PandoraPartyProject

シナリオ詳細

月を食む。或いは、人を喰らって死ねよとて…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●月の綺麗な夜でした
 練達。
 とある小さな都市、その郊外の廃倉庫。
 辺りは林に囲まれており、人の目からも外れた場所だ。
 悪だくみには持ってこいというロケーション。当然、夜も深い時間にそんな場所へ集まる者が“まとも”であるはずもない。
 集まっているのは、一見すれば身なりの良い男女たちだ。
 否、集まっていた……と、言った方がいいだろうか。
 ぬちゃり、と粘ついた水音が響く。
 ずる、と何かを引き摺る音が聞こえた。
「あぁ、まったく。いい趣味してんな。こりゃ、攫って来た女子供か?」
 倉庫の内部は絢爛だ。
 天井にはシャンデリア。革張りのソファーに、銀の燭台。いくつも並んだテーブルには酒や料理が乗っている。
 晩餐会の光景だ。
 中央にあるひと際大きなテーブルには、肉の塊が乗っている。滴る血が床を汚し、零れた臓物が散らばっていた。
 周囲にはメスや鋸、斧といった器具もある。
 ここで行われていたのは、ある貴族が主催するひと際悪趣味で、凄惨極まる晩餐会だ。
 先に耀 英司 (p3p009524)が言ったとおり、メインディッシュは攫われて来た女性や子供。薬で意識を保たせたまま、自分の体が解体されていく光景を見せるのだ。
 当然、痛みはある。
 自分の体が解体される様子を見せつけられれば、当然に悲鳴も上げるだろう。
 酒と料理の肴として、それほど上等なものはない。
 なんて……ここに集う畜生どもは本気でそう思っていたのだ。
「お料理は美味しいのにね。品性下劣なこの人たちには過ぎたものだよ」
 テーブルにあった骨付きチキンを手に取って、リコリス・ウォルハント・ローア (p3p009236)はそれを口に放り込む。
 鋭い牙が肉を食いちぎり、咀嚼して、飲み込む。
 上質な肉だ。
 味付けもいい。
 血と臓物の臭いが充満したその場所で、食事を楽しめる精神性は理解できないが、美味しいと頬を緩めているので……まぁ、味も分かっているのだろう。
「品性下劣ってのは同感だけどな。問題は“メインディッシュ”をどっから仕入れていたかってことだ」
「生き残ってる人に聞けば分かるんじゃない?」
「リコリスが頭撃ち抜いたんで、だぁれも生き残っちゃいねぇよ。見ろよ、こいつなんか顔面弾けて、下顎しか残ってねぇぞ?」
「そうだよね。この人なんて首からすっぱり斬られてて、頭がどっかに行っちゃってるもの」
 因果応報。
 悪因悪果。
 人を殺めて楽しんでいたのだ。
 いずれは自分も、凄惨極まる死を迎えたとてなんの不思議があるだろう。
「でも、ボクたちが仕入れルートまで調べる必要ってあるのかな? 偶然、近くを通りかかって血の臭いを辿って来ただけの通りすがりだよ?」
 そう言ってリコリスは、魚のフライを口へと放り込んだ。
 返り血がかかっていたが、気にはしていないようだ。
「仕入れルートを調べる必要はねぇとは思うが……忘れなよ、これ?」
 ほら、と首を指さして英司は告げる。
 英司の首には、無骨なデザインの輪が嵌められていた。
 そして、リコリスの首にも同じものがある。
「そう言えばこれ、何だろう? いつの間にか付けられてたよね?」
「いつの間にか、な。つまり、戦闘中とはいえ俺らに気付かれないうちに接近して、首にこいつを嵌めた奴がいたってことだ」
 そして、その何者かはおそらく相当な手練れだろう。
 床に散らばる貴族の中にそれらしい者はいない。ここから既に逃げ出しているということだ。
「……逃げたってことは貴族の護衛や供回りじゃないだろうな」
 しかし、その場にいたということは狂宴の関係者である。
 おそらくは、倉庫の管理と、メインディッシュの仕入れを担っていた者だ。
「これ、少し火薬の匂いがするね」
「爆弾とかか? 起爆されりゃ、首から上が吹っ飛ぶな」
 やれやれと。
 窓の外へ目を向けて、英司は深いため息を零す。
「月の綺麗な夜だな。こいつらにとっても、俺らにとっても、散々な夜になっちまったが」
 
