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シナリオ詳細

<深海メーディウム>スイート・スイート・ディープ・シュガー

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ざぱん。ざぱん。
 シレンツィオの太陽はオレンジのように輝いている。青い水はひんやりと冷たく、揺りかごのように海の青さを閉じ込めていた。

 透明なビンが、砂浜に打ち上げられる――中には、手紙が入っている――。

『僕の帰りを待つ いとおしい人へ

ダガヌ海域に入って2日になる。
揺れる船の波間で、これを書いている。
船は真っ二つになっていて、もうすぐ沈んでしまうと思う。

もしもこの手紙を受け取った人がいたら、
海洋の海辺で待つ、――に渡してほしい。
僕の名前は――。

ああ、君の作ったマフィンが食べたいな!』

 ひときわに大きく波がやってきて、ボトルを岩場に叩きつける。鋭い音がしてガラスが割れて、手紙はインクがにじんで読めなくなって、添えられた婚姻の指輪は海に沈んでいく。
 すべては追憶にすぎないのだ。
 海に浮かんだ思念たち。フリーパレットたちは、海に残った未練の塊だ。もうまぜこぜで「誰」ということはない。手紙の「彼」も、もうここにはいないだろう。


「やっぱり、運命に頼るのは、つまらないですよね」
 インパーチェンスがさみしそうに言った。
 心から、残念だった。生きていたならば、恋人たちの手伝いをしたかったのに。
「だって、叶う思いよりも――かなわないことのほうが、ずっとずうっと多いですから」

 シレンツィオ・リゾート。
 この海の底には、いったい、どれだけの「思い」がたまっているのだろう?

「ああ、おなかがすいたなあ」
「帰り道はどこだっけ」
「そろそろ仕事をしないとね」
「朝の見張りはきついなあ……」
 フリーパレットはざわめいている。
「ああ、マフィンが食べたいなあ!」

 小さな貝殻が、蜃気楼を吐いている。
 夢見る貝。美しい貝。
――豊穣では蜃(しん)と、呼ばれているのでしたっけ?

(すこしだけ、手伝ってあげましょう。いいえ、これは、ちょっとした気まぐれですけれど……)
 インパーチェンスはスカートを持ち上げ、華奢な足を海につけた。
 蜃が吐く煙が霧のように広がり、あたりを覆いつくしていった。


「フルールちゃん、……フルールちゃん?」
「ん……」
 呼びかけに答えて、『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)は重たげなまつげを震わせる。
「よかった。目が醒めたのね!」
『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)は目いっぱいフルールに抱き着いた。だいじょうぶだって言ったろう、とルクスがちょびっと呆れている。
「おねーさんたら、おおげさね。……でも、ここはどこかしら?」
 そこはシレンツィオ・リゾートの三番街(セレニティームーン)に似ている場所だ。にぎやかでとてもきらびやかで……けれどもあたりからは甘やかな香りがする。石畳は真ん中がふっくらとしていて、まるで……。
「お菓子でできている、みたい」
 町がすべてお菓子でできている――それどころではない。道行く住民も、空も、雲でさえも菓子でできているようだった。噴水に流れるソーダ水。
『いけない! 早く戻らないと!』
「きゃっ」
 白いウサギが跳ね、ルミエールにぶつかるところだった。
『あ、ごめんなさい! 今ちょっと時間がなくて!』
「おねーさん!?」
「あら、どうしたの? フルールちゃん」
 青薔薇が地面に落ちている。それですら飴細工だということに気が付いた。
「……」
 自分たちもまた、お菓子になっているのだ。


「大丈夫よ、フルールちゃん、私はけがをしていないわ」
 流れる血液はジャムのように甘い。自分が欠けても痛みも悲しみもない。体の一部を失っても、「お菓子」なのであるから、この世界では問題ではないのだ。
「ごきげんよう。ウサギさんを探しているのですか?」
 広間にいた女性が微笑んだ。
「あなたはだあれ?」
「私はインパーチェンス。ええ、正式な住民ではないわ。ちょっと遊びに来ただけです。でも、生き物の見る夢のことなら、よく知っています。この世界は、お菓子の国、ですよ」
 インパーチェンス曰く、ここは「蜃」の吐き出した夢の世界。
 全てがお菓子などの甘いものでできており、人の体も、血も、臓物も、全部が甘い甘いお菓子でできているという。
「あのウサギさんが、この世界の主のようですね。でも、寄り道も楽しいと思いますよ。大丈夫、ここはゆめの世界ですから……」

GMコメント

お待たせしました! 布川です。

●目標
「白糖ウサギ」を追いかけ、白昼夢から目覚める。
・追いかけるていでこの世界を楽しんでください。

●状況
 シレンツィオ・リゾートのビーチで目を覚ますと、イレギュラーズたちは『お菓子の世界』にいました。
 この世界では、町も、住民も、体も、血も、臓物も、全部が甘い甘いお菓子でできています。イレギュラーズ自身もまたお菓子でできています。
 体の一部が食べられてしまっても、別の何かで代用することができます。
*ここでの負傷は、現実の身体に影響を及ぼしません。

●場所
 お菓子の国です。フェデリア島のエリアによく似ています。
 お菓子の国には長いこと女王がいないそうです。
 ウサギは一番街に用があるようですが、なにかとうろついているかもしれません。

【お菓子の国一番街】
・行政地区です。お菓子のお城があります。

お菓子の城
 お菓子でできた城です。
「お菓子作られコンテスト」が開かれるそうです。この世界で一番の菓子を決めるコンテストのようです。白糖ウサギが審査員として出席するようです。

【お菓子の国二番街】
・一般的な住民が暮らす街です。
【お菓子の国三番街】
・高級住宅地です。手の込んだ繊細なお菓子がひしめいています。
美しさを誇るお菓子がたくさんいますが、自分を壊すのが怖くて動けない人たちもまた多いです。
【お菓子の国四番街】
・自然エリアです。
お菓子の花畑があります。砂糖菓子でつくられた花々が揺れています。
【お菓子の五番街】
・鉄帝風のエリアです。にぎやかで豪快なお菓子が多いです。
【無番街(アウトキャスト)】
・無法地帯です。お菓子を虎視眈々と狙うアウトローたちがいます。ちょっと危険です。
お菓子のカジノもあります。

●登場
白糖ウサギ
「あー、いそがしい、いそがしい!」
「この国には女王様がいないから5倍は忙しいよ!」
 砂糖菓子でできたウサギです。なにやら忙しく走り回っています。

インパーチェンス
「こんにちは。いいえ、争う気はありません」
 どこか夢見心地の女性。お菓子のひと時を楽しんでいるようです。とにかくここでは味方のようです。

砂糖菓子のトランプ兵たち
「やあ、あなたがたが女王ですか!? 待っていたんですよ!」
「かぬれ……カヌレってなんだっけ?」
 砂糖菓子でできた生き物です。イレギュラーズを侵入者として追い掛け回すやつもいれば、女王としてまつりあげようとしたりします。
 ほとんどもろいですが、襲ってくることがあるので注意しましょう。

・砂糖菓子のちょうちょ
 この世界に舞っているちょうちょです。紅茶を好み、溶けていきます。

●特殊ルール『竜宮の波紋・改』
 この海域では乙姫メーア・ディーネ―の力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
 竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。

●特殊ドロップ『竜宮幣』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
 このアイテムは使用することで『海洋・鉄帝・ラサ・豊穣』のうちいずれかに投票でき、その後も手元にアイテムが残ります。
 投票結果が集計された後は当シリーズ内で使える携行品アイテムとの引換券となります。
 ※期限内に投票されなかった場合でも同じくアイテム引換券となります

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

*何が起こるかは不明ですが、不意打ち・謎解きみたいなことではないです。

  • <深海メーディウム>スイート・スイート・ディープ・シュガー完了
  • GM名布川
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年08月29日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
※参加確定済み※
ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)
永遠の少女
※参加確定済み※
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
水無比 然音(p3p010637)
旧世代型暗殺者
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

リプレイ

●不思議の国の……。
「ウサギを追いかけるのも良いけれど……」
「……こういうのを見てしまうともっと居たいと思ってしまいますね。ねぇ、ルミエールおねーさん?」
 いたずらに微笑む『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)。『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)は少しだけお姉さんぶって手を重ねる。
「ルミエール、あとでね」
 ルミエールは、『闇之雲』武器商人(p3p001107)にスカートを持ち上げる挨拶をする。はしゃぐフルールに手を引かれ、おとぎの国を駆けてゆく……。
 木の根をまたぎ、無邪気に小さなウサギの穴を抜け。
(彼女に。
 インパーチェンスに会いたいわ)
「此処は夢の世界だもの。あの子ともきっと、仲良くできるわ」

(さて)
 彼女たちを見送った後、武器商人は、くるりと後ろを振り返る。
(我(アタシ)たちは何をしている途中だったのか。依頼か遊びか、はたまた別の用事か?)
 入ってきたはずの入り口はない。しかし、さしあたっての危険はなさそうだ。
「おっと、旅医者、何処へ?」
「ああ、……私は医師だからな」
『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)は不可思議な街にも驚いた様子を見せずに落ち着き払っていた。
「この摩訶不思議な人体構造を解明したい……いいや、解き明かさなければならない
これは医学者としての責務だ」
「ついでに」と、ルブラットは言う。「脱出の手掛かりも見つかるかもしれないからな」
「そっちがついでかい? 夢見る誰かが目覚めるまで、アリスの様にちょこまかと冒険するのも悪くあるまい。ヒヒ……」

 何かが崩れる音。『旧世代型暗殺者』水無比 然音(p3p010637)は立ち止まった。 これは、こびりついた感覚とは違うもの。赤く散らばったジャムは、この世界では血ではない。
「ああ、俺自身もお菓子なのか」
『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)の身体はたしかにお菓子となっているが、しかし、結婚指輪だけはこの世界でも本物だ。
 食べてもらいたいと思うものだろうか?
……思い浮かぶのは大切な妻の姿。いったいどういう感想を述べるか気になったけれど、どうやらここは白昼夢であるらしいから、きっとそれは叶わないのだろう。
(早く帰って安心させてあげよう
それが一番だ)
 然音はわずかに瞑目した。
(……果たして機械である自分も夢を見るのでしょうか……)
……あの女性が言うには、この世界は夢の世界なのだという。
「情報収集するとしようか」
「私は……白いウサギを追ってみることにします。そちらは、どちらへ?」
「とりあえず、三番街、かな」
 史之は煌びやかな街へと。
 然音は薄暗い深淵へと歩いていった。

●完璧に保たれる菓子
 飴細工でできた蝶は、花の上に翅を閉じると動かなくなる。
「如何にも壊れやすそうだよな」
『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)は指先で蝶をつついて、興味を失ってそばを離れる。
「どんな美しいお菓子かと思いましたが、動けないお菓子も多いんですね
生きているのなら少しもったいないような気もします」
『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)はじっと動かない菓子たちを眺めている。
「動く事すら怖いて。生きててつまらなさそうだ」
「壊れるというのが傷つきたくない、ということでしたら僕にはちょっとわかる気がします
身体ではなく心ですけどね」
 鏡禍はそっと立ち上がる。
「傷つきたくない、傷つくかもしれないから動かないでおこう、というのは共感できますよ
ふふふ、弱虫でごめんなさい」
「お菓子なのに食べてもらえないなんて可愛そうだね
動けずにいるのも可愛そう」
 史之は、美しいシュガーレースを纏った菓子に話しかけた。
「ねえきみ、そうやって朽ち果てていくつもりなの?
なんにもないからっぽの人生を過ごすつもりなの?
水槽の中の魚よりも不自由でさみしい時間をいつまでも過ごすつもりなの?」
 ざわりと、揺らぐ菓子たちは答えない。
「それよりも外へ出て、自分の美しさを見せつけたくない?
あなただけを見てくれる、食べてくれる、運命の人を探しに行かない?」
『……』
 はあ、とクウハが溜息をついた。
「俺がコンテストの審査員ならアイツみたいな奴に対しては
幾ら見た目が良くてもマイナス点つけるわ」
 かっと砂糖菓子が熱くなる。
 灯がともったように輝いて、それを見てクウハはにやっと笑った。
「その点、壊される覚悟で寄ってくる奴の方はもうそれだけで高得点さ。
傷付く覚悟もねェ奴が評価される程、世の中甘くはねーんだよ」
 拳を振り上げ、転びそうになった菓子を、鏡禍が支えてやった。頑張ってとも言わなかったが、それでも壊れないようにゆっくりと元の場所に戻す。

●女王はいずこ
「どうしてこの国は女王がいないんだい?」
 塀の上から肘をつき。登場人物――武器商人はやあ、と手を振るのだった。
「もしや女王になろうというのですか?」
「まさか」
 武器商人は大げさに肩をすくめる。黒い不定形のナニかがうごめいた気がして、兵士たちは一歩下がった。
「他人様の夢で女王に就任というのもなんだか図々しい話じゃあないかぃ?」
 それでもなお、武器を向けてくるもので……ただ、今ここで戦うつもりはない。やれやれと指を動かすと、ちょいとまばゆい光を浴びせてやった。
「あんまりそうガシャガシャするもんじゃあないよ、脆いんだからさ。このまま歩けばどっか別のところに着くんだからそんなに怒ることもなかろう?」

「また会いましたね。きっと、仲良くなれると思っていたんですよ」
「インパーチェンスおねーさんとも、遊んでみたいの。ルミエールおねーさんとインパーチェンスおねーさんと私の三人で遊びましょ♪」
 無限の花畑。誰も争うことのない、限りのない世界。
「ここなら、お菓子もたくさんありますよ。ぜんぶのひとたちのぶんの物語が、余すことなく、ぜんぶあります」
 だからだれかがひとりぼっちになることはない、とインパーチェンスは謳う。
「好き、嫌い、好き、嫌い、好き……」
 はらはらと落ちていく砂糖菓子の花びらは、透き通って空気に溶けていく。
「まあ、嫌いで終わってしまったわ?」
 ルミエールはしゅんと肩を落とす……ふりをした。急いで顔をのぞき込んだフルールも、ちょっぴりわかっていた。だって、ここは楽しいことしかないからだ。
 がくしか残っていない花びらには蝶が止まり、蜜を返すようにして花びらが戻る。
 だから、好き。
「フルールちゃんは私が嫌い?
なんてね、ふふ。分かっているわ。
貴女は私が好き。私も貴女が大好きよ。
愛しているわ、フルールちゃん」
 空はどこまでも青い空。ぐるっと転がって、互いに柔らかな頬を撫でる。
「この世界でなら貴女のことを、食べてしまっても大丈夫なのよね。
繊細で強固。純粋で傲慢。狂った私と狂った貴女」
 どきどきするけど、怖くはない。だって今、自分たちはお菓子なのだから。
「どんな味がするのかしら。きっと飛び切り甘いでしょうね」
「キスをしたら、もっと甘いでしょうね。唇は、舌は、どんな味がするのかしら?」
 神秘をたたえたガトーショコラは、フルーツケーキととりかわる。甘いショートケーキは……さて、もともとはだれ?
「動けなくなったら困るものね?」
 手足は甘い砂糖菓子。ケーキの上に乗ったご褒美の人形みたいに、繊細できれいで、歯で崩せそうだった。お互いの洋服を取り替える気軽さで、お互いを交換する。
「混ざり合って一つになるのよ」
 この世界でならきっと。
 この世界でならきっと、彼女が。たとえ世界の敵であっても関係ない。
 魔種とだって、誰もがきっと仲良く出来る。
「壊れる時も一緒がいいわ」
 手と手を繋いで倒れて、少しばかりのまどろみに身を任せる。

●暗いところ
 然音は暗闇の中で身を潜める。キャンディの包み紙が散らばっている。
 無番街。ここでは、だれもが美味しい菓子を狙っている。
(アウトロー達の立ち話の中にあの白いウサギの話があればいいのですが…)
 ビスケットの建物にそっと耳を当てた。噂話が聞こえてくる……。
「兵士がのされたらしいってね。でも、菓子の飾り一つもとられなかったって――」
(材質が菓子なせいかよく聞こえますね……。これセキュリティとか大丈夫なのでしょうか……)
 女王が誕生するとか、しないとか。その女王はやってくる者たちの中にいるとか、そういう話をしている。
 新たなものの気配を察し、屋根の上に登る。然音が物音を立てることはない。
 とはいえ、然音が案じているのはむしろ住人のほうだった。
(バレたらバレたで軽く無力化すればいいだけの話ですし……)
 喧噪が聞こえる。
――ルブラットだ。

 ルブラットは思考する。立ち止まることなく考える。
 この世界は現状危険ではない。けれども登場人物がすっかりいなくなってしまえば、元に戻れるとは限らない。
(脱出する方法を模索するしかあるまいな)
 ここは名前のないものたちの巣窟。やってきたルブラッドに向ける目は畏怖と恐れだ。
(このような場所には貧しい人々が絶えない。哀しいことにね)
 夢の世界にだって、こういった場所はある――現実から派生している様子である以上、そうだ。
(だが、私は無理やり彼らの体を切り刻んだりはしない)
 押さえる。狂おしい衝動を。壊したい。食い荒らしたいとでもいうべきか――。違う、今ではない。少なくとも……。
 ルブラットは幾ばくかの金銭――チョコレート・コインをちらつかせる。
「貴方は人体に於ける四体液と四大元素の対応関係についてご存知だろうか当地に於いては臓器が菓子に置き換えられる現象が発生しているようだが」
 ルブラットの声は、穏やかで、それなのに狂気に満ちている。揺らぐ満月のように、けれども真摯で、無視できない真剣があった。鋭いメスのような……。
「私の推測が正しければ各器官が司る体液の属性と食べ物の属性は一致を見せる筈なのだもしも推測が正しいと判明し各器官ごとの性質を詳細に記録できたならば医学の発展の一助になることは間違いなくそれに加えて人体に符号する星々の……」
 演説ともつかぬ語り口、ざわざわと寄ってくるものがいる。
「つまり、道半ばで死する者も減るというわけだ。協力してくれるだろうか?」
 センセイ、と泣き叫んでやってきたのは一つのシュークリームだった。自分の中身が分からない、と。
 ……。
 やってくるお菓子を、すべて、すべて解体してしまった。
(致し方ない。己の体を解剖しよう)
 溜息をついて、メスを持つ。
(……いや、そちらの方が楽かな?)
 なぜルブラットは今まで気づかなかったのだろう。
「痛みが無いなら刃物を持つ手が震えなくて済むな」
 ふ、と微笑むルブラットは、新たなる探求のためにメスを入れる。
 ……。
 倒れているルブラットに然音が声をかけようとすると、ルブラットは問題なく立ち上がった。
「ガレット・デ・ロワ。陶器のかけら、フェーブが入っていた」
 ルブラットが言った。
「何か望みが叶うかもしれないな」

●目覚めるとき
「あぁ、あぁ。でも、そろそろウサギを追いかけないといけないのよね」
 フルールは眠そうな目をこすりながら、ゆっくりと身を起こす。泣いているのだろうか。素敵な夢、だったような気がする。
「白糖ウサギを追いかけましょう。
優しい夢より残酷な現実を私は望むわ。
例え世界が憎くても、愛すると私は決めたのだもの。
例え願いが叶わなくとも」
「そうよね。夢の世界だけど、だからこそ私達は起きないと。インパーチェンスおねーさんもそろそろ覚めないと、ですよね。
現実に帰ったら、会いましょう? ルミエールおねーさんとも一緒に」
 ルミエールのつれた狼が獲物を予感してか牙を鳴らす。
「ねぇ、私の可愛いルクス。ウサギは貴方の好物だったわね?
お菓子のお城に、首を刎ねに行きましょうか」
「うふふ……いってらっしゃい♪」
 寝たままの、インパーチェンスが笑った。
「でも、たどり着けるかしら」
「っと、ソイツは少しばかり凶悪すぎる」
 武器商人の影に飲まれて、モノガタリの凶暴な『何か』はインクの染みに追いやられる。
 灰から灰へ。この世界は穏やかなお菓子たちだけの世界……。
「問おう、白糖ウサギ。いつが暗い? ああ、そう『夜明け前が一番暗い』」
 行間の奥底に消える、困難。ないはずのもの。
「それじゃあ、続きをはじめよう。そろそろあのコたちも帰ってくる、キヒヒ」

●再話
 これからコンテストが行われる。
……ということでほとんどのイレギュラーズたちは一番街に戻ってきていた。
「単純にウサギを捕まえれば出れるのでしょうか……、それとも何かしらの条件が?
ともかく行動してみないことには何も始まらないですね……」
 然音の言葉に、一同は頷いた。
「ウサギもそうだが、菓子の城なんて滅多にない。中がどうなってんのか楽しみだ」
「それにしても、立派なお城ですねぇ、甘い匂いがしなかったらお菓子だとは思えないかもしれません」
 クウハは菓子にはうるさい。そのクウハが褒めるのだから相当だと鏡禍は思った。
「大きい城ですね……」
 然音は城を見上げる。窓は飴細工、開かなさそうだ。……潜入は容易ではないかもしれない。
 白いウサギは、女王を探している。……然音によると、そろそろ決まるらしいのだった。
 そうだそうだ、と兵士たちががなる。
「はぁ、女王ですか、僕もクウハさんも違いますし知り合いに逸材はいますけどお菓子ではないですよ、すみません」
「なあ、ほんとうるせーな」
 クウハは、漆黒の大鎌を構える。
「あ、でもクウハさんはちょっと女王の素質ありそうですよね」
「は?? 女王?? よく見ろ、俺は男だぞ」
「なんていうか、『その者の首を刎ねよ』って感じで」
「鏡禍、よく考えろ。俺なら命じる前に首刎ねてる」
「あぁそうか、普通女王様は命令するだけでしたっけ、すっかり忘れてました」
「普通の王の方になら、なってやらんでもねェけどよ」
 と、クウハがいうもので、鏡禍はクウハの治める国を想像してみたりした。
「コンテストは無事に行われてるんですかね?」
 優勝候補の三番街の者たちがいないため、不公平だとかもめているようだった。
 と、そこへ。
……史之に連れられて、少しずつ三番街の者たちがやってくる。
「みんなとってもきれいだよ。すてきな人が見つかるといいね」
「なんだそりゃ……」
「よかった。世界で一番のお菓子がどんなのか見て見たくて。優勝できるといいですね」

●パテシェール曰く、菓子は食べるもの
「コンテストとやらはよく分からないが、人体で一番美味しそうな部位ならば事前に研究してある」
 あめ玉のような目。ルブラットは言った。そして、これが選ばれしものの材料だ。フェーブを渡す。史之は小さく礼を言った。
 この不可思議なコンテストに出てみることにしたのだ。
「これはね、」
――先に行くに連れて墨染になっていく銀髪の小さな愛くるしいお顔。
――「しーちゃん」と呼んでくれるかわいいお口。
――華奢な手足と忘れちゃいけない赤いアンテナ。
 好きだ。口づけてしまいたいほど。
「どうですか、俺の自慢の妻を模したお菓子です」
 白ウサギは溜息をついて、近寄ってくる。
「女王様、どうですか、どの菓子が――」
「俺様じゃねェって――」
「「つかまえた」」
 もういいかい。
 ウサギを追いかけてきた少女たちが白ウサギを捕まえる。
「女王様、お待ちになってください」
「つーか、菓子なんて結局は食う為に作られるもんだろ。
壊れる壊されるは最初から決まってることなんだよ」
 クウハはふっと笑った。
「まあ、それは俺ら基準の話かもしれんが。
そうでなくても、手足もげようと死ぬ訳でもないんだろ?
治しゃいいだけの話じゃねーか」
「それは……」
「……。で、喰われないのか。やっぱつまんねーな。なら、それだけの菓子ってことだ」
 白ウサギはどんどん溶けていく。目覚めが近いのがわかる。
 然音はほっと胸をなで下ろす。
「夢の世界とはいえ稀な体験でした…。でも当分は菓子はご遠慮願いたいですね……」
「……そういや、他人に体食われた経験は今までないな
どうせだし、記念に食われてみるのもいいかもしれん
試してみる気ねェか?」
「え、クウハさんを食べるんですか?」
 鏡禍はぱちりとまたたいた。
「うーん、気にならないと言ったら嘘なんですけど、だったらお互い食べるというのは……嫌、ですか?」
「逆は例え夢だとしても、オマエさん食うのは、なんかなあ?」
「……」
「そりゃ確かにおいしくなさそうかもしれませんけど……筋肉も全然ないですし
もしかしなくても僕ってお菓子になっても中途半端なのでは……」
 鏡禍はぶつぶつとつぶやいている。
「いや、そういうんじゃねぇよ。不味そうとかじゃなくてな
後味悪そうなんだわ、別の意味で」
「後味……」
 どうやったら美味しくなるものだろうかと、少し考える。
「菓子は食うもんだろ」
(そう、食べたらなくなってしまうけれど)
 甘い甘い夢も、これっきりの話だ。
「作ったお菓子は
いただきます」
 本物は食べたらなくなるから。
(ここでなら夢の中だから好きにして良いよね)
 おいしそうだなあなんていつも思ってることは、内に秘めて……。

成否

成功

MVP

クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

状態異常

なし

あとがき

夢から覚めて、現実の世界へ。
お疲れ様でした!
ごえんがありましたら、また一緒にまどろんでください。

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