シナリオ詳細
<最後のプーロ・デセオ>屍山に血河
オープニング
この海はどこへ続いているのだろう。赤い、赤い夕日が落ちていく先はどこにつながっているのだろう。
崖に腰を掛けたまま、深覗・阿真(ふかみ・あま)は小さな声で歌っていた。なつかしい子守唄だ。豊穣のとある漁村にしか伝わっていない、そんな、裂(p3p009967)だけが知っている子守唄。
険しい山道を乗り越え、やっと海へ面した崖へたどりついた時、裂は思わず顔を伏せた。あまりにも、あまりにも夕日に照らされた横顔がかつての妻のそれに似ていたからだ、幾千、幾万の波濤を眺める瞳は微笑んですらいる。
ふりかえったその女は、阿真の顔のままで言った。
「おかえり、裂」
そう呼ぶ声すら、あの頃のままで。いっそ殺したくなるくらい、無邪気で無防備だった。
だが裂は察していた。『これ』はイヴォン・ドロン・シーの心臓を飲み込み、魔種そのものとなった存在だと。わかっていても、なお。愛おしい面影。
「なんだかなつかしいね。昔はよく、こうして一緒に夕日が沈むのを見ていたっけ。あたしがイヴォンへ仕えるようになってからは、それも叶わなくなってしまったけれど」
それでも、と。阿真は顔を伏せた。
「ひとときたりとも、裂のことを忘れたことはなかった。あの祭事へ裂が来てくれた時、あたしを取り返しに来てくれたんだと思った」
うれしかった。女は微笑みを深くした。
「ねえ裂、あたしら海法師はどこまでだって泳いでいける、あの夕日だって追い越して泳いでいける、それってとってもすてきなことじゃない? 今からでもいい。いっしょにいこう。遠く、遠く、あたしと裂が暮らせる天上楽土まで、いっしょに泳いでいこう」
「……もうお前は俺の女じゃねえよ」
そう言い返すのがやっとだった。裂は割れそうな声をつとめて押さえる。
「お前は、『阿真』の顔をした寄生虫の塊だ……」
女は愁眉を寄せ、唇を開いた。眉を震わせる。ただそれだけで、心の中のさざなみが寄せてくるかのようだった。
「ならここへ来て、隣へ来て。ぬくもりを感じるまで、鼓動を感じるまで。口づけを交わしたあの頃みたいに」
「無理を言ってくれるな。お前がイヴォンの元へ去ってしまったときから、俺の時間は止まっちまったんだ」
「裂と永遠を過ごしたかったの。それだけだったの。……でも、裂は来なかった。来てくれなかった。約束したのに」
ああ、と裂はうなずいた。それは遠い日の小さな約束。夕刻、太陽が祝福する海にて、永遠を共に。その時の裂はまた阿真の夢見がちなところが出たかと苦笑したに過ぎない。そして当日の夕刻、出迎えたのは阿真と、あのバカでかい図体の奇妙な馬のような何かだった。阿真が眷属と化したと見破るも、魔種の前には手も足も出ず、背を向けることしか出来なかった、あの敗残の瞬間。
いまも心臓へ傷が残り、どくどくと血を流している。後悔の血を。憤怒の血を。諦念の血を。自己嫌悪の血を。
「それで、お前はいったいなにがしたい?」
「裂といつまでも一緒にいたい」
板を打つように返ってきた言葉に、じっと話を聞いていた武器商人(p3p001107)がこらえきれず吹き出した。
「永遠の愛とやらに憧れたのかい? それはじつに甘美な響きだし、我(アタシ)も大概だからあまり頭ごなしに否定はできないけどね」
ヒヒ、と喉を鳴らす武器商人。
「番への執着がいかに苦しくにがいものか、わかるよ、わかるとも。だけどそれを芳醇なミルクコーヒーにできないようじゃ、永遠の愛なんて幻でしかないよ」
「だまってくれる? あたしは裂と話したいの」
深海の底のような冷たい視線が一同を睨めつけた。
「話してるの、じゃなくて、話したいの、か。自分の都合ばかりだな。そんなだから魔種につけこまれるんだ。それに……」
シラス(p3p004421)がまぶたを中ほどまで落とした。
「游夏はどうした。仮にも同じ眷属だろ。アンタはさっきから自分のことばっかりで、周りにいっさい目を向けようとしない」
「おう、これが恋人たちの甘い時間だってんなら、己れも邪魔はしねぇでいてやるが、魔種との逢瀬なんて誰も望んじゃいねぇ。アンタはとうに見放されてるんだ。気づけよ」
型破 命(p3p009483)も鼻を鳴らした。
「何を言っても無駄だよ。あたしは裂の言葉しか聞かない。あんたたちは、これの相手でもしてれば?」
阿真は手にしていたひょうたんの栓を抜き、水を撒くように中身を散らした。真珠ほどの大きさの水滴が、ごぼごぼと巨大化していく。現れたのは先日相対したイヴォン・ドロン・シーのような不気味な姿。それが6体はあろうか。見た目は小さく。通常の馬ほどしかない。しかし凶暴さはそれを上回るだろう。
「はっ、これがアンタの眷族か? 正体見たりってところだなぁ」
命がせせら笑っても、阿真はじっと裂を見ている。まるでこの世に彼しかいないかのように。
「いこう、裂。この崖から下へ飛び込めばいい。それだけだよ。ね? そしていつまでも、あの夕日を追いかけていようよ」
- <最後のプーロ・デセオ>屍山に血河完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年11月04日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
空が溶け落ちるかのような夕映えだった。
海は黄金に染まり、これが戦場でなければ見惚れてしまいたくなるほどだ。そう、戦場。いま『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)たちが立っているのは命のやりとりをする場なのだ。
(裂さんには辛い状況かと思いますが、相手が俺達の語りかけには応じない以上、正面から戦う以外に方法はないんですよね……)
ルーキスは『大海を知るもの』裂(p3p009967)の大きな背中を見やった。夕暮れに染まったその背には長い影がへばりついていた。岸壁の上で魔種が微笑む。
「裂、裂、うれしい。来てくれたんだね、会いたかった、逢いたかったよ。離れてしまって、より裂の大切さが身にしみたの」
かつての妻の面立ちで、かつての妻の声で、かつての妻の想いを抱えて。その瞳に裂だけを写した魔種は真珠のような涙をこぼした。
「いとおしくて心が砕けそうな日もあった。さみしくて眠れない夜もあった。昼と夜の狭間、あの夕日を見るときだけあたしの心はおだやかになった。裂との約束を思い返して……」
陶然としたその声音を聞いた『金色凛然』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は嫌悪のあまり身震いをした。
「恋は盲目、とはよく聞く言葉だ、が。あれは、盲目どころか、妄執というべき、か。同じ女の端くれとしても、ああはなりたくないもの、だ」
そしてちいさなおとがいを引き、うつむく。
(……望み自体は共感できなくもない、が。だからこそ、余計に、か)
魔種の姿にあるかもしれない己の姿を重ねたエクスマリアは、冷静に己自身すら分析した。それが無意味な行為だとわかっていてもせずにいられなかった。そんな考えに至るまで、その魔種は愚かだったから。
(愛しいは、かなしいとも読む、か。だからってこれはない。こんな出会いは、逢瀬は、あっちゃならない)
『竜剣』シラス(p3p004421)は厳しいまなざしを魔種へ向けた。魔種はしゃくりあげるように泣いている。胸へ響く声、だがそれは過去の幻に操られる肉人形なのだ。それに、見よ。イヴォンにそっくりの眷族たちの姿を。あんなものを使役するやつがまともな存在であるはずがない。
(ぶち壊す)
それしかないと思い定め、シラスは拳を握り込んだ。
同じように、いやシラス以上に、『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)も厳しい顔をしている。
(ああ、くそ。なんであんただけ残ったんだ。己れの意思は変わらん。裂が殺れねえなら己れが殺す。アンタが魔種なら尚更だ)
それが自身のなすべきことだと魂がささやきかけている。
「裂、己れは己れのやりたいようにやらせてもらうぜ」
裂は答えない。ただしずかにうなずくのみだった。ここから見えるのは彼の背中だけで、彼がいったいどんな表情をしているのかはわからない。だからこそ命の心へ不吉な予感がへばりついていた。なにもかも静寂の中で焼き尽くす夕日のように、魔種となった女は今にも裂へすがりつかんばかりに泣き続けている。
「……あの日から、思い出だけがあたしの伴侶だった。裂、抱きしめて、顔をよく見せて。ここからじゃ涙でよく見えないの。会いに来てくれた。それがうれしくて」
「裂の旦那」
「わかってる。武器商人。あぁ、そうだ。お前は寄生虫の塊でしかねぇ、ただ阿真を真似ただけのまがい物だ。他の仲間も戦おうとしてくれている、向かってくる以上は止めるしかねぇ」
裂の喉元がわずかにうごき、つばをのみくだす音が響いた。それは潮騒の中でも耳へ届くほどに奇妙に澄んだ音だった。
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は、自身も阿真と呼ばれた魔種へ顔を向けた。長い髪が海風に揺れ、鋭い紫紺の視線が阿真を撫でる。気にしてないのか、気づいていないのか、魔種は裂だけをみている。
(まさか寄生虫の塊でしかない眷属が魔種に変生するとはね。これには驚きだよ。それにしても、自身の番が魔種に……か。『自分以外の手で、目の前で、魔種になった番が殺される』ああ、そんなの)
武器商人はすっと表情を消した。
(とても気の毒じゃないか)
武器商人の影が揺れた。ずるりと長く、重くなり、あきらかにソレそのものとは違う形を取り始める。ふつふつと煮えたぎるかのように影は揺れ動きだした。
それを横目で見ながら、『報恩の絡繰師』黒影 鬼灯(p3p007949)もまた戦闘態勢をとった。手にした魔糸がひりひりした緊張感そのもののように思える。
(裂殿がどのような選択をされても俺はそれを責めることはしない。俺は、彼がどんな選択をしようとも見守るのみ。ただ……大切な存在に対して自身の都合で冥府へ誘おうとするアレは果たして本当に彼の大切な女性なのだろうか、俺にはわからない。分かりはしないが黒衣は影に融けるのみ)
「さぁ、空繰舞台の幕を上げようか」
鬼灯が一歩前へ出た。
『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)はがりがりと頭をかく。
「……私は、あんたらの関係がどうとか詳しく知らないけどさ。前にも、今回にも居合わせた縁だ。やれるかぎりのことはやってやる。結末がどうあろうと、な」
すらり、ミーナが死神の大鎌をかまえる。細い体をいろどるヴァルキリードレスの紅がその刃へ映りこみ、鮮血のように見えた。
「心配するな、その魂は全てが終わったら……私が責任もって救済するさ。死神の名にかけて、な」
●
「ああクソッ! 次から次へと!」
眷族が駆け回る戦場で、シラスはいらいらして頭を掻きむしった。突進の威力は武器商人が代わって受けてくれるとはいえ、いつまでもあてにするわけにはいかない。味方の盾は武器商人にとって、攻撃の布石なのだから。武器商人が攻勢へ転じる、それがこの戦いの分水嶺になるだろう。それまでにこの傍若無人に走り回る眷族どもをどうにかしなくては。
シラスは無意識のうちに吹き飛ばされても安全な南側を背後に取った。とっさに体が動くのは、生死のライン上で踊り続けてきたシラスならではといえよう。
「失せやがれ、お前のそのツラはもう本当にうんざりだぜ」
突進を間一髪のところで避ける。一瞬、無防備にさらけだされた横腹。そこをめがけてシラスは魔力を込めた一撃を叩き込んだ。青い球体に包まれた眷族が吹き飛び、他の眷族にあたって爆発。玉突き状にはねあがる。痛みを与えることのない攻撃は、眷族の分裂を呼ばなかった。
「よしっ! この勢いで攻め上る!」
「おつきあいいたします、シラスさん」
リトルワイバーンに乗り、海から登ってきたルーキスが地上へ飛び移る。
「ぼろぼろじゃないか。無茶するからだ。嫌いじゃないけどな」
ミーナが呆れながらルーキスへ手を伸ばす。
「精神よ、聖心よ、清新よ、我、この者を聖域へ誘わん。やわけき乙女のほほえみにて薄絹へくるみたもう。生まれたての子馬のように、初めて乳を飲む仔羊のように」
「ははっ、すみません。眷族をまとめて海へ落とそうと思ったのですが、その前に畳み込まれてしまって」
苦笑するルーキスは次の瞬間、刃物のように鋭い視線で振り返り、崖を登ってきた眷族へ向けて力強い名乗りを上げた。
「俺はルーキス、ルーキス・ファウン。何度だって挑みかかってくるがいい、受けて立つ!」
それはミーナやエクスマリアたち戦場の後方へ控えた仲間を守るための名乗りでもあった。怒り狂った眷族がルーキスを囲んで角のようなもので突き上げる。そのたびにルーキスの体が毬のように跳ね上がった。
「天上、天下、唯、汝、独り尊ぶ。蓮上、泥下、清き水、至る。唯、汝がため、唯、汝らがため。さざめく陽光は、祝福の、光。輝く朝日は、旅立ちの、日」
エクスマリアが高らかに歌い上げた。ルーキスが癒えていく。そこをまた攻撃される。
あっというまに傷だらけになるルーキスを、ミーナとエクスマリアのふたりが支える。
「いまのうちです、シラスさん! 俺ごとこいつらを海へ叩き落としてください!」
「おう、ちゃんと戻ってこいよ! 頼んだぜ!」
シラスの手元から青白い光弾が射出される。ビー玉程度だったその光の玉は、上空でみるみるうちに膨れ上がった。魔力の砲弾が降り注いでいく。すさまじい勢いでありながら無為。その魔力砲は偽りの爆発。巻き込まれたルーキスもろとも眷族たちは崖から下へ落ちていく。
「ルーキス。無事で」
エクスマリアが祈るようにつぶやく。やがて夕日を背にルーキスがワイバーンと共に上がってきた。傷だらけの勇者は不敵に微笑んでみせる。エクスマリアとミーナが飛びつくように近寄り、回復を施した。
●
「裂?」
阿真だった女は己の体へ食い込んだ竜斬刀を見て目を見開いた。信じられない、そう言いたげだった。まっすぐに正面から魔種の血脂を浴びた裂はかすかに顔をしかめた。
「裂? どうしたの? なにがあったの? どうして、こんな……」
「阿真じゃない」
「裂?」
「お前は阿真じゃない」
鬱屈とした声を押し出し、裂は攻撃を続けた。魔種は呆然としている様子だった。
「裂、ちがうの? あたしじゃない人を選ぶの? 裂、ねえ、教えてよ、ねえ」
「……お前は阿真じゃない、阿真じゃない」
語尾が震えて夕焼けへ消えた。
(いかんな、相当無理をしておられる)
乙姫の口づけの加護を受けた鬼灯は、母とも慕う部下の名を冠した技でもって、魔種を攻撃しようとした。みしみしと音を立てて魔糸が狙撃銃へと変化していく。照準を合わせ、引き金を引く。不格好な、しかし精密極まりない弾丸は、鬼灯の狙い通り、魔種の頭部を貫通するはずだった。しかし。
ぱしっ。
軽い音を立てて、魔種は空中から飛来した弾丸を受け止めた。雰囲気が変わる。
「あたし、いま裂と大事なおはなしをしているの。邪魔しないで」
顔を上げたその女は既に正気とは思えない瞳の色をしていた。
「こちらの言葉を聞く気がないなら好き勝手言わせてもらおうか」
ニ発目を打とうとした瞬間、ごうと風が鳴った。魔種がその手から渦潮を呼び出し、発射したのだった。攻撃へ入っていた鬼灯は対応が一手遅れた。それが致命的な過ちだと気づく直前、影がするりと割り込んだ。すさまじい音がとどろき、魔種からの攻撃を肩代わりした武器商人は薄く笑う。
『手を取れば、2人で愛した夕日も穢すしかなくなるよ、裂の旦那。わかっているね?』
武器商人の思念が裂へ送り込まれる。裂は肩で息をしながらうなずいた。
渦潮の余波で、ゆらりと魔種の体が光で照らし出される。それはイレギュラーズと同じ光輝であるはずだが、腐り落ちる青に染まった体はこの世のものとは思えなかった。
「回復量が上がったか」
鬼灯が唸った。
『めんどうだね』
武器商人はハイテレパスで仲間と語らいながら戦陣が乱れないよう気を配る。
「裂、本音を聞かせて。あんたこんなことする人じゃなかったじゃない」
竜斬刀による傷から黒い血をだくだくと流しながらも、魔種は平然とそういう。まるで話がかみあっていない今の状況へ似合いすぎていて、鬼灯はいっそ笑ってしまいたかった。
「大切な存在であれば生きていてほしい、幸せになって欲しいと願うものでは無いのか。お前のそれは幼子以下だ、愛ですらない」
ぴくりと魔種が反応した。
「お前は結局、裂殿を愛しているのでは無い。裂殿を愛している風に装うお前を愛しているのだろう」
「ちがうちがうちがう。裂、裂。裂はちがうよね。あたしの裂のままだよね?」
あくまで裂へこだわりつづける魔種を、命が横合いから殴りつけた。神威をこめた拳がうなり、魔種の頬へめり込む。おおげさな悲鳴を上げた魔種は顔を押さえてへたり込んだ。真っ青になった裂が叫ぶ。
「命!」
「裂! しっかりしろよ。この女があんたの奥さんの記憶を持っていたとしても……魔種なんだ、この人は。破滅を呼んじまうんだよ」
魔種の周りに歪な陣が浮かび上がり、受けた傷を回復させていく。それでも魔種はへたりこんだまま動かない。泣いているようだった。
「……」
顔色が悪い裂は、何かを思い切るかのように竜斬刀をかかげた。かかげて、そして、振り下ろせない。筋肉は硬直したまま、体は震えている。
「あんたたちが愛した夕焼けを壊しちゃいけねえよ、裂。あんたの奥さんは死んだんだ……死ねば、そこで"終わり"だろ?」
かすれた声が、ああ、と返事をした。動けない裂の代わりに、命が魔種の襟首をつかんでひきずりあげる。
「いいかげんそのしんきくせぇツラを俺達の前から消せよ!」
「裂……裂、忘れちゃったの、あの夕日を、あの約束を」
「この期に、及んで、まだ、裂へ執着するか」
むずがる子供のように反撃してくる阿真。攻撃は強力だが、裂へ向けたそれはだだをこねる子供の姿でしかない。深刻な顔のままだまりこくり、なすがままになっている裂。それを見やり、エクスマリアの髪が不安ですこしだけうねった。急ぎ回復の術式を整え、適宜必要な仲間へと力を配る。
シラスが喉が割れんばかりに叫ぶ。
「裂、あれは阿真じゃねえ。過去の亡霊だ。負けんじゃねえぞ!」
「そういうわけだから、早いところ亡霊は亡霊らしくこの世から成仏させないとな」
シラスとミーナの攻撃が重なる。重爆、まさにその一言で形容すべきであろうフルルーンブラスターの狂想曲が奏でられる。狂奔が荒れ狂い、余波だけで地面がえぐり取られる。
「あうっ!」
魔種は大きくのけぞった。黒い血が飛び散っていく。寄生虫に汚染された血が。魔種の証である血が。
どうする?
裂は自問自答していた。
どうするって、答えなんてひとつしかないだろ。暗く陰っていた裂の瞳に生気が宿った。
「あぁ、みんな。みんなが言うようにあいつは阿真じゃねぇ。……でもなぁ、最後に海で永遠を語ったお前は寄生虫じゃなかったんじゃないか。あの約束は紛れもない俺と阿真だけの約束だったんじゃって考えが拭えねぇんだ」
『裂の旦那……』
「すまねぇ、それが拭えねぇ以上……俺は腹を括らなきゃならねぇ」
言うなり裂は阿真をかつぎあげた。返り血にまみれた姿のまま崖を目指して走り出す。
「惚れた女が目の前で斬られる姿をそのまま見てるのか? 二人だけのはずの約束に縋る相手を見殺しにするのか? ありえねぇ、お前が何かなんてどうでもいい、その約束を知ってる以上それが全てだ!」
「裂!」
やめろ、よせ。そいつは魔種だぞ。皆が呼ぶ、口々に呼び止める。行く手を塞ごうとする。しかしネオン・サインの加護を得た裂は走り回って回避し、崖へ近づいていく。
「理屈じゃねぇんだよ!」
大きく吠えた裂が海へ飛び込もうとした、そこへ。
「絶望する前にお死に」
ずるりと影から武器商人が姿を表し、裂の前へ立ちふさがった。それは武器商人なりの慈悲だった。せめてヒトのまま死なせてやりたかった。神滅の魔剣が裂の腹を大きく切り裂く。が。その傷跡から赤い血は流れ出ない。代わりに傷口の周りへ鋭い牙が生え、まるで鮫の口のように……。
「うおおおおお!」
めきめきと音を立てて裂の体が変異していく。そのまま阿真と裂は崖下へ飛び降りた。
●
お前が阿真じゃねぇって思いは今の俺にもある。
だがなぁ、言った通り阿真と交わしたあの約束を俺はなんとしても守りてぇんだ。
イヴォンは死んだ、俺が復讐を果たす相手ももういねぇ。
なら惚れた女との約束を守るためにこれからの命を使ったっていいじゃねぇか。
思い出だけが伴侶なのはこれからも変わらねぇ。その覚悟だけはしておくんだな。
だが……これで死ぬまで一緒だ。阿真。
……死んだらそれまで、それが俺のモットーだが、もし死後の世界なんてもんがあるとしたら……。
天国のお前に地獄で詫び続けることになるな……。
●
ざんぶと波が崖へ打ち寄せている。海は暗く冷たく全てを飲み込み、静寂で生者を拒絶している。
「裂、裂ー!」
命が身を乗り出し、裂の後を追おうとした。その肩へシラスが手を置く。
「……もう、どうにもできない」
勇者はつかれた顔。こぼした声はため息の色に染まっていた。
「……裂。呼ばれた、か」
エクスマリアは額をおさえ、術を連発したあとの疲労感を癒そうとした。けれども今宵の頭痛は大技の連打だけが原因ではないようだ。
「理屈じゃない、か。死者と生者の間には常に越えられない壁があるというのに。誰もがその壁を登ろうとして失敗する」
ミーナはそう言って顔を伏せた。
武器商人はじっと己の手を見ていた。最後の瞬間、裂の腹を切り裂いた感触が離れない。あれは既に異物だった。ニンゲンなどではなかった。ニンゲンは、もっと……。そこまで思いを馳せて思考を止める。
「武器商人殿、貴殿の介錯、見事であった」
「……あいにくと間に合わなかったよ」
鬼灯の言葉に、武器商人は皮肉な笑みを返した。
「裂さんは、俺達より思い出を選んでしまったんですね」
ルーキスが泣きだしそうな顔で笑った。
「こんなのって、こんなのってあるかよ、認めねえ! 己れは認めねえぞ!」
夕暮れは終わりすでに宵の口。暗くなっていく空へは場違いに美しい星星が姿を表し始めていた。
約束、守れなくて、すまねぇな。
武器商人には、最後に裂がそう言っていたのが聞こえていた。それが誰にあてたものかまでは、視えなかったけれど。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
おつかれさまでしたー!
裂さん、呼ばれてしまいました。
MVPはワイバーンをうまく使っていたあなたへ。
またのご利用をお待ちしております。
GMコメント
阿真の顔をした寄生虫ちゃんをやっつけよう。
●エネミー
深覗・阿真(ふかみ・あま)
眷族から魔種へ進化した寄生虫の塊さん。生前の記憶を元に動く肉の塊でしかありません。どうやらイヴォンに懸想されていたようですが、裂さん一筋でここまでやってきました。語りかけなどは無効です。裂さん以外は。また、戦闘では裂さんを集中して狙ってくるようです。
EXA・反応がめちゃ高く、他のステータスも適度に高いハイバランス型。魔種なのでつよいです。
泥沼乙女心 神超貫 ダメージ特大 不吉系列BS 自光輝大
強欲の欠片 物中域 ダメージ大【魅了】【滂沱】【必殺】【識別】
憤怒の思い出 物至単 ダメージ特大【魅了】【呪い】【致命】
ゆらりたまゆら 神自域 HP回復大・BS回復中【副】【識別】
一途すぎた乙姫 BS無効
原罪の呼び声 戦場全域 毎ターン開始時に【退化】判定を受ける。この判定はターンが進む事に強烈になっていく。
眷族・イヴォン
イヴォン・ドロン・シーに似た寄生虫の塊さん。阿真に操られているので、阿真を滅すると消滅します。
反応と命中が高く、あとはそこそこです。数が脅威なタイプです。初期6体。
分裂 攻撃を受けるたびに、1~2体追加 HP・APは全快状態
突進 物超貫 ダメージ中 封殺大 【防無】【絶凍】【崩落】【移】【飛】
●戦場
ゆるい傾斜のある崖の上 40m四方程度の広さで、南側以外(東西北部分)を海に囲まれています。
特にペナルティはありませんが、問題は海です。落ちたら這い登るのに3Tはかかりますので、【飛】には気をつけてください。
このシナリオは<デジールの呼び声>往くも進むも(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8477)の続きですが、読む必要はありません。
●特殊ルール『竜宮の波紋・応急』
この海域ではマール・ディーネーの力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。
●特殊ルール・寄生虫
阿真・およびイヴォンの返り血を浴びると、強烈な麻痺系列に似た状態に陥ります。これはBSではなく、耐性では防げません。また、返り血を浴びた判定の後25T以上経つと受動防御しかできなくなります。
●特殊ドロップ『竜宮幣』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
竜宮幣を使用すると当シリーズ内で使える携行品アイテムと交換できます。
https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
Tweet