シナリオ詳細
かぼちゃと踊ろう。或いは、野干診療院、秋の風物詩…。
オープニング
●かぼちゃと踊る
砂漠の片隅。
ごくごく小さな建物が、ポツンとそこに建っている。
それは小さな診療院だ。「野干診療院」と書かれた粗末な看板は、風に吹かれてすっかり文字が掠れている。
診療院の入り口前で、布を敷いた地面に座った女性が2人。
片方は黒い肌の女性であった。金の髪に金の瞳、薄い布のゆったりとした衣服を纏った薬草の匂いがする女だ。頭頂部からは、尖った耳が伸びている。
彼女の名はヌビアス。
野干診療院の主にして、ただ1人の住人である医師である。
「やぁ、今年もこの季節が来たなぁ。忙しくなるが、放っておくわけにもいかんしなぁ」
そう呟いたヌビアスは、片手で顎を支えた姿勢で診療院前をぐるりと眺めた。
「はぁ……いやぁ、忙しくなる、んすか? そもそも何っすかね、これ?」
ヌビアスの隣に座っているのがくすんだ金の髪色をした小柄で痩せっぽちな女だ。イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)というローレットの情報屋だが、なにゆえ自分が砂漠の果てまで呼ばれているのか、今一理解できていない。
そもそも、目の前に広がる光景からして異様なものであるためだ。理解しろ、という方がおかしいし、理解できる奴の方がどうかしているとも言える。
「何っすか、これ? ゴーレム? なんでかぼちゃを被ってるんっすか?」
首を傾げてイフタフが問うた。
診療院の前に広がる光景を指しての言葉である。
そこにいたのは奇妙な“何か”だ。
頭は顔の形にくり貫いたかぼちゃ。身体は砂を固めて造った人形のようだ。なるほど、それは確かにある種のゴーレムのようにも見えるだろう。そらが数十体ほど屯している。
「何かというと死霊だなぁ。この一年の間に、ここらの砂漠で命を落として適切に葬られなかった者たちだ」
「それが何だってこんなことに?」
「放っておくと悪霊になってしまうからだなぁ。かぼちゃを人の顔の形にくり貫いて、その辺に置いておくとなぁ、中に死霊の魂が入ってあぁいう形になるんだなぁ……何でかなぁ」
何故そういうことが起きるのかというと、それはヌビアスにも分からない。
ただ、目の前でそういうことがおきているので、理解は出来ずとも納得するしかないのだろう。
「よく分かんないっすけど、分かったっす。それで、彷徨える死霊の皆さんを、私らはどうすればいいんっすかね?」
「うん。まぁ、あの世にきっちり送ってやらなきゃならんよなぁ。だいたいは夜明けになれば勝手にあの世に行くんだが……なかなか粘る奴もいてなぁ。そういう連中の頭をカチ割って強制的に送り返すのが仕事だなぁ」
と、疲労感の滲む顔をしてヌビアスはそう告げたのだった。
●死霊にも色々いるらしい
「まず向こうで輪になっている連中だ。あれは食事を楽しんだり、おしゃべりを楽しんだり、歌ったり踊ったりして、現世で過ごす最後の時間を満喫している」
そう言ってヌビアスは診療所の横、果樹園の方を指さした。
30体から40体ほどのかぼちゃたちが、輪になって何やら騒いでいる。もっとも発声器官などは無いので、騒いでいるように見えるだけだ。ついでに言うなら内臓も無いので、食事を楽しむのも単なるポーズだけである。
「次に向こうのグループ。アレはたぶん盗賊なんかの霊だろうなぁ。木の棒やら獣の骨やらで武器を作っているのを見るに、近くの街に襲撃をかける算段でも整えてるんだろう。毎年暴れ回るんで、ちょっと迷惑してるのよなぁ」
次いでヌビアスが指し示したのは、隅っこの方に固まっている30体ほどの集団だ。武器は粗末なものだが、砂で出来た体躯はなかなか立派なものだ。どうやら荒くれ連中のグループであるらしく、何か仕出かしたら容赦なく破壊してしまっていいとヌビアスは言った。
「なかなか面倒なもので【無常】【塔】【封印】なんかを持っているなぁ。それから、あっち……アレはよく分からんなぁ」
