PandoraPartyProject

シナリオ詳細

最早戻らぬ今ならば

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ……産声は、確かに聞こえた。
 聞こえていた、のだ。

「……坊主」
 村でただ一人、産婆をしてた婆ちゃんが血まみれで呟いた。
「悪かった、ねえ。
 どうにか守りたかったが、こんな婆の身体じゃ、無理だった」
 ――婆ちゃんのすぐそばには、母ちゃんと、生まれたばかりの妹が転がっていた。
 中ほどで折れた刀身が、二人を諸共に貫いたままで。
「な、ん。何で……!」
「逃げな。坊主。逃げるんだよ。
 野盗どもだ。まだ村中から金目の物を漁ってる。気づかれないうちに、逃げるんだ」
 ……『もうすぐお前に弟妹が出来るんだぞ』と父ちゃんが言っていた。
 嬉しそうな顔をした母ちゃんが居て。釣られて俺も嬉しくて。少しでも精をつけてもらうために、近くの森で山菜や野鳥を取ってきた帰りだった。
 村に帰ってきたとき、一度だけだけど。確かに聞こえた産声に期待を抱きながら家に帰って――そうして目に映ったのは、血と肉が散らばった、無残な光景。
「だって、父ちゃんは、村の皆も……!」
「抵抗しそうな男衆なんて、真っ先にみんな殺されたよ。
 ゴチャゴチャ言うんじゃないよ、坊主。逃げても、生きてれば、勝ち、さ」
 其処までを言って。大きな刀傷を負っていた婆ちゃんも、呼吸を静かに終える。
「――――――う」
 恵まれたわけではない生活だった。
 しかし、幸福な日々だった。それを踏みつけにする他者に怒りを覚え、運命に嘆き、抗う力を持たない自分を呪った。
「う、う、ぅぅぅ……!」
 ……産着に包まれた妹と、母ちゃん、婆ちゃんの瞼を閉じてやって、俺は家から飛び出す。
 奪われたものは戻らない。ならば、奪われた苦しみを以て復讐することだけを、今は唯自らに誓いつつ。
 ――『そんなことに意味は無いのに』と、諦めたように呟く自分の声に気づかぬまま。


「……それが、五年前の話」
「そうだ」
『天を見上げる無頼』唯月 清舟 (p3p010224)が呟いた言葉に、和装の情報屋は平時と変わらぬ無表情のまま小さくうなずく。
『ローレット』は珍しく閑散としていた。広いテーブルの一角を借りた情報屋は、自らが呼び寄せた特異運命座標達に早速依頼内容を告げる。
 ……即ち、「魔種の討伐」を。
「時は経って現在。その『少年』は殺された家族の仇を取ることに腐心し続けた結果『原罪の呼び声』を聞いた。
 それに応え、魔種となった彼は拡大した力を以て野盗共への復讐を完遂した、と言うわけだ」
「その後の魔種は何を?」
「周辺に被害を出しているのか、と言う意味ではノーだ。但し、これからそうなる可能性は否めん。
 何故と言って、今の彼奴には純種の『妹』が居る。そいつが『呼び声』に応え、魔種となった場合はどうなるか解らん」
 唐突に齎された情報に、特異運命座標たちの表情が怪訝なものへと変わる。
「……妹は殺されたはずじゃ無いのか?」
「件の魔種が仇の野盗共を襲ったとき、奴らは性懲りも無く新たな村を襲っていたのさ。
『復讐』を済ませた段階に於いてその村の住人はほぼ全員が死んでいたが――ただ一人、十歳の少女が生き残っていた」
 ――きし、きし、という音が聞こえる。
 その音が聞こえる源を努めて無視した特異運命座標らは、情報屋の少女に聞き直す。
「……その『妹』は、救出した方が良いのか?」
「依頼の成否には関わっておらんが……あくまで依頼達成のための視点で言うなら、その少女は利用価値がある。
 件の魔種は『生まれてくるはずだった本当の妹』とその少女を半ば重ねている。上手いこと目の前で命を奪ってやれば、彼奴は錯乱してその戦闘能力を大きく落とすことだろう」
 何かが軋むような音は尚強くなる。物憂げな表情の特異運命座標たちに対して、情報屋は静かに席から立ち上がる。
「事を為すのは貴様らだ。その辺りの術は相談して決めれば良い。
 だが、何れにしても地獄は見るだろう。『妹』を生かすにしても、殺すにしても、彼らの内どちらかは必ず『家族を奪われる苦しみ』を味わうのだから」
 去り際。少女は頭を垂れたまま動かない清舟に手持ちの絆創膏を投げつける。
 ――強く拳を握り締めた彼の手のひらからは、食い込んだ爪先に因って血が零れ落ちていた。


