
 銃声が響く。
 弾丸の雨に打ち抜かれ、数体の分身体が飛び散り姿を消した。じゅう、と不快な音を立てて薬草の一部が枯れ腐る。
「数が多いな。誤って樹を攻撃しないように……いや、敵をここへぶつけられないか? 狂気に落ちてくれれば万々歳だ」
 
 ジョージと華蓮が後ろへ下がる。
 その後を追って病毒の妖が疾走した。
 無数に並んだ足元へ向け、エマと世界が攻撃を仕掛け、妖の機動力を削ぐ。前脚を数本失って、妖がつんのめるように転倒。その先には1本の樹。
 姿勢を立て直す間も無いままに、妖は猛スピードで幹に激突した。ミシ、と軋む音を鳴らして大木が根元からへし折れた。
「道老朽化した港はそのうち建て直す必要があるだろう? この樹、運んで帰るのはどうだ?」
 倒木を見て世界は呟く。
 頭を振って身を起こした妖は、どうやら視点が定まっていないようだ。
 すっかり隙だらけになった妖の背後に、奈々美が回り込む。
「い、いつもよりはラクに終われそうな雰囲気……ふひ」
 正面に翳した両手の前に、紫紺の魔法陣が展開された。
 集約された魔力はやがて、ハートの形の魔弾を形成。その気配に気が付いたのか、くるりと妖が振り返り……にぃ、と奈々美はどこか暗い笑みを一層深くした。
 パチン、と指を鳴らす音。
 放たれた紫の魔弾が、妖の身体に大きな風穴を開けた。

 どう、と巨体が倒れ伏す。
 衝撃でその身を包む汚泥が周囲に飛び散った。
「ふひ……あ、やば」
 津波のように押し寄せる汚泥を視界に捉え、奈々美は頬を引き攣らせるが……。
 悲鳴をあげる暇もなく、奈々美は汚泥に押しつぶされた。

 悪臭を放つ煙をあげて、汚泥が徐々に消えていく。
 そして後に残されたのは、数十体分の溶解しかけた獣の骨ばかりであった。

●港の権利
 太陽が頭上にかかる頃、砂浜に女性の声が響いた。
「勝ったぞぉぉおお!」
 幟を頭上に掲げたフブキが、同門たちへ勝利を告げた。白い肌は痣だらけの砂まみれ。流れる汗は止まらない。唇の端を流れる血を拭い、雄たけびを上げるフブキの傍にはルナが倒れ伏している。
「薬師の方は上手くいったみてぇだし、負けても構わねぇけどよ……」
 一進一退の攻防。【パンドラ】を消費し意識を繋ぐほどの激闘。長きに渡る一騎打ちの末、紙一重の差でフブキが勝利を手に入れた。
「ラダの今後の商売相手だ。戦3戦しろっつーなら、相手してやってもいいし……あちらさんの退屈しのぎにつきあってやってもいいが」
 血混じりの唾を吐き捨てて、ルナはゆっくり立ち上がる。
 それと同時に、フブキの雄叫びが途切れ……彼女は幟を握ったまま、仰向けに倒れ伏したのだった。

 一方、その頃。
 大木を引き摺り、山を下りて来た一行を青白い肌の女が迎える。彼女の名はウスグモ。集落を仕切る有力部族の1つ、“薬師の一族”の長である。
「その様子ですと、無事に病毒の妖を討伐してくれたようですね。でしたら……えぇ、私たち“薬師の一族”は、皆さまの港利用に全面的に賛同させていただきます」
 腹の前で手を揃え、ウスグモは深く頭を下げた。
 けほ、と咳き込むウスグモを見て、リコリスは「おや?」と小首を傾げる。
「ところでウスグモさん、不健康そうに見えるけれど、もしかしてあの汚泥のせいだったりする?」
「えぇ、体調が優れないみたい……健康は毎日の食事から! 私、精のつくお料理を作って来るのだわ!」
 そう言って華蓮は、ウスグモの手を引き調理場へと向かう。
 リコリスは味見役として、奈々美は休憩場所を探して……のんびりと2人の後を追いかけるのだった。
 
 倒木を回収に来たのは、老婆シラクモをはじめとする“大工の一族”であった。
「何か手伝える事はごぜーませんかね? 腕の方はその辺の素人とそんなに変わらないんでごぜーますが」
 エマの問いを受け、シラクモは不可思議そうな顔をする。既に“薬師の一族”の賛同を得た今、イレギュラーズがシラクモたちの手伝いをする理由は無いのだ。
「はぁ? ひと仕事した後だってのに、何だってそんな疲れるような真似をするんだ?」
「なに、どの道老朽化した港はそのうち建て直す必要があるだろう? この機会に少し恩でも売っておければと思ってな」
「ふむ……」
 エマと世界の顔と体躯を交互に見やり、シラクモはしばし思案した。大工仕事に向いているような体格には思えないが、わざわざ手伝いを申し出て来る辺り、多少の覚えはあるのだろう……なんてことを考えているのだ。
「ま、いいさ。案内ついでに軽く修繕でもしようじゃないか」
 
「鳥居が多いが、これは何か理由があるのか?」
 様子を見に来たシノノメへ、ジョージがそう問いかけた。
「それとひとつ気になったんだが……島暮らしなのに港を使ってないって、漁はしないのか?」
 さらにラダが問いを重ねる。
 海から山へと続く鳥居の列を見て、それから老朽化した港を一瞥。
 シノノメは、どこか愉快そうに笑って答えを返す。
「鳥居は神様の通り道で、山の頂には神様の別荘があるんだのぉ。元々は遠いところにある島に住む海神様だったわけだが……まぁ、神様がどこに住んでいたって、それは神様の勝手だものねぇ」
「つまり、どういうことだ?」
 分からない、とラダは言う。
 シノノメは笑みを深くした。
「うちの集落じゃ、この辺りの海は海神様の神域みたいな扱いなんだのぉ。神様の縄張りから、勝手に魚を採ってくなんて、あまり良くないことだからのぉ」
 あまり罰当たりな真似をするんじゃないよ。
 そう言ってシノノメは、ラダの胸元を指さした。
「まぁ、ムラクモの恩人なら、多少の無礼も見逃されるとは思うけどのぉ」
 呵々と笑うシノノメの目に、ラダたちはどう映っているのか。
 なにはともあれ、かくしてラダとジョージの2人は豊穣への航路を確立したのである。

成否

成功

MVP

ジョージ・キングマン(p3p007332)
絶海

状態異常

ジョージ・キングマン(p3p007332)[重傷]
絶海

あとがき

お疲れ様です。
病毒の妖の討伐を達成し、“薬師の一族”の賛同を得ました。
「雲霧の里」の港利用権を獲得しました。
依頼は成功となります。

この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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