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シナリオ詳細

『飛竜と空を舞う勇士』。或いは、いざ“地獄の釜”へ…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『飛竜と空を舞う勇士』
 ラサにある、古く小さなホテルの一室。
 すっかり本の山が積まれた部屋の真ん中で、珈琲片手に呵々と嗤うものがいた。
 目の下には濃い隈。ぼさぼさの髪に、丸い眼鏡をかけた女だ。
「やった! 馬車と戦士・アングーラスの恋物語! ついに書きあがって、後は発行を待つばかり! いい文が書けました! やはり実際にこの目で見ないと、リアリティのある文章は書けないですねぇ!」
 女の名はシージ・スキャンパー。
 一部では怪奇書、また一部では時代を先取りした名作と名高い恋愛小説『馬車とドラゴン』の作者として、カルト的な人気を誇る作家である。
 『馬車とドラゴン』は、そのタイトルの示す通り、馬車と飛竜の恋愛を描いた小説である。あまりに奇抜な題材と、流れるように綴られる美しい文章。感情移入は出来ないが、何かすごいものを読んだ、と万人に思わせるだけの迫力と熱意が込められた……作者の強い思念さえも感じられ、脳の奥で閉じ切っていた新たな扉を開かされるというのは、一部の界隈では有名な話だ。
 そんな女の背後にするりと、音もなく近寄る影が1つ。
 背丈や体格からして、まだ若い男性だろうか。
「動くな」
 女の喉に手刀を当てて、くぐもった声で男は言った。全身を黒いマントで覆い隠した、正体不明の男であるが、背中に感じる強い殺気にシージはピタリと笑うのを止めた。
「な……何者で」
「黙れ。質問をするのも、要求するのもこっちだ」
 ぴしゃりとシージの言葉を遮り、若い男はそう告げた。
 数瞬の沈黙。
 それを肯定と捉えたのか、男はさらに問いを重ねる。
「新作を執筆しているな? それを世に出すことは許さない」
「し、新作……? 『飛竜と空を舞う勇士』のことです?」
 男が肩を震わせる。
 ふぅ、と1つ重たい溜め息を零して、努めて冷静を装った声で答えた。
「……あぁ、それだ。『飛竜と空を舞う勇士』の執筆を止めろ。どのような媒体であれ、世に出すことは許可しない。それを守れないのなら……お前を殺す」
 そう言って、男の手がシージの首元から離れた。
 それから、足音も立てずに窓の隙間から外へと消える。男が完全に立ち去ったのを確認して、シージはへなへなとその場に座り込んだ。
 額に浮かんだ脂汗を拭うことも忘れ、彼女は茫然とした調子で呟く。
「……止めろったって、もう書きあがって出版社に原稿を送っちゃったあとなんだけど?」
 命と本と。
 どちらを優先するかと問われれば、当然にそれは命である。
 命が無ければ、本を読むことも、書くことも出来なくなるからだ。

●出版社・地獄の釜
「さて、今回の任務についての説明は俺の方からさせてもらう」
 ラサのとあるオアシスの街。
 往来の端に停まった大型馬車の荷台で、シラス(p3p004421)が話を切り出した。
 荷台には他にも数名のイレギュラーズの姿がある。
「依頼人はシージ・スキャンパーという小説家だ。仕事の内容は出版社に保管されているだろう彼女の新作原稿の奪取および破棄だ」
 作品のタイトルは『飛竜と空を舞う勇士』。
 徒手空拳で飛竜と戦う若い勇者と出会ったことにインスピレーションを得て書かれた作品らしい。
「出版社の名は“地獄の釜”。窓から外を覗いてみろ。通りの向こうに見える、黒くて横に長い建物がそうだ」
 縁起でもない名前の出版社ではあるが、刊行している本もこれまた胡散臭い。
 シージ・スキャンパーの代表作『馬車とドラゴン』を初め、ラサの全域でマニア御用達と名高いオカルト雑誌『月刊ヌー』など、数多の奇書を出版している。何でも創立者の掲げた「地獄の釜を覗き込みたい者は我が元へ集うがいい。釜の蓋は我らが開く」という理念に、今も忠実に従い続けているのだそうだ。