「兄ちゃん。また遠出してたの?」
「……起きていたのか」
 深夜、神威神楽の某所。小さな山の麓に建つあばら家で、二人の若い男女が会話をしていた。
「獣除けは毎日焚いてるでしょ? そんなに警戒しなくてもいいじゃない」
「……襲ってくるのは、獣ばかりじゃない」
「そんな。こんな一軒家に盗賊なんて」
 あはは、と小さく笑う童女は、その実で微かに震える身体を眼前の『兄』に気づかれまいとしている。
 それを容易く見抜いた青年は、少しだけ悲しげな表情で少女の頭を撫でた。
「……余計なことを言ったな。すまない」
「謝らないでよ。兄ちゃんはアタシを助けてくれたんだから」
 返す童女の脳裏に去来するのは、過日の光景。
 家を焼き、老人と男を殺し、女たちを手慰みに抱いた野盗どもが、今眼前に居る『兄』に虐げられたときの記憶。
「未だ、怖いか」
「……ううん」
「未だ、悲しいか」
「ううん」
「未だ、憎いか」
「………………。うん」
 あの時。
 この『兄』の戦いぶりを視ていた童女には分かっている。目の前のこの青年は、きっと真っ当な意味でヒトとは呼べぬ化生で有るのだろうと言うことは。
 そして、それを知っているからこそ――彼女はこの『兄』と共に居るため、人里から離れたこの場所で生きることを選択したのだ。
「幸せだったんだ。だから、奪われた記憶が辛くて、奪った人たちをもっと許せなくなる。
 この憎しみは、何時か止むのかな。それより先に、心が疲れちゃって、死んでしまうことを選んじゃうのかな」
「……幾らでも憎めばいい」
 呟く青年は、緩く手を挙げて『それ』らを呼ぶ。
「ア……ぁ? う……」
 現れたのは頭部が異形へと肥大化した十名の男たち。
 嘗て、この『兄妹』が住まう村を襲った野盗達を、殺さずして裁いた成れの果て。
「お前がお前である限り。俺がお前の『兄』である限り。
 俺はお前を守る。お前の願いに沿う。それが、俺が果たせなかった嘗ての願いだから」
「……うん」
 野盗たちを下がらせた青年は、そうして再びあばら家の外に出る。
 人ならざる身体だからと、頻繁に外の見回りに向かう彼の背を見やりながら、しかし童女はぽつりと呟いた。
「でもね、兄ちゃん。
 アタシは、もう憎むより、ただ家族で暮らしたいんだ」
 ……言葉は、きっと届かなかった。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエスト頂き有難うございます。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『魔種』の討伐

●場所
 カムイグラの某所。小さなあばら家、若しくはその周囲の庭、畑となっている場所です。時間帯は夜。
 月灯りが有るため比較的視界は取られていますが、状況如何によっては乏しい明度により行動に制限がかかる可能性が在ります。
 下記『少女』はあばら家の中。『魔種』はあばら家の前、『野盗』達はその5m以内に固まって配置されております。
 シナリオ開始時、参加者の皆さんと『野盗』達との距離は30mです。

●敵
『魔種』
 元ゼノポルタの魔種です。性別は男性、年齢は純種基準で18歳。
 かつて下記『野盗』たちによって住んでいた村を襲われ、その際に母親と生まれたばかりの妹を殺された過去を持ちます。
 後に魔種となり、『野盗』に復讐した折、彼らの襲撃から生き残った下記『少女』を保護し、現在は共に生活しております。
 戦闘スタイルは支援と妨害に重きを置いたもの。前衛か後衛かは不明。
 加えて純性肉腫と極めて似通った能力を有しており、自身の体力を幾らか削ることで放つ遠距離範囲攻撃は複数の状態異常、乃至追加効果を持っています。またこの攻撃にハードヒット以上の精度で命中したPCは「次の行動を『魔種』によって操作」されます。
 そしてこの『魔種』へと「与えられたダメージ量」「付与された状態異常の回数」「与えられた追加効果の数」がそれぞれ一定値に達するごとに、下記『野盗』の能力が大幅に向上していきます。
 ------------------------------
 不幸に因って家族を失った『誰か』とは違い、人の悪意に因って家族を奪われたひと。
 その負の感情は重く、冷たく、ゆえに言葉で以ての説得はきっと功を奏さない。

『野盗』
 ゼノポルタによって構成された野盗たちです。数は10名。
 かつて数々の小村を焼いては家財を奪い、その果てに上記『魔種』によって囚われ、現在では彼の操り人形として異形の頭をした化け物と成り果てました。
 凡そ数年の間カムイグラを荒らし続けただけあってそれなりの実力を有しており、また嘗ての連携も健在です。
 基本的には前衛、後衛が5:5の比率で分かれております。攻撃手段は双方ともに近距離・遠距離の通常単体攻撃のみ。
 スキル等を使わない反面、基礎的な精度・威力が恐ろしく高く、更に状態異常や追加効果に対する耐性が高いため、仮に命中しても一定確率でレジストする可能性が在ります。
 そして同時に「戦場内に存在する『野盗』の数」だけ能力値が向上するパッシヴスキルを有しております。これはHPの上限値にも作用するため、数を減らさないまま戦った場合相当の苦戦を強いられることでしょう。

●その他
『少女』
 上記『魔種』が『野盗』の襲撃から救った少女です。年齢10歳。
 自らを救ってくれた『魔種』を慕い、また自らの総てを奪った『野盗』を憎んでおります。それは『魔種』によって人ならざる姿へ変えられた現在も変わりなく。
 戦闘能力は有りませんが、年齢よりも小利口であるため、戦闘中はあばら家にこもることでPCの皆さんの視界に映るようなことはしませず、また捕らわれないための対策も講じている様子。
 彼女を殺害した場合、『魔種』は錯乱して有する能力をすべて失い、攻撃方法も近づいて殴るのみの単体通常攻撃だけとなります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、リクエストいただいた方も、そうでない方も、ご参加をお待ちしております。

  • 最早戻らぬ今ならば完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年04月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
アクア・フィーリス(p3p006784)
妖怪奈落落とし
不動 狂歌(p3p008820)
斬竜刀
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
葛籠 檻(p3p009493)
蛇蠱の傍
唯月 清舟(p3p010224)
天を見上げる無頼
※参加確定済み※
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼

リプレイ


「嫌な依頼だ」と彼女は思った。
 それを口にすることだけは、どうにか抑えることが出来たけれど。
「………………」
 討伐目標が住むと言うあばら家、またその周囲に配置された野盗の成れの果てを見て、『憎悪の澱』アクア・フィーリス(p3p006784)は自身の右腕を軽く擦る。
(一人ぼっちで、辛くて、悲しくて、憎くて……堕ちていったんだ、ね)
 その来歴を自らに重ねた少女の瞳は湖面のように静かで、同様に冷たい。
 不幸を認めよう、不遇を受け入れよう、さりとてそれは他者を害する理由にはなり得ず、それゆえに自身らが殺すしかないのだと。
「……野盗共は自業自得だからどうでもいいが、こう救われないのはどうにも苦手だな」
 同様に。『暴れ博徒』不動 狂歌(p3p008820)が疲れた表情で頭を軽く掻く。
 此度特異運命座標らに任された依頼。自らを虐げた野盗らを害して己の下僕とし、今では一人の少女と共に暮らす魔種の討伐。
「しかし、悲しき哉。呼び声を聞き堕ちてしまったとなれば、兄は討伐せねばならない」
「……分かってるって」
 そんな狂歌の独り言に静かに言葉を返したのは『とりかご』葛籠 檻(p3p009493)である。
 本依頼の為に集まった特異運命座標達の表情が明るくないのは、確かに倒すべき魔種が送ってきた生涯と言う背景もあろうが、より厳密にいえば彼は現在『人の道理を然程逸脱した存在ではない』ことも挙げられる。
 ヒトの在り方を歪める責め苦を味わわせたのは、自らが応報すべきと定めた仇の野盗たちのみ。それ以外の無辜の民には何の被害も出すことなく、只人と変わらぬ暮らしを送る彼らを、故に「魔種だから」と言う理由を除けば殺す意義は極めて薄い。
「私たちは先人から様々なものを受け継ぎ今を紡いでいます、でも魔種はその紡いだものを壊してしまう」
 それでも。
 その「魔種だから」と言う、たった一つの理由こそがいけないのだと。『神威雲雀』金枝 繁茂(p3p008917)は静かに呟く。
「紡ぐことのできない者は既に死んでいるも同然、この世は今を紡ぐ者たちの世界です。
 ……だから私は死んだ者に終わりを手向けます、たとえそれが望まれていなくても」
 特異運命座標だから、ではなく、己の理念を以て彼を殺すのだと。そう黒の鬼人種は語る。
「ええ、ええ。魔種に関しての着地点は一つでありんしょう。それに関して、わっちは意見を持ちません」
 ――ならば、彼と共に暮らす『妹』は?
 問うたのは『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)だった。
 繁茂の意匠が影の如き黒であるならば、今問うた彼女の姿は夜を模した黒に似ていた。他者の輝きを愛し、それが自らを照らすことすら否定しない彼女の在り方は、正しく星月の灯りが介在することを許す夜天そのもののようで。
「……迷いがないといえば、正直嘘になる」
 いっそそれを口にしたのは『忠義の剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)であった。得物を握る自らの手を見やりながら言葉を零す彼の瞳には、確かに語るように懊悩が覗いていたけれど。
「けれど他に救いの方法が無い以上、自分達が終わらせなければならないのだ」
「……応、哀れではあってもこれも依頼じゃ。こなさんとあかんわな」
 歎息、一つ。侍の『答え』に『応え』て言葉を続けたのは『天を見上げる無頼』唯月 清舟(p3p010224)であった。
(――兄貴と、妹か)
 思うところが無いわけではない。今まさに倒さんとする彼が魔種ではなく純種であったのなら、その思いに寄り添う道も有り得たかもしれない。
 だが、彼は変わってしまった。『呼び声』に応えてしまった彼の慟哭に、だから最早清舟は己の刃を振りかぶることしか出来ない。
 業が深いと清舟は思った。それが彼の兄妹に向けてのものか、或いはこのように在り方を歪める魔種と言う存在自体についてかは、彼自身にも解らなかったけれど。
「……行こうか」
 作戦を開始する『機会』が出来たことを確認して、声をかけたのは『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)。
 野盗達が魔種の住む家屋を警護している状況、其処に生まれた――穴とは言えずとも、綻び程度の小さな間隔。それを目指して闇から飛び出す態勢を整えた一同の中で、雲雀は小さく独り言ちる。
「……汚れ役をするのは今に始まったことじゃないし、ね」
 罪悪感が無いとは言えない。
 けれど、そうした思いが倒すべき魔種を除いて、誰かを救うことなど無いのだと言うことを、雲雀は良く知っていたのだ。


「……テ、キ……!!」
 ――「家屋の後方から攻め込む形で奇襲を行えないだろうか」、それを最初に提案したのはルーキスだった。
 その提案を元に行われた奇襲の結果は、奏功しなかったとは言わずとも、明瞭な成果を寄こすほどのものにもならなかったというのが実際のところだ。
 前線に飛び出したのはアクア、狂歌、ルーキス、繁茂、清舟の五名。残ったエマ、檻、雲雀が範囲攻撃を主とした後衛と言う形を取る。
「……イレギュラーズ!」
「分かっとるなら話が早い、斬らせて貰う!」
 仲間の中で最も挙動が早い清舟が自己付与の後に野盗達を足止めすれば、次いで叫ぶのは狂乱の魔性を込めた名乗り口上。
 が、事前に聞いていた通り、その効果は極めて薄いと言わざるを得ない。元より状態異常に強いとされていた野盗達は勿論のこと、魔種にしてもその能力を抗し切っている。
「けれど、想定内だ」
 そう呟いたのは雲雀であった。無辜なる混沌だからこそ成し得た、狙撃銃による遠距離からの魔弾が戦場全体に拡散すれば、その場に居並ぶ野盗と魔種たちを砂塵の嵐が横殴りに襲う。
「………………ッ!」
 魔種は。
 それを知覚しながら、避けることをしない。
「負傷を厭わずか!」
「貴様ら相手に、無傷で済むとは思っちゃいない……!」
 撃ち込まれた毒空木すら回避を捨てて、瞠目するルーキスに応える魔種。
「……おっと、これは困りんしたね」
 続く筈であったエマの声音が微かな困惑を伴う。
 魔種に対する足止めをルーキス、そして繁茂が共に行う間、野盗達の殲滅を考えていた特異運命座標達ではあるが、エマがその為に用意してきたスキルが本来用意していたものとは違っていた為だ。
 致し方なしと放つヘビーサーブルズ。識別を伴わない其れはこの混戦状態に於いては使いづらい。雲雀とは違って、味方のみならず魔種すら効果範囲に含めないことを考えるのならばなおのこと。
 ――その逡巡を、感じ取ったわけではなかろうが。
「――――――!!」
 野盗達が、動く。
 振るう刀槍、狙う弓弩、「動いた」と特異運命座標達が視認するよりも早く、突き出された、或いは放たれたそれらはおよそ彼ら全員の身体に叩き込まれ、ただの数発で大きく身体を拉がせる。
「予想はしておりましたが……!」
 臍を噛む繁茂。パキンと指を鳴らして喚んだ聖体頌歌は傷ついた味方を癒していくが、それが十分な回復量で無いことを十分に理解している。
 自陣営の数に応じて能力が強化される能力。聞いてはいたもののその効果量が想定よりも高いことに焦りを覚えたのは繁茂だけではあるまい。
 故にこそ、敵の数を削ることはこの状況に於いて必至。
「どこ……どこを、ブチ抜けば、簡単に、死んでくれる……?」
 呟くアクアの声は虚ろ。されど振るう黒死の槍は精撃と言って差し支えなく。
 自己の右腕を基点に展開した術式――黒水晶ノ槍は野盗の腹を貫き、若しくは削ぎ落す。返す刀と振るわれた刀剣を、弓矢を避け切れずとも、彼女の瞳には一切の曇りなく。
 ……戦いの最中、自身らの方へ駆け出してきた魔種に駆けられた声が聞こえたのだ。一度だけ、「兄ちゃん」と。
「だから、何」
 その言葉に、内実する想いに、己が躊躇する理由など無いことを、当のアクア自身が一番わかっている。
 そして、狂歌もまた。
「向こうの兄妹ならいざ知らず――」
 清舟同様、発した名乗り口上に然したる効果は見られなかった。鼻を鳴らした狂歌はそれゆえに彼と同じく、後衛へ向かおうとする野盗の足止めと、その数を削ることに注力する。
「てめぇらに同情の余地なんかねぇ。が、その首落として楽にしてやる」
 リーガルブレイドとギガクラッシュ。敵方の魔種から施される付与術式の状況によって切り替える攻手は、受ける側からすれば厄介そのものと言える。
 ……尤も、『それ』は魔種たちとて有している。
「――ッ!!」
 虚脱にも似た感覚。抵抗せんと動くべく思考した時点で、既にそれが遅かったことをルーキスは自覚する。
 魔種によって操られた身体が、味方の側へと動き始めた。


 自身の体力を削ることにより、一定以上の精度で命中した対象を操作する魔種の範囲攻撃は、特異運命座標達にとって悩みの種であった。
 特異運命座標達が苦慮したそれらに対して、その攻撃手段は――少なくとも『想定していた以上の脅威』ではなかったというのが率直なところだ。
 受けるダメージは高くはなく、仮に行動操作を受けたとしても、その対象は自身に出来ることの範囲でしか行動しえない。味方に攻撃しても、敵へのブロックを解いて無意味に戦線から離脱することを強制されても、それらは類似した状態異常の延長線上に過ぎず、そしてそれは持続しうる状態異常に比べて一挙動のみという制限が掛かっている。
 危惧すべきは他の点だ。要は戦闘の長期化である。
「が、あ……っ!!」
 軋んだ身体。地に叩きつけられた自らの身体を起こすアクアの身体は、『長きにわたる戦闘』で既にパンドラの消費を経過していた。
 戦闘開始時点の段階で、彼我の力量差で下回っていることを特異運命座標達は理解していた。それ故に敵の数を減らしていくことは真っ先に達成すべき課題であり、それを妨害する魔種の範囲攻撃は正しく彼らの鬼門であったのだ。
「クソっ……たれが! テメェも連れのガキもまとめて死ぬんだ! 分かったら黙って殺されやがれ!」
「死に体で良くぞ吠える……!!」
 傷んだ身体を持ち上げ叫ぶアクアに、言葉を返す魔種。野盗達の数は戦闘開始時より確かに減ってこそいるが、その数は未だ半数を切っていない。
 自然、数に比例した強化能力も未だ機能の範囲内に収まっている。それもあるが、何より。
「よもや、此処までとは……っ」
 思わず、言葉を漏らすルーキス。戦闘開始時点から現在まで、「総ての攻撃を避けずに受け続けてきた」魔種はにやりと笑った。
 ――『自身が受けたダメージ量の一定数に比例して配下を強化する能力』。それが現時点に於いても野盗達を強化し続けているという事実が、特異運命座標達の現在の懸念であった。
 彼らは作戦相談の時点で正しく認識していたが、この能力は「自ら減らした体力」に対しては作用せず、あくまで「敵から受けた攻撃」に対してのみ機能する能力である。必然、魔種は彼らから受けたダメージが無ければその効果を発揮できない。
 それ故に魔種は「敵からの攻撃を回避しない」と言う手段を以て配下の強化に努めた。それはともすれば自身の命を損なうやりかたである。
 事実、配下である野盗達に比べて魔種の側の体力は残り少ない。『後回し』にして尚、ルーキスらの足止め目的の攻撃だけで死に瀕している程度には。
「……無辜な少女を庇護する事で人間の真似事をする、世界を滅ぼす猛毒」
 それでも、状況は明確に特異運命座標達の不利に傾いている。
 傷つき、倒れんとする前衛の向こう側。乏しい充填能力を介して撃ち込むシャロウグレイヴに膝を折る野盗たちを見遣りながら、エマが誰ともなく言葉を漏らした。
「そしてその毒気に当てられた少女。くっふふ、まるで共依存でごぜーますなあ?」
「……それが、どうした」
「いえいえ、良いのでありんす、それで輝けるというなら、ね」
 ハ、と魔種が笑った。エマの貼り付けたようなそれとは違う、手負いの獣が浮かべる獰猛な笑みを。
「アンタの怒りも悲しみも俺は知らねぇ。所詮俺がアンタに向ける感情なんて外様の同情に過ぎねぇんだろうよ」
 相対する野盗前衛の数は、二体。
 その内の一方を未だに止める狂歌の身体が、一度頽れた。体外へ発露したパンドラが傷を逆戻しにして体力を取り戻す。たった一度のコンティニュー。
「それでも、俺は俺なりに向き合ってアンタを倒す。悔いは少しでも残したくねぇんでな」
「……そうさな。この刃だけは、鈍らせない。それがあなた達の望むところで無いとしても」
 苦悩は何時までもついて回る。それを振り払わんとして、それが出来なかったルーキスはしかし、狂歌の言葉で以て再び克己する。迷うたままでもいい。止まることを、退くことを拒める限りはと。
「……貴様らが俺に何を想おうと自由さ。だが、それは」
 ――俺にとっても、同じことだ。
 そう返した魔種の範囲攻撃。現在まで放ち続けたそれに加え、更にはルーキスらの攻撃を受けた身体はともすれば、特異運命座標よりも瀕死である。
「……あなたは妹に何を残せますか?」
 そして、特異運命座標らは魔種と違い、その身を守る仲間が居る。
 ルーキスを庇う繁茂の身体が操られる。女神の口付けを魔種に撃つ彼の言葉は、しかし己の自由を奪われている状況下においても淀みなく。
「輝く未来? おいしいご飯? 素敵な豪邸? 考えなさい、それが兄としての責務です」
「その機会を奪おうとしている貴様らが……!」
「『だからこそ』、貴方を倒した後で、我々はあなたの妹にそれを伝えると誓うのですよ」
 ――刹那、轟音が響く。その後に誰かが倒れる音も。
「……聞こえておるか、妹君よ」
 声を発したのは檻。彼の攻撃に因って遂に野盗の前衛が息絶えたことを、魔種は理解する。
「我らは汝の兄君を討たねばならぬ、それは彼が魔種であるからだ」
「………………」
「汝の家族を奪う我らのことを汝は憎むこともできよう。
 ただ、復讐という軛に囚われたものの行く先は、『こう』なのだ」
 ……未だ建ち残るあばら家から、声は返ってこない。
 それを、少しだけ悲しげに見つめる檻。雲雀も同じように眇めた瞳を送りつつ――それを当然とも思っていた。
 世界への恨みは、決して『兄』である魔種だけのものではない。今では家族と共に日々を過ごすことを望んでいる『妹』とて、その胸中に残る「奪った者」への恨みは熾火のように残っているのだ。
「……己等以外を敵として見る事に、悲しみは無かったか」
 そうして、清舟が。
 敵陣の後衛は未だに残っている。それゆえ魔種の方へと向かった味方を庇うべく接近した彼に対して、対する魔種の側も彼へと視線を向けて。
「護れなかった悔いは、今晴らせてはおるんか」
「……お前は」
「気持ちが分かる、とは言わん。
 儂はこうして生きており、おんしは全て終わってしまった後なのだから」
 口ぶりから、彼我が似通ったものと理解できたのか。魔種は唯一、殺気を消した視線で清舟を見る。
「阿呆、阿呆が……おんしの家族は今のおんしを本当に望んでおるんか?
 おんしが事を為した結果が『これ』じゃ。儂は討伐する者でおんしは世から排他されるもん、今ここにあるのはそれだけじゃ」
 ――疾る一矢が、清舟の喉を貫いた。
 刺さったそれを引き抜く。パンドラの消費を経た身体にして、尚も『運命的な復活』を介した彼は、淡々と魔種に言葉を投げかけ続ける。
「答えてみぃ……今そこに立ってんのは、家族の為なんか、テメェ自身の悔いと怒りを晴らしたいだけなんじゃねぇのか」
 清舟は。
 せめてその答えを、叶わくば遺されてしまう『妹』への餞にせんと考えていた。
 魔種は、その問いに対して、最初で最後の笑みを特異運命座標らに送り、

「――――――逃げろ、×××」

 その言葉を、自らの妹へと残す。
 自ら撃ち込んだ最後の呪詛が、魔種の命を絶ち切った。


「なん……!?」
 声が、聞こえた。
 お家の壁の隙間から覗いた光景。倒れた兄ちゃんと、襲ってきた誰かのうち何人かが。
 恐ろしかったのはその後だった。兄ちゃんが子分にしていた野盗の男たちが、兄ちゃんの倒れた後で大声を上げて暴れだしたのだ。
「………………撤退だ!」
 襲ってきた人たちの誰かが声を上げる。
 逃げるあの人たちに、野盗達は何度も弓を放って矢を浴びせる。私はそれを見終えた後、ぺたんと座り込んで静かに泣いた。
「――兄ちゃん」
 奪われた日々だった。
 それを救ってくれた人が世界の敵と言われる人だったから、私はこの世界の残酷さが悲しくて、何時かそれを正したいと願っていた。
 仮に、それが『復讐』と呼ばれる手段であろうと。
 けれど。
「兄ちゃん、ごめんね。だけど」
 救ってくれた人もまた、『正義の味方』に殺されて。
 残された私もまた、あの野盗の化け物に殺されようとしている今。
 私が、あの人が生まれたこと、こうして生きていることこそが間違いだったのだと、分かってしまった。
「アタシは、そうまでして逃げて、一人で生き続けるなんて、耐えられない」
 唸り声を上げる野盗の化け物が、崩れかけたあばら家の戸を踏み砕く。
 現れた化け物たちは、一人残る私へと拳を振りかぶった。

 ――復讐という軛に囚われたものの行く先は、『こう』なのだ。

 自分の命が潰える刹那。
 ただ一度、私に寄越された声が、奇妙に心の空洞へ残り続けた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

不動 狂歌(p3p008820)[重傷]
斬竜刀
唯月 清舟(p3p010224)[重傷]
天を見上げる無頼

あとがき

ご参加、有難うございました。

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