シナリオ詳細
言えず消える前の言葉
オープニング
●揺れる天秤
罪人に死を、罪人に死を、罪人に死を――。
馬車は怒れる民衆に取り囲まれていた。このままではルートを変えざるを得ない。警護の騎士たちは地図を広げ、新たな道を探った。
「あーあ、……近頃は何でもかんでも断罪、断罪って」
馬車に乗っているのは、厳正で公正なる裁判によって無罪とされた男であった。……それも、人が死ぬような大罪ではない。
さいきん、天義の人々はどうにも「正義」にひりついている気がする……というのが騎士団の実感であった。
罪人に対する厳罰を是とする聖教国ネメシスの保守派。
罪人の更生と社会復帰を重視する革新派。
片手には正義を、もう片方にはまた別の正義を載せ、何者かが争いを煽っている気配があった。
●計画倒れについて
独立都市アドラステイアのティーチャー・バイパーはたいへんに立腹だった。「欠けた『』」事件において、すべてはバイパーの思惑通りにいかなかった。過激派に売り渡した駒――つまりは『オンネリネンの子供たち』は、本来であればイレギュラーズに「助け」を乞い、施した刻印で損害を与えて死すべきだった。
バイパーとしては、子供たちはよっぽど憎らしく、それを酒のつまみにでもして笑ってやろうという腹であったのだが、いつまでたってもそのような話は聞こえてこない。
ああ、その話をしてやれば、これでまた役に立たないガキどももきりきり働くであろうと思っていたのに!
もちろん、バイパーは残った子供たちには「みじめに助けを乞うた裏切者ども」の末路の話を聞かせている。
「再教育」に回されているオンネリネンの子供たちは自らの不正義を恥じ、涙ながらに仲間、いや、仲間だった者たちの罪を認めた。自分たちはああはなるまいと、固く誓っていた。
だが、ほころびはあった。
バイパーの刻印――すなわち、バイパーの定めた「不適切な」言葉を吐けばたちどころに死ぬ、という術は、施せる数に限りがあるのだ。
両手足の指で、刻印の数は、二十。かかったものが死ねばそのストックは元に戻るが、子供たちはもどってこないのだ。
十人。十人の術……。残るは後十。とっとと死んでもらえないと、「ストックの補充」ができない。手に抱えられる子供たちの数は少ないのだ。
「おや、どうしました?」
バイパーは祈りをささげていない一人に目を付けた。いや、捧げていないかなど関係がなかった。目についた一人。
心から「捧げていませんでしたよね?」といえばそれが真であるから。ムチはいやだ、と身を固くする少年の肩を優しく抱いた。
「ひとつ、君にお使いを頼みましょうか」
そうだ、こいつらの……刻印を施したこいつらの「危険性」をアピールしてやればいい。そうすればローレットとて、抱えきれずに邪魔者をとっとと始末することだろう。
空は曇っている。争いの音がする。
きっと、世界の滅亡は近い。
●告解
天義の教会の門を、一人の騎士が静かに叩いた。シスターは見慣れぬ鎧に奇妙な胸騒ぎを覚えはしたけれども、それでもここは迷える子羊の行き着く先ではあった。形ばかり武器を預かり、その人物を招き入れる。
顔まで覆った鎧の聖騎士の鎧を着こんだその人物の年齢まではわからない。しかし声はとても幼いものだった。けれども落ち着き払った声だ。それはまるで死でも覚悟しているかのようだった。
「どうなさいました、本日はどういったご用件で」
「イレギュラーズと呼ばれる人たちを呼んでください」
「イレギュラーズ?」
「はい。イレギュラーズを呼んでください」
ティーチャーに教えられた言葉だったから、そのまま繰り返す。彼が喉元を覆う布を取り払うと、刻印が露になった。
それは、セフィロトのごく一派が掲げる滅びの刻印だ。呪われた刻印だ。
「イレギュラーズを呼んで……いや」
それからの言葉は台本にはない。
彼が命じられたのは、ただ、イレギュラーズの目の前で派手に暴れろ、というものであった。
「ここからそう遠くない場所です、ティーチャー・バイパーはこれから、街中で演説をします。祝福だという刻印を施して一斉に祝福を授けることでしょう。仲間たちと一緒にです。僕は何も間違っていない。これは栄光です。だってそうじゃないといけないでしょう、だっていろいろなものを」
せきをきったようにあふれだす言葉が、「遺言」なのだと気が付いただろうか。
「どうか、」
爆風があたりにとどろき、悲劇が起きる……。
はずだった。
けれども、君たちはイレギュラーズだ。
間に合わせようとするなら、間に合うだろう。
『そろそろ、動きがあるのではないか、という読みは当たったようだね、ヤツェク君』
皮肉屋のAIがヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)に言った。
君たちは、既にその場にいるのだ。
- 言えず消える前の言葉完了
- GM名布川
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月12日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●詩の音、波の音
「……それ以上言うな! 言わなくても解るから!」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)の済んだ音は風よりも早く届いた。『奏で伝う』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)の調べが声を運ぶのだ。
「全くうちの皮肉屋は……」
『お構いなく、ヤツェク君』
「うん、息はあるみたい」
『決死行の立役者』ルチア・アフラニア(p3p006865)はメッセンジャーに手際よく簡単な手当を施した。
「本当に情がない……全く人の命を何だと思っているんだろ!」
『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)の瞳は、感情をきらめかせて燃えている。
「もー怒った! 何としても止めて見せるよ!」
「ほんとうに、……気分が悪くなるような話よね。助けを乞うた人が爆弾になるだなんて、考えた人はさぞ性格がねじ曲がっているのでしょう。
安心なさい。助けてなんて言われなくても、私たちはそのためにここにいるのだから」
ルチアは、安心させるように微笑んだ。
(ひどい……)
『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)の喉は震えた。
(何も知らなかったら、たすけを求める……そんなかんたんなことで殺されちゃう)
メッセンジャーのあの子は、覚悟をしていた目をしていた。
(……命をなんだと思ってるの?)
アドラステイアの子供たち。……その名を聞くたび、心がざわめく。
「君達は間違ってない、でもそんなの祝福でも栄光でもない。
教えてくれてありがとう、だからどうか何も言わずに待っててくれないか。
バイパーは必ず止めるから……!」
リュコスの頭の中には、こわいことが渦巻いている。イズマや、仲間たちのまっすぐな声だけが正気を保たせてくれる気がする。
ゆるせない……。
●愛は
ブラウベルク領。
『忘れられた武略』メイナードはマルクの遣わしたファミリアをじっと見つめている。
保護された子供たちが、無事に刻印から解放されればマルク・シリング(p3p001309)に合図を送る約束だ。
……今頃あちらはどういった天気だろうか。作戦は上手くいくだろうか?