「出版社に忍び込んで、原稿を1つ破棄するだけの依頼だが、イレギュラーズが集められたのにはわけがる。出版社の警護任務に当たっている、元犯罪者の2人がそこそこ厄介なのさ」
 そう言ってシラスは2本の指を立てて見せる。
「“砂漠の魔女”ルカイヤ・ファタールに、“蠅の王”ベーゼ。牢屋にぶち込まれていた犯罪者たちだが、腕っぷしを買われて“地獄の釜”の警備任務に当たっているらしい。まぁ、減刑と引き換えの労働ってところだろうな」
 外から覗く限りでは、ルカイヤとベーゼの姿は見えない。
 けれど、ルカイヤとベーゼは今も社屋に近づいて来る者の姿を監視し続けているはずだ。
「ルカイヤは【炎獄】【窒息】【飛】の効果を備えた魔炎を、ベーゼは【連】【懊悩】【疫病】【暗闇】を付与する蠅の群れを自在に操る。まぁ、戦闘を避けることは無理だろうが、目的は原稿の破棄だからな。犯罪者とはいえ、命まで奪う必要はないだろう」
 2本の指を握り込み、シラスは拳を震わせる。
 さらに、障害となる存在は他にもいる。
 【ショック】【飛】を与える飛竜が2匹、社屋の上を飛んでいるのだ。
「2匹の飛竜は“地獄の釜”で飼われている護衛用のものらしい」
 まったく仕事熱心なことだ、と。
 呆れたようにシラスは言って、荷台の壁へ強く拳を打ち付けた。
「お前らが頼りだ。頼むぜ……『飛竜と空を舞う勇士』の原稿は、何が何でも破棄しなきゃならねぇ」

GMコメント

こちらのシナリオは『『馬車とドラゴン』の著者。或いは、フフとプティと奪われた馬車…。』のアフターアクションシナリオです。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8316

●ミッション
『飛竜と空を舞う勇士』の原稿を破棄する

●ターゲット
・ルカイヤ・ファタール
踊り子のような服装に、ポンチョを羽織った“砂漠の魔女”
褐色の肌に砂色の髪、サングラスが特徴。
短期で短絡的。しかし、戦闘センスに優れている。

熱砂の魔炎:神遠単に大ダメージor神中範に中ダメージ、炎獄、窒息、飛
 砂粒を含んだ魔炎を操る。

・ベーゼ
砂色のローブを纏った痩せた女性。通称“蠅の王”
手には曲がった長杖を餅、背には革の袋を背負う。
膨大な数の蠅を操る魔術を得意としているらしい。

蠅の軍勢(単):物遠単に中ダメージ、連、懊悩、疫病、暗闇
 単一の対象を狙った蠅の群れによる襲撃。

蠅の軍勢(範):物中範に小~中ダメージ、連、懊悩、疫病、暗闇
 複数の対象を狙った蠅の群れによる襲撃。

・飛竜×2
2メートルほどの小柄な飛竜。
出版社の社員に対して非常に従順。

吹き飛ばし:神中範に小ダメージ、ショック、飛
 突風。暴風を巻き起こして対象を吹き飛ばす。

●フィールド
出版社“地獄の釜”社屋。
黒い外壁。横に長い建物。
横幅20メートルほどの家屋が、ムカデのように10ほど連なっているらしい。
家屋のどれかが、小説編集部の事務所。
夜間であっても、戦闘能力の無い社員がそれなりの人数残っている。なぜなら出版社とはそう言うところなので。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 『飛竜と空を舞う勇士』。或いは、いざ“地獄の釜”へ…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年10月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
シラス(p3p004421)
超える者
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛
フロイント ハイン(p3p010570)
謳う死神

リプレイ

●地獄の釜へ
 原稿を1つ回収し、どこかで破棄するだけの楽な仕事だ。
 そのはずだった。
「なんで出版社を凶悪犯と飛竜が守ってるんだよ」
 時刻は夜。月を背に舞う飛竜を見上げ『竜剣』シラス(p3p004421)は唇を噛み締める。
 
「ここが月刊ヌーの。ミルヴィはここの本のファンなんだっけ? 人気あるんだなぁ」
 出版社“地獄の釜”。
 施設の名前だ。
「まぁね。でも、どうして原稿なんか狙わなきゃいけないのは意味分かんないんだけど……なんか突いたら藪蛇な気がなくもない」
 地獄の釜の正面入り口。
 椅子に腰かけ時間を潰す4人の姿がそこにはあった。
『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)と『暁の剣姫』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)の2人が声を潜めて言葉を交わす。
「『飛竜と空を舞う勇士』って全年齢のライトノベルみたいだけど、なんで焼かなきゃならないのかな?」
 身を乗り出して2人の会話に割り込んだのは『タコ助の母』岩倉・鈴音(p3p006119)だ。彼女の言う『飛竜と空を舞う勇士』なる小説は、希代のそして奇怪なる女流作家、シージ・スキャンパーの新作だ。今回はそれを奪って破棄するという、本当に“悪名”がつかないのかという疑問さえ感じるほどの奇妙な依頼で、イレギュラーズは“悪魔の釜”へ訪れている。
 シージの代表作である『馬車とドラゴン』や、ラサ各所にてカルト的な人気を誇るオカルト雑誌『月刊ヌー』も、またこの出版社から発行されているものだ。
 依頼の全容が見えて来ない。
 この場に来てなお、どういうことか、と小声で議論を交わす3人の前に1人の女性が近づいてきた。赤いドレスに赤い髪をした、吊り目気味の美女である。
「お待たせしました。確認が取れましたわ。バイトの4人……どうぞ中へお入りください」
 地獄の釜の扉を開けて……いやさ、この場合は洒落を利かせて、地獄の釜を蓋を開いた、というべきか……一行を建物内部へ促したのはルカイヤ・ファタールという名の魔女である。
 前科者ではあるが、腕を買われて社の護衛を務めているらしい。一瞬、ルカイヤの視線がラダへと向いた。
「剣呑な顔は無しで頼む。いるとは思わなかったんだ」
 嘘である。
 苦虫を噛み潰したような顔で、ルカイヤは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「別に構いませんけれど。まったく、こんな風な胡散臭い出版社に4人も揃って足を運んで……本気なのかしら?」
 と、問うたルカイヤ。
 その眼前に距離を詰め『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)は拳を硬く握って吠えた。
「僕達、月刊ヌーの大ファンなんです!」
 ぎょっ、と目を剥くルカイヤは、身を仰け反らしてハインを見やる。
 それから数歩、後ろへ下がって彼女は言った。
「そ、そうですか……いえ、まぁ、そういう方もいるでしょうね」

 建物内部、階段下の暗がりに潜む巨躯の女性が1人。
 3メートルに近い身体を折り曲げて、影に身を潜ませている。気配を消して、潜伏するのが得意なのだろう。先ほどから、1人か2人か3人ほどが彼女……『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)の前を通り過ぎたのだが、誰1人として彼女の存在に気が付いたものはいなかった。
「うふふ、地獄の釜に潜む怪物、おねーさんもムーに載っちゃうかしら?」
 近くから人の気配が消えた。
 音もなく影から歩み出て、ガイアドニスは通路を進む。
 ぶぅん、と耳に障る羽音を鳴らして蠅が1匹、彼女の傍を通過する。

 夜道を砂色のローブを纏ったの女が歩く。
 背負った皮の袋の中から、蠅の群れが溢れだす。周囲に蠅を従えて、数十匹の蠅の後を追うようにして向かった先は“地獄の釜”から幾らか離れた通りの隅だ。
 そこにいたのは、岩の巨象……岩の身体に幾つもの植物を生やしたそれは、一見すれば奇妙なオブジェクトのようでさえあった。
 けれど、蠅の主……ベーゼの目には、それが単なる岩の巨象のようには見えていない。
「ターゲット 確認。計画通リ」
 十数メートルの距離を挟んで『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)の前にベーゼが立っていた。蠅の群れを引き連れてベーゼは、フリークライを睨む。
「ずっとそこにいたな。意識は社屋に向いていたように思う……何の目的だ?」
「自分 胸 聞ケ」
「……つまり、狙いは私ということか」
 片手に握った杖を地面に打ち付けた。
 背負った皮の袋から、叢雲の如く蠅の群れが溢れだす。

 夜の暗がり、オアシスの縁でワイバーンに跨る男の姿があった。
「僕は陽動に向かうとしようか。ここは物語の正義側みたく派手にいきたいところだな」
 『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)が、轡の上からワイバーンの口を撫でる。空には星と、薄くたなびく雲がある。時折、そこにワイバーンが飛んでいるのが見えていた。
「最悪はルカイヤとベーゼを同時に相手する展開だ。そこにワイバーンまで加わったら手に負えない」
 屈伸で膝をほぐしながらシラスは言った。無言のまま、シューヴェルトは首肯を返す。
「ワイバーンの方は任せてくれ。撃ち落としてみせるさ」
 ところで、と。
 シューヴェルトは、視線をシラスへと向ける。
「シラス君はシージとやらとは仲がいいのか?」
 その質問に対する答えは、苦汁を飲んだかのような忌々し気な表情だった。
 
●釜の蓋は開かれた
「うへへ。徹夜続きってんで臨時のバイトっす〜」
 夜だと言うのに妙に明るく、鈴音は手を挙げそう言った。
 バイトに扮した4人を迎え入れたのは、目の下に濃い隈を作った女性編集者であった。彼女は蚊の鳴くような細い声でもって、手元の資料と目の前に並ぶ4人の顔を見比べる。
「っぁぁっと。えー、じゃあ、校正と、原稿の整理と、本の箱詰めと……」
 鈴音、ハイン、ミルヴィを順に指差して、短いながらも指示を出す。よほどに切羽詰まっているのか、作業の指示を出しながらも落ち着きなく足踏みをしていた。
「おっけー。じゃ、さっそくだけど小説編集部へ案内してもらえないかな? 原稿の校正とか校閲ってのやってみたかったんだな!」
 一瞬、鈴音の右目が怪しく光った。
 どよん、としていた編集者の目に、より一層の澱みが落ちる。
「小説編集部は1番から3番……散らかってるからシージ先生の原稿を探して。10番には近づかないでね。ヌーの編集長は、ちょっと危ない人だから」
 好都合だ。
 業務の範疇で、シージの原稿を探すことが出来る。
「はい! 了解しました! では、行ってまいりますね!」
 ハインと鈴音は、急ぎ足で部屋を出て行く。指示された通りに、1番から3番の建物へと向かうのだ。
 
 部屋を出て、細い廊下を2人は進む。
「それはそれとして……出版社にしては警備が物々しすぎますね」
 窓の外を蠅が飛んでいるのが見えた。
 どこか空の高くから、ワイバーンの吠える声が聞こえてくる。
 正面入り口に立っているのはルカイヤだ。
「まるで、近々襲撃があると既に知っているかのような素振りには、大変な胡散臭さを感じます」
「たしかに出版社にしては警戒強すぎるね。出版阻止をはかるクレイジー君が多いのかな?」
 声を潜めて語る2人の傍に人の姿は1つも無かった。
 おそらく誰もが、部屋の中で仕事中なのだろう。
 任務の内容に多少の疑問を拭えぬハインと鈴音だが、なにはともあれ依頼は依頼。であればこれは、見事に果たして見せねばならない。
「1番から3番だっけ? 散らかってるらしいから、まずは原稿を探し出さなきゃね」
「えぇ。てきぱきと探しましょう」
 なんて。
 少し大きな声で交わされる2人の話を、物の影でガイアドニスが聞いていた。

 印刷室に山積みの本を、片っ端から紐で縛って箱へと詰める。
 そんな作業を、一体どれだけ続けただろうか。商会の仕事に通じるものもあるためか、出荷の準備自体は大した負担でも無い。
「一緒に来た子が『馬車とドラゴン』ファンなのだけど、新作出るかな?」
 休憩時間だ。
 カップに注いだ珈琲を手に、ラダは表の門へと向かう。ラダの声を聞きつけて、ルカイヤが背後を振り返る。
「さぁ、どうかしら。新作なんて、毎日のように出ているもの。待っていればそのうち出るんじゃないかしら」
 不機嫌そうな顔をして、吐き捨てるようにルカイヤは言った。
 以前、ラダとは砂漠で一戦交えた仲だ。ルカイヤが刑務の一環として、地獄の釜の警備なんて務めているのも、ラダをはじめイレギュラーズに捕らわれてしまったからとも言える。
「今にも火を放ちそうな顔をしないでくれないか。話をしに来ただけだ」
「話ぃ?」
 懐疑的である。
「いつか刑を全うしたら商会に顔出さないか? あのバゼット姉妹も今はうちで働いてるよ」
 なんて。
 そう告げた瞬間に、ルカイヤはぎょっと目を剥いた。それから彼女は、狂暴な笑みを唇に浮かべる。
「そう……それじゃあ、今度、ご挨拶に窺わないと」

 一方、その頃。
 印刷室では、ミルヴィが印刷業務の男性社員と近い距離で話をしていた。
「わぁ、アタシシージ先生のファンなんですー! 『馬車とドラゴン』いいですよねー。あの美しい絡みが大好物で……♪」
 顎の下で両手を組んで、夢見る乙女のような蕩けた顔をして、ミルヴィは『馬車とドラゴン』がいかに名作なのかを熱く語って聞かせる。
 徹夜続きに疲れ切った男性社員は、久方ぶりに若く元気な女性と話せて、鼻の下が伸びきっていた。何しろ地獄の釜は年中デスマーチ。在籍している女性社員のほとんどは、すっかり疲れてくたびれ切った顔をしているものだから、明るく元気な会話なんて望むべくもないのである。
「シージ先生のだ3番棟か。いやぁ、元気だなぁ、お嬢さん。この会社で元気な連中と言えば、ヌーの編集部の奴らぐらいだけど、あれはあれで目が逝ってるからなぁ」
 あぁ、そうだ。
 と、何かを思い出したみたいに男性社員は、棚の中に手を突っ込んだ。
「これ新作小説の表紙になる絵なんだけどな。本当は駄目なんだけど、特別に見せてやるよ」
 そう言って男性は、一枚の絵を差し出した。
 それを受け取り、ミルヴィは笑う。
「わぁ、いいんですか! ありがとうございます! それから……えいっ♪」
 何かの潰れる音がした。
 ミルヴィの蹴りが、男の股間を打ち抜いたのだ。

 空を光が昇って行った。
 ワイバーンに騎乗したシューヴェルトだ。光に惹かれて、或いは、シューヴェルトのワイバーンを警戒してか2匹のワイバーンが近づいていく。
 近づく者を追い払えとでも命令を受けていたのだろう。
 翼を大きく羽ばたかせ、2匹のワイバーンはシューヴェルトへ暴風を叩きつけた。風に煽られ、リトルワイバーンが体勢を崩す。
 その背からシューヴェルトが跳んだ。
「飛竜にはこの技で決める!」
 呪詛を纏った蹴撃が、ワイバーンの胴を打つ。ミシ、と骨の軋む音。バランスを崩しワイバーンが落ちていく。
 直後、シューヴェルトの胴に激痛が走った。
 もう1体のワイバーンが、シューヴェルトに嚙みついたのだ。
「いいわ、そのまま落としなさい!」
 地上でルカイヤが叫ぶ。
 シューヴェルトは腰の刀を引き抜くと、地上へ向かって一閃を放った。
 不可視の刃がルカイヤの足元を抉る。呪詛を練り上げ、放つ斬撃を受けてルカイヤは短い悲鳴を上げる。
「君たち程度では、ここからの攻撃には対応できないだろう!」
 そう告げて、シューヴェルトは刀の柄をワイバーンの鼻先へと打ち付ける。

 空を見上げたルカイヤは、片手に赤い業火を灯した。
 シューヴェルトがもう少しでも高度を下げれば、火炎を撃ち込むつもりである。
「侵入者かしら? それにしては目立つ……陽動? いえ……でも、何だってこんな時に限ってベーゼは出かけちゃったのよ!」
 思い出すのは「様子を見て来る」と言い残して出かけて行った、蠅だらけの同僚のことだ。索敵はベーゼが、戦闘はルカイヤが。そういう風に役割を分けたツーマンセルは、現在のところ機能していない。
「いいわ。一撃で消し炭にして……え?」
 舌打ちを零して、数割ほど火炎に注ぐ魔力の量を増やしたところで……キィン、と辺りに硬質な音が鳴り響く。耳鳴りにも似た不快な音に眉をしかめたその瞬間、ルカイヤの手に激痛が走った。
 業火が掻き消え、皮膚が裂ける。
 細かいガラスで血管を内側から引き裂かれたかのようだ。血に濡れた自身の腕を見て、ルカイヤは茫然を目を見開いた。
 血が溢れる。魔力が雲散霧消する。
「な、なに……誰!?」
 暗がりへ向けルカイヤは叫んだ。
 そこにいたのは黒い髪の青年だ。
「上手くいった。儲けものだ」
 火炎が練り上げられないのは、青年……シラスが何かをしたらしい。
「想定外のセキュリティだった。しかし、俺は決して退けない」
 タン、と地面を蹴り飛ばしシラスは一気に加速する。
 迎撃のためにルカイヤは手に火炎を灯した。けれど、現れたのは極小の火種だけ。
「ちくしょう!」
 怒声をあげた。
 ルカイヤの胸に、シラスの掌打が叩き込まれた。
 地面を数度、跳ねて転がるルカイヤが空に向かって吠え猛る。

 無数の蠅が、フリークライの身体を齧る。
 フリークライは、胸に手を触れ、齧られ欠けた身体を修す。
「……キリが無いな」
 肩を激しく上下させて、ベーゼは杖を頭上へ掲げた。
 指示を受けた蠅の群れが、フリークライへ襲い掛かる。
「傷ツケ 奪イ 攫イ 苗床。恨マレナイハズナシ」
 蠅の群れを追い払い、フリークライは歩み続ける。1歩ずつ、ゆっくりと、しかし着実に。
 もう何度、同じことを繰り返しただろう。
 ベーゼの蠅では、フリークライの体力をすっかり削り切ることは出来ない。
 一方、フリークライにもベーゼを倒しきるだけの火力は無いようだ。
「狙いは私か……確かに随分とやらかしたからな。娑婆に出たら、顔でも変えるべきかな」
「復讐 依頼サレタ」
 フリークライの顔色からでは、疲労やダメージの程は判断できない。一方、ベーゼはそろそろ気力の限界だ。応援に呼んだルカイヤも、どうやら駆けつけては来ないらしい。
「……頼りにならない相棒だ」
 そう呟いて、ベーゼは暫し思案する。
 これ以上、気力と蠅を失い続けるのは得策ではない。
 ならば、どうする?
「……1つ、提案があるのだが」
 降参の選択肢が、ベーゼの脳裏を過ったのである。

●『飛竜と空を舞う勇士』
「見つけました!」
 やった! と、ばかりに ハインが頭上に掲げたのは分厚い一冊の封筒である。封筒の送り主はシージ・スキャンパー。張られた付箋には『飛竜と空を舞う勇士』とタイトルが記載されていた。
 編集部にいた男性2人を言いくるめ、せっせと原稿を探していたのだ。山と積まれた紙束の中から、目当ての物を探し出すのは骨が折れたが、どうにかこうして発見するに至ったのである。
「内容を覗いてみましょうか? 見るなとは指示されてませんし、ね!」
 そっと封筒に指をかける。
 しかし、ハインが封筒を開ける直前に、警報音が鳴り響いた。
「っ!?」
「あちゃー。騒ぎが大きくなったかな」
 そう言って鈴音が、ハインの手から封筒を取り上げた。先ほど、2度にわたって大きく地面が揺れた。
 シューヴェルトがワイバーン2匹を撃墜してみせたのだろう。
「あまりゆっくりしているのも怪しまれるよね。逃げる社員にまぎれて出口に向かおっか」
 暗がりへと封筒を渡した。
 受け取ったのはガイアドニスだ。
「隠蔽工作はばっちりね! それじゃあ、さっそく撤退しましょう!」

 地面に倒れて呻く2匹のワイバーン。
 壁にもたれて意識を失うルカイヤに、疲れた顔で座り込んでいるベーゼ。一瞬、ベーゼの視線がガイアドニスを向いたような気がするが、結局彼女は何の行動も起こさなかった。
 人混みに紛れて逃げ去るハインと鈴音を見送り、影に潜んで建物の裏口から外へ。
「原稿は?」
 扉を潜ると、そこにはラダとミルヴィが居た。
 ガイアドニスは手にした封筒を掲げて見せる。
「今だよ! 全力ですたこらさっさ!」
 サムズアップでガイアドニスを見送って、ミルヴィはにこりと笑みを浮かべた。
 すぅ、と気配が薄くなる。
 影に紛れて姿を消したガイアドニスの背へと向かって、ラダは問いを投げかけた。
「で、その原稿って結局何?」
「さぁ? でも、戦士・アングーラスってさ、誰かに似てると思わない?」
 そう言ってミルヴィは一枚の絵を取り出した。描かれているのは、馬車に寄り添う黒い髪の青年の姿だ。

 オアシスの畔。
 フリークライの治療を受けるシューヴェルトと、焚き火を起こすシラスが既にそこにいた。護衛たちを撃退し、先に撤退していたらしい。
「原稿は?」
 真剣な目でシラスは問うた。
 ガイアドニスは、封筒の中から原稿の束を取り出した。
「よし、それじゃあ」
「ところでおねーさん、瞬間記憶もあるのだけれど。原稿覚えちゃうのはシージちゃん危険かしら?」
 そう言ってガイアドニスは、原稿の束に手をかける。
 シラスの手が、ガイアドニスの手首を掴んだ。
「……あぁ、危険だ。やめておけ。そいつは特級の呪物だよ」
 原稿をそっと奪い取って、それを焚き火へ放り込む。
 パチパチと音を立てながら、紙の束が燃え尽きる。
「んー? 何だかとっても嬉しそうね♪」
「あぁ、今夜は気持ちよく眠れそうだぜ!」

成否

成功

MVP

岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
『飛竜と空を舞う勇士』の原稿は無事に焼却されました。
これにより、1人の青年が救われました。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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