●いつか見た花
 夜道を1人の男が走る。
 背の低い、痩せた男だ。
 顔に走る幾つもの傷と、淀んだ鋭い眼光。身のこなしは素早く、動作は機敏だ。
 影から影へと、飛ぶようにして走り回るその男の名は“仕入れ屋”ローニン。
 練達を中心に、人身売買を行う犯罪者である。

 時間はしばらく巻き戻る。
「何をしてきたかは知らないっすけど、2人ともめちゃくちゃ血生臭いっすよ?」
 わざとらしく鼻をつまんでイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)はそう言った。
 郊外倉庫の1件の後、リコリスと英司はその足でイフタフにコンタクトを取った。
 倉庫で行われていた狂宴と、爆弾首輪について相談するためだ。
 狂宴の方は、ローレットがいいように処理してくれるだろう。そもそもが、人攫いに人身売買、殺人に手を染めていた連中だ。
 亡くなったところで、因果応報というものである。
 しかし、リコリスと英司の首に嵌められた爆弾に関しては、放置しておくわけにもいかない。
「あー……2人に気付かれずに首輪を? 郊外の倉庫で? あの倉庫は確か……ってことは“仕入れ屋”ローニンっすかね? 顔面傷だらけの小男ですけど、仕留めた中にそんな風貌の奴、いませんでした?」
 イフタフの問いに、リコリスと英司は顔を見合わす。
「いや、そういう奴はいなかったな」
「見てないよ。やっつけたのは貴族っぽい人だけ」
「じゃあ、ローニンを探すのがいいっすね。でも、気を付けてください。あいつは爆弾で人を吹っ飛ばすのが好きっていう、生粋の爆弾魔っすから」
 そう言ってイフタフは、くっくと肩を震わせる。

 数日後。
 雲の厚い夜のこと。
 都市の地下にある隠れ家で、ローニンは鞄に荷を詰めていた。
 札束、顧客リスト、携行品の火薬に爆弾、少量の食糧。大きな荷物や爆弾の類は既に運送の手配を済ませている。
 数日前、倉庫の狂宴が襲撃を受けた直後から、ローニンは練達を脱出する算段を整えていた。
 計画もいよいよ大詰め。
 後は夜のうちに都市を抜け出し、逃がし屋と合流するだけだ。
 と、その時だ。
 ローニンの懐で、携帯端末がアラートを鳴らす。
「ちっ……何だ?」
 隠れ家の周囲に仕掛けてあった監視カメラを起動する。
 映ったのは、マスクを被った長身の男と、赤いフードの少女であった。
 その首には、ローニンが仕掛けた首輪爆弾が嵌っている。
「……勘のいい。いや、誰かから俺の情報を買ったか?」
 ローニンの仕掛けた首輪には、発信機が仕掛けられている。首輪を仕掛けられた者が、ローニンの周辺100メートル以内に近づいたなら、携帯端末がアラートを鳴らすのだ。
「爆弾はあるが……ここでやり合うわけにはいかんな。崩落すれば生き埋めだ」
 ローニンは暫く思案する。
 2人の首輪を起爆させて逃げ出すか、それともまずは地下から抜けるか。
「首輪を起爆させるためには、対象が50メートル以内の距離にいる必要がある……地下じゃ対象との距離が測りづらいし、近くで爆発させれば崩落に巻き込まれる危険性が高くなる。あぁ【紅焔】と【ブレイク】もか……【必殺】の威力を誇る一級品だが、こういう時には不便だな」
 思案の時間はごく僅か。
 ローニンは鞄を背負うと、非常扉へ駆け込んだ。

