シナリオ詳細
<総軍鏖殺>味噌か。或いは、醤油か…。
オープニング
●争いの火種
ラドバウ独立区。
その片隅にある避難民居住区では、住人たちが喧々諤々、唾を飛ばして騒いでいた。
騒ぎの中心には2つの大鍋。
そして、運び込まれた野菜や干し肉、里芋や穀物の詰まった大量の木箱がある。
「あー……なんでこんなことに」
大鍋の影に身を潜め、頭を抱えている女性……エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)は、眼鏡の奥の猫みたいな目を曇らせた。
事の発端は炊き出しの味付け……先だって、大量の食糧が運び込まれたことにより避難民たちの食糧事情は幾ばくかだが改善している。となると人とは元来欲深い生き物だ。腹が満ちたら、次はより美味い食い物を、より栄養のある食い物を……と、そんな思いに至ることは当然と言える。
「やっぱり、芋煮って言うんなら味噌が無いとな」
発端となったのは、元食堂経営者の放った一言だった。
「あぁ? 芋煮なら醤油だろうが?」
避難民の1人が言葉を返す。
後はまるで雪崩のように、「味噌だ」「醤油だ」と住人たちは口喧嘩を始めた。なお、味噌や醤油というのは大豆を原料とした調味料である。曰く、遠い昔に異国より伝わり、鉄帝の一部地域で今なお生産されているものらしい。
「あぁ……どこの誰なのさ? 火に油を注ぐような真似をしたのはっ!?」
声を潜めて怒鳴るという器用な真似をしてエントマは少し前の記憶を呼んだ。
元々、味噌も醤油も在庫は尽きていたのだ。それゆえ、ここ数日は塩などで味を付けて芋を煮ていたのだが、住人同士の喧嘩が始まって少ししたころ、誰かが以下のようなことを言い出したのである。
「そう言えば味噌の入荷予定があったな。ほら、街の外に停まっていた大商隊……商人たちは逃げるか、捕まるかしたと思うし、食料は根こそぎ奪われただろうが、味噌ならあるいは」
なにしろ味噌というのは、見た目や臭いが独特だ。そうと知らなければ、あれを調味料の類とは思うまい。
「それに醤油も、うちの倉庫にあるぞ。商隊が停まっていたいたのとは逆方向にある倉庫だが……鋼鉄の倉庫だからな、もしかしたらそっちも無事かもしれない」
誰かの言葉は、ある種の希望とも言えた。
そして、新たな争いの火種でもある。
かくして、味噌か醤油を手に入れるためにはどうすればいいか。保管場所の関係もあり、確保したとしてどちらか片方だけが限界ではないか。だとすれば、味噌と醤油のどちらを回収に向かうのか。回収するとすれば、誰が行くのか。
以上のような不毛な、或いは、非常に重要な争いの火蓋が切って落とされたのである。
かくして、争いの渦中に取り残されたエントマは、喧噪の中で知恵を巡らし、策を練る。
「ってか、飢えた住人の皆さんが勝手に回収に向かっちゃわない? 手を打たなきゃ駄目じゃない?」
この場合の手とは、つまり手近なイレギュラーズに声をかけるというものだった。
●西か、東か
「というわけで、味噌と醤油のどちらかを確保してきてほしいんだよね。いやぁ、もう、手間をかけて申し訳ないんだけど」
ははは、と渇いた笑いを零すエントマだったが、頬には汗が伝っていた。
住人たちの威圧に負けて、彼らの代表としてイレギュラーズに事情の説明を行っていたのだ。冷ややかな視線が突き刺さり、居心地は非常に悪そうだった。
「どっちも相応に日持ちするものだし、栄養価も高い……んじゃぁ、ないかなぁ?」
何故なら原料は大豆なので。
大豆と言えば、畑のステーキとも言われる食材だ。とある地域では、大豆に対してありとあらゆる加工を加え、10を超える食法を編み出しているという。大豆大活躍である。
「まずは西の大商隊宿営地。街の外だね。10を超える大型の馬車が残されているけど、周囲には近接武器や銃火器を持ったヘイトクルーがうろついているよ。指揮官としてメガラバって呼ばれている軍人が随行しているとか」
地図の西側。街の外に小石を置いてエントマは言う。
