PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<琥珀薫風>梅色ほころび

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 群青の澄み渡る空には雲一つ掛かっておらず。
 遠くに見える山々の尾根が白く霞み、雪化粧を頂きに抱いている。
 高天京を見渡せる小さな丘の上から眺める景色は美しく、小さくほころぶ梅が、春の訪れを僅かに感じさせるのだ。
 されど、未だ吹き付ける風は冷たく。温かい茶が恋しくなる、そんな二月の終わり。
 ウグイスの鳴く声が小さく聞こえる。

「三分咲きといった所かのう」
 まばらに咲いた梅の花を指先で愛でながら『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は目を細めた。
「少し早かったッスかね」
 隣からひょこりと顔を出した鹿ノ子(p3p007279)に振り向いて笑みを浮かべる遮那。
「白梅はよく咲いておるからのう。紅梅はもう少し先かの」
 日照の違いもあるけれど、品種によって咲く時期というものは違うのだ。
 雪のように白い花から次第に赤い花へと移ろいゆく。

「遮那くん! この黄色いのも梅なんでしょうか!」
 裾を引っ張る夢見 ルル家 (p3p000016)が指差すのは同じように咲いた黄色い花。
「これは蝋梅という花だの。実は梅ではない」
「え? 黄色い梅じゃないのです?」
「そうだぞ。同じような時期に咲くし似ておるが……よく見て見ると下向きに咲いておるのと花の形がちがうのだ」
 遮那の言葉にルル家と隠岐奈 朝顔 (p3p008750)がじっと蝋梅を見つめる。
「本当だね……梅は上向きに咲いてるのが多いけど、蝋梅は下向きに咲いてるね」
「ふふ、雪の中でも見られる花として親しまれているんだよ」
 にっこりとルル家と朝顔に微笑んだ浅香灯理が蝋梅の花を見上げた。

「まだ、咲ききってねぇんだな。梅ってもう少し暖かくなってからだもんな」
 御狩明将は低い梅の枝を折らぬよう身を屈めて進行方向へ歩いて行く。
 小高い丘に植えられた何百もの梅の木。
 福寿園と名付けられた梅の名所だ。
 元々は貴族が所有する広大な庭園だったものを、皆が楽しめるようにと解放しているらしい。

「俺とかが入っても大丈夫なのか?」
 キョロキョロと辺りを見渡して他の八百万が居ないか気にする柊吉野。
 八百万からの言われ無き蔑みに晒されてきた吉野にとって、こういった場所は近寄りがたいものだった。
 整備された庭園なんかは八百万の貴族が楽しむもの。
 必然的にそういう思想で育った者も多く出入りするだろうと吉野は居心地の悪さを感じていたのだ。
「問題無い。今日は貸し切りにして貰ったのだ」
 遮那は吉野の頭を緩く撫でて、大丈夫だと微笑む。

「ほっほっほ。この福寿園は浅香に縁がある所でしてな。少し頼んでみたのですじゃ……おっと」
「喜代さん大丈夫ですか? 掴まってください」
 上り坂を覚束無い足取りで昇ってくる喜代婆とそれを後ろで支える小金井・正純 (p3p008000)の姿があった。
 その喜代婆の前に背を向けて腰を落すのは咲花・百合子 (p3p001385)だ。
「ほれ、此処に乗る良い。怪我をされては夢見が悪いからな」
「おやおや、百合子殿。そうですな、妾が足手まといになるわけにはいきませぬものな」
「足手まといなんてそんな事無いわよ。皆で楽しみましょ! ね?」
 タイム (p3p007854)は正純と共に、百合子の背に乗る喜代婆を支える。
「そーそー! 皆でパーっと楽しんじゃお♪」
 長い袖をバタバタと振ったカナメ(p3p007960)は、『陽気』な声で笑って見せる。
 そうしなければ、姉の鹿ノ子が心配してしまうかもしれないから。
『梅』の花園で良かったとカナメは安堵する。桜でなくて良かったと――


「結構上の方まであるんだねぇ! 上の方は展望台? あ、茶屋を発見!」
 カナメは鹿ノ子を連れて茶屋の前にやってくる。
 中は座敷になっており、ゆったりと寛げるようだ。
 意外と急な斜面がある散歩道で疲れた足腰が休まるだろう。