 影から影へ。
 夜を駆ける。
 今、自分がどこを逃げているのかさえも分からない。
 どらだけの時間、逃げ続けていただろう。
 さっきから、懐に忍ばせた携帯端末はずっとアラートを響かせている。
「くそ、まただ……まだ追ってきやがる」
 路地の影から通りを眺め、ローニンは顔を歪ませる。
 通りの真ん中に、マスクを被った怪人が立っていたからだ。
「……いつまで追って来るつもりだ? あぁ?」
 周囲を見回す。
 ローニンの行く先に、必ずマスクの男がいるのだ。
 どこまで行っても追って来る。
 どこへ逃げても付いて来る。
 あの夜もそうだった。
 マスクの男と、赤いコートの少女の2人は、いつの間にかそこにいた。
 無言のまま倉庫へ立ち入って、まずは1人を斬り殺した。
 次に、悲鳴をあげる女の頭を撃ち抜いて……。
 そこから先は殺戮だ。
 斬って、撃って、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺し尽くした。
 そんな中、ローニンはどうにか2人の首に爆弾を嵌めて逃げ出した。
 その方がいいと本能的に感じたからだ。
 ローニンの勘は当たっていた。2人が自分を追っていると、見つかる前に知れたから。
 しかし、今となってはそんなことはどうでもいい。
「俺も殺そうってか? 不気味な奴らだ……まるで死神か何かみたいだぜ」
 行く先を予知されているのか? 否、そうではない。何かしらの種があるはずだ。
「……あいつか?」
 視線をあげる。
 建物の屋根の上。
 白い月を背に、こちらを見やる赤いコートの少女が1人。
 紅い目がローニンを向いている。
 少女が構えたライフル銃に、月の光が反射する。
「……くそったれ」
 ローニンは右腕に手を伸ばす。
 手の甲に装着した装置には、幾つものボタンが並んでいた。そのうち幾つかをタッチして……数秒後、少女の建っていた建物で大きな爆発が起こる。
 轟音、衝撃、爆炎があがり少女は屋根から落下した。
 どこかで誰かの悲鳴が聞こえる。
「あぁ、1つ使っちまった」
 爆発させたのは、街の住人に仕掛けていた爆弾だ。
 この街には、ローニンの爆弾を仕掛けられている者が一定の数、存在している。
 仕事を受ける代価として、或いは何らかの脅迫の末に、彼らの命はローニンの手に握られているのである。
 そのうち1つを、たった今、爆発させた。
「今の内にあの2人を爆発……いや、逃げるのが先だ」
 数十メートルほどマスクの男へ近づけば、首に仕掛けた爆弾を起爆させることが出来る。
 だが、それにはリスクが伴う。
 ローニンはそもそも、近接戦闘が得意では無いのだ。逃げ足には自信があるが、格闘戦はからっきし。できることと言えば、爆弾の調合ぐらいのものだ。
 一方、マスクの男は刀を所有している。
 近づけば斬られるかもしれない。
「くそ……首輪付きどもを使うしかねぇか」
 命あっての物種だ。
 自分も、他人も……命のためなら何だってやる。
 命を食い物にしていた貴族どもとて、死の間際には命乞いをしていたじゃないか。
「決行には数日時間がかかる……数日後だ。あぁ、くそ……逃げたいだけなのに、何だってこんなことになるかな」
 だが、これは僥倖だ。
 きっと二度と、自分はこの街に戻れない。
 ならば、立ち去る前に祭りの1つも起こせるのなら結構だ。
「いいだろう。盛大な花火をあげてやらぁ」

GMコメント

●ミッション
“仕入れ屋”ローニンの殺害
 
●ターゲット
・“仕入れ屋”ローニン
細身、小柄な犯罪者。
顔面には幾つもの傷が残っている。
両腕に仕込んだ操作盤で、半径50メートル以内の爆弾を起爆させる能力を持つ。
爆弾の威力は高く、範囲内に大ダメージと【紅焔】【ブレイク】【必殺】を与える。
爆弾は3種類。首輪型と設置型、手榴弾型である。
また、100メートル以内に首輪付きが近づいた場合、携帯端末を通して接近を感知することができる。