そこにいるのは、30ほどのヘイトクルーの集団だ。【出血】【崩れ】を伴う武器攻撃や銃撃が予想される。
「次に東の倉庫。鋼鉄の倉庫で、どうやら鉄帝国の軍人が拠点として利用しているみたい。数は少ないけど、リリーっていう女性軍人が指揮官だってさ」
3つの移動式大型機関銃と指揮官のリリーを始めとした、都合8名ほどの部隊だ。各自の持つ小銃には【乱れ】【足止め】、大型の機関銃には【崩落】【飛】【ブレイク】が付与されている。
「保管場所の関係もあるから、味噌か醤油のどちらかを確保してきてほしいんだよね。住人たちには、まぁ……上手い事言って誤魔化すって言うか、無いものは無いって言い張るから」
以上のような経緯でもって、イレギュラーズは調味料の奪還作戦へと向かうことになるのであった。
- <総軍鏖殺>味噌か。或いは、醤油か…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年11月18日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●鋼鉄倉庫
ずらりと並ぶ鋼色。
それは鋼鉄の倉庫群だ。頑丈な倉庫と倉庫の間には、炊き出し場や仮眠用の天幕、大型の移動型兵器が並んでいる。
「醤油のために防衛拠点を制圧されるとは、リリーとやらも予想できまい」
高い位置から倉庫群を見渡して『黄泉路の楔』冬越 弾正(p3p007105)がそう言った。鋼鉄の倉庫を防壁に見立てた陣地である。拠点に詰める敵軍の数は全部で8名と聞いているが、姿が見えるのはそのうち4人だけだった。
残る4人は視界の通らぬ倉庫の影か、或いは天幕や倉庫内部にいるのだろう。
時刻はしばらく巻き戻る。
ラド・バウの避難民居住区にて、2つの大鍋と里芋や野菜、干し肉の詰まった木箱を背に『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は告げた。
「醤油を取りに行く。言っとくがこれは味噌派を見捨てるわけじゃない」
ざわめき。そして、降り注ぐ批難と喝采。
芋煮といえば味噌だという者たちと、芋煮には醤油が不可欠だという者の人数比はおよそ半々といったところか。
「落ち着いてくれ。醤油がある倉庫群を制圧する事で拠点を増やし、醤油も味噌も十分保管できて食べられるようにするための第一歩だ。だから、味へのこだわりは尊重したいが揉めるのは無しだ」
詰めかける避難民たちを押し留め、イズマは足元に置いた布袋の紐を解く。
袋の中には幾つもの瓶が詰め込まれている。袋が開くのと同時に、辺りには食欲をそそる香辛料の香りが漂う。
「揉めるなら全部カレーにするぞ。いいな?」
ごくり、と何人かが唾液を飲んだ。
袋の中に詰まっていたのは、ラサ産のスパイスセットと糒である。
敵の数は8名。
襲撃の目的は、倉庫に残された“醤油”の奪還。
ラド・バウでは腹を空かせた避難民たちが、醤油の到着を今か今かと待っているはずだ。
「私としては芋煮といえば豚肉に味噌なのですが」
眼鏡のレンズに付いた砂埃を拭き取りながら、『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)はそう言った。どうやら彼女は「芋煮と言えば味噌だろう」派であるらしい。
「あー、まあ……正直、ミーは味噌も醤油も美味いと思うんだが……味の好みとか、地域ごとの習慣とか……まあ、あるよなぁ」
「味噌か醤油か……食べ物って、時に信仰並みに根深い争いに繋がるらしいからね。こわいこわい」
『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)の頬にひと筋の冷や汗が伝い、『闇之雲』武器商人(p3p001107)は肩を竦めてくっくと嗤う。
「味噌も醤油も癖があり、好き嫌いは分かれる。一つだけ言えるのは、どちらもバターを少し加えると馴染みやすくなるという事だ」
