シナリオ詳細
逃げたい少女、カーバンクル。或いは、狼による追走…。
オープニング
●逃げたい少女
故郷の村が戦火に焼かれた。
生家も隣家も燃え尽きて、家族も友人も散り散りになった。
少女……カーバンクルは、村の宝を託されて燃える故郷を後にした。
それがふた月ほど前の話。
そうして彼女は、長い長い旅の果て、ついには港の街へと辿り着いたのだった。
村を襲ったのは、狼に似た特徴を持つ粗野な獣種の一族だ。
隻眼の女性“黒狼”ライカ・スプローンに率いられる40人ほどの群れである。
体格がよく、勇敢で、そして狼らしく粗野な者たちばかり。
一方、カーバンクルの仲間たちは、体が小さく、穏やかなな者の集まりだった。
取り柄といえば、耳がよいことと、逃げ足が速いことの2つほど。
長く聴力に優れた耳と強靱な脚力。
兎の獣種である彼女らが鉄帝の過酷な土地で生き延びるためには必要なのだ。
しかし、幾ら彼女たちが逃げ足に優れた部族だろうと、村の周囲を40もの人数で囲まれてしまえば意味をなさない。包囲網が敷かれた中、カーバンクル1人だけでも逃がせたことがむしろ幸運と言えるだろう。
そうして彼女は、燃える村に背を向けて。
逃げて、逃げて、逃げ続けて……両親の言いつけに従って、港の街へとやって来た。
「でも、狼たちはカーバンクルさんを追い掛けて来たと? 何でそんなことになってるんっすか?」
港の街の門近く。
廃墟と化した教会の地下には、カーバンクルともう1人……イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)の姿あった。
イフタフは、すっかり乾いたパンをカーバンクルへと手渡し「なぜ追われているのか」と問いかける。カーバンクルは、貪るようにパンを食べ終え、悲しそうに視線を伏せた。
それからイフタフの様子をしばらく眺め、おそるおそるといった様子で布に包まれた何かを取り出す。
「たぶん、これを奪うつもりなんだと思います」
そう言ってカーバンクルは布の包みを開いてみせる。
その中に納められていたのは、炎のように赤く光る石だった。見た目はルビーのような宝石に近い。しかし、それが単なる宝石でないことは一目瞭然である。
内部で揺れる赤い光は、まるで炎のようではないか。
おまけに、近くにいるだけでも汗が滲んでくるほどに石は高温を放っている。おそらく、石を包んでいた布には熱を遮断する効果があるのだ。
「これは?」
「“炉芯石”と呼ばれる村の秘宝です。うちの故郷のある辺りは寒さが酷くって、これがないと村はあっという間に雪に埋もれてしまう……と、聞いています」
「あぁ、なるほど。つまりこの“炉芯石”があれば定住が出来る。なければ、絶えず移動しながら暮らすしかない……そういう土地ってことっすね」
村を襲った狼たちは、安住の地を求めたのだろう。
元々、移動しながら暮らしていたのか、それとも何らかの理由で住処を失ったのかも知れない。
「ちなみにカーバンクルさんの村がある辺りって、食糧事情はどんなもんっすか?」
「……お腹一杯に食べられることは無いですね。小柄な私たちがそうだから、狼さんたちはきっと」
「もっと餓えているっすね。あぁ、そりゃ安住の地も欲しいでしょうね」
なんて。
そう呟いたイフタフは、困ったものだとため息をひとつ零すのだった。
●港の街、ピットブル
ピットブルは山の斜面に添って造られた街である。
そして、1年の大半は雪に覆われた極寒の街だ。当然、斜面に添って造られた街の通りにも雪は厚く積もっており、そのせいで非常に滑りやすい。
そのため、ピットブルの住人たちは街の移動にソリを使う。
広い大通りをソリで下って、帰りは街の外にあるやたらと長い階段を使うというわけだ。
「まぁ、今はとくに雪の降る時期らしいので、街の人も漁師以外は家に引きこもってるみたいっすけど」
そう言ったのは、毛布にくるまり寒さに震えるイフタフだ。
ところは街の上層部にある廃教会。
暗い地下室に蝋燭の明かりを灯した中で、イフタフ主導の作戦会議がはじまった。
「ソリは各家庭の軒先にいくつも吊されているっすね。まぁ、私もカーバンクルも乗りこなせそうにないし、街のあちこちにいる狼たちから逃げ切れる気もしなかったんで放置してますが」
それなりにバランス感覚に自信があるのなら、ソリでの移動がこの街においては最も早い。
もっとも、街の大通りを下って降りる場合に限り……ではあるが。
ソリなので、当然坂を登ることは出来ないのである。
「狼たちは鼻が利くし、耳もいい。爪は鋭く深く裂かれれば【流血】や【致命】は避けられないっす。膂力にも優れているみたいっすから【ブレイク】【飛】にも警戒しないとっすかね」
そんな狼の獣種たちが、街の至るところに都合40人。
イフタフとカーバンクルの2人だけでは、到底逃げおおせることは出来ないだろう。
「というわけで、依頼の内容は私とカーバンクルの脱出っす。皆さんには逃がし屋をやってもらいたいんっすよね」
港まで出れば船がある。
船に乗って沖まで向かえば、狼たちも追っては来られないだろう。
「え? 私も一緒に逃げるのかって? だってほら、この辺りってめちゃくちゃに寒いじゃ無いっすか。もう無理っす。カーバンクルさんと一緒に暖かい場所へ逃げるっす」
カーバンクルは“炉芯石”を抱いているので、寒さも幾らかマシなのだろう。
しかし、毛布にくるまったイフタフは絶えず体を震わせている。もともと痩せぎすの体格だ。脂肪が薄いということは、寒さに弱いということである。
「あと、教会を出て少し行ったところに造船所があるっす。山の上で造った船を海へ下ろすのにも滑らせるそうっすよ。まぁ、うっかり船を動かして民家をぶち壊して仕方ないんで使えるかどうかは微妙っすけど」
ここに街を作った誰かは、一体何を考えていたのか。
今ではそれもすっかり謎だが、少なくともこの街では、年に数十人ほどの怪我人が出ているそうである。
怪我の理由は想像通り、ソリからの転落や坂での転倒によるものだ。
雪の積もった坂は非常に良く滑る。
1度転べば、数十メートルほどは転がり続けるだろう。
- 逃げたい少女、カーバンクル。或いは、狼による追走…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年04月26日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●逃げたい少女たち
寒空に響く獣の咆哮。
高く、遠く、狼たちが呼応し次々に吠え猛る。
「ひぃぃ」
目をつむって、長い耳を折りたたみ、しゃがみこんで震えているのは小柄な少女だ。名をカーバンクルという兎の獣種である彼女こそ……正確には、彼女が故郷の住人たちよりたくされた“炉芯石”という熱を放つ鉱物が此度の騒動の発端であり、狼たちの狙う“獲物”でもある。
「生きる為に奪う……世の中の真理ですね」
「ヴィーザル地方は略奪が多い国じゃしのう……略奪から守るのもワシの役目じゃ!任せるがいい!」
『特異運命座標』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)。そして『殿の不撓者』オウェード=ランドマスター(p3p009184)の言うように、所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬのが自然の掟だ。文明をいかに発展させようと、生ある限りはその法則から逃れることは出来ない。
ましてやヴィーザルは過酷な土地だ。住む場所も、食うものも、誰かから奪わなければ手に入らない。少なくともそういった世界、環境で暮らしている者は大勢いる。
善悪を説いてもはじまらない。
誰だって、自分や家族、仲間の生きる道を探って、糧を得たいと考えるのは当然だからだ。
「弱肉強食。このウィーザルの大地らしいお話ですね。ただ強さといっても色々あります。大事なことは生き残ること。生きている限り、負けではありません」
暗い部屋に声が響いた。
『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は粗末な地図に目を落とし、ふむと顎に手を添える。
「私から言わせてもらえば、こんなところで生きてるだけで十分に強い生き物っすよ。狼たちも、カーバンクルさんも、どっちも」
迅の言葉に相槌を打った毛布の塊……否、毛布にくるまってミノムシか何かのようになっているイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)が寒さに肩を震わせる。
吐く息は白く、声は非常に弱々しい。
皮下脂肪が薄いのか、彼女は寒さに滅法弱いようである。
「では、そろそろ行動を開始しましょう。作戦は簡単。造船所の船を使って中央通りを一気に突破します。どう転ぶかは分かりませんけど、ダメならソリを使うだけなので大丈夫でしょう」
「オンボロだが、ソリも1つは手に入れてるしな。ま、追いかけっこならそれはそれで得意だぜ!」
迅の持っている地図の真ん中を指さして『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)が作戦を告げる。
現在地は町の最上部。
古い教会跡地である。『ゴミ山の英雄』サンディ・カルタ(p3p000438)が足元に転がす朽ちかけたソリは教会の隅で埃をかぶっていたものだ。
ここは山の斜面に沿うようにして造られた港町。
上りはともかく、町から海へ下るだけならソリを利用するのが早い。そういった事情もあって、町の至るところにソリが設置されているのが特徴である。
そして、もう1つの特徴といえば教会の近くに設けられている造船所の存在だ。
山の上部で船を造って、広く設けられた中央通りを滑らせ海へと送る。
なんとも豪快極まる話だが、この町ではそれが普通のことなのだろう。
「さぁ、はじめようか」
片足で蹴り上げたソリを脇に挟んで、サンディは作戦開始の号令を放つ。
狼たちは都合40の大集団だ。
町の各所に散らばって、カーバンクルの居場所を探しているのだろう。
教会を出た一行は、そこで再び獣の咆哮を耳にした。
どうやら彼らは、遠吠えを用いて仲間と意思の疎通を図っているようだ。
「……大した徒党だな」
燻る紫煙を目で追って『夕陽のガンマン』スティール・ダンソン(p3p010567)は呟いた。
彼の見据える先に見えるは、雪を蹴散らしこちらへ迫る狼たちの姿であった。
「生きるための闘争……か。資源は限られ、それを勝ち取った者のみが生き残る。……同じ穴のなんとやら。俺も似たようなものだ」
「ひぃぃ、もう見つかりました! 見つかりましたよ! 見つかってるでしょ、これ!」
「見つかってるっす! 逃げなきゃやばいっす! あ、いや、逃げてる途中で見つかったから、逃げてもヤバいっす!」
カーバンクルとイフタフは、闘志に満ちた狼たちの姿を見るなり悲鳴を上げた。
そんな2人をマリエッタの方へと押しやってスティールは腰の銃を抜く。
それから彼は、雪の塊を手で掴んだ。
手の熱で溶けた雪が、あっという間に水へと変わる。
「マリエッタ。あんたの人柄は他人を惹きつけるが……世の中、こういう世界もある」
「おうおうおう、豪勢なこったなぁ、40は居るかい? そいつぁゴクロー、暇人が多いこと多いこと、働き口がねえのかい?」
スティールの隣に並んだ『天邪鬼』神無月・明人(p3p010400)が、翼を広げて呵々と笑った。
「世知辛い世の中で涙が出てくらぁ、かかかっ!」
「鉄帝らしく派手にいこう。二度と此方に手を出す気も失せるくらいにな」
カーバンクルとイフタフは、仲間たちに守られながら造船所へと駆けていく。
それを見送り『子を想い』恋屍・愛無(p3p007296)は、無貌の黒き怪物へと姿を変えた。
敵は狼。
なればこちらは怪物だ。
●雪の積もる港町
「油断せずに行こう。これだけ人数がいると出血のダメージも馬鹿にならん」
地面を強く踏み締めて、愛無は前へと駆け出した。
滑るように地面を疾駆し、教会の門に片手をかけた。身体中にある無数の口腔が唾液を零し、雄叫びをあげる。
いくつもの獣の声が重なったような、耳障りな雄たけびだ。
まずは1人。
最前線を駆ける狼の胴へと尾を叩きつける。
尾にある顎が狼の胴へと食らいつき、その体を坂道へ向けて放り投げた。
「うぉっ!」
器用に空中で姿勢を整えた狼は危なげのない動作で無事に地面に着地。けれど凍った地面に足をとられて、盛大に姿勢を崩して滑り落ちていく。
「あぁ、そうすりゃいいのか。さて……仕事の時間だ。白いキャンパスを赤く染めたい奴は?」
銃声が響き、火花が散った。
スティールの放った弾丸が、狼の足元へと着弾。
踏鞴を踏んだ狼の胴を、2発目の弾丸が貫いた。
命を奪う必要はない。
意識が残っていても何ら問題はない。
ただ正確に、けれど決して容赦はせずに、1人ずつ体勢を崩していけばそれでいい。
容易い仕事だ。
しかし、決して油断はできない。
「さすがは獣といったところか。動体視力に優れているな」
「この分じゃソリも簡単に乗りこなすだろうな。よし、そこらのソリは全部ぶっ壊して回ろうかねぇ、追いかけて来られると面倒だからなぁ?」
スティールと愛無が狼たちの相手をしているその隙に、明人は翼を広げて空へと舞い上がる。
高い位置から地上を見下ろし、目につく場所のソリの位置を把握する。
それから彼は、翼を畳んで急降下。
拳を握り、降下の加速を乗せた殴打を民家の壁にかかったソリへと叩き込む。
衝撃についで、破砕音が鳴り響く。
飛び散る木っ端と白い雪。
その中に紛れて明人へ近寄る獣が1人。
「っ!?」
「よぉ、ライカ様の邪魔する奴がどういう末路を辿るか知ってるか?」
雪に紛れて駆け寄ったのは隻眼に黒い肌をした獣種の女……群れの頭目、ライカ・スプローンである。
一閃。
鋭い爪による斬撃が、明人の腹部を引き裂いた。
時は同じく。
造船所の中庭で、一行の前に狼たちが現れる。
痩せた身体だが、筋肉質。獣の特徴を色濃く残した男女たちと迅が激しく殴り合う。
互いに姿を獣に変えて、爪で切り裂き、牙で肉を噛み千切る。
血飛沫が雪を赤く濡らして、その度に誰かが悲鳴を上げる。
あまりにも凄惨な、獣同士の戦いにカーバンクルは思わずといった様子でその場にしゃがみこむ。
「走って! 貴女が生き残る事を願って炉芯石を託した一族の皆さんの為にも、必ず逃げ伸びてください!」
血を吐きながら迅は叫んだ。
目的の船はすぐそこだ。ここでカーバンクルが足を止めてしまえば、皆の努力が無駄になる。ここまでは迅の先導で、思ったよりも速く辿り着くことが出来た。
けれど、迅が足止めを喰らっている以上、残る数十メートルは自力で駆け抜けてもらう必要がある。
「も、もたもたしてる時間はないっす! 急いで! あと、誰か私たちを引き摺ってほしいっす!」
カーバンクルの肩を支えて、イフタフが仲間に指示を出す。
しかり、すっかり脚は震えて満足に走ることも出来なくなっていた。雪上の移動は慣れない者にとっては非常に疲労の溜まる行為なのだ。
「えぇ、分かっています。冷静に……駒を進めるのみです」
周囲の狼、全員を倒す必要はない。
マリエッタは船までの最短距離を割り出し、その進路上にいる狼の数を数えた。
数は3人。
そのうち1人は、視線をカーバンクルとイフタフに向けている。
「えぇと……強行突破!」
「承知! 付いてきてください!」
オリーブの背に触れ、マリエッタは付与を施した。
長剣を構えたオリーブが駆ける。
その後を這いずるようにしながら、カーバンクルとイフタフが追いかけていく。
一閃。
オリーブの剣と、狼の爪が交差した。
オリーブは肩を深く裂かれ、狼は胸に裂傷を負う。
血の雨を浴びながら、カーバンクルとイフタフは前へ。
そんな2人へ、左右から迫る影が2つ。
「っ……伏兵!?」
咄嗟に背後へ振り変えるオリーブ。
だが、間に合わない。
2人が爪で裂かれる刹那……割り込んだオウェードが、腕と背中で狼の爪を受け止める。
「オウェードのおっさん! 2人とも守ってちゃ体力が尽きるぞ!」
「ぬぅ。カーバンクル殿を守る事は重要じゃがイフタフ殿も見捨てれないじゃろう……作戦会議でそう決めた」
片手に灯した燐光を、オウェードは胸に押し当てる。
後方より追いすがってくる狼たちに向き合いながら、サンディは小さな舌打ちを零した。
イフタフとカーバンクルの護衛はオウェードに任せておけば問題ないだろう。
「罠でも張れりゃ楽だったんだが……あぁ、いや。これでいいか」
抱えていたソリを足元へ落とし、サンディは口元に笑みを浮かべた。
姿勢を低くしたサンディは、靴底で押し出すようにしてソリを蹴飛ばす。
人を乗せないままにソリは雪上を滑走。
「これで進軍速度は落とせるハズ」
雪を蹴散らし接近していた狼の足元へ、図ったようにソリは滑り込んでいく。
ソリを踏みつけた狼は盛大に転倒。
身体の大部分をソリに乗せた形となった狼は、そのまま坂をものすごい勢いで滑り落ちていくではないか。
「あっ! てめぇ! このっ……あぁあぁあああああ!」
仲間を1人巻き込んで、否応もなく戦線を離脱する狼をサンディは笑顔で見送った。
「転んで斜面を滑ってったな。戦線離脱だ。儲けだぜ」
地面を薙ぎ払うように、オリーブの長剣が一閃された。
それを回避し、2人の狼たちが跳躍。
空中で姿勢を変えて、がら空きになったオリーブの首へ鋭い爪を振り下ろす。
けれど、その爪がオリーブの首を裂くことはなかった。
「余所見をしている暇はありませんよ!」
「ぬぅぅりゃっ!」
疾駆する迅の鋭い掌打が。
巨体を活かしたオウェード渾身のラリアットが。
狼たちの腹と喉とを打ち抜いて、その意識を奪い去る。
「くそ……群れの、ためにも」
倒れ伏した狼が、苦悶の呻きを零して地面を引っ掻いた。
そんな彼へと視線を向けて、オウェードは告げる。
「フム……言いたい事はわかる。しかし悪いが石は渡す事は出来ぬ」
それだけ告げたオウェードは、船の後方へと向かう。
●滑走ゲッタウェイ
「ひぃぃぃ! 風、風が痛い! 風なのに痛い!」
「寒いっす! 凍えるっす! 炉芯石を寄越すっす!」
「あげませんっ! 耐えてください!」
轟々と唸る風の音。
それに負けじと、声を張り上げるイフタフとカーバンクル。
積もった雪を削り、散らして、造りかけの帆船が造船所から旅立った。
甲板の端から身を乗り出して、マリエッタは呟いた。
「落ち着いたら、船で街を荒らしたことの謝罪が必要そうですね」
展開された結界が、船との接触による家屋の破損を防いでいる。
しかし、音や振動を掻き消すことは不可能だ。
何事か、と音に気付いた住人たちが次々と通りに飛び出してくるのが見えている。
「吹き飛ばされないよう気をつけて! それと方向を調整するぐらいは出来るかもしれません。やってみます」
オリーブが操舵輪を握って舵を切る。
教会の前を通過した船に、愛無やスティール、明人が乗り込んできた。
だが、乗り込んできたのは仲間だけではなかった。
数人の狼たちもまた、民家の屋根や教会の壁から船に飛び移って来る。
「炉芯石。渡せよ。ライカ様がわざわざ来てやったんだ」
「そうしたいなら、どうぞ力ずくで。我々も最後まで拳を振るいます」
「くくっ……悪りぃな、犬っころ共はお断りってな訳だ」
拳を鳴らして迅と明人が前へ出た。
ライカを始めとした狼の数は6。
「坂を滑り降りる船を連中が止められるとも思えん……つまりこいつらを足止めできれば、任務は成功ってわけだ」
空の薬莢を排出し、スティールは淡々と言葉を述べる。
紫煙を燻らす煙草を放り捨てながら、彼は銃の引き金を引いた。
銃声が1発。
スティールの放った弾丸を、狼たちは左右へ散って回避した。
甲板を蹴って、跳ねるように右へ、左へ。
遠吠えが響くたびに、狼たちの纏う戦意が増していく。
「各個撃破される事を防ぐんだ」
甲板の端で愛無が告げる。
獣の咆哮を轟かせ、愛無は獣の注意を引いた。
咆哮に引かれた狼の視線が愛無へと向かう。
刹那、狼たちの眼前へ明人が低く飛翔し迫った。
「テメェら、こっから先は通行止めだ、他所を回ってもらおうか」
風を切り裂き、
狼の腹部に渾身の殴打を叩き込み、その体を船の外へと弾き出す。
しかし、反撃とばかりに振るわれた爪が明人の首筋を裂いた。淡い燐光を灯した手を喉へ押し当て、明人は床を転がっていく。
その後を追って狼が2人。
しかし、スティールの放った弾丸が狼の足首を撃ち抜いた。
もつれるように2人が甲板を転がっていく。
愛無の尾が、狼2人を船の外へと叩きだす。
爪が、牙が、拳が、蹴りが。
イフタフとカーバンクルの盾となっているオウェードの、腹を、肩を、顔面を、次々と打ちぬいていく。
黒く腫れた顔面に、額に刻まれた深い裂傷。
顔面を血で濡らしながら、オウェードはその場を1歩も退かない。
「耐えてください!」
「おぉよ!」
マリエッタの叫びに、オウェードは腹の底からの咆哮で返す。
舵を大きく右に切る。
オリーブの操舵は正確だ。この分であれば、もう間もなく港に辿り着く。
けれど、帆の無い帆船では海に出ることは叶わない。
サンディがソリに飛び乗った。
ソリの縁にナイフを突き立て、姿勢を低くして構える。
その背後には腰を低くした迅の姿。
「準備は?」
「できてるよ! やってくれ!」
「了解!」
床を強く踏み締めて、迅はソリへと掌打を放つ。
空気が震え、ソリはまるで砲弾のような速度で甲板を滑り始めた。
搭乗したサンディが体重移動でソリの軌道を捻じ曲げる。ソリの向かう先には、ライカを含めた狼たちの姿がある。
「っ……!? 正気かてめぇ! おい、下がれ、下がれ!」
サンディの狙いを正しく理解したライカは、仲間たちへ撤退を指示する。
即座にライカたちは後方へと跳躍。
サンディの乗ったソリを跳び越えていく軌道である。
「ちくしょう! 察しがいいな!」
「いや、まだいける。跳ね上げろ!」
サンディの悪態。
けれど、スティールは即座にそれを否定した。
「うぅぅぅううう! 少しは、役に立ちますよ!」
スティールの指示をまず先に理解したのはカーバンクルだ。
甲板上に伸ばしたカーバンクルの脚に、サンディのソリが乗り上げる。瞬間、カーバンクルは兎の脚力を発揮しソリを上へと蹴り上げた。
「わりぃな。付き合ってもらうぞ!」
砲弾のような速度でソリが跳び上がる。
伸ばした腕で、2人の狼を掴みサンディは船の外へと飛んだ。
サンディの犠牲により残る狼はライカ1人。
彼女はきつく歯を食いしばると、カーバンクルへ向けて疾走を開始する。
仲間たちの犠牲を無駄にしないためにも。
炉芯石を手に入れて、群れに安住の地を齎すためにも。
「石をよこせぇぇぇ!」
限界まで伸ばした腕が。
カーバンクルの喉元へ迫る。
刹那、上空より飛来した明人がライカの腕に拳を当てた。
「かかかっ! やらせるかってーの!」
ライカの手は、カーバンクルに届かない。
そして……。
「沈みなさい!」
迅の掌打がライカの顎を打ち抜いた。
オリーブとマリエッタに連れられて、カーバンクルとイフタフは海へと旅立っていく。
それを見送り、愛無は捕縛した狼たちへと問いかけた。
「さて、お前たちは蛮族だが……飢えの苦しみは理解もできる。お前ら、僕の部下にならんか。少なくとも飢える事はない」
その問いを受けたライカは、訝し気な顔をした。
「それはつまり、傭兵みたいなもんでいいのか?」
なんて。
疲れた声で愛無へ問い返すのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
カーバンクル(と、イフタフ)は無事に暖かな国へ旅立っていきました。
カーバンクルの故郷の仲間たちの行方は現在知れておりません。
また、ライカたちはひとまず捕縛されました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
カーバンクルおよびイフタフの鉄帝からの脱出
●ターゲット
・カーバンクル
兎の獣種。
故郷を追われ、港の街ピットブルまで逃げてきた。
彼女が村から託された“炉芯石”という宝石を狼の獣種たちは狙っているようだ。
逃げ足は速く、耳が良い。
しかし、疲労により現在は満足に走れない状態である。
彼女およびイフタフを港から海へ出港させることが今回の依頼内容となる。
・ライカ・スプローン&狼の獣種たち×40
“炉芯石”を狙う狼の獣種たち。
設置すれば、付近一帯を暖かくする炉芯石を手に入れることが目的のようだ。
安住の地を求め炉芯石を奪おうと考えたのだろう、とイフタフは予想している。
過酷な土地で生きてきたのか、体格が良く、勇敢で、そして凶暴なものばかりが揃っている。
また、彼らのリーダーを務めるのは隻眼に黒い肌をした獣種の女性、ライカ・スプローンであることが判明している。
野生の流儀:物近単に大ダメージ、飛、ブレイク
殴打による吹き飛ばし。
狩りの極意:物近単に大ダメージ、流血、致命
鋭い爪による残撃。
●フィールド
港の街ピットブル
山の斜面に添って街が造られている。
つまり、街は山の頂上付近から港へ向かって縦に伸びた形状をしている。
麓には港がある。そこに停泊している船に乗り込み、沖へと逃げ出すことが依頼の達成条件となる。
街の中央には幅の広い大通り。
街の外側には頂上付近にまで続く階段。
どちらも厚く雪が積もっている。
住人たちは主にソリで移動する。そのため各家の軒下には幾つものソリが吊されている。
スタート地点は街の頂上付近にある廃教会(訪れる者が少なく廃れたようだ)。
教会近くには造船所がある。
※なおソリは最大で2人乗りのサイズしかない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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