シナリオ詳細
脳みそに似た拾いもの。或いは、ある発明家に降る天啓…。
オープニング
●ある発明家の独白
練達。
首都セフィロトより遠く離れた山中に、ひっそり建つ粗末な家屋……隠し扉を地下へと下った先が彼の住処だ。
すっかり白くなったボサボサ髪に、枯れ木のような細い手足。
薄汚れた白衣を纏い、顔だって骸骨みたいに痩せこけている。
実際の年齢は20代の後半と、見た目以上に若いのだが、長年の不摂生と身体改造が祟ってこのような容姿となっていた。
「ストレガ……アシュトン……パンジャン。俺の同期は皆優秀だったが、揃いも揃って俺の考えを理解しようとはしなかった。やれ機械だ武器だと便利さを追求していたが、最後の最後に頼れるのは自分の体に決まってるってのになぁ」
錆た鉄を擦り合わせるみたいな、耳障りで掠れた声だ。
彼……ヴィクターの喉を見れば、無数の縫い跡が残っているのが窺える。
そんな彼の手元には、深緑色の液体が満ちたガラスの管。
中に浮かんでいるのは、手の平に収まる程度の“脳”……否、無数の血管を触手のように生やす、脳に似た生き物である。
ヴィクターが、件の“脳”を手に入れたのは今から少し前のことだ。
いつものように自分の家で研究に勤しんでいた彼は、何かに呼ばれたような気がして、声の導くままに川へと足を運んだ。
そして、彼はそこで生きている“脳”を発見したのだ。
今にも息絶えそうなそれを拾って帰った彼は、何かに操られるようにして“脳”の延命に取りかかる。それこそ寝食を忘れるほどの献身により死にかけていた脳はどうにか命を繋いだ。
その頃になると、ヴィクターにはそれが新手の魔物であることが理解できていた。
それから、他の生物の思考を乗っ取り、支配し操る能力を有していることも。
だからといって、駆除しようという気分にはならなかったが……。
ヴィクターが行っている研究は、生物と機械の融合だ。
例えば、手足を機械化する程度であれば大きな問題は生じない。
しかし、それが心臓などの重要臓器や脳となれば話は別だ。
また、肉体のほとんどを機械に換装した際も、実験体となった野犬や猿の多くは命を落とすか錯乱した。
唯一の成功例と言えば、それはヴィクター本人ということになるだろう。
彼の体が、骨格および筋肉、血管を含めた臓器のほとんどが既に人工のものとなってしまっている。
「傷を負っても痛みはない。体中に兵器を仕込んで、好きな時に付け替えられる。体が壊れれば次の体に換えればいい。そして、こいつだ……何の魔物か知らないが、こいつこそが俺の研究を完成に至らせる」
なんて。
ブツブツと独り言を呟きながら、ヴィクターは家屋の裏手へ回った。
●地下研究所
地下空洞には広い大部屋。
そこから繋がる20ほどの小部屋。
そのほとんどは、硬い金属のシャッターで隔てられている。
「そして大部屋の中には半機械化した魔犬が5匹。ヴィクターの姿は見当たらなかったっすね。たぶん、シャッターの向こうにある小部屋のどこかにいるんじゃないっすか?」
そう言ってイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)はわざとらしく肩を竦めた。
はぁ、と盛大にため息を零してみせるのは調査にあたって蓄積した疲労のアピールだろうか。
「5匹の魔犬の動きはぴったり揃っていたっす。まるで、全く同じ思考回路によって動いている風だったっすよ」
“風だった”とイフタフは言うが、おそらく彼女にはその理由が分かっている。
研究所のどこかにいるヴィクターが、遠隔で魔犬を操作しているのだろう。
そして、魔犬の操作に件の“脳に似た形をした魔物”の存在が深く関係していることは明白だ。
「つまり今回のターゲットは、ヴィクター本人と“脳に似た形をした魔物”の2つっす。とくに後者は必ず討伐して欲しいっす」
何かしら、特異な進化をした魔物であることは間違いない。
新種と言えばその通りだが、危険な魔物をわざわざ野放しにする必要もないだろう。
イフタフから提供された地下研究所の見取り図によれば、階段を降りた先は大部屋の中央付近になるようだ。
大部屋の広さはちょっとした公園か球技場ほどもあるか。
端から端まで見えないほどに広大というわけでもないが、それでも地下に造るには十分以上に広かった。
「5匹の魔犬は【業炎】【ショック】を伴う銃火器を装備しているっす。おそらくヴィクター本人は、これの強化版……【炎獄】【ブレイク】【飛】辺りは搭載してそうっすよね」
何しろ彼は、体のほとんどを機械へ置き換えているのだ。
優先して強力な武器を積むのならまずは自分からだろう。
「さて、そんなヴィクターですが気になることを言っていたっす。“体が壊れれば次の体に換えればいい”と。これってつまり、ヴィクターの体にはストックがあるってことじゃないっすか?」
発言内容から、同時に動かせる体は1つだけのように思われる。
けれど、油断は禁物だ。
向かう先はヴィクターの研究所。ターゲットの本拠地であり、イレギュラーズにとっては未知の施設なのだから。
- 脳みそに似た拾いもの。或いは、ある発明家に降る天啓…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年03月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●ヴィクターの研究所
暗くて広い地下室に、煌々とした光が灯った。
侵入者だ。
部屋の中央にある階段を誰かが下って来たのだろう。
明かりに照らされた部屋へ、立ち入って来る人影は6。
別室からその様子を観察していたヴィクターは、部屋に配置した魔犬たちを待機モードから復旧させる。
「では手筈通り。――お出まし願いましょうか、ヴィクター! その危険な研究、止めさせていただきます!」
黒髪の女……『月花銀閃』久住・舞花(p3p005056)が刀を抜いてそう告げた。
驚いた。
どうやら彼女たちは、ここをヴィクターの研究所だと知って侵入して来たらしい。
偶然に拾った“脳に似た魔物”は、ヴィクターに技術的な革命をもたらした。
脳に似た魔物の名は知れないが、その生態についてはすぐに理解できた。自分では自由に動けない代わりに、別の生き物を操り、支配する能力を備えているのだ。
そして、操っている生物と自身の意思を統合させる。
いわば、精神的な寄生とも呼ぶべき状態だ。
例えば、部屋に配置された5匹の魔犬は全て同じ意思のもとに行動する。恐れず、怯まず、ただ命令されたことをタイムラグ無しで完璧にこなす兵隊だ。
操っているのは“脳に似た魔物”だが、指示を出すのはヴィクターである。
同時に5つの方向から一斉に襲撃をかける。
4本の脚で地面を蹴って、鋭い爪と牙を剥いて、獲物の肉を引き裂くのだ。
「よしがんばれーいいぞー。おて! おすわり!」
『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)が声を張り上げ、魔犬を宥める。怖くないよ、と差し出された白い手を無視し、魔犬は茄子子の喉元目掛けて喰らい掛かった。
「よーしよしよし全然言うこと聞かないね!!」
「だろう、な。魔犬の意思など無いのだろう……だが、1つの意思で5つの体を操るというのなら、僅かな思考の乱れが、全体に及ぶ」
牙が茄子子の喉を破る直前で『金色の首領』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が間に刀を差し込んだ。牙と刃がぶつかって、ほんの僅かな火花を散らす。
魔犬が動いたのは同時。
「五匹同時と聞けば恐ろしいが、なに、一つの生物だと思って捉えれば、混乱もしにくい」
「操られるのは御免だぜ。俺の支配属性は空! 誰よりも自由に、俺らしく生きるって決めてるんでな!」
うち1匹は『葬送の剣と共に』リースヒース(p3p009207)の剣により強かに鼻先を叩かれた。一方『ラッキージュート』ジュート=ラッキーバレット(p3p010359)は翼を広げ、魔犬の牙からひらりと逃れる。
普通の魔犬であれば、飛んで逃げたジュートを追って跳び上がることもするだろうが、ヴィクターの支配下にある5匹は違う。
油断なく後方へと跳び退ると、仕切り直しの構えを取った。
「自分は動かず相手を乗っ取り思うが儘に行動させる、まるで寄生虫のソレですね。そう言う生態と慮れば生きる為の能力であるのですが、全くなんて羨まs……恐ろしい生き物でしょう」
シドラネル(p3p010537)は傷の入った手甲を撫でて首を傾げる。
その前脚を掴んでやろうとしたのだが、どうやらうまく逃げられたようだ。魔犬たちはともかく、どこかから様子を見ているヴィクターは随分と目がいいらしい。
魔犬との戦闘が開始されたのと同時。
『斬城剣』橋場・ステラ(p3p008617)と 『表裏一体、怪盗/報道部』結月 沙耶(p3p009126)は階段から出て、部屋の角へと駆けていく。
「科学の発展と言えば聞こえはいいが……」
「まるでホラーゲームの舞台設定みたいですね?」
広い部屋の壁際には、全部で20の扉があった。
そのどれもが、金属のシャッターに閉ざされている。おそらくヴィクターと脳に似た魔物はそのうちのどこかに控えているはずだ。
「ヴィクターさんは如何にして大部屋内を確認しているのか」
「どうでもいいさ。弱者にあだなす存在であればそれの存在を許す私ではない。行くぞ。人々の平和を守るためにも。怪盗リンネ、出撃だ」
身を低くして、2人は走る。
おそらく、2人の行動はヴィクターにばれているだろう。だが、追撃しようにも5匹の魔犬は残る仲間たちの相手をするのに精一杯だ。
しかし、だからと言って2人が一切の問題なくシャッターへと辿り着くことは無い。
重い音を響かせて、2人の前でシャッターの1つが開く。
「俺の研究所に何のようだ? 検体になりに来たんじゃないのなら、研究成果でも盗りに来たか?」
すっかり白くなったボサボサ髪に、枯れ木のような細い手足。
薄汚れた白衣を纏った痩せた男が、2人の前に立ちはだかった。
●統一される意思
カチカチと歯車の回る音がした。
突き出されたヴィクターの右腕に、亀裂のような線が走る。
否、“ような”ではなくそれは正しく亀裂であった。
皮膚が展開し現れたのは、人工的な筋繊維と鈍色をした金属の骨格だ。
手の平だった場所からは大口径の銃口が伸びる。
5本の指は、銃口を支えるように折り曲げられた。
「っ……!? 後退! 後退しますよ!」
「え、ヴィクターと脳みそはっ!?」
「私たちがやられては元も子もありませんので!」
ステラが両手に剣を構えるのと同時。
轟音と閃光を撒き散らし、ヴィクターは砲弾を発射した。
大口径の砲弾へステラが剣を振り下ろす。
赤と青の魔力光を纏う斬撃が、十字を描くように砲弾へと打ち付けられた。
刃と弾頭が触れた刹那、砲弾は炸裂。
「うわっ!」
咄嗟に伏せた沙耶の頭上を、衝撃と火炎そしてステラが通過する。
砲弾を防ぎ、被害を最小限に抑えることには成功したが、その代償は軽くない。全身を焦がしたステラの身体は、無防備なまま何度も床の上を跳ねた。
だが、ステラの献身は無駄ではない。
火炎と粉塵の立ち込める中でヴィクターは2人の位置を見失ったらしい。
頭の位置を低くしたまま、沙耶はステラへと駆け寄ると傷ついた身体を抱えて部屋の隅へと移動した。
「はぁ……はぁ、仮にも自分の研究所で滅茶苦茶するね」
「それだけ頑丈に造っているということでしょう。シャッターも近くで見ればいかにも頑丈そうですし」
壁際に辿り着いた2人の視線の先には、金属質な光沢を放つ大きなシャッターがあった。
先ほど、ヴィクターはそのうち1つから出て来たのだ……シャッターを見上げて、沙耶はピタリと動きを止めた。
「沙耶さん? どうしました?」
「……命はたった一つしかないから良いものだ。壊れたらスペアを用意すればいいとは、狂人の発想だ」
沙耶の目にはシャッターに閉ざされた向こうの景色が見えていた。
そこには、部屋の中で直立不動のまま待機するヴィクター“たち”の姿があった。
「今動いているヴィクターも、部屋の中にいるヴィクター“たち”も、全部造りものだ」
拮抗していた戦況を崩したのは舞花の一手であった。
ヒット&アウェイを繰り返していた魔犬の1匹が、隊列を崩して前へ出たのだ。
後退しようとする意志と、敵を喰らおうという怒りが相互干渉し合って足並みを乱す。地面を蹴って、魔犬は前へ跳んだけれどその跳躍は不格好なものだった。
牙を剥いて舞花へ喰らい掛かる魔犬の喉へ向け、カウンターの刺突を入れる。挙動は短く、そして速い。魔犬の軌道上に刃を置けば、後は勝手にターゲットの方から刺さってくれる。
簡単な話だ。
「あのヴィクターとかいうマッドサイエンティスト、思考誘導されていたのは間違いなさそうね」
喉をひと突きされた魔犬は血を吐き倒れた。
倒れた魔犬の胴の下に爪先を差し込み、蹴り上げる。
魔犬の身体は宙を舞い、今まさにエクスマリアへ爪を浴びせた1体へ衝突。姿勢を崩した魔犬へ視線を向けたまま、エクスマリアは囁くように静かな声で歌を紡いだ。
魔力を孕んだメロディーが、魔犬の思考を搔き乱す。
「1つの意思で5つの体を操るというのなら、僅かな思考の乱れが、全体に及ぶ……と、思うが、さあ、この場合どう作用する?」
同士討ちを始めるか、それとも自傷に走るだろうか。
じぃ、と表情を変えぬままに魔犬の様子を観察していたエクスマリアは、しかし直後、ビクリと肩を跳ねさせた。
「おぉ!! なんだ! 何だこれは!! 頭の中がぐるぐるしている!?」
エクスマリアの後方で、突如としてヴィクターが絶叫したからだ。
右腕に展開した銃を右へ左へ、上へ下へと彷徨わせ……やがて、その照準が魔犬を向いた。
「ヴィクターにも影響する、か。これなら一気に崩せる、な」
「言ってる場合か! 銃口、こっち向いてんぞ!!」
逃げろ! とジュートが怒鳴ったのとヴィクターが弾丸を発射したのは同時だった。
翼を広げ、ジュートは天井付近にまで撤退を開始。
「あ、駄目ですねこれは。ギリギリの戦いを演じている場合ではなさそうです」
シドラネルは、腕で頭部を覆い隠すとその場にしゃがむ。
直後、砲弾は階段の手前へと着弾。
魔犬もろとも、イレギュラーズは爆炎の中に飲み込まれた。
粉塵の中からジュートが飛び出す。
翼や衣服に着いた火の粉を打ち払い、視線を遥か眼下へ向けた。
「ひでぇな、こりゃ。巻き込まれなくてラッキーだ」
仲間や魔犬の安否は知れない。
コインを1枚、握り込んだ手を粉塵へ向けて高度を保つ。
ゆらり、と霞んだ視界の中で何かが動いた。
仲間か、敵か……。
数秒間の沈黙の後に、粉塵を払いのけ立ち上がったのは黒い影。
抉るような殴打を魔犬の胴に叩き込みながら、シドラネルが吠え猛る。
殴打を浴びた魔犬の身体が宙を舞う。
シドラネルへと2匹の魔犬が襲い掛かった。
両腕を魔犬に嚙まれながらも、シドラネルは1歩ずつ粉塵の外へと歩む。
「あぁ、私も働かずに誰かに養われたい」
「は? なんだって?」
ポツリと零した呟きに、ジュードは思わず問いを返した。
「いえなんでもありませんきっと私の心の声です……それより、今のうちに」
「っと、そうだった。悠長にしている余裕はねぇよな!」
握った拳に魔力が灯る。
ばさり、とひとつ翼を打ってジュードは魔弾を撃ち出した。
まるで豪雨か何かのように、無数の魔弾が降り注ぐ。
脳の内で声が響いた。
意味の無い、囁きのような声だ。
何と言っているのかは聞き取ることが出来ないが、その声はいつだってヴィクターの脳裏に響き渡っている。
眠っている間も、食事中も、研究中も、いつだって。
「あぁ、頭が割れるみたいだ。何をされたか分からないが……連中の仕業なのは間違いないか」
粉塵はすっかり晴れている。
5匹いたはずの魔犬は、残り3匹までその数を減らしていた。
警備システムの代わりに導入した実験体だが、こんなことになるのならもっと数を用意しておけばよかったかもしれない。
なんて、今更悔いても手遅れだ。
りぃん、と空気の震える音が鳴り響く。
魔力を孕んだ燐光が、ふわりと宙を舞い踊る。
「はい痛いの痛いのとんでけー」
指揮者のようにその手を宙に泳がせて、のんびりとした口調でもってそう告げたのは茄子子である。ゆらり、ゆらゆら。白い手を右へ左へ、傷ついた仲間へ指先を差し向ければ、それに従い燐光がその場へ集まって来る。
まるで蛍の群れか何かのような、ある種幻想的な光景だ。
もっとも、周辺は焦げ跡と残り火、罅割れた床と幻想とは程遠い散々な有様であるが。
「やっぱりアレだね。ストレガくんの同期ってだけで、なんかこう、アレだよね。嫌な予感がするよね」
ぼやくように呟く茄子子の視界の端に、銃口をこちらへ向けるヴィクターの姿が映り込む。
「あ……やば」
なんて。
茄子子が言葉を零した直後、ヴィクターは三度、砲弾を放った。
右手に黒剣、左手には旗。
白い髪と黒衣を靡かせリースヒースが疾駆する。
「死者の体に乗り換えて長命を図るのを、死霊術師が望むことがあるが……」
剣を一閃。
砲弾を2つに切り裂いた。
爆炎と衝撃に晒されながらも、リースヒースは旗を掲げてその場に留まる。
「素晴らしい物とはとうてい今は思えん。一瞬一瞬の生の重みが軽くなる故に」
火傷と裂傷、裂けた皮膚から血が流れる。
淡々と。
言葉を紡ぐリースヒースの瞳はまっすぐヴィクターへと向いていた。
「そうでもないさ。痛みを感じることは無く、人の身に比べ活動時間も長く取れる。俺の研究を進めるには、人の生涯は短すぎるんだ」
「だよね。いいなぁ身体換装。痛みがなくなるってのもいい。人相も変えられそうだし単純に選択肢が増えるよね。会長も欲しいなぁ」
「……」
ヴィクターの言葉に、茄子子が賛同の意を示した。
一瞬、リースヒースは茄子子へ視線を向けたものの、結局何も言わずにヴィクターへと向き直る。
「おまけに幾らだって改造できる。砲弾の味はどうだった? 大したものと思わないか?なぁ、なかなか便利だぞ」
「兵器は要らないけど。可愛くないし」
1度は共通したと思った2人の意見は、ほんの一瞬で食い違ったが。
人と人は分かり合えないものなのだ。だから戦争は無くならない。
無言のまま、ヴィクターは砲弾を放った。
同時にリースヒースは剣を掲げる。
その切っ先に灯った魔力が、楕円の魔弾を形作った。
一閃。
リースヒースの放った魔弾が、ヴィクターの首を撃ち抜く。
同時に砲弾がリースヒースの背後に着弾。
爆風に煽られながら、リースヒースは前へ駆け出す。
「ああ……まったく、嫌になる技術だ!」
爆風を利用した急加速。
盾にするかのように掲げた旗を大きく振り上げて……旗の影から跳び出したのは、エクスマリアと舞花であった。
●ある研究者の至るところ
「……割と力が強い。派手に一瞬で倒して逃げの判断をされるのは悪手とはいえ」
魔犬を2匹、地面に押さえつけながらシドラネルはそう言った。
ちなみに残る1匹はといえば、彼女の角に喰らい付いたままである。
その頭上にはジュードの姿。
油断なく視線を周囲に走らせ、戦況を冷静に観察している。
「……新しい身体に入れ替われたら、そりゃ便利かもしれねーけどよ。ほぼ身体が変わった時点で、アンタは本当にアンタのままなのかね?」
なんて。
ジュードの問いは、ヴィクターへ向けられたものだ。
左腕を失い、首を半ばほどまで断ち斬られ、全身に幾つもの裂傷を負った凄惨極まる姿になり果てて、けれど彼は平然と哄笑をあげるのだ。
右へ、左へ、刃が舞った。
藻掻くように腕を振り回すヴィクターの視線は、踊るように跳ねる舞花へ向いている。
「可能なら殺さない程度に……行きますよ!」
「あぁ、スペアに移って逃げられるわけにも行かない故、なるべく気絶で済むようには、しておこう」
突き付けられた銃口を、エクスマリアが跳ね上げる。
がら空きになった脇腹へ、舞花が斬撃を叩き込む。
オイル混じりの血を撒きながら、ヴィクターは笑った。痛みを感じない体に、スペアボディが用意されているという安心感から来る余裕だろうか。
「何をトリガーに入れ替わるのかわかんないけど、一応自殺警戒だけはしといてね!」
後方より手を振りながら茄子子が叫んだ。
旗を支えにリースヒースは立っている。
全身に負った大火傷がじくじくと痛むが、茄子子の治癒があればまだまだ戦える。
剣と旗とを構えたリースヒースは……しかし、すぐにそれを下ろした。
ステラと沙耶が行動を開始したからだ。
粉塵と爆炎に紛れ、監視カメラを壊して回った。
死角を縫うようにして、幾つもの部屋を見て回った。
部屋の中には、何人ものヴィクターや、素体らしき人形が並んでいたのである。
「そして遂に見つけたわけですが……研究資料は回収しておきたいですね!」
ステラの剣が振るわれる度、硬いシャッターに裂傷が走る。
何度それを繰り返したか。
遂にシャッターは、轟音と共に切断された。
部屋の中には無数の機械。
壁に走る用途不明のケーブルに、奥に並んだ幾つものモニター。
そして部屋の中央には、薬液の満たされた水槽が2つ。
水槽にはそれぞれ1つ、脳が浮かんでいるではないか。
そのうち片方の脳には、目玉や血管に似た触手が生えている。水槽から伸びた血管は、管を伝ってもう1つの脳……おそらくヴィクターのものだろう……に繋がっている。
「この脳みそ……単純に気持ち悪いな」
水槽へ手を触れ沙耶は言う。
部屋の外が慌ただしいのは、ヴィクターに侵入が気づかれたせいか。こちらへ接近しようとしているヴィクターと、仲間たちが交戦中だ。
「とりあえず……これで少しは時間が稼げるでしょうか」
なんて。
ステラは剣をモニターへ向けて振り下ろす。
沙耶の脳に、囁くような声が響いた。
奥歯を噛み締め、沙耶は頭痛に抗った。
脳に似た魔物による干渉か。沙耶がそれに操られることはないが、不快感は相当なものだ。
ガラスへ当てた沙耶の手から、じわりと影が滲みだす。
じわり……と、薬液の中を走った沙耶の影が脳を刺し貫くと同時に、激しい頭痛と囁くような不快な声がピタリと止まる。
部屋の機械と水槽を繋ぐケーブルを、ステラが切断すると同時にヴィクターの身体は動きを止めた。
「……とりあえず、首だけにして持って帰りましょう」
脳だけになったヴィクターが、会話できるはずもないから。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
脳に似た魔物は討伐、ヴィクターは捕縛されました。
また、多数用意されていたスペアボディも併せて回収されたようです。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
ヴィクターの討伐or捕縛および“脳に似た形の魔物”の討伐
●ターゲット
・ヴィクター×1(?)
白くなったボサボサ髪に骸骨のような顔、枯れ木のような細い手足。
薄汚れた白衣を纏った発明家。
生物の身体を機械に置き換える研究を続けていたらしい。
今回、彼が“脳に似た形の魔物”を拾ったことをきっかけに彼の研究所の場所が判明した。
危険な魔物を利用して兵器開発をしているということで捕縛or討伐対象とされた模様。
「体が壊れれば次の体に換えればいい」との発言から、スペアの身体を用意していることが窺えるが、それがどこにあるのか、どうやって操作しているのか、何体用意しているのか、など詳細は不明。
マシンナーズ001:物中範に大ダメージ、炎獄、ブレイク、飛
大口径の砲弾による射撃。
・脳に似た形の魔物×1
ヴィクターが川で拾った新種らしき魔物。
手の平サイズの脳から血管のような触手が生えている、といった外見をしている。
自力で動くことは出来ないようだ。
しかし、他の生物の思考を乗っ取り、支配し操る能力を有していることが判明している。
・機械化した魔犬×5
体の大部分を機械化された犬の魔物。
基本的には5匹とも同じ動きをしている模様。
そこに野生は感じられない。
また【業炎】【ショック】の状態異常を付与する銃火器を装備している。
●フィールド
練達郊外。
山中にある粗末な小屋……の地下に造られた広大な研究所。
階段を降りると球場かちょっとした公園ほどの大部屋の中央へ出る。
大部屋を囲むように20ほどの扉があるが、現在はシャッターで塞がれている。
また大部屋にヴィクターの姿は見当たらない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
Tweet