シナリオ詳細
催花雨も通り過ぎ
オープニング
●黄泉津に兆せ
祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え――
第一の子は瑞と云ふ。
神意の瑞兆は黄泉津の草木を茂らせ花啓く。
枯れ泉は湧き出て蓮華は車輪が如く花咲かす。
中天彩る天つ雲は揺蕩う流れに平穏の気配を宿す。
其は神の愛し子。
第二の子は五ツ柱なりて。
神意に随ひ國を護る。其は守護者なる。
土行司りし泰平の獣。
木行司りし芽吹きの大樹。
火行司りし炎帝の娘。
水行司りし不死と生殖の翁。
金行司りし白帝の獣。
――その一柱が己が分霊『麒麟』を自凝島の守護者とした黄龍であった。
流刑の地ともされた自凝島は元より人々の怨嗟なる『けがれ』が堪りやすかった。
故に『麒麟』はその地を浄化する役目を担っていたのだ。
此岸ノ辺(しがんのほとり)での穢れ祓いは今代の巫女が不吉なる双子であったが故に、自浄作用が働かず、黄泉津瑞神が『けがれ』によりその身を堕とした際に、麒麟も力を失い自凝島は現状も『大地の癌』――肉腫の蠢く地となっているらしい。
双子巫女と黄泉津瑞神はけがれの浄化に対しては試行錯誤をし現在は浄化が可能となったが……。
●『催花雨』の人
「よくぞ参ったな。ふむ、今日は瑞ではないのか、と言いたげだの。
あれも黄泉津では最も尊き神霊である。遣いは吾一人でも十分であろう? 崇めても良いぞ」
唇へと笑みを乗せて微笑んだのは神霊の一柱、黄龍 (p3n000192)であった。女性のかたちを取ったのは霞帝への嫌がらせ――彼がまだ新米の帝であった頃に好んだ黒髪の美しい女人の姿――であるそうだ。
「『神逐』から幾分も。黄泉津瑞神も嘗ての姿を取り戻した。
何、近頃色々と世を騒がす者も居るが其方とは別件なのだ。吾、若いから偲雪は知らぬのじゃ」
其れがジョークであるかどうかはさておいて、黄龍が『そう言う』程度には現在、黄泉津(カムイグラ)を騒がす古き帝らは『遠い昔』の存在なのだろう。
これは黄龍が「聞かれても吾は答えられない」と意思表示をしたのと同義である。話題を出したと言うことは、瑞神は其方にも気を揉んでいるのだという彼なりの気遣いの一つだったのかもしれない。
「吾は、『今』を改善せねばならぬ『今を生きる者』なのでな。自凝(おのころ)島の浄化のために少し力を貸して欲しいのだ」
嘗て瑞神は言って居た。
――気を取り直して。私はある目的を胸に、力を取り戻すことを優先しておりました。
その目的というのも神逐の際に巫女姫と長胤が牢とし皆を捕らえた自凝島の浄化です。
……あと少し。もうすぐ手が届きそうなのです。その為に、少し散歩をしながらけがれ払いを手伝ってはいただけませんか?
イレギュラーズを捕らえる流刑の地としても使用されたその地には未だ『けがれ』が溢れている。
肉腫の討伐を行い自凝島をけがれから解き放つための前準備を行いたいのだろう。
「吾が行いたいのは『花告の君』……ふむ、『催花雨』の人と呼ばれて居ることもあるかな。
奴の元に向かい、瑞神の為に『雨』を手に入れたいのだ。無論、花告が一人で出てこれぬのはけがれの所為もあるのだが」
カムイグラの首都である高天京より幾分か距離を置いた山間部。
その地に咲き誇るという垂れ桜が『花告の君』と呼ばれる精霊と言うらしい。
「では、説明を頼む!」
「……承知致しました」
嘆息したのは『陰陽頭』月ヶ瀬 庚(p3n000221)であった。
代々の帝が花を愛でに足を運んだとされたその地は現在はけがれの被害が大きく、肉腫達が跋扈しているらしい。
『花告の君』の開花は早く、春の兆しを教えるように花を振らせる。初夏が近付く頃にはぱたりと止むが、それまでは雨が如く桜の花を降らせ続けるのだ。
そんな『花告の君』は毎年、瑞神の元へと『雨』――自身の降らせる桜の花を献上しに来ていたらしい。
あの神逐の頃よりその便りは途絶え、今年も届くことはなかった。
彼女の花は黄泉津そのものでもある瑞神に春の訪れを告げるものである。四季を巡らせる黄泉津にとってさしたるものではないのも確かではあるが、精霊達の世界ではその通例を続けることで季節を維持する機構があるとも言える。
何時、瑞神が『春の訪れ』を忘れるかは分からない。故に、足を運んで『花を告げ』る為に周辺の穢れを祓って遣って欲しいのだそうだ。
「肉腫の撃破を宜しくお願いします。穢れ祓いは黄龍が担いましょう。
その後、僕と共に『花告の君』を高天御所で主上――霞帝と共にお待ち遊ばされる黄泉津瑞神の許へと誘って貰いたいのです」
「吾は、瑞神には一等美しい花を見せてやりたかったのだ。……あれも我が子のようにに黄泉津を愛して居る。
古き帝等のことは分からぬが、彼女が憂えば国も憂う。故にな、反映(えみ)をこの国に届けると思うて、手伝って欲しい」
- 催花雨も通り過ぎ完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年04月12日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
春花を纏う風が吹く。髪を煽ったそれから逃れるように白魚の指先はそっと銀髪を撫でた。色彩にも変化を感じ、始めて訪れた神威神楽と随分と季節が近くなってきた事を思い出し『プロメテウスの恋焔』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は息を吐く。
(自凝島――)
それはアルテミアと瓜二つであった『妹』も関わる場所である。巫女姫の寵愛を受けていたアルテミアが踏み入る事は無かったが、仲間達は罪人として流され窮地に見舞われたらしい。
「自凝島の事は聞いているし、あの子が関わっていた以上、姉である私にも責任があるわ」
「巫女姫の姉君か。吾も気負う必要は無いと思うぞ」
黄龍 (p3n000192)の言葉は黄泉津瑞神と同等の意味合いを持つ。アルテミアに責任はないと彼女達は言うが、アルテミアの側からすればそうとも言えない。
「だから、少しでもカムイグラの為になるのなら協力は惜しまないし、あの子の事を気に掛けてくれていた瑞様が笑顔になってくれるのなら、私も嬉しいからね?」
「……む」
そう言われれば返す言葉もないのだと言う様に黄龍は困り眉を作る。イレギュラーズを試していた頃に比べれば随分と丸くなったものだと『友達として』喜ばしく思いながら『龍柱朋友』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は「黄龍!」と声を掛けた。
「会えて嬉しいよぉ。豊穣の今をよりよくするためにも……今回も力を貸させておくれ。催花雨……雨と名のつく御仁にはちょっと親近感わくしね」
「おお、シキ。よくぞ参った。どうぞ力を貸して呉れ」
「黄龍神、是非に俺にも力添えをお許し下さい。主神が直接出向いてのけがれ祓い……。
瑞神同様にいつも以上に気合を入れて臨まなくてはなりませんね。少し、というかかなり緊張しますけど……!」
恭しくもそう告げる『忠義の剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)に黄龍は「吾などその辺りの精霊のようなもの」とからからと笑う。
「滅相もありゃしませぬ。黄龍様の頼みとありゃ、断る理由はございません。鬼退治、喜んでお引き受けしましょう。
お任せ下さい。荒事なら得意分野ですけえ……おう、そこの青っ白い兄さんもよろしゅうの!」
「兄さん、というのは……僕でしょうか?」
黄龍には恭しく、そして後方に控えている『陰陽頭』月ヶ瀬 庚(p3n000221)へは快活な笑みを見せた『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は頷く。
中務省陰陽寮のトップという立場ではあるが、神霊達と比べれば赤子同然である庚は「その調子で是非とも仲良く僕と接して下さい」と神使と呼ぶイレギュラーズとの距離を縮めようと穏やかに微笑んでいる。
「庚が笑うと、なんぞ……ちと、ぞっとするのう」
「ふふ、いいじゃない。人の繋がりって大事だもの。勿論、精霊達もそう。
アタシにとって精霊は大事なお隣さんだもの、もちろんお手伝いするわ。
『花を告げる』なんて、素敵な言葉だもの。今までで一番綺麗な『雨』が降るように、お掃除頑張っちゃうわよー♪」
やる気十分の『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)に頷いたのは『ベンデグースの赤竜』シャールカーニ・レーカ(p3p010392)。
「催花雨……春霖、花盛りに導く雨の事だったな。さりとて、それも冷たければ花も散りゆこう」
「桜が散ってしまうのは拙者としても頂けない!」
折角ならば天香家の復興に尽力する若人――遮那にも花の癒やしを届けたいと考える『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)は首を振った。
「天香家に仕える拙者としては豊穣の民を利する依頼ならドドンと手伝いにいきたい所存!
拙者はオノコロ島に行かなかったのですが、そちらの皆さまを助けて下さったという個人的な恩もありますしね!」
「天香の者が吾らに力を貸すとなれば、その悪名も霞もうぞ」
「ええ、ええ。ああ、……そういえば前に黄龍殿に天津神宮の裏手にある神域の桜を案内して頂きましたね。こちらも汚れを祓えばまさるとも劣らない場所でしょう」
勿論だと笑った黄龍はその日を懐かしむように目を細める。ルル家が遮那へと癒やしの花を届けるまでを見守るのもこの地に長く生きた者の役目であろうか。
「さあ、行こうか。黄龍! 善は急げ、だよ?」
手を引くシキに黄龍は「転ばぬように」と揶揄うように笑った。
●
肉腫。大地の癌とも呼ばれた其れはこの地で初めて観測してからと云うものの世界中で見られる存在となった。
『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は医者の立場としてふと、呟く。
「私の知る医術では、癌となったものは切除するのが一般的です。
複雑に入り混じり影響が大きいものであればともかく、物理的な対処が可能ならそれが速い。
まあ、患者に体力が必要ではありますが……観測できない以上は期待するしかありませんねえ。季節の奇麗な花を見て、回復されることを期待します」
『花告の君』の座すその場所に肉腫らの穢れが蔓延し始めたという情報は余り良いニュースではない。
故に、黄龍が斯うして出ては来たのだろうが神使の手をも借りたいという調子なのだろう。神霊は人の世に及ぼされた人の手による害を取り除くことには適さない。
切なげに眉を寄せた青年は『花告げ』と呼ばれた精霊の1人であったらしい。
「花告げの君……花告げさんって呼んでも構わない?」
「ええ」
「風鬼は私たちがびしっと懲らしめちゃうからさ、後ろで見ていてよね! ――鬼さんこちら……なぁんて」
悪戯に笑ったシキが地を蹴った。『レインメーカー』はこの地にも和平を齎すが『雨』を降らせる。
アルテミアは巫女姫を慈しみながらも心を痛めていた瑞神を思い出してからふうと息を吐いた。
「ここが……桜の名所、というだけあって綺麗な場所だけれど、肉腫のせいで台無しね」
「であろう? ……そういえば、巫女姫が居た春の日に花告は彼女にも言祝いだ事があったのう。『綺麗、姉にも見せて上げたい』と彼女は笑っていたか」
アルテミアの眸が見開かれる。左右で色彩を別たれたそれは『妹』の愛情を揺らがせるた様に熱を帯びる。
「……そう。なら、護らなくっちゃね。無残に桜を散らさせる訳にもいかないから、殲滅するわよ!」
地を蹴ったアルテミアの手には天空を思わせる色彩の細剣。瀟洒な見た目のそれは鞘から覗き、納刀されたことで音色を荘厳に響かせた。
揺らぐ髪先に至るまで『恋焔』の名を齎す妹の情愛は抜け落ちず、黄泉津の地で戦う事にも幾分か慣れてしまったと唇を吊り上げる。
アルテミアの元に引き寄せられた小さな子鬼達へとレーカが叩きつけるのは鋭き乱撃。光学斥力障壁を手にする彼女の頬に紅色の筋が一閃走る。
「黄龍様、後ろにお控えなすって下さい。青っ白い兄さんも援護を任せたぞ!」
「ええ。出来れば庚と呼んで欲しいですが」
笑う庚の指先から符が躍り、黄龍を庇う盾となる、その様子を確認し、アルテミアとシキこそ作戦の要なると考えた支佐手はその傍に控え、闇の月を水銀を塗布した巫術を以て召喚する。簡略化した祓祝詞は根の国との境界から神気を漂わせるが如く。素焼の仮面に翡翠の勾玉を手にした支佐手の巫術に黄龍は「黄泉津らしい術式よの」と囁いた。
「黄泉津らしき――……黄龍神は知恵に優れていらっしゃる。色々と教えを請いたいものです!」
瑠璃雛菊と名を付けた清廉潔白なる刃を振り下ろすルーキスの疑問は『霞帝が新米だった頃に好んだ女人の姿』であったと言う。実は、其方が気になって仕方が無いのである。
「……その、黄龍神。意外と言うか何というか、霞様にもその様な一面があったのだなと……貴方様を見てから頭から離れぬのです。
し、失礼な事を言って申し訳ありません! けれど、霞様の人らしい側面を知ることが出来て、上手く言えないのですが……。
親近感が湧いたと同時に、何だか少し安心したのです。可笑しい、でしょうか?」
「いいや? 賀澄も人の子よ」
くすくす笑う黄龍の軽口を聞きながら振り下ろした剣先が風鬼を切り裂いた。楽しげに語らいながら斯うして仕事を出来るのも黄泉津も平和になったのだと実感を齎す様だ。
ルル家の『真珠』は魔力に呼応したようにきらりと輝く。今や眸の蓋が為されようとも、蝕みの術は染み出すようにして風鬼を貫いて行く。
「子鬼殿、貴方達とて本望ではないでしょう。肉腫から解放してさしあげます!」
ルル家の波動を眺め見遣る花告げは「瑞神も彼女らと相対した時があったのでしょう?」と悲しげに囁いた。彼が男の形を取ったのは、瑞神が女の形を取っているからだと黄龍は言って居た。
「そっかあ。花告げさんは、瑞が好きなんだねえ。
私もだよ。私もね、瑞に笑ってほしくて…その為に出来ることないかなって。だから、お花をね、瑞に見せて上げて欲しい。
憂う瑞が『綺麗ですね』って笑う顔が見たいから――その為に頑張るから。君が瑞へ春を告げられるように!」
シキの声音が響き、直死の魔術が風鬼を貪り喰らうようにばくりと口蓋を開く。
一歩、後退する風鬼へと囁きのように舞い踊ったのは虹の如く煌めく雲。射干玉の刃より刹那に抜かれた瑠璃の一撃は揺らぎ、命を奪う形を作り上げた。
桜の風に吹く風を遮断するように被せた天幕。其れに覆われれば美しい花も遠離る。ジルーシャは精霊の竪琴を弾き鳴らしむっとしたように唇を尖らせる。
「ちょっとアンタたち、お花見は皆で楽しい時間と場所を作って分かち合うものでしょ。マナーを守れないなら出ていきなさいな!」
折角ならばサンドウィッチでも手にして、のんびりと花見をしたいと願うほどに美しき桜たち。精霊達も共に花を愛でたいと囁く様子なのだから、ジルーシャにとっては花を愛でる時間を得たいと感じ入るほど。
「……フフ、なんだか今日は皆いつもより気合が入っているみたい。精霊たちは綺麗なものが大好きだものね。
それに、素敵なお花には素敵な音楽と香りも必要でしょう? アタシが奏で、薫らすわ? アンタ達も手伝って頂戴ね」
揺らぐ響きはアルテミアとシキへと捧げた竪琴の音色。美しきその響きを聞きながら花告げが目を細めて笑う様子をちら、と一瞥する。
ジルーシャの支えがあれど、レーカは風鬼の凶刃を前に一度膝を突く。その前へと踊り出し、剣を振り下ろしたルーキスは幾分か距離が近くなった気がする霞帝のことをぼんやりと思い返した。
五月雨の如く叩きつけられる攻撃より花を護る事に気を配っていた瑠璃は「知性がある敵とは厄介ですね」と静かに言う。
「ええ、けれど……桜を散らす事しか出来ない、数が多いだけの小鬼なんてどうという事は無いわ」
アルテミアは敢えてもう一度、その細剣を構え直した。ジルーシャの支えの音色はアルテミアとシキが戦場に立つための力を与えてくれる。
「ええ。花の見方も知らない子にはお灸を据えてやりましょうよ!」
「花の見方でありますか? ……まあ、そうですね。
遮那くんも、この花を見れば屹度綺麗だと笑ってくれましょう!
――これこそこの地で(勝手に)受け継いだ拙者の力です! ご照覧あれ!」
目を失い、地を這い蹲る屈辱を越えて『お側に』と願ったルル家がその身に得た力は風鬼をも祓うための力である筈だ。
何よりも、天香に仕える者として天香の役に立ちたいと願うのは当たり前のことでもある。
ルル家が地を蹴る。風鬼達が放った小さな旋風を避け、刀をひゅんと音立て振るい上げる。虚無の波動は剣戟の如く的をも薙ぎ倒す。
「私はまだまだきっと守るのは下手くそで……でもね、守るって決めたんだもん。精霊さんだってこの場所だって。私が愛した国だから」
シキの脳裏に浮かんだのはあの日、友になろうと手を伸ばした相手であった。
彼女はこの地の番人だ。この地で生まれ落ちる全てを愛する瑞兆の獣。彼女は巫女姫さえも慈しんで可愛い子だと気を配ってくれていた。
「……私のせいじゃないなんて言われても、そうですかと頷けるわけがないじゃない!」
「故に後始末ですか? 良いと思います。人が為した事は人が解決すべき。瑞神とて理解はしてくれましょう」
アルテミアは庚へと小さく頷いた。自身等が為した路の先にこれがある。
あの自凝島を包んだ凶行を祓うが如く。大地の癌と呼ばれしそれが蔓延るその場所を『排除』するには膨大な力が必要であることを、この地を包むけがれの中で瑠璃は感じ取る。
(けがれとは、目にも見えぬものなのですね。面妖な……目に見えぬ病ほど厄介なことはありません)
地脈を流れる『けがれ』を少しでも減らすことがあの島への対処となるならば。黄泉津に仕え、霞帝に忠義を捧げたルーキスは止まることはない。
「黄龍様、後のけがれ祓いは頼みました」
支佐手は静かにそう囁いた。翡翠の勾玉が力を宿し、緩やかに揺らぐ。其れはまだ、欠片も砕けることの無き支佐手の支え。
「任されよ。神使によるけがれ祓いの後始末――吾が確りと承ろうぞ!」
にいと笑った黄龍にルル家は「任せましたよ!」と合図を送った。
切り裂くように叩きつけられた虚無の波動。重なったのは瑠璃の美しき霞の黒太刀。
ルーキスが一刀を投じ、支えのジルーシャの周囲を飛び交う精霊が「お手伝いしてくる!」と走り出す。
受け止めていたアルテミアの目の前で最後の力だと言わんばかりに飛び込んだ風鬼をシキは大仰に振りかぶった瑞刀で切り伏せた。
たったの一振り。けがれを封じた神威の加護。それに呼応するように黄龍の術式が周囲を包み込む。
先程まで感じていた靄は消し去り、その場には美しき桜の雨が降り注いでいた。
●
「花弁で作った栞ですか? それは是非、お土産に。月ヶ瀬殿は器用なのですね」
「いえ、符を作るのと同じようなものですから」
お預かりしましょうと微笑んだ庚にルーキスは頷いた。一等美しいと自身が感じた花弁を今日の思い出に持ち帰ることとする。
「この栞を見る度に、花告様の姿や今日の出来事を思い出せそうです。ありがとうございます!」
「栞……ふうむ、わしに土産?見かけによらず気が利きますの、青っ白い兄さん!」
どん、と背中を叩いた支佐手に「庚です」と穏やかな調子で名を復唱する庚は『青っ白い兄さん』呼びにも慣れてきたのだろう。
陰陽頭でも構いませんよと地位を口にはするが、出来うることならば支佐手に認知されたいのだと庚は揶揄い笑う。
「かっかっか、許されよ。どうにも人の名を覚えるのは苦手での……花告の君の桜花、大事にせにゃなりませんの」
「ええ。まじないを掛けておけばそれは加護にもまりましょう」
「お、青っ白い兄さんのまじないは深そうじゃなあ」
揶揄う庚は次はルル家が遮那の土産にと選んだ花弁を手にしていた。折角ならば彼女にも揃いの者を、と勝手なお節介を焼いてみる陰陽頭である。
「陰陽頭、その……よければ、栞は二つ作って下さるかしら?」
「宜しいですよ。何方へ当てて?」
「……片方は瑞様へのプレゼントにしたいの。花告げの花弁をいつでも春を思い出せるように、って」
それはようございます、と庚が微笑めばアルテミアは「良いでしょう?」と笑みを零す。こっそりともう一つ作ったのは巫女姫として嘗てこの地に踏み入れた彼女の妹への細やかな贈り物だ――瑞神も、そうすることを望んでいると庚は揶揄う。
「けがれ祓いが終わったら一緒に行きましょう。アンタの降らせる素敵な『雨』を楽しみにしている子がいるんだもの」
そう問いかけるジルーシャへと花告げの君は驚いたように彼を見遣る。気に入った花弁を栞にする庚の傍らで「何よ、その顔」とジルーシャは首を傾いだ。
「いいえ、その瑞神を悲しませたのは私でしょう」
「……花告殿は瑞殿のお友達なのですよね? 折角ですからお友達の元へ遊びにいきませんか? 瑞殿もずいぶん寂しそうにされておりましたし!」
ルル家は気にすることはないと首を振る。良いのかと困惑を滲ませる花告げは情けのう御座いますと恐縮するばかりだ。
「遠いかもしれないし、時間も経ってしまったかもしれないけど、それでも。
瑞は他でもない、あなたに会うことで春を知るのだと思うから……だからどうか、お願いします。瑞が愛するこの国に、春を告げてはくれませんか」
花告げの情けない横顔に瑠璃は「折角ですから御神酒を持参しました。お納め下さいね。我らの願いを叶えて下さるのですから」と微笑んだ。
瑠璃の持ち込んだ酒があれば仕方ないだろうと黄龍が茶化せばジルーシャは「そうよ」と大きく頷く。
「春の訪れに感謝を、また来年も綺麗な花を咲かせて頂戴ね♪」
御所へとそっと顔を覗かせてからシキは「瑞」「瑞」と何度もその名を呼んだ。
「憂う顔してどうしたんだい。
君と桜が見たいんだ。よかったら可愛らしい笑顔を見せておくれよ……この雨も君が笑ってくれるなら。愛おしいと思うんだ」
「ああ、この雨は……あの人は元気でしたか」
そっと御簾の内側から顔を出した瑞神は「『催花雨(はなつげ)』」と柔らかな聲で呼んだ。呼ばれた雨は恋い焦がれるように、主神を見遣ってから「神使は、」と口を開く。
「――貴女様の愛する彼らは、なんと優しいのでしょう。我らが黄泉津の瑞兆を司りし地の女神よ」
花告げが恭しく頭を垂れれば瑞神は穏やかに微笑むだけであった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
けがれ祓いを重ねて、重ねて……少しずつですがあの地に近付く為の用意を瑞神も整えていることでしょう。
黄泉津を守護して下さる皆さんのおかげ、ですね。
GMコメント
夏あかねです。のんびりとけがれを祓いの用意をします。春。
●目的
複製肉腫 15体の撃破
●場所情報
カムイグラ。黄龍が案内する『催花雨の地』と呼ばれる桜の名所です。
現状では濃いけがれが複製肉腫達を活性化させているのか、人の気配はありません。
中央には美しく立派な枝垂れ桜が咲き誇ります。それが『花告の君(花告)』と呼ばれる古き精霊です。
瑞神は高天御所で霞帝と共に待っています。どうやら、黄泉津の現状を憂いているのでしょう。
落ち込んだ彼女の心を反映するように、近頃は少しばかりお天気が安定していません。
●花告げの君
枝垂れ桜の精霊。美しく伸ばした桃色の髪を結わせた見目麗しい青年です。
青年のかたちを取ったのは瑞神が女神であった事からだそうです。女性体にもなれます。
彼は精霊種ではなく、純然たる精霊です。自身の事は自身で守れます。
また、少しの間ならば本体から離れることが出来ますので、けがれ祓いを済ませた後、彼を瑞神の元に誘って上げて下さい。
●複製肉腫 風鬼 15体
1m程の身長の風の特性を持った小鬼です。妖の様な外見をしており、物理的な攻撃に含めて風を駆使した攻撃を行います。
BSなどを駆使する事もある様子で連携がとれています。
びゅうびゅうと風を吹かせ、桜の花を散らせます。花告げはとても迷惑そうな顔をしてます。
全てを倒しきる事で黄龍がけがれ祓いを行ってくれます。
●NPC
・黄龍
皆さんを案内する神霊です。今日は女性の姿をかたち取っています。男性の姿にもなれます。
後方で皆さんの戦いっぷりを見ながら何かあれば花告を護るつもりのようです。
・月ヶ瀬 庚
カムイグラの陰陽寮の陰陽頭。中務省所属。R.O.Oではお世話になりました。
遠距離での支援を行うほか、黄龍のけがれ祓いのサポートも行います。黄龍が何となく連れてきた様子です。
何かあれば仰って下さい。お手伝いします。
折角の機会なので、花告を瑞神の元に誘う際に、花告が残した花弁でしおりなどを作ってくれます。貴重なお品ですので良ければ一つどうぞ。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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