シナリオ詳細
五月のレイニィスカイ
オープニング
●五月の雨
雨が降ると、古傷が痛む。
傭兵として殺し殺されの人生を送ってきた俺が、どうにか幸運にも『殺し続ける側』でいられた頃。
俺の人生に止めを刺したのは、俺よりもずっと若くて、才能のない奴の、やけっぱちの一撃だった。
剣そのものがボロボロならば、太刀筋もボロボロ。だが、疲弊しきって油断していた――いや、言い訳だ。何があろうと、戦場ならば結果がすべて。とにかくそいつの未熟な一撃は、俺の腕を力強く切り裂いた。医学的な事はよくわからないが、どうもその辺に筋肉の筋があって、それがキレイに切り裂かれてもどらなくなっちまった。
おかげで、今は利き腕の右腕はほとんど動かない。どうにかこうにかモノを持ち上げる位のことはできるが、でも、剣を持つことなんて不可能だ。
俺は傭兵を引退して、故郷の街に戻った。
幸運だったといえるかもしれない。傭兵を引退するときなんぞは、戦えなくなったとき。それは大体の場合は『死んだ』時なのだが、俺はこうして、生きながらえている。
不運だったといえば、そうだろう。俺は暴力を生業にする事しかできないような破綻者だ。それができなくなった今は、俺はもう、ただのごくつぶしに過ぎない……。
雨が降ると古傷が痛む……俺の生命を絶ったはずの右腕の傷が、なぜ生きているのかとしくしくと鳴く。一緒に死んでくれればよかった、と右腕が泣く……。それがたまらなく辛くて、浴びるように酒を飲んだ……。
ファイオという男が故郷の街に帰ってきたのは、もう数年ほど前になる。街でも腕利きの剣士だった彼が、傭兵になるのだと街を出た時、盛大ではなかったものの、街から外へ旅立つ若者に、祝福を祈る程度の付き合いは、街のものにもあった。
決して嫌われていたわけではない。むしろ逆。小さな町であったので、町民同士の付き合いはそれなりに深かった。
事実、ファイオが返ってきた時も、街の人々は手厚く迎えてやった。ただ、それ以上に、彼は心も体も傷ついていた……優しさを、素直に受け止められないほどに。
「あいつ、まだ飲んだくれてんのか……」
ファイオの家は、彼の父が遺した一軒家である。そのはす向かいの知人は、薄暗い雨の空に、明かりすらともさないファイオの家の窓を見やりながら、心配げに言った。
「あいつ、確かに剣術がうまくてさ。奴なら大陸一の傭兵になれるぜ、何て乗せちまったのが間違いだったのかな……あんなボロボロになって帰って来るなんざ……」
嘆息する。祝福して送り出したのは事実……だが、今の彼の姿を見れば、それはある種の呪いであったのか……。暗澹たる気持ちを象徴するように、五月の空は曇り空を見せて、しとしとと重い雨が降っている。
「おい、クラット、おい!」
と、知人の男を呼ぶ声が、街路から響いた。見てみれば、大慌てで駆けてくる、壮年の男の姿があった。
「まずいぞ! ネッドの奴が帰ってこないんだ!」
「あ? ネッドって、あのネッドか? テレンスんとこの男の子?」
「そうだよ! あいつ、ファイオが帰ってきてからも、ファイオにあこがれて剣ふってただろ! 近くの遺跡でそうやって遊んでんだが……午前中に行って、昼過ぎになっても帰ってこねぇんだ!」
「マジか?! おい、隣町に行って騎士団……いや、確か街の中にローレットの出張所があったな!
そこ行って手を借りてこい! 探索してもらわにゃ!」
「お、おう!」
その時、ばだん、と扉が開く音がした。蒼白な顔をしたファイオの姿が、そこにあった。
「ファイオ、お前……」
「俺のせいだ」
ファイオが吐き出すように言った。
「くそ、俺のせいだ! 俺が探してくる!」
そう言って、ファイオが駆けだす。
「おい、馬鹿、やめろ!」
クラットが叫ぶのへ、しかしファイオは駆けだした。ああ、もう、とクラットは頭をかいて、
「とにかく、ローレットだ! 遭難者、多分二名!」
「お、おう!」
男が頷いて、ローレットの出張所へ向けて走り出す――。
ファイオは遺跡に向かう道を走りながら、思い出す。失意のまま街へと帰ってきてから、傭兵だった彼に懐いていた、ネッドという小さな少年の事。邪険にしても、まるでファイオがひとかどの人物であるかのように目を輝かせる彼を、ファイオはどこか辛い気持ちで見ていた。
俺は大した男じゃないのさ。傭兵なんてのも……いい仕事じゃない。
そう言っても言っても、やはり幼い彼には通じないのだろう……訓練してくれとせがむネッドを、追い払うために、ファイオは嘘をついた。
――俺はお前くらいの時には、近くの遺跡の奥にある、水晶を見つけて持ち帰ったのさ。
――それができないなら、諦めな。あそこには、古代のアンデッドや闇の怪物なんかがいる……。
ネッドは少し臆病な所があったから、そう言えばあきらめると思っていた。だが……。
「くそ……!」
ファイオが苦しげにうめきながら、遺跡へと走った。くだらない、どうして俺はこんな、くだらない事をしているのだろう。
こんな風に、誰かを傷つけ、殺して、自分は死にきれずに帰って来ながら……。
またこうして、誰かの命を奪うきっかけになるのか……。
「止めてくれ……」
ファイオが唸った。
「止めてくれよ……」
ぶるぶるとケガで震える右腕を叩きながら、おぼつかないまま左腕でボロボロの剣を握った。そうしてそのまま、彼は遺跡の中へと足を踏み入れた……。
●二つの命
「ローレットの! イレギュラーズさん! ちょうどよかった!」
と、出張所の一つで仕事を探していたあなた達イレギュラーズに、大慌ての様子で一人の男が話しかけてきた。
「わるい、緊急! 緊急の仕事だ!
近くにある封鎖された遺跡に、街の子供が入っちまったんだ!
で、なんかこう、それを探しに元傭兵の男も入ってちまって!
兎に角大変なんだよ!」
慌てる彼をなだめ、正確に情報をきけば――どうやら、遺跡内に子供が立ち入ってしまった可能性があり、あまつさえ、怪我をして満足に戦えぬ元傭兵の男が、子供を探しに遺跡に体散ってしまったようなのだ。
「い、急いで二人を助けてやってくれ! あそこ、遺跡に入らなければ大丈夫なんで封鎖されてたんだが、誰かがいたずらで鍵を空けちまったらしい……!」
慌てる男の言葉に、あなた達は頷いた。すぐに支度をすると、目的の遺跡に向って、走り出したのだ――。
包帯で乾燥した体を包むマミー。或いは、スケルトンのアンデッド。影が実態を持ち、死を嘯くシャドー・モンスター……。
遺跡に潜む怪物たちから逃げ回りながら、ネッド少年は泣きそうになるのをこらえた。
ファイオは今は、やけっぱちになってるけど、本当は優しくて勇敢な人なんだと知っている。
彼を勇気づけてあげられれば、きっと、また、前のように元気に笑ってくれるはずだ。
そのためにも……僕は、ファイオと同じように、勇気ある、強い男だって証明してあげないといけない。
それは幼い思い込みであったが、しかし彼の真心故の行動だった。ネッドは木の剣を片手に、遺跡の奥へと進んでいった……。
- 五月のレイニィスカイ完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年05月31日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●死霊の巣窟
そこに足を踏み入れた時、明確な寒気のようなものを、イレギュラーズ達は感じていた。……死者の、気配だ。
「……確かに、まがまがしい空気を感じます。なるほど、死者の怨念が巣くう……と言われれば、納得も行きますね」
僅かに顔をしかめながら、『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)はそう言った。
「このような場所に、少年が、そしてもう戦えぬ男性が一人……危険ですね」
「ああ。全く、鼻が曲がるような気配だ」
眉をひそめつつ、『幻想の勇者』ヲルト・アドバライト(p3p008506)が言った。戦うものだからわかる、濃密な死の気配。太古より、多くの死を飲み込み、その腹の内で熟成させていたのだろう。その腹の中が外に出ないのは僥倖だったといえる。
「しかし、こんだけ危険な気配だ。いくら元傭兵ったって、怪我して戦えないなら無理ってものだ。
……自分には無理ってわかりそうなものだけどな。それでよく傭兵なんてやってたもんだ」
「依頼主の話だと、引退してお酒におぼれていた、と聞く」
うむ、と頷いて、『特異運命座標』イシュミール・ストラトス(p3p010533)が言った。
「それに、自分を慕っていたというこの危機だ。危険と分かっても、気が気じゃなかったのかもしれないな」
イシュミールの言葉に、頷いたのは『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)だ。
「彼は傷つき、弱っているところなのでしょう。
生きる指標を失い、目的を失い、今は何も見えないのならば、暗闇に迷う事も道理です」
「それはそうだがな……ま、その状態でも子供を助けるのに駆けだしたところは認めてやるけどな」
ヲルトがそう言いつつ、暗視の目で遺跡内を見る。石と土、そして人工物で構成された、地下迷宮と言った所か。あちこち崩れているところはあるが、土台自体はしっかりとしており、年数を経てもその形をほとんど存続させていた。
「中々広そうだ。急ごう。どっちも助けないとならないのが、ローレットの辛い所だな」
ヲルトの言葉に、仲間達は頷いた。そしてゆっくりと、遺跡内に足を踏み入れていった。
ファイオは物陰に隠れながら、スケルトンたちが群れを成して何処かへ去っていくのを待つ。傷と酒に弱った腕は、もはや剣もろくに握れない。
情けない……どうしてこんなことになったのか。いや、この遺跡の怪物たちは、自分が子供の頃よりは格段に強くなっていた。世界が滅びるとか言う予言の影響が、ここにも及んでいるのかもしれない。いや、そうだって、本来は彼も、もっと強かったはずだ。現役時代なら、子供一人連れ帰ることぐらいできたはずだ。
みじめだ。愚かだ。これまでの自分も、これからの自分も。結局こうして、怪物から逃げ回るのが、無様で仕方ない。
畜生、と声をあげた。刹那、目の前の怪物は、音を立てて崩れ去った。
「見つけました、焦り……そう言った感情!」
声をあげ、『介錯人』すずな(p3p005307)は手にした刃を翻して遺跡を走る! 石畳をたん、たん、たん、とリズミカルに踏んで跳躍。ふわり、と振るった刃は、その一刀で以ってつむじ風のごとく無数の斬撃を生んだ。如何に魔術的な生命力を持ったスケルトンとて、その根源を粉みじんにされては無意味。必殺の一撃が、スケルトンの一体を粉砕、ばらばらと地に落着させる。
「小夜さん!」
しゃん、と刃が鳴る刹那、すずなは声をあげた。『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)が鋭く、影のように奔る。振り下ろされた刃は、狼藉と名付けられたとおりの荒々しく、しかし鋭すぎる斬撃。必殺の落花。零れ落ちる生は、椿のごとくぼとりと落ちる。
「ええ、この程度」
剣姫、舞うがごとく。二人の剣姫の動きに、目を囚われていたのは、物陰に隠れていたファイオだ。
「し、信じられない……同じ人間の動きか、こいつは……!」
今まで出会った、誰よりも強く、美しい剣の冴え。それは、ファイオの頭にもやを浮かべていた酔いを、瞬く間に吹き飛ばすほどの冴えであった。
そのファイオの目の前を、また一つの影が飛び込んでいった。『ゆめうさぎ』冬兎 スク(p3p010042)だ。一陣の風のごとく、戦場を駆け抜けるスク。背中のバーニアが、ぼう、と炎を噴射する。その移動の慣性と勢いを乗せた一撃が、スケルトンを粉みじんに粉砕した。それは、スクという砲弾が直撃したかのようなイメージだ。