瓦礫の影に身を潜め『蹂躙するキャラメルポップ』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は呟いた。視線を上へ。高い位置にいる弾正が、片手をあげて合図を出した。立てられている指の数は4本。視認できる範囲にいる敵の人数だ。
「まさか、鉄帝で芋煮戦争を拝む事になるとは……」
至極真面目な顔をして『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が唾を飲み込む。味噌と醤油のどちらがいいかで、避難民たちは喧嘩していたのだから、慎重になるのも当然だ。
キュルル、とギアの回る音。
砂埃を巻き上げながら、無限軌道が地面を削る。
エンジン音を唸らせて、倉庫の影から現れたのは移動式大型機関銃である。その外見は小型の戦車にも似ていた。
リリー小隊がかつてどこかで手に入れて、今なお改修・整備を続けながら運用している兵器である。剥き出しの操縦席には、軍服を纏った男が1人。
双眼鏡を覗き込み、背後へ向けて声をあげた。
「リリー班長! 人影……1人、接近中。装備はランスに大盾。女性です!」
人影の特徴を端的に知らせ、自身は機関銃の操縦桿を握った。
銃身の位置を調整し、接近して来る人影へ狙いを定める。いきなり銃撃を開始するようなことは無いが、少しでも不信な動きがあれば即座に弾丸をばら撒くつもりだ。
銃口を向けられていることを理解しながらも、女性は悠々とした歩みを乱さない。
「ヴァイスドラッヘ! 只今参上! 貴女達の大事なものを取りに来たわ!」
大盾を地面に押し付けて、ランスを高くに掲げた彼女……『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)は声も高らかに告げた。
●第一次“醤油”戦線
「牽制射撃!」
響いたのは女の声だ。
天幕から駆け出して来た凛とした顔の女性軍人。彼女が部隊の指揮官、リリーだろう。
リリーの号令と同時に、機関銃が火を噴いた。
数十を超える弾丸がばら撒かれる中、レイリーは大盾を構えて疾駆する。盾で銃弾を弾きながら戦場を駆け抜け、近くにあった瓦礫の山を駆け上がった。
「っ……! 見かけより随分身軽だぞ!」
操縦桿を握った男が怒鳴り声をあげた。
「高い位置に上ってくれるなら好都合だ。撃ち落としてやれ!」
リリーの指揮に従って、機関銃は掃射を続ける。レイリーの後を追うように瓦礫が爆ぜた。瓦礫の頂点に立ったレイリー。直後、銃弾が彼女に追いつく。
毎分700~900という数の銃弾の雨に捕らわれてしまえば、人間など跡形さえも残らず肉片に変えてしまえる。レイリーを襲ったのはそういう攻撃だ。
けれど、しかし……。
「こんな豆鉄砲で、私を倒せるのかしらー!」
銃弾の雨が掲げた盾に降り注ぐ。
瞬間、彼女の身体が浮いた。
無理に耐えることをせず、銃弾を受けた衝撃を利用して後方へと跳んだのだ。そうして彼女は、一瞬で瓦礫の山の後ろへ消えた。
「警戒陣形! ラックとストークは機関銃へ搭乗しろ! ビーツ、アンセル、ヘイズ、カタンは2人1組で散開……!」
たった1人の襲撃者は、油断できない相手のようだ。リリーは部下に指示を出し、そこでふと違和感を覚えた。
「ヘイズ、カタン! 返事をしろ……!」
部下からの返答が無かった。
今まで、そんなことは1度だって無かった。
「……やられた。ビーツとアンセルは周辺の捜索へ! ヘイズとカタンを探せ! 既に敵は近くまで潜り込んでいる!」
機関銃へと向かう途中で、地面に倒れた男を見つけた。
銃の引き金に指をかけ、ラックは静かに問いかける。
「ヘイズ……返事をしろ、ヘイズ!」
息があるかどうかも分からない。そして、下手人の姿も見つからない。
(……ヘイズの声や戦闘の音は聞こえなかった。不意を打たれてやられたんだ)
1歩さえも動けない。
動けば足音が鳴る。足音が鳴った瞬間に、潜伏している襲撃者が自分に襲い掛かるかも知れない。
冷や汗を拭うことも忘れて、ラックは周囲に視線を走らす。
瓦礫の山に身を隠し、イズマは腰の細剣を抜いた。
「……さて、困ったな。機動力を活かして一気に近付き乗り込むか、それとも奇襲が成功するタイミングを待つか」
十数メートルの距離を開けて、銃を構えたラックの姿が見えている。
物質透過を駆使した奇襲攻撃によって、まずは1人を気絶させた。そこまでは順調だ。だが、後続の接近が思ったよりも早かった。
気絶させたヘイズを隠しておけたなら、もっと話は楽だったのだが……。
「それにしても、こんな兵器があるとはな。使わせてもらいたいところだが」
時間をかける意味はない。
深呼吸を繰り返し、イズマは両足に力を込めた。
しばしの逡巡の後、彼は奇襲紛いの正面突破を選んだ。
轟音と共に石壁が崩れた。
崩壊する石壁が、狭い通路を封鎖する。
「力押しでも勝てるとは思うが、機関銃は厄介そうなんでな。悪いが近づけさせやしないぜ」
粉塵の中から現れたのは、筋骨隆々とした大男。
鋼のように硬い拳を握りしめ、貴道は言う。
「ビーツ、アンセルは左右の警戒。この男は私が見張る。ストーク! こちらの支援へ回れ!」
怒鳴るように仲間2人へ指示を出し、リリーは銃の引き金を引いた。
数発の銃弾が貴道の肩を撃ち削る。
肉の欠片と鮮血が散った。顔の右半分を血飛沫で赤く濡らした貴道が、上体を下げて弾丸の雨を潜る。刹那の間にリリーの懐へ切り込むと、間髪入れずにジャブを一撃。
リリーは咄嗟に銃身を横に傾けて、貴道の殴打をガードした。
直撃は避けたが衝撃までは防げない。後方へ踏鞴を踏んだリリーを追って貴道が前進。だが、進路を防ぐように部下の1人が間に割り込む。
指揮官のリリーを、身を挺して守ったのだ。
銃弾の雨がレイリーを襲う。
鋼鉄製の倉庫の壁に弾丸が当たり、四方八方へ飛び散った。
「っ……!? とにかくコイツが厄介だな」
瓦礫の影に伏せたまま弾正が冷や汗を拭う。
頭上、数センチの位置を数発の弾丸が通過したのだ。
「いいか弾正、今日はポップコーンは無しだ」
隣にしゃがんだアーマデルが、両手の剣を持ち直す。
イズマが1人、弾正とアーマデルが1人。単独行動中の軍人を戦闘不能に追い込んだ。その甲斐もあって、稼動している移動式大型機関銃の数は2台だけ。先手を打ったこともあり、最悪の状況からは程遠い。
けれど、依然として機関銃が脅威であることに変わりはない。
レイリー1人で注意を引き続けるのにも限界があることを考えれば、時間的な猶予はさほどないとも言える。
視線を交わし、2人は直後、瓦礫の影から飛び出した。
「イーゼラー教《Nine of Swords》冬越弾正。貴様らの魂、我が神の贄とさせて貰う!」
物陰から飛び出すと同時に弾正が叫んだ。
一瞬、機関銃の掃射が止まる。操縦桿を握った男の視線が弾正を捕えた。
地面に倒れたレイリーが、その一瞬のうちに物陰へと退避。
無限軌道が地面を削り、機関銃の銃口が弾正へと向いた。
距離が近い。位置が悪い。
操縦桿のグリップを押し込めば、弾丸の掃射が弾正を襲う。
けれど、しかし……。
響く、空気を軋ませ震える絶叫が操縦手の鼓膜を破った。
思わず耳を押さえた刹那、地面の上を跳ねるようにして1人の男が機関銃へと駆け寄る。
「弾正は俺が見ていないと無茶をする……」
アーマデルだ。
太陽光を反射して、鈍く光る一閃。
弧を描く斬撃が、軍人の腕を深く抉った。
リリーの指揮に従って、無限軌道を回転させる。
襲撃を受けた仲間たちを援護するべく、機関銃を発進させた。
それから、数分ほどの時間が経過して……未だにリリーたちの姿が見えてこない。
「ほらほら、我を放っておいていいのかぃ? よくないことが起きるかもよぉ?」
ヒヒヒ、と嗤う不気味な人影。
銃弾を浴びて、血を流しながら、けれどほんの僅かさえも怯まずにその人影はそこにいた。
武器商人の視線を感じる。
その笑い声が、耳に張り付き離れない。
さらにもう1人。
銃口を回避するように、瓦礫の間を駆ける白い女の姿も気にかかる。
武器商人と汰磨羈の連携を突破できずに思うように進めないのだ。2人を迂回しようにも、崩された瓦礫の山が邪魔だった。
「ちくしょう!!」
策に嵌められた自覚はある。
襲撃者たちの狙いが読めないという不気味さもある。移動式機関銃の奪取が目的では無いだろう。拠点の奪還が目的だとも思えない。鋼鉄の倉庫を奪い返したところで戦局に大きな影響はないからだ。
「何を企んで……っ!?」
「さて、そろそろ厄介な兵器には退場願おうか」
視界の隅で武器商人が腕を掲げた。
その腕が蒼く燃え上がる。
あれは駄目だ。放置しておけない。
「"火を熾せ、エイリス"」
「う……あぁああああ!」
進行が遅れるが仕方ない。銃弾の雨を武器商人へと浴びせかける。狙いを定めるのは難しいが、ばら撒かれた弾丸の何割かはその体を撃ち抜くだろう。
それでいい。
そのはずだった。
だが、きっと……汰磨羈はこの瞬間を待っていたのだ。操縦手の意識が武器商人だけに注がれる瞬間を。
「狙うなら、薬室が一番か? 弾薬が入っていれば誘爆でドカンだな!」
背後で女の声がした。
まるで影の内から湧き出て来たかのように、気づけば汰磨羈がそこにいた。
衝撃が背中を貫いて、くらりと意識が遠ざかる。
腹から飛び出た刃が見えた。その刃は、動力機関まで届いているだろうか。
爆発する。
血の気が失せた。直後、襟首を掴まれ操縦席から引き揚げられた。
地面に投げ飛ばされた直後に、爆発音が身体を震わす。
意識を失う、その刹那……。
「さて、後は醤油の確保だけだな。――いや、帰ってからが本番と言うべきか」
なんて。
女の声が耳に届いた。
ガチャン、と金属のぶつかる音。
張り巡らされていたワイヤーが地面に落ちた。ワイヤーの先は、倉庫の壁に繋がっている。正確には、壁に貼り付けられた警報装置である。
簡易な警報装置だ。
だが、数が多かった。
「ふぅ……」
額の汗を拭った瑠璃は、地面近くまで視線を下げて他に罠が無いかどうかを確認していた。どうやら罠は、これで全部だったらしい。
仕掛けられていた罠を解除し、誰の目にも留まらぬままに、黒い女が鋼鉄倉庫の扉を開く。
瞬間、鼻腔を擽る香ばしい臭い。
樽の中の醤油の香りだ。
「敵は……誰も私に気が付いていないようですね」
鴉の視界を通して見渡す戦場の景色に、瑠璃は小さな笑みを浮かべた。
突然の襲撃。
知らぬ間に討たれた仲間。
爆発する移動式機関銃と、何人いるのかさえも判然としないイレギュラーズ。
「回収は……あそこの台車を借りて行けばいいでしょうか」
倉庫の隅に山と積まれた醤油の樽に視線を向けて、瑠璃は顎に指を添えた。その表情は多少複雑そうである。
罠の解除は完了している。
撤退ルートの選定も終わった。
後は軍人たちを撃退し、醤油をラド・バウへと持ち帰るだけだ。
「しかし、芋煮を醤油ベースで作るのはいささか複雑な気分ですね……今度は味噌も取りに行きませんか?」
誰にともなく、瑠璃はそう呟いたのだった。
●醤油強奪作戦、終結
「そこを退け!」
怒声をあげて、リリーは銃の引き金を引く。
ばら撒かれた弾丸が、貴道の身体に幾つかの銃創を穿った。
けれど、彼は倒れない。
仲間2人は既に戦線を離脱したが、その代償か貴道の傷も浅くはないはずだ。
「機関銃に近づかせないし、部下に指示も出させない」
頬を濡らす血を拭い、貴道は左右にステップを踏んだ。体躯に不似合いなほどに軽快な足裁きだ。だからといって、その拳は軽くない。
だが、しかし……。
「エンジンの音が聞こえるか? こっちに近づいて来る」
身体の芯まで震わす機関銃の駆動音に気付き、リリーは勝利を確信した。
銃声が響いた。
弾丸の雨は、リリーの眼前に降り注ぐ。
「どこを狙っている! 私まで巻き込むつも……り、か」
背後に迫った機関銃へと振り返り、リリーは怒鳴った。けれど、その声は途中から徐々に小さくなって、代わりにリリーは目を見開いた。
「お前……っ」
「やぁ。いい兵器だな。使わせてもらっているぞ」
機関銃の操縦席に座っていたのは見知らぬ男だ。
イズマは軽く手を挙げて、自身の背後を指し示す。リリーがそちらに視線を向けると、そこには地面に寝かされている部下たちの姿があった。
その数は5人。
リリーと同行していた2人も含めて、部下は全員、戦闘不能に陥ったらしい。
「どうする?」
イズマは問うた。
投降するか、玉砕覚悟で交戦するか。迫られた2択に、リリーは迷わず手にした銃を地面に捨てた。
「部下の命は助けてほしい。……何の目的で攻めて来たのかは知らないが」
なんて。
そう呟いたリリーへ向けてイズマは告げる。
「あぁ、どうしても醤油が必要でな」
カレーを作るのも悪くはないと思うんだが。
そんなイズマの言葉の意味が、リリーには一切、理解できない。
それから暫く。
ラド・バウ、避難民居住区にて貴道が里芋を高くへ掲げる。
「いいか、手を抜く奴はこの俺がぶち殴って矯正する! 調理もまた、闘いだ! 気合いを入れろ!」
芋煮だ。
こんにゃくの下茹で、里芋のぬめり取り、出汁の仕込みに至るまで、ほんの僅かも手を抜いてはならない。とくに1回目の灰汁取りは重要だ。シュウ酸の溶け込んだ初回の灰汁は芋煮の味を悪くする。
「せっかくいろいろ作れるのですから、他にも何品か用意しましょう」
里芋と野菜を手に取って瑠璃は言った。
酒は持参している。新鮮な卵もある。きっと肉じゃがだって作れる。
調理の手伝いをしていた避難民たちが「だが……味噌は無いんだろう」と、残念そうな声をあげる。そんな彼らに、どこか憂いた視線を向けて汰磨羈は告げる。
「そう騒ぐな。戦況が落ち着いたら、その時は、味噌の芋煮メインの宴でも開こうじゃないか」
その言葉は、避難民たちの希望になり得るものだった。
「……確かに味噌味も欲しいわね」
芋煮を口に運びながら、レイリーはそう呟いた。
「実は一応……携行品で味噌を持ってきてはいる」
弾正が持参していた味噌を取り出す。それを見て、アーマデルは不安そうに視線を周囲に巡らせた。
「足りないだろう……味噌の算段も立てるか?」
「準備がいいね。音蜘蛛の旦那は」
武器商人はそう言って笑う。
一方、イズマは少し移動して弾正の姿を避難民たちから隠す。
「仕舞っておいた方がいいんじゃないか? 揉め事の原因になりかねない」
平時であれば、味噌でも醤油でも好きな方を使えばいい。
そんなことを思いながら、イズマは里芋を口へと運ぶ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
リリー隊を退け、醤油を回収しました。
ラド・バウ避難民は醤油味の芋煮を楽しみました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
味噌or醤油の回収
●エネミー(西)
・メガラバ
人間の軍人。ヘイトクルーたちの指揮官。
特別に強いわけではないが、統率力に優れヘイトクルーたちの能力を向上させている。
・ヘイトクルー×30
斧などの近接武器を持ったのが20、銃火器を装備したものが10体ほど。
【出血】【崩れ】を伴う攻撃と、集団戦闘を得意とする。
●エネミー(東)
・リリーおよび部下×8
女性軍人。彼女を含めた8名で鋼鉄倉庫を拠点とした防衛線を敷いている。
銃火器による【乱れ】【足止め】の付与された戦闘を行う。
・移動式大型機関銃×3
リリーたちのうち誰かが騎乗することで機動する移動式兵器。
名前の通り大型の機関銃であり、キャタピラでの移動能力を持つ。
遠距離範囲を対象に【崩落】【飛】【ブレイク】の付与される弾丸をばら撒く。
●フィールド
西の大商隊宿営地。
大型の馬車が10ほど残されている。視界を遮るものはなく、近づくにあたってほぼ確実に敵に発見されるだろう。馬車内に残された味噌が確保できる。
東の鋼鉄倉庫。
鋼鉄製の倉庫群。
リリーたちが簡易拠点として利用中。周辺には家屋も多く、視界や攻撃を遮る障害物が多い。倉庫内部に残された醤油が確保できる。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
Tweet