自分の命を預けられたらとは思うが、いや、マルクなら、と信じるしかない。
(何かと思えば何時ぞやの似非聖職者か)
気配なく現れた『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)は、ものかげ――街灯の上から演説を見下ろしていた。細くとっかかりもないようなその場所は、翼をもつようなものでなければ、あるいは飛行手段を持つものでなければ登れるとすら思わないだろう。愛無にとっては地面を歩くのとなんら変わりないのだが。
扇動するような語り口も、もったいぶった話し方も……。どうしてあれほどまでにヒトが群れているのか、と、首をかしげたくなる。たしかにみせかけだけは立派に見えるが、事実、愛無や仲間のほうがよほど上手くやるだろう。
「典型的な小物、というやつかな」
『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は信者たちの輪に溶け込みながら、尤もな感想を述べた。愛無もそれには賛成だった。中身のない男だ。
ここから合流した愛無と雲雀の仕事はいち早くバイパーを見つけることだったが、二人にとっては仕事とは呼べないほどに簡単なものだった。
用心深いバイパーは演説の場所を公にしてはいなかったが、ある程度演説ができそうな場所となればあたりがついた。
「子供の命を何とも思わないその悪辣さには反吐が出るね」
雲雀は心からバイパーを軽蔑しているようだ。愛無は善だとか悪だとかは言わない。依頼というだけだ。
(それが命を懸けたモノであったのならば無下にはできまい)
共通言語があるとするなら、おそらく矜持や、義理や、それから……あるいは。
バイパーは演説で「愛」と述べ、愛無と雲雀は同時に眉をひそめた。
「すべての人々の救済のために」、などと抜かしている。
笑わせる。
(正直俺としては死ぬよりも辛い目に遭わせてやりたいのだけど――)
……それはまだできない。それは、これまでにかけた刻印の解除がされてからだ。
●間隙に差し込む
「よしよし、首尾はよさそうだ。詩人日和じゃないか、なあ?」
ヤツェクほか、メッセンジャーの対処にあたっていた人員がこの場にやってきた。
「……。信仰とは、他者に規定されるものではなくて、自ら心の裡に生じるものだと思うのだけれど……」
ルチアは聴衆を静かに見据えている。被害は押さえたい。
(ティーチャー・バイパー。『刻印』の元凶……!)
傷ついた子供たちがいる。言いたいことも自由に言えない子供たちがいる。マルクは手のひらをきつく握りしめた。
(ここで捕えて、必ず彼らを解放してみせる……)
ヤツェクがとんとんと肩を叩く代わりに愉快な音を出して、首を横に振った。
まだだ。今は人が多すぎる、ということだ。
(そうだね、わかってる)
(大丈夫、チャンスは来る)
イズマは頷いた。
(本来なら早く引き剥がしたいところだけど――)
バイパーは危険な男だ。信徒や子供たちを盾にするのが目に見えている。
イレギュラーズは静かに機を窺っていた。
愛無は慎重に位置を確認していた。人々の匂い。呼吸のひとつひとつ……握手がひと段落し、そばにいたものが水を差し出す。
一瞬だけ、音が途切れた。
いまだ、と雲雀も判断する。
まばゆい光があたりを照らす。
人々は訳もわからずにその場に倒れ、あるいは逃げ出していった。
限りなくヒトのものではない咆哮が空をつんざいて、先ほどの雲雀の神気閃光が致命的なものではなかったと聴衆は知ることになる。……この咆哮が人々を傷つけるものではなかったのも、決して偶然ではないのだが。
攪乱は襲撃の目的をはっきりとはさせず、一瞬の隙を作る。そして、指向性を持って大衆を誘導する。……安全圏へ。
(よし、これでいい。バイパーが盾にできる要素を排除することが肝心だからね)
我先へと逃げ延びようとするバイパーに、雲雀は素早く近づいた。雲雀の動きには予備動作というものはなかった。まるで単に押し合いになり、肩をぶつけたくらいの格好で……それでいてバイパーは吹っ飛んだ。
「くそ、誰だ……!?」
(そうだ、誰かに付与する時は呪文を唱える……)
マルクはバイパーの唇の動きを追った。知らなくてはならない。真っ先に前線を埋める、子供たちの背へ向かっての「刻印」。しかし、頭で考えるまでもなく、マルクはそれを引き受けていた。
「ばかな……」
「身勝手に犠牲を生む術に、これ以上は誰の命も奪わせない。そう決めたんだ」
敵にかばわれた子供が、唖然とした顔でマルクを見上げる。
「僕達は、君たちに終わりの安息を齎す者だ。最早、”言葉は無用”だよ」
マルクの声が、清浄な光とともに凜と響いた。
「何をしている! 早くそいつらをなんとかしろ!」
知らないのか、その刻印を……。いや、知っている。知っていて。解除できるかどうかすら定かではない呪いをその身に引き受けたというのか。
(一人の犠牲者も出さない。出してたまるものか!)
子供の一撃は、踏み込みが甘かった。それに、マルクに施された刻印におびえている。かわすことはたやすかった。けれども、あえて、攻撃を受け止めた。
あまりに力の差を見せつけすぎれば、それにすがりたくなる。無理のないことではあるのだが、今は言わせてあげられない。
(いわないで)
リュコスは願いながら、行動する。身を低くして、走り続ける。
――音楽は響き続ける。
イズマの旋律が響いている。耳を傾ければわかる。誰が危ないか、どこが破裂しそうなのか。指揮をふるうように、音がはじけそうな場所。
そこ、とわかった。
無理だ。どれだけ気をつけたって。頼まれたって。勇気があったって。……リュコスは知っている。枷の痛みを。
どれだけかくしたって、かくしきれなくて、なきたくなるときがある。
言いたくなる。
でも。
『刻印』の発動条件は、「たすけて」と言うこと。
だから、その前に。
人々をくぐり抜けて、背を低く保ち、リュコスは駆ける。さっき、今にもバイパーにとびかかりたくなる衝動を抑えながら、リュコスは見ていた。刻印のあるものの位置を、めざとく覚えていたのだ。警備の配置をくぐり抜けて、穴を突いて。息を奪って。
たぶん体格に見合わない、重い鎧。……動きづらいだろうなとリュコスは思う。
組み付いて一撃を加える。食らいつくように。
(よし! みんな、順調に避難してる……みんな、頼むね!)
アリアの突きつける蛇骨の調が、逃げる敵を打ちのめす。バイパーがえずき、苦し紛れに指先を向ける。
「貴様も、あいつも、苦しんで助けを請うといい!」
けれども、アリアの返答はバイパーが思っていたのとは違った。アリアはにっこり微笑んだのだ。
「そうだと思った」
ここからは言葉遣いに気を付けないと、とアリアは思う。
だって、これは切り札だから。
●偶然にしてはできすぎている
バイパーは、アリアの美しい声を塞ぐように刻印を飛ばした。そのはずだった。けれども、止まない。動きは衰えない。
効いていないのか? いや、地獄のような苦しみを味わっているはずだ。
「卑怯者……思い知りなさい」
ルチアが頼むのは、天義のそれとは似て非なる異界の神だ。狂信的な祈りではなく、理論立てられた手順と英知によって。そして、確固たる意志に基づいている。
光の槍がまばゆく輝き、信徒に向かって突き刺さる。
「なぜ、貴様は……」
アリアに意図的に惹き付けられていることにバイパーは気がつけない。
そのような強さがある、などとは、バイパーには想像できないことだった。
言葉を奪い、なお紡がれる詩があることをバイパーは知らない。
死なせない。
アリアは喉をさすった。灼けるように熱い。けれどもその瞳にあるのは絶望ではない。
バイパーは初めて恐れを感じる。
慌ててやってきた騎士団が、割り込んで人々を引き離していく。偶然いたにしては、都合の良い配置だった。
『やあやあ、奇遇なもんだ。もう少し早いと助かったがね』
「英雄は遅れてくるもんさ」
たとえ、名もなき人々であろうとも英雄には違いない。
混乱の音は意図された指揮に従い、不思議と一定の秩序を保っている。建物が倒れてきたかと思えばうまく騎士団がおり、イレギュラーズの救助は間に合う。
イズマの響奏撃が波となって辺りを薙いでいる。
バイパーの怒鳴り声に、子供たちが血まみれの手で、盾を握りしめる。けれども反応が遅れた。それは、不思議と優しい音色だったのだ。子守歌のように。
「今はお休み」
子供たちの一人は、意識を失いながら、小さかったころのことを思い出した。
……母に連れられて海に行ったっけ。どうして忘れていたんだろう?
「……誰も犠牲になるべきじゃない。落ちこぼれってのは、子供を見捨てた教導者の落ち度なんだよ」
そして事情を知らぬ者にも非はないのだ。
「……っ! だめ」
リュコスは素早く、小さな子供を押さえつけた。とびかかった時、剣が肩を切り裂き、血がにじむ。それだってかまうものか。しぬよりずっといい。噛みしめてふるふると頭を振る。
だめだ。言ってはいけない。今はまだ。ぎゅうと口を押さえつけて、倒す。
「貴様ら……っ!」
腹立ち紛れにバイパーが指先を突きつけた。何もかも思い通りに運ばない。一人でも多くの手駒をこの手に……だが、その先にいたのはヤツェクなのだった。
「思い知れ!」
「それが、なんだ? 吟遊詩人の喉を塞ごうなんて思わんこった」
喉は灼けるように痛い。けれども、詩人は歌うことをやめない。
「大人ってのは、かっこいい所を見せたがるもんなのさ」
背負って、歌ってみせるとも。
(待ってろよ、ガキ共)
これが消えるときが、声を取り戻すときだ。
もうひとつ、放ったものはイズマが奪い去る。
(どうしようもなく痛いはずだぞ!)
なのに、音はやまない。
静寂は訪れない。
●刻印
バイパーは状況を把握しかねていた。いったいなぜ? 恐れを知らず、また、許しを請うこともないのか。
「どけ! 死にたくはないだろうが!」
「……そんなことはできない、そうだろう?」
マルクは告げ、バイパーは言葉に詰まる。
その反応こそが如実にできないということを物語っている。
「ふむ。状況からいっても、この状況で発動させないと言うことは任意での発動は難しい、ということだな」
愛無が淡々と述べるのだ。
(うん、そうだ。それはできないはずだ。読みは間違ってない……)
マルクは堅実に、少しずつ検証を重ねていた。天才的なひらめきはない。ただ、小さな観察と努力によって。
そして、解除手段は用意してある。それがマルクの見立てだった。
「くそっ……」
(相手は、曲がりなりにもティーチャーだ)
高い戦闘能力を持つだろう。だから、臆病者でも油断はできない。
マルクのワールドリンカーが魔力を帯び、破壊的な魔術が相手の盾を突き抜けた。一人でも多くをと選んだのは手近な一人を狙ってだったが、空から降ってきたリュコスが突き飛ばす。
割り込んだルチアは子供をかばった。
「死ぬほど痛い? 目の前で子供に死なれる痛みよりはマシでしょう」
「助けて」なんて言葉は、彼らの口から出てこない。
ルチアの凜とした声が、仲間たちを勇気づけるように響いていた。正確な旋律だった。黒革張りのコデックスを引き、一節を朗々と唱える。
ルチアが一瞬、空を見上げると、かつての世界と似た青空から、光輪が降る。
「ありがとよ、ルチア。さあ、お前さんも一曲どうだ?」
爆音を打ち鳴らすギターのスパークが不吉なバイパーの詠唱をかき消して響き渡る。混乱している隙に、できるだけ早く。
ヤツェクは言葉を止めなかった。
挑発を込めた呪詛は、聖職者の偽りの光を打ち破る。反動はある、けれども言葉は止めない。
『ヤツェク君、アンコールのようだ。やあ、まだ歌えるかい?』
「詩が死ぬことはない限り、詩人は不滅だ」
まっすぐな眼光が、最後に残った子供を見据える。意思を捨て、突撃してこようとしたオンネリネンは戸惑った。ああ、子供たちにそんな目をさせるのは良くないことだ。とっととぼやける様にしてやりたい。
(あのガキんちょ達やポーラの痛みを思えば安いもんだ)
マルクが、ぐにゃりと空間をゆがめる。バイパーを殺しはしない。まだ、殺せない。
(もっと、力いっぱい)
リュコスはなりふり構わずにあたりを薙ぎ払った。言葉を止める。今は、でも、口にしてはいけないから。
(もうすこしだから)
詩人は口を出すことをやめない。大丈夫だ、とギターをかき鳴らし。アーデントを振り回し、派手に味方を鼓舞する。
バイパーが何か唱えようとしたその手を愛無は吹き飛ばす。
「助けて」
