PandoraPartyProject

シナリオ詳細

朱雀院 美南は美味しそう。或いは、どなたも遠慮無くお越し下さい…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●晴れの日はお腹が空きます
「トレッ! ビアァァン!!」
 快晴の空の下。
 ラサの大地に喜色を孕んだ大音声が響き渡った。
 何事か、と振り返った朱雀院・美南(p3p010615)の目の前に、声の主が駆け寄ってくる。
「やぁ、そこのお嬢さん。その尻尾、その角、その翼……もしかして、ドラゴニアの方かな? 産t……じゃなかった、出身はどちら? 年齢は? 日頃、どんな食生活を? 適度な運動はしているのかな? 出k……じゃない、故郷を出てきたのはいつ? あぁ、いやいいんだ。答えたく無ければ答えなくても構わないよ。ただ、少しだけお話がしたいんだ。そう、有り体に言えば、ボクは君に興味があるのさ」
 声をかけてきたのは長身痩躯の女性であった。
 短く整えた金の髪に、耳から下げた琥珀の飾り。
 ラサの眩しい太陽よりも、ひときわ輝く笑顔を浮かべた口元に、頬まで続く縫い跡がある。
 しかし、顔の傷など関係なく、彼女は非常に美しかった。
 否、凜々しいと表現するべきか。
 一見すると線の細い美男子のようにも見えるが、その声や、近づいて見て初めて分かる体つきから女性であることは間違いないだろう。
 彼女が一つ声をかければ、男女を問わずホイホイと後を付いていってしまいそうだと美南は思う。事実、通行人の視線は先ほどからずっと彼女の方へ集中していた。
「わっ! びっくりした! 突然どうしたの?」
「失礼。自己紹介がまだだったね。ボクの名前はグーグー・ハンニバル。ゴヤという街を出身とする旅の記者だ」
 マシンガンの掃射にも似たグーグーの問いに、呆気に取られていた美南だが、ここに来てやっと僅かに本来の調子を取り戻した。
 当然に出身、年齢、食生活など奇妙な質問を投げかけられては、唖然とするのも仕方あるまい。
「本当にごめんね。君があまりに美味しs……いや、美しい人だったから、つい。先ほどからすまないね。感情が高ぶると、つい故郷のスラングが出てしまう。あぁ、それだけ君が魅力的ってことさ。お世辞じゃないよ! これでも肉……違う、人を見る目は確かだからね。君ならA4、いやA5は確実だろう!」
「A5? 何のことだろう? とりあえず、僕に用事があるってことで合ってるよね? だったら、場所を移そっか」
 往来での長話は通行人の邪魔になる。
 ましてや美南は悪の秘密結社「シュヴァルツァーミトス」に所属する身だ。怪人として活動中ならともかくとして、プライベートで大勢の注目を集めることは望ましくない。
 ヤサがバレては、怪活(※怪人活動の略)にも支障が出るのだ。
「本当にごめんよ。では、ボクのオススメのお店があるんだ。そこで食事でもしながら少しお話をさせてほしいな」
 そう言ってグーグーは美南の手を取った。
 オススメの店とは、よほどに美味い料理を出してくれるのだろう。
 顔をうっとりとさせたグーグーは、思わずといった様子で唇を舐める。

●グーグーの招待状
「店主、海亀のスープはあるだろうか? 無い? それなら肉餅は? 醢(ししびしお)があればそれも頼む。肉鍋かシチューは……いや、それは次回にしておこう」
 雰囲気の良いレストラン。
 グーグーは、メニュー表を開くなり幾つかの料理を注文した。
「あはっ♪ お腹が減っていたの? 随分と沢山注文するのね!」
 ステーキセットを注文しながら美南は笑う。
 グラスに注がれた冷えた水で唇を湿らせ、グーグーは照れたように頭を掻いた。
「ははっ! 食べることが好きなんだ。とくに海亀のスープには目が無くってね。昔、海で遭難してしまって餓死しかけたことがあったんだけど……あの時食べた海亀のスープは絶品だった。今も忘れられないよ」
 ほんの少しだけ残念そうな声音。
 好物の海亀のスープが置いていなかったせいだろうか。
「海亀のスープって僕は食べたことないや。グーグーはきっと、僕の知らないものを沢山、食べて来たんだろうね♪」
「もちろんさ。記者といったけど、専門は食レポでね。あちこちに出向いては、色んなものを口にしたよ。喋る団子に、空飛ぶ牡蠣、コケコッコといった有名所はあらかた食べたし、見知らぬ少女や鎧の男性に勧められて食べたうどんやプリンも絶品だった。あぁ、世にも珍しい歩く焼き菓子を食べ損ねてしまったのは残念だったなぁ」
 美南の問いに答えを返すグーグーは、異様なほどに上機嫌な様子であった。
 流れるように言葉を紡ぎ、身振り手振りを交えて思い出を口にする。
 美南との会話が愉しいのか、それとも食事の話をするのが嬉しいのか。
「珍しい食材って毒を持っていたり、調理が難しかったりしないの? そういう魚がいるって聞いたことがあるよ?」
「その辺りは問題無いよ。ボクは対象に【食材適正】を付与する魔法が使えるからね。それこそ、普通では食べられないようなものだってへっちゃらさ」
 例えば、と。
 そう言ってグーグーは、美南の角へ視線を向ける。
「知っているかい? 鱗は正しく手順を踏めば、ポテトチップスみたいにパリパリと食べられるんだ。歯触りが良くてね、手が止まらなくなっちゃうんだよ。それに角からは滋味に溢れたいい出汁が出る。あぁ、翼の皮膜も煮込めばすっかりとろとろになってね、手間をかけた分だけ味わい深くなるんだ」
「なんだか聞いているだけで、僕までお腹が空いてきちゃった! ねぇ、本当にグーグーの驕りでいいの? それならもう1品ぐらい追加で頼んじゃってもいいかな?」
「構わないよ。遠慮なく好きなものを食べてほしい。より美味しい物を、いつでもお腹一杯に食べられるっていうのはとてもいいことだと思うんだ!」
 初対面から数十分。
 グーグーと美南は、お互いの物怖じしない気性もあってかすっかり仲が良くなっていた。
 まるで数年来の友人であるかのように、言葉を交わして、笑い合う。
 楽しい食事とは、何も料理の味だけによって齎されるものでは無いのだ。誰と、どんな話をしながら、どんな場所で。そう言った料理以外の要素の充実もまた、美食には欠かせぬものである。
「うんうん! 美味しい物をいつでも好きな時に食べられるのって素敵なことだよね!」
「そうだよね! ボクもそう思うよ! そこでボクは、自分でお店を持つことにしたんだ! 最近、郊外に店を構えたんだけど、オープン前にぜひ君に試食に来てほしい!」
 思い出した、という風に。
 グーグーは懐から1枚のチラシを取り出し、美南へと手渡した。
 チラシに記載されている店の名前は「レストラン・オセロット」。
 グーグーの言った通り、街から少し離れた遺跡の近くが住所となっている。
「オセロット……山猫という意味ね。あれ? ここに書いている“当店は注文の多いお店です”って、どういう意味なの?」
「あぁ、ただ料理を提供するだけって言うのも違うと思って。料理を美味しくする要素として、食材やスパイスの選定は重要だろう? でも、それだけじゃなくってシチュエーションも大事なんだ」
 そう言ってグーグーは、店の天井付近を指さす。
 現在、美南とグーグーのいるレストランは洞窟の中にある。
 そのため、天井には一部穴が開いていて、そこからラサの燦々とした太陽光が降り注いでいるのだ。いわば、天然の照明である。
「フィレ肉をメインに据えたフルコースなんかは、ゆったりとオーケストラでも楽しみながら食べたいよね? でも、串焼きや粉物は、喧騒の中で貪るように食べる方が美味しい。ボクが理想とする料理もそういう類のものでね、少しだけお客さんにも協力してもらう必要があるのさ」
「何だか大変そうだね」
 1つ目の注文である“履き物や服の砂をしっかり落としてください”。
 その程度なら、入店のマナーとしてすんなりと理解できる。
 しかし、そこから先は例えば「滝を潜って、塩の洞窟へと入り」「小麦粉の中を突き進み」「オイルのプールを泳ぎ切る」といった、幾分ハードな注文が続くらしい。
 それほどの難関を潜り抜けねば食せぬ料理に興味はあるが、なかなかどうして大変そうだ。
 気後れが顔に出ていたのか、グーグーは少しばかり慌てた調子で言葉を続けた。
「料理をより美味しくするために、必要な手順や下準備、それか儀式のようなものと思ってくれればいいよ。そうだ! 大変だと思うのなら、お友達も誘ってみてはどうかな?」
 1人でのクリアが難しそうなら、2人、3人と人を増やして挑めばいいのだ。
 その提案に、美南はパッと表情を明るくさせた。
「それいいかも♪ 最近、知り合った人たちでもいいかな? 一緒に美味しい料理を食べれば、今よりもっと仲良くなれるかもしれないよね!」
「あぁ、ぜひそうしてくれ。歓迎するよ。ふふ、腕が鳴るなぁ。ボクは食べるのも好きだけど、料理するのも大好きなんだ。帰ったらさっそく、包丁を研いでおかなくちゃ。肉も骨も、綺麗に両断できるような特注品があるんだよ。来店の際には特等席で調理の工程を見せてあげるね。限られた人にしか見せたことの無い【必殺】技のようなものさ!」
 なんて。
 嬉々として語るグーグーと美南は、午後の時間を丸々使って、各地の名物料理の話で盛り上がったのである。
 後日“レストラン・オセロット”へ顔を出すことを約束し、美南とグーグーは分かれた。

 その日の帰り道、美南は1枚の紙面を拾う。
 それはどうやら、指名手配書のようだった。
 インクがすっかり掠れていて、記載されている文字を読み取ることは出来ない。
 しかし、手配書に掲載された顔写真は、どうにもグーグーによく似ていると美南は思った。
「DEAD OR ALIVE? 連続殺人犯とかかな? グーグーに似てるけど……うぅん? きっと人違いだよね」
 ぐしゃり、と。
 手配書を丸めると、美南はそれを通りの隅のゴミ捨て場へと投げ込んだ。
 それっきり彼女は“グーグーによく似た手配書”のことなんて、すっかり忘れてしまうのだ。

GMコメント

●ミッション
“レストラン・オセロット”の攻略

●ターゲット
グーグー・ハンニバル
凜とした佇まいの女性。
口元に縫い傷のある整った顔立ちに長身痩躯。遠目には男性のようにも見えるかもしれない。
旅の記者であり、とりわけ食レポと呼ばれる類の記事を多く書いている。
彼女自身も、料理および食事を趣味としており、対象に【食材適正】を付与する魔術を扱えるらしい。
また、彼女の愛用する包丁は【必殺】の切れ味を誇るという。
最近、ラサの砂漠にある遺跡を利用し、彼女の理想とするレストランを開こうと計画しているようだ。
しかしどうやら“レストラン・オセロット”の調理場兼食卓へと至るには、幾つかのアトラクションを突破する必要があるらしい。
※“レストラン・オセロット”を攻略する中で、皆さんはより深く彼女の本質を知ることになる可能性がある。

●フィールド
ラサ。
砂漠の遺跡を利用して作られたレストラン“オセロット”が舞台となる。
オセロットの入り口には「当店は注文の多いお店です」の文字が記載されており、1度入ると、最奥の部屋に辿り着くまで脱出できない造りとなっているようだ。

1つめの部屋:履き物や服の砂をしっかり落としてください。
 滝を潜った先にあるのは、塩で出来た洞窟。
 どうやら壁は【ブレイク】効果のある素材で出来ているようだ。
 まるで迷路のような造りになっているので、踏破には相応の時間がかかることだろう。

2つめの部屋:豊穣の大地ですくすく育った小麦粉です。どうぞ隅々まで纏ってください。
 部屋は最高品質の小麦粉で満たされている。小麦粉の中に次の部屋へと進むための鍵がある。
 小麦粉を掻き分け進むのは大変だ。【停滞】【重圧】の状態異常を受けるかもしれない。

3つめの部屋:鉄帝にて採取された最高品質のオイルです。思う存分に泳がれてください。
 オイルのプールだ。プールの上には細い橋が架かっている。
 なんだか部屋が熱い気がする。もしもオイルが煮だっていれば【紅焔】は免れないだろう。

最後の部屋:注文が多くて大変だったでしょう。でもここで最後です。まずは少しお休みなさい
 調理場兼食堂となっている。
 調理の様子を見せてくれる手筈となっているようだ。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●風の噂
※皆さんは以下の噂を知っていても構わないし、知らなくても構わない。

最近、ラサに流れ着いてきた連続殺人鬼の話。
男性か女性かも定かでは無いが、どうやらその者は人を殺めて喰らうらしい。
【食材適正】を持つ者を、正確に見極める“目”を持っているようだ。

  • 朱雀院 美南は美味しそう。或いは、どなたも遠慮無くお越し下さい…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年05月31日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
レッド(p3p000395)
赤々靴
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)
砂漠の蛇
百合草 瑠々(p3p010340)
偲雪の守人
朱雀院・美南(p3p010615)
不死身の朱雀レッド
※参加確定済み※

リプレイ

●履き物や服の砂をしっかり落としてください
 暗い部屋に灯が1つ。
「ええ、彼女と逢ったのは偶然。彼女が私に声をかけたのは……もしかしたら必然だったのかもしれませんね。なにしろ“私”は望まれるならこの身を少し差し出す事は厭いませんから」
 秘密結社「シュヴァルツァーミトス」の隠れ家。
 その1つにて『不死身の朱雀レッド』朱雀院・美南(p3p010615)はかく語る。
 事の起こりは、ラサの往来で美南が1人の美食家記者と出会ったことにまで遡る。
 その顛末は知っての通り。
 けれど、仔細までもを詳しく知るものは当事者たちのほかにはいない。だからこうして、美南に話を聞いているというわけだ。
「どこから話すべきかしら? あぁ、そうだわ。最初に“おかしい”と声を上げたのは、たしか『血反吐塗れのプライド』百合草 瑠々(p3p010340)さんか、『葬送の剣と共に』リースヒース(p3p009207)さんのどちらかではなかったかしら?」

 グーグー・ハンニバル。
 彼女の始めたレストランは、ラサの遺跡の中にひっそりと存在していた。
『履き物や服の砂をしっかり落としてください』
 そんな案内板の指示に従い、滝を潜った先にあるのは暗くて広い洞窟だ。
「うむ。二本足の霊が妙に多い店だな。ならば、そういうことか……」
「どーなってんだいきなり。なんで塩の洞窟潜らなきゃならねえんだよ」
 洞窟の壁面には、白い塩の結晶がびっしりと張り付いていた。
 リースヒースは視線を右へ左へと、虚空を見やって1つ頷く。リースヒースの目には、常であれば見えないはずの何かが見えているらしい。
 洞窟の道幅は決して広いとは言えない。
 肌を岩塩に擦りながら、瑠々は何度も舌打ちを零す。
「こんなものがお塩だなんて」
 指の腹で岩塩をこそいで『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は、舌でそれを舐めとった。
「わたしには認められませんの。本物のお塩とは、この特級天然海塩のこと」
 はぁ、とため息交じりに取り出したのは小瓶に入った真白い塩の結晶だ。それは昔ながらの製法で丁寧に作られた、特級品の海塩。豊穣の帝に献上されることもあるという、非常に効果なものである。
 ノリアはそれを、自身の肌にぱっと軽く振りかける。
 下味だから、とやたらめったら塩を揉みこむなんて真似は、いかにも品が無さすぎだ。
「ペロッ……コレは良い岩塩! ちょっとお肌ヒリヒリするっすけど」
 そう言って『赤々靴』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)は、岩の壁を舌でひと舐め。ノリアやレッドが持参した“特級天然海塩”ほどではないが、洞窟を形成している塩も、天然の上物なのである。
 けれど、舐め比べて見れば味の違いは一目瞭然。
 岩塩が“天然由来の雑味”に溢れた塩だとすれば、海塩の方は“丁寧に雑味を取り除いた文明の極致”とも言える味わいであった。
 当然、肌に振りかけた際の感触も違う。例えるのなら、加工前の上級毛皮と、丁寧に鞣した一等級の毛皮の違いといったところか。
「なぜ進んで自分に塩を振りかけて……あの、やっぱり騙されていませんか?」
 おかしいでしょう?
 疑問の声を零した『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)に対し、『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)は「今更だ」と僅かの間さえも空けずに返した。
「そもそも、こんなところに塩の洞窟を作っているというだけでおかしな話だ。そして、この微かに香る不愉快な臭い……腐敗臭か?」
「アァ? 腐敗臭だぁ? 何か腐らせてんのかよ。料理に使う奴じゃなきゃいいが」
「これで下手な料理しか出なかったら張り倒す所だな」
 指の先に光を灯し、セレマは先頭を進む。
 塩の香りに紛れて曖昧模糊としているものの、洞窟の奥からは微かな血と、腐った肉や臓物の匂いが漂っていた。

●豊穣の大地ですくすく育った小麦粉です。どうぞ隅々まで纏ってください
「実際のところ、1つ目のアトラクション……塩の洞窟は単なる序章に過ぎなかったのです」
 組んだ膝に肘を突き、美南はくっくと肩を揺らした。
 それから彼女は、テーブルの上に置かれた魚のフライへと目を向ける。
 今日の夕食か……フライの隣には、血のように紅いワインのボトル。
「下拵えが終わったら、次はいよいよ調理の開始と相場は決まっているでしょう」
 
 洞窟の先は一面の白。
 部屋いっぱいに満たされた小麦粉だ。風に舞って白い粉が舞い上がり、ただそこに立っているだけで美南の肌はすっかり真白に染まっていく。
「成程ね、料理に小麦粉は必須だもんね♪ 僕、ワクワクしてきちゃった♪」
 さらさらとした小麦粉は、おそらく豊穣産の上等なものだろう。
 試しに1歩、踏み出せば振動で舞い上がった小麦粉が美南の脚を包み込む。
「人魂の天ぷらは絶品だ、と昔に何かで読んだ覚えがあるな。いや、私は埋葬者、恐れることはない。霊魂を食うことはない」
「リースヒース君はさっきから何と話しているんだ? いや、しかし……これはボクらを調理するつもりじゃあないのか?」
「やっぱ、ウチら喰われんの……?」
 虚空へ声をかけるリースヒース。
 塩の染み付いた腕と、眼前に広がる小麦粉の原を見比べるセレマ。
 頬を引き攣らせた瑠々は、思わずといった様子で1歩下がった。
「そういえば人食い殺人鬼がいるという話を聞いたことがある……『人食い山猫』とも呼ばれる、人間を調理しながら殺す狂人だ」
 それは、ここ最近ラサを騒がせる連続殺人事件の噂だ。
 見つかる遺体はどれも損壊が激しく、例えば腿などの“食しやすい”部位だけが、ごっそりと切り取られていたという。
「冗談じゃねえぞ。人喰いがいるとか聞いてねえよ」
 瑠々が何度目かの舌打ちを零す。
 件の殺人犯は未だ見つかっていないが……美南に声をかけて来た美女は、思えば言動が怪しくは無かっただろうか。
「わおっ! 次は宝物探しアトラクションっす? コレも料理の真髄を知る試練かもっす!」
「次の扉を開ける鍵を探すんだよね!」
 やっほう! と、ばかりにレッドと美南の2人は小麦粉の原へと跳び込んだ。
 盛大に小麦が舞って、2人はあっという間に白に塗れる。
 最初に潜った滝の水で、肌が濡れていたこともある。溶けた小麦粉が纏わりついて、どうにも動きにくそうだった。
「小麦粉は、たしかにいいものそうですの……!」
「えぇと、そろそろ帰ったほうがいいのでは」
 小麦の原を進む2人は、まるで油で揚げられる前のエビフライのようにも見える。
 くるり、と背後を振り返って……ギぃ、と重たい音を立てて閉まる鋼の扉に気付く。
 退路は塞がれた。
「……いえ、私も心を決めました。進みましょう。できる限り速く」
「では、わたしの出番ですの」
 後へ退けぬなら、先へ進むしか道は無い。
 覚悟を決めたサルヴェナーズを追い越して、ノリアが小麦の原へと跳んだ。弧を描いて、頭から綺麗に小麦粉の中へ跳び込む姿は、大海原を自在に泳ぐ魚のそれに相違ない。
「わたしの体をおおう大海の抱擁が、小麦粉をどろどろにしてしまいますの」
 清水の衣を纏ったノリアは、小麦粉の原を右へ左へと自在に泳ぐ。まるでそこが水の中であるかのように……ゆらり、ゆらりと。
 よくよく見れば、彼女の身体が小麦粉をすり抜けているのが分かるだろう。
 とはいえ、しかし……。
「……溶き小麦粉の衣がついてしまった」
 ノリアが小麦粉に塗れることは無いけれど、リースヒースたちはそうもいかない。
 ただ立っているだけでも、空中に舞う小麦粉が徐々に体に付着するのだ。
「早々に抜けてしまおう」
 そう呟いて。
 セレマは、ノリアのサポートへ回った。

『鉄帝にて採取された最高品質のオイルです。思う存分に泳がれてください』
 3つ目の部屋ともなれば、いよいよもって調理も大詰め。
 下味は付けた。
 衣は塗した。
 となれば次は、油でからりと上げるだけ。
「自慢のつるんとしたゼラチン質のしっぽに火をとおそうだなんて……とんでもないことですの!」
 ぐつぐつと煮立つ油が跳ねた。
 熱された油はノリアの透き通るほどに薄い皮膚を……というよりも、透き通った透明に近い尾を焼いた。
「カラッと揚げるんですね、わかります」
「そう易々とは揚がりませんの」
 躊躇うことなく、美南は1歩、前へと進む。
 滾る油の上にかかった1本の橋は、人が1人、辛うじて乗れる程度の幅しかない。おまけに下からは耐え難いほどの熱気と、跳ねる油。
 身に纏った衣が、次第にこんがり、きつね色に揚がっていく。
「オイ……マジか。人間大のフライにするってか。マズいぞ。直ぐに揚がっちまう。主に美少年とサルヴェナーズが」
「いえ、私はこういったものは平気ですから、プールで泳ぐと傷を負ってしまいそうな方を持ち上げて運びましょう」
 瑠々とサルヴェナーズが視線を左右へ彷徨わせる。
 常人であれば、ぐつぐつと煮える油に浸かってしまえば、全身火傷は免れない。煮立つ油に浸かることを指して“風呂”と称した例もあるが、人はそれを“拷問”或いは“極刑”と呼ぶのだ。
「最早隠す気もないな。主人はボク達を唐揚げにしたいらしい。幸いボクは無傷で済むがそうもいかない人も……」
 と、セレマは視線を左右へ泳がし首を傾げた。
「今度はオイル沢山っす! この匂いは間違いないスチールグラード一等級品! 羨ましいっす!」
「あまりいないな? どういうことだ?」
 油を盛大に撒き散らしながら、レッドが油の上を先へと駆け抜けていく。
 跳ねた油がセレマの頭から降り注ぎ、染みの1つも無い肌を一瞬で赤く爛れさせた。よほどに肌が弱いのか、爛れた肌は剥がれ落ち、頬骨が剥き出しになる。
 けれど、その程度の傷は慣れたものだ。
 箪笥の角で小指をぶつけるのとそう変わらない。たったそれだけでセレマの心臓は止まるが、どうせ数瞬もせぬうちに再び鼓動を刻み始めるのだから。
「ぬるぬるする! いや、何だこれは? ボクの髪がカリっと揚がってしまっているじゃないか!」
「……あ、いい香りですね」
 頭部に張り付く衣を引っぺがしながら、セレマが不満を口にした。そんなセレマの様子を、じぃとサルヴェナーズが観察している。
 とはいったものの、かくいうサルヴェナーズの身体も、あちこちにきつね色の衣が張り付いている状態だ。
「ああ……揚がってしまった、か?」
 すい、と片手を宙に泳がせ、リースヒースは辺りに燐光をばら撒いた。
 仲間たちの傷や、その身を侵す異常を治癒する淡い光が降り注ぐ。
 かくして、イレギュラーズ一行は無事に油の海を抜け、最後の部屋へと辿り着くに至ったのである。

●注文が多くて大変だったでしょう。でもここで最後です。まずは少しお休みなさい
「彼女が食人鬼だと知っていたか? えぇ、それはもちろん。初めから感じていましたから……彼女の“美味しそう”、“食べたい”って感情を」
 くすり、と笑んで美南は自分の尻尾を片手で持ち上げた。
「贄の少女ですから。食べられるのは別に構わなかったんですよ。尻尾はギフトで生えますし……え、味の方ですか?」
 それは彼女に聞いてみないと分かりませんよ。
 そう言って美南は、視線を窓の外へと向ける。
 果たしてそこには、遥か彼方まで続く、広い広い砂漠があった。

「本当は、美味しく調理された君たちを回収して、ゆっくり晩餐を楽しむつもりだったんだ」
 細い体にスーツを纏い、手には包丁を持っている。
 キッチンには大量の調理器具に食材、調味料、それから人でもすっかり入るほどに巨大な鍋やフライパン。
 高価なワインのボトルを並べ、サラダとパンも出来たてのものを揃えていた。
 だというのに、ただ1つだけが足りていない。
 メインディッシュだ。
 エントマ・グーグーの今日のディナーは、あろうことかすべての調理工程を、自力で突破して来たのである。

「ようやくお目にかかれたな殺人鬼さんよ。テメエのおかげでこちとら食材になるところだったぜ……冗談じゃない」
 髪も服も、すっかり揚がった衣に塗れ、けれど瑠々は2本の脚で立って歩いた。
「冗談じゃないのはボクの台詞だ! 君のような白くてほっそりとした子はね! 可食部が少ない分、大事に大事に食べるんだ! だっていうのに、ふざけやがって! 何で生きているんだよ!」
 まごうことなき逆切れである。
 そして、ことここに至ってなお、エントマはイレギュラーズたちを食材として見ていた。
 自分と同じ形をして、自分と同じ言語を操る生物を喰らうという発想は、瑠々には理解しづらいものだ。
「今からでも遅くない! ステーキにしてやる!」
 一閃。
 グーグーは鋭く尖れた包丁を振るう。
「っ……マジか。コイツはやべえな。マジでやる奴があるか」
 踏鞴を踏んで瑠々は下がった。
 抉られた頬の傷は治りが遅い。
「『私』の中にあるのと同じ、どす黒く濁った願い。これ以上、膿を広げる前に片付けてしまいましょう」
 後退するサルヴェナーズの足元から、どうと汚泥が湧き上がる。溢れる毒虫に蛇や蠍が一斉にグーグーへと襲い掛かった。
 グーグーは素早い動作でそれを回避し、青い顔をしてサルヴェナーズへ怒声を浴びせた。
「キッチンに泥を撒き散らすんじゃない! あぁ、虫までっ!? え、衛生管理が鳴ってなさすぎるよ!」
 正論である。
 キッチンに泥を撒いたのは、確かにサルヴェナーズが悪い。
「構うことはない、続けるんだ。ボクだけじゃあどうやっても勝てないうえに好事家の金持ちとか相性最悪だ」
「構うだろうが!」
 激高したグーグーが、泥を回避し狙いをセレマへと変えた。
 床を蹴って、滑るように疾駆する。
 これまでに大勢の人を殺めて、喰らって来たのだろう。戦闘技術も、そこらの殺人鬼としてみれば上等な部類だ。
 咄嗟に庇いに動く瑠々だが、位置が悪く届かない。
 けれど、しかし……。
「殺めすぎては生死のバランスが崩れ続ける……それは、宜しくない」
 闇を固めたかのような、漆黒の剣がグーグーの包丁を受け止めた。
「結論からすれば、御身は美食家ではない。各地をさすらい、狩場を食い荒らすけだものにすぎぬ」
 淡々と。
 リースヒースは、グーグーを指して“けだもの”であると断じてみせる。
 なるほど確かに、頬の縫い跡は裂け、鋭い犬歯が剥き出しになったグーグーの顔付きは、およそ人のそれではなかった。
 ぐるる、と腹の音を鳴らして一身に刃を振る様は、理性を損ねた野獣のそれだ。
 そして、この場には“獣”がもう1人。
「色んな味を知ってるグーグーさんに質問ーっす ヒトの味てどんな味? 食べられる前に食べ返してやるー!」
 燐光を纏ったレッドが跳んだ。
 赤い髪を振り乱し、グーグーの肩へ重たい蹴りを叩き込む。
 一瞬、よろけたグーグーはレッドの顔へ向けて包丁を一閃させた。鋭い刃がレッドの鼻先を抉り、鮮血を噴出させる。
 顔を濡らす血を舐めとって……グーグーは一瞬、恍惚とした表情を浮かべた。
 だが、次の瞬間……。
「本物の“のれそれ”は、そのまま生でおめしあがりくださいですの」
 グーグーの側頭部を、ノリアの尾が殴打する。
 一瞬、白目を剥いたグーグーがよろけた。
「刺身……あぁ、ラサに来てから、暫く食べていない」
 幻覚でも見ているみたいな虚ろな視線で、グーグーはノリアへ手を伸ばした。
 するり、と。
 ノリアの尾はグーグーの手からすり抜ける。
「味つけは、ゆずポン酢でもわさび醤油でも、オリーブオイルでも……お好みで」

美南の振るう赤い旗が、グーグーの手から包丁を払う。
 満身創痍。
 全身に打撲と擦り傷を負ったグーグーは、けれど動きを止めはしない。
 その瞳に、既に正気の色は無かった。
 口腔から溢れる唾液もそのままに、グーグーは美南へ跳びかかる。
 なるほど、その様はまさしく飢えた獣のそれである。
 そして、ついに……。
「あぁ、美味しい。美味しいよ……やっぱり、ボクの目に狂いはなかった」
 美南の尾に喰らい付き、肉を食いちぎったグーグーは、うっとりとした表情を浮かべてそう呟いた。
 それから……。
「贄の少女たる私の肉はどうですか? グーグーさん……最後の晩餐にはピッタリでしょう?」
 なんて。
 振り下ろされた美南の旗が、グーグーの頭部を殴打して、その意識を刈り取った。

 砂漠に幾つかの墓標。
 グーグーの店から発見された人骨と一緒に、グーグーの遺体も砂漠に埋めた。
「……食欲旺盛過ぎたが……何、死ねば皆、屍にすぎん」
 リースヒースのその一言が、乾いた風に乗ってどこかへ運ばれていく。
 人食い、グーグー・ハンニバルは食欲の果てに命を落とした。
 それが、食欲に生きた女の末路であった。

「美味と言ってくれたから、私も嬉しいです」
 なんて。
 窓の外に目を向けて、美南はそう呟いた。
 それから、思い出したみたいに彼女は1つ、言葉を加える。
「そう言えば、グーグーさんの遺体ですが……埋葬した場所に無かったそうですよ。野犬にでも掘り起されたか、それとも」
 今もどこか砂漠の果てを、食材を探して彷徨い歩いているかもしれない。

成否

成功

MVP

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。
この度はシナリオリクエストおよびご参加ありがとうございました。
グーグーの企みを阻み、無事に生還しました。
依頼は成功となります。

この度はご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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