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シナリオ詳細

マルク・シリングと正義のお話

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●孤児院の風
 夜の風が優しく頬を撫でていく。
 風は、触れることができず、捕まえることができない。
 ――そんな風は、騙し合ったり陥れあったりする人間をどう思っているんだろう。

 孤児院の庭先を見張るオンネリネン『天狼小隊』の生き残り、チャックは小隊メンバーのテリミオスが視えないそよ風に友人の話を語る聲を聞きながら、「あれは独り言みたいなものだ」と心の中で溜息をついた。
「ここの子供たちが植えたんだって」
 同じく小隊メンバーのアイナが花壇に咲く花を指さして、にっこりと微笑む。
「種をね、植えたらね」
 幼い女子の声に、視えない風がふわふわしている。
「寒い冬のあとで、芽が出るの。それはね、絶対なんだよ」
 だから、と冬を知る聲が切なく語尾を揺らして言葉を続けた。
「つらいことがあっても、がんばっていたら、良いことも起きるの」
 アイナの頭をやさしく撫でるような気配が視界に入って、チャックはそっと目を逸らした。

 そう――目を凝らせば、視えるのだ。
 彼らを、子供たちを守ろうという幾つものやさしくあたたかな死霊たちが。

 ある者は、息子がこの孤児院にいる父の霊。
 ある者は、赤子を捨てるしかなかった母の霊。
 ある者は、ここで亡くなった子供の霊。

 声なき声が生温く聞こえるようだった――なんとなく肌で感じるのだ、その心が。
 得体のしれない、透けた彼らの心はいずれも同じで、ひたむきだった。

『守る』
 ――彼らは、そう全身全霊で訴えていた。


●マルク・シリングの追跡捜査から
 カーテンがふわりと舞う。薄く開けた窓の隙間から、春花の香りを含んだ風が吹き込んだ。
 机の上に資料の山を築き、情報を整理していたマルク・シリング(p3p001309)は足音をたてて近づく気配に顔をあげた。
「精が出ますね」
 声をかけてきたのは、情報屋の少年だった。資料の隙間を探して置くのは、差し入れと思しき珈琲。そういえば、飲み物の好みも存じませんけれど、と零しながら。
 あたたかな湯気をのぼらせるマグの側面を軽く指先で撫でて、マルクは淡く微笑んだ。
「先日の事件が気になっているんだ」
 先日の事件、とは、聖教国ネメシスでの『保守強硬派』を巡る事件の事だ。ああ、あれですかぁと相槌を打つ少年は、揃えられた資料をちらりと見て「けれど、『保守強硬派』とはちょっと違うモノを追いかけていらっしゃる」と好奇心の滲む声を続けた。
「何か、わかりました?」
 マルクは軽く顎を引く。調べ事は得意だ。時間をかけ、対象を絞ったからにはそれなりの成果は当たり前――最も、性格上、成果を必要以上に誇ったりする事はないけれど。
「僕は前回の事件現場で、手がかりになるメモ書きを見たんだ。組織の名前らしきものが書かれていてね――『イモータルレギオン』と」
 言いながらマルクが見せるのは、組織の情報と今日までにギルドで確認されている依頼書の控えだ。
「『イモータルレギオン』という組織。そして『ライトブリンガー』という組織が確認されているんだ。その2つの組織は、対立関係にあるらしい。そして、依頼書の中に幾つか、この2つの組織が関わっているものがあったよ」
 例えば、ライトブリンガーの者が「死者を愚弄する真似」と主張して、保守過激派に属する術者が操っていると思しき怨霊たちの討伐を依頼してきたり、封魔忍軍がライトブリンガーに声をかけ、オンネリネンの子供たちを殺そうとする事件があったり。

「なるほど、なるほど」
 頷いて、情報屋は新しく届いた依頼書をマルクに渡した。
「俺は、この依頼書を一番にマルク様にお見せするのが好いかなと思ったんです」

 しばらくして、ギルドで依頼が公開されて参加者が募られる。

「今回は、聖教国ネメシスの保守強硬派関連のお仕事。匿名希望の魔術師さんからの依頼です」
 情報屋の野火止・蜜柑(p3n000236)がそう切り出した。
「保守強硬派と対立するロウライト家の暗殺部隊、『封魔忍軍』が保守強硬派に属する孤児院長のクラリス・ティスワールと彼女を護衛する少年傭兵部隊『オンネリネン』の子供たちを暗殺しようとしているので、『封魔忍軍』が暗殺を成功させるより先に皆様が孤児院長を生きたまま身柄確保し、『オンネリネン』の子供たちも可能な限り生かしたまま捕らえてほしい、と。そんな内容となっております」

 説明によると、ナイトメア家は慈善活動にも活発で、孤児院に多額の寄付をしているという。孤児院長のクラリス・ティスワールは神にその身を捧げた敬虔なシスターで、子供好きで心優しく穏やかな気性の20代後半の女性。孤児院自体は身寄りのない子供たちを集めて育てているだけの善良な組織なのだが、ナイトメア家が昨今の情勢不安を鑑みてか、或いは別の思惑あってかはわからねど『オンネリネン』の子供たちを数人、孤児院に送ったのだ。
 その後、『封魔忍軍』は其の孤児院を要監視対象にしていた。
 しかし、監視されている事に気付いたらしき孤児院側に新たな動きがあった。
 ある夜、『オンネリネン』の子供たちが邪悪の象徴のような死霊たちと並び歩き、死霊を恐れる気配なく笑っていたのが目撃されたのだ。
 故に、ロウライト家はその孤児院を悪と判じたのだ。

「『封魔忍軍』は今宵、闇に紛れて暗殺を仕掛けるようです。数は20人。時間にはあまり余裕がありませんが、人の命がかかっていますから……急ぎ、現地に向かってくださいますでしょうか」

 さて、そのタイミングでマルクが声をあげた。
「僕は、孤児院を守っているのが『イモータルレギオン』のネクロマンサーだと思うんだ。彼らは保守強硬派に協力している情報が散見される。すこし気になるのが、ネクロマンサーの呪文なのだけど……『生きている縁者らが血を流し戦い、生命を削るのを見ているのがつらい者はいるか。愛する者のため、縁ある死者が盾となり、剣となる――我はそんな術を提供しよう。生きている縁者を守るため、生かすために戦いたいという死者は我の呼び声に応えよ!』」
 ネクロマンサーは呼びかけたのだろう。
 孤児院が、院長が、オンネリネンの子供たちが、『封魔忍軍』に狙われていると。
 守りたいと思う魂は応えよと。
 続ける聲はしずかだった。
「――死者は、孤児院や、子供たちを守りたいんだと思う」

 情報屋の少年が頷いてその考えを保証して、一言だけ付け足した。
「俺たちもこうやって色々調査してますけど、『イモータルレギオン』や『ライトブリンガー』といった他の組織の工作員や情報屋もこっそりイレギュラーズの行動傾向や価値観には注目して、気にしていらっしゃるでしょうね」
 ――どうか、お気をつけて。
 少年はそう言って深々と頭を下げたのだった。


●???
 対立する者たちは、それぞれの正義を声高に掲げるものだ。

 やましい影に蓋をして、大きくて立派な旗を奮うのだ。
 それはとても美しく、耳触りがよく、心にもやさしく受け入れやすく――

 然れど、然れど。
「結局、どちらも正義などというたいそうなものではない……」
 そんなこと、わかっているけれど――旗のもとに人が集まってしまえば、もはや止まらぬのが人という生き物なのだ。

 そう、人だ。理屈ではない。最後は人は、感情で動くのだ。だから、正義ではなく人の情により、術者は死霊術を孤児院に使った。
 封魔がうろついていて、狙われていると判断した。危険だと思った。守ろうとした。
 しかし、『それが引き金となり、孤児院は悪と断じられてしまったのだ』。

 ――死霊だけでは守りきれない。どうか……どうか。

 世の中では、邪悪と蔑まれるのが死霊を扱う術である。特に、天義ではことさら。
 守りたいと思って術を使ったのは、迂闊であった。
「どうか、……子供たちを」
 ――守ってほしい。
 魔術師は、ネクロマンサーは縋るような気持ちで頭を下げたのだった。

GMコメント

 透明空気です。今回は天義の依頼です。

●オーダー
・『封魔忍軍』が孤児院長と隊『オンネリネン』の子供たちを暗殺しようとしているので、『封魔忍軍』より先に孤児院長を生きたまま身柄確保してほしい。
・『オンネリネン』の子供たちも出来れば生かしたまま捕らえてほしい。

●失敗条件
・孤児院長が暗殺される

●場所
・聖教国(天義)辺境の街にある孤児院。

 孤児院の塀の外の通路は無関係な通行人が時折歩いています。
 塀の内側の庭先(建物の外)では子どもたちがみんなで植えた花壇が最近芽吹きの季節を迎えて、愛らしい花を咲かせています。
 建物内部は、3階建て。1階につき4部屋ずつあり、1階の部屋は5歳未満の子たちが1部屋につき3~5人。2階の部屋は5歳以上の子たちが1部屋につき2~3人ずつ。3階の部屋は10歳以上の子たちが1部屋につき1~2人ずつ生活しています。
 オンネリネンの子供たちは、孤児院に来て数週間。同じ年ごろの子供どうし打ち解けて、なんだか普通の子供みたいになってきたんじゃないかしら、と院長が微笑ましく見守る最近です。


●NPC
〇『オンネリネン』の子供たち
 彼らは、自分たちの事を『天狼小隊』と名乗っています。
・チャック
 年長の剣の使い手。存在感が薄い特徴があります。
・アイナ
 弓手。攫われた友達を助けたい、お花が好きな女の子です。
・テリミオス
 男子。生き別れた親友を案じている弓手です。

〇孤児院長のクラリス・ティスワール
 神にその身を捧げた敬虔なシスターで、子供好きで心優しく穏やかな気性の20代後半の女性。
 政治の事はあまりよく知りませんが、寄付金で孤児院を支えてくれるナイトメア家にはとても感謝しています。

●敵
・死霊X20体
 この孤児院に縁があると思しき霊たちです。実体のない半透明の体で、生前の姿は朧げ。男女がかろうじてわかる程度。女性が多いようです。中には、子供の霊もいるようですね。物理攻撃は通ります。
 攻撃手段はさまざまで、槍や剣を持っている者もいますが、直接触れて生命力を奪う者が多いです。
 なお、彼らに呼び掛けたネクロマンサーは術だけ行使して現場は任せ、別の仕事に赴いたのか孤児院周辺には見当たりません(戦えません)。

・『封魔忍軍』X20体
 忍者らしく素早くトリッキーな戦術を取る忍たちです。毒塗の長短近接武器、遠隔からの毒塗手裏剣や鉤縄、炎や穴掘りの忍術。任務を邪魔する意思ありと判断すると殺意高めに攻撃してきます。孤児院に放火は積極的にはしないとは思いますが、必要だと判断すれば躊躇することはないでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

 以上です。
 それでは、よろしくお願いいたします。

  • マルク・シリングと正義のお話完了
  • GM名透明空気
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年04月12日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
天下無双のくノ一
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官

リプレイ

●狭間の特異運命座標たち
 ――人の心なんて、何時の時代も何処の世界でも変わらない。

「なんか、この戦いでの俺達の役割が解ってきた気がする。喧嘩の仲裁か喧嘩両成敗か……何であれ、天義に第三の価値観を示し、戦いを収めるんだ」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が呟きを零せば、『決死行の立役者』ルチア・アフラニア(p3p006865)が同意を示した。
「中立。そうね、それが私達」
 正義と正義。或いは、悪と悪の狭間に――イズマはスピーカーボムで大音量を響かせた。
「今から訓練をする! 1階に集まれ!」

「――?」
 院長が目を見開いた。白を基調とした室内に見知らぬ黒い人物が飛び込んできたからだ。夜墨色の忍者装束に身を纏った人物は静謐な気配を纏っていた。『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は静かに名乗り、仲間が遅れて到着する事、命が狙われているため天狼小隊の子供達を護衛として一時避難してほしい事を打ち明けた。

 少し遅れて、仲間が到着する。

 『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は強化した感覚で周囲を警戒し、両手いっぱいに抱えて来た灯りを床に並べた。
「Urrr……ぼくたち、わるいことしに来たんじゃないよ、あぶないことしてくる人たちから……まもりに来たんだよ」
 あどけない声でたどたどしく言葉を紡ぐ姿は幼気で、子供達はすぐに打ち解けた。

 ゆらゆら、揺蕩う死霊がいる。霊の不思議なあたたかさ、守る意思が伝わってリュコスは切なく眉を下げる。
「まもりたいから力をあげたはずなのに、そのせいで、ねらわれてしまう……Uhn、気持ちがそのままいい結果にならないって、……むずかしいね。ひとつ、ぼくでもわかることは……気持ちが真っすぐなら、お話でみんなわかってくれるかもしれないってこと……!」
 『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が頷き、日頃から頼りにしている酒蔵の聖女へと指示を出す。
「酒蔵の聖女は奇襲の警戒を頼む。霊魂疎通の補助も」
 聖女は二つの指示を同時にこなしてくれそうな気配を見せ、消えていった。補助を感じながら少年の声が語り掛ける。霊へ。術長けた少年の語り掛ける声はどこか神聖で、居合わせた者は神妙に聞き入った。
「覚えているか、語れるか、呼びかけに応えた想いを、大事なものを。俺達は院長と子供達を守る為に来たもの……どうか、共に護らせてはくれまいか」
 霊はふわふわと頷くようだった。イズマがそんな彼らへと言葉を重ねる。
「俺達も孤児院を守りたいんだ。誰一人死なせないから、手を出さず見守っててほしい」

 ――父の霊が我が手で子供を守りたいのだと訴え、母の霊が切なく子供を抱きしめて。

「その想いは俺達が継ぐから、任せてくれないか」
 切々と訴えれば、霊は頷いて姿を薄くさせていく。『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は真摯な瞳で彼らへと敬礼した。
「……安らかに眠ってください」

 天狼小隊を集め、マルク・シリング(p3p001309)が語り掛ける。
「行き先は僕の領地。エリザ達もいる。君達を会わせてあげたいんだ」
 マルクは元天狼小隊のエリザに書いてもらった手紙を取り出し、天狼小隊に見せた。健康的な暮らしをさせられ、薬物関係の悪影響が薄れた天狼小隊の歪だった判断力はこの時点で既に更生されつつある。故に、敵意よりも喜びや希望が勝る反応を見せた。
「あの子が元気にしてるですって」
「あいつ、生きていたか!」
 目を輝かせる天狼小隊。
「不安な時も、共にあるものがあるように」
 アーマデルが避難に大事なものを持って行くようにと告げれば子供たちは「大事なものは仲間と武器だ」と誇らし気に応えた。チャックが誇り高く剣を掲げる。
「天狼の牙は仲間のため!」
 テリミオスとアイナが弓を掲げて唱和した。

 茂みに隠れ、猫が忍の動きを見ている。孤児院の様子を窺っていた忍は異変を察知し、警戒意識を強めていた。

「封魔忍軍が予定より早く動き出すかも。動きがバレたと思うよ」
『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が使い魔が齎す情報を共有した。同様に使い魔の情報を識るマルクが「急ごう」と頷く。

 スティアは院長にまっすぐな目を向けた。
「私とマルクさんが守るから信じてついて来てくれないかな?」
「子供たちを置いていくなんて……」
 院長が呟けば、スティアは事件のきっかけについて語る。左右彩の異なる瞳には一点の曇りもない。ピュアな輝きを放つ少女は温和な気性の院長にとって好ましく、安心できる空気を醸し出していた。
「些細なすれ違いで戦いになってしまうのは悲しいよね。誰かを想って行動したことが争いのきっかけになるなんて……」
 マルクが誠実な瞳で言葉を連ねる。
「院長先生や天狼小隊がこのまま留まれば、他の子供まで巻き込まれる恐れがある。けれど、この場から逃せば、封魔忍軍の攻撃の正当性は無くなる。避難は一時的な対応で、必ず戻れるよう手配するし、僕の縁者を派遣して不在中の孤児院を守るので、どうかご協力を」
 院長は頷いた。
「先生、すぐに戻ってくるから――無事で、みんなでまた会おうね……」
「「先生、いってらっしゃい!」」
 孤児達は明るかった。壺やバケツを水で満たして「自分も戦うぞ」「先生や友達を逃がすぞ」とやる気を漲らせていた。
「ねーちゃぁん! 武器はないのーっ?」
「オレも戦う!」
 瑠璃が人差し指を唇にあてて静まるようにと言い聞かせる。
「襲撃が来たら、隠れてくださいね?」

 ――襲撃予定時刻より早く。

 封魔側も動き始めている。イズマが大音量を轟かせ陽動すると、数人が孤児院に入って行った。騒ぎを聞きつけた街の住人が孤児院の周りに集まってきて、街の警備兵も何事かと駆け付けてくる。結果、忍3人が南の脱出組を追い、5人が孤児院内に、3人が街の警備兵の足止めに、9人は孤児院の西側で戦闘する事になった。


●西
 ムサシが駆けている。純朴な青年の顔に過るのは――悲憤、疑問、困惑――「平和に暮らしている子供達や罪もない孤児院の人を殺す……何の道理があって、そんなことが出来るんでありますか……? それが正義だと……?」

 ――そんなことは絶対にさせない……!

「人の命も、居場所も……勝手な正義なんかに奪わせたりしない!」
 走りながらブレスレットに指を滑らせれば、0.01秒で宇宙保安官のコンバットスーツが装着される。目いっぱい息を吸い込めば、緑と土の匂いがした。胸に燈る熱を声に出し、響かせる。
「宇宙保安官、ムサシ・セルブライトッ! ここから先は通さないでありますッ!」
 薄闇の影を選び奔る忍。その陰に更に潜むのがリュコスであった。孤児院を取り巻く喧噪の中、小さな影が獲物を狙う獣めいて密かに忍に近付く。手裏剣を放とうとする一人に気付き、止めるために。
(だめ……っ!)
 隠れ尾の毛がぶわりと逆立つ。体勢は地を這うように低く、体当たりするように殺意にぶつかったリュコスに忍びが驚愕の眼を向けた。長い銀髪がふわりと舞う。畳んだ膝をバネのように伸ばし、勢いは感情を乗せていや増した。敵の眼に自分が映っているのを感じながら、リュコスは渾身で空へ跳ね上げた。追いかけるように大地を蹴り、小躯が跳躍する。重力の枷を下に感じながら――瞳が揺らぐ。

 おこってる。ぼく、おこってる――、
 力を籠めて叩き込む一撃に確かな手ごたえと呻き声が返って来る。
 でも、と心の片隅でどきりと思う。
 ――おこるだけじゃ ぼく、ほんとうのばけものに……。

 影が踊っていた。どんどん昏くなる夜に――たくさん、いっぱい。

 見下ろす地上では燃えるような赤色が忍の進路に滑り込んでいる。華奢な娘姿。ルチアだ。闇に染まりゆく世界をひたりと見通す瞳の色は、晴れやかな青空の色に似ている。
「前に共闘した時も思ったのだけれど、本当に融通が利かないのね、貴方たち。それが強みでもあるのでしょうけれど……厄介だわ」
 黒革張りのコデックスを手に、快活に言って。
「――正義に対峙するものが悪であると、そう言うことができればどれだけ楽か。異なる人たちの掲げる正義があるだけだってのにね。それが自分たちと相容れないから、悪だというのでしょう」
 恐れる気配なく大胆に距離を詰める手には、神秘の光が集約されている。最前線の忍びが目を瞠り、次の瞬間光が弾けて悲鳴が生まれた。
「であれば。ロウライトとナイトメア、いずれの正義にも組しない者として、今はただ非道を止めさせて貰うわ」

 刻一刻、闇が深くなる。夜が訪れる――

 アーマデルの英霊残響が忍の動きを鈍らせるのを頼もしく見ながら、イズマが名乗り口上をあげて前に出た。
「敬虔なシスターに子供達……彼らを殺すのは未来を奪う行為であり、ロウライトが望む未来をも奪う事になるだろう。そんな任務、遂行させない――ムサシさん、何人か俺が受け持とう」


●南
 一方、脱出組は、スティアを先頭に院長と天狼小隊が続き、殿をマルクが務めている。味方が陽動したり西側で忍を食い止めているおかげで、南裏口から脱出した院長達に追いついた忍はたった3人。

「3人か、……戦おう」
 マルクの判断に先頭のスティアが踵を返し、盾役として前に出た。
「天狼小隊は院長の周りを固めて、弓は味方に当てないように」
「私には当ててもへっちゃらだよ」
 スティアが悪戯にウインクすると弓手の子らが「当てないよ!」と笑った。

 連続で射かけられる矢を難なく躱し、忍が陣形を組んで距離を詰める。
清らかな鐘の音が鳴る。スティアが魔力を旋律に変えているのだ。忍達は「この音は神を冒涜する音だ!」と怒り猛り、奇手を忘れて一斉にスティアに殴り掛かった。神気をキューブ状に生成し、マルクがチャックに声をかけた。
「殺さないように、死なないように――それができるなら、剣を使っていい」
 弓矢が無機質に飛んでいく。
「できないなら、院長の傍で守るだけにして欲しい」

 闇を徐々に深める街の影で忍が地を蹴り、スティアに拳を突き出している。
「サンクチュアリ」
 少女の声が厳かに唱えて、黒い拳が聖域に弾かれる。聖女の二つ名も持ち、聖教国ネメシス中に名声轟く彼女と、同じく名声高きマルクが並んで敵対の意思を見せているのだ。主の為ならば私心を断ち、思考停止で任務に只管励む忍とて動揺せずにはいられなかった。3者が無言で視線を交差させ、迷いを見せる。

「人の数だけ正義はある」
 ロウライトという清廉な看板を支える忍は陰で汚れ仕事を一身に受けて影の任務に従事する彼らは、上に言われるがまま仕事をしているに過ぎない。けれど、マルクは――穏やかに語り掛けた。それは、ある意味自分に言い聞かせるような独白にも近かったのかもしれない。
「僕の正義は「手が届く限りの命を救うこと」」
 チャックが忍びの手や足を狙い、無力化させようと戦うのを見ながらマルクは光のキューブを閃かせ。この夜に宣言するように。
「それが、「死を遠ざける者」という、自分に課した生き方だから」
 流星めいて光が奔る。
 ――必ず、護ってみせる。

 後退る忍へと、スティアが一歩前に歩み出る。聖域がふわりと広がり、セラフィムの羽がひらりはらりと周囲を舞った。
「私は、別の依頼で怨霊退治も受けたから……正義とかは、決めつけたりはしない。ただ、目の前にいる生命は守る。それだけは、譲らないよ」


●孤児院内
 イズマの陽動に釣られた忍5人は孤児達には手を出す事は無かった。陽動に気付いた忍は外の戦いに加勢しようとして――ぎくりと動きを止める。
「指揮官は貴方ですね」
 瑠璃が紅い眼で彼を視ていた。
「封じさせて頂きます」
 ――院長達を追う指示を出せないよう。
 闇が手を伸ばすように瑠璃が言の葉を紡ぎ、あえかに花唇を微笑ませた。孤児が歓声をあげて棒や箒を手に加勢しようとする。瑠璃は孤児を止め、神事を執行する巫女のように燈杖を捧げ奮った。暁の灯火の様に橙色の光が燈り、霊が朧に姿を現すと、数人の子供が嬉しそうに霊に駆け寄った。
「死者への冒涜だ!」
 指揮官が吐き捨てる。
「状況証拠で決断を下したのもやむを得ないとは思いますが、政敵そのものではなく只の庇護下の孤児院に手を出すとはいけませんね」
 瑠璃は冷静にこの霊達が現れた経緯を語り、孤児院が無害であるのだと主張した。正論を説く仕事ぶりが多く報告される迦陵頻伽の声は、理路整然としている。
「相手が死んでしまえば、ただの善人だったなどとは知らずに済んでしまうのでしょう? 普通の方は」
 一切の呵責を覚えず綺麗な正義を謳わせはしないと言うように真実が紡がれる。優しく暖かな光の中、霊は愛しそうに子供の頭を撫でていた。
「それでも、死者を使うとは――矢張り、冒涜だ」
 指揮官が唸る。
「その冒涜はネクロマンサーが成した事であり、孤児院は悪くありません」
 ぴしゃりと言えば、指揮官は黙った。
「そして、オンネリネンの子供達は――アドラステイアが外貨獲得のために家族や仲間などを人質にして送り出した稚拙な傭兵団にすぎません」
 封魔忍軍は他の依頼でもオンネリネンを積極的に殺そうとしている姿が見られている。瑠璃は測るように指揮官の眼を覗き込んだ。其処にある種中間管理職的な苦悩が垣間見えるようで、瑠璃は言葉をそっと続けた。
「子を遺した親の情も、死してなお友を思う気持ちも、すべてを悪と断じますか?」

 ――貴方は忍でしょうけど、感情を持つ人でもあるはず。

「俺にも子供がいる」
 じっと瞶める瞳に、人らしい声が返る。
「悪だ――」
 瑠璃は瞳を一瞬閉じる。
「と、主が言えば、悪として討たねばならぬ。我らは主の道具。忍だから」
「では……」
「だが、彼らは結局……もう、『いないのだろう』?」


●西
 西側で孤児院の建物に背を向けるように戦うリュコスにとって東の方角で、敵味方が戦う音が続いている。たすけにいかなきゃ、とハラハラしていると、間近でバリアーが砕ける音がして、リュコスは耳をびくりとさせた。

 全身に無数の傷を負ったムサシが忍の刃に捉えられ、スーツの肩から胸へと大きな裂傷が奔って血が噴出する。よろめいた体をアーマデルが懸命に支え、追撃に迫る敵へと蛇鞭剣を奔らせた。イズマが庇うように口上をあげようとする。ルチアが祝福の光を眩く放つ。光の中――自分の足で確りと踏み止まり体勢を立て直して、ムサシは熱の籠ったひたむきな眼を前に向けた。
「罪もない人を殺そうとし、人の居場所を奪い去るようなことを……自分は『正義』だとは認めないであります!」
 負傷を凌駕する青臭い正義の情念がその足を動かした。前へ。
「お前達の『正義』を押しつけるなッ!」
 左右からその歩みを阻もうと敵が凶刃を閃かせる。リュコスとアーマデルが同時に同じ技を放ち、跳ぶ。見下ろす地上に清廉な光が溢れていた――ルチアの治癒の光と、ムサシが奮うレーザーソードの光が。
「……そんな正義……自分が! 宇宙保安官が! ……ヒーローが打ち砕く!」
 レーザーソードの出力が限界を越える。負荷に悲鳴をあげるのは、使い手自身の肉体だ。奥歯をぐっと噛み、ムサシは構うものかと力を振り絞った。

 ――父さんは、エースの背中を見せてくれた。
 ――母さんは、自然環境や人の温もりのあたたかさを、教えてくれた。
 ――養成校の先輩は力持つ者が『何が出来てしまう』のかを――その力が、誰かのために使えて、救うために使えることを教えてくれた!

 反動が身を傷つける様子にイズマが身を案じ、止めようとしている。
「いけないッ、その技は、体に負担が……!?」
 口の端を固く結び、ムサシは我武者羅に腕を振り上げた。

 昏迷を斬り裂き、過ちを正す。
 其れができないで倒れるより――『壊れろ』!

 光が一際苛烈に迸り、夜を照らす。上空でリュコスとアーマデルがそれぞれの獲物に一撃を叩き込んでいた。
「ハイパーレーザーソード……いけぇっ!!!」
 ――空間を裂くように。
 全力で振り下ろした一撃は忍の防御をなんなく破り斬り伏せて、強撃余波が大地を深く抉りその威力を知らしめた。

「もう、やめよ……っ?」
 すたりと着地したリュコスが必死に叫ぶ。
「ねらってる人は、とおくにいっちゃったよ!」
 子供の懸命な声が響き渡ると、忍は動きを止めた。
「子どもたち……みんなこの場所が、大事」
 声は途中で揺れて、嗚咽してしゃくりあげるみたいに風に巻かれる。
「ぐちゃぐちゃに、しないで……、かえって……っ」

 其処に、低い声が被せられた。
「任務は失敗だ。引き上げるぞ」
 瑠璃がその背を見守っている。彼女に小鉄と名乗った忍の指揮官だった。忍達が倒れた仲間を救い、退いていく。小鉄は誇り高き家門に思いを馳せ、呟きを零した。
「正義とは麻薬に似て、英傑を傲慢に狂わせるものなのだろうか」
 夜に溶けるように去る彼らへと、ルチアが静かに呟いた。
「善き意志が高き地位の滑りやすい足元で悪に転んでしまうのは、珍しい事じゃないわ」
 ――優しき治癒の光を煌めかせながら。

 空気は戦いの臭いを織り交ぜて、ひんやりと夜の冷たさを湛えていた。街の警備兵に事情を聞かれ、孤児達が口々に「悪い忍が来たんだ」と証言する中、現地の者は後始末に追われるのであった。

成否

成功

MVP

ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官

状態異常

ムサシ・セルブライト(p3p010126)[重傷]
宇宙の保安官

あとがき

 依頼お疲れ様でした。
 ご参加有難うございました。天狼小隊はこれで全員が合流し、マルクさんの領地に保護扱いとなりました。院長はその後、数日の時間を置いて孤児院に戻り、孤児院は日常を取り戻しています。街の警備にとっての今回の事件は「正体不明だが子供を狙う悪い忍者が出没した」「偶然通りかかったローレットが忍者を追い払ってくれた」という認識となり、この街は「悪い忍者」を警戒して、夜間警備を厚くしました。
 封魔忍軍の小鉄さんは「ネクロマンサーが悪事を働いていたが、逃がしてしまった。オンネリネンも何処かに行ってしまった」と報告し、上司からの評価を大きく下げたようですが、人手不足のために厳しい処罰は免れ、忍の仕事を続けているようです。
 匿名の依頼人さんは、「とても良い仕事をしてくれて、ありがとうございました。もし機会があれば、ぜひまた仕事を依頼したいです」と感謝しているようです。
 MVPは思わず描写したくなる魅力溢れるパッションのあなたに。リプレイはプレイングあってこその産物ですから、プレイングの地力に強いパワーがあるというのは、とてもGMにとって有難く、素晴らしいと思います。

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