三度、ヌビアスは別のグループを指さした。数は10体ほどだが、比較的小柄な体躯の者が多いように見受けられる。何の目的か知らないが、腰をかがめて診療院を覗き込んでいるようだ。
「どうにも赤ん坊が気になっているようだ。最近、生まれた赤子とその母が入院しておるからなぁ。それを見守っているのだろう」
「はぁ……お母さんが驚いてないといいんっすけど」
「それなぁ。勝手に診療院に侵入しようとするんで、目が離せんのよなぁ」
はぁ、とため息を零した。
そしてヌビアスは、最後のグループに視線を向けてもごもごと口を動かして、紡ぐ言葉を探す。
「あれは? 何か箱を用意しているみたいっすけど?」
イフタフが問うた。
ヌビアスは難しい顔をして、困ったように肩を竦めた。
「よく分からんのだよなぁ。全部で20体ほどか? 何をどうしたいのか。そこらの廃材や木の皮で箱を作り出してなぁ。中に果物やら砂を固めた人形やらを詰めておる。おまけに自分の身体を絵具で赤やら白やら緑やらに染め上げて、捕まえて来たラクダに木の枝で作った角までつけ始めた」
「つまり要警戒ってところっすね。あの箱をどこかへ運ぶつもりっすかね?」
「どこか……か。近くの街とかかなぁ? だったら、また街に迷惑をかけそうな話であるなぁ」
「それで、具体的にはどうすれば? 手を貸すと言っても、何らかの方針が欲しいっす」
何しろ相手は100に迫る大群だ。
ある程度、事前に役割を分担しなければ混乱は確実だろう。
「楽しんでいるグループを見張って、診療院に入ろうとしている連中を見張って、荒くれ者のグループは適当に相手をして強制退去させて、よく分からんグループはいいようにあしらってくれ」
これは一夜の夢である。
死霊たちが現世で過ごせる最後の日に、たまたまイレギュラーズが居合わせただけとも言える。
「全員、あの世に送ってやってくれるかなぁ。さもなきゃあいつら、砂漠で彷徨う悪霊になってしまうからなぁ」
なんて。
寂しそうな、そして少しだけ優しい目をしてヌビアスはかぼちゃたちを見た。
- かぼちゃと踊ろう。或いは、野干診療院、秋の風物詩…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年11月15日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●かぼちゃと踊ろう
ラサの砂漠に夜が来た。
西の空に太陽が落ちて、辺りが次第に暗くなる。焼けつくような砂の熱さも、ほんの少しはマシになったか。
砂漠の果てにポツンと建った診療院。その前に立って沈む夕日をぼんやりと眺める黒い肌の女が1人。薄手の衣と、金の髪、尖った耳と黒い尻尾は彼女……ヌビアスがジャッカルの獣種である査証であろう。
彼女は診療院……野干診療院の院長にして、此度の仕事の依頼人だ。
「あぁ、雲の無いいい夜だ。月が綺麗に見える夜ほど、死者たちは楽しく、そして騒がしく最後の時を過ごすのだよなぁ」
なんて。
どこか疲れた様子で、そして少しだけ寂しそうな顔をして、ヌビアスはそう呟いた。
「ファントムナイトの伝承はともかくとして、私のいた世界では、今宵は死者が蘇る夜。死霊が南瓜に憑りついてもおかしくはないわよね」
「いやぁ、そうっすかね? 南瓜でなんでこうなるんすかね?」
闇の帳の中でざわつく橙の火。それらを見渡し『決死行の立役者』ルチア・アフラニア(p3p006865)と『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)が言葉を交わす。
橙の火は、かぼちゃで作ったランタンの中に灯されたものだ。顔の形にくり貫かれたかぼちゃに、砂で出来た身体が付いた奇妙なそれらは、この1年の間に砂漠で命を落として、適切に葬られなかった死者の霊である。
「砂漠を離れられない魂を送る、か…… ああ、任された」
『努々隙無く』アルトゥライネル(p3p008166)は酒の瓶を手に取って、診療院から離れていく。向かった先には、宴会を楽しむかぼちゃたちのグループがあった。
グループは他にもある。
武器を手に取り、どこかへ襲撃をかけようとしているかぼちゃたち。
診療院の窓から中を覗き込んでいるかぼちゃたち。
どういうわけか、プレゼントの用意を始めたかぼちゃたち。
4つのグループに分かれ、かぼちゃたちは思い思いの時間を過ごしているようだ。
「これもファントムナイトの魔力かしら? 不思議なのだわ!」
『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)は、診療院を覗き込んでいるかぼちゃたちの方へ歩いていく。それを横目で追いかけて、ヌビアスも診療院へと戻った。
「弔われることなく未練を残して逝った者たち、か……」
次いで『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)が列を離れた。だが、すぐにピタリと歩を止める。腰の刀に手を触れて、何事かを思案しているようだ。
彼が向かう先にいるのは、プレゼントを用意しているかぼちゃたち。武器を持っていく必要はないだろうが、置いていくのも不安が残る。
暫し悩んだエーレンは、結局そのまま刀を腰に差していくことにしたらしい。
ひと際、体の大きなかぼちゃが空に拳を突き上げる。
その手には、砂の中に埋もれていたらしい古く錆びた大戦斧が握られていた。
呼応するように、その前に並んだ30体ほどのかぼちゃたちがやんやと騒ぐ。
なお、かぼちゃたちに声帯は無いので“騒ぐ”と言っても、腕を振り上げ、体を激しく跳ねさせる程度のものだった。
「妖怪としては別に放っておいてもよいではないですか、と思ってしまうのですが」
「破落戸の死霊ですか。冥府に金子は持ち込めませんが、生前の習慣が身についてしまっているのでしょうね」
『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)と『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)がかぼちゃたちに近づいていく。
生前は盗賊や強盗といったならず者だったかぼちゃたちだ。霊となって砂漠を彷徨い、最後の一夜を迎えても、生前の習慣に則って盗賊行為を働きに行くつもりらしい。
鏡禍とハインの身体はぼんやり輝いていた。
あらくれ者のかぼちゃに相対するに際して、ルチアの支援を受けているのだ。
ボカン、と乾いた音がした。
かぼちゃ頭が砕け散り、ごうと内の火炎が爆ぜた。
まるで最後の命の輝き。
炎が闇に掻き消えると同時に、砂の身体が崩れ去る。
「わーはっはっは! どうやら幽霊ちゃん絡みでお困りの様なのだ? ならば、死出の番人(ニヴルヘイム)としてヘルちゃんがテメー等全員死出の旅路に導いてやるのだ!」
問答無用の一撃で、かぼちゃの頭を粉砕したのは『凶狼』ヘルミーネ・フォン・ニヴルヘイム(p3p010212)であった。
不意打ちで仲間を失って、かぼちゃたちが殺気立つ。
手入れ不足の武器を振り上げ激怒した。
リーダー格のかぼちゃが斧を地面に打ち付ける。
それが開戦の合図であった。
「任せろ―! こちとら成仏の専門家なのだ!」
腕に巻き付けた紐の端を咥えた彼女は、頭を振ってそれを絞った。
●最後の夜
木の皮を接着して作った箱。
それから、砂で作った人形や、木材を削って作った民芸品。
絵具で体をペイントしているかぼちゃたちと、木の枝で作った角を取り付けられた駱駝が数頭。
コトコトと音を鳴らして、駱駝の隣に妖精木馬が乗り付けた。
「贈り物を届けたい相手がいるのよね? 悪意のあるものは届けられないけれど……手伝わせていただけるかしら?」
木馬の背から降りたルチアがそう告げた。
絵具の詰まったバケツを持ったかぼちゃたちが集まって来る。
「え、なに? ちょっと……待って、なにをする……つも、り」
ルチアの制止も聞き入れず、かぼちゃたちは妖精馬車を赤と緑に塗りたくる。
飛び散る絵具に、駱駝たちも迷惑そうだ。
「輝かんばかりのこの夜に! ……だよな。俺はイレギュラーズ、鳴神抜刀流の霧江詠蓮だ。少し話を聞かせてくれないか?」
積み上げられた木箱の傍にしゃがみこみ、エーレンはそれを手に取った。突貫作業で作った割には、表面もきれいに処理されている。
砂で作った人形と、木彫りの民芸品のどちらも丁寧な造りだ。淀みなく工具を動かすその手つきは熟練の職人のものである。
「……木工集団、か? いや……ノミの動かし方に共通の癖がある。どこかの部族の者だろうか?」
身振り手振りで指示を出している老いた(ように見える)かぼちゃへ近づいて、エーレンは問うた。
「ご老公。貴殿らは一体、どういう素性の者たちなんだ?」
そう言ってエーレンは、転がっていたノミと木材を手に取った。
窓越しに月を見るのが好きだった。
すやすやと、寝息を立てる生まれたばかりの我が子が愛しい。
盗賊に襲われ、飢えと渇きに死にかけて、どうにか野干診療院へと辿り着いたのがつい先月のことだった。衰弱は激しかったが、どうにか無事に出産できた。
自分は運に生かされた。
ヌビアス女医には感謝してもし足りない。
と、それはともかく……。
「何なの……」
チラ、と横目で窓の外に視線を向けた。
かぼちゃ頭の“得体の知れない何か”が10体ほどもそこにいるではないか。窓に張り付くようにして、自分と赤子をずっと観察しているようだ。
夕方ごろには、診療院へ立ち入ろうとしたという。その際はヌビアス女医が追い払ったが、懲りずに今は窓に張り付いている。
どうしたものか、と窓の外へ視線を向けて母親は思わず目を見開いた。
密集するかぼちゃたちのすぐ後ろに、ガイアドニスが立っていたのだ。
「こんにちはー! みんな、赤ちゃんが気になるのかな?」
10のかぼちゃが振り返る。
胸の前で両手を合わせたガイアドニスは笑顔だった。その巨躯に一瞬怯みをみせたものの、敵意を感じないこともあり、かぼちゃたちはガイアドニスの話に耳を傾ける。
「気持ちはとーっても分かるのだわ! だって赤ちゃんか弱いもの。心配よね!」
生まれたばかりの赤子というのはとにかく弱い。
母親の庇護が無ければ、生存さえも危ういほどに。
かぼちゃたちは頷いていた。赤子が心配なのだろう。赤子が愛らしいのだろう。赤子を見守っていたいのだろう。その生に幸あれと祈らずにはいられないのだろう。
「でもでも、見知らぬみんながじーっと覗いてたら、目線が気になったり、驚いちゃうんじゃないかしら! 赤ちゃんもお母さんもびっくりしちゃったら、思わぬ事故が起きちゃうかも!」
少しだけ表情を暗くして、ガイアドニスはそう言った。
途端、かぼちゃたちが動揺したような様子を見せる。
きっと、かぼちゃたちは悪い存在ではないのだ。それが分かれば十分だ。
「なので少し待ってもらえないかしら? みんなのこと、お母さんにお話してくるのだわ!」
横一閃に薙ぎ払われる大戦斧。
それを歪に捩じれた角で受け止めて、慧は地面に足を鎮めた。
ギシ、と角の軋む音。欠けた破片が飛び散って、慧の頬に裂傷を付けた。
流れる血をそのままに、慧は呪符を巻いた拳でかぼちゃの胴へ殴打を見舞う。だが、かぼちゃは体を後ろへ逸らして、慧の殴打を回避した。
攻撃後の隙を狙って、慧の背中に2本の短剣が突き刺さる。視覚の外から接近していたかぼちゃたちの不意打ちだ。
「死んでもそのタチ治らないってんなら、問答無用で送るとしましょう」
頬を流れる血を拭い、慧は小さな溜め息を零す。
振り返り様に腕を伸ばして、かぼちゃ2体の手を掴んだ。砂の身体とはいえ、握りしめた程度で崩壊することは無い。
前進も後退もできなくなった2体のかぼちゃの背後に、薄紫の霧が立ち込める。
「悪いことを企まなければ今夜だけなら見逃してあげたのですけどね」
否、それは霧を纏った鏡禍である。
腕を一閃。
かぼちゃの頭を2体纏めて砕き割る。
ハインが鎌を振り抜いた。
遠巻きにそれを見ていたかぼちゃたちが、嘲るように身体を揺らす。敵との距離も測れないのか、と嘲笑っているのだ。或いは、接近されることを恐れてがむしゃらに得物を振り回したように見えたのかもしれない。
けれど、しかし……。
「欲望も執着も綺麗さっぱりこの世に残し、未練なく旅立てるよう、迅速に片付けるとしましょう」
ハインの態度は、淡々としたものである。
その背後には、瞳を青く光らせたヘルミーネが立っている。彼女は地面に両腕を突き、膝を曲げて力を溜めた。
まるで引き絞られた弓のようだ。
一寸の後には、ヘルミーネの身体は弾丸のように疾走を開始するだろう。
かぼちゃたちは、武器を構えて後ろへ下がる。
下がろうとした……けれど、下がれない。
身体が十全に動かないのだ。
そして、刹那。
青白い軌跡を夜闇に残し、ヘルミーネは疾駆した。
鋭い爪による斬撃が、かぼちゃの頭を大きく抉る。力を失い倒れたかぼちゃが燃え上がる。
「死んでからも人様に迷惑を掛けようとするのはやめるのだ!」
砂を巻き上げ着地したヘルミーネの傍には、5人の人影が見える。夫婦らしき男女と、姉妹、そして戦士らしき青年の霊だ。5人は恨みがましい視線を、ヘルミーネへと向けている。
「……じゃないと、テメー等もこうなり果てるぞ?」
それはかつて、ヘルミーネが殺めた者の霊である。
砂漠で炎が揺れていた。
砂の上に車座になったかぼちゃたちが、手を打ち鳴らし、木の棒でかぼちゃ頭を叩いて、砂を踏み締め、騒いでいるのだ。
ポカポカと軽快なリズムに合わせ、かぼちゃたちの真ん中ではアルトゥライネルが踊っていた。くるくると回る身体を折って、紫紺色の布がたなびく。
かと思えば、時折アルトゥライネルは激しく腕を振り上げて、空へ向かって火炎の魔術を解き放つ。
これにはかぼちゃたちも大喜びだ。
盃を傾け、酒を煽って喝采を送る。もっとも、内臓などの器官は無いので酒を飲むというよりは、酒を浴びているといった有様だが。
そうして、長い踊りが終わった。
「少しは余興として楽しんでもらえただろうか?」
頬を伝う汗を拭ってアルトゥライネルはそう呟いた。
言葉は通じなくとも、意思は伝わる。かぼちゃたちが楽しんでくれていたことは分かっている。最後の一夜を、楽しく過ごすための一助になったのなら、それは何より幸いだ。
「こうやって楽しんでいるのを見ているとかつての妖怪たちの宴会を思い出します。これが最後だとしても楽しそうですね」
アルトゥライネルにタオルを手渡し鏡禍は言う。その後ろには、かぼちゃに絡まれている慧の姿もあった。
「ん……ありがとう。そっちはいいのか?」
「えぇ。残りは少ないですからね。後はヘルミーネさんとハインさんにお任せします」
鏡禍は視線を横へと巡らす。
プレゼントを用意していたグループが、そろそろ出立するころだ。
「彼女は……ルチアさんは彼らのために祈るのでしょうか」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた鏡禍の声にはほんの少しの羨ましさが滲んでいた。
●夜明け前
もうじき、夜が明け朝が来る。
「俺にも手伝わせてくれ。時間は有限だ、皆にすっきり旅立ってほしい」
そう宣言したエーレンは、駱駝や妖精木馬の先頭をひたすらに全力で走り続けた。
きっと体力の限界は近い。
砂の上を走るのは、思ったよりも体力を使うのだ。
「街まで行ってプレゼントを配るとなると、少し難しい話になるけれども……そうでないならできる限り馬車を走らせたいところ」
プレゼントの箱には、送り先の住所が記載されている。
出立を前に、かぼちゃたちが急ぎで書き記したのだ。それはつまりかぼちゃたちは、自分たちが街に辿り着く前に、夜明けが来る可能性を知っていたということだ。
東の空が白かった。
降り注ぐ陽光を浴びて、かぼちゃの1人が砂上に倒れた。
最後に1度、頭部の炎を燃え上がらせて、それっきり霊魂は成仏した。
2人、3人、4人……。
かぼちゃたちが次々に消えていく。
それから、暫く……。
「願わくば、皆の次の人生が満たされたものであるように」
足を止めたエーレンが背後を振り向いた。
駱駝と妖精木馬、それからプレゼントの山。
かぼちゃの姿は何処にもない。
砂の上に手足を投げ出し、ヘルミーネが寝ころんでいる。
その隣にはハインもいた。
「彼らの生き方は、決して正道なものではなかったでしょう。しかし生を終えた今、彼らを裁くのは人の領分ではありません」
「悪霊になっても碌な事にはならねーのだ。なら魂の輪廻を巡って新しく生まれ変わった方がいいのだ」
2人の前には、割れたかぼちゃと、傷だらけの大戦斧が転がっている。
かぼちゃの中で燻る炎が、朝日に照らされ掻き消えた。
「光よ、彼らを照らし給う。彼らの影は地に環り、新たな命が生まれけん。光よ、彼らを赦し給う。彼らの想いは天に環り、新な御霊が生まれけん」
「汝らに良き死出の旅路を」
かくして、あらくれ者たちの霊魂はそのすべてがこの世を去った。
かぼちゃを砕き、炎を消した。
白い煙が風に吹かれて、空の高くへ上っていく。
「どうか良い旅路を、っす」
「季節も、命も、次へと巡りゆく……か」
一夜の喧噪は、夢のように終わりを迎えた。
空になった酒瓶を持ち上げ、アルトゥライネルはため息を零す。
砂漠に転がるかぼちゃばかりが、昨夜の記憶が夢でないことを物語っていた。そのうち1つを拾い上げ、鏡禍は笑う。
最後の宴を楽しんだのは、きっとかぼちゃたちだけでは無かったのだろう。
「これはまた……きっと静かで、幸せな時間が過ぎたんだろうなぁ」
眠たそうに目を細め、ヌビアスはそう呟いた。
診療院の待合室には、幾つものかぼちゃが転がっている。それから、母子が入院している部屋の前には花や、果実、それから産着が積まれていた。
かぼちゃたちが一夜をかけて用意したものだ。
「今年もみんな、去って行ったなぁ……お主らにも手間をかけた」
なんて。
そう告げられたガイアドニスは、ただ優しく微笑んだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
砂漠に彷徨う霊たちは、残らず成仏しました。
依頼は成功です。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
かぼちゃに取り憑く死霊たちを全員もれなくあの世へ送る。
●ターゲット
・かぼちゃに取り憑いた死霊たち×100ほど
砂漠に彷徨う死霊たちが、かぼちゃに取り憑き砂の身体を手に入れたもの。
喋ることは出来ないが、身振り手振りで意思の疎通は可能。人の言葉は死霊に通じにくいのか、言語での意思疎通は多少間違って伝わることもあるらしい。
かぼちゃの中に人魂が入っているので、夜になるとランタンのように明るく光る。
※ほとんどの者は夜が明けると勝手にあの世へ旅立っていく。
※そうでない個体は、頭部のかぼちゃを叩き割って強制退去させる必要がある。
・楽しんでいるグループ×40ほど
食事を楽しんだり、おしゃべりを楽しんだり、歌ったり踊ったりして、現世で過ごす最後の時間を満喫しているグループ。あまり大きな問題は起こさないが、何にせよ数が多い。
・荒くれ者のグループ×30ほど
盗賊などのならず者の死霊たち。獣の骨や木の棒で武器を作って、近くの街に襲撃をかけようとしている。攻撃には【無常】【塔】【封印】が付与される。
・赤子を見守っているグループ×10ほど
診療院内へ立ち入ろうと画策しているグループ。どうやら入院している母子の様子が気になるらしい。
・プレゼントを用意しているグループ×20
木や木の皮で作った箱に果実や砂人形を詰め込んでいるグループ。角飾りを付けたラクダを用意していることから、用意した木箱を何処かへ運ぶつもりのようだ。
●フィールド
ラサの砂漠。
野干診療院とその周辺。
診療所の裏手には墓地、横には井戸や果樹園などがある。
診療所正面は砂漠となっている。時刻は夜。
診療院の周辺には、かぼちゃ頭の死霊たちが屯している。
合計4つのグループに分かれているが、自由に動き回るため注意が必要。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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