シナリオ詳細
<太陽と月の祝福>アシュメダイの庭
オープニング
●
愛とは。
愛とは――何なのだろう?
形を持たず。重さを持たず。色も香りもない。
けれど心を覗いてみれば、確かにいつの間にか、其処にあるもの。
愛されたいと願う。
此方を向いて笑って欲しい、頬を撫でて、抱き締めて欲しいと願う。
願うならば久遠の時を隣同士で歩いていきたいと願う。
愛したいと願う。
貴方は一人ではない、私がずっと隣に居る、抱き締めたいと願う。
叶うならばどうかこの抱擁を受け入れて欲しいと願う。
でも、――駄目なのだ。
この空間では。白い天蓋から垂れるカーテンが優しく寝台を隠し、あちこちに柔らかなクッションが飾られ、窓の外には白い空と色とりどりの花々が咲き誇るこの場所では。
其の抱擁を受けてはならないし、抱擁をしてはならないのだ。
例え、愛していたとしても。
愛とは何なのだろう。
形も重さも、色も香りもなく。
なのにいつの間にか心の裡にあるもの。
されど今は、心を傷付ける刃になり得る――愛とは。
●
ファルカウは一部を火に包まれながら、静かな戦場と化していた。
居住区となっている下層を抜けて、更に中層から上層へと昇ったイレギュラーズたちは、奇異な光景を見るだろう。
様々な光が瞬いて、全く違う風景が目の前をよぎって行く。
ぱ、と森が現れたかと思えば。
ぱ、と練達じみた都市に変わる。
笑い声と悲鳴、慟哭の声が遠く遠くに聞こえる。まるで何か、膜を一枚隔てたかのように。
其処は眠りの世界。深まった眠り達が出迎える理想郷(ドリームランド)。
誰かの楽園は、いつだって誰かの地獄だ。
其れ等が代わる代わるイレギュラーズの視界を支配しては解放し、まるで走馬灯のようにくるくると景色がめぐる。
――やがて、君たちの目の前に広がるのは。
一つの部屋だった。決して広くはないが、豪奢な部屋。
天蓋付きのベッドが一つ。クッションやぬいぐるみが床に飾られて、豪奢なカーペットが敷かれている。
「 」
名を呼ばれて君が振り返ると、――其処にいるのは、愛しい人。
其の人に形はあるか?
顔は見えるか?
声ははっきりと聞こえるか。
君の些細な“愛している”を拾って。
君の些末な“愛されたい”を拾って。
其の幻影は、君を呼ぶ。
腕を広げておいでと招く。
――けれど。
其の腕は、死出の道だ。
- <太陽と月の祝福>アシュメダイの庭完了
- GM名奇古譚
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年06月29日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
「ここは……いわゆる、ご休憩、というもののための、場所なのでしょうか……?」
移り変わる景色の中を歩み、漸く変わらない景色になったと思いきや、豪華絢爛な部屋の中。『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は思わずそう言わずにはいられなかった。
「休憩には向いている、良い香りのする場所ですけれど……」
『諦めない』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が呟くけれど、其れは違いますと顔を赤くしながら『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は心中で否定していた。
「鬼が出るか蛇が出るか。全くもって、楽しみだこと」
「まあ、ルミエールは楽しみなのね。私も楽しみ、だわ」
皮肉交じりに『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)が言う。其の真意を読み取るでもなく、言葉のそのままの意味を汲んで『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)が同意した。彼女たち二人は依存しあう関係にあれど、時折こうしてズレが出るのだから不思議だ。
「ですが、何というか……妙に居心地が悪いですね」
必要なピースが足りないような。そんな不思議な感覚を“居心地が悪い”と例えて、『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)は無意識に右腕をさすった。こちらの出番も、もしかしたらあるかもしれないから。
しかし一方で、ピースが嵌って欲しくないと思っている人もいるのである。『刹那一願』観音打 至東(p3p008495)が其の一人だ。だってピースが嵌まるとしたら――
「成る程? 患者を診るスペースはありそうだ。皆、存分に怪我をしてきてくれて構わんよ」
至東の思考を打ち切るように『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)が物騒な事を告げる。だが、其れが冗談でない事を『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)は知っている。この部屋は豪奢だけれど、まるであの日囚われていた牢獄にも似ていると彼女の本能が告げているのだ。
「……あれ? 誰かボクを呼んだ?」
今まで道を共にしてきた彼らの誰かだろうか。名前を呼ばれた気がして『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)が振り返ると、――其処には、誰もいなかった。
●帳のみた愛
其れは靄だった。
「――、きみ、……あ……い、」
ノイズがかった声で何を言われても、聞き取れなくて判らないよ。
「きみは誰なの?」
帳は問う。影は応えるけれども、ノイズが酷くて判らない。
判らない。判らない。
判らない事ばかりだった。判らないといえば、帳は愛だって、判らなかった。
ボクが愛を向けた人は誰だっけ。
母様は好きだったけど、死んじゃった。
父様も好きだけど、これは親愛っていうんだよね? だから、微妙に違う“愛”なんだと思う。
練達の友達だとか、色んな人も勿論好き。でも、……愛かって訊かれたら、多分違う。
ボクは誰も愛していないの?
そうじゃないはずなのに、愛してる人がいないから、キミがいるのかな。
……でも、仕方ないじゃないか。
ボクが愛したら、迷惑になるじゃないか。
いつまで生きられるか判らない。この血が、この呪い(ギフト)がボクをいつだって苦しめるけれど、ちゃんと死ねるかなんて判らないじゃないか。
いついなくなってもおかしくないのに、愛を向けたら傷付ける。
――ああ。そうか。ボクは心の底から誰も愛せていないんだね。
ボクは世界に恋をした。愛じゃなくて、恋を向けた。
憧れ。願い。ただ其れだけを向けて、あるがままを見ていなかった。だってそれだけにしておいたら、ボクを見返す事なんて、……
「ああ」
ボクは得心した。
そっか。そうなんだ。ボクは、ボク自身を愛せるようになりたかったんだね。……でも、判ったところで何とも出来ないよ。この呪いは心を惑わして、身体は薬でなんとかもってる。こんなボクを、醜いボクを、ボクは、
「受け入れられないよね」
いつの間にかボクは屈みこんでいた。
目の前にいる“ボク”が、冷ややかな目で見下ろして来るのが判る。
「ごめんね」
「何で謝るの」
「ボク、きみを受け入れられない」
「どうして」
「受け入れたら、きっと壊れてしまう」
「じゃあ、どうするの?」
「……きみなんていらない。ボクは、永遠にきみを愛さない」
もし、ボクがボクを愛せるようになったなら……他の誰かを愛せるようにもなるのかなぁ。そうしたら、世界ももっと綺麗にみられるようになるのかな。そんな日が来たら、嬉しいな。嬉しい。嬉しい、けど、きっとそんな日が来ないだろう事を、ボクは知ってしまった。
いらない、いらない。誰も要らない。ボクはそっと目を閉じて、幻影が過ぎ去るのを待つ。
●ノリアは愛を貫く
名を呼ばれて、ノリアは振り返る。
其処には愛しの彼が――ゴリョウがいて、にこやかに手を振っていた。ノリアの大好きなふくよかなお腹をたたえて、笑っている。
どんな怖い幻影が出るのだろうと思っていたから、ほんの少し肩透かしに思ってしまって、心の中でゴリョウにごめんなさいと謝った。
そう、ノリアだって愚かではない。このゴリョウが本物ではなくて、敵の罠か幻であるという事くらいは判るのだ。
何故なら。いつだって他の人を護り、最前線に立つはずのゴリョウが。戦いの最中に一人でこんなに安穏としているなんて、在り得ないから。
「其れに……ゴリョウさんならば、……どんなに! わたしが、のぞんでも! こういうのは、大人になってからだとおっしゃるに、ちがいありませんの……!」
ノリアはちょっぴり何かを勘違いしているようだ。
其れはさておき。ノリアは考える。
でも……もしも万が一、本物だったら?
今は危険な冠位魔種との戦いの真っ最中。此処で抱き着くのを躊躇ったら、永遠に後悔するかもしれない。冠位魔種とはそういうもので、戦いとはそういうもの。少しの躊躇いが、ずっとずっと引きずる心の傷を生む事だって、ある。
まあほら、世の中には“しない後悔よりする後悔”という言葉もありますし? ノリアはくるりと周囲に海の力を纏わせて、――ゴリョウの胸へと飛び込んだ。
ノリアは恐らく、この面子の中で最も“普遍的な愛”を知っている。
だからこそ迷い、だからこそ飛び込んだ。
ふくよかなお腹。逞しい腕。其れはどこまでもどこまでも優しくて、傷付けようという意志なんてちいともなくて、だからノリアは何故か、眠くなってしまって……静かに静かに、そっとディナーナイフを肉に切り入れるように魂を削られながら、刹那の眠りに沈んだ。
●ヴィリスは愛を知りたい
バレリーヌが知る愛は、戯曲の中だけのものでした。
親も知らず、たった一人で生きてきたヴィリスは愛に触れた事も、見た事もありません。
――そんなに素晴らしいものなのかしら?
嘗て執着ゆえに囚われた踊り子は、訝し気に首を傾げるのです。
私の踊りを愛してくれた人。顔に傷をつけて、“あいしてるよ”って囁いてくれた。あれも愛だというのなら、色々な形があるのでしょう。だけど、ヴィリスには其れを理解する事は出来ません。
ああ、誰もいないなら、この仮面を外してしまっても構わないわね?
ヴィリスは全ての偽りを脱ぎ捨てます。傷付いた顔、動かない指。なくなった脚。服で見えないところも、あっちこっちが傷だらけ。これがヴィリスという女の全てでした。
後悔はありません。あの日脚を捨ててまで逃げ出した事を、今でも英断だと思っています。
けれど――それでも。もしもこの傷が無かったら、“ヴィリス”にならずに昔の彼女のまま、誰かと恋に落ちるなんて事があったのかもしれないと。
「ねぇ、そうでしょう?」
「それは違うよ」
佇む影にヴィリスが言うと、否定の言葉が返って来ました。あら、と不思議そうにヴィリスは瞬きをします。愛とは従順、ではないのかしら。
「僕は今の君も愛しているとも。だから、君に愛を教えたい。今の君でも愛し、愛されて良いんだと、僕は君に」
「ああ、……ああ。やっぱり駄目、駄目だわ貴方」
少しの間だけ、ヴィリスは微笑んで幻影の言葉を聞いていました。けれど、静かに頭を振って――其の腕に飛び込む事をやめたのです。
どうして、と嘆くように幻影が呟きます。
「私はね、教えて欲しいんじゃないの。知りたいのよ。包み込むような優しい愛じゃなくて、燃え盛るような烈しい愛を知りたいの」
だから貴方の抱擁は要らない。さあ、もう時間よ“ヴィリス”。仮面をつけて、開演の時間!
「ありがとう、優しい貴方。きっと昔の私だったら、喜んで抱かれていたのでしょうね」
だけど昔の彼女はもういない。彼女は今は、ヴィリスという踊り子だから。
――だから、さあ! 愛を知るために、私は眠りから醒めるのよ!
●ココロは愛を知りたい
「えっと」
ココロは腕を広げる影を誰何する。
「其処にいるのは誰ですか?」
わたしの王子様かしら。
其れにしては背が小さい。
愛らしく腕を広げている。
とはいえ、背中に翼は見えない。
なら。
消去法で一人、浮かんでくる顔がある。
ココロが無力であった時がどんなに長くても、彼女に価値を見出し続けた人。
尊いお方。ココロの勝利の女神。
遠く遠く、けれど思い出の渦の真ん中に、其の魔種はいる。
チェネレントラ。ただ愛されたかっただけの、渦巻く灰かぶり。
彼女と接して、ココロは心を乱された。このまま生きて、やがて世を去る。其の間に誰にも思われないなんて嫌だと、そんな気持ちが鎌首をもたげた。
自分を見て欲しい。愛して欲しい。誰かと共に幸せになりたい。必要とされたい。其れは人として当然の欲求で、でも、ココロにはまだ持て余しがちな感情の渦。
だから、最初はどうすればいいかなんて判らなかった。この感情をどうやって抱えればいいのか判らなかった。
だからいつだって、“彼女ならこうするだろう”と考えながらココロは進んだ。
一歩一歩、暗闇の中を進むのは怖かったけれど、留まるのはもっと怖かったから。其れが正しいと、信じるしかなかったから。
「わたしはいつも、あなたが羨ましかった」
ココロは少しだけ俯いて、己を笑う。
憧れは、愛ですか?
尊敬は、愛ですか?
問う。幻影は答えない。答えなど求めてはいない。
憧憬は、理解をもっと深くする気持ちだ。だから貴方を知って、貴方を愛したい。
ココロは一歩、前に出る。
細い腕が彼女を腕の中に閉じ込めようとした其の刹那、ココロは幻影の肩を押さえ、腰に佩いていた剣を抜いた。
「わたしが好きなら……ここにいないで欲しい」
迷いなく、彼女の胸に突き入れる。血は出なかった。ただ、幻影は静かに崩れ落ち、ほろほろと光の欠片になって散って行く。
「慰めなんていらない。――そうですよ。わたしの方が、あなたよりずっとずっと気難しい女なの」
●スティアは愛されていると信じた
優しい声がする。
生まれてこれまで、聞く事のなかった筈の声。
でも確かに、耳に残っている。お母様の声だ。
「お母様」
「スティア」
あの時も、こうやって優しく名前を呼んでくれたよね。
月光人形として会った其の時に。
スティアはだから母に駆け寄り――けれど、抱擁はしなかった。
話したい事が沢山ある。此処が夢の世界であろうとも、例え母が幻影や偽物であろうとも、きっと伝わると信じているから。
本当は、ずっともっと話をしていたかったの。
もっと傍にいて欲しかったの。
そんな私の願いが、お母様を此処に呼んだのかもしれないね。
ベッドに二人腰掛けて、スティアはずっと話し続ける。
長い海路を旅して、新しい大陸に辿り着いた事。
親友のサクラちゃんに置いて行かれないように、聖職者としても日々頑張っている事。
色々な偶然が積み重なって覇竜領域への道が開いて、亜竜種の里長さんとお友達になった事。
其れから――深緑で、お母様の姉弟に出会った事も。
「雰囲気はお母様に似てお淑やかだったんだけど、お母様は実はやんちゃだったって聞いたよ」
「まあ、あの子ったら」
母は口元に手を当てて、ころころと笑う。
其の姿を見ていると、やんちゃだったなんて話は信じられない。まあ、人は多面性のあるものだっていうのは判るけど……
この時間が永遠に続けば良いと思う。
けれど、永遠なんて何処にもない。時はいつだって過ぎて行くから、スティアはいずれ、脚を踏み出さなければならない。
「スティア」
優しく母が名を呼んで、腕を広げる。
初めて会ったあの時も、こうやって抱き締めようとしてくれたよね。
其の時は敵同士。呼び声だって囁きかけられて。なんだか懐かしい気持ちになっちゃう。
「……これが、あの時と同じ状況なら」
お母様に甘える訳にはいかない。其の抱擁を、受け入れる訳にはいかない。
私はあのとき、別々の道を歩むと決めたから!
だからお母様、私の――スティア・エイル・ヴァークライトの生き様を見守っていて欲しいな。
貴方の子である事を恥じない私でいたいから。だから、今日は背を向けて幻影が消えるのを待つ。
何処に出しても恥ずかしくない子だって、いつかいつかの遠い日に、私を褒めてくれると嬉しいな。さよなら。お母様。
●ルミエールは愛を教える
父様。父様。
妖しく美しく、残酷なまでの慈愛に溢れた魔法の人。
黒衣を纏う銀の月。私のカミサマ。
いつだって私は、父様に愛されたくて、父様を愛していると伝えたくて、
父様が微笑んでくれるなら、望んでくれるなら、いつだって全てを差し出すつもりなのよ。
私はあなたのムスメ。あなたのモノ。
其の気持ちに嘘はない。なのに、だけど、ねぇ。
「どうかしたかい? ほら、おいで」
腕を広げる父様。
オマエがいればいいよ。番も可愛いけれど、オマエも可愛いから。
――そんな事を父様が言うものか!
あの人を、誰より大切な番を、踏めば恐ろしい事になる尻尾とさえ言われる彼を、父様はどこにでもいるありふれたニンゲンのように言ったりなんてしないのよ。
ましてや“オマエがいればそれでいい”なんて!
そんな父様だったら、私は最初からこんなに愛していないわ!
一番になれたらいいな。
そう願った事もあったわ。
でも、叶わない事も判っていたのよ。
全てを受け止めて其の隣に並ぶには、私は余りに脆すぎる。
だから、其れが出来るニンゲンだっていないと思っていたの。本当は。
――けれど、そうではなかった。
いま父様の隣には、全てを受け止めてなお隣に並べる番がいる。
切なくて幸福な御伽噺よ。
だからこそ、私は貴方を拒絶する。
「あなたは、私の父様じゃない!」
――幻影が霧散する。同時に人影が一つ現れて、ルミエールは其方に視線を向けた。
フルールが立っている。
ああ、きっと“私”を見ているのでしょうね。
貴方だけを見て、貴方だけを望む。そんな都合の良い私がいるのでしょう。
愛したがりで愛されたがりの貴方が拒めない私。
でもね、そんなの許せない。
そんなの、それだけは、絶対に許さない!
私はそんなに無欲じゃないわ!
●フルールは愛を知らぬ
「あらあら?」
フルールが首を傾げる。いつの間にか自分一人で部屋に立っている。皆は何処にいったのかしら。周囲を見回していると、
「フルールちゃん」
「……ルミエールおねーさん?」
ベッドから立ち上がる彼女。あらあら、いつの間にベッドに移動していたのかしら。其れとも、これが幻なのかしら? ……幻、なのでしょうね。さっきまでずっと一緒にいたのだもの、其れくらいは判ります。
「ねえ、フルールちゃん。私を愛して? 私も、フルールちゃんを愛するから」
少女が細腕を広げる。
其の囁きに、フルールは抗えない。受け入れたい、と本能が囁く。
深紅の精霊が、フルールの袖を引っ張って抗う。
あらあら、フィニクス。どうしたの? ああ、あれを受け入れたら駄目なのね。わかっています、わかっていますけど……あのルミエールおねーさんは私の愛を求めて、私を愛したいといっているのよ。拒絶するなんて可哀想でしょう?
炎の巨人が、主の行く先を封じるように抱き締める。
まあ、ジャバウォックまで……どうしてそんなに邪魔をするの? ルミエールおねーさんのとこに行けないじゃない。良いじゃない、幻なら死ぬわけでもないでしょうし。
どうして其処まで邪魔を、
――其の瞬間。光が迸り、フルールの頬をしたたかに打った。
「……え?」
痛みが遅れてやってくる。目の前のルミエールが驚いたような顔をして、そうして霧散した。光。光、光、光。其れはルミエールではなく、間違いなくフルールを狙っていた。
「え、うそ、ルミエールおねーさん? ま、待って、本物? 本物、よね……」
見回せど、フルールには彼女の姿が見えない。ただ、“私を見ろ”と閃光が迸るばかり。
「い、痛、ち、違うのです。だって愛したいと言ってくれたなら、愛してって言うしか、……ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 痛いの赦して! きちんと本物のルミエールおねーさんだけ見ますからぁ!」
――私を見ろ! フルール・プリュニエ!
「いやぁ! 痛い! 死んじゃう!」
とはいうものの。
幻影を打ち破ってまで、私が“こんなになるまで愛してくれる”のは、嬉しい。かも。
●正純は愛を
目を開くと、其処には正純一人だけが部屋に立っていた。
仲間がいない。奇妙な違和感がじっと心の底にわだかまっている。
――ふと、名を呼ばれた。
振り返って其の姿を見た瞬間、正純の違和感は霧消した。
かつては己より小さかった背も、今では伸びて己が見上げる側。
日々の鍛錬の賜物か、体付きも男らしくがっしりとしてきているのが判る。
名を優しく呼ぶ声は、前より少し低い。声変わりはさて、いつだっただろうか。
顔が見えない。どんな表情をしているのか、どんな顔で己を見下ろしているのか判らない。
けれど、胸の底から“愛おしい”と思えるのだから、人間は不思議なものだと思う。
「正純」
彼が腕を広げる。愛していると囁かれれば、其の体に身を任せてしまいたくなった。
幸福。胸が満ち足りる暖かな感覚。
其の手に収まろうと一歩踏み出し、
――悪夢だ、と思った。
伸ばされた手を振り払うように押しのける。
「正純?」
やめろ!
やめろ。私を呼ぶな。
なんだこれは。なんだこれは? 甘ったるくて、欲にまみれて、なんて気持ちの悪い!
誰が愛すると、誰に愛されたいなどと願っているのだ?
誰を愛そうなどと、思っているのだ?
「わたしは、」
絞り出した。
胸の中で感情が急転した苦しさに、喉が詰まる。
「そんなものを、しらない、」
そうだ。愛なんてそんな深いものは知らない。
誰かに優しくするのは、其の方が巧くいくからだ。
誰かと仲良くするのは、其の方が傷付けなくてすむからだ。
いつだって、世界をするりと回すために正純は立ち回って生きてきた。
人生がするりと収まるように、生きてきた。
そんな私が、誰かを愛する?
冗談は休み休み言え。
正純が顔を上げると。まるで日が沈んでいくかのように相手の顔が見え始めていた。
見えてはいけない。正純はそう思って、拳を振るった。
迷いなく、義手である方の手を握りしめて、醒めろと振るった。
●至東は愛していたが
観音打至東は未亡人である。
夫である観音打獅子郎は契りをかわして4年も経たぬうちに世を去った。死別したのだ。けれども。
至東は今でも、“観音打”の姓を捨てきれなかった。他に名乗る姓がない、というのが一つ。余りに大きな未練と恋慕、どう生きようとも其れを切り離せなかったというのがもう一つ。
「……だからって……そんな形で現れる人がありますか!?」
「おいおい、何恥ずかしがってンだよ。折角の夫婦の再会だろ?」
そう。紛れもなく至東の目の前に現れたのは、“観音打獅子郎”其の人であった。
下戸の酒呑み。下手の博打打ち。下衆な女好き。だけれども――最上の剣聖。
愛して愛し愛した人。殺したいほどに、死んでいて欲しい人。
「ほら、会いたかった旦那様だぞ? あなたー! って抱き着いても良いんだぜ」
「ああもう……!! こうなるから嫌だったんですヨー!!」
相手はあの“白獅子無双”!
サイレントスノウの幻でも“ホルスの子供達”でもないですし!
抱き着くなんて出来ません。けれど下手に剣術で挑もうものなら苦戦は必至、寧ろ苦戦出来れば良い方なのでは? 指が手足が飛んじゃったりするんじゃないかなー!?
そう考えている間にも、何処から取り出したのか薔薇の花弁をベッドに巻いてメイキングしている獅子郎。
妻を迎えて抱擁以上の事をする気満々である。
「それとも……俺の妻は此処まで誘っても乗らない石頭だったか?」
とまで言われてしまえば、ぐぬぬ……こうなれば誘いに乗るほかなし! ズバババンと重傷(物理)を受けましょうとも!
「へえ、そっちのお相手してくれるって?」
「そうです! 元の世界になかった技術を受けた私の剣技をご覧あれ!! イヤーッ!」
けれど相手は“白獅子無双”。
カロンの膝元ゆえに幻覚の強度が強かったのか、其の技量はまるで生前の彼を映し出すようで。
朝チュン(業界用語)はなかったけれども、至東は見事重傷と相なったのであった。てけてん。
●ルブラットは愛ゆえに
愛したいと思っている者は、沢山いる。
けれど、彼が愛されたいと望むのは――ただ、貴方だけです。
「我らが主よ」
振り返れば眩い光。其処に夢にまで見たルブラットの主がいる。
ずっとずっと、貴方の栄光に浴する事を望んでおりました。
地獄のへりに佇む私の背中を、他でもない貴方の御手が突き落として下さる事を望んでおりました。
――私は、貴方のお陰でこの世に生を受け、此処まで生き長らえてきました。どんな苦境に陥ろうとも、貴方が天の彼方から見守って下さっていたからこそ、歩んで来れたのです。
しかし、……貴方の意に反し、私はこの手を血に汚し続けている。
時に治療という名目で。時に本能のままに。
どうしても止められない、喜びを抑えきれないのです。
――申し開きをするつもりはありません。貴方は私を罰するのでしょう。
ええ、喜んで受け入れましょう。例え永劫の苦しみであろうとも。
貴方から賜るものならば、如何なる地獄であろうとも私にとっては至上の愛にほかならないのだから!