「その容貌、ファイオ殿で間違いないな?」
驚くファイオに、そんな彼の顔を覗き込むように声をかけたものがいた。『手向ける血の花』志岐ヶ島 吉ノ(p3p010152)だ。
「あ、ああ」
「成程、いや、先ほどからあなたの声をまねる怪物がいて、些か難儀したものでな……だが、もう大丈夫だ。
私たちは、ローレットのイレギュラーズだ。救助に来た」
その言葉に、ファイオは脱力するように息を吐いた。
「う、噂のローレットか……道理で……。
アンタも、見ればわかる。とんでもない身のこなしだ」
「それはどうも。あなたは、戦うことはできない、と聞いている……すまない、気を悪くしないでほしい」
そういう吉ノへ、ファイオは頭を振った。
「いや、事実だ」
「すまないな。心苦しいかもしれないが、ここで待機を。まずは、ここの敵を散らす」
駆ける吉ノが、その刃を振るった。閃光のような斬撃が、マミーの首を刎ね落とした。如何に強力な腕力を持ってたとしても、首を落とされてはただの飾りだ。どう、と倒れたマミーに一瞥をくれると、吉ノは次なる獲物に向けて走り出す。果たして、敵が全滅するのに、そう長い時間は必要とはしなかった。
「すまん、救助される側に回っちまうとはな……」
ファイオがそういう。戦いが終わり、一応の安全を確保したイレギュラーズ達は、ファイオの状態を確認した。どうやら、ここに来るまで幸いにも大きな傷はおってはいないらしい。
「情けねぇ……本当に……」
「悪いが、自虐したいなら外に出てからだ」
ヲルトが言った。
「オレは、酒浸りで可哀そうごっこをしてるアンタには興味はない。
だが、本気で子供を心配して、なりふり構わず助けようとしたアンタは肯定している。
……助けようとしたんだろう。ついてこいファイオ。救うと決めたのなら最後まで成し遂げろ」
「……!」
ファイオの、弱気な瞳に、この時わずかに炎がともった。それは、彼が傭兵自体にともしていたそれに、近いものだった。
「ああ、ああ……すまない、足手まといにはなっちまうが、俺も連れて行ってくれ!」
「もちろんです」
アッシュが頷く。
「行きましょう。手遅れになる前に」
そういうアッシュに、ファイオは強く頷いた。先ほどまでの弱気さはなりを潜め、今はどっしりとした、一人の男としての姿があった。
「案内させてくれ。ガキの頃に一回来たことがある、ってのは本当だ。
その時は、魔物達もここまで強くはなかったんだが……」
「年月を経て、魔物達も強くなったのですね」
スクが頷く。
「でも、大丈夫です。ボクたちが、あなたを必ず守ります。
それに、ネッドさんも、ぜったいに、助け出しますから」
スクの言葉に、ファイオは頷いた。
「頼む……!」
懇願するようなその言葉に、イレギュラーズ達は頷いた。かくして第一の要救助者を助け出したイレギュラーズ達は、遺跡の奥を目指し、再び歩み始めた。
●道中の対話
慎重に道を進む。ファイオの記憶はそれなりに残っていて、ネッドが向かったであろう深部に向けてのルート、そして帰還の際のルートに関しては、迷わずに済みそうだった。
とはいえ、正解のルートだけを進めばいい、というわけではない。敵を避けなければならないし、ネッドが道を外れている可能性はあるのだ。結局総当たりのように色々な道を進まなければならないわけだが、それでも手探りで行くよりはいいだろう。
仮にファイオの力が無くても、イレギュラーズ達の捜査能力は万全と言えた。暗視能力はもちろん、感情や助けを呼ぶ声をサーチする能力、音波で先の地形を把握する能力などもバランスよく持っており、不必要な戦闘を避けつつ、救助者を探すための準備は万端である。そこは流石歴戦の雄姿たるイレギュラーズと言った所だろうか。技術もあれば、それに頼らずとも、この程度の迷宮で足踏みするような戦力では決してないのだ。
「なぁ、その……剣士のお嬢さんがた。邪魔だったら、無視してもいいんだが」
道中で、ファイオはそう声をあげた。
「はい、なんでしょう?」
すずなが小首をかしげるのへ、ファイオは頷いた。
「その……俺の素性は知ってると思う。元々傭兵で、それで」
「……怪我をして、引退した、という事は」
冬佳が言うのへ、ファイオは頷いた。
「ああ。それで俺は……腐っちまってな。それまで、剣一本でやってきた。剣だけが、俺が食っていける手段だった。
俺のすべて、なんていうつもりはないが……それでも、俺の人生を大きく締めていたのが剣だった」
「……それが、握れなくなったのですね」
冬佳の言葉に、ファイオは頷く。
「ああ。俺はダメになっちまった。どうしても……全てが、閉ざされた気分になっちまう。
なぁ、アンタらは、どう思う。
もし、自分が……剣から見放されたときに。
アンタらは、強いから……自分を保てるのか?」
「それは――」
すずなは言葉に窮した。
急に剣が降れなくなったら。それは、剣士として生きる以上、常に付きまとう問題だ。極端な話、今回の依頼で手痛い傷を負い、二度と権を握れなくなるかもしれない。もしかしたら、剣士として命を落とした方がマシと思えるほどに、それは剣に生きるものとして、重くのしかかる命題だった。
想像はすれども、答えは出ない。
剣から見放され、ただの一人として生きていく。
――それは、すずなにとって、とてつもなく大きな恐怖ではないのだろうか。
「そうね、きっと」
答えたのは、小夜だ。
「なってみなければ、わからないものなのでしょう。
ここで何と答えても、きっとそれは嘘になってしまいそうで。
ごめんなさいね、答えになならないけれど」
小夜の言葉に、ファイオは頭を振った。
「いや……そうだな、俺も意地の悪い質問だった。
ただ……俺は言い訳を探したかったんだ。
アンタらが、否定してくれれば、俺が弱いからだって逃げられる。
アンタらが、肯定してくれれば、みんな同じなんだって逃げられる。
くそ……ダメなんだよな、これじゃ……」
悔し気にそういうファイオに、アッシュは続ける。
「傷付くことは、辛いことです。怖いことです。
貴方やわたしの様に、失うことだってあるでしょう」
「アンタも、何かを失ったのか……」
そう尋ねるファイオに、アッシュは深く目を伏せた。
「……只、彼が貴方を慕う気持ちは確かなはず。
其れなら、手にした剣の誤らぬ使い方を、生き方を。
貴方が教えてあげればいいのです。
其れは屹度、傷を背負った貴方だから出来ることかと」
「ネッド、か……あいつも、随分と邪険にしちまった。まぶしすぎたんだ……」
「昔の自分を見るようだったのだろう」
イシュミールの言葉に、ファイオは頷いた。
「ああ。それが……俺はつらかったんだな……」
「戻ったら、改めて向き合ってあげてください」
スクの言葉に、ファイオは頷いた。
少しだけ、彼は前向きになれたようだ。イレギュラーズ達は安堵しつつ、さらなる探索を進めるのであった。
●深層の少年
「たすけて……たすけて……」
通路の奥から、掠れるような声が響く。冬佳がファイオへと視線を向けると、ファイオは頭を振った。
「ネッドの声じゃない」
「では、シャドー・モンスター……声をまねる、という魔物ですね」
ふぅ、と冬佳が息を吐いた。そろそろ最下層へと到着しそうな頃合いだ。ネッドの進みがどの程度かはわからないが、そろそろ合流できるだろう。だが、その予感が近づくにつれて、ネッドが危険な状況に追い込まれているのではないかという不安も絡みつく。
「なるべく早く進みたい所です。これ以上時間をかけてしまっては、ネッドさんも危険かもしれませんし」
「そうだな」
ヲルトが頷く。
「相手は子供だ。万が一を考えるとな」
「そうだな……最悪を警戒して、常に身構えておく必要があるだろう」
吉ノが言う。
「いつでも飛び出せるようにな」
「待ってください、恐怖……の感情、近くです!」
「人助けセンサーにも感あり、です!」
すずな、そして冬佳が声をあげる。どうやら、ネッドと思わしき反応を感知したらしい。一行の間に緊張が走った。反応の方に駆けだすと、そこにはマミー、スケルトン、シャドー・モンスターの群れが何かを探すようには活かしている。反応はすぐ近くにあり、追い詰められたネッドが隠れていることが予測できた。
「ネッド! 隠れてろ!」
ファイオが声をあげる。同時、誰よりも早く動いたのは、スクだ!
「反応の方角は!」
「その柱の影です!」
冬佳が叫ぶのへ、スクは頷いた。
「ボクが前に出ます!」
スクがブースターを全開、一気に戦場へと駆けだす。柱の近くにいたマミーを、背後から思い切り衝撃波にて叩いた! マミーがつんのめり、身体がばらばらと崩壊していく。柱の影にスクが降り立つと、その影を見やる。少年が一人、不安げにスクを見上げていた。
「大丈夫です、すぐに助けます!」
奇襲に気づいた怪物たちが、各々威嚇の声をあげる。スケルトンがさび付いたサーベルを振り上げるのへ、しかし刹那の間にサーベルごと、その身体は斬り払われる! 閃光の影に立つ、二人の剣客。すずな。そして小夜。
「ネッドさんには、指一本!」
「触れさせないわ。
ええ、大丈夫よ、二人とも。天義で冠位魔種と死者の軍勢からリンツァトルテさんを守った時に比べれば、この程度そよ風みたいなものよ」
ふ、と笑う剣姫。すずなが視線を送ると、それを感じ取った小夜が頷いた。同時! 二人は弾かれた様に飛び出す。その都度、走る剣閃!
「マミーは任せてください。攻撃される前に崩します」
連戦による疲労はあったが、ここで最後と考えれば、今こそが全力を出す時だ! アッシュはMistarille.を振るうと、その先端から銀色の一戦が解き放たれる! 銀のほうき星、それはマミーの身体を貫き、粉砕した。ぐらり、と残る体が倒れる。
「おい、こっちだ。そんな子供よりオレが相手をしてやるよ」
ヲルトがその両手に迎撃結界を生み出しつつ、マミー、そしてシャドー・モンスターの群れに突撃する! その動きに引き寄せられたマミーが、その汚れた包帯の拳を振り下ろすが、ヲルトの結界によって阻まれた。そしてカウンター気味に解き放たれた拳が、マミーのどてっぱらに風穴を変える。
「随分と脆いもんだ。それでよく動けるもんだな!」
ヲルトに向けて、シャドー・モンスターが穢れた影の術式を放つ。ヲルトは結界でそれを受け止めつつ、
「こっちに来るならそれでいい。処理を頼む!」
「承知だ」
吉ノがシャドー・モンスターへ向けて駆けだした! 振るわれる、刃。どこが首だかは分からないが……いや、吉ノが落としたそれが、首なのだ。首を狩る、という概念の下それを狩ったのならば、すなわち首狩りの斬撃である。
「声をまねて獲物をおびき寄せるとは、悪辣な事を!」
吉ノの斬撃が、二匹目のシャドー・モンスターの首を落とす。
「残りは……」
「こちらのスケルトンだけだ」
イシュミールが、スケルトンを殴りつけた。ぼぎり、と音を立てて、首の骨をへし折られたスケルトン大地に転がる。残るもう一体のスケルトンへ、攻撃を仕掛けたのは冬佳だ。
「では、これでおしまい、ですね」
氷剣が、破邪の五芒を描く。スケルトンの身体は、破邪の光に包まれて、消滅していく。やがて光と共にその呪が消え去り、からからとただの骨と化したスケルトンが大地に転がると、周囲は静寂を取り戻した。
「ネッド!」
ファイオが叫び、柱の影に向けて叫ぶ。おずおずと現れたのは、一人の少年……ネッドだった。
「大丈夫ですか? お怪我は」
アッシュが声をあげるのへ、ネッドは頭を振った。
「そうですか……よかった」
「無茶はいけないわ。自らを省みぬ行動を、人は勇気とは言わないのよ」
小夜がそういうのへ、ネッドは項垂れた。
「……ごめんなさい、お説教はあとね。
帰り道はそれほど危険ではないと思うけれど、気を付けて、ついてきて頂戴?」
小夜の言葉に、ネッドが頷く。
「ボクは索敵に集中しますね! 小夜さん、すずなさん、お二人はネッドさんとファイオさんを守ってあげてください」
スクの言葉に、
「はい! わかりました!」
すずなは頷き、小夜も静かに頷いた。
「悪運が強かったな少年」
ばし、とイシュミールが、ネッドの背中を叩いた。ネッドがびっくりしつつ、笑う。
「ファイオ、お前が助けに来たんだろう。手でも握ってやったらどうだ」
ヲルトがそういうのへ、ファイオはびっくりした顔をし、すぐに頷いた。