都市において、各種犯罪に手を染めていたこともあり、悪い奴とはだいたい知り合い。
悪くない奴ともだいたい知り合いだが、彼の隠れ家を知る者には“首輪爆弾”が仕掛けられている。

・首輪付き
首輪爆弾を仕掛けられている人たち。
犯罪者、一般人を問わず多数。
命を握られていることもあり、ローニンの命令には従順である。
剣や銃などで武装しているが、戦闘能力は低い。

●フィールド
練達。
とある都市。
月の明るい夜のこと。
街の構造に大きな特徴は無い。強いて言えば、地下水道や地下電線などが普及しているためか、地下道が多いことぐらい。
ローニンの隠れ家の1つは地下にあった。
当日、ローニンは混乱に乗じて街からの脱出を計画している。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 月を食む。或いは、人を喰らって死ねよとて…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年07月15日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)
花でいっぱいの
※参加確定済み※
耀 英司(p3p009524)
諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°
※参加確定済み※
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
ミリアム・リリーホワイト(p3p009882)
白い影
シャールカーニ・レーカ(p3p010392)
緋夜の魔竜

リプレイ

●首輪爆弾
 1人、2人と夜の通りに人が行く。
 涼しい夜だ。
 夜の散歩には丁度いい。
 しかし、道行く老若男女は誰もが顔を強張らせ、今にも泣きだしそうな顔で通りの影や、路地の奥を覗き込む。
 茂みを掻き分け、民家の窓へ視線を向けて、誰かを探しているのだろう。
「採掘事業でも目論んでたって位の量だな」
「騒ぎに便乗し逃げるのが目的ならば、地上の各所に爆弾を仕掛けるというのもありえそうですが……」
 排水溝から顔を覗かせ『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)と『厄斬奉演』蓮杖 綾姫(p3p008658)が通りを眺めた。
 視線を交わして、2人は静かに地下へと潜る。
 それから、地下へと続く扉を閉めて、内側から鍵をかける。

 “仕入れ屋”ローニン。
 今回、イレギュラーズが追いかけている犯罪者の名前である。
 罪状は人身売買。
 得物は爆弾。
 表の通りでイレギュラーズを捜索している人々は、ローニンによって首に爆弾を仕掛けられた者たちだ。
 自分たちの命を対価に、服従を強いられているのである。
 戦闘能力に長けるわけでもなく、感知能力が高いわけでもない。
「首輪を爆弾にして吹き飛ばすのが趣味とは、訳が分からない人間も居たものだな。それだけの力、覇竜で竜の討伐に使って貰えれば人の助けにもなるというのに……」
「気付かない内に首に爆弾を付けるあたり、中々の手練のようですが……裏を返せば、直接の戦闘は恐らく苦手としているのでは?」
「あぁ、それでは戦力として期待できないか」
「そもそも、品性下劣な罪人ですからね」
 路地の影に身を潜め『緋夜の魔竜』シャールカーニ・レーカ(p3p010392)と『麗しきカワセミの君』チェレンチィ(p3p008318)は言葉を交わした。
 2人の前を数人の人が通り過ぎるが、誰もチェレンチィやレーカの存在に気付かない。2人の姿や気配を察知できていないのだ。
 チェレンチィは手にした地図に印を書き込み、路地の奥へ視線を向ける。
 次の目的地へ向けて、2人は静かに移動を開始するのであった。

 どんな街にも“暗部”というものはある。
 例えば、街の役人が汚職や殺人に手を染めていた。
 例えば、街の治安維持に犯罪組織が手を貸している。
 例えば、街の端に孤児や浮浪者を集めた区画が存在している。
 この日『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)と『白い影』ミリアム・リリーホワイト(p3p009882)が訪れていたのも、そんな所謂“街の暗部”と呼ばれる場所だ。
 外から見れば単なる宿屋。
 しかし、その最上階には犯罪組織の拠点があった。ローニン捜索の過程で、ミリアムが当たりを付けていた違法薬物の販売組織だ。
「ローニン君という人物を知っているかな?」
 応接室のソファーに腰かけ、ルブラットはそう告げる。
 烏のマスクに覆われており分かりづらいが、その視線は壁際に控えた構成員の1人を向いているようだ。
「知らないと言うことは無いだろう? 彼が先日、倉庫でヘマをして表から追われているのもご存知かね?」
 顎に手を当て、ルブラットは問う。
 対面に座った痩身の男は、はぁ、とわざとらしいため息を零した。
「当然、知ってますよ。うちの組にも何人か、借金のカタに爆弾を仕掛けられた者がいます。今、街から逃げようとしているというのもね」
「あぁ、その通り。表で捕まってベラベラと我々の情報を漏らされる前に、私の手で処分しなければならない。彼の居場所、もしくは隠れ家の場所について教えてくれないかな?」
 ふむ、と。
 男は顎を撫でて思案する。
 それから、視線をミリアムへと移して、彼女の首に嵌った首輪を指さした。
 それは、ローニンが扱う首輪爆弾だ。
「お互いに部下の命がかかっています。ローニンが捕まえろと言っていた黒マスクの男と赤マントの少女を探して、突き出す方が無難では?」
 突き出す、と。
 そう言う辺り、ローニンの隠れ家に心当たりがあるのだろう。
 首輪へ触れたミリアムは、にぃと口角を吊り上げ笑う。
「指示を守れば爆破されないって? でも、先日あれはその前提を破ってたよね?」
「……やはり、あれは使い捨てられたんですね」
「彼は今や追い詰められ、最早なりふり構わず爆破している」
「……ふむ」
 再び、男は顎に手を当てる。
 部下の命を守るためには、どう動くのが得策か……思案する彼を、ルブラットは黙って見つめている。

 空には白くて丸い月。
 遠くで聞こえる、誰かの足音。
 夜空に響く、犬の遠吠え。
 地下へと続く鉄の扉を蹴り上げて『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)は首輪に触れた。
「首輪は付けてリードはなし。こいつぁ飼い主失格だ。なぁ、そうだろ。リコリス?」
「そうだね。取って食われるという自然の摂理を教えてあげよう……行こう、英司さん」
 月の綺麗な夜だった。
 2人がいるのは街の外れだ。
 白い月が、苔むした墓石を明るく照らす。
 街では今頃“追い込み猟”が始まったころか。
 ゆっくりと。
 2人は地下へと降りていく。

●仕入れ屋のやり方
 爆音。
 地面が揺れて、ぱらぱらと天井から埃が零れる。
 誰かが設置型の爆弾を踏んだのだ。
「来たか」
 地下道のどこか。
 3メートル四方程度の小さな部屋で、ローニンがぼやく。
 部屋にあるのは、ごく粗末なベッドと小さなテーブル、それからカンテラと木箱だけ。ローニンが幾つも所有している隠れ家の1つだ。
「爆音がしたのは、西の方だな……追いつかれる前に、東の方から逃げ出すか」
 長く住んだ街だが、哀愁を抱くこともない。
 鼠のように地下で這いまわりながら生きていた犯罪者だ。良い思い出なんてものはほとんど無い。
 溜め息を1つ。
 ベッドから腰をあげたローニンは、そこでピタリと動きを止めた。
 胸に仕舞った端末が、けたたましくアラートを響かせたのだ。
「首輪付きの誰かが近づいてきたのか? いや、街の連中には地下へ入って来るなと言ったはずだ」
 となれば、以前に遭遇した黒いマスクの男と、赤いマントの少女だろう。
 ある程度まで近づけば、首輪を起爆することが出来る。だが、迂闊に地下で爆発させれば天井の崩落を招きかねない。
「ちっ……いつまでも地下をうろついてろよ」
 舌打ちを零して、ローニンは荷物を持ち上げる。
 それから扉を蹴り開けて、隠れ家から地下通路へと飛び出した。

 いつまでもアラートが鳴りやまない。
 時折、背後で足音がする。
「くそ……ここも閉じられてる」
 地上へ繋がる隠し扉が塞がれている。
 これで既に3つ目だ。
 背後を見やれば、通路の影に赤いマントの少女が見えた。
 影から滲みだすように、壁をすり抜け現れたのだ。
 その手にはライフルを握っている。
 フードに隠され目元は窺えないものの、おそらくローニンに気付いているだろう。
「怪異や都市伝説は“人に認識されてこそ恐ろしい”って、お師匠が言ってた」
 ポツリと。
 少女の声が耳朶を擽る。
「言ってろよ」
 悪態を吐いて、踵を返して逃げ出した。

「ふざけるなよ……何だって俺が、追い詰められなきゃならねぇんだよ」
 カンテラの灯で壁を照らしたローニンは、苛立ち紛れに地面を蹴った。
 壁にはローニンを嘲る言葉が刻み込まれている。
 鋭い刃で刻んだ言葉だ。近くには、真っ二つに切断された煉瓦が転がっている。
 これほどの切れ味があれば、ローニンの手や首などは一撃で落とされるだろう。
「近づけねぇくせに、何のつもりで俺を追いかけて来てるんだ」
 胸に隠した端末が震える。
 アラートはいつまでも鳴りやまない。
 視線を左右へ巡られせれば、右の通路の遥か彼方に黒いマスクの男が見えた。
「グンナイベイビー。おいたが過ぎたな?」
 声を張り上げ、英司は言った。
 地下通路に声が響く。
 ローニンは腕に付けた操作盤に手を触れるが、英司との距離は遠すぎる。
 射程外だ。
 背後には赤いマントの少女。
 右の通路には黒いマスクの男。
 逃げ道は、左の通路だけ……操作盤から手を離し、ローニンは2人から逃げ出した。

 巨躯の狼に騎乗して、マカライトが地下通路を疾駆する。
 英司が壁に付けた傷を道しるべとして、ローニンの後を追っているのだ。
「首輪に爆弾仕込んで備えとはなぁ、奴さん人間を飼い犬か何かと思ってらっしゃるのか?」
 そう呟いて、地下へと踏み入る際に踏んだ爆弾の威力を思い出す。
 煌々とした赤い炎と衝撃が、夜闇に花を咲かせるように爆ぜたのだ。一瞬で辺りを炎で包み、石の壁を黒に焦がした。
 首輪爆弾と設置型の爆弾では、当然に威力も異なるだろう。
 しかし、人を殺すには、人の首を爆ぜさせるには十分な威力であるはずだ。
「っと、あまりモタモタしている時間は無いか。開戦までに追いつかないとな」
 そう言って。
 マカライトは、騎獣の速度を一段上げた。

 地上へ続く扉の前に、10人ほどが集まっている。
 男も女も老人もいた。
 全員が首輪付きの爆弾を付けた者たちだ。
 英司とリコリスが地下へと向かったという話を、きっとどこかから知ったのだろう。
 綾姫は、機械の剣を片手に下げて首輪付きたちの背後へ近づく。
「黒いマスクの男性と、赤いマントの少女を探しているのでしょう? その2人なら地上に網を張ってますよ」
 首輪付きたちが囲んでいるのは、封鎖していない扉だ。
 このまま彼らが地下へと向かうことがあれば、英司やリコリスの邪魔になる。首輪付きたちを追い払うための嘘だったのだが、彼らは訝し気な表情を浮かべるばかりである。
「何者だ? わしは確かに、その2人が地下へ潜っていったのを見たぞ? 嘘を吐いてどうなる?」
「……まぁ、そこにいられると都合が良くないものでして。どこかへ行ってもらえませんか? 邪魔をしなければ今この場で命は取りません」
 剣を構えて綾姫は告げた。
 立ち去らぬのなら斬り捨てる。
 そんな意図を首輪付きたちは正しく理解したのだろう。
「……行くも地獄、退くも地獄か」
 なんて。
 溜め息を零して、首輪付きたちはその場を離れた。

 鉄の扉を蹴り上げて、ルブラットが地下へと潜る。
「さて、彼はどんな最期を見せてくれるだろうか?」
 封鎖されていない入り口は僅か。
 ルブラットが下りていくのは、そのうちの1つだ。
「命乞いをしてくれても構わないし、己の殺人術の再演かのように呆気ない最期でも構わない。勿論潔い死に様でもね」
 楽しみだな、と肩を揺らしてルブラットはカンテラに火を入れた。
 決着の時は近い。
 リコリスと英司を探し回っていた首輪付きたちの何割かは、既にイレギュラーズが掌握している。ミリアムの説得を受けた犯罪組織の者たちが、ローニンの蛮行を喧伝してまわったのである。
 現在、ローニンにそれと気付かれぬように、首輪付きたちは街の各所へ散らばっている。空の上からその様子を見れば、きっと円か輪のようだと感じるだろう。
「嵌められたのなら、嵌め返せ。それも何十人規模の大きな首輪でね?」
 こうなってしまえば、ローニンの持つアラートはもはや役に立たない。
 地下のどこにいても、アラートが鳴りやむことは無いだろう。
「この街で、ローニンが安らかな時を過ごせる場所はもうないよ。ふふ……」
 そう言ってミリアムも、ローニンの追い込みに加わった。
 もしもこの街で、ローニンが安堵できる場所があるとすれば。
 それは墓穴の底だろう。

 追い込まれた。
 ローニンだって馬鹿じゃない。
 自分が獲物の側に回っている自覚はあった。
 だが、だからと言ってどうすることも出来なかった。
 アラートに怯え、人の影に追い立てられて、やっとのことで地上へ続く扉を見つけた。
 これ見よがしに、扉は開け放たれている。
「罠だってのは分かるんだが」
 扉から夜空を見上げ、溜め息を零した。
 白くて丸い月が見える。
 差し込む光が、地下空間を白く照らした。
「次に隠れ家を作る時は地上にしとこう。鼠みたいな生活は御免だ。やっぱ人間は、お天道様の下で生きて、死ぬのが……あ?」
 ドクン、と。
 心臓が大きく跳ねた。
 月明かりの照らす中で、ほんの一角だけが黒い。
 まるで、影を塗り固めたかのようで……。
「ちっ」
 舌打ちを零して、懐から手榴弾を取り出した。
 影の濃い位置へと向けて、ノーモーションでそれを投げる。
 ピンが外れ、爆弾が爆ぜた。
 衝撃に備え、ローニンは耳を両手で塞ぐ。
 爆風に押され、ローニンの体が後ろへ倒れた。
 刹那、ローニンの鼻先をナイフが抉った。熱と痛みに次いで鮮血が飛び散る。
 幸運だ。
「……両腕を斬り落とせたら満点。操作出来ないよう手を斬り付けられたら及第点」
 小柄な女だ。
 暗殺者の類だろうか。ひどく冷たい目をしている。
 チェレンチィは、ローニンの腕を狙っていたのだろう。首輪爆弾の操作盤を斬り落とすつもりか。
 ローニンが初撃を避けられたのは偶然だ。
「もう1人……そっちか!」
 両手に掴んだ手榴弾を、前方と右方向へ同時に放った。
 爆弾を避けてチェレンチィが後ろへ下がる。
 地面に落ちた爆弾が爆ぜる。
「ぬっ……おぉっ!」
 紅い髪の女が、爆炎と衝撃に飲まれた。
 衝撃に女の体と衣服が破れる。
 だが、炎が女の身を焼くことは無かった。
 純粋な“人間”ではないと、ローニンの直観が女……レーカの正体を看破する。
 だからと言って、何が出来ると言うわけでも無いが。
「無抵抗の民衆を甚振るのが趣味とは品性を疑うな。ここはひとつ、私と遊んでいくつもりはないか?」
「お断りだよ!」
 手榴弾を床へ転がすと同時に、ローニンは懐から首輪爆弾を取り出した。

●鼠の死に場所
 腕っぷしの弱さは生まれついてのものである。
 背は低く、筋肉の付きにくい体質に、何度泣かされたことだろう。
 人より秀でた点と言えば、優れた反射神経と器用な手先程度のものか。無い物ねだりをしても仕方ないと、いつからかローニンは“限られた手札”で世を渡り歩く術を磨くことに心血を注いだ。
 そうして辿り着いたのが、爆弾の調合と、仕入れ屋という職業だ。
「畜生め。ただでやられてなるものかよ!」
 手榴弾を爆発させて、チェレンチィを吹き飛ばす。
 首輪爆弾を、レーカの手足に取りつけた。
 度重なる爆破によって、ローニンの全身は火傷だらけだ。
 乾いた目からは涙が溢れ、耳からは血が零れていた。
 熱のせいで、思考が鈍る。
 今のローニンを突き動かすのは、生きたいと言う執念だけだ。
 手首に仕掛けた操作盤を指で叩いて、レーカの手足に付けた爆弾を爆ぜさせた。飛び散る鮮血と肉片を浴びながら、ローニンは外へ向かって走る。
 直後、背中に走る激痛。
 チェレンチィのナイフが背中に突き立ったのだ。
 否……背中だけでない。
 脚や腕にも、針のような暗器が突き刺さっている。
 見れば、いつの間にか暗がりに男が佇んでいた。鳥に似たマスクを被った怪しい男だ。ここ最近、つくづく不審者と縁がある。
「追い込まれたのは自覚してるよ」
 だからと言って、生きることを諦めたわけではない。
 この場にいるのは3人か。
 或いは、もっと隠れているかもしれない。
「やっぱ追って来やがったか。誰だ、ありゃ?」
 通路の奥から走って来るのは、騎獣に乗った男と、機械の剣を手にした女。
 マカライトと綾姫だ。
 チェレンチィやルブラット、レーカを牽制しながらローニンは通路へ手榴弾を投擲。
 出口はすぐそこなのだ。
 天井の崩落も気にする必要はないはずだ。
 爆炎が通路を紅蓮に染めた。
 2人はこれで焼け死んだだろうか? それとも、爆炎を逃れたか?
 人の爆ぜる瞬間を見られなかったことが悔やまれる。
 苦痛と恐怖に歪んだ2人の表情を想像し、思わず口元に笑みが浮かんだ。
 ザクリ、と。
 肉を断つ音がしたのは、その直後。
「失礼、火遊びは厳禁だ」
「あ? あぁ……がぁああ!? う、腕が!!」
 火炎を突き抜け飛来した剣と、黒い鎖がローニンの両腕を斬り落としていた。
 噴き出す血を止めたくても、両腕を失った以上、それは叶わない。
 否、それ以前の問題だ。
 腕が無ければ、爆弾を扱えない。
 磨いた技が、生き抜く術が失われたのだ。
「あぁ、くそ。くそったれめ!」
 降参し、謝罪するという選択肢は無い。
 謝った程度で許されるような、温い人生は送っていない。
 脇目もふらず、出口へ向けて駆け出した。
 ダメージを覚悟で、一心不乱に駆け抜ける。
 失った腕を、出口へ伸ばした。
 白い月を見上げ……。
 パタン、と。
「あえて残した一本道……通れる訳が、無いじゃあないか」
 無慈悲にも、ミリアムによって扉が塞がれたのである。

「もしもし、ボクはリコリス。今、キミの後ろに居るんだ」
 ちゃり、と首輪の鳴る音がした。
「俺らは手を噛む位じゃすまねぇぜ? ゴシュジンサマ」
 しゃらん、と鞘から刀を抜く音。
 紅いマントの少女と、黒いマスクの怪人が、肩を並べて迫り来る。
 ゆっくりと。
 1歩ずつ、焦らすかのように。
 2人の姿をその目に捉え……ローニンの視界が涙に滲んだ。
 己の終焉を悟ったのだ。
 目を閉じ、ローニンは膝を突く。
 耳朶に1発の銃声が響く。
 こうしてローニンの人生は終わりを迎えた。

成否

成功

MVP

ミリアム・リリーホワイト(p3p009882)
白い影

状態異常

シャールカーニ・レーカ(p3p010392)[重傷]
緋夜の魔竜

あとがき

お疲れ様です。
ローニンは討伐されました。
絶望の末、息絶えたようです。
依頼は成功となります。

この度はシナリオリクエスト&ご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM