シナリオ詳細
<Sprechchor al fine>こどくの安寧
オープニング
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さむい、さむい、さむい。
指が悴む。吐息は白く、足はあかぎれて腫れている。雪の冷たさなんてもう感じないほどに麻痺してしまった。
(もう少しかな。早く帰ってこないかな)
ここで待っていておくれ。すぐに戻るからね。
母の言葉が思い出される。いつもは怒ってばかりだったけれど、あの時はすごく優しい声をしていた。手だって握ってくれた。だからまた怒り声にならないように、ちゃんとここで待っていなくちゃ。
小さな体から無情に温度を奪う寒さは、やがて意識も少しずつ削り取っていく。それが命を持っていかれているのだとはつゆとも知らず、なんだか眠くなってきてしまったなと欠伸をして。
(起きてないと……置いて帰っちゃうかも……)
母の後ろ姿を思い出す。待ってくれない人だ。だからその背中を見失わないように、いつだって小走りで後を追う。眠っていたら呆れて、そのまま帰ってしまうかもしれない。
けれどそんな意思とは裏腹に、意識はとろとろと溶けて眠りへ誘われる。最近は気絶するように眠っていたから、こんな緩やかな眠りはいつぶりだろう――。
楽になれるという不思議な確信があった。だって孤独は辛い。けれど孤独じゃなくても辛い。矛盾したそれから解放されるのだと、ぼんやりした頭で思ったことは覚えている。
きっと、本当なら。そこで天へ召されるはずだったのだ。
●
「シュプレヒコールによって『作られた』魔種がどうなるか、知っているかい」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)は、最近新しく手に入れたらしい指輪を弄りながらイレギュラーズへ問う。光物が好きなのではなく、特殊性能のついたアイテムが好きなのだと告げながら。
シュプレヒコールというのはある人物の通り名である。旅人であり、精神科医でもあるその男はその好奇心を『反転』へと向けた。自身を始めとした旅人がかからない病理を解明しようと言うのである。
表面上の言葉だけを攫えば耳障り良く聞こえるだろう。しかし、その実態は混沌の住人をモルモットにして、反転の起こりやすい状況を作り出すということだ。
「彼は貴族をパトロンにしたり、呼び声を出す魔種を抱えていたりと……まあ、極小組織ってわけでもなさそうでね。今、ノウェル領に限られた人物しか入れないのも、あそこの領主をシュプレヒコールが抱き込んでいるからだろうさ」
これだね、とショウは1枚の羊皮紙を出す。ノウェル領というのは、イレギュラーズによって判明したシュプレヒコールの本拠地――と思しき場所である。王国が兵士を派遣したら入ることができない、などという現状も相まって、その可能性はいよいよ高まってきたというところだ。
「けれど不思議なことに、魔種の増加傾向としては……増えてはいるんだけれどね」
しかしショウが言いよどむ程度には違和感を感じるのだろう。未だシュプレヒコールが実験中なのか、それとも魔種になった後で何かが起きているのか。
「キミたちにはそれを確かめてきてほしいんだ。原因を特定したなら然るべき対処もね」
ノウェル領、そしてその領主館にはシュプレヒコールだけでなく魔種などもうろついていることだろう。くれぐれも気を付けてとショウは念を押す。
「それと、探してきてほしい人物が1人いるんだ」
ショウが出した人相書きを覗き込む。髪をオールバックにした男性だ。白衣らしき装いなので研究者だろうか?
「杉田 玄黒という旅人で、練達の研究者だよ。基本的にはかの国で外科医として働いているそうなんだが、それだけじゃなく各地を回る時もあるらしくてね」
幻想、海洋、鉄帝、ラサ。世界中を飛び回ると言っても過言ではない彼が、ノウェル領を最後に消息を絶っているのだと言う。彼を保護――場合によっては捕縛――してほしいとのことだった。
●
霧がかったノウェル領市街地を駆け抜け、瓦礫を飛び越えて向かうは領主館。他のイレギュラーズと共に飛び込めば、外観にそぐわぬ広さに一瞬足が止まる。
「シュプレヒコールたちが仕組んでいる……ってとこかな」
警戒を色濃く見せた『Blue Rose』シャルル(p3n000032)に頷き、イレギュラーズたちは再び駆けだした。
応接室、客室、厨房に食堂。変哲もない部屋も多いが、構造を考えれば明らかに外観からはみ出している。空間の歪みが生じていると見て良いだろう。地下に降りる階段を見つけた仲間の声に一同はそちらへ足を向ける。階段を降り、手近な扉を開け放つと動揺した男の声がイレギュラーズたちを出迎えた。
「な、何事ですかぁ!?」
黒髪をオールバックにした男性。人相書きにあった玄黒だ。イレギュラーズであることを告げると、玄黒はほっとした表情を浮かべる。
「イレギュラーズが来てくれるとは、助かりましたぁ」
ここに囚われていたということか。小さく胸を撫でおろしそうになった一同は、しかし玄黒のすぐ背後から飛び出した気配にすぐさま臨戦態勢を取る。
「ええ、本当に良かったですよぉ。これで――」
――探す手間も省けるというものですからねぇ?
- <Sprechchor al fine>こどくの安寧Lv:30以上完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年03月14日 22時36分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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白衣を着た男――杉田 玄黒。その背後から飛び出してきたそれを飛び退いて避けながら、一瞥した『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は剣呑に眉を寄せる。
(何か用でもあるみたいだけど、魔種がいるのか)
旅人だと言っていたから、最低限の力――混沌肯定レベル1に乗っ取った能力――は少なからず持っているだろう。だが、こちらが複数人で向かってくることを想定していたということか。
「話は後でゆっくり聞かせてもらうよ。まずは――」
「――そこの魔種を殺ってからだ」
『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)の視線が部屋の中を跳躍する魔種を捉え、敢えてその弾丸を掠らせる。同時にヴェルグリーズの放った黒の斬撃が顎をあけた。すかさず『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)がその体をジェイクの前へと滑り込ませる。
ぎょろり、と。魔種の眼がルチア越しにジェイクを捉える。玄黒はにぃと笑うと懐から何かを取り出し、魔種へ向けてそれをぶちまけた。
「さあサイレス! 彼らは私と貴方を引き裂こうとする悪い奴らですよぉ、倒してしまいましょう!」
玄黒の言葉へ呼応するように『こどくの安寧』サイレスは咆哮する。『音撃の射手』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)はその体めがけて破壊的魔術を撃ち放った。しかしその動きは俊敏で、壁から壁へ跳躍し、積み上げられていた檻へ大きな音を立てて着地するとジェイクたちの元へと飛び掛かる。
(あの檻は……)
それへ視線を向けたのは『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)。もし玄黒があの中へ何かを――例えば、サイレスと同じような魔種とか――入れていたのなら危険だ。しかしそれらは一見、どれも空のように見えた。
本当にそうなのだろうか。科学者にして外科医たる玄黒ならば、目隠しをしている可能性も捨てきれないが、今のところは見たままに判断する他ない。
サイレスへと肉薄し、その拳に力を溜めて打つゲオルグ。追って『Blue Rose』シャルル(p3n000032)の神秘攻撃が獣の余裕を削いでいく。
「そのままそちらを頼みました。無理はしないでください」
「わかった。……そっちも気をつけて」
シャルルに頷いた『運命の盾』金枝 繁茂(p3p008917)は玄黒の前へと回り込む。反対からは『断片の幻痛』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)が同じように回り込んで、一瞬の隙だって見せやしない。
「おやおや、私1人に手厚いですねぇ。