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シナリオ詳細

<spinning wheel>Geras

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●死はそこに腰を下ろし待っている
 空を裂く、巨大な両手剣。血のように赤い刀身と凍えるほどに冷たい色をした刃の紋。それが大きく振り抜かれた次の瞬間。己の背後でズッという音がした。
 エリス(p3p007830)は反射的にその方向を振り返り、目を疑った。
 円柱形の塔の二つが、斜めにズレていたのだ。
 一瞬目の錯覚かと思うほどに綺麗に、斜めに、それが錯覚ではないと教えるかのように塔上部が転落しはげしい破壊音とともに崩壊していく。
 驚きに目を奪われている――場合では、ない!
 今まさに眼前にて剣を振り抜いた存在が『それ』を成したなら、次に斬り割かれるは自分かもしれないのだ!
「――――……」
 言葉にならぬ言葉を、あるいはため息を、相手は……黒き骸のごとき鎧は吐いた。
 悪魔の髑髏を摸したかのような凶悪なヘルムと、歪なあばら骨のような胸部。真っ黒なフルプレートアーマーはしかし、中に誰も入っていないかのように腰部分がすかすかになっていた。
 背丈は2mをゆうに越えるだろう。そんな存在が、エリスの背丈をゆうに超える刃渡りの剣を大上段に構えているのだ。
 死?
 それとも都合良く奇跡がおきて命が助かるのか?
 本当に?
 本当にこれは助かる戦いなのか?
 目を見開くエリスの頬に、なにかが伝った。それが自らの汗だと気付く間もなく、剣は振り下ろされた。

●常夜の王子
 あらすじを、語らねばならないだろう。
 ローレット・イレギュラーズに『深緑完全封鎖』の知らせが入ったのは一月ほど前のことだ。
 異様な茨によって覆われた深緑国境線はいかなる方法をもってしても突破が不可能。更には『大樹の嘆き』なる免疫存在が無差別攻撃を行い、国境線付近の村落に至っては住民全てが眠りの呪いに落ちるなどという異常事態が起きていた。
 確実に何かがおきている。それも、致命的な何かが。
 深緑に故郷を持つイレギュラーズや、領地をもち家族を住まわせているイレギュラーズは少なくない。
 それはエリスも同じであった。ファルカウ居住区に残してきた妹や執政官リモス、そして領民達を案ずる気持ちは皆のそれにおとらない。
 そんな彼女たちに朗報がもたらされた。
 なんと異空間に存在する妖精たちの都『妖精郷アルヴィオン』より転移門アーカンシェルが開かれたのだ。
 妖精達の話によれば、妖精郷を経由し深緑内へのゲートを開くという。無論直通ゲートを開けば妖精郷までもが未知の脅威にさらされかねない。セキュリティとして機能する大迷宮ヘイムダリオンを経由することで安全に、そして直接ファルカウの中心も中心、アンテローゼ大聖堂へと突入することができたのだ。

 仲間達によって開かれたいくつもの迷宮ルートを突破し、ついにアンテローゼ大聖堂へ到達したエリスたち。
 だが彼女たちを待ち構えていたのは凍えるような冬の寒さと、大量の魔物たちであった。
「やはり、門を開いた……か」
 ゲートを潜り大聖堂脇に広がる薔薇の庭園へと出たエリスたちイレギュラーズチームの背後から、その声はした。
 ガギン! という音。それはヘルメットのフェイスガードを開く音だった。
 まるで悪魔の髑髏が口を開いたかのようなその有様に仲間たちが瞠目し、その奥に一切の闇夜しかないことにまた瞠目した。
 黒き骸の鎧。
 あまりにも強大なオーラを放ち、鎧はこちらに目を向けた。
 いや、人間なら目があるはずの場所のずっと奥から赤い光がぼんやりと漏れ、その光がこちらを見据えるように鋭く強まったのだ。
 色鮮やかな薔薇園の中央に立ち、鎧は巨大な剣をザグンと花の上に突き立てた。舞い散る花弁。強まる目の光。
「ようこそ、『封呪の巫女』にして――『滅光の後継者』」
 そのいかめしい様相からは想像もつかぬほど優雅に、そして紳士的に礼の姿勢をとった。
 舞い散る花弁はまさにそのためにあるのかと思わせるほど、そうすることが自然であると思わせるほど、そして薔薇の気持ちを察することの出来る者は、花々がこの手に散らされることを喜んでさえいるとわかるだろう。
「私こそは『常夜の王子』ゲーラス。永久の眠りを届けるものだ」
 途端。ばさりと闇夜がはためいた。まるでマントのようにゲーラスの背へ広がり、はためくその向こうに星空が見えた。
 美しい光景と、それを貫くように刺さる強烈な殺意にエリスたちは思わず身構えてしまった。
「大聖堂を落とされるわけにはいかないのでね。――」
 ここでゲーラスは一呼吸をおいた。何かを言おうとしてやめたような間のあけかただ。
「死んでもらおう」
 突き立てていた剣をとり、ゲーラスは一閃する。
 空を裂く、巨大な両手剣……。

●語られ得ぬ伝説
 エリス(p3p007830)はこの前日に夢を見た。『自分』が自分でない夢だ。
 『自分』は小柄で、黄金色の髪をしていた。半透明な球形障壁に守られた『自分』は、眼下に広がる光景に目を細める。
 空は寒々しい雲に覆われ。肌を刺すような冷たい吹雪が森を覆っている。
 そんな森の集落に……。
 死体だ。死体だ。死体が、あちこちに転がっていた。
 血塗れの女性がぶるぶると手を震わせ、起き上がろうとした。
 そのそばで立ち止まった黒い鎧の存在が、巨大な剣を女性の背へと突き立てた。あまりの威力で突き込まれたそれは、女性の背を貫き地面に大きく刺さる。
 足をひっかけて引き抜いた時には、剣にべったりと血がついていた。
 鎧が……骸骨を摸したようなヘルメットをした鎧が、こちらを見上げる。
 『自分』はわなわなと震える手に力を込めて、体中に装着した無数の呪物を起動させる。
 右手中指にはめた指輪が白く光り、『自分』はそれを呪いの矢へと変換した。
 左手の腕輪がギラリと光り、黄金の弓を形成する。
「――!」
 『自分』は何かを叫び、黒い鎧に向けて呪力の矢を放った。
 滲んだ涙で、視界が歪んだ。
 そんな、夢だった。

GMコメント

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●オーダー
 あなたは大聖堂攻略戦に参加し、魔物達へと挑みかかろうとしています。
 ですがそんなあなたのチームを後方から挟み撃ちにするように『常夜の王子』ゲーラスが襲撃をしかけてきました。
 その戦闘力は凄まじく、皆さんが全力でかかっても倒すことは不可能だと思わせるほどでした。
 ですが今回の作戦はあくまで大聖堂の奪還です。仲間達が攻略を終えるまで、そして仲間達が応援に駆けつけるまでの間この強敵を抑え続けていられれば実質的な勝利を収めることができるでしょう。相手もわざわざ制圧されきった拠点を落としにかかる無駄はしない筈なので、そこで素直に引くはずです。(少なくともゲーラスは無駄な戦闘をするタイプには見えません)

●成功条件と失敗条件
・味方のうち6割以上が戦闘不能、またはゲーラスを足止めするだけの戦力を喪失した場合シナリオは失敗判定となります。
 ここでいう『足止めするだけの戦力』はゲーラスに対して与えるダメージ量から判定されます。つまり足止め中はある程度以上のダメージを与え続けなければなりません。
・味方の応援が駆けつけるまでの時間を耐えきればこのシナリオは成功判定となります。
 応援がかけつける時間は『アンテローゼ大聖堂攻略戦シナリオの成功数』によって早まります。

●エネミーデータ
・『常夜の王子』ゲーラス
 正体が一切不明の強敵です。そういう存在なのかもわからず、強さも不明です。
 しかし全力でかからなければ皆さんのチームはたちまち突破されてしまうだろうという強敵ゆえの直感があるはずです。
 充分な準備をし、自分の強みをとにかく活かして戦って下さい。

※後述する『茨咎の呪い』がターン経過により発生するため、後半の作戦にも注意してください。逆に言うと、最悪でも25ターン以上の足止めはまず要求されないことになります。

●『茨咎の呪い』
 大樹ファルカウを中心に広がっている何らかの呪いです。
 イレギュラーズ軍勢はこの呪いの影響によりターン経過により解除不可の【麻痺系列】BS相応のバッドステータスが付与されます。
(【麻痺系列】BS『相応』のバッドステータスです。麻痺系列『そのもの』ではないですので、麻痺耐性などでは防げません。)
 25ターンが経過した時点で急速に呪いが進行し【100%の確率でそのターンの能動行動が行えなくなる。(受動防御は可能)】となります。

●備考
 本シナリオは運営都合上、納品日を延長させて頂く場合が御座います。

  • <spinning wheel>Geras完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年04月07日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
エリス(p3p007830)
呪い師
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女
浮舟 帳(p3p010344)
今を写す撮影者

リプレイ

●ゲーラス、その恐怖と脅威
 空間ごと切り裂くような剣の閃きは夜の色をしていた。
 切り裂いた空間の色がまるで反転したかのように暗く淀み、すぐに修復されていく。
 もしその閃きが自らの肉体を通り抜けたらどうなってしまうのか。マルク・シリング(p3p001309)は想像し、息を呑んだ。
 いや……息を呑んだのはダメージへの恐怖や不安のためではない。ゲーラスがそれを『見せた』意味を察したからだ。
「厄介な相手だね。単騎で僕ら全員以上の強さを持つ上に、その強さを合理的に行使する知能もある」
「……どういうことだ?」
 隣で構えていた『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)がチラリと視線を向けてくる。マルクは腕のワールドリンカーに手をあて、ぎゅっと拳を握る動作をとった。
 彼の前身を灰色のラインが抜け、意志と魂を顕現したかのようにキューブ状のエネルギー体が彼の頭上に出現する。
「例えば獣。ライオンは獲物の喉を食いちぎるその一瞬まで牙を剥かない。爪を立てるのも相手に追いつき押さえ込むその時にしか出さないんだ。
 生物へある程度等価に与えられたリソースを使って、相手の動物が速い足や目の錯覚を利用して全力で逃げることをわかっているから、野生動物なりの合理性でそうしている。
 僕だって、シカを狩るなら限界まで身を潜めて射撃手段を用いて一気に仕留める。サイズもそうだよね?」
「ああ……けど、仕掛け弓矢を用いたり、ベアトラップを作ったりするかもしれない。複数人でかかるなら、扇状に追い込んで罠に誘い込んだりもできる」
 サイズの言わんとすることを察して、マルクもまた頷いた。
 二人は戦闘態勢をとりながらも、しかし自ら襲いかかったりはしない。
 ゲーラスもまた、踏み込みは浅く、そしてゆっくりと、鈍重な亀のごとくこちらへと歩を進めてくる。
「けど、相手が人間だったらどう? 事情があり、理性がある人間だ。これは厄介なんだ。罠を警戒して立ち止まるかもしれないし、破れかぶれに突っ込んでくるかもしれない。
 獣とと違って、理性ある人間を『意図的に動かす』のは難しいんだよ」
 サイズは『それが今とどう関係あるんだ?』という顔で説明の先を促した。
 ゲーラスはまだ、ゆっくりと歩を進めるのみだ。
 走ることも、大股で歩くこともしない。
「けど逆に、理性があるなら『絞り込む』ことはできる。
 相手が賢いかどうか。相手の目的は何か。相手は自己犠牲を求めるか。集団なら仲間意識は厚いか。命令系統は絶対か。僕なら……『相手の勝利条件は何か』を、一番気にする」
「……そうか」
 サイズは賢くその先を理解したようだ。
 マルクは頷きによってその理解を肯定する。
「今の間で、僕たちは測定されたんだ。その全てとはいわずとも……大半をね」
 マルクは『魔光閃熱波』をショートカットワードで叫ぶと球体を細かく割り、いくつものラインに散らしながら発射した。
 ゲーラスは正面からくるソレを剣で切り裂き空間ごと破壊するが、時間差をかけて回り込んだ弾が連続で被弾。
 そして被弾した所へ、サイズの『道具術』による短剣が投げが刺さった。
 遠隔操作によってもう一撃をくわえ手元へ戻すと、ゲーラスの様子を観察した。
 確実に被弾した――筈だが、ゲーラスの歩みは止まっていない。
(凄い恐ろしいほどの殺気だね。威圧感で、とっても強そうで、怖い王子様だ。でも負けられない……引けないね!)
 『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)は仲間の攻撃が充分に被弾することを確認すると、自分も魔法を唱え始めた。
 眼前に翳した両手の中に炎の球体が産まれ、引き延ばすように構えると炎がランダムに散った。
 巨大な玉を転がすような不思議な動作で術式を操作すると、球体が極めて複雑な動きをもって暴れ始める。突き出す動きをとり放出したなら、帳の放つ炎球群は蜂の群れを思わせるような複雑さを描きながらゲーラスへと殺到。
 更にゲーラスは大きな剣を盾のように翳しその内の数発を防ごうとするも、ゲーラスの眼前で複雑な軌道を描いてカーブした炎球はその盾を回り込むように、あるいはめくるようにゲーラスの脇腹や頭部へとぶつかっていった。更にインパクトの直前で更に拡散をかけることで回避を困難にし、いくつもの炎がゲーラスの前身で燃え上がり始める。
 みな帳の技術のたまものであり、常人ではなにをされたのか分からないうちに燃やされ次の数秒をもがき苦しむだけの時間にあてることだろう。
 一方でゲーラスは。
「光のキューブ、魔法で操作する短剣、炎の球……いずれも素晴らしい魔法だ。厳しい鍛錬を積み、獲得したのだろうな」
 名乗る時とまるでかわらない口調でそう言い、盾にしていた剣を再び肩に担ぐ。
 開いた髑髏のようなフェイスガードの奥からは、赤い光が目のようにふたつだけ、ぼうっと光っている。揺れはなく、まっすぐに。それが……なぜだか彼が一切の動揺も不安も感じていないかのように見え、帳たちはじりっと本能的に半歩下がってしまった。
 飛び退いたりはしない。なぜなら、後ろには仲間達がいるからだ。今まさにアンテローゼ大聖堂攻略のために必死に戦う仲間達。彼らのもとへゲーラスが突っ込んでいけば最悪の挟み撃ちを受けることになるだろう。この大作戦が失敗し、最悪仲間のうちかなりの人数が帰還不能になるという事態だって考えられる。
「ボクらはみんなの命を預かってるんだ。逃げたりしないよ!」
 恐怖の震えに耐えるかのように叫ぶ帳。
「そうか。ならば……轢かれて死ぬしか、ないな……」
 ゲーラスの口調は落ち着いたものだった。例えば眠る前のベッドで、子供に絵本を読み聞かせる父親のような。ほのかな優しさすら感じるような声だ。
 しかし慈悲や親愛の情は感じない。
 なぜなら――今も尚全身を貫くような強烈なプレッシャーと殺意が向けられているからだ。
「『常夜の王子』、ゲーラス。魔種ではないようだ、が……並の魔種よりよっぽど恐ろしい気配、だ。全く、嫌になる、な」
「フ、大聖堂に似つかわしくない鎧の化物、ね。父さんが見たら嬉々として挑みかかりそうだよ。僕もだがね!」
 おとなしく轢かれるつもりはないとばかりに『金色の首領』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)と『Safety device』ヨハン=レーム(p3p001117)が左右両サイドへと展開。
 エクスマリアは黄金の頭髪を大砲のような形にして組んだ両腕に纏わせると、その内側で練り上げたエネルギーを砲弾に変えてゲーラスめがけ発射した。
 砲弾というよりそれは光線兵器のそれに近く、黄金の光がゲーラスを突き抜けるように飛んでいく。
 ゲーラスは剣を振り込み空間を暗転させると光を真っ二つに切り裂いてみせる。
「――ッ」
 それでもエクスマリアの光は激流に突き立つ小枝を流すかのような強引さで暗転した夜を押し流し、ゲーラスを光りに包み込む。
 ヨハンはすかさず剣を複数回振り込み『ファントムレイザー』の斬撃を放つ。
 ここまで味方の攻撃が連続するとかなりの補正がかかりそうなものだが、ゲーラスはそれを振り込んだ剣によって弾き飛ばしてしまう。
 生半可な攻撃ではそもそも当てること自体が難しいようだ。鈍重そうな動きをしていてもやはり強さは自分達とは別格ということなのだろう。
「なるほどね。そういうことなら……!」
 ヨハンは『聖銃アンティキア』を抜き、ゲーラスめがけ連射する。
 絶対必中の銀弾が再び剣を振るったゲーラスへと命中。まるで剣をすりぬけるかのように撃ち込まれた射撃に、ゲーラスの鎧がガギンとはげしい金属音をたてた。その衝撃を証明するかのように、命中部位にバチッとはげしい火花が二度にわたって散る。
「必中にして必滅、必然にして必勝の聖銃! 避けれるものなら避けてみろ! 弾丸はいくらでもあるぞ!」
 吠えてみせるヨハン。ゲーラスは己のダメージを確認でもするかのように自分の胸や腕に顔を向けると、再びこちらにじりじりと歩をすすめ始めた。
 ――いや、違う。
 踏み込みはこれまでのものとは明らかに歩幅が異なる。一歩目の速度は速く、二歩目は更に速い。
 錯覚を狙う作戦か? それまでが嘘のように急激に走り距離をつめてきたゲーラスは剣を大きく振り込んだ。
「私の後ろに!」
 そう叫んで飛び出したのは『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)だった。
 盾を突き出し斬撃を受け止めるイリス。あまりの衝撃に身体全体が震え、盾をまるですり抜けるかのように発生した暗転空間がイリスの身体にぞくりとしたものを這い上らせた。
 例えばひどく風邪を引いた夜のような寒気であり、眠くなるハーブティーを飲んだ夜のように頭が急にぼんやりとし始める。
 強く首を振り、瞬きを繰り返す。戦いの最中だというのに、今すぐこの場に横になって眠りたいような欲求がわき上がったためだ。
「おかしい、こんなこと……!」
 イリスがこの攻撃をうけたのは、ある意味で絶好の幸運であった。
 彼女の特殊抵抗力は群を抜いて高く、【BS緩和2】というパッシブ能力まで持つ抜群のバッドステータス殺しである。
 そんな彼女の防御を抜くのみならず、異常な状態に陥れるということはそれだけ極端な強制力がこの『暗転する斬撃』にはあるということになる。
「ヤツェクさん、回復をお願い!」
 半分ほどまどろむ意識の中で叫ぶイリス。
 対して『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)の反応は素早かった。
「任せな」
 腰のホルスターから素早くリボルバー式光線拳銃を抜いてゲーラスへ牽制射撃を連続で行うと同時に、銃声に混じったキィンという音がイリスからまどろみを取り去った。
「何かされのか?」
 イリスの防御の裏へと隠れながら銃の弾倉に光線発射用の弾を込めるヤツェク。乱暴に排出した空薬莢が彼の地面でカラッとはねた。弾倉に込めた弾を全て吐き出した証拠である。あの僅かな時間にそれだけの連射を彼は実現していたのだ。
 頭がすっきりしたのか呼吸を短く整えるイリス。
「わからない。けど体験したことない感じだった……」
 イリスはこの状態に【まどろみ】という名前をつけた。既存のバッドステータスのそれとは異なる何かを感じたためだ。
「それは、イリス殿の抵抗力が無意味になるほどのものでござるか?」
 確かめるべき、あるいは知っておかねばならないことを『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)が後ろから尋ねてくる。
 その時には既に、ゲーラスはイリスから飛び退き距離をとっていた。強引に責めるつもりがない者の動きである。
「確証はもてないけど……咲耶さんにはどう見えた?」
「む」
 こういうとき、客観視のほうが正確なことがある。咲耶は意見を求められることを分かっていたかのように、早口でそれに答えた。
「イリス殿は『効果の半分以上』をレジストしていたように見えたでござる。おそらく常夜の王子ゲーラスの放つ『暗転する斬撃』には複数のバッドステータスが込められているのでござろう。その中の一つが、イリス殿でも抵抗不能な、特殊な効果であったのだと見たでござるよ」
 咲耶の見立て(エキスパート&エネミースキャン)はイリスの見立てよりもずっと信頼できる。なるほど、とイリスは小さく唸った。
 自分が受けるしかないが、受けきることの出来ない未知の要素が敵にはある。『あれ』の使い所をシビアに選ぶ必要があるだろう。少なくとも、抱え落ちだけは避けなくては……。
「次はコレでござるな」
 咲耶は懐から手裏剣を取り出した。呪術が込められた手裏剣の名は『忌呪手裏剣』という。
 イリスやヤツェックとぴったりと連携し、まるで一つの生き物のように全く同時にゲーラスへ距離をつめるように動きつつ、手裏剣をカーブをかけて投げつける。
 期待しているのは忌呪手裏剣に込められた【怒り】の効果が正しく作用することだ。ゲーラスが自分に対し通常攻撃しかしなくなれば、それをイリスが庇い続け周囲の優秀なヒーラーたちが治癒し続けることで実質的に相手を封殺できる。イリスのもつ非常に高い【光輝】能力も相まって、この防御を抜くことはたとえゲーラスほどの強者でも困難だろう。
 そして逆に言えば、それだけの備えをしていない、その程度の知性の敵だということになる。
「刺されば行幸。見た目ほどの敵ではござらんということ。しかし刺さらなかったのであれば……」
 咲耶は彼女の込めた呪術がゲーラスへと発動するのを確かに見た――が、それが広がる星空色の闇によってフッと払われたのを、確かに見た。咲耶の呪術だけではない。先ほど帳が放った炎やヤツェクの浴びせた異常状態も、まとめて払われてしまっている。
「むむっ!? これは、どういう仕組みでござるか……?」
 ここへ来て謎の仕組みが現れた。解析する暇――はどうやらなさそうだ。
 ズッと再び距離を詰めたゲーラスが今度はイリスへ直接剣を繰り出した。
 『暗転する斬撃』がイリスを通り抜け、再びイリスがくらりと体勢を崩しかける。しかし今度はヤツェックが治癒する間もなく目にもとまらぬ高速連撃をイリスめがけてたたき込み始めたのだ。
「なっ! やべえ!」
 咄嗟にヤツェックはイリスの腕をつかんで引っ張り、ゲーラスの攻撃範囲から引っこ抜く。
 イリスはといえば、くったりと脱力し目を閉じている。まるで眠っているかのようだ。
 そして直後――。
「「おおっ!?」」
 ヤツェクと咲耶が同時に驚きの声をあげ飛び退いた。
 防御を貫き、ゲーラスの斬撃が彼らを同時に襲ったのだ。
 全身が痺れ、脱力し、そして意識が遠のいていく。
「それ以上はやらせないわ!」
 そこへ割り込んだのは『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)だった。
 ブレスレッドを翳すように防御の姿勢をとると、桜模様の魔術障壁がゲーラスとキルシェたちの間に展開。
 と同時に、パッと頭上でくす玉のような魔法が割れて温かい雨が降り注いだ。
 ハッと目を開き、荒く呼吸をするイリスや咲耶たち。
(アンテローゼ大聖堂……。
 ここは、優しい空気のはずなのに……!
 どうしてこんなことに……。
 ううん。泣くのは今じゃない。
 今は、アンテローゼ大聖堂を取り戻す時だもの!)
 キルシェは気持ちをキッと鋭く整えると障壁ごしにゲーラスをにらみ付けた。
「ゲーラスお兄さん、で良いのかしら?
 ルシェは……ううん。わたしはキルシェ=キルシュ。聖女の一人として、アンテローゼ大聖堂を返して貰います!」
 にらみ付けたゲーラスの表情。いや、髑髏型のヘルメットとその奥の光しか見えず顔も何もないのだが、光がキュッと細くなったような……人で言えばキルシェに目を細めたようなリアクションをみせた。
「元々、お前達のものではないはずだ」
「どういう意味!?」
「説明はしない。『解り合う』つもりなどないのだ。お互いにそうだろう」
 再びの斬撃が、キルシェもろとも吹き飛ばす。
 今度の斬撃は暗転せず、代わりに空間が一度圧縮されて爆ぜるような衝撃があった。
 『爆ぜる斬撃』とでも言おうか。
 まとめて吹き飛んだキルシェたちが転がり、更に距離を詰めよう――とした所で『呪い師』エリス(p3p007830)がネージュ・リュヌ・エ・フルールをサッと奏でた。
 自らの血が呪いの矢に変わり、ゲーラスの足元へと突き刺さる。
 牽制と察してか足を止めたゲーラスに、エリスはもう一本のカース・アローを生成。今度は頭に狙いを定める。
(目覚めの悪い夢を見た翌日に夢に出てきた敵と戦うことになるとは……これもこの指輪の導きということでしょうか?
 背後から突然あらわれたことといいこの殺気といい、明らかに格上ですし全力でも足止めするのが精一杯でしょうね……)
 髑髏の奥の光が、視線でも動かすようにエリスをとらえる。
 パッと複数に分かれた呪矢が、バラバラにゲーラスへと放たれた。
 その全てを、あの大きさの剣からは想像できないほどの速度で繰り出す斬撃によって次々に破壊していくゲーラス。
 破壊しきれなかった矢がゲーラスへ刺さるが、その一部が星空色の矢に代わってエリスへと飛んできた。
「反射攻撃――!」
 ぱしりと矢を掴み、懐から『赫焉瞳』を取り出した。
「それなら、こうです!」
 赫焉瞳から放たれた光がゲーラスを覆っている星空色の影を取り払う。
 マントのようにたなびいていたそれは、どうやらゲーラスが攻撃をはじき返すための効果をもっていたようだ。
「『封呪の巫女』にして『滅光の後継者』。また抗おうとするか」
「またってなんですか! それに――」
 それに、と言いかけてエリスはハッとした。
 ゲーラスという、この見るからに恐ろしい怪物とは初めて遭遇したばかりだ。
 であるにも関わらず、ゲーラスはエリスを見て『封呪の巫女』と言ったのだ。
 彼女をそう呼ぶ人間は極めてすくない。食いしん坊エルフとかイラストの数がえぐいとか気付くと新しいコスプレしてるエルフとかそういう呼ばれ方はしそうなものだが、この世界にやってきたから『封呪の巫女』らしい振る舞いをしたことなど無かったはずだ。
 エルフの森にかけられた邪神の呪いを封じるため、100年の間呪いを受け続けた女。
 そんな側面、誰もしらなくて当然の筈ではなかったか。誰かに聞くにしても、初対面で突きつける要素ではないはずではないか。
「あなたは……私の何を知っているんですか……『お姉様』?」
 問いかけの中で、つい口に出た単語に、自分自身が驚いた。
 男性の声で語り屈強な体躯をもち王子と名乗る相手に、『お姉様』? 口が滑ったにしてはあまりに不自然な単語のチョイスではないか。
「私……ええと……あれ……?」
 自分の意志とはかけはなれた所で、何かが自分を喋らせている。そんな気がしてエリスはつい後じさりした。
 片手で顔を覆う。奇しくもその手には、『ドリーミングアイズ』の指輪がはめられていた。

●夜の夢と、夜ならざる夢
 きっと白昼夢であったのだと思う。
 自分は金髪の女性で、深緑の空で嵐と冬がぶつかり合うさまを見ていた。
 今になって自分に出来ることは、もはやないようにみえる。
 けれど……。
「お姉様、本当にやるのですか?」
 振り返る。同じく長い金髪の、背の高い女性の後ろ姿があった。
 女性は壁際に置かれた鎧を見つめている。
 木箱に腰掛けるように設置された全身鎧は、黒い骸のような姿をしていた。
 鎧がゆっくりとその頭をあげ、内側からふわりと夜色の霧が漏れ出す。
 何かを言おうとしているような、伝えようとしているような霧に手をかざし、女性が少しだけ振り返った。
「誰かが、やらなくちゃいけないことよ」
 女性は鎧に向き直り、その胸に手を――。

●夜よ去れ
 ぼうっとしていた。としか言いようがない。
 エリスはハッとして首を振り、大きく飛び退いた。追いかけるように距離を詰めたゲーラスが剣を振りかざす。
 彼女を守るべくイリスが走り出そうとする――が、その脚に突如茨が絡みついた。
「『茨咎の呪い』! こんな時に!」
 剣を茨に突き立てることで解除を試みるイリス。その間にもエリスめがけ剣は振り込まれていく。
「――!」
 そこへ飛び込んだのはキルシェだった。ゲートからついてきたジャイアントモルモットの『リチェルカーレ』に飛び乗り、エリスとの間に割り込みにかかる。
 リチェルカーレの足元にも伸びた茨がその巨体を転倒させ、二人まとめて冷たい花畑へと転落する。
 抱き合うように転がる二人に、ゲーラスはじろりとヘルメット下の光を向けた。
「行かせるな!」
 ヤツェクの判断は速かった。
 イリスや他の仲間達に絡みつく茨めがけて銃を撃ちまくり茨を切ると、ゲーラスとキルシェたちの間に割り込んで滑り込む。
 反対側からは咲耶が絡繰手甲を複雑変形させ鎖鎌モードにするとゲーラスの腕へと巻き付ける。
「もう暫く、こっちの相手をしてもらうでござるよ!」
 扇状に広げた手裏剣を次々に投擲。
 接触の直前で爆発する手裏剣が、ゲーラスの纏う星空色をしたマントのようなものを吹き払っていった。
 ここぞとばかりに背後へと回り込んだサイズが改めてアイススフィアとソリッド・シナジーを発動。渾身の『黒顎魔王』を解き放つ。
「今は倒せなくても次に繋がる一撃を!」
「…………」
 ヤツェック、サイズ、そして咲耶による包囲射撃を受けながら――しかしゲーラスは痛痒を感じている様子はなかった。
 どころか、両手でしっかりと剣を握り豪快な回転斬りを繰り出してくる。
 それぞれかなり距離があったにも関わらず、三方向に飛んだ斬撃は咲耶たちに接触したと同時に爆発。空間を切り裂いたことで圧縮された空気が爆ぜた『爆ぜる斬撃』の遠距離版だと気付いたが、その時には意識ごと飛ばされていた。
 どさりと倒れる三人に、今一度視線を向ける。
 トドメを刺すつもりだろうか。いや――。
「性格が悪すぎる!」
 叫びながらマルクが走った。サイズの前に割り込み防御の構えをとる。ゲーラスは先ほどと同じようにサイズ、ヤツェク、咲耶たちめがけて斬撃を放ったのだ。
 倒れた彼らを助けるには自らを盾にするしかない。離れた三人を同時に助けるには、それこそ分散して三人が盾になるほかないのだ。
 同じく意図を察したヨハンとキルシェが割り込み、それぞれ直撃を受けて吹き飛ばされる。
 凍った薔薇の花を散らせながら、ヨハンは地面をひっかくようにブレーキをかけた。
「このままじゃマズイ! これ以上戦力を損耗したら……」
 既に7割近い損耗を受けている。倒れた仲間を運び、それを庇い、死者を出さずに撤退するには6割がボーダーラインである。つまり、あと一人でも倒されればこちらの敗北になるのだ。
 そこへ――。
 今度こそ拘束を抜けたイリスが割り込み、防御を固め――つつ、周りに呼びかけた。
「皆、集まって!」
「……わかった!」
 意図を察したマルクやヨハンたちが、倒れた仲間を抱えイリスの後ろへと集合。
 ゲーラスは勢いよくそこへ突っ込んできた。
 これまで戦った感触では、ゲーラスは強烈な範囲攻撃や複数回の攻撃が可能だ。高い回復能力があっても、HPを削りきられてしまうだろう。イリスが一人か二人庇ったとしても、戦力の大幅低下は免れない。
 ドン、と踏み込むゲーラス。
 同じく踏み込むイリス。彼女の胸の内に込めていた『アトラスの守護』が爆発した。
 ゲーラスの『爆ぜる斬撃』が全員を巻き込んで連続で放たれる。が、その殆どをイリス一人が受け止めた。
「――!」
 異常な行動にゲーラスのヘルメット下の光が瞠目したかのように広がる。
「つう……っ」
 すべて一撃分に収まっているとはいえここまで連続攻撃をくらえばイリスとてただではすまない。それに、『アトラスの守護』を使えるのはこの一回だけだ。
 が、それで充分だった。
 ヨハンは隠し持っていた『エンジェル・レイン』を炸裂させる。
「待たせたね皆……そしてゲーラス。僕が本命のヒーラーだ。
 我は光輪!天つ空より勝利を導く栄光の如く!
 なんてね。どうだい、カッコいいだろ?」
 にやりと笑うヨハンはイリスを中心に『コーパス・C・キャロル』の治癒魔法を展開。
 彼だけではない。マルクとキルシェも同じく魔術を展開した。
 元々105%もの【光輝】能力を保持していたイリスはおろか、他の面々を瞬くまに回復していく。
「エクスマリア、今だ!」
 マルクが叫んだ。『なぜ今だ?』とエクスマリアは少し思ったが、確信を込めた叫びに
頷き全身全霊のエネルギーをゲーラスめがけたたき込む。
 巨大な鎖鉄球のようになったエネルギー体が、ゲーラスへと叩きつけられた。巨大な剣を盾にして受け止めるゲーラス。その姿に攻めの姿勢はない。
「……なるほど」
 エクスマリアは納得して目を細めた。
 ゲーラスは強い。はげしい雪崩れや地震のような自然な強さでも、荒れ狂う獣のような強引な強さでもなく、こちらの目的や勝利条件(あるいは敗北条件)を理解して攻める強さがある。
 しかしだからこそ……。
「僅かでも付け入る部分があるとしたら、その強さを支える理性、だろう」
 相手が賢くて楽なのはこういうときだ。
 『賢い敵』はすなわち『戦いの終わらせ方』を考えるのだ。さながら、跳躍した際に着地の位置や姿勢を考えるように。
「そこだ!」
 帳が『シムーンケイジ』の魔法を唱えた。
 解き放った魔力の塊がゲーラスへとぶつかり、熱砂と嵐による爆発を引き起こす。
 腕を翳し数歩後退する姿は、確かにゲーラスの引く姿勢が見えた。
「勝てるの……?」
 小声でエクスマリアに問いかける帳。
 たしいて、エクスマリアは曖昧なうなりを返した。
「理性ある存在は、『相手を殺せば勝ち』という、極端な考えに、縛られない。無駄な戦いを避け、無駄になると、分かれば、消耗を抑えようと、する。
 こちらの勝利条件は『味方が来るまで耐えること』。相手の勝利条件は『それまでに数を減らすこと』。
 こちらの不安材料は『ゲーラスの能力が分からないこと』。相手の不安材料も、その点では同じ、だ」
「……どういうこと?」
 帳の視点から見れば、今の状況はかなり苦しい。味方を何人も倒され、奥の手は使い尽くした。
 このままゲーラスが強引に攻めてくれば一気に瓦解し、撤退戦に移行するしかなくなるだろう。
「自分だったらと、考えて、見ろ。相手が『範囲内の全員を庇う奇跡』と『治癒能力を極端に引き上げる奇跡』を立て続けに、使ってきたら、『次』を警戒しないか?」
「…………」
 相手が愚かであると、あるいは貧弱であると勝手に決めつけて戦うと酷い事故を起こすものだ。現に、キルシェやエクスマリア、帳やエリスがそうした『奥の手』をまだ隠し持っていないとも限らない……ように相手には写るのだ。ならば厄介になる相手から倒してしまえばいいかといえば、違う。ヒーラーとアタッカーをスイッチできたり、低いステータスでも1ターンだけは効果的な行動がとれたりと油断できないカードは多い。
 そしてソレを更に警戒させるかのように――。
「地力の差を埋めるのは、戦術と、気持ちの強さ……!」
 マルクは手の中で『居寤清水』を握りつぶすと、頭上に先ほどより更に巨大なキューブを出現させた。
 解き放つ。花畑がめくれ上がるほどの衝撃と爆発が起き、その跡には……なにも残っていなかった。
「ゲーラスは!?」
 エリスがきょろきょろと見回すが、ゲーラスの姿はない。
 マルクは肩を落とし、微笑んだ。
「逃げられたみたいだ。『幸いにも』ね」
 こうした極端に強い能力をもつ携行品は、一度使えば消えてしまうし使わなくてもその一戦で消費されてしまう非常にリスキーな装備だ。
 しかしこれを『惜しげも無く』『なりふり構わず』使われた場合、高い戦力差も覆ってしまうだろう。
 無理に攻め込めばそういう事態が起こり、それまで費やしたコストが無駄になってします。
「相手からすればリスクカットさ。ゲーラスが僕らを突破できないということは、それ以上の戦力を突入させた大聖堂側の陥落は確実とみていい」
 イリスが盾を下ろして振り返ると、仲間達が大聖堂からちらほらと戻ってくるのが見えた。外の応援にやってきたのだろう。
「そうだね。意地になって残ってたら、取り囲んで捕まえちゃってたかも」
「で、できたかなあ……そんなこと……」
 キルシェが苦笑し、あははと頬をかいた。『意地になって突っ込めば』はこちら側にだって適用されることだ。
 ゲーラスが己の手札を全て晒しきったと侮るのは、やはり危険なのだ。
「まあ、とにかく……なんとかなったみたいだな」
 サイズが身体を起こして、同じく意識を取り戻したヤツェクと咲耶が手を貸す。
「皆揃っているでござるな? 死者は……?」
「無事に死に損なったみたいだ」
 肩をすくめるヤツェク。帳がぷはあと息を吐いてその場に座り込んだ。よほど気を張っていたのだろう。
 そしてそんな中でエリスはひとり。
「私が見た、あの風景は……」
 白昼夢の内容を思い出していた。
 金髪の女性。後ろ姿だけでも分かるほどの美少女と、彼女が向き合っていた夜の色を吐く鎧。
 あの鎧は、確かにゲーラスと同じ姿をしていた。
 夢に出てきた鎧もだ。
 それらが同じものだとするなら。
 あの女性は、一体?
 抑えた手の内側で、ドリーミングアイズの白い宝石に夜の色が少しだけさした。

成否

成功

MVP

イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫

状態異常

なし

あとがき

 ――mission complete

 夜の王子ゲーラスを撃退し、相手の戦闘能力のいくつかを解明しました。

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