「すまんな、ネッド……」
そう言ってファイオが手を差し出すのを、ネッドは強く握り返した。
「よし、それじゃあ、帰ろう」
吉ノがそういうのへ、仲間達は頷いた。
彼らが再び地上へと戻った時、しのつく雨はあがり、暖かな陽光が大地を照らしていた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆さんの活躍により、二人は救助され、ファイオのわだかまりもいくばくか解消されたようです。
今は、ネッドの成長を、優しく見守っています――。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
遭難者、二名発生です。速やかに救助をお願いします。
●成功条件
『元傭兵』ファイオと『街の子供』ネッドを救助し、遺跡から脱出する
●特殊失敗条件
ファイオとネッド、どちらかが死亡状態になる
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●状況
街に住む少年、ネッド。元傭兵のファイオに懐いていた彼は、怪我により自棄になっていたファイオの、つまらない嘘が原因で、危険な遺跡に足を踏み入れてしまいました。
それを後悔したファイオは、ネッドを追って遺跡に侵入。しかし、今は戦闘能力のない彼では、遺跡の中は危険です。
結果として遭難者二名、という状況になってしまいましたが、皆さんには遺跡に入り、この二名を救出、遺跡より離脱してもらいます。
遺跡は広大な地下洞窟になっており、内部にはスケルトン、マミー、シャドー・モンスターと言った怪物がひしめいています。
一体一体は、皆さんよりも格下の存在ですが、しかしネッドやファイオにとっては充分以上の脅威です。どうか速やかに、二人を助けてあげてください。
作戦エリアは、地下遺跡。薄暗く、明かりもありませんので、何らかの方法で明かりを用意しておくと有利になるでしょう。また、探索に必要なスキルがあれば、それだけ成功にプラスの修正が発生するはずです。
●エネミーデータ
マミー ×???
いわゆるミイラ男、です。乾燥した肉体を、汚い包帯で包んだアンデッド。
力が非常に強く、『渾身』の一撃は些か脅威です。
半面、耐久力は低めですので、さっさと黙らせてしまいましょう。
スケルトン ×???
名前通りの人骨の怪物です。生意気にもサーベルで武装し、『出血』系列のBSを付与してくるでしょう。
アンデッドのくせに生命力は高いのか、EXFが高めで、しっかり止めを刺さないと蘇生してきます。
蘇生できなくなるほどに、粉々に粉砕してやってください。
シャドー・モンスター ×???
陰が質量と形を持った……というイメージの、黒い不定形の怪物です。
人の声を姿をまねて、自分たちのテリトリーに引きずり込む狡猾さを持ちます。
神秘系の術式による攻撃を行い、『毒』系列や『窒息』系列のBSを付与してきます。
基本的に、上記の種類が、4~8体程度ランダムでパーティを組んだ状態で戦闘になるかと思います。
全滅させるのも時間も労力もかかりますので、うまく戦闘を避けるなどして、救助を優先としてください。
●救助対象NPC
『元傭兵』ファイオ
かつて傭兵でしたが、再起不能のけがを負って引退しました。そのことで燻っており、自分を慕うネッドにもつらく当たっています。
体力はまだ残っていますが、戦闘能力はほぼないに等しいです。遺跡でも浅い階層にいると思われます。
『街の子供』ネッド
ファイオを慕う少年。ファイオを勇気づけるために、自分が頑張れば……と思って今回無茶をしてしまいました。
すばしっこいので戦闘を避けて進んでいますが、戦闘能力はないです。遺跡でも深めの階層にいると思われます。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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