「お姉ちゃんは何か食べたいものある?」
「そうッスね……何があるッスかね」
 茶屋の前に書かれたお品書きには、抹茶や和菓子、田楽、甘酒におでん等が書かれていた。
「ふふ、そうやって並ぶと本当に似ておるの。鹿ノ子とカナメは」
 くすりと笑った遮那に顔を見合わせる双子。色の違う二人の髪色をお互い持ち上げて目を瞬かせる。
 遮那の頭に乗った望もこてりと首を傾げていた。

「ここの茶屋の温かい梅昆布茶は美味いぞ」
 茶屋の縁側で手を上げたのは姫菱安奈だった。手には田楽が握られている。
「安奈殿も来ていたのだな」
「おう、百合子殿。こっちへ来て一緒に美味いおでんでも食わぬか」
「ほっほっほ。冷えた身体には温かい茶が染みますからのう。ほれ、ここからの景色も良きものですじゃ」
 百合子に背負われた喜代婆が指差す方へ目をやれば、群青の空と紅白の梅がこぼれていた。

「私には少し色々と小さいので、屈みっぱなしで腰が痛いです」
「確かに朝顔の身長だと梅の枝が顔に当たってしまうのう。だが、香りは間近に感じられるであろう」
 ふわりと羽を広げた遮那は朝顔と同じ目線で梅の花香を吸い込む。
「そうですねぇ。とても良い香りです」
「遮那くん、拙者も!」
「僕も!」
「分かったわかった。順番だぞ」
 遮那は順番にルル家と鹿ノ子を抱え、梅の花を間近で楽しむ。

 二月の終わり、寒風が強く吹いて。
 梅の甘い香りがふわり広がった――

GMコメント

 もみじです。朗らかな陽気の中、お花見を楽しみましょう。

●目的
 梅の花を楽しむ

●ロケーション
 高天京の福寿園と呼ばれる梅の名所。
 小さな丘は散歩道になっており、ゆっくりと見て回れます。
 赤やピンク色の鮮やかな『紅梅』、美しい気品のある『白梅』などが見られます。
 枝に小さく咲く梅は、良い香りが身近に感じられます。
 景色も良く頂上には展望台、中腹には茶屋、丘の下には露店があります。

●出来る事
 番号を振りました。
 1つでも2つでも全部でも大丈夫です。
 絞った方がその場面で沢山描写されます。

【A】散歩道
 梅の花をゆっくりと眺めながらお散歩が出来ます。
 小さな丘になっていて、ちょっとしたハイキングのようです。
 自然の段差を利用して置かれた石の階段や小さな滝があります。
 意外と急勾配の所もあるので花に夢中になりすぎると転んでしまうかも。

 三分咲きで、白梅が咲き誇り、ピンクや紅梅は蕾や咲きかけです。
 咲きかけの蕾の膨らみがコロンとしていて可愛いです。
 梅の他にも蝋梅や水仙なんかの冬の花が咲いています。

【B】展望台
 福寿園のある丘の頂上。木で組まれた展望台があります。
 晴れ渡る青空と高天京が見渡せ、下を見れば美しい梅の園が見られるでしょう。
 風が強いので、煽られてしまうかも。

【C】茶屋
 中に入るとゆっくりと寛げる座敷があります。
 縁側から見渡す風光明媚な風景が素晴らしいです。

 抹茶や緑茶、梅昆布茶に甘酒。おしるこ。梅和菓子。
 羊羹、あんみつ、みたらし団子、田楽、おでん、しじみの味噌汁等があります。

【D】露店
 梅干しのお土産と、梅のふりかけ、梅を使った和菓子。
 手編みの籠や、御守りの鈴など。

●NPC
○『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)
 豊穣の大戦で天香の当主と成り日々精進しています。

○柊 吉野(ひいらぎ よしの)
 遮那に仕える獄人の少年です。
 タイムさんの関係者です。

○御狩 明将(みかり あきまさ)
 遮那の友人です。八百万です。
 大戦の折焼け出された所を拾われました。
 吉野とは少しぎこちない雰囲気です。
 正純さんの関係者です。

○浅香 灯理(あさか とうり)
 遮那の親友です。八百万です。
 天香の当主候補の一人でありながら遮那を支えています。
 文武両道で遮那が冗談を言えるような相手です。

○望
 遮那の使い魔。狛犬の姿で伝書鳩の様な役割を担っています。
 豊穣の錆塚峠の麓で遮那に鎮められた精霊です。
 もふもふです。鹿ノ子さんの関係者です。

○姫菱・安奈(ひめびし・あんな)、浅香・喜代(あさか・きよ)
 天香家の家臣。遮那を見守っている家族のような存在です。
 百合子さんの関係者です。

  • <琥珀薫風>梅色ほころび完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年03月16日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談9日
  • 参加費---RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
カナメ(p3p007960)
毒亜竜脅し
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束

リプレイ


 温かな春の兆し。陽光は蒼穹の空に優しく降り注ぐ。
 空の青と対比するように、『毒亜竜脅し』カナメ(p3p007960)と『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)の双彩の髪が風に揺れた。
「お姉ちゃんと一緒にお散歩なんて嬉しいなー♪」
 白梅の花に顔を近づけるカナメは目を細め鹿ノ子に振り返る。
「わー見てみて綺麗に咲いてるよ! 蕾もあるし、これからもっと見頃になるね。そしたらまた一緒に……どうしたの、お姉ちゃん?」
 鹿ノ子の視線が不安げに揺れるのを見つけて首を傾げるカナメ。
 綺麗な梅の花とカナメを交互に見遣り、もしこれが桜だったならと鹿ノ子は指をぎゅっと握る。
 あの緋色の桜が目に焼き付いて離れないのだ。あれは幻だったのだろうか。カナメはまだ何かに縛られて居るのではないかと不安が過る。
「ねぇカナ……僕に、隠し事してないッスか? 緋桜に憑いていたあの霊は……成仏したんッスよね?」
 鹿ノ子の言葉に僅かに目を見開くカナメ。なぜ今その話しをするのだろうかと目を瞬かせる。
「……そうだよ、カナを奪おうとしたあの人はもういないよ。体にも変な感じはないしね♪ それに、お姉ちゃんここ最近ずっと疲れてるせいで、考えすぎになってるんじゃなーい?」
「時々、カナがカナじゃない他の誰かに見える時があるッス……」
「カナはいつだっていつも通りのカナだよ☆」
 鹿ノ子は妹の手を服の上から握ろうとして、はたと気付く。
 彼女はどうして、腕を隠しているのだろうか。
 その視線に気付いたカナメは袖越しに鹿ノ子の手を握った。
「あ、手……あはは、たしかに隠し事かもね。でもこれだけは、お姉ちゃんにも見せたくない、から……」
 姉の綺麗な手とは違う惨めで気味の悪いこの手だけは見せたくないのだとカナメは眉を下げる。

 もし鹿ノ子が『緋桜』に関する何かを知ってしまったとして、自分と妖刀を引き離そうとするなら、止めなければならない。この刀は自分が守らなければならないものだから。
 それは『誰かと共にある為の刀』故の呪いなのだろう。深くカナメの魂に刻まれた傷。
 カナメ自身はそれが己の意思であると信じているけれど。
「……」
「カナメ?」
「さ、行こお姉ちゃん! 向こうで遮那っちやみんなが待ってるよ♪」
 己の内に染み出した感情を振り払うようにカナメは鹿ノ子の手を握り駆け出す。
 ――いつか鹿ノ子を殺す。
 そんな言葉が自分の内から出てくるなんて思ってもみなかった。そんなのは有り得ないはずなのに。どうしてそう思ってしまったのか。浮かんだ己の意思にカナメは困惑するばかりで。


「わぁ、良い景色ですね!」
 嬉しそうに声を上げた『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)は傍らに飛んでいる『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)に手を伸ばす。
「遮那君、私に合わせて飛び続けるのも疲れたでしょう? 私が抱っこしますね……!」
「え!? ちょ、向日葵!?」
 朝顔は焦る遮那を軽々と持ち上げ『お姫様抱っこ』で景色を眺める。
「のう、その……向日葵? 何故この格好なのだ?」
「大丈夫です! 死んでも遮那君に傷一つつけさせませんから!」
 意気揚々と笑う朝顔に仕方ないと微笑んだ遮那は彼女の成すままにさせる。
「……此処からだと高天京がよく見えますね」
「そうだの」
 色々な思い出が詰まった高天京を見渡す朝顔と遮那。
「……遮那君。君が当主になった直後に”君はどんな当主になりたいの?”と私が質問した事を覚えていますか?」
 権威を振るった義兄長胤のようになりたいと聞いてはいるけれど。複製になりたいという意味では無いはずだと朝顔は首を傾げる。
「それに……それだと君ではなく、お義兄さんと似た人が当主をやるべきだという声を否定できないと思うんです」
「成程のう」

 朝顔は思い悩んでいた。
 長胤が遮那に託した想いを受け前に進みたい。その為に遮那が頑張っていることは知っている。
 けれど、慣れない執務でやつれ、謂われの無い悪意に晒されているのは見ていられないのだ。
 例えそれが遮那の望みだとしても、彼が苦しむのは嫌なのだ。止めたいと思ってしまう。

 ――どんな自分や当主になりたいのか。天香や豊穣をどうしたいのか。
 当主になって一年以上が経つ今なら見えて来るものが在ると思うから。
「どんなに苦しもうと君が他の誰でもなく、己が天香の当主でなければならないと叫べる理由を。周りが当主が遮那君で無ければならないと信じ目指せる未来を。君だけの答えを聞かせてくれませんか?」
 朝顔の天色の瞳が遮那を見据える。
「そしたら私も……迷わず、否定せず、同じ未来を見て、支えられるかなって」
「ふむ。そうだの」
 遮那は朝顔の腕から離れ、展望台の柵に手を置く。遠い記憶を辿るように伝う意思。
「……私はこの手で兄上を討った。今でもしっかりと覚えておるよ。兄の最後の言葉、刀から伝わる首を落す感触。これは、私が忘れてはならない罪と覚悟の記憶だ」
 遮那はこの時に『天香を継ぐ』と誓った。その為に兄を斬った。
「兄のように成れるとは正直なところは思っておらぬ。だが、兄を目指す事は出来る。兄が叶えたかった意思を私が継ぐことでしかこの罪と覚悟は消えぬ」
 途中でそれを辞めてしまえば、遮那は己自身を許すことは出来ないだろう。
「それにな、私の元へ集う者達の笑顔を私は守りたいのだ」
 手を伸ばせる範囲は限られている。それでも、自分が当主となり前を向いて居れば後に続く者が居る。
 弱きを知っているからこそ、己が盾となり強きを往く。
「だから、私は当主で在らねばならない」
 朝顔の顔を真っ直ぐと見据え、遮那は琥珀の瞳でそう言葉にした。


 鹿ノ子は展望台の景色を遮那と共に眺めながら僅かに瞳を伏せた。
「僕は……遮那さんに、ひとつだけ隠し事をしました」
「隠し事?」
 鹿ノ子の様子が何処か怖がっているように見えて、遮那は彼女の手を握る。
「夢に出てきた歌声の主は……黒い翼と、琥珀色の瞳の男の子でした。でも……どんなに似ていても、僕がすきになったのは遮那さんです」
 以前鹿ノ子が聞かせてくれた夢の話。夢の中の歌声に辛そうな顔をする鹿ノ子を見て、その原因となる者に腹立たしさと嫉妬を覚えたのだ。

 記憶を失った鹿ノ子にとって大切な人だったかもしれない歌声の主。
 何よりも大事だった筈の、自分を育ててくれたカミツメや義理の姉たち。
 血の繋がった双子の妹。色んなものを置き去りにしていく自分はなんて残酷なんだろうと鹿ノ子は胸元でもう片方の指を握りしめる。
 けれど、止まらない。もう止める事など出来はしない。
「眠りにつく瞬間、最後に目に映すのはあなたがいい」
 夢から覚めて朝陽と共に眩しいと思うのは遮那が良いのだと鹿ノ子は伝う。
「生きていくなら……あなたの隣がいい」

 遮那と出会って、手に入れたのは、綺麗なだけの思い出じゃない。
 嫉妬も独占欲も執着も。それまで感じてこなかった歪みを孕み。
 いっそ泣いて逃げ出したくなるような熱情だったけれど。
 恋だった。
 ――確かに、恋であったのだ。

「僕がすきなのは遮那さんです……遮那さんなんです」
 鹿ノ子はこの気持ちを放さないと言わんばかりに遮那へと抱きつく。
「其方の気持ちは受け取ったぞ。ありがとう鹿ノ子」
 少女の背を遮那は優しく抱き留めた。


 展望台からの景色は晴れ渡り、『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)の瞳に笑みが浮かぶ。
「いい眺めですね。海洋王国はあっちですかね? 海は流石に見えないですね~」
「そうだの」
 梅の花弁が風に舞い、はしゃぐルル家を見つめる遮那。
 ルル家は木の柵へ寄りかかり僅かに視線を落した。
「遮那くん、拙者がなしてきた事、聞いて頂けますか」
 いつもとは違う声色のルル家の話しを遮那は真剣に聞き入る。
 元の世界で宇宙忍者として人を殺したこと、それに精神が耐えきれず感情を封じる手術をしたこと。
 そして、この混沌へと召喚された後に感情を取り戻す手術を行った。
「それがあの夏祭りの後か……」
 ルル家が一度自分の元を去った時の寂しさを思い出す遮那。
「拙者がそのプロテクトを外そうとした勇気を持てたのは……決心を出来たのは、たくさんの素晴らしい友人と……」
 指先にそっと触れて力を込める。
「遮那くんのおかげです。遮那くんが頑張る姿をずっと見ていました。辛い事があったのに、今も沢山の大変な事があったのに。沢山……沢山傷ついているのに」
 己の表情が見えないように俯くルル家。きっと自分はひどい顔をしているのだろう。それを見られたくないとルル家は小さく息を吐く。
「それでも前に進む貴方を見て、貴方の隣に立つには感情を封印した、不自然な今の自分では駄目だと思ったから。これから先も一緒に成長していきたいと思ったから、勇気を持てました」
 少女の眦から雫が零れ落ちるのを遮那は拭おうと指先を伸ばす。されど、一足先にルル家自身がごしごしと自らの袖で涙を拭いた。化粧が僅かに擦れているのも気にせず、ルル家は顔を上げる。
「遮那くん。私は……」
 握った手を絡ませ、お互いの息が掛かる程の距離で。
 交わる視線にルル家は勇気を振り絞り――

「遮那ー! ルル家殿ー!」
 遠くから二人の名を呼ぶ浅香灯理の声に指先は離れ。
「あわ! ええと。み、みなさんが待ってるみたいですね! 戻りましょうか!」
「何か話しがあったのではないのか?」
「いえ。その、また今度でも大丈夫です!」
「そうかの、では私は先に降りるぞ。これで拭くが良い」
 顔を赤くするルル家が化粧の崩れた顔を見られたくないのだろうと判断した遮那は、彼女の頭にハンカチを乗せてから石の階段を先に降りて行った。


 先日まで雪がちらついていたというのに、すっかり春の兆しが感じられると『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は指先を空に向けた。
「あたたかいですのう」
「良い陽気だの」
 百合子の傍には喜代婆と姫菱安奈が梅を見上げている。
「暖かくなってきたとはいえまだ風は冷たいので喜代殿の体に障るかもしれぬ。そろそろ茶屋に入ろうか」
「そうですねぇ」
 百合子の言葉に目を細める喜代婆。
 以前であれば、人を気遣うなど思いつきもしなかったと百合子は喜代婆を見つめる。
 冷たい風に当たれば老体である喜代婆が風邪を引くかも知れないと、前までは気にも止めていなかった。人に興味がなかったのだ。
「花はよい、吾は好きだ。どんな状況であっても目に見えて時が動いたと告げてくれる。ふふふ、吾の時も動いたぞ、目に見える形でな」
 というわけでと百合子は安奈と喜代婆に髪を触りながら視線を上げた。
「安奈殿、喜代殿、髪の結い方をおしえておくれ」
 長かった百合子の黒髪は短くなって肩口で揺れる。
「ほっほっほ。可愛くなりましたのう」
 おでんをつまみ、お茶を飲みながら。のんびりとした時間を過ごす。
「髪が短くなっても編み込んだりはできるであろう?」
「そうだな。我はこう髪を三段に分けて、上の段から編み込んで行くのが簡単だと思うのう」
「ふむ。成程……三段」
 安奈が百合子の髪を梳かし、上段、中段、下段とそれぞれ分けて編み込んで行く。
 髪の毛を触られる感覚が少し擽ったいと百合子は思った。
 それは信頼しているからこそ預けられるもの。決して後ろから攻撃をされないという安心が心地よい。

「髪に手をかける事は今までしてこなかった故、何もかも新鮮であるな」
 安奈が編み込んだものを自分で組み直しながら百合子は口の端を上げる。
「そうだ。安奈殿の髪も三つ編みにしてくれようか」
「おお、三つ編みか。良いぞ……好きに編んでみるといい。練習にもなる」
 結って結われて和やかな時間が過ぎ。
「喜代殿はくせ毛であるなぁ……何度梳いても跳ねちゃうのである。遮那殿は皆と梅林を回られているのであろうな。どれ、戻った時には甘酒でも馳走してやろう」

 ――――
 ――

 沢山の陽気を受けて身体の芯がほかほかと温まった頃。
「歩いて少し疲れちゃったし甘いもの食べて休憩したぁい! お店からの景色も素敵って話よ。いこいこ」
『揺れずの聖域』タイム(p3p007854は茶屋の入口で柊吉野の手を引っ張る。
「遮那さんも先程から張り切って私たちを案内してくださいましたし、甘いものでも食べて休みましょう。ほら、こちらへ座って。ね?」
 茶屋の中から手招きする『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)に遮那と御狩明将も続いた。
「遮那殿たちも楽しんで来られたか」
「おお、百合子達もここに来ておったのか」
 先に茶屋で寛いでいた百合子の姿を見つけ遮那は手を上げる。
 珍しく髪を結っているのが可愛らしい。
「初めてにしては中々のものであろう!」
「うむ。とても美しく愛らしいぞ。武人の百合子も好きだが、乙女の百合子も可愛いぞ」
 笑顔を見せる遮那に百合子は頬を染めた。
「そんなに褒められると照れるぞ。あまり出来が良くないのは吾も分って居るので……」
「初めてにしては上出来ではないか。良し良し」
 結った所を崩さぬように百合子の頭を撫でた遮那に、にんまりと百合子は顔を綻ばせた。

「どれにしようか迷っちゃうわね」
「私は、お団子を貰いましょうか」
 お品書きと睨めっこするタイムは、さくっとお団子を選ぶ正純に視線を上げる。
「な、悩む~! あんみつかなぁ? 優柔不断って言わないでぇ。どれもすごく美味しそうなんだもの」
「言わぬ言わぬ。食べられるなら全部頼んでもいいのだぞ?」
 くすりと微笑んで頬をつついた遮那に「お腹たぷたぷになるからダメ」とタイムは首を振った。

「うん、流石に貴族の方々が足げく通う梅の名所。食べ物も美味しいですね」
 お団子を一口食んだ正純は蕩ける食感と風味に目を細める。
「正純さんが頼んだお団子一口ちょ~だい!」
「はい、タイムさんも一口どうぞ。あまり急いで食べなくても、無くなりませんからね。はい、お茶も」
 お団子をタイムの口に放り込んだ正純は彼女の前にお茶を置いた。
「んふふ、おいし……。お茶とお団子がよく合う。じゃあわたしのも! はいあーん」
 タイムが差し出したあんみつに目を瞠る正純。
「え、私も一口頂いていいんですか? では」
 仲睦まじい二人のやり取りを見て、吉野と明将は何だか気恥ずかしくなり視線を逸らす。
「明将、どうしました? あなたも何か食べなさい」
「そうそう。吉野さんも。そんなに端っこに座ってないでこっちにおいでよ!」
「いや、俺らは……」
 少し頬を染めて眉を下げた吉野の手をタイムが握って引っ張った。
「なぁに? 遠慮してるの? 今更そんなの言いっこなしなし」
「わっ!」
 タイムの隣に引っ張られた吉野は仕方なく座り込む。
「久しぶりに来てはしゃいでるのは分かりますが、あまりはしゃぎすぎると疲れますからね」
「はしゃいでるのはアンタらの方じゃ……おい、引っ張ったら転ぶって」
 抵抗空しく正純の隣へと強制的に座らされる明将。
「ほら、大きめのお皿でお団子を頼みましたから吉野くんと一緒に……」
「いや余計なお世話だって」
「え? いいから。二人で食べなさい……まったく」
 吉野と明将はベタベタと仲良しな訳ではない。だから少し照れがあるのだろう。
「これから豊穣をもっと良くしていくんでしょう? 吉野さんがそんな風でどうするの。ねぇ、遮那さんも言ってあげてよう」
「ちょ、タイム。遮那は関係無いだろ」

 遮那は正純と明将、タイムと吉野のやり取りに笑いを堪えていた。
「……遮那さん? なんでそんなに笑っておられるのです?」
 正純は明将から遮那へと視線を移す。
「いや、まるで四人とも姉弟みたいでの」
「母等と呼ばれるよりはまだ良いのですが、少しばかり恥ずかしいですね」
「其方が怒るかと思って姉と弟と……」
「遮那さん? もう……遮那さんもあの二人と一緒にお団子いかがです?」
 大きなお皿に並んだお団子を頬張る吉野と明将。
「そうだの。私も頂こうか」
「おい、その大きいのは俺のだぞ」
「は? 先に取ったのはこっちだし」
「では私が頂くとしよう。そうすれば、争いは起きぬよな」
「「――おい!」」
 賑やかな会話にタイムと正純は微笑んだ。
「食べ盛りの男の子が集まれば甘味なんてあっと言う間になくなっちゃうね」
「ふふ、本当ですね」
 口げんかをしながらも吉野と明将は上手くやっているようだと目を細める二人。

「そうそう露店でお土産を買ったの。じゃーん! 可愛いでしょ?みんなの分買ってきちゃった」
 小さな一輪挿しを手にしたタイムは皆の分もあると食台の上に広げた。
 部屋に居ても季節が感じられるように。
「私は梅の花の栞、ですね。私はあまり本を読む訳では無いのですが、こういう小さい物の方が記念品としては良いかな、と。遮那さんたちは勉強することも多いでしょうから、ぜひ使ってくださいな。もちろん、タイムさんの分もありますからね」
「わーい! ねぇねぇ。遮那さんは忙しそうだしわたしがお花を届けに行ったら喜んでくれる?」
「ああ、勿論。タイムや皆が来てくれたら私は嬉しいぞ。正純もタイムもありがとう」
 一輪挿しと梅の栞を手に遮那は嬉しそうに微笑んだ。


「そういえばルル家さんが集合写真撮ろうって話してたよね。そろそろ時間かしら?」
「そのようなことを言ってましたね。我々もそろそろ向かいましょう」
 タイムが立ち上がり、正純が続く。
 百合子は喜代婆の手を引いて大きな梅の前にやってくる。

 そこへ向かう途中、カナメは遮那の袖を引いた。
 遮那の事は嫌いでは無い。されど、鹿ノ子が遮那の事を好きになってしまったから自分は離れるべきだと思う気持ちもある。推しの幸せを邪魔したくはないのだ。だから遮那に伝えたい言葉は一つだけ。
「お姉ちゃんの事、よろしくね♪」
「……ああ」
「カナメ、遮那さんー! こっちッス!」
「お姉ちゃん♪ 今行くよー!」
 勢い良く走って行くカナメは鹿ノ子に抱きついてポーズを取る。

「来年もその次の年もまたみんなでこの園の梅を見に来たいな」
 追いついてきたタイムに遮那は振り返った。
「ん? 未来の事なんて誰にも分からないって? ふふ。でもね、こんな不確かな約束でも意味があるってわたしは信じてる」
「タイム……」
「あ、やだ。ちょっと真面目に聞こえちゃった? ただの願掛け! 忘れてくれて構わないわ。それより早くいきましょ!」
 駆けていくタイムと手を振るルル家と鹿ノ子、朝顔の姿を遮那は捉える。

 全員が揃い、ルル家がカメラのタイマーをセットした。
「この姿がずっと残ると思うと面映ゆいが……それでも残って行けばよいな」
 百合子の言葉に安奈と喜代婆が頷く。
「いきますよー!」
 パシャリとシャッターが降りて、皆が緊張した顔から綻ぶ瞬間。もう一度シャッターが切られる。
 自然な顔をした幸せな写真を見つめ、ルル家は遮那に振り返った。

「来年もみんな一緒にお花見にきましょうね、遮那くん」
 梅の花が咲き誇る園で。
 次もまたと、約束をした――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 梅の花言葉を調べると『約束を守る』というものがあるそうです。
 来年もまた、皆でお花見を出来ると嬉しいです。
 リクエストありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM