シナリオ詳細
...And Divine For All
オープニング
●
昏い室内。高い石壁に囲まれた回廊を、人影がゆっくりと進んでいる。
長い長い裾を引きずり、歩む横顔を灯りが舐めるように照らした。
質素なベールに包まれた横顔は、十歳程の少女のものか。
あたかも花嫁衣裳のような装束を纏い、しずしずと歩む様は、けれどあまりに厳粛だ。
少なくとも、ハレの舞台には見えない。
やがて祭壇の前にたどり着いた少女がひざまずく。
その様子はなぜか初々しさよりも、不慣れな不格好さばかりが目立っていた。
「よくぞ参られた」
「……はい」
決められたように司祭が述べ、定められたように少女が答える。
「汝、その罪を受け入れ、清めを望むか」
「望みます」
「汝、その罰を受け入れ、神の御元に赴く事を望むか」
「望みます」
よろしい、と。そんな言葉と共に、杯が差し出される。
注がれたよどんだ液体に少女は口を付け――咽るように吐き出した。
だが。苦悶の喘ぎと、震える瞳孔が、最早取り返しがつかない事態を示している。
純白のドレスに赤黒い染みがゆっくりと広がり、真鍮の杯が甲高い音を立てて転げた。
●
いつものようにローレットに集まったイレギュラーズ達の顔を、これまたいつものように『黒猫の』ショウ(p3n000005)が見渡す。
「いよいよと言えばいいのかな。珍しい所からの依頼だよ」
差し出される羊皮紙を眺めて、イレギュラーズは腕組みをした。
「聖教国ネメシスか」
「そうだね」
ショウが語る依頼内容そのものは、至極単純明解であった。
天義北部の村で、子供ばかりを狙った連続殺人事件が発生した。
故に、その犯人、及び一味を討伐してほしいというものだ。
「それで、続きがあるんだろ?」
「御明察」
促すイレギュラーズへ向けて、ショウは仔細な情報を語り始める。
依頼人である天義の老司教が言うには、これは魔種、あるいは原罪の呼び声絡みの事件である疑いが濃厚だという。
「魔種だと?」
子供ばかりを狙う連続殺人などと言えば、確かに原罪の呼び声で狂っていても頷ける話だ。
「根拠はあるのか?」
「んー。司教様が言うには、こういうことらしいんだ」
主犯は天義の司祭である。正確には事件の発覚で即座に破門が行われたから、『元』司祭である。
だが天義の司祭ともあろう存在が、連続殺人事件を犯すはずなどあり得ない。
故にその論理的帰結として、魔種による卑劣なそそのかし等があった事は絶対に疑いようがない。
「はあ?」
「まあ、そう思うだろ?」
だから。仮に魔種が発見されたら、これを速やかに討伐してほしいと。それも依頼内容に含まれていたそうだ。
そして。事件の解決は聖騎士団でも構わないが、この事件の解決を、あえて真の勇者たるを示したローレットのイレギュラーズに依頼したいとの事らしい。
「神罰の代行たる栄誉を胸に、期待に応え、改めてその力量を示し、天義においてますます活躍してほしいんだってさ」
イレギュラーズの顔が引きつった。
「でもこれ魔種とか関係ないんだろ?」
「だからもう少し、裏を探ってみたんだ、けどね」
言いよどむショウだが、決心したように話し始める。
村は昨年からひどい天候不順で、作物が育っていないらしい。
代表達が、村の弱い子供を間引きすることを選んだ。
力が弱いとか、病気がちであるとか、そういった子供達だ。
やむを得ない選択であったのだろう。
それでも信仰厚い村人達を納得させるのは至難であったようだ。
そこでなにやら神聖味のある儀式をでっちあげたらしい。
「それ、クライアントには言ってやったのか?」
「言葉を選んでね」
老司教の答えは単純だったという。
天候不順はひとえに神からの試練である。
聖餐の供物を惜しみ、祈りを欠いたことで苦しみが続いている。
だから魔種につけこまれたのだ、と。
「なるほど、ね」
当然、この情報は依頼にとってなんの利もない。無益な物だ。
それにまあ。殺してはいるのだ。大のオトナが。子供を。それも何人も。
「聞きたい情報じゃあなかったな」
だから言ってやった。
「けど、聞かなきゃ納得もできないだろ?」
そりゃ、ね。
まあ依頼というものは。
受けるのも受けないのも、自由ではあるのだ。
- ...And Divine For All完了
- GM名pipi
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年08月08日 21時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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宵の帳は下りて久しい。
イレギュラーズ達――『かくて我、此処に在り』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)は乾き抉れたあぜ道を抜け、石造りの門を潜り抜ける。
夏の夜にしては些か冷えすぎた空気の下で。石柱を縫うように差し込む月明かりに浮かび上がる少女の後ろ姿が見えた。
辺鄙な村の回廊にしては、ずいぶん長く広い。立派なものだ。
おそらくこれが、この国における宗教の権威というものなのだろう。幻想では見られぬ光景だが、物見遊山の心算など些かほどにもありはしない。
「急ぎましょう」
そう述べた『浄謐たるセルリアン・ブルー』如月 ユウ(p3p000205)の言葉にイレギュラーズが石畳を蹴り走る。
静謐を湛える聖堂の扉が荒々しく開いた。
薄埃が月光に舞い、あたかも天使の羽とさえ思わせるが――
どこかやり切れなさの見える面持ちで。されど微塵にも迷わず戸を蹴り開け、マカライトは大剣を抜き放った。
鞘走りの音とほぼ同時に響き渡るのは、甲高く澄んだ音。
少女が手に取る杯が突如宙を舞い二つに割れた。
毒液が石畳を染め、祭壇へと突き立つのは一枚の【カルタ】。
苦笑一つ。少々予告は遅れたか。
風のように駆けだす『アニキ!』サンディ・カルタ(p3p000438)達に、村の男達は等は目を奪われている。
サンディの視線の端で、殺されかかっていた少女は茫然と立ち尽くしている。状況の理解が追い付いていないのだろう。
(スラムも大概だと思ってたが――)
捨ててすらもらえないということもあるようだ。
それでも見捨てられるよりは幸せなのだろうか。尤も彼にとってはごめんなのだが――
何事なのか。司祭達にとっては、おそらく状況すら理解出来ぬままに事は始まりつつあった。
「……静聴」
月明かりのように涼やかな声が、薄明りの部屋に響く。
一度たりとも振り返ることすらなかった少女が、祭壇の前で傅いている。
その正面。祭壇の向こうに立つ司祭服の男。そして両脇に居並ぶ簡素な身なりの男達の視線が、『落ちぶれ吸血鬼』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)へと一斉に注いだ。
「――我々は魔種の誘惑に焚き付けられた『元』司祭とその一味の断罪に参りました」
聞いたものを従わせる支配者の声色。数舜の静寂。一瞬のざわめき。
眉間に皺を寄せ、焦りを隠そうともしない村人達の眼前に立つ其れは。おそらく普段の彼女(クローネ)でも、そして見た目通りの吸血姫でもないのだろう。
刹那の幻想――ファンタズマゴリアが描き出したのは皮肉にも、気高き聖女か。
「……そこの貴女」
肌を指す緊張の中で、俄に静まり返る聖堂に向けて言葉は続く。
自分が魔種に侵されていないと証明し、神へ信仰を示したいというのならば――
「……その杯を捨てなさい」
或いはその言葉はクローネ自身の臓腑侵す毒のように浸潤したのではなかろうか。
ことの発端は、さて何だったのか。
『その神に捧げる為の儀式は、魔種によるものだ。故に神の名の元に潰せ』
それがクライアントのオーダーだ。
受け、成すべきクローネは、よりにもとって彼女が神罰を代行する神の使いであると。
言葉や態度とは裏腹に、そして己が自身の言葉だというのに、彼女は寒気すら禁じ得ない。
元の世界では魔種と何ら変わりない扱いだったのだから。
眼前で繰り広げられようとしていた儀式は、有り体に言えば食糧難を抱える村による、子供の間引きである。
おそらく村人達は素朴で信心深かったのだろう。それをどうにか納得させる為の、いわばそれは宗教儀式を模した方便である。
あえて義憤とは言わないが――『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)は想う。
力も社会的にも弱い子供を犠牲にして、自分は助かろうという根性は気に入らない。
イレギュラーズ達が引き受けたのは教区からの依頼であり、神罰の代行だ。
「残念だけど、元司祭。君は魔種の手先らしいよ。」
そして彼等とて信心深いのであれば、良い子に贖えば、カミサマの慈悲とてあるのではないか。
それはある種皮肉めいた思いかもしれないが――そこに確かな罪がある事は事実ではないだろうか。
魔種と聞いた司祭の唇が戦慄く。心外だとでも言いたいのであろう。
「子供殺しを容認するなんて、随分勝手な神様ね」
そう言い放つ『赫き深淵の魔女』ミスティカ(p3p001111)の言は、どこか挑発めいている。
「馬鹿を言え! 魔女のような成りの女が、我等は――!」
そんな反論を聞きながらミスティカの、その宝石の煌きは、あるいは今、嗤ったのだろうか。
「でも魔種に唆されたというのなら、全員殺されても仕方ないかしら」
「司教様の言うことだから疑いようもないよね?」
ルフナが畳み掛ける。
たっぷりの間を置いて。
「魔種――だと?」
かろうじて呟いた司祭等へ向けて『復讐鬼』レイス・ヒューリーハート(p3p006294)は獰猛な銃口を向け。
「……貴様等に万が一の希望などない」
躊躇なく引き金に指をかける。
「自身の行いを悔いながら」
目を見開いた時にはもう遅い。
「……死ね」
放たれた弾丸が、咄嗟に伏せようとする司祭の帷子を穿ち、その背を壁に刻まれた真鍮の巨大な聖印へと叩きつける。
「馬鹿な、魔種――など。そうか、そういう事か!」
帽子を投げ捨て、司祭は祈祷を念じ始めた。
村の男達は怒声を張り上げて得物を構え――
●
身を翻し、迫る鍬を避けた『狐狸霧中』最上・C・狐耶(p3p004837)が、異教の術式を展開する。
「こうなったらよぉ!」
男が再び農具を振り上げようとし、その目が驚愕に見開かれる。畏怖を湛えた瞳。その下、胸元へ拳を添え。
「こうって。ああ」
短い呼吸の音。鋭い突きと共に光が炸裂した。
「はい。まあ、そうなります」
砕けた長椅子と共に吹き飛んだ男へ、狐の少女はとぼけたように言葉を返す。
「中央の走狗が」
「いえ、まあ。狐ですが」
戦闘は――ひどく単純な構図で開始された。
僅か一つだけの入口をふさぐように立つミスティカを中心に、イレギュラーズは司祭一味を早くも包囲しつつあった。
魔女の放つ悪意の花びらが村人達を蝕み、早くも一人が地に伏した。
とはいえ、ユウには微塵の油断もない。
相手は天義の『元』司教。それなりの戦闘能力を有する以上、そして仮に目先が効くならばこの劣勢の状況で一気に逃亡のための突破を図っても不思議ではない。
まずは交戦相手の数を減らさなければ――長石を蹴りつけ棍棒を振り上げる村人の胸を煌く氷刃が切り裂いた。
そうして二十秒程だろうか。
短い膠着は早くも終わりを告げようとしている。
「貴様は、貴様はこの天義司教であるこのワシが、魔種だと言うのか!
この腐りきった教区の……否、国の! どこに信じるに足るものがあるというのだ!」
「ハッ!」
元司祭の言葉を、しかしレイスは一蹴する。
「罪なき子供を殺す。そのどこに弁明の余地がある。それが『魔種』による唆し以外の何だ――!」
たじろぎ、顔を青から赤へ。次々に変色させる司祭は喘ぐように口を動かした。言葉はない。
自身が行ったことは、実在する現象としての『原罪の呼び声』に従ったものではないのだが。その筈ではあるのだが。
彼自身が培ってきた宗教観と照らして、そこへ近づく行為でなかったとは彼自身にとて言い切れない。そう気づいたのであろう。
司祭はとっくに、引き返せぬ所まで来ていたのだ。それに今更気づいたというだけの事だ。
「……そのような『悪』など許してはいけないだろ?」
違いない。どこにも間違いはない。司祭が呻く。
「……だから殺す……殺された子達の『復讐』の為にも……」
魔種は――「殺す」
復讐鬼。マンハンターの弾丸が、立ちふさがった村人の胸を穿つ。その背に咲いた大輪の赤が、後ろに立つ司祭の、土気色の顔を赤黒く染め上げた。
戦闘は続いている。
敵司祭による癒しと、ルフナによる祝福が戦場を交差し、凄惨な戦場へと刹那の暖かな光を投げかける。
仮にそのどちらもが神か何かの力だとすれば、それ以上の皮肉はあろうか。だがイレギュラーズ達は足を止めてはいられない。
祝福の囁きを得た、マカライトが村人を祭壇へと弾き飛ばした。燭台が転げ、炎が床をゆっくりと這い消える。
戦況に応じて斬り、撃ち、吹き飛ばす。シンプルかつ堅実にこなれた戦術は、おそらく戦闘の素人であろう村人達に対抗しうる物ではない。
勝敗の天秤は着実にイレギュラーズへと傾き続けていた。
思わず怒声を張り上げる司祭の眼前で、怯える生贄の少女は、しかしレイスの精悍な背に守られている。
「……今、何をしようとしたのよ」
凍てつく声音で、ユウが問う。
元々、彼女は悩みぬいてこの戦場に立っていた。
村の為に弱い子供を犠牲にしようという判断は、悩んだ末だったのかもしれない。
彼等に恨みだってありはしない。
けれど止めたいと思ったのだ。
だが――
司祭の瞳に憎悪の炎が灯っている。何かの道具に使えないかと思い、それが叶わなかったのだ。
「それでも子供達を犠牲にしていい理由にはならないわ……!」
ブレスレットに雪華が舞い、氷精の魔力が白い指先に収束――ダイヤモンドダスト。
●
「残念ね」
解き放たれた闇の奔流が漆黒の魔弾となり、男の頭蓋を石壁に叩きつける。
決死の逃亡をミスティカ等、イレギュラーズ達は許さない。
ずるずると床に落ちる男は、最早息をしていない。
嘆息一つ。この依頼は、それをベストとするオーダーなのである。
趨勢は、おそらく決したろう。
「ああ、これはあれですね。あれはあれです」
戦場を駆ける狐。狐耶はどこかおどけたような口調で村人に詰め寄った。
口を『い』の字に開いたまま、形通りの声を出し続ける男の腹部に、狐耶は素早く拳を叩き込む。
粛々と。そう粛々と。
趨勢が決しても仕事は終わらない。なぜならば、そういうオーダーだからである。
狐耶は真面目な仕事人だから。出来るきつねだから。
どんなにアレなオーダーでも。好みの仕事ではなくても。
いやそもそも、依頼をくれた国の気風もあるのだが。宗派の違いも加味するのだが。
けれど。やはり。いや尊重はするが。大きな声では言えないのだが。正直好みではない。
それでもこれは仕事なのだ。断罪が普通の仕事であるかはさておき――
貧困故に弱い者を間引く。剣を振り上げたマカライトは思案する。それ自体はおそらく間違ってはいないのだろう。そういった話は何度も聞いた事がある。
蒼白な男の震える唇が、曖昧な形に開き。
されど。どの事実もおそらく、彼の心を動じさせるものではない。
閃く銀光がまた一人の命を断罪した。
彼等は――そう。ただ運がなかったのだろう。
「どのみち書面はあるからね」
嘯くルフナに、僅か四人となった男達は目を見合わせる。密告状だ。
「逃げられないよ」
この国の誰しもが頻繁に手にするものではなかろうが。今日もどこかで誰かが義憤に駆られ、それを書き記すのであろう。
人々はそうして発生した宗教裁判で悪が断罪されることで安心し、生きていく。
それはある種、訴状めいているが、今はただただ畏怖の対象であろう。
村人の誰かがやったのか。組合の。否。思考を巡らせ続ける村人達は足を戦慄かせ。
蒼白な顔で武器を振りかぶる彼等にクローネは毒霧の魔術を放つ。苦悶の中で更に一人が倒れた。
顔を見合わせた男達が、決心したように頷き。
左右に分かれて駆けだす刹那、宙を回るワインボトルが炸裂した。
「そう来ると思ったんだよな」
やや歯切れの悪いサンディの弁。
だが悪事は悪事。ここで司祭達を許せば、それを繰り返すことにしかならない。そう思えばこそ躊躇は出来なかった。
こうして短い戦いは終わった。
「貴方達は神に見放されたのよ」
澄み切った、けれど凍えるような声音でミスティカが述べる。
「……違いない」
司祭の認めにマカライトが剣を納めた。後はこの司祭一人。既に戦意はないと見える。
だが恨み言の一つや二つ言う権利はあろうと思うのだ。
司祭とて、神の名のもとに見捨てられたのだから。
狐耶はと言えばどこ吹く風と。会話そのものはおそらく平行線だと諦めている。
それはおそらく正しい判断であり、またこの戦場の誰もが理解していた。
とはいえまあ、聞くだけ聞くのは構わないとも思えた。どうせ最後なのだ。
へたり込む司祭へ向けて、憎悪を燃やすレイスが問う。
なぜこのような蛮行を働く前に、解決へ向けて尽力しなかったのかと。それは天義(このくに)で生まれ育った者として当然の疑問であろう。
強く責める言葉に、司祭も顔を赤らめた。
「したとも!」
食い扶持は分け合った。私財を売り、備蓄を増やした。教区を指導する司教へ訴えた。そして神へと祈った。
人事を尽くし、天命を待った。そう司祭は答え。
「……同情はしよう」
「なら……!」
司祭が顔を上げる。顔をゆがめ一縷の望みを乞う。
「だが……だがこれは貴様が今まで殺した生贄達へ捧げる『復讐』だ……」
だから彼は銃口を胸に押し当て、撃鉄を起こす。
「後悔しながら……死ね」
静謐を湛えた聖堂に乾いた音が響く。
「赦しはあの世で乞いなさい」
見届け。背を向けた魔女はそれだけを小さく呟いた。
●
さて。最後に一つだけ問題がある。
この少女の処遇についてだ。
自身の頭に手を当てたマカライトは、外に出て深呼吸をした。
こびりついた血の臭いは当分はなれそうにない。
もっともそんな理由で歩いた訳ではなかった。なんということはない、子守そのものは苦手ではないが、安心させられる自信がなかったのだ。
しかしこの依頼には本当に救いがなかった。人は減ったが、男手が一気に十も減ったのだ。次の冬はこせまい。
そんな言葉を殊更に呟いた心算もなかったが。目が合ったサンディが頷いた。おそらく同じようなことを考えていたのだろう。
方便には方便を。例えば『事件の大元になった魔種』が近くに居るであろうから。それを理由にこの村の人達を『疎開』など出来ないだろうか、と。
かなり大仰な提案だが、どうにかどこかに掛け合ってみる価値はありそうに思える。
その結果を語るのは、また別の機会にはなろうが。
さて。根本的な対応は、今はまだともかくとして。
早急の事態。この少女をどうしたものだろう。
「しさいさまは、しんだの?」
ぼそりと呟いた少女に、イレギュラーズは目配せし合う。
「わたし、おやくめを、はたさなきゃ」
「それ。本気ッスか?」
今後については少女自身に決めさせたいと思っていたクローネだ。ここで少女が決意と共に死を望んだとき、一言だけ述べてやるつもりだったのだ。
人が還るのは天では無く土。自害で神の供物に成れるなどと思うな、と。
だが口をついて出たのは、違った。
「この子、そういう段階じゃないッスね」
溜息混じりのクローネの言葉にユウが頷く。
ユウとて少女の望み通りにしようとは思っていたが、先ほどの言葉通りに死を望んでいるとは到底思えない。
十歳程だろうが、言動が余りに幼い。泣きもせず、抵抗もせず。凄惨な状況に心が対応できず、退行しているようにさえ見える。
「このまま村に返すのも難しそうね」
だからそう結論づけざるを得なかった。
「外に出ようか」
ルフナの言葉に一同は頷き、ミスティカは答えぬ少女の手を引く。
俯いたままの力ない少女だ。確か――彼女は自身の胸に手を当てた。『この子』もそんな境遇であったか。
ならばこの依頼を受けたのも、何かのめぐり合わせだったのかもしれない。
そうした中でルフナは思案していた。もしもこの少女が儀式と司祭を本気で信じているならばともかく、その意味――つまり食い扶持減らしだと理解しているのなら。
つまり生きる事を諦めたのであれば、このまま殉教させてやるのも一つの情けかもしれないのだが。
とはいえ――
震える少女をそっと抱き寄せ、ミスティカは頭を撫でてやる。
蒼白な顔は、事態が極端に深刻であることを心の傷として刻み込んでいる筈だ。
信じることも理解することも、追いついていないのだとしても。
「これから貴女がどうするか、生きるも死ぬも好きに選んだら良いわ。
でも一つ言わせてもらうなら。
自らの意志で道を歩いていく者を、神様はきっと見捨てないと思うわよ」
少女がミスティカにしがみつく。背丈も変わらのだが、少女にそうさせたのは『イデアの追想』が故か。
ほどなく、少女はしゃくりあげはじめる。
暖かく湿ったものがミスティカの肩を濡らしていた。
「助けて。わたし、あんな所。帰りたくない――!」
彼女は確かに『あんな所』と言った。それがようやく聞き出せた本心だ。
犠牲者を救うオーダーはなかったが。
彼女への神の救いが、神罰代行を担ったイレギュラーズと、その提案であったと。方便などいくらでも立つ。
多少のことはまあ『免罪符』があるのだから。どうとでもなるだろう。
こうなれば幻想に連れ帰る他あるまい。
「来るか?」
顔をくしゃくしゃに歪めて、ぼろぼろと涙をこぼしながら。
けれど今度はしっかりと頷いた少女の手を取り、レイスは小さな飴玉を握らせてやった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様です。
天義でした。
救いのない状況でしたが、かなりベターな状況に導けたのではないでしょうか。お見事です。
パーティの足並みがもう少し揃えられれば、よりスマートな結果を得ることも可能だったかもしれません。
MVPはどうしようもない現実の中に、一つの救いを生み出した方へ。
またのご参加をお待ちしております。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
はじめにご注意頂きたいのは、この依頼は非常に胸糞な内容だということです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●目的
成功条件は、元司祭と、その一味に神罰代行してやることです。
もちろんベストな選択は全員の殺害です。
●ロケーション
聖教国ネメシス北部。小さな村の教会です。
現場に到着する頃、
時刻は夜。ちょうど次の儀式がはじまった所です。
生贄はまた少女ですが、救助は任務に含まれません。
清く正しい者であれば神がお救いになるでしょうから。
●敵
・元司祭
神秘系。そこそこ強いです。
遠距離中心に、攻撃、回復が可能です。
勝てない事を悟ると哀れに命乞いをします。
・村の男達
10名程。棍棒。農具。弓等で武装しています。
勝てない事を悟ると逃走を試みます。
●他
成功条件自体は、ひどく単純なものです。
こんな時、みなさんは何を思い、考えますでしょうか。
以上、ご参加頂ければ幸いです。
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