PandoraPartyProject

シナリオ詳細

祀られているものは何か。或いは、霧の中を這う妖…。

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●名前のない怪物
 豊穣。
 とある寂れた港の村。
 季節は冬の終わり、春の始まり。
 冷たい雨が5日に渡って降り続けた後、その祭は開かれる。
 200人ほどの村人たちが、総出で荒地の一角にある土塊の山を掘り返すのだ。
 雨を吸って湿った土を掘る作業は、さぞ骨が折れるだろう。
 けれど、村人たちの顔つきは皆一様に必死なもので、例え作業の途中で爪が剥がれ血を流そうともそれをやめる事はしない。
 発掘に宛てられる期間が雨後から3日の間しかないと、皆が知っているからだ。
 土に埋められているそれは、粗末で小さな社である。
 そして、それからしばらくの後……桜の花が咲く頃に、社に酒や食物、それから生きた家畜と人を押し込んで再び土で埋めるのである。

 3日を過ぎれば村は霧に包まれる。
 霧が晴れるまで、村人たちが家の外に出かけることはほとんど無い。
 その間、霧の中を動き回れば“社に祀られている何か”に貪り喰われてしまうからだ。
 では、何が社に祀られているのか。
 不思議なことに、この名も無き村に住む者たちはそれが何かを知らないらしい。
 彼らは自分たちが何を祀っているのか、何のためにそれを祀っているのかも知らず、長い間……気が遠くなるほどの長い間、毎年欠かすことなく同じ事を繰り返しているのだ。
 
●イフタフ・ヤー・シムシムの証言
「……以上の情報を得た私は、興味本位で現地に足を運んだっす。なるほど確かに、空気はじっとり湿っていて、腐臭が混じっていたっすね。村全体の雰囲気は陰鬱としていて、空も何だか暗かったっす。そしてだんだん思考が鈍くなっていく感じがするんっすよね……あの村、何か変っすよ」
 肩を竦めて、イフタフは自分の目元を指刺した。
「私は目が見えないから分からないっすけど、聞いた話では村人たちの顔色は青白くて、何だか魚だか爬虫類だかに似ているとか」
 村に名前はない、或いは既に忘却の彼方にあるそうだ。
 また、村の住人は排他的で訪れたイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)に対しても、しわがれた声で「あぁ」とか「はい」とか、簡単な言葉を返すばかりであったという。
 そのくせ、イフタフが側を通りかかると声を潜めて、ひそひそと何かを囁き合うのだ。
 異様な雰囲気であった、と肩を抱えてイフタフは身を震わせた。
「件の社は河口の辺りに埋められているみたいっす。何でも、祀られている何かは“海の底からやって来て”そこを住処としたそうですが……まぁ、住人たちの間にだけ口伝で伝わる話っすからね」
 信憑性のほどは定かではないそうだ。
 しかし、根気よく調査を続けた結果、イフタフはさらに幾つかの情報を手に入れていた。
「村の人たちは、祀っている何かについて詳しいことを知らなかったっす。でも、道中に通った町には件の村について知っている老人が住んでいたっすよ」
 その者曰く、村に祀られているそれは“魚の妖”であるらしい。
 それも、見上げるほどに巨大で、人のそれに似た手足を持つ怪魚だ。
 4本の手足で、這うようにして移動するのである。
「長い髭だかを生やしていて、顔だけなら遠目に見れば竜か鰐かにも似ているとか。まぁ、霧の中を蠢くそれを見てすぐに逃げ出したそうなんで、詳しい姿形は依然として不明瞭なままっすね」
 老人曰く、怪魚の嘆き悲しむような咆吼を聞けば【狂気】【災厄】に脳が激しく震えたそうだ。
 そして、そのぎょろりとした視線からは【暗闇】【恍惚】の気配を感じたと言う。
 また、口からは住人のものだろう人の手足がはみ出しており【滂沱】と【流血】が滴っていたらしい。
「老人が言うにはあれは“磯撫”と呼ばれる妖だそうっす。まぁ、村人たちはどういうわけかそれを後生大事に祀っているみたいっすけど、私はソレを放置してちゃ駄目だと思うんっすよね」
 毎年、村人たちは酒や食物、それから生きた家畜と人を社に納めているという。そういう儀式と言えばそれまでだが、要するに磯撫は供物を要求する類の妖ということだ。
「村人たちは磯撫が何か分かっていないでそれを続けているんっすよ。何でそんなことをしてるんだか……」
 放置していても困るのは村の住人だけだ。
 供物として捧げる“人”が、村の住人である限りだが。
「それで皆さんに何をしてほしいかって話ですが、磯撫についての調査っす。どういった生態なのか、村以外に被害が出ることは無いのか……討伐することは可能なのか。村人の考えだとか、磯撫の出自だとか外見だとか生態だとか、幾つかの情報を持ち帰ってほしいっす」
 村に滞在できる時間はそう長くないとイフタフは言う。
 先にイフタフが言ったように、思考が鈍くなるからだ。
「いつ行きますか? 雨が降っている最中? 社の発掘中? それとも村が霧に包まれたころっすか?」

GMコメント

●ミッション
村についての調査を進める(新たな事実を2~3ほど暴くこと)

●ターゲット
・磯撫(妖)×1
村に祀られている妖。
遥か昔に海の底からやってきて、村に住みついているらしい。
遠目に見たもの曰く、磯撫は見上げるほどに巨大。人に似た手足で這うように動き、その顔は竜やワニに似ている。また、長い髭を生やしていたらしい。
普段は社で長い眠りについている。
3日間、雨が降り続いた後に掘り出され、村が霧に包まれている間だけ活動を行う。その間、霧の中を出歩く者を喰らうという。
その後、霧が薄くなるころに社で再び眠りにつく。大量の酒や食物、それから生きた家畜と人と一緒に。
また、鋭い牙を備えているため噛み付かれると大ダメージと【滂沱】と【流血】を受ける。

嘆き悲しむような咆哮:神遠範に小ダメージ、狂気、災厄
海の底のように深い瞳:神至単に中ダメージ、暗闇、恍惚

●フィールド
豊穣にある名前の無い港の村。
村人たちは、日々をぼんやり生きている。
彼らは排他的で、口数が少なく、そして「いつから、何のために、何を祀っているのか
」も分からないまま、磯撫という妖に仕えるようにして暮らしている。
また、年の通して薄暗いためか肌は青白く、顔つきは魚か爬虫類に似ているそうだ。
村に住む住人は200名ほど。
村の傍に川が流れており、河口付近に社が埋められている。
冬の終わりに5日雨が降り続けた後、3日をかけて村人たちは社ほ急いで掘り起す。
3日後から桜の花が咲くころまでの間、村は濃い霧に包まれて、村人たちは外出を控えるようになる。その間、磯撫は霧の中を自由に這いまわるようだ。
※今回の依頼において、村への滞在は半日~1日程度しか行えない。
※雨が降っている間、社の発掘期間中、村が霧に包まれた後……のいずれかを選んで村へ向かうことになる。


●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 祀られているものは何か。或いは、霧の中を這う妖…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年03月19日 22時21分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)
謡うナーサリーライム
河鳲 響子(p3p006543)
天を駆ける狗
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
トキノエ(p3p009181)
恨み辛みも肴にかえて
李 黒龍(p3p010263)
二人は情侶?
嶺 繧花(p3p010437)
嶺上開花!

リプレイ

●肌寒い霧の中
 豊穣。
 とある海辺の小さな村に、数メートルの先さえ見えぬ濃い霧が濛と立ち込める。
 草木も人も息を潜めて、まるで廃村のような有様……例えるのなら、死者の住まう世界というのはきっとこういう風なのだろうと思わせる、ある種の異様な景色であった。
 足音を潜め、声を抑え、そんな村に立ち入る人の数は8。
 カンテラの灯が揺れる中に、白い女の顔が浮かんだ。
「何で居るのか、どんな神様なのか。誰も分からないのは、その方が都合がいいから、なのかしら……」
 名を『謡うナーサリーライム』ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)。霧の深き森であっても悠々と歩く彼女にとっても、この村に立ち込めるそれは異様と感じるものらしい。
「触らぬ神に祟りなし、と言いますが……脅威となればまた別の話。周りの村に被害や大きな厄介ごとが起こる前に、出来る限りのことは調査しちゃいましょう」
 『天を駆ける狗』河鳲 響子(p3p006543)の手元から小鳥が1羽、霧の中へと飛び立った。あっという間に小鳥の姿は見えなくなって、響子は静かに目を閉じる。
 小鳥の見たもの、聞いた音は彼女にも共有されるのだ。
 霧の内を窺う響子を『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)はどこか憂いを秘めた眼差しで見つめている。
「不気味な村っすけど……こう、穏やかに過ごせない地というのは、好きになれないっつーより……なんか悲しいっすねぇ」
 なんて。
 慧の零した一言が、波紋のように妙に大きく霧の中に響きわたった。

 白く霞むのは、何も視界ばかりではない。
 頭を振った『劇毒』トキノエ(p3p009181)は、自棄に冷えた吐息を零して視線をあげた。
「っ……なるほど。確かに放置してるとやばそうだ。このまま件の村の人間が残らず供物になったって終わらねえだろうな、たぶん」
 視線の先には家畜小屋。
 辺りに漂う臭いから、豚や牛、馬などが飼われているのが分かる。
 けれど、一切の物音も、鳴き声もしない。
 獣は人より危険に対して敏感だ。
 つまるところ、獣たちは怯えているのだ。
「……よぉ、そっちはどんな感じだ?」
 そう言ってトキノエは、視線を『運命いくつかの情報の盾』金枝 繁茂(p3p008917)と『嶺上開花!』嶺 繧花(p3p010437)の方へと向ける。
 仲間たちを守るように立った2人は、霧の奥へとじぃと視線を凝らしているが、果たしてその先に何があるのか。
「分からない。分からない事ばかりよ……でも、この霧の感じ……きっと、良くないものが潜んでいるよ」
「私も繧花君に同意見ですね。今のところ、それらしいものの姿形は見えませんが、不穏な気配はひしひしと」
 ひたすらに静かで、そして視界の霞んだ村は、次第に人から“思考すること”を奪っていくのだ。周辺の環境は元より、霧の中に潜むという妖“磯撫”の特性がそうなのだろう。
「妙な村あるよ。活気どころか生気もない者ばかりね」
 そう言って『尸解老仙』李 黒龍(p3p010263)は、霧の奥深く……川の流れる音の方へと目を向けた。
 おそらくそちらに社があるのだ。
 
 民家のひとつに近づいて『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)は扉にそっと耳を押し当てる。物音はしないが、部屋の内からは微かな人の息遣い。
 無人というわけでは無さそうだ。
「まずは聞き込みッスかね! 外出は控えているとのことなので、一軒一軒回ってみましょうか」
 霧の出ている間、村の住人たちは滅多に家から外に出ない。そんな事前情報は得ているが、会話や日常生活にさえも制限をかけているとなれば、これはなかなかに異常なことだ。
 まるである種の儀式のような趣さえもある。
 とはいえ、じっとしていても始まらない。鹿ノ子は小さな拳を握り、そっと木戸に打ち付けた。
 トントントン。
 3度のノックが鳴り響き……しかしいつまで待っていても、一言さえの返事もなかった。

●幾つかの真実
 都合4件。
 鹿ノ子が扉を叩いた民家の数だ。
 しかし、そのどれからも返事は無かった。
 中に人が住んでいることは確実だ。ノックの音が聞こえていないはずもない。だと言うのに、誰1人として返事をしない。
 まるで、そうすることが当然であるというように。
「困ったっすね。まともな答えが返ってこなくともそれはそれ……とはいえ、こうも話が聞けないと」
「ともすると、住人たちの思考もすっかり鈍っているのかもしれません」
 鹿ノ子の呟きに言葉を返し、響子は村の奥……他の家屋より幾分大きな、屋敷とも呼べる建物を指さした。

 固く閉ざされた木戸を開け、響子は屋敷に忍び込む。
 足音を殺し、ゆっくりと廊下を歩いて行った。
 幾つかの部屋を覗いた末に辿り着いたのは物置だ。乱雑に積まれた木箱や家具、それから古い書物が幾つか。
 掠れた古い文字を響子は読み取ることは出来ない。
 けれど、鹿ノ子であれば必要な情報を読み取ることもできるだろうか。
 書物の幾つかを懐へ仕舞い込んだところで、コツンと背後で音がした。
「何をしている?」
 そこにいたのは、痩せた老爺だ。
 肌は青白く、目はぎょろりと離れている。
 魚かトカゲのような顔つきの彼は、瞬きのひとつもせずにじぃと響子を眺めている。
「……余所者か。何をしに来た」
「磯撫の調査に。幾つか質問をしても?」
 思ったよりも老爺は冷静だった。
 少し思案した響子は、老爺の問いに言葉を返す。
「……そういう輩も稀にいる。そして、私たちは彼らの問いに答えを返した。もっとも、彼らが無事に家に帰れたかどうかは知らないが」
 壁に背中を預けた老爺は、ひそひそと声を潜めてそう言った。その間、彼の視線は常に強固に向いている。不気味な気配を感じながらも、響子は幾つかの問いを口にした。
 事前に鹿ノ子から「住人に逢ったら聞いてくれ」と頼まれていた質問だ。
「あれは神様なんですか?」
 老爺は答える。
「分からない。しかし、奉るべきものだ」
「では、いつごろからこの村に?」
「遥か遠い遠い昔から」
「いなくなったら困ることはありますか?」
「いなくならない。ここが帰る場所だから」
 そう応えた老爺の手には血の滲んだ包帯が巻きつけられていた。社を発掘する際に手を怪我したのだろう。
 そうまでして、毎年のように社を掘り返す理由は何だ?
「……村から出たいと思ったことは?」
「無い。1度も。それに、村からは出られない。肌が弱いからな。霧の濃い、この村で無ければ生きていけない」
 淡々と。
 老爺は響子の問いに答えた。

 屋敷を後にし、一行は社へと足を運んだ。
 繁茂と繧花、トキノエが周囲の警戒をしている間に、慧と黒龍、ポシェティケトが社へ向かった。
「ふむ? ふむふむ?」
 その間、鹿ノ子は響子の回収してきた書物に目を通す。
 掠れた古い文字列から、幾つかの単語を拾うことが出来ているようだ。
「何か分かりました?」
「村を作ったのは宗教団体? 磯撫に海で救われて……呼んだ、奉った? みたいなことを書いてるっすね」
 確かにイフタフも言っていた。祀られている存在は“海の底からやって来て”村に住みついたのだと。
 響子の回収して来た書物は、その裏付けになるだろう。

 一方その頃、社へ向かった3人はその入り口で足を止めて佇んでいた。
 腐った血と肉、それから磯の臭いと、魚か何かの生臭さ。
 とてもじゃないが、好んで立ち入りたいと思える環境ではない。
「ぬるぬるしているわね。体表が渇くと困るような……そんな性質でもあるのかしら?」
 壁に手を触れ、ポシェティケトはそう言った。
 指先に付着した粘液を拭おうと視線を左右へ動かすが、社の内側へどこも粘液塗れである。拭うことを諦めて、ポシュティケトはため息を零した。
 それから、少し先に進んだ慧と黒龍へ目を向ける。
「この辺り、もしかしていつもは浸水でもしてるんすかね? まったく、あんな掘り返されて色々埋められて、植物に悪くねぇのかな……悪くないわけねぇっすよね。苔しか生えてないっす」
「眼からの情報のみに囚われてはならぬ。全身の感覚を研ぎ澄ませ、雑音となる情報を排し、必要な情報を確実に持ち帰るある」
「……何かわかったんっすか?」
「いや、特には。強いて言うなら、あれ……怪しくないあるか?」
 社の床は抜け落ちて、湿った地肌が覗いている。
 河口付近に建てられているということもあり、もしかすると海水が染み込んでいるのかもしれない。地肌には苔が生えているのが確認できる。
 一方、黒龍はと言うと社の床に空いた窪みの奥に転がる黒い岩を指さした。
 毎年、社に納められるという人や家畜や野菜や酒は見当たらないが、どういうわけか岩だけがそこに転がっているのだ。
 それにどのような意味があるとも知れないが、広い視野で社内部を観察すれば、違和感のようなものが感じられた。
「……持ち帰ってみますか?」
「あまり気乗りはしないっすけど」
 顔を見合わせ、3人は暫し思案した。
 アイコンタクトによる打ち合わせの結果、代表してポシェティケトが底に降りることにした。至近距離での観察には彼女が適しているからだ。
 おそるおそる、底へと降りたポシュティケトは黒い岩を覗き込む。
 と、その時だ。
「来ましたよ!」
 社の外から繁茂の叫ぶ声が聞こえた。

 霧の奥から伸びた手が、トキノエの身体を掴む。
 大きな手だ。
 見上げるほどに巨大な影の全容は、濃い霧に包まれてよく見えない。
 しかし、確かにそこにいて、喉奥から絞り出すかのような鳴き声をあげていた。その声はどこか悲しそうで、或いは、何かを嘆いているかのようである。
「ぐ……ぉ。いきなり仕掛けて来やがった!」
 ミシと骨の軋む音。
 圧迫された内臓が悲鳴をあげて、痙攣を繰り返す。
 間近からトキノエを覗く磯撫の瞳は白濁している。爬虫類か魚類のような、感情の窺えない眼差しだ。そして、果てしなく暗い。
 海の底とはきっとこんな風なのだろう。
 黒く、黒く、どこまでも黒く……。
「が……はっ!?」
 血を吐き、苦悶の表情を浮かべるトキノエを磯撫は高く持ち上げた。
 そのまま地面に叩きつけるつもりだろうか。
「手を伸ばして!」
 そう叫んだのは繁茂だ。
 跳躍し、繁茂は目いっぱいに腕を伸ばす。
 その指先がトキノエの手首を掴んだ。

 2人の身体がもつれるように地面を転がる。
 それを横目に確認しながら繧花は駆けた。
「何が相手だって!」
 握った拳に業火が灯る。
「私ができるのは!」
 跳躍の勢いを乗せた渾身の拳が、磯撫の肘を殴打する。
「この拳で降りかかる火の粉を払う事だけ!」
 岩を殴りつけるみたいな硬い音。
 霧の中に業火が散った。
 轟音、衝撃。
 砕け散るのは、岩のような鱗だろうか。
 浅い……繧花の頬に冷や汗が伝う。
 爬虫類のような瞳が繧花を捉え……直後、磯撫は咆哮をあげた。

 至近距離から咆哮を浴びて、繧花は地面に倒れ込む。
 ダメージは少ない。
 けれど、上手く立ち上がれない。
 耳鳴りが煩い。
 思考が乱れて定まらない。
 脳のうちを、羽虫の群れが這うかのような不快感。
「う……ぎぁ」
 声にならない悲鳴を零し、繧花は拳で自分の頭部を殴打する。

 地面に這いつくばるかのように身を伏せて、磯撫は腕を左右へ伸ばす。
 その指先は地面に突き刺さっていた。
 その状態で腕を振るえばどうなるか。
 決まっている。
 土砂を撒き散らしながら、横薙ぎの殴打が叩き込まれるのだ。
「くそ、硬ぇ。そんで、霧の中を出歩く者を喰らうって話はマジか」
 弓に番えた矢を放ち、トキノエがひとつ悪態を吐いた。
 繧花の拳も、トキノエの矢も硬い鱗を貫いてダメージを与えるには至らない。
 否、幾らかのダメージは与えているのかもしれないが、致命傷には程遠い。
 おそらく、他の誰であってもそれは変わらないだろう。
『-----------------!!』
 耳障りな雄たけびと共に磯撫が両腕を振るう。
 土砂が飛び散る。
 轟音を響かせ、迫る巨腕へと向けてその身を晒す者たちがいた。
「慧、準備できていますか?」
「片方は任せてください、そちらこそ無理はしないでくださいね」
 右腕を押さえる黒き巨体は繁茂だろう。
 そして、太く捩じれた角を前に押し出して左腕を受け止めたのは慧だった。
 
 地面を削り、2人の身体が後ろへ下がる。
 足首までを地面に突き刺し、2人はどうにか磯撫の攻撃を受け止めた。
 全身、痣と擦り傷だらけ。
 しかし、まだ戦える。
 繁茂は磯撫の腕を抱え込み、両の脚を床に踏ん張る。これで少しは磯撫の動きを阻害することができるだろうか。
「さぁ、こいつはどうっすか?」
 僅かな隙だ。
 逃すわけにはいかない。
 振り上げた慧の拳には、いつの間にかびっしりと呪符が巻き付いている。
 禍々しい気配を放つ呪符を纏った一撃を、磯撫の腕へと叩き込む。

●霧の村
 呻き、嘔吐し、裂けた額から血を流し、それでも繧花は前へと進もうと藻掻いていた。
 そんな彼女の背に手を触れて、黒龍は告げる。
「気を確かに保て。それと、深追いは禁物ある」
 トン、と背中を手の平で押した。
 衝撃が背から体の芯へと突き抜ける。
 燐光が散って、ぐるぐるしていた繧花の瞳に正気の色が戻った。
「……ありがとう」
 顔を濡らす血を拭い、繧花は礼を口にする。
 そんな彼女へ手を差し向けて、ポシュティケトはくすりと笑んだ。
「繰り返しになりますが、戦闘は深追いせずに。見聞きしたものは全て私が覚えているから」
 仲間たちの受けた傷も、精神的な異常でさえも、ポシュティケトは癒してみせる。
 最前線で体を張る慧と繁茂を。
 攪乱のため、姿勢を低く疾駆している響子と鹿ノ子も。
 後方より矢を射かけるトキノエも。
 誰1人として、倒れさせてなるものか。

「ぐぅるるるぅうううううううあぁぁう!!!」
 霧中に響く繧花の咆哮。
 腕に業火を纏わせて、疾風のごとく疾駆した。
 恐怖も迷いも、全て断ち切るような雄叫びを。
「その意気や良しっす! さぁ、いくッスよ『猪鹿蝶』!」
 繁茂と慧が腕を押さえているうちに、繧花と並んで鹿ノ子が走る。
 その口にはカラビ・ナ・ヤナルの実が咥えられていた。
「はたして移動速度は如何ほどか! 回避能力はどうッスか! 僕の攻撃を避けるほどの身体能力はあるッスか!」
 戦意は上々。
 構えた刀の切っ先は、磯撫の眉間に向いている。
 果実を噛み砕き、鹿ノ子は地面を強く蹴りつけ加速した。
 まずは業火を纏った繧花の殴打。
 次いで、鋭く速い刺突が磯撫の額を撃ち抜いた。

 飛び散る土砂に巻き込まれ、響子の身体が地面を転がる。
 追撃とばかりに叩きつけられた磯撫の腕を、慧と繁茂がその身を盾に受け止めた。
 骨の軋む鈍い音。
 血を吐き、額に血管を浮かび上がらせた2人は、しかし確かに響子を守った。
「っ……離れなさい!」
 響子の振るう2本の刀が磯撫の指先を斬り付ける。
 砕けた鱗が地面に散った。
「……さっきから思ってたんだが、この辺りは海辺の割に精霊がいねぇ。つまり……あー、なんだ、あの」
 零れた鱗を拾い上げ、トキノエは眉間に皺を寄せる。
 何かがおかしい。
 しかし、考えが纏まらない。
「霊もいないあるな。鱗からも嫌な気配がするある……たぶん、磯撫を嫌っているんじゃないあるか?」
「おぉ、それだ。長くこの地に居たくねぇんだろうな」
 交戦している仲間たちの様子を見ながら、トキノエと黒龍は言葉を交わす。
 磯撫の身体は頑丈だ。
 磯撫自身の知能はさほど高くないように見受けられる。
 動きは鈍く、回避行動を取ることは無い。
 今だって、響子の刀に胸を裂かれて、鹿ノ子の斬撃を眉間に喰らった。
 大したダメージは入っていないが……。
「あいつ、濡れていないあるな。海の底から来たと言うけど、水棲生物というわけじゃないあるか?」
「いや……海の方から来たはずだ。てっきり海水浴でもしてたんだと思ってたぜ」
 最前線で戦っている仲間たちには、磯撫の様子を観察する余裕はないだろう。
 ポシュティケトの治癒があっても、繁茂と慧の体力は限界に近いはずだ。
「……ここらで潮時か」
 撤退だ。
 そう判断したトキノエは、仲間たちへ合図を送る。

 頭が痛い。
 【パンドラ】を消費し意識を繋ぐ。
 視界が霞む。
 流れた血で、慧の顔は真っ赤に濡れた。
 慧の隣に繁茂が並ぶ。
 彼もまた血塗れ、痣だらけ。
 これほど痛い思いをしているのは……一体、何のために?
 思考が鈍い。考えが纏まらない。
 磯撫が腕を高く振り上げ……慧と繁茂は腰を低くし衝撃に備えた。
 直後、辺りに降り注ぐ燐光。
「撤収しましょう」
 ポシュティケトの静かな声が耳に届いて、慧と繁茂はやるべきことを思い出す。

「今はお前より仲間の方が優先なんでね、今日はここまで!」
 振り下ろされた巨大な腕へ拳を入れて弾き返した。
 衝撃によろけた慧の身体を、駆け付けた響子が抱き止める。
「私たちが殿を務めます!撤退です!」
 繁茂を殿に、慧と響子が撤収を開始。
 他の仲間は既に戦場を離れたようだ。
 霧の中を、前後左右も分からぬままに駆け抜ける。
『-----------------』
 声に鳴らない雄たけびが響いた。
 霧の中から、磯撫が外に出ることは無い。
 おそらく奴は、社を中心に一定の範囲より遠くへ離れることが出来ないのであろう。

成否

成功

MVP

八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉

状態異常

金枝 繁茂(p3p008917)[重傷]
善悪の彼岸

あとがき

お疲れ様です。
無事に以下のの情報を持ち帰ることができました。
依頼は成功となります。

・住人は村の外に出られない。皮膚が弱く、日の当たる場所で生活できない。
・磯撫を呼んだのは村人の祖先たち。
・磯撫は社に安置された“黒い岩”からさほど遠くへ離れられない。
・霧の中に霊や精霊は存在しない。

また縁があれば別の依頼でお会いしましょう。
この度はご参加ありがとうございました。

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