光はそっと、腕を広げた。
全てを許すというように。
其れを見て、ルブラットは愕然とした。感激ではない。愕然としたのである。
まさか、そんな事があるものか。
主がこのような私に対して、そんなご慈悲を与えてくれる筈などない!
罰こそが! 罰こそが私に相応しいのではないのか!?
――待て。
この部屋はなんだ? 華美に飾られたこの部屋はなんだ。
こんな俗欲に塗れた場所に、我らが主が降臨する事など――ない。
はた、と気が付いたルブラット。
これは幻術だ。と自覚するのにそう時間はかからない。
危うく勢いに呑まれるところだった。
「幻術に膝を突いていたなど、私の信仰心もまだまだだという事か。――さて、君にはさっさとご退場願おう」
闇色のミゼリコルディアが瞬いて、光を貫き切り裂いた。
幻影であるなら、我らが主のカタチをしているだけの紛い物。其の不遜さに免じて、八つ裂きにして差し上げよう。
●愛されたかった者たちは
「……重傷者は二人か?」
すやすやと眠っているように見えるノリア、そして何故か剣でしこたま斬られた跡のある至東。二人を支えて、ルブラットはココロに確認する。ええ、とココロは頷いて、無事に立っている他の6人を見た。
「皆さんも、幻影の誘惑を耐え切ったようですね」
「ええ、……まあ」
どこか歯切れの悪い返事をする正純は、少し顔色が悪い。其れでも笑みを浮かべて大丈夫ですと言うものだから、大丈夫なのだろう、と医術の心得がある二人は其れ以上追求しないでおいた。
「全く! わたしの幻覚に惑わされるなんて、此処に本物がいるでしょう!?」
「わーん! ごめんなさいルミエールおねーさん! でもでも、愛してるなんて言われたら」
「愛したくなるんでしょう、判ってるわよ! 其れが気に食わないのッ、このッ、このッ」
何故か幻影から醒めたらルミエールがフルールを痛め付けていた。彼女らについてはお互い同意の上らしいので、気が住むまで放っておいてあげる事になった。
「……なんだか、前に進む勇気を貰った気がするよ。幻影に惑わされたのに変な話だけど」
スティアが胸元に手を当てて、目を閉じる。
其れはヴィリスも同じなようで、そうね、と何処か晴れやかに剣脚のバレリーヌは仮面の下で笑った。
「でも、そうでもないのも何人かいるようね。……大丈夫?」
ヴィリスが帳に声を掛ける。何処かをぼやッと見つめていた彼は、はっと我に返ると、大丈夫だよ! と笑みを浮かべた。
「なんだか愛とか難しい話でよく判んなかったや。取り敢えず皆の手当しよう! 手伝うよ」
――ノリアが最も“普遍的な愛”を知る者だとするならば。
――帳が最も“普遍的な愛”から遠いのだろう。
誰も其れを知らない。
知る由もない。
帳が隠し続ける限り、誰もが帳の中の闇に気付かないままなのだろう。
愛とは。
愛とは何なのだろう。
人を前に進ませ、時に傷付ける。愛とは。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
愛とは何なのでしょう。時に傷付け、時に癒す。不思議なものですね。
MVPは二度目の邂逅と別れを経験したスティアさんに。
そして何名様かに称号を。
更に重傷者の皆様にはアイテムを発行しております。ご確認下さい。
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
其の抱擁を受けてはならない。
●目標
“溺愛”と対峙せよ
●立地
柔らかな絹のクッションに、天蓋付きのベッド。
磨かれた窓の外には永遠の花畑が広がる、楽園の中の鳥籠にも似た場所です。
貴方がたは此処で“愛する誰か”“愛されたい誰か”と相対する事になります。
●エネミー
貴方が愛するもの、愛されたいと願うものx?
このクエストには明確な答えはありません。
貴方が部屋で対峙するのは、貴方が愛する、貴方を愛する誰かです。
或いは顔は見えない、夢見るいつかの王子様かもしれません。
彼・彼女は優しく声を掛けて、其の腕を広げます。
でも……抱擁を受けてはいけません。
抱擁は柔らかな殺意を持って、貴方がたを戦闘不能にします。
(メタ的にいうと、パンドラ消費した上で重傷になります)
●
此処まで読んで下さりありがとうございました。
アドリブが多くなる傾向にあります。
NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
では、いってらっしゃい。
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