誰かが叫んだ。
しかしそれは刻印を施された者ではない。聴衆の声だ。いくつ死線を潜り抜けたのだろう。かき消すように、天をつんざく声がする。愛無の咆哮だった。
●正常をゆらゆら
バイパーはあたりを見回す。けれども、ほかには縋れる者はいなかった。
「探し物かい? 残念だけど、ここにはいないよ」
雲雀はラ・レーテの刃を突きつける。刃は黒く、バイパーの性根を反映しているかのようだ。
「彼女が手当てしているからね」
言葉の通り、ルチアが倒れた者たちを丁寧に介抱している。
刻印を施したものはもうしゃべれる状態にはない。
取引材料すらも失ったことに気が付いたバイパーはがくりとうなだれる。
オーダーに刻印の解除はない。だから、吹き飛ばしてやってもよかったのだが……愛無は口を閉じる。
(所詮、末端だろうが刻印の解除には此奴が必要らしい。裏を返せば此奴の命には、その程度の価値しかないわけだが)
つくづく、つまらない存在だ。
刻印の解除はオーダーにはない。まあ、仲間がうまくやるだろう。いつでも追いかけられるように位置を取り、しばらくはおとなしくしておく。
「なあ、誰に刻印をかけたか解ってるのか?」
イズマがわざとらしく落としたのは、……どこかで見覚えのあるものだった。バイパーはひきつった笑みを見せる。
「それに、子供達をまともに扱えぬようでは処分は免れないな。
……だが、刻印を全部解除すれば地位を約束してやれるよ。どうする?」
「ひぃ、……お、お許しを。い、いや、なぜ。このまま戻れば、私はティーチャーではいられません! 解除の鍵こそが私を……私を……」
ひとつ、確信を得た。それは、「解除の鍵」が存在するということだ。
「わかった」
マルクの書が閉じられる。這いずって逃げようとするバイパーに、まばゆい光が降り注ぐ。
「刻印の上限は両手足の指の数、なんだよね。全部切り落せば上限がゼロになるか、試してみようか?」
アリアはふわりと微笑んだ。
「ねえ、この距離で私が発動させたら……私は大丈夫。でも、貴方はどうなの?」
狂気だ、とバイパーは思う。「刻印を受けている側」が微笑んでいるのだ。
「首から上が吹き飛ぶぞ。戻ってこれると思うのか。いくらイレギュラーズとはいえ」
美しい旋律が、可憐な唇から紡がれる。
「たー
すー
けー」
動揺に、仮面が剥がれ落ちた。取り繕った心はすでに壊れている。
「『ロレンツォが飛び立つ』か」
イズマがそっと口にしたそれこそが鍵だった。
バイパーはけたたましく笑い出した。
「残念だが、私の術は編まれている! 心を読まれたからといって、なんだというのだ! 複雑な条件が無数に存在する! それこそ……」
マルクが書き留めた研究の山。それから、アリアの声。
――trick of spirits。そっくりそのまま、唱えると、焼けるような痛みがなくなった。
「助けを求めるのは罪じゃない。安心してくれ、もう大丈夫だ」
イズマは振り返って言う。
メイナードは朗報を聞いただろう。
魔術の一端が少しずつほどかれていく。
謎の人物『E・A』――つまりはヤツェクのE-Aが届けた記録から。
完全な解析には少しばかりの時間を要したが、特異的な呪文、身振りや手ぶり……声の抑揚。それらの類似呪文を「完全に無効化」する手段が見つかった。アドラステイアに広まっていたとしても、だ。神秘は剥がれ落ち、もはや切り札ではなくなった。
『いわばワクチンというやつかな。アンチウイルスといってもいいが』
宗教団体「セフィロト」。セフィラ。ヤツェクはその名を忘れないだろう。
「お許しください、お許しください……おお、セフィラよ……」
身柄を拘束されていたバイパーは、狂気に落ち、隠し持ったナイフで右手を切り落とす。見張りの兵士たちが駆け寄るさなか、持ち主から離れた手はずるずると動き出していた。
影のように這い出す右手は虚空に消えた。
(は、はははは、やったぞ、これで……)
真にバイパーが改心し、罪を償う気があるのであれば……あるいはその影は現れなかったのかもしれない。
「こんなひどいことをして……逃げ切れるなんて許せないじゃん」
リュコスの一撃が、そいつを抑えつけたのだ。
助けて、と右手はうごめいた。暗闇が口を開けている。
「僕も「不味いモノ」は喰いたくないが。罪には罰が必要らしい。嘘をついた罪は償わねばな」
慌てた指先が刻印を刻もうとするが、もう意味をなさない。
「それじゃ「いただきます」」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
バイパーの悪行は阻止されることとなり、また、逃走(?)も失敗することになりました。
刻印が無事に解除されたのはいうまでもありません。
お疲れさまでした!
GMコメント
布川です!
前のお話は「欠けた『』(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7550)」ですが、読まなくてもだいじょうぶです。
悪いんだなーと思っといて下さい。
●目標
・バイパーの討伐
(可能であれば)「刻印」の解除
●敵
ティーチャー・バイパー
独立都市アドラステイアのティーチャー。反発心を持つ子供たちを再教育、ないし始末するのが主な役割でした。
しかし、バイパーもアドラステイア内においても地位は高くはなく、不満から宗教団体『セフィロト』に手を貸しています。
残忍で冷酷、情がありません。
能力自体は高くありませんが、ほかのものを盾にすることを好みます。安全な位置から戦うのが好きな模様です。
目的は、セフィロトに恩を売ることと、先にローレットに保護されている子供たちの危険性を強調し、ないし、始末させることで、できれば「ストック」を回収することです。
『オンネリネン』の子供たち×5
刻印のある子供たちです。不信心とみなされ、「再教育」に回されるくらいの落ちこぼれではあります。
死に物狂いで戦っています。
セフィロト一般信徒(セフィロト信徒)×15
深い事情の分かっていない一般信徒です。ティーチャー・バイパーに先導されています。戦闘能力はさほど高くないようですが、「刻印」の的になる可能性があります。
(開始地点では刻印はありません)
●バイパーの刻印
バイパーがキーワードに定めた言葉を、刻印を受けたものが発すると発動します。
前回ではっきりと発声が必要なことが判明しました。
「助けて」という類の言葉を吐くと、並の人間ならば爆発し、周りを巻き込みながら死んでしまうことでしょう。
イレギュラーズでは11名程度保護していますから、あと4回くらい使えます。施した相手が死亡するとまた施すことが可能になります。
熟練の戦士、すなわちイレギュラーズたちであれば死にはしません。死ぬほど痛くはあるかもしれません。
あえて引き受けるのならば、ほかの人間の安全が保たれる可能性はあります。
●状況
メッセンジャーから事情を聴き、バイパーの演説が始まるところに出くわすでしょう。
●場所
天義、「教徒通り」
人通りの多い街中です。宗教団体『セフィロト』の一派がはびこっています。
●「解除」
刻印はティーチャー・バイパーの死では解除できません。バイパー自身に解除してもらう必要があります。
しかしながらバイパーはこれを交渉材料と考えているようです。どうにかして解除の方法を見つけるか、解除させるかしなくてはなりません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はD-です。
基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
不測の事態は恐らく起きるでしょう。
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