PandoraPartyProject

シナリオ詳細

欠けた『』

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『』
 アドラステイアに鐘が鳴る。
 焼けつくように赤い夕陽が、ステンドグラスから差し込んでいる。
「――我らの神よ 今日も幸福を与え賜え」
 ティーチャー・バイパーが、高らかに聖句を唱え、子供たちは一斉にそれに倣った。
 パイプオルガンの音が響いた。
 独立都市アドラステイア。
 そこは、天義の信仰のありようから零れ落ちていった、ねじれの吹き溜まりみたいな場所だ。よそから見れば、きっと、ひどいディストピアに違いない。
 でも、それがわかるのは――外から見ているからだ。
 だって、そうできなかった人間は誰一人として生き残ってはいないから。
 聖なるファルマコンのために。
 聖なるファルマコンのために。
 お祈りの時間には、みんなでそろって祈りをささげる。
 ファルマコンのために。

 ばたん。
 聖堂を開け放ち、一人の男がやってきた。
 息子を返せと剣を構え、なにやら喚き散らしている。
「ここにいたんだな。ずっと探してたんだ。戦場ではぐれて。
 俺だよ、俺だよ、父さんだよ。わからないのか……?」
 少年がはじかれたように立ち上がって、闖入者の顔に笑みが浮かんだが、それは消える。少年は率先し、剣を構えて男に近づいた。
「ええ、いえ、そうです。もちろん。ファルマコンは完全であり、このような不届きものを見逃したりはしませんが」
 ティーチャー・バイパーが、かぶりを振る。
「ですが、まあ。反面教師になっていただこうと。少々泳がせて頂きました」
 ティーチャー・バイパーが呪文を唱えると、男の喉に刻印が刻まれる。
「……? ???」
 ところが、何も起こらない。
 次に何かが起こったのは――男が、ティーチャーを指し示し、なにか、おそらくはののしりの言葉を吐いた時だ。
「■■、■■」
 頭がはじけ飛び、真っ赤な花が咲く。
「正しいことを言えないと。そうですよね。正しいことを言えないとなりません。そうですよね、皆さん」
 子供たちの喉には――同じような紋様が刻まれていた。


「……ヤツェク先生! ヤツェク先生たら」
 ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は、名前を呼ばれて顔を上げる。
 ヤツェクが木に背中をもたげ、昼寝しているときのこと。
 服の裾にめいっぱい、花びらをためたポーラが、ばらばらと降りそそがせると思いっきり笑い、数名の友達と駆けていった。その笑顔を見て、ヤツェクはふっとほほえみ、ギターに手をかけると打ち鳴らし始めた。
 子供たちの世とは、かくあるべし。

 ポーラ、という少年は、元、アドラステイアの子供たちである。
 召喚により難を逃れたものの、その心は深く傷ついている。

 異端審問官モーリス・ナイトメアが、アドラステイアの少年傭兵部隊『オンネリネン』を斡旋しているらしい……。

 アドラステイアの少年傭兵部隊『オンネリネン』……。ヤツェクの懸念はそこだった。ひそひそと町民が噂をしていると、ポーラは非常に不安定になる。
 アドラステイアを気にかけ、情報収集を続けていたヤツェクに、ポーラはけらけらと笑ってみせた。
「いいじゃない。あいつらはわるいから、みんなわるいし、やっつけちゃえばいいじゃないですか」
「そうか?」
「洗脳されてたなんて言い訳にもならない、だってひどいことしたから、でしょう。死んで当然なんですよ。ボクは過ちを正せたけど、あいつらは違うし」
「なら、どうしておれを起こした?」
 ポーラはぎゅっとヤツェクのマントの裾を握っている。
「何をすればいい?」
「いかないで、おねがいします、いかないで! いっちゃわないで! 先生!」

――ああ、この子は「助けて」、と、言えない。
 友達を助けてなんていえない。
 誰かに、恐怖で、言葉を封じられて。
 ほんとの言葉を封じられて。


 この話には二人の敵がいる。
 ティーチャー・バイパー。
 それから、彼から子供たちを「買い上げた」天義の保守強硬派の男である。

「ああ、よかった、良かった、これで。天義はまっとうな道に導かれるでしょうし。
それに、かわいそうな子供たちも『救って』あげられるでしょうし。
彼らはかわいそうに、もう救えはしない。もう壊れてしまった子供たち。
ファルマコンなんて作り物の神をあがめて、手を血に染めたこどもたち!
良い取引ができました」
 にっこりとほほ笑む男はストゥピオという。彼の顔には、狂気じみた正義が浮かんでいる。正義を見過ごして、悪を裁かないなんて、とんでもない……。

「つまりは、」と、ティーチャー・バイパーは両腕を広げて見せるのである。
「イレギュラーズどもに、まさか子供たちを救っている。ヒーローだなんて思ってほしくはないのですよね。助けられなかった、と絶望して然るべきなのです。ですから、私はこうするのです。正義、正義、断罪を。彼らの手でしていただこうではありませんか。
イコルを解いて、壊れてしまった子供たちを向かわせましょう。戦って散るでしょうし、もしもイレギュラーズどもが助けようと手を差し伸べたなら」
 ぼん、と、手のひらを広げると卑しい笑みを浮かべる。
「彼らが救いを口にしたなら! そのときは!
あっはっはっはっは! 言えない、言えないでしょうねぇ。助けてなんて! 言えるわけがない!」

 異端審問官モーリス・ナイトメアは、大笑いするバイパーを見つめていた。


「それで、だな、近々ここは戦場になる。
ナイトメア家の手先。不正義を赦さず、すべての罪を断罪しようとする聖自称騎士サマと、その駒になった子供たち。
そいつらに、ロウライト家の封魔忍軍がぶつかって、……ぼん、と、消える」
『探偵』サントノーレ・パンデピスは、誰にとも話しかけるわけでもなさそうに言った。酒場でギターを弾いていた吟遊詩人は、ぐいと酒をあおる。
「なんとかしろと?」
「封魔忍軍の長であるフウガ・ロウライトは、それほど苛烈な人物ではない。
 だから、情報を流して時間をくれたってところかな。
 ただ、封魔忍軍が子供たちと相対したら、捕獲、なんて真似はできないわけだ。
 封魔忍軍を倒しつつ、あるいは来るより先に。子供たちも保護できたら……」
「世界がちょっとは平和になるってわけだ」

GMコメント

素直におしゃべりできない系です。よろしくお願いいたします。

●目標
 『オンネリネン』の子供たちの救出。

●状況
 市街地を荒らしまわる「『オンネリネン』の子供たち」に、封魔忍軍が迫りつつあります。

●敵
天義の騎士『ストゥピオ』
 強烈な保守派です。正義に取りつかれています。
 すでに何人かが身勝手な断罪の犠牲となっており、倒すのもやむなしといえましょう。

『オンネリネン』の子供たち×10
 ファルマコンを報じながらも、今回、戦っているのはそのためではない……。
 何人かの戦い方はどこか覇気がありません。

 喉元にはティーチャー・バイパーが施した刻印があります。
 戦意喪失をした場合。
 彼らが助けて、と口にした場合。悲惨な末路を遂げることでしょう。

 ティーチャー・バイパーは今回戦場にはいません。

封魔忍軍×5
 子供たちを気の毒に思いつつも、「自らの手で、始末をつける」と決意しています。
 ロウライト家への強い忠誠心ゆえに天義保守派と同様に独善的で、かち合えば容赦なく子供たちを殺すでしょう。
 しかし、ロウライトのはからいで、わずかな猶予があります。

●独立都市アドラステイアとは
 天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
 アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
 しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
 アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
 特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia

●『オンネリネンの子供たち』とは
 独立都市アドラステイアの住民であり、各国へと派遣されている子供だけの傭兵部隊です。
 戦闘員は全て10歳前後~15歳ほどの子供たちで構成され、彼らは共同体ゆえの士気をもち死ぬまで戦う少年兵となっています。そしてその信頼や絆は、彼らを縛る鎖と首輪でもあるのです。
 活動範囲は広く、豊穣(カムイグラ)を除く諸国で活動が目撃されています。今回の活動は天義(聖教国ネメシス)のとあるワイン産地の村々となります。
 特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/onnellinen_1

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 欠けた『』完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年04月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
最強のダチ
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

リプレイ

●空白
「ポーラ」
『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は優しくポーラを呼んだ。
「なんですか、先生」
「まあ、見ていろ」
『幸運の七つ道具』から、ごそごそと取り出してコインを弾いた。
「さあ、どっちだ?」
「……それ、表しかないじゃないですか!」
 どうかな、今日は違うかもしれん、と言いながら、ヤツェクは取り上げようとするコインを上にかかげて、ちらりとポーラの喉を見た。
 話に聞く刻印は、ポーラにはないようだった。
 となると言えないのは気持ちの問題か……。
(喧嘩したいなら自分の手で引き金ひいて決闘しろというに、これだからおえらい方々は)
「先生、どうしたんです?」
「いや?」
(権力にもたれ掛かった悪い大人がガキの口をふさぐなら、くたびれちゃいるがまあまだマシでありたい大人の代表として息が出来る様にしてやらんとな。
奴らのためにも、ポーラのためにも。かつて幼かったおれのためにも)
 運命はつかみ取ることができる。……インチキだっていい。

「ははあ、助けを求めると死ぬ刻印ですか」
『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)はにやりと笑みを浮かべる。それはウィルドにとっては周りへの配慮であるのだが、迫力があるために余計に恐ろしいものを感じさせる。
「割を食うのは何時でも弱者か。珍しい光景という訳でもないが。子供が「助けて」と言えない様な世界は気分が悪い」
『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)は無表情に戦場となる場所を見つめていた。
「実際、僕にも「子供」がいるからな……」
 ヒュウ、とヤツェクは口笛を吹いた。
「ああ。守るべき、大切な者がいるもんだ」
「成程。つまり、刻印という罰を以てしか子供達を導けないティーチャー・バイパーとやらは教導者として三流だ、と」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は凛とした声で、はっきりと言った。
(こういう趣向は嫌いではありませんが……私、自分がこういうの仕掛けられるのって好きじゃないんですよね)
 ウィルドははあ、と大げさなため息をする。
 裏で手を引いているのは、バイパーという男らしい。
(せいぜいバイパーさんの企みを邪魔しつつ、いずれは私に喧嘩を売った代償を払わせるとしましょう)
 ウィルドはとても執念深い……。

『永訣を奏で』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)の穏やかな笑みは崩れない。痛ましそうに、ただその紫の瞳が揺れるだけだ。自身を強く律するがゆえに……。
「オンネリネンの子どもたち……。救いを求めた幼い手には何ら罪はない」
 罪があるとするならば……。
 その先の言葉は呑み込まれる。修道女たるクラリーチェは、口が裂けても言うことはできない。
 声を代弁するように、仲間たちが憤っていた。
「これが…こんな事が天義の騎士のすることだって言うの!?」
『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は――ロウライトは怒りに震える。こんなのは、違う。これは自分が求める正義ではない。
「なんて酷いことを考えつくんだろう」
『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の声もまた、怒りで震えている。
「こんな人達の思い通りになるなんて絶対に嫌だよ」
「うん……」
「子供を、命を、どこまでも道具にする」
 マルク・シリング(p3p001309)の声は静かだったけれども。態度もまた静かなものだけれども、それでも『忘れられた武略』メイナードはマルクが今、どのような怒りを秘めているのか察することができた。
「掲げる主義は違えども、アドラステイアと天義強硬派は成程、同じ穴の狢というわけだね。
結託するのも納得がいく。価値観が、そっくりだ」
 マルクが選んだみせかけの武装は、素朴な装備だ。いかにも単なる兵士というような。……もっと武装することもできる。でもきっと、今回、敵を完膚なきまでに追い詰めるのは、得策とはいえないだろうと思われた。
 素早く、圧倒的に。ただし、『戦意を削いではいけない』。
 悪夢のようなオーダーだ。
 前提条件を無視すれば、それはいくらかは楽になるのだろうけれど、この場にいる者はパーフェクト・ゲームを望んでいる。
 すなわち、子供たちの救出。
「その口で、正義などと言わせるものか……!」
「うん。……絶対、私達の手で助けてみせる」

●封じされた口
「その刻印は声に出し口に出す事を罰するもの、でいいよな?
であれば、口に出す事は封じられても、考え思う事までは縛れないのではないか?」
 イズマの言葉に、ヤツェクは頷いた。
「ああ。おそらくはそうだ。……若人の気持ちまでも縛れるものか」
「言葉になんてしなくても良い。
戦いをやめなくても良い。
汚い手を使われても正面から打ち破ってやるー!」
 スティアはきっと前を睨む。
 子供たちは重い武器を持ち、鎧に着られているような状態だ。
 スティアはサンクチュアリを展開する。魔術師だ、と警戒をする様子があった。けれどもそれは、誰かのため。守るためだ。
(言葉にして想いを伝えられないのは歯がゆいけど……。
絶対に助けてみせるから)
 だから、もう少しだけ頑張って欲しい。
「何をしている! ガキどもが。手柄が欲しくないのか?」
 天義の騎士ストゥピオが手本とばかりに前に出た。あいつがこの場の指揮者だろう。
「全く、すがっているのは正義じゃなくただの思考停止の産物だという事を叩き込ませてやろうじゃないか、クソ騎士」
 ヤツェクが皮肉を隠そうともしない表情を浮かべる。
「ごめん、みんな。あの人の相手は私にさせて……」
「うん……」
 サクラに、スティアが強く頷いた。
「回復はお任せを」
 と、クラリーチェ。

 目に見えぬ――スピリトーゾ。第一楽章の幕が上がる。イズマの指揮によって。意表を突く攻撃に、子供たちの姿勢は崩れる。
 冷気が子供たちの動きを鈍らせる。
――敵意が。生きるための熱が必要だ。それがたとえ憎しみであっても、今は……。
「随分と中途半端な戦い方だな。もっと殺意を向けてくるかと思ってたよ」
 イズマはあえて挑発した。
「して、その程度ですか、あなたたちの覚悟は」
 ウィルドはゆっくりと両手を広げて、前に出る。
「討ち取ろうという気概のあるものはいないのですか?」
 叫びをあげて突撃してくる子供の攻撃を、ウィルドは敢えて受ける。だが、その血の流出はすぐに塞がれていった。
「……っ!」
 飛びついてきた一人を、こともなげに後ろに放り投げた。
「次はどなたです?」
 憎悪を集めればいい。時間を稼げればいい。それは、得意分野の一つ――。
 鋭く、まばゆい光が輝いた。
 クラリーチェの祈り。葬送者の鐘が揺れる。
「異教徒だ!」
 子供たちが声を張り上げる。
(かなり強引な手段になりますが、これが最良と信じて)
「立って! 異教徒を倒したら、たくさんキシェフが貰える! 立って」
「……」
 ああ、と、クラリーチェは動揺を上手に隠す。その悪夢から、遠ざけてやりたかった。
 手加減はある。けれども、慈悲だった。早急に意識を失わせるのが目的だ。
(意識を失えば、痛みも苦しみもありません。不用意なことを口にすることも、恐怖もありません。
それはある意味『安寧』なのです)
 それは、異教徒と罵られる修道女からの祈りだった。
 イズマが作り出している舞台。綺麗で美しい怜悧な演奏が続いていたけれども、それは、泥沼のような不協和音で汚れていく。大人たちの欲望で。ストゥピオの声で。
 だが、一本の弦が変える。
 それはヤツェクの奏でた刹那の音だった。けれどもその音をきっかけに、空気が一変するのが分かる。ヤツェクの持ったフレイミング・スターはこの場において至上の武器。
 今、言葉はいらない。たった一音だけ。
 Code Red。罪を背負ったものに向けられる一音が暗くストゥピオを揺らした。
 音は、旋律が整っていく。
(助けるとは言わない……)
 言えない。そんなことは。
 過度な威圧も、彼らを絶望させ戦意を奪うかもしれない。
 だから、マルクは、隙を作った。
 マルクの書をゆっくりと、ゆっくりと開いて。隙のある動きを演じて。戦闘に不慣れな様子を見せる。焦ってページをめくってみせる。
 高い壁にぶつかり、絶望に染まっていた子供たちの目に、光がともる。憎悪が。消えない炎――今はそれでいい。的は自分で良い。
 神気閃光。厳かな光に焼かれて、それでもマルクに剣を突き立てた少年の顔は安堵に満ちていた。「やった、これで命が繋がれる」という。あるいはそれは、もうこれ以上戦わなくていいことへの安堵だったかもしれない。
(気絶させて一時的に刻印の呪縛から解き放つ!)
 スティアの一撃が、子供たちを一時的に眠らせる。
 マルクは気絶した子供を押しのける。
「メイナード、死体なら放置でいい。息のあるものは確保を頼むよ」
 救助ではなく捕縛の命令に聞こえるように、告げる。彼ならば汲んでくれる筈だ、と、マルクは信じていたし、メイナードもまた答えた。
 この場にいるイレギュラーズ全員の、誰も死なせたくない願い。
 それを知らぬのは子供たちばかりか。
 スティアのサンクチュアリの気配を、サクラは感じ取っている。彼女がいる。傍にいる。力強い……。信じられる。
 仲間が引きずられているのを見て、子供のひとりが、叫ぼうとする。
 よく似た髪色。よく似た顔立ち。おそらくは兄弟なのか。それとも、単なる同志であるのか、彼らの事情は知らない。
「どうぞ?」
 ウィルドが告げたのは、子供たちに対してではない。
 薙ぎ払ったのは。
 頭上から降り注ぐ、愛無の咆哮だった。
『――』
 空気が震える。
 冗談では済まない衝撃波。身体ごとすっとんで壁にたたきつけられるがごとくの一撃だった。
(ふむ)
 なにも、意志を伝えるのは言葉だけではない。
 恐ろしい嗅覚が、「もう限界だ」と叫ぶのを嗅ぎ取っていた。ああ、コイツはだめだと。
(荒療治ではあるが対象の術式の詳細が解らぬ以上、止むを得まい)
「おやおや、このままでは死んでしまうかも知れませんねえ、彼は」
 ウィルドがにやりと笑って、倒れた子供を掴んで後ろに放り投げる。
 魔眼。鋭い目から、目が離せない。よたりと動かなければ、そう、子供のいるそこは攻撃範囲だった。
 封魔忍軍の放った、爆風。

●第三勢力
「待って」
 スティアが割って入ると、忍たちは攻撃を躊躇った。
「どうした、加勢しに来たのだぞ」
「もう少しだけ待ってもらえないかな?」
 スティアは彼らの目を見て、まっすぐに話す。
「あの子達だって被害者だし、無理に殺さなくて良くないかな?
それよりは元凶のストゥピオをなんとかした方が良いと思う……どうかな?」
「助けられるとでも? ……禍根を残すぞ」
「待て、あれは……」
 ストゥピオと戦っているのは、サクラ・ロウライトだ。
「ここは手出ししないで! 私達が何とかするから! ……ロウライトの誇りにかけて!」
「オンネリネンの制圧は僕らで足ります。より脅威度の高い目標を頼みます」
 マルクがきっぱりと答える。
「つまりは」
「倒すべきはあれです」
 ストゥピオが子供たちを盾にする。それよりも先に、マルクの神気閃光が子供たちを地面になぎ倒す。
「この場は任せてほしい」
 と、愛無が告げる。こちらを見もせずに、敵を器用に薙ぎ払いながら。
「早期の鎮圧を約束する」
「構わん、やれ」
 忍軍はそれでも攻撃の様子を見せたが、大したホンキではないな、と愛無は察する。
 子供達を害する事は、積極的ではないようだ。座標と事を構える事も本意ではあるまい。
「仕事をしないわけにもいかぬ」
「……なら、まとめて相手をしよう」
 彼らにも「退く理由」は必要だろう。愛無はあっさり告げる。
「……我らから、何秒稼げるかな」

●言わずとも
(これ以上、傷つけさせる訳にはいかない!)
 スティアが回復の手を止め忍軍からの攻撃を庇う。もちろんそれは、子供たちからしたら不運にも射線にいたように見えたのだろう。
 偶然、運が良かった。物事はそんな連続でできている……。
「若者は無謀なもんだ。運がいいって飛び切り信じられなきゃいかん」
 ヤツェクは音を奏で続ける。悲劇を、喜劇にかえてゆく。たくらんだ大人たちの試みがことごとく失敗に終わるという筋書き。
(助けてはわかっている。声に出さなくても通じるもんはあるさ)
 スティアが攻撃に転じると、補い合うように、クラリーチェの祈りが、仲間の傷をふさいでいく。前線に立つマルク、そしてウィルドの傷を癒した。
「うん、戦える」
 戦ってみせるとマルクはいう。
 つんざくような、咆哮。
「何秒いるんだったか」
 忍軍の数名は、愛無に気絶させられている。彼らは、愛無を相手するので手いっぱいだ。無視することはできない脅威。
 けれどまた爆発が起きる。
 クラリーチェは気絶した供の手を引くと、庇い、守る様に後ろに引っ張った。
 スティアの声が、クラリーチェの祈りが、不浄なる気を浄化する。
 何とかなるのではないかという希望そのものだった。
「これは戦いだ。戦意を弛めた者から脱落する。だから……諦めるな」
 ここからは、皆が良く見える。指揮者のように、イズマはステージを見渡す。
 誰が悪意を振るっているのか。
 誰が従わされているのか。
(皆、この戦いを望んでないんだよな。
俺は君達の本音を知りたいよ)
 響奏撃・嵐が、なぎ倒す。命まで奪いはしない。
 聴こえていた。
 助けて、という声が。
 心の声が。
……。ああ、と、イズマは心の中だけで返事をする。
「くくっ、助けたければ何とかって名前の神にでも祈って見ます? あるいは……私を倒せば助かるかも知れませんね?」
(子供達は絶対に殺さない!)
 傷ついても不敵に笑って、立ちふさがってみせるのだ。
「のろまどもめ……」
 舌打ちして注意を逸らしたストゥピオに、サクラは容赦なく一撃を見舞った。可能性をつかみ取るように、剣を止め、意地でもこちらを向かせる。
「貴方の相手は、こっち」
 禍斬・華。ストゥピオはそれを盾で防がざるを得ない。
「私は天義の聖騎士、サクラ・ロウライト! 貴方の歪んだ正義を討ち果たす!」
「くそ、どうして自分が前線に……」
 この人は悪人だ。
 サクラは感じ取る。
 この子供たちを見ても、一切心を痛めた様子すらなくて。
 けれど、それを作ったのは天義が持っていた歪みに違いないと思うのだ。
 相手は歪んだ正義を持つ騎士、とはいえ騎士だ。攻撃は正確で、剣の振り方は訓練されている。まるで手本のようなその剣は、正しすぎて、おかしさすらある。サクラは真正面からそれを見切って、迎え撃ってゆく。
(なぜだ?)
 華麗に攻撃を受け止め、かわす。
(なんだ、この動きは?)
 騎士、そのもの。けれどもストゥピオが知っているそれとは違う動き。戦いの経験を重ね、研ぎ澄まされた攻撃。咲き誇る桜花の如き、美しく閃く剣。一度、二度、三度。絶え間なく繰り出される剣は全く飾りではない。命のやりとりを知っている者の動き。
「私は天義の民として、貴方を討つ! あんな小さな子達をそんな風にいたぶって! それが貴方の正義なの!?」
「正義には、犠牲がつきものだ!」
「そんなものが!そんなものが正義であってたまるもんかぁーーー!!」
 覇竜穿撃。
 見えなかった。まるで動きが見えなかった。しかしそれはひどい不意打ちではなく、確かに目の前で繰り出された正当な一撃だった。

「まだいける」
 愛無のHブランディッシュが忍軍を薙ぎ払う。
 見誤った、と忍軍は思ったろう。強い。強すぎた。遊ばれている。
 クラリーチェの大天使の祝福が、愛無を癒す。
 敢て優しい言葉をかけるような事はしない。今、それが何をもたらすかは分かるから。
「良いですねぇ、その大層な正義、自分が死ぬ時まで信じらるか見物ですよ」
 ストゥピオに背を向け続け、子供たちの注意をひいていたウィルドが薄ら笑いを浮かべる。
 少しずつ。少しずつ、事態はゆっくりと良くなっていく。
 イズマの音色が響き渡った。容赦のない早さ。律動を得て、雷の音が加わる。
「終わりましたよ」
 ウィルドのバックバンドブロウが、ついにストゥピオを向く。それでようやく気がつく。子供には手心があった、と。
「それで、覚悟はできたのか?」
(甘い連中め……!)
 マルクの、魔光閃熱波は、努力の結晶だ。ぎらぎらと圧倒的な力を放ち、ストゥピオに迫っていた。
 傷ついても、致命傷を与えたつもりでも、サクラの動きは止まることがない。どこからかもたらされる幻想が。スティアの、優しい旋律が。傷を癒す。合間を縫うように幾たびも響く呪いの歌は、ストゥピオにとっての悪夢だった。それが響くたびに、『盾』が減る。
『死なない程度に眠らせる? 睡眠薬ではないんですよ』
「ああ、いいんだ、これっきりだからな」
 E-Aが不殺の一撃を調整する。
(あっちを先に片付けねば……あれを、次はあれを盾に)
 だが、もう子供たちはいない。
 サクラが、その隙を見逃すわけもなかった。
 竜墜閃。
 おごり高ぶった傲慢を、地に叩き落とす一撃だった。叫ぶように、叩きつける。もう子供たちは安らかな眠りについている。
「私達はあの子達もまだアドラステイアにいる子達も助けてみせる! それが私が信じる正義だ!」

●次に目を覚ますときにはきっと
「終わりました……か?」
「ああ」
 クラリーチェから受け取った子供を、ウィルドは馬車に寝かせている。メイナードは意志を汲み取り、子供たちを保護していた。
 皆、気絶している。ケガを負ったものもいるが、だが、取り戻せない状態のものはいない。
 忍軍はまだ残っている。だが、戦うべき相手を失った。
「……まあ、仕事お疲れさん」
 ヤツェクが若干同情を含んだ視線すら投げる。愛無のほうはまだ余裕がありそうだった。
「……皆さんが真に打倒すべき敵は、子供達を虐げた元凶の方ではなかろうか。
気の毒だと思うなら、二度とこんな事が起こらないように元凶を倒してくれ」
「ティーチャー・バイパーについて教えて」
 サクラがまっすぐにストゥピオを見つめる。
「オンネリネンや保守強硬派についても知りたいところだね」
 イズマは尋ねたが、答えはしない。
「ははは、誰が貴様らなんぞに…………ぐ、があ」
 苦しみだすかと思えば血を吐いて倒れる。
「そういう術、か」
 でも、イズマは聞いていた。
 心の声を。旋律を読んでいた。
 この戦いの行く末に、バイパーの意志が潜んでいる……。
「そいつを倒せば、きっと」
「アドラステイア…。あの歪んだ都市を切り崩す切欠がそろそろ欲しいです」
 信仰とは何か。住まう人たちに問いかける機会が欲しい。
 クラリーチェは手の平を握りしめて、祈る。
 いつの日か、必ず。

「「助けて」と言えないのも「助ける」と言えないのも厄介だな」
 愛無が子供たちの様子を改めた。
「……トリガーは発語、だな。ストゥピオにかかっていたものは別らしいが」
 念のため、と、子供たちは猿轡をかまされる。ウィルドはなんと声をかけようかしばらく黙った後、「言葉を発さぬように呪いをかけた」と暗示をかける。
 喋れなくなった子供たち。
 それは一時的な命の保証でもある。
「ポーラ」
「捕まえたのは自決すら許さない非道の魔術師だよ……」
 自分もそれに捕まったのだと、ポーラは言った。
「刻印を付けさせた奴を殺すまでは、人質として扱うつもりだって」
 確定して刻印を無力化させるまで、感情は揺さぶらせない。助けて欲しいと声に出させるのは、酷だ……。
「さて、温かい布団と食事、風呂と治療の時間だ」
――どうして殺さなかったの。
 助けたかったから。イズマは、答える。
「刻印を消すまでは、言えない本音を伝えたくなったら俺を呼んでくれ」
 言葉に出さずとも、聴こえるものはあるのだから、と。

成否

成功

MVP

マルク・シリング(p3p001309)
軍師

状態異常

マルク・シリング(p3p001309)[重傷]
軍師
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)[重傷]
微笑みに悪を忍ばせ

あとがき

お疲れ様でした!
不殺を貫き、子供たちは全員無事です。
ただし不用意に喋ると危険なため、一時的に声を奪われた状態になっています。

PAGETOPPAGEBOTTOM