PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<デジールの呼び声>往くも進むも

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●屈辱
 游夏は目を覚ました。ここはどこだ。見知らぬ天井だ。安宿の、しなびた、きなくさい、いまにも割れそうなぺらぺらの天井だ。事実、上の階の物音がそのまま落ちてくる。游夏は手枷と口枷をはめられていた。しかも見た目は取り繕ったものではなく、アハ・イシュケもかくやと思われる醜い本性だった。
 ベッドの上で、游夏は半身を起こした。口枷を食い破り、手枷を引きちぎる。飛躍的に攻撃力の増した今なら造作もない事だった。なのに、捕まった。なのに、放置された。いまごろやつらは何をしているのだ。もしや。
 游夏は急いで眷属間の精神ネットワークへはいりこんだ。異物がいる。それはどうしようもなく隠しきれない異物だ。そしてその異物は、仰々しいまでのおどろおどろしさをもってして精神ネットワークを冒している。頭蓋に負荷をかけられた眷属たちの悲鳴が聞こえてきた。ソレはずるずると光の道を通り抜け、ついにたどりついた。最奥の高貴なる存在へと。そこまで視た游夏は急いで接続を切り、窓を破り抜けて宙空へ身を躍らせた。足元の悲鳴を無視して空を飛び、海の上へ出るとざんぶと飛び込む。幾千幾万の泡が游夏を出迎えた。どろどろした内臓のような下半身を踊らせ、游夏は矢のように海の底へ潜っていく。
「おのれ、おのれイレギュラーズ。イボロギ様、しばしお待ちを、私が参ります。必ずや、お役に立ってみせます」

●眷属という名の奴隷
 一行はカナルガエの村近くの海底を、一路海洋よりへ向かっていた。
 そのさきにイヴォン・ドロン・シーが眠る祠があると、武器商人(p3p001107)が語ったからだ。
「大丈夫か? 旦那、あんな寄生虫の塊なんか飲んじまって……」
 型破命(p3p009483)が、心配そうに語りかけた。
「本調子とは言い難いね。まだ我(アタシ)の体と寄生虫が戦っているよ」
 かるく咳き込んだ武器商人はぽかりと泡を吐いた。その中に糸くずのようなものが見える。それが魔種イヴォン・ドロン・シーの権能たる寄生虫の死骸だと気づいた命は、武器商人のそばへ寄った。
「旦那、あんまり無茶しないでくれよな」
「なァに。たいしたことじゃないよ。イヴォンさえ倒せば虫も消える。万々歳で終わらせよう」
「まあ、旦那の言う通りだが、言うは易く行うは難しって言うしな」
 裂(p3p009967)はというと、水をくぐり周囲が暗くなるに連れてどこかしおれていった。
(阿真……いや、違う。あんなのが、阿真なんかじゃ……)
 先日垣間見た女の姿が気にかかる。なにもかも、あの頃と同じ、なにも変わってない、美しさも、一途さも、裂を想うその心も。あのサメの牙の首飾りにかけて誓った、生涯守り抜くと、だがその『阿真』はもういない。いるのは寄生虫の塊が擬態した肉片だ。どんなに元妻へ似ていても、どれだけ恋しい声をだされようとも、あの女がイヴォンの眷属であることは、変わらない。それは同時にイヴォンを倒せば、あの女が消え去るということでもあり……。
(ええい、なにを迷っている! 世界を救う勇者サマだろ、俺は! こんなところで足を取られてどうする!)
 イヴォンを倒す、倒すのだ。心が痛むのはきのせいにして、裂はぐいと海水をかいた。

 しばらくたって、ようやく祠が見えてきた。大きな石をいくつも組み合わせた、今にも崩れそうな古い神殿だ。神殿と呼ぶことすらはばかられるような粗雑さだ。ただ、手前に置かれた祭壇だけは美しく、陸でつくられたのか、細やかな紋様が刻まれている。それらがびっしりと海藻で覆われているところに、この祠が過ごしてきた年月が読み取れた。
「到着」
 武器商人が祭壇へ手をかけた途端、神殿の奥から女がひとり飛び出してきた。
「裂、逃げて!」
「おまえは……!」
 デバスズメダイの海種に似ている青い髪の女だった。
「イヴォンさまにはかなわない、きっと。裂たちでも。だから逃げて。イヴォンさまのお怒りは私が鎮めるから!」
「悪いが、その提案には乗れねえ。まず、俺達はイヴォンを倒しにやってきた。次に、お前は『阿真』じゃねえ……」
 女は悲痛な顔をした。その時だった。強烈なプレッシャーがあたりを包み込んだのは。
 ついでヤギのようなフイゴのような音が聞こえた。地鳴りによって海底の泥が巻き上がり、視界を曇らせる。うっすらと青い姿が土煙の向こうから叫んでいる。
「イヴォンさまはお怒りなのよ裂! 矛を収めて、何も見なかったことにして! あたしが命はとらないよう進言するから!」
「そんなことをしてなんになる? 被害は増え、眷属は増え、イヴォンはますます強くなっていく。いまのうちに仕留めとかねえとダメなんだよ!」
「裂……」
 地鳴りはますます激しくなり、神殿が崩壊した。中から現れたそれは、どう形容すべきか。全体のシルエットは馬に似ている。しかしどこか植物的な様相も感じる。ぼこぼこと穴の空いた表皮からはうっすらと黒い血が流れ続け、周囲を穢している。何より巨大だ。20mはあるだろう。
「こいつか、こいつが、イヴォン・ドロン・シー」
 命は直感で理解した。今すぐにこいつを倒さねばならないと。

「イボロギ様ー!」

 背後から声が聞こえた。
 ふりかえってみれば、游夏だった。醜い下半身はそのままに、青い顔で荒く息をついている。消耗した体を押して無理に駆けつけたのだろう。
「ええ、不埒者め、不心得者らめ! イボロギ様。受けし大恩、今こそお返しすべき時。このようなやつら、すぐにイボロギ様の前から消し去ってみせましょう!」
「……」
 イヴォンはうっとおしげに游夏をみやり、あなたたちを見やり、背後へ阿真を隠した。
((旧態然としたやり口にも少々飽きてきた頃合いだ))
 その声は脳裏へ直接響いた。金属をこすり合わせているかのような不快な声だった。
((稀には我々が出るも一興))
 イヴォンが一歩進み出る。それだけで泥が巻き起こり、ずしんと大きな音がした。
((特異運命座標らよ。今日のこの日、ひとたびの余興にそなたらを眷属にせん。我々は倍化することにこそ意義があるのだ。我々は増え続ける。増え続ける。増え続ける))
 イヴォンがぐっと頭を下げた。突撃の合図だと誰もが気づいていた。

GMコメント

みどりです。
いきなり親玉が出てきたよ。びっくりだね。
このシナリオは<竜想エリタージュ>飲まねば地獄(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8424)の続きです。読んでおくとニヤリとできます。

やること
1)イヴォン・ドロン・シーの撃破
2)朝葉 游夏の撃破

●エネミー

朝葉 游夏
 ガイアキャンサーオリジン。飛行・水中行動を持ちますが、彼女の逃亡はありえません。信じる神のために戦い続けるでしょう。しかしながら必殺も不殺も効きません。イヴォンが存在する限り彼女は不滅なのです。反応、機動、命中およびはすさまじいです。さらに攻撃力にブーストがかかっており、すべてのスキルに【防無】がついています。反面防技や抵抗、EXAはそこまででもないようです。
 神自域 ダメージ大【魅了】【滂沱】【必殺】【識別】
 神近扇 ダメージ特大【塔】【呪い】【重圧】
 物超域 ダメージ大【怒り】【鬼道・中】
 神自域 HP回復大・BS回復中【副】【識別】

イヴォン・ドロン・シー
 魔種 属性は怠惰 役割は倍加 20mもの体躯
 眷属を増やすことによって無敵に近い力を持っていましたが、今では多少衰えているようです。これを逃し、また眷属集めを始めさせては元の木阿弥です。非常に図体がでかいのですが、回避と抵抗が高く、さらに両面攻撃力・CTも高いという魔種です。ちなみにイヴォンを倒せば、游夏も消滅します。
 咆哮 物遠列 ダメージ大 【ブレイク】【廃滅】【識別】
 突進 物超貫 ダメージ特大 【防無】【絶凍】【崩落】【移】【飛】
 逢魔が時 ダメージ大 神自域 【魅了】【呪い】【致命】
 神がかり 神自付与 【副】【光輝・大】【自バフ・大】
 マーク・ブロック無効
 怒り無効

●戦場
イヴォンの血、すなわち寄生虫によって汚染された海の底です。
PCはイヴォンの寄生虫によって、毎ターン開始時に強烈な麻痺系列に似た状態の判定を受けます。これはBSではなく、耐性では防げません。判定を受けて25T以上経つと受動防御しかできなくなります。この判定はターンが進むに連れて強烈になっていきます。
また、巻き上がる泥によって、機動・FB以外の全ステータスへ-20程度のペナルティがかかります。

●その他
阿真 裂さんの元妻。いまは隠れているようです……が。

●特殊スタート 武器商人(p3p001107)さん
あなたは寄生虫に感染している状態からスタートします。つまり、25Tしか能動行動がとれず、また強烈な麻痺系列に似た状態に陥っています。ご留意ください。
●特殊ルール『竜宮の波紋・改』
 この海域では乙姫メーア・ディーネ―の力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
 竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。

●特殊ドロップ『竜宮幣』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
 竜宮幣を使用すると当シリーズ内で使える携行品アイテムと交換できます。
 https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <デジールの呼び声>往くも進むも完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年10月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
シラス(p3p004421)
超える者
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
型破 命(p3p009483)
金剛不壊の華
星芒 玉兎(p3p009838)
星の巫兎
裂(p3p009967)
大海を知るもの

