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シナリオ詳細

<総軍鏖殺>静寂の箱<騎士語り>

完了

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 北の大地ヴィーザルの夏は短い。
 既に吹いてくる風は冷たさを孕み、直ぐ其処まで迫る冬の気配に憂鬱な気分にさせられる。
 ノルダインの戦士トビアス・ベルノソンは青く澄み渡る空にアメジストの瞳を向けた。

 トビアスはノーザンキングス連合王国の統王シグバルドの孫にあたる少年だ。
 その姓が表す通り、ベルノ・シグバルソンの息子である。
 父ベルノからの命令でこの不凍港ベデクトへ単身偵察任務に来ているのだ。
 故郷であるサヴィルウスから南西へ下り、そのまま不凍港へと潜入する。

「……誰もいねぇ」
 いつもは人が行き交い活気溢れる港町が伽藍洞の神殿みたいに静まり帰っていた。
 石造りの街道が長く伸びているが人の気配はまるで無い。
 トビアスは港へと足を運ぶ。
 赤煉瓦の倉庫は扉が半端に開かれ、中には誰もいない。散らばった木箱を開けてみれば空っぽだ。
 鼠が鳴き声を上げ壁の隙間から外へ逃げて行く。
 布に包まれた人の形をしたものが何体も転がっていた。亡くなった者を森や海へ返すも難しいということなのだろう。

 赤煉瓦の倉庫から出て辺りを見渡せば帆を降ろした船が何十も桟橋に止まっていた。
 不凍港が沈黙する前に海へ逃げ出した者も多くいるだろう。
「チッ……腰抜けどもが」
 今なお『海の民』が戦い続けていると期待してこのベデクトへとやってきたトビアスは悪態を付く。
 何処も彼処も、しんと静まり返り閑散とした通りに『ぬるい風』が吹いていた。
 トビアスは進路を北に取る。南は逃げ遅れた住民が身を寄せ合っている場所があるらしい。
「……」
 トビアスは忌々しげに眉を寄せる。
 この偵察任務にトビアスが選ばれたのは『ドルイド』の力を使えるからだ。
 精霊の声を聞き森に住まう者。血気盛んなノルダインの戦士とは正反対ともいえる『軟弱』な技だ。
 その軟弱な力をトビアスはドルイドである母親から受け継いでいた。
 普段は嫌って使わないその力が、今回の任務では役に立つことがトビアスには無性に腹立たしかった。
 南に人が居るというのも精霊が教えてくれたものだ。母のエルヴィーラはそういった失せ物探しや身を隠す魔術ばかりを息子のトビアスに教え込んでいた。

 ――それは俺には無い力だ、トビアス。しっかり覚えて有効に使え。
 父であるベルノの言葉が無ければ修行も放り投げていただろう。
 尊敬する父が覚えろと言うのだ。トビアスに逆らう余地はなかった。
 叔父貴達――ヴィダルやオレガリオ、エーヴェルトのように武力を持ち、母やラッセルのように賢くあれと父ベルノは願っていた。武力だけでは生き残れないと息子を想っての事というのは分かる。
 けれど、トビアスはまだ十六、七の子供で。己の『強さ』を認めて欲しかったのだ。

 首を横に振ったトビアスは視線を上げる。
 今は任務の遂行中だ。余計な思考は捨てて自分のやるべき事を成す。
 赤煉瓦の倉庫街から西に向けば中央に大きな時計塔が見えた。
 相変わらず人の気配は無い。民家の窓は木の雨戸が固く閉じられ中の様子も覗えなかった。
 トビアスが街の北側に向かっているのはその辺りに当局があるからだ。
 出来るだけ多くの情報を持って帰る。それがトビアスの使命だ。
「ちっと危険だが行ってみるか」
 慎重に精霊の声に耳を傾け、トビアスは街の北へと向かう。

 ――――
 ――

「あー、痛ぇ……しくった」
 新皇帝派の軍人に見つかったトビアスは命辛々全力で港まで逃げて来た。
 この時ばかりは精霊の力を借りられて良かったと心の底から思う。
 腹から噴き出す血を押さえ赤煉瓦倉庫の片隅に転がる木箱の中に隠れたトビアス。
 この痛みが無ければ意識を失ってしまっていた所だ。
 息を潜め薬草を腹の傷に押し当てる。幸い銃弾は急所を外し貫通していた。
 このまま夜を待ち、闇に隠れて脱出すれば帰還も可能だろう。
 されど、傷口から熱が広がり視界が左右に揺らぐ。
「まだ、眠るには早い、ぜ……」
 暗く狭い木箱の中でトビアスはぐったりと意識を落した。


 堅実な作りのローゼンイスタフ城の一室。
 作戦会議室に入って来たイレギュラーズを『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)が快く迎え入れる。
「やあ、よく来てくれたね。君達を呼んだのは不凍港ベデクトの調査についてだ」
 予てよりポラリス・ユニオンの中で議題に上がっていた不凍港の調査の準備がようやく整ったのだ。
 彼の地は混乱の最中、連絡が途絶し沈黙を保っていた。
「現状、不凍港ベデクトはどうなっているか分からない」
「だから先に調査するんだよな?」
 テーブルの上に広げられた地図を指差したのはルカ・ガンビーノ(p3p007268)だ。
 大陸の東から大きく内陸へと海が入ってきている場所に不凍港ベデクトがある。
「そうですね、現状がどうなっているか分からない以上、地理的にも近いポラリス・ユニオンが先に調べておくのが合理的ではあるでしょうね」
 ルカへと赤い双眸を向けたリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)の隣でチック・シュテル(p3p000932)も小さく頷く。
「そう……だね……」

「不凍港までの道中はローゼンイスタフから護衛が着く」
「護衛は必要か?」
 プラック・クラケーン(p3p006804)の質問にギルバートは「ああ」と頷く。
「街の中は何があるか分からない。移動での体力や戦力の消耗は出来るだけ避けたい」
「それは有り難いわね」
 万全の状態で街に潜入出来るのは良いとレイリー=シュタイン(p3p007270)は目を細めた。
「しかし、護衛は街の中までは入れないから気を付けてほしい」
「勿論だ。できる限りの情報を持って帰ろう」
 ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)は立ち上がり強い眼差しでギルバートを見遣る。
「そういえば単独でヴェガルドが動くようなんだ」
「ヴェガルドが?」
 ノーザンキングスを見限りイレギュラーズ達と行動を共にするノルダインの戦士は、この北辰連合へ名を連ねていた。
「そう、子供の頃から面倒を見ていた甥っこみたいな子を探すとか。もし出くわしても攻撃しないようにね」
 風体は屈強なノルダインの戦士であるヴェガルドは一見すれば『敵』に見えてしまうかもしれない。
「分かった。……では行こう。不凍港ベデクトへ!」

GMコメント

 もみじです。不凍港の調査に行きましょう。
 pipiSDの『<総軍鏖殺>凍れる時のように』と連動しています。
 どちらか1つしか入れませんのでご注意ください。

●やること
 不凍港ベデクトの調査。
 一言に調査といっても困ると思いますので、項目を列挙します。

・派閥の様子
 現在の鉄帝国は様々な派閥に分断されています。
 大抵は広義の味方と言えるのですが、『新皇帝派』だけは明確な敵です。
 新皇帝派は弱者を力でねじ伏せ、好き放題に振る舞っています。彼等が街にどの程度の影響を与えているかが気になる所です。これは歩き回れば確認出来るはずです。
 おそらくは残念ながら、かなり幅を利かせていると推測出来ます。
 国土全体がそんな調子だからです。

 またここはノーザンキングスに比較的近い地域でもあります。
 彼等は新皇帝派とそれ以外の派閥の抗争に対して漁夫の利を狙っています。
 そのためベデクトにも何らかのアプローチをかけている可能性があります。

・街の様子
 そもそも暮らしている人々が、どんな状況に置かれているのか分かりません。
 推測ですが通常の生活は破綻し、横暴に振る舞う新皇帝派から逃れるように身を寄せ合ったり、あるいは彼等に嫌々したがっているのではないかと思われます。

・進撃経路の確認
 今後もしも大規模な戦闘を行うのであれば、どのように行うのが良いか考えなければなりません。
 そのためには地図などを入手出来るのが一番です。
 おおざっぱな地図はすでにありますが、詳細なほど良いでしょう。
 詳細なものは当局庁舎にはあると思われますが……。

・港の様子
 鉄帝国はこれから厳しい冬を迎えます。
 ここは物流の要の一つであり、物資の状況は気になるところです。
 そもそもまともに利用出来る状態にあるのかも、知りたいところです。

●フィールド
 鉄帝国東部にある、不凍港ベデクトと呼ばれる港町です。
 その名の通り、漁船、交易船、軍艦など様々な船が出入りする港を持ちます。
 いずれえの場所でも、場合によっては新皇帝派とのいざこざなどの危険もあるでしょう。
 今のところの時刻は昼前です。潜入開始時間や滞在時間は皆さんに任せます。夜のほうが目立ちにくい反面、危険は大きくなるでしょう。
 長時間を行動する場合、食料や飲料の摂取、休憩などをしないと効率が下がります。
 また最大でも二十四時間で帰還して下さい。

『当局庁舎』
 街の中心にある行政と軍事の要です。
 どのような状況であるかは、確認しておきたい所です。
 時計塔があります。

『市街地』
 どうやら閑散としているようです。
 東側は港方面、西側には駅があります。中心部には繁華街や歓楽街、官庁関係などがあるでしょう。
 住宅地などもこちら。

『郊外』
 教会、墓地、学校などがあるはずです。

『軍港』
 軍が利用しているはずの港です。
 鋼鉄艦のドックなどもあるはずです。
 そもそも利用可能か否か、状態などを確認したいところです。

『民間港』
 漁船や交易船などが出入りする港です。
 近くには工場や大型の倉庫街などもあります。
 そもそも利用可能か否か、物資の状況などを確認しておきたい所です。

●注意点
 街は広く、全員一緒に行動するならば全ての箇所を調査しきれない可能性があります。
 何人で行動するかは、皆さんの自由です。

・1パーティーの人数が多い場合
 メリット:戦闘では安全性が増します。
 デメリット:目立つことです。

・1パーティーの人数が少ない場合
 メリット:あちこち見ることが出来ます。
 デメリット:危険です。

●敵
 完全に不明です。
 新皇帝派やノーザンキングスがいるかもしれません。
 といっても、人は人。
 出会えば即座に戦闘という訳でもありませんし……。

●人物
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
 ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
 正義感が強く誰にでも優しい好青年。
 翠迅を賜る程の剣の腕前。
 ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
 守護神ファーガスの加護を受ける。
 以前イレギュラーズに助けて貰ったことがあり、とても友好的です。

○『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソン
 ヴィーザル地方ノルダインの村サヴィルウスの戦士。
 父親(ベルノ)譲りの勝ち気な性格で、腕っ節が強く獰猛な性格。
 ドルイドの母親から魔術を受け継いでおり精霊の声を聞く事が出来る。
 受け継いだドルイドの力を軟弱といって疎ましく思っている反抗期の少年です。
 赤煉瓦倉庫の箱の中で眠っています。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はD-です。
 基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
 不測の事態は恐らく起きるでしょう。

  • <総軍鏖殺>静寂の箱<騎士語り>完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年11月07日 23時00分
  • 参加人数12/12人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(12人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
彼方への祈り
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
レイア・マルガレーテ・シビック(p3p010786)
青薔薇救護隊

リプレイ


 人の気配が無くなった街は灰色へと変化していく。
 聞こえるはずの声が無いというだけで、脳が視覚にフィルターを掛けるのかもしれない。
 不気味すぎる程静かな、凍らない港――ベデクト。

 不凍港までの道のりはローゼンイスタフの護衛がついていた。
 必然的に彼らが見つからない様に合流地点は不凍港から少し離れた場所になる。
 馬から荷物を降ろした『昔日の青年』プラック・クラケーン(p3p006804)は、潜入用の装備を調える。
 ポラリス・ユニオン(北辰連合)から選抜された先遣隊の一人であるプラックはこのベデクト調査の提案者でもあった。責任を持ってこの調査を終わらせねばならないと気合いを入れる。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……」
 プラックの言葉に『北辰連合派』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)も頷いた。
「この調査は今後の鉄帝に取って非常に重要な要石となる」
 ベデクト港は利用可能であるか、新皇帝派はどれだけ蔓延っているのか……民達は無事なのか。
 焦る思いがベルフラウの胸を締め付ける。その思いを秘めベルフラウはベデクトへと視線を上げる。
「ここを使えるかはこの冬を生き延びる人の数にも繋がるだろうな……心してかかろう」
 フードを深く被った『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は蹄で土を踏みしめた。
 緩く尻尾を振り、収まりが良い場所へ後ろ足を移動させる。
「そういえば、ヴェガルドも来ているらしいな。敵と間違って攻撃しないようにな」
「無いとは言い切れないのが……何があるか分からないもの」
 ラダの隣に立った『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)も遠くに見える不凍港ベデクトの影を見上げた。
 とうとう不凍港への調査が開始される。
 ポラリス・ユニオンにとってこの不凍港を押さえられるかどうかが、この冬を乗り越える鍵となってくるだろう。否、ヴィーザルの地だけではない。鉄帝国にとって凍らない港は重要な場所であった。
「実際にどうなっているかって情報はないし。他の国から物資を補給できれば、冬越えに向けて大きいわ
 軍船とかあれば使えるだろうしね」
 だからこそ、自分達がどんな情報を持ち帰るかが大事なのだ。しっかりと調べたうえで生きて帰る。それが先遣隊に架せられた任務だ。無益な争いは出来るだけ避けたいとレイリーは思い馳せる。

『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)はベデクトの街の様子をじっと伺っていた。所々に崩れた建物と、通りには人の気配すら無く。放棄された街と言ってもいいぐらいの状況だ。
「街の様子からすると、ベデクト駐屯軍は意見が割れて部隊内での戦闘にでも発展したのでしょうか」
「そうだな、戦闘が行われたのだろう」
 リースリットの傍らに立った『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)が肯定するように視線を向ける。
「だとしたら……勝ったのは新皇帝派という所でしょうか……」
「おそらくな。誰が上に居るのかはしらねえが」
 ラサ風の衣装から鉄帝国に馴染む服へ着替えた『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が外套を翻した。
「ん、この港町について調べる……したら。連合や他の人達への助けに、繋がるかも……しれないん、だね。大事な『お手伝い』、気を引き締めて……頑張る、よ」
『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)は隣の『おかえりを言う為に』ニル(p3p009185)と『青薔薇の奥様』レイア・マルガレーテ・シビック(p3p010786)へとファミリアーを交換する。
 三人が別々の班に分れて連絡を取り合えるように。
「国境なき医師団にとっても、この不凍港の調査は大事な要所」
 レイアは国境なき医師団の理念に賛同し、ポラリス・ユニオンでもその活動を行っている。その活動域を広げるにあたっても物資の搬入や確保という点においてベデクトは押さえておきたい場所であった。
 胸に手を置いたレイアは深呼吸をする。行動を共にする仲間の足を引っ張らないように頑張らねばと決意を込めて視線を上げた。
「不凍港の調査、ニルも一生懸命がんばります!」
 小さな拳を握り締めたニルの頭に小鳥が二匹止まる。レイアとチックのファミリアーだ。
「さてさて、荒事は避けたいとこだが、今後を考えれば地図の確保はしておきたい」
 カバンから手帳を取り出した『求道の復讐者』國定 天川(p3p010201)は簡単なベデクトの外見図をそこへ書き記す。もし地図を入手出来なかった時の為に、天川自ら歩いた場所を記録するのだろう。
「気張って行こうぜ」
 天川の言葉にイレギュラーズは頷き、ベデクトへと静かに歩き出す。

 ――――
 ――

 曇天の空からは今にも雪が降ってきそうで、リースリットは頬を掠める寒さに外套を寄せた。
 建物の影に隠れるように移動するレイリーとニル、天川は当局庁舎を調べる為に歩みを進める。
 石を組んだ建物は何かの戦闘で爆撃を受けたのか一部が崩れていた。

 リースリットはベデクトに住まう精霊へと語りかける。
「この先に人が大勢居る場所はありますか?」
「貴女たちが目指す場所には人が多い。それから十人ほどの人間が街の中をぐるぐると回っている」
 精霊の言葉を要約すると、恐らく新皇帝派の軍人が巡回を行っているのだろう。
「できる限り巡回している兵を避けて行きたいわね」
 レイリーは曇天の空に伸びる時計塔を見上げた。
「当局庁舎には恐らく少なくない兵が駐屯しているはずです。侵入ルートを見つけられれば良いのですが」
「そうですね」
 頭に乗った小鳥たちに触れたニルは唇をきゅっと引き延ばす。
 自分には分からない事でも、誰かが見れば役立つ情報もあるかもしれないとニルは辺りの様子を見渡し、じっと観察した。

 物陰から通りの様子を伺っていた天川が手を真横に伸ばす。
 同時にニル達は背筋を正し天川のサインを逃さないように注視した。
「何人いる?」
 レイリーの位置からでは敵の数を全て把握できない。
「精霊の言ってた通り十人ほどだな。通りを北に進んでる……どうする? あいつらを追いかけてみるか? 新皇帝派の軍人だろうから、当局庁舎に戻る可能性が高い」
「……」
 レイリーは逡巡してから首を横に振った。
「見つかる可能性も高くなるから今は止めておきましょう」
「街の人にもお話を聞きたいですしね……ぜんぜん見当たらないけど」
 ニルはしょんぼりと肩を落す。此処に来るまで人が歩いているのを全く見なかった。
 街の様子は閑散としていて、宛らゴーストタウンのようだった。
 冷たい風がニルの太ももの間をすり抜けていく。
「……!」
 ぷるぷると身体を震わせたニルは背筋に気配を感じて振り返った。何も居ない。
「さ、先を急ぎましょう」
「そうですね。精霊に手伝って貰って敵を避けながら街を回りましょうか」
 同時に身を潜める為の拠点を探す事も視野に入れなければとリースリットは仲間へ合図を送る。
「……時計塔の方へ向かってみましょうか」
 リースリットが示した進路にニルは頷いた。街の中央に見える大きな時計塔は一時半を指している。
「はい。ニルもそっちの方を調べてみたいと思ってました」
「じゃあ決まりだ。奴さんはもう行っちまったから、さっさと行こうぜ」
 建物の影から身を乗り出した天川は手を上げて進めのサインを出した。
 
 足音を出来るだけ消しながら、レイリー達は時計塔へ向かう。
 その最中、精霊が人の気配を感じ取った。軍人ではないのだろう。
「人が居ますね。隠れて居る……?」
「どこだ?」
 天川の問いかけにリースリットは崩れた建物の影だと答える。
 人影に近づいた天川は徐に彼らの目の前に姿を晒した。
「失礼」
「ひっ! 殺さないで、助けてください!」
 ぶるぶると身体を振るわせた女性が子供を庇うように小さくなっていた。
 足には怪我を負っているようだ。
「大丈夫。俺達は軍人じゃない。まあ、所謂何でも屋ってやつでね、各地を旅してるんだが……
 あんた怪我してるじゃないか。近くに何処か治療出来る場所は?」
 天川の優しく頼もしい声に女性は安堵したように町の南方向を指し示した。
「南の方に診療所があったんです。よく利用してて……でも、今はどうなってるか分からない。
 お願いします。この子だけでも助けてください」
 震える声で子供を差し出した女性ごと天川は「失礼」と抱え上げる。
「いいや、あんたも一緒だ。子供だけじゃあ生きていけない」
「でも……」
「大丈夫だ。もうすぐ仲間が来る……」
 振り向いた天川の視界にベルフラウ達の姿が入った。
 ニルとレイアの間で交換された小鳥たちによって連絡がスムーズに行えたのだ。

「怪我をしているというのはその人か……私が変わろう。この先に診療所がある」
 ベルフラウは天川に抱えられた女性を背中に担ぎ、子供をレイアに託した。
「では私達は時計塔の方を回ってから当局庁舎へ向かうわ。その人達をお願いね」
「承知した」
 レイリー達に見送られてベルフラウは診療所へと歩みを進める。
「貴女はなぜあの場所に? あ、申し遅れました私はレイアといいます」
 レイアは子供をあやしながら女性へと視線を上げた。
「私はエラ。その子はニコラよ。私の夫は当局庁舎に勤めていてね、帰りを待っていたのだけれど」
「軍人さんですか?」
「そうね、一応は……でも、戦いはしない救護班でね、ここの所ずっと帰って来ていないの。心配になってこんな所まで来てしまったのだけれど瓦礫が落ちてきて怪我をしてしまったわ……本当はもう夫は死んでしまったんじゃないかって思ってしまって不安で……」
 軍人の妻であれば、一般人よりは情報を持っているだろうと判断したベルフラウはエラを連れて診療所の扉を潜る。プラックは玄関直前で振り向き、新皇帝派の軍人が来ていないかを確認してから中へ入った。

 診療所の中は物が散乱していたが、どうにか身を隠す事は出来そうだった。
 この場所を夕方の集合地点にしてもいいだろう。
 レイアはエラを回復しながら情報を聞き出す。何せ不凍港の情勢は途絶えて久しい。どんな小さな情報も重要なものだった。
「……南の方に街の人達が避難している場所があります」
「郊外か……学校や教会があるんだっけか」
 プラックの問いかけにエラは「はい」と頷く。
「新皇帝が勅命を出したあと、戦いが始まったのですが。最初のうちは腕の立つ船乗りたちや新皇帝派ではない軍人も抵抗していましたが次第に殺されてしまい……きっと夫は私達家族を守る為に権力に屈したのでしょうね。もしくはもう殺されているかもしれない」
 レイアはエラの回復を終え視線を落す。
 軍人の家族という立場は肩身の狭い思いをしたに違いない。軍に保護されることも、民衆が彼女達を受入れることも無いのだろう。だから、あんな場所で怪我を負い身を隠していた。
「そういえば聞きたい事があるのですが、そのご主人の居る建物がどうなってるかわかりますか?」
「少しなら……」
 天川が知りたかった情報をレイアが代わりに聞き出す。この情報は当局庁舎へ侵入する時も、エラの夫を救う為にも役立つだろう。
 きっとこの先、こんな風に如何することも出来ない人達がレイア達の前に現れる。
 彼らを全員救う事が出来ないことも分かっている。
 ベルフラウは眉を寄せて、エラに自分の食料を渡した。
「これを食べると良い。携帯用の食料ではあるが日持ちもする」
「ありがとうございます!」
 エラの笑顔に唇を噛むベルフラウ。――思ったよりも状況は『悪い』のだろう。
「私達はこれから郊外へと赴きますが、一緒にどうですか? 此処に住んでいる人が居る方が心強いですし、向こうへ行くまでの安全は保障しますよ」
 レイアの申し出に戸惑ったあと、エラは「よろしくお願いします」と手を取った。
 新皇帝派についている軍人の家族という立場で辛い思いをするだろう。それでも、母子二人で居るよりは生きて行ける可能性がまだある。

 街の南側――郊外へと赴いたプラック達はエラ親子を人々が避難している場所へと送り届けた。
 エラ親子を受入れる事に難色を示した街の人達を説得したのはベルフラウだ。
 自分達は街の人達を救うために調査に来ているのだと話し、もし受入れてくれるならベデクトを取り戻した際に物資を公平に分け与えると約束した。
「済まないが、もうしばらく耐えてほしい。必ずや助け出すとこの背に誓う」
 ベルフラウ達が背負うは北の大地を導く星の輝きだ。
 プラックは教会の墓地へと足を踏みいれる。その後に着いてくるのはギルバートだ。
「どうして墓地へ?」
「鳳圏の様に死霊術や死体を材料に使用したりを危惧しててな……うーんこの辺は大丈夫か」
 プラックの調べで現段階では墓地は荒らされた痕跡が無いのを確認できた。
 こうした『何事も無かった』を積み重ねるのも調査では重要な事柄の一つだ。


「ハァイ、初めまして」
 冷たい風に香りを乗せて『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は不凍港に住まう精霊の力を借りるべく話しかける。
「ね、アンタ達に教えてほしい事が……アラ、なあに? アタシ達に何か伝えたいの?」
 精霊の囁きに耳を傾ければ、血の匂いがするのだと悲しそうな声が聞こえてくる。
 土地を守護する精霊は争いで流れた血や穢れを嫌うのだろう。
「そんなの放っておけないじゃない……! どこから匂うか分かるかしら?」
「向こう……」
 精霊が指し示したのは街の東に位置する港の方向だ。
「ああ、これは血の匂い――負傷した誰かがいる?」
 ラダも風に乗って来た血の匂いを嗅ぎ分けるように鼻で息を吸い込む。
「情報源になるかもしれない。探してみよう」
「ええ!」
 ジルーシャに手を貸してくれた精霊とチックのエネミーサーチにより、新皇帝派の巡回を上手く回避する事が出来た。されど、彼らも何かを探しているらしく、血の匂いの主に中々たどり着けずにいた。
「此処は隠れられそうな場所……いっぱいある、から。注意しなくちゃ、ね」
 チックは震える手をぎゅっと握り絞める。この辺りで誰かが怪我をしているのだ。早く駆けつけてやらねばという思いが募っていく。

『想光を紡ぐ』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)は耳を澄ませる。
 遠くで反響する軍人の足音とその声を注意深く聞き取るのだ。
 上空では渡り鳥が旋回しており、一行はそれがマルク・シリング(p3p001309)の使い魔であることをまだ知らないが。
『……この辺りか』
『どこ行った』
『遠くへ逃げたか……』
 建物の影に隠れて新皇帝派の軍人が目の前を通り過ぎるのをやり過ごすマグタレーナ達。
 遠ざかって行く音を確認してからマグタレーナは仲間へ合図を送る。
「誰かを探しているようですね。血の匂いの主でしょうか」
「恐らくな……」
 マグタレーナの言葉にルカは頷く。
 急に立ち止まったルカの後ろに続き、マグタレーナとチックは物陰に姿を隠した。
 ラダとジルーシャも用心深く身を屈める。
 新皇帝派の軍人が何かを探している場所に一番多い人数で行動しているのだ。
 見つかる可能性は一番高いだろう。
 マグタレーナはルカの肩に手を置いて一緒に来るように合図を出して物陰から身を乗り出す。
「おい、そこのお前! ここで何をしている」
 数人の軍人に囲まれたマグタレーナとルカ。
「あら……見て分かりませんの? 冬に向けてベデクトの別荘の様子を見に来ましたの」
 余裕の笑みを見せるマグタレーナの傍らには軍人に頭を下げるルカの姿があった。
 どこぞの貴族とその使用人といった身なりに見える。
 銃を向ける軍人にも臆さないマグタレーナは僅かに首を傾げ彼らに問いかける。
「私に銃を向けるなんて……墓前に添える花の好みはございますか?」
「……っ!」
 微笑みを浮かべたまま軍人に近づくマグタレーナは彼らの手に札束を握らせた。
「ほら、この辺りには何も無かったでしょう?」
「あ、ああそうだな。怪しい奴はもうどこかへ移動したと報告しておく」
「ありがとうございます。とても助かりますわ」
「……だが、出て行った方が良い。アンタもそっちの使用人もおそらく腕が立つんだろうが、ここを統括してた上の奴らが殺されてからこの街に安全な場所は無くなったからな」
 踵を返した軍人は何事も無かったかのように立ち去った。
 ジルーシャが精霊に伺ってもこの辺りには軍人の気配は感じられない。
 ほっと一息吐いたチックはマグタレーナに尊敬の眼差しを向ける。
「マグタレーナ……すごい、ね。堂々としてて……」
「ふふ、そう見えていたなら良かったです。内心はバレないかとひやひやしていました。まあ、ただの金持ちのお嬢様ではないと気付いて居たかも知れませんが……それよりも」

 マグタレーナはチックの後に居たジルーシャを見つめた。
「怪我人はこの辺りにいますか?」
「ええそうみたい……精霊がこの辺に居るって言ってるわ」
 ジルーシャの言葉にルカは赤煉瓦の倉庫の中へ足を踏み入れる。
 潮の匂いと湿気に含まれるカビ。それに血の匂いが倉庫の隅のほうから漂っていた。
 箱の中を手当たり次第開け放ち、ようやく匂いの強い箱を見つけ開けてみれば。
 苦しげに気を失っている少年の姿が目に飛び込んでくる。
「ね、ねえ、ちょっとアンタ大丈夫……!?」
 ジルーシャの呼びかけにも応じない少年。よく見れば腹部に大量の血が滲んでいた。
 箱の中から少年を担ぎ上げたルカはチックと共に傷の手当てに当たる。
「起きて……。寝ると寒くなる、して……危ないよ」
「……ぅ、う」
 一旦の応急処置を施された少年は青白い顔でうめき声を上げた。
 イレギュラーズに囲まれていると忘れてしまいそうになるが、普通の『人間』というものは腹に銃弾を受ければ其れだけで瀕死の重傷なのである。
 即死しなかったのは悪運が強いと言わざるおえない。或いは精霊の加護を持っているのだろうか。
「ね、起きて」
「ここは……痛ッ、はぁ、はぁ……」
「格好からしてノーザンキングスのやつか?」
 少年の顔を覗き込んだルカは額に浮かんだ汗を拭いてやる。
 ハンカチを視線で追った少年はルカの問いかけにこくりと頷いた。
「俺はラサの傭兵、クラブ・ガンビーノの団長のルカ・ガンビーノだ。お前は?」
「……俺は、サヴィルウスの……っ、は、ぁ」
 痛みに呻きながら、少年は己の名を『トビアス・ベルノソン』であると名乗った。
 名乗ったあと気を失ったトビアスを運ぶのにラダが居てくれて助かった。
 彼女の馬胴に乗せられた少年を運ぶ間に、他のメンバーは港の調査を行っていたのだ。
「お互いここを狙うならまた会うだろう。死ぬなよ、ここでは」
「……」


 夕陽が陰り出す頃、市街地の診療所に集まったイレギュラーズは、向こう方に居る同じ派閥でありまたイレギュラーズ仲間であるリリー・シャルラハ(p3p000955)と情報をすりあわせた後、トビアスを囲んで顔を突き合せていた。
 思ったよりも重傷を負っているトビアスをどうするか。
 この少年――サヴィルウスのトビアス・ベルノソンという名前から察するに、話しに聞き及んでいたギルバートの仇敵『ベルノ』の息子であるという点もイレギュラーズが頭を悩ませている点だ。
「お前さんもこの街を調べに来たんだろ?」
「ああ、そうだ。親父に言われて……、っ、てて……ベデクトの調査をしにきた」
 腹に包帯を巻いたトビアスが案外素直に受け答えをする。子供であるのもそうだが、この人数差では悪態を吐く方が不利になると分かっているのだろう。この少年は聡いとルカは感心する。

 一歩前に出たギルバートの前にルカが立ちはだかった。
「お前の気持ちがわかるなんて軽々しく言わねえが、怪我人に手ぇ出そうってのは黙っちゃいねえぜ」
 チックも震えながらギルバートの前で手を広げる。
「……トビアスが、君の仇敵の息子という事を知って。複雑に感じると、思う。
 それでもおれは、怪我したままの彼を……見て見ぬ振りする事、したくなかった。
 怒りを灯すのは、悪い事じゃない。でも……もしそれを今振るうというのなら、おれに向けて」
 その言葉に目を瞠るのはギルバートではなくトビアスの方だ。
 何故、敵である自分の為にそうまでしてくれるのか、トビアスには分からなかった。

「大丈夫。流石にノーザンキングスだからといって直ぐに殺したりはしないよ。聞きたい事があるんだ」
 ギルバートは心配そうに見つめるチックとルカに頷く。
「……ん、だよ」
 痛みに耐えながらギルバートを見上げるトビアス。
 ギルバートは鞘から剣を抜いて剣先を下に向けた。動揺するチックをルカが引き留める。
 剣を持ったまま膝を床に着いたギルバートは真っ直ぐにトビアスを見つめた。
 虚偽の言葉は許さないという意味がその剣には込められているのだろう。
「君は先程、自分のことをノルダイン……サヴィルウスのトビアス・ベルノソンと言ったね。
 ……五年前のリブラディオンでの戦いに君は居たかい?」
 ベルノ・シグバルソン率いるノルダインにギルバートの大切にしていた従姉妹が殺された。
 もし、彼がその場に居たのならば話しが聞きたいと思ったのだ。
「いや。俺は親父に言われて村に残ってた。まだ11歳ぐらいだったから置いてかれたんだ。妹は連れていかれたのに俺だけ残された」
「そうか……あの戦いで俺は大切な人を失った。君の父親をこの手で殺したいと思うほどには、まだ怒りがこの胸を支配しているよ」
 ギルバートの翠の瞳に怨嗟が宿る。その気迫に気圧され、トビアスは歯を食いしばった。
「お前らだって……ッ! お前らだって俺の妹をそんとき殺しただろうがよッ!!」
 トビアスの声が部屋の中に響き、ギルバートの瞳が見開かれる。
 痛みに顔を歪ませたトビアスは腹部を押さえた。チックはギルバートとトビアスの間に割って入る。
「ギルバート……これ以上は、傷に響く、から……、戻ってからにしよ」
「ああ」
 短く答えたギルバートは剣を鞘に仕舞い踵を返した。

 別室に移り息を吐いたギルバートの傍らに様子を伺いに来たのはリースリットだ。
「ギルバートさん、彼を連れて帰りますか?」
 ノーザンキングス連合王国統王シグバルドの孫をローゼンイスタフが確保する、それはこの戦線の緊張状態に何らかの影響を及ぼしかねないとリースリットは危惧したのだ。
「そうだな、あの状態では森を越えてサヴィルウスへ戻るのは厳しいだろう」
「時期も悪いが、死にかけの重傷者を放り出すのもな……」
 部屋のドアを開けて入って来たのはベルフラウだ。
 このまま放置すればトビアスは村に帰れず死ぬ可能性がある。ならば、名目は何になるにせよ保護してトビアス自身に恩恵を受けたと主張させる方が合理的だ。
 もしかしたら、『和平』への糸口すら見いだせるかもしれない。限りなく細い糸ではあるが。
「保護して引き渡す方が『貸し』は作れるかもしれんな」
 カーテンの隙間から入り込む夕陽が細く、部屋の床を照らしていた。

 ――――
 ――

「アナタ達、ありがとね」
 ここまでついて来てくれた精霊たちにジルーシャはお礼の言葉を投げかける。
 レイアと共に市街地へと出ていたジルーシャは人の姿を見つけた。
 追いかけて来た天川とニルも加わり、何か情報を得られないかと恐る恐る声を掛ける。
「いきなり声を掛けてごめんなさいね。元気が無さそうに見えたから、心配になっちゃって」
「うわ!? びっくりした……アンタ達はだれだ? この街の人じゃあねえよな?」
「すいません、最近とても物騒だそうで……何か変わったこととかありませんでしたか?」
 レイアの問いかけに困ったような顔を見せる青年。
「変わったも何も、街がこんなになっちまって……明日の食いもんにも困ってるよ」
 溜息を吐いた青年は手にした荷物を担ぎ上げる。
「それは何ですか?」
 レイアは不思議そうに小首を傾げてみせた。
「ああ、これは隠してあった保存食だよ。少しずつ運び出してるんだ」
 青年を見送ったイレギュラーズは夜に備えて診療所へと帰還する。


 陽が落ちて群青の夜が広がる空の下。
 チック、マグタレーナ、ラダ、ルカとプラックは港へ進路を取った。
 特に重傷者であるトビアスを連れたルカは慎重に成らざるをおえない。
「精霊の力は使えるかトビアス」
「ああ、敵に当たらねぇようには出来るぜ……」
 肩で息をしながらトビアスは精霊に力を借りる。
「貴方は精霊の力を使うことを躊躇っていますが? 力の在り様とは一つだけではない。精霊の力もまた誇るべきものでは無いでしょうか」
 マグタレーナの言葉に視線を逸らすトビアス。小さく「そうだな」と呟いた言葉をマグタレーナは聞き逃さなかった。
「くたばるなよ。強く勇ましいノルダインの武人さんよ」
 ルカはトビアスを勇気づけるように落ちてくる少年の身体を担ぎなおす。
「出来るだけ早くしてくれ」
「あいよ」

 戦闘を避け続けたラダ達の判断は正しかった。
 ここで事を起こせば、警戒は強まり自由に身動きが取れなかっただろう。
「まず管理所を探し出そう。それから鍵を入手するんだ」
「そうですね。それがいいかもしれません」
 相槌を打つマグタレーナから視線を上げて、ラダはゴーグル越しに港にある船の種類を確認する。
「物資は略奪に合っていてもおかしくない。それでも施設が無事ならまだ何とかなるはず」
 いくつかの倉庫を回り、荷物を見て回るラダ達。
 ラダは小さく溜息を吐いて伽藍洞になった倉庫の中を覗き込む。
 物資の状況は芳しくなく、人気の無い港には波の音だけが響いている。
 ラダは今年に入ってからラサと覇竜から豊穣への海上交易を活性化しようと色々やっていたが、鉄帝へ手を伸ばそうとは考えていなかったのだ。
 そこへこの鉄帝国の紛争。
 豊穣方面の仕事も落ち着いてないのに手を出すのは悪手なのかもしれない。
「……それでも機があると、例の不凍港がと耳にすれば興味がわくのは商売人のサガだな」
 人や物が豊かに流れ、行き交うさまがラダは好きだった。
 この国が今後どうなるかは分からないが、この港にはかつての活気を取り戻してほしい。
 ラダは旗艦アイゼンシュテルンへと向かうプラックを見上げそう願った。

 ――――
 ――

 ベルフラウは暗闇の中で街を見渡す。灯りが付いているのは当局庁舎と市街地の中にいくつか。
 あとは郊外の方にぽつりぽつりとと見えるぐらいだった。
 ならば『陽動』は容易いだろう。真っ暗な中に明りを灯せばそれだけで目立つというもの。
 ジルーシャとレイア、ギルバートと共にベルフラウは市街地を駆け抜ける。
 あちら(アーカーシュ)側とは調整は済んでいるから、互いに上手くやりたいところだが、はてさて。
 その途中で別働隊であるすずな(p3p005307)の姿を見かけた。現地の住民に紛れて情報収集を行っている様子だったが、ともあれ其れだけで何処か心強くあるものだ。

 足を引っ張らないようにしなければとレイアは強く指を握る。
「大丈夫、何かあれば全力で守る」
「そうよぉ! レイアちゃんは援護お願いね!」
 不安げなレイアに降り注ぐギルバートとジルーシャの声。
 目立つように竪琴の音を立てながら、ジルーシャ達は街の中を騒がしく走った。

「何だお前たち!? おい! 止まれ!!!!」
「やぁよ!」
 十人ほどの軍人がベルフラウ達を追いかけてくる。
 出来るだけ戦闘を避け、逃げ惑うのは本命である当局庁舎班を強く援護する事にも繋がる。
 ジルーシャは走りながら唇を噛んだ。
 不凍港が使えれば、例え少しずつでも、必要な所に物資が行き渡る筈なのだ。
 派閥なんて関係なく、困っている人達を助けられるようになる。
「……弱肉強食のルールになんて誰が従うもんですか!!」
 憤る心が音色にのって辺りに響いた。

 ――それに、もし叶うならノーザンキングスの人達の事も理解したい。
 彼らのやり方の全てが悪だとは言えない。
 でも、そのやり方に苦しんで、迷っている人が……少なくとも一人はいるって知っている。

 ジルーシャは友人の顔を思い浮かべ眉を寄せた。
 彼らを敵だとは思えないのだ。だから守ってやりたい。
 その為に自分ができることをしなければならない。
「守らせてよ」
 友人の名を小さく呼んでジルーシャは暗闇の中を駆け抜けた。

 ベルフラウ達が軍人を引きつけている間にリースリット達は闇に紛れ当局庁舎の前へと来ていた。
 警備の隙をついて流れ込むイレギュラーズ。
 ニルはマルクの姿を捉える。彼らも同じように当局庁舎へ潜入しているのだ。
 思わずヴェガルド・オルセン(p3n000191)を攻撃してしまわないように注意しなければとニルは拳を握る。
 その後に続くヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)とマリア・レイシス(p3p006685)も真剣な表情で自分達とは別方向へと走って行った。ニルの胸が強く鼓動を打つ。出来るだけみつからないようにしなければと深呼吸をして歩みを進める。
 ガス灯が消えた当局庁舎は、ドラム缶で火を灯しているらしい。
 建物の中は荒れていて、酒瓶が転がったり隅の方で割れたりしていた。
 昼間の間にレイアがエラから聞き出した大凡の配置を頼りに天川を先頭に突き進む。

「この部屋かしら?」
 当局庁舎の上部に忍び込んだレイリーたちは資料が多く仕舞われている部屋のドアを開けた。
 レイリーは木箱に入った資料の中からめぼしいものを引っ張り出す。
 その中には地図らしきものも見えた。
「これ、ベデクトの地図じゃない?」
「確かにそうですね。ここに時計塔があって当局庁舎がここですから、あってると思います」
「やったね……!」
 目を細めたニルは嬉しそうに頷く。
「ニルは、かなしかったりつらかったりするのはいやなのです。だからここの調査が、誰かの『かなしい』を減らすのにつながったらいいなって思うのです」
 その為に沢山勉強してきたのだ。有りっ丈の資料をその頭に叩き込んで帰るのがニルの役目。
「頼もしいわね」
 ニルの言葉にレイリーは顔を綻ばせた。
 同時に聞こえて来た足音に顔を上げたイレギュラーズ。
 レイリーは腰を低く落し剣を引き抜いた。
 誰かが資料室へと入って来るその瞬間を狙い、ドアを叩ききる。
「うわ!? 何だ!? お前達は!? 此処で何をしている!」
 相手が怯んだ隙にリースリットは眩い光を解き放った。
「ぎゃぁ!」
 身体を駆け抜ける痛みに転げた軍人を飛び越えて、リースリット達は資料室を後にする。

 その物音に気付いた軍人がレイリー達を追いかけて来た。
「おい、あっちだ! 回り込め!」
「……突破するから先に行って」
 レイリーの言葉にリースリットは頷く。
 この場で逃げおうせる可能性が高いのはレイリーが殿を務めることだ。
「仲間は全員返す。私は盾――絶対に敵を後ろへは通さないんだから!
 私が倒れない限り仲間は護る! だから、私は倒れないわ!」
 レイリーの声と銃声が当局庁舎の中に響き渡る。

 ――――
 ――

 ベルフラウの放った鳥は集合の合図だ。
 軍港に停泊している旗艦アイゼンシュテルンは巨大なドックの中に入っていた。
 厳重な警備を何とかくぐり抜けられないかと唸っていたプラックはベルフラウの鳥を見て、ぽちゃんと海の中に沈む。鉄帝国が誇る旗艦アイゼンシュテルンはその堅牢さを知らしめていた。
 当局庁舎へと潜入していたレイリー達を待って、プラックは仲間が待つ集合地点へと合流した。

成否

成功

MVP

リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 無事に地図を入手する事ができ、街の様子も知ることが出来ました。
 MVPは幅広く情報を集めた方へ。
 連動した<総軍鏖殺>凍れる時のようにのメンバーも少し出ています。
 クロスしていますね。

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