リプレイ


 見上げるほどの巨体を前にしても、『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)は少しも動じなかった。いや、何も感じていないわけではない。どちらかというとげんなりしていた。イヴォンが身動きするたびに首から背にかけての穴から、黒い血がにじんでいく。それは周りの海水へ溶け込んでいき、さながら黒い機械がオイルを垂れ流しているかのようだ。それこそはイヴォンの権能。それこそが戦場を支配するイヴォンの一手。
「おえ、寄生虫がうようよ浮いている海かよ。ぞっとしないな」
 そう吐き捨てて目を凝らす。凄まじい量の泥が舞い上がって霧の中にいるかのようだ。あの女の姿は見受けられない。
(裂の嫁さん……の寄生虫は姿は見えねえな。このまま何もなけりゃいいが、そんな保証はどこにもねえ。……裂が躊躇う様なら、己れが助けに回らねぇとな。必要なら嫁さんも俺が殺す)
 心の中に己がすべきことを抱く。其は金剛石の刃。
(所詮己れは、獣だからよ)
 静かに息をひそめて、始まる戦いへ備える。それにしても、と『星の巫兎』星芒 玉兎(p3p009838)は『闇之雲』武器商人(p3p001107)へちらちらと視線を送っていた。
(あの方、随分と無茶を為さいますわね。あのような穢らわしいものを体内に取り込むなど、わたくし考えただけでも怖気が走りますわ)
 怖気の走る生物との息詰まる攻防を、いまもそのモノの体はくりひろげているのだろう。おくびにも、出さないが。武器商人はときおり咳をする程度だ。そのたびにぽかりと泡を吐く。それに包まれた糸くず状の物体こそが武器商人を内側から食い荒らそうとしているもの。静かな静かな攻防は、いま現在も続いている。
(おかげでこの場所が割れたのだし、良しとしましょうか)
 あっさりと場所がわかってたどりつくことができたのは、なにも精神ネットワークへの干渉だけではなかろう。蛇の道はなんとやら。武器商人が一部手にした権能で、一行の気配をイヴォンから遮断してくれていたのかもしれない。
『報恩の絡繰師』黒影 鬼灯(p3p007949)はその可能性を考慮しつつも、憂いていた。
「全く、番殿が悲しむぞ」
 そう言って自分もぽかりと息を吐く。まだそこになにもないのを確認し、暗く冷たい海水の中、あの優しい人形を思い浮かべる。
(ああ、章殿を連れてこなくてよかった。連れて行って貰えないと知って皐月の膝で丸まって拗ねていた時はどうしようかと思ったが……あの様なもの、章殿に触れさせたくも視界に入れたくもない)
 ずろりずろりとあるきまわるそれ。いびつで、奇妙で、奇怪で、巨大な、肉虫の親玉。鬼灯は朗々とした声で魔種へ呼びかけた。
「我等豊穣にも縁のあるこの海をよくも穢してくれたな。さぁ、空繰舞台の幕を上げようか」
 イヴォンは聞いているのか聞こえていないのか、鬼灯へ興味を示さない。そうではないのだと鬼灯は気づいた。この魔種は観察している。誰から眷属にしてやろうかとじっくりと品定めをしている。
「その傲岸不遜な態度。まさに魔種にふさわしい」
 鬼灯は戦いの予感に集中し、魔糸を握りしめた。
「偽りを作る蟲か。あの者も無茶をしたものだ。この好機を逃すわけにはいかぬな」
 眷属。だがもとを正せば寄生虫の塊。そんなものに成り代わってやるつもりなどさらさらない。『冥焔の黒剣』リースヒース(p3p009207)は頭を振った。
(増えようとも所詮偽りは偽り。学者ではない故、魂のありかを論ずることはせぬが。死者を騙るというそのありかた。癪に障る。故に……)
 赤い瞳がイヴォンを見咎める。
「消滅を」
 短く、号令が発生られた。不可視の剣がしゅらりとリースヒースの周りを巡り、仲間へ力を与える。
 武器商人はとんとんと胸を叩いた。不快感がそこを中心に上下している。全身を支配すべく降りようとする虫。それに抗い、丁寧に処理をしていくカラダ。バランスの天秤はいつどちらへ傾くかわからない。
「いやはや……長い時間生きてきただけあってしぶといね、この虫達。此処でこのデカブツを逃したら、また暫くこの寄生虫と共同生活になるから勘弁してほしいものだよ」
 ねぇイヴォン。いやさ魔種。と、ソレは語りかけた。
「個人的な恨みなんだけどね、これのおかげで我(アタシ)は番へ口づけできなくて非常に不便をしているのさァ。個人的な恨みってのは怖いよ、なにせ根が深い」
 ヒヒ、といつもの笑いを響かせ、武器商人は糸玉を吐く猫のように咳をした。
「……怠惰か、厄介な権能持ちだ、全く」
 短く嘯いたのは『威風戦柱』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)。この海域すべてがイヴォンの血で汚れるようになれば、どれだけの被害がでるかわからない。いまは被害者は人間だけにとどまっているが、魚介のたぐいが寄生虫に感染し、それを食べた者が、と知らず知らずのうちに勢力を拡大させるかもしれない。まったくもって厄介だ。せめてこのフィールドを覆う程度で済んでくれればいいが。マニエラが眉をひそめる隣で闘志を燃え立たせる者ひとりあり。
「ハハッ、いきなり大当たりとはな! これも誰かさんの無茶のおかげなんだから、一概に責めるわけにもいかないな。ここまで来たならやることはひとつだけだ」
『竜剣』シラス(p3p004421)は場慣れしたもの特有の気楽さすら感じさせる。それはイヴォンほどの大敵を相手にしても同じだ。すでに勝ち筋は見えている。あとは行動するのみ。戦いの興奮が体を巡っている。心臓からつぎつぎに送り出される熱き血はイヴォンの穢れた血には負けなどしない。
「やっと……やっとだ!」
『大海を知るもの』裂(p3p009967)はわなないた。
「阿真を失ったあの日からお前を倒すときをずっと待ち望んでいた!! 絶対に逃さない、この手でお前を討ち果たしてここで阿真の仇を討つ!」
 力強く言い張ると腰の得物を握り込む。すらりと抜き放たれた刃は濡れているかのようだ。実際にそうなのかもしれない。艱難辛苦を受けし主の代わりに、泣いているのかも知れなかった。
(隠れた女は阿真じゃない……たとえ同じ姿、声であろうとも……だが……俺は……)
 迷いを振り切るかのように刃を振るう。周りの泥が巻き上がった。
「お前を斬る! イヴォン・ドロン・シー!」
 乙姫の幻が皆の頬へ口づけた。


「イボロギ様!」
 游夏が動いた。もはや最初の頃持ち合わせていた高貴さのかけらもない。醜い本性をさらけ出し、盲目的にイヴォンへ向けて前進する。
「おっと」
 命がその射線上へ割って入る。
「邪魔をするな!」
 游夏の回し蹴りを命が受け止める。肋が折れ、命は吐血した。そのままくずれ落ちそうになる命。
「なるほど、これが御身の本気ということかね」
 リースヒースの皮肉げな声。つぎの瞬間、リースヒースは透き通った声で歌い始めた。
「恩寵あれかし。地に満ちよ、空に満ちよ。あふれだす幸先は御身を玉にす。なにものも、ひとり、ただひとりの、孤独なるマレビトは、偽りの楽団を作り給うた。然れども、マレビトよ。いまはその恩寵をここに垂れたもう。吾が御身の孤独を癒やすように」
 大天使の祝福が命の体を、影踏まずが命の魂から傷を取り除いていく。命は踏ん張り、游夏の前へ。
「いきたまえ。背中は安心するがいい」
「というわけでな、己れを倒そうたって無駄だ。悪ぃな姐さん。此処は通せねぇよ」
 どこか余裕のある笑みを見せて命はその巨躯と獣のような眼光で游夏の足をすくませる。游夏は魔糸を呼び出し、それでもって命を八つ裂きにしようとした。しかしその魔糸は逆に游夏へ巻き付き、四肢を切り裂いた。
「かはぁっ!」
「貴殿もまた魔糸使いか。なにやら因縁を感じるな」
 布の下で唇の端を歪ませ、鬼灯が游夏へ薄く笑いかける。
「我々の、魔糸が、逆にのっとられた? 馬鹿な、そんなことが……」
「驚かれては困るな。どうやら戦闘方面はとんだ初心と見える、その気になればこんなこともできるのだから」
 魔糸が鬼灯の腕へ絡まっていく。ギチギチと形なすうちにそれは漆黒の狙撃銃へ変わった。游夏の顔色が変わる。狙いをつけた鬼灯が引き金を引いた。
「雪を待つのは次縹の月。心凍てつくは狩人の月」
 魔力が練り上げた水色の弾丸が游夏へ突き刺さる。游夏は痛みのあまり大きく後ずさった。命が駆けていき、追撃する。
「おりゃあ!」
 黒き月が游夏の身を焼く。苦悶する游夏へ鬼灯は語りかけた。
「信仰とは、盲信とは、時に人を滅ぼすものだ。最も既に、貴殿は人ではないようだが」
「そなたたち人間は須く滅ぼさねばならないゴミ虫どもです。しかし。それを幸福と思いながら受け入れてくれるのでしたら、これほどお互いにとって良いことはありません。何か、問題でも?」
 游夏の声が二重三重に変わっていく。高い女のような、低い男のような、瞳に炎がやどり、ギラギラと輝いている。
「虚仮威しだな」
「なに?」
「虚仮威しだといったのだ。神の奇跡にすがろうとも、その苦しみからは逃げられないぞ。敬愛する神の元へ向かおうとも、足が動かない気分はどうだ?」
 游夏は歯噛みし、己の腕を切り裂いた。
「そなたら、そなたらさえいねばよいのです。さあ幸福の片鱗を、奇跡を、そなたらへくれてやりましょう!」
 周囲の虫の気配が一段と濃くなった。

「おりゃあああ!」
 裂はまっさきにイヴォンへ向かっていった。飛び上がるかのように水をかいて上昇し、光る太刀でもってイヴォンの側面へ攻撃を仕掛ける。
 ボッ! 耳障りな音とともにイヴォンを構成する肉が「割れた」。風穴の空いた胴体がきしみながら収束していく。
「な、なんだ?」
 游夏がヒビの入った高笑いを響かせる。
「見よ、この偉業! イボロギ様は神聖不可侵にして豪運であるぞ。並のものには触れることも叶わぬわ!」
「なんだと……」
 いちはやく危険を察したのはシラスだった。相手が豪運の持ち主ならば、自分たちの攻撃が当たらず、竜宮の加護が切れてしまう可能性もありうる。そうなれば待っているのは重篤なバッドステータスが飛び交う持久戦だ。シラスが唇を噛み締めていると……。
「へっ」
 裂が笑った。
「だからなんだってんだ。好き好んで寄生虫漬けになりにきた連中ばかりだぜ。イヴォンが強敵だなんてハナから知ってたとも。俺達の特攻魂を見くびるなよ? 何度だって……」
 裂が太刀を振るう。そのたびに肉が自ら割れてうねうねと躍る。
「何度だって! 当たるまで食らわせてやるよ!」
 翻弄されるも、裂は揺らがない。懸命に攻撃を続けていく。
((羽虫よ、そなたらなど))
 イヴォンは海底を前足でかき、突撃した。
「なんでこちらへ来ますの!」
 標的となった玉兎が避けようとしたが、イヴォンは奇跡的なまでの加速力で玉兎を捉えた。ように思えた。
 重い音が鳴り響き、とてつもないインパクトが起きる。長大にして巨大な体躯に吹き飛ばされたのは……。
「武器商人!」
 玉兎の声を受けてゆらりと立ち上がり、口元をつうと垂れていく血(血なのだろうか、それは?)を拭う。
「さすがに今のは効いたね」
((ほう、見事だ。異界の者よ、いまので死なぬとはなあ))
 イヴォンはけらけらとゲラゲラの中間で嗤いさんざめく。イヴォンを形成するすべての虫が笑っているのだろう。不快な音波であたりが満ちる。同時にぞわぞわと背筋に違和感が走った。歌っている、踊っている、この海中の虫達が。
 だが。
「そうだな……、こんなやつは何人も相手にしてきた。ブルっちまうようじゃ、情けないな」
 シラスが足を大きく開いた。両腕をそろえ、手を組んで銃の形にする。シラスが何よりも頼りにしてきた両手だ。もはや相棒とすら呼べるだろう。その指先へキスをすると、シラスは本物の銃を構えているかのように魔力を指先へ込めた。
「いけええええ!」
 ドン。一発目がイヴォンにかわされる。
 ドン。二発目もイヴォンにかわされる。
 ドン。連続して何度も打ち込まれる獄門・禍凶爪。そのたびにイヴォンに風穴が空き、嘲笑うかのようにもとに戻る。
「怠惰ならそのまま動かずにやられてほしいんだが……ね!」
 マニエラが急襲した時、状況が動いた。すでに裂とシラスを相手にしていたイヴォンの動きが鈍ったのだ。だが呪いの鎖が召喚され、イヴォンの体を這い回るもあと一撃が届かない。
「く、当たれぇ!」
((愚かなり))
 イヴォンが頭を振った。マニエラが弾き飛ばされていく。イヴォンは満足し、しかし、違和感。なんなのだ、この悪寒は。このような不吉な予感を覚えるのは幾星霜ぶりであろうか。イヴォンはいななきをあげる。神がかり状態となるはずの体は、しかし何も変わらない。
「テメーの好きにはさせねえよ……」
 冷たい瞳のまま、シラスはそう言った。胴へ食い込んだ魔力の爪が、じくじくとその効果範囲を広げていた。なしとげた。彼は成し遂げたのだ。
 マニエラがすぐにシラスの背後に付き、詠唱を開始する。
「いずこにおわすや祖霊よ。哀しんでおられるか。苦しんでおられるか。涙しておられるのか。しかしながらいまは前を向き、その超常の力をここへと願い申す。吾もまたいつか祖霊とひとつになりにければ」
 シラスは長く息を吐いた。疲労が吹き飛び、体が軽い。
「ありがとう」
「なに、私は火力にはならないゆえね、頑張ってもらわないといけないからね」
((羽虫よ、こうも楽しい時間は久方ぶりであるぞ))
 イヴォンが声に出して笑う。そのたびに黒い血がふいごのようにその肉体からあふれだしていく。玉兎は星の剣で自分の周囲を切り払った。ほのかな輝きは彼女が正当なる主の証だ。その輝きによって寄生虫から守られているような気がした。
「醜悪極まりないとはこのことですわ。イヴォンとやら。此処はなんとも息がつまります。短い死合といたしましょう」
 言うなり玉兎は駆け出した。飛び上がり、イヴォンの上に乗る。星々の輝きがさらに集まり、蛍に囲まれているかのようだ。幽玄の光は魂を表すという。
「小細工などいたしません。できることに専心するのみですわ」
 玉兎は何度もくりかえしイヴォンの背へ刃を突き立てる。へらへらと移動する肉に翻弄されつつも、やがて致命的な一撃が間違いなくイヴォンの芯へと刺さった。イヴォンは笑っている、笑い転げている。心の底からこの戦いを楽しんでいるのだと知って、玉兎は顔をしかめた。
「大した巨躯と暴威だとは存じますが、神というには醜悪に過ぎますわね。……あら、ごめんあそばせ。他所様の信仰を論評すべきではありませんでしたわ。尤も、今から討ち滅ぼす訳ですけれど。倍化するというならば、零に返して差し上げましょう」


 青白い肉がえぐれていく。
「たとえ無制限に死ねずとも、数回持ちこたえる分には十分すぎるとも」
 勝敗は決しつつあった。イレギュラーズの粘り勝ちだ。家族とともに過ごした思い出に力を得た武器商人が、ヒト型の台風となって神滅の魔剣でイヴォンを解体しているのだ。
((くく、く……くはは……羽虫にしては、よい出来であったぞ……我々の鬱屈も吹き飛ばされようというもの……))
「イボロギ様ぁー!」
 游夏が瞳に涙を浮かべて手を伸ばす、しかしその手は届かない。命と鬼灯によって自らも削られているにも関わらず、彼女はイヴォンの元へ行こうと必死だった。
「お助けいたします、私が、我々が! イボロギ様、イボロギ様!」
 胸をかきむしるような声だった。だが彼女がこの世にいてはならない存在なのは明白。鬼灯は魔糸を操る。
「信ずる神が斃されるのを目の前で見ておくといい。そして己が信仰に殉じることだな」
 ついにイヴォンの前足が切り落とされた。シラスと玉兎のフルルーンブラスターが吹き飛ばしたのだ。膝をつくように大きく前へ倒れ込む魔種。
 そのときだった。
「イヴォンさま……」
 青い髪の女が現れ、一同は警戒をあらわにした。
「阿真! イボロギ様へ回復を!」
 游夏の悲痛な声が飛ぶ。しかし阿真はイヴォンに近づくなり、その胸へ手刀を突き刺し、心臓を引きちぎった。その場に居る誰もが唖然としていた。
「お約束を果たすときが参りました」
 まだびくびくと動く漆黒の心臓を胸に阿真がそういう。慈母のごとく。イヴォンは末期の息を吐いた。
((阿真、我々の強欲よ。虚しくも長い年月の最後にそなたらと出会い、短くも濃密な時間を過ごせたこと、誇りに思う……))
「さようならイヴォンさま。あたしの望みだけは叶えてくれなかった神様」
 阿真が逃げていく。裂は追おうとした。それに一同が続く。しかしイヴォンが最後の力を振り絞り、暴れまわった。心臓のない肉体でどこにそれだけの力が残っているのか。けれども、游夏の様子を見れば一目瞭然だった。あれほど美しかった游夏がカラカラと干からびていく。力を吸われているのだ。
「イボ……ロギ……さま……ど、して……」
 最後の最後まで利用され尽くした女は急速に風化していく。海の底へ、場違いな木乃伊ができあがるころ、ようやくイヴォンは倒れた。

「武器商人殿、具合はいかがか」
 鬼灯から声をかけられ、武器商人は胸を撫でた。
「きれいさっぱり消えているね。このあたりの海水も浄化されていることだし、まあよかろ」
「やれやれ。俺と章殿も一緒について行ってやるから番殿へ正直に謝るんだぞ?」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

武器商人(p3p001107)[重傷]
闇之雲
型破 命(p3p009483)[重傷]
金剛不壊の華
裂(p3p009967)[重傷]
大海を知るもの

あとがき

おつかれさまでしたー!

イヴォンのCTが高くて、ひやひやしながら判定していました。
イヴォンはどうやら生きるのに飽いていたようです。

それではまたのご利用をお待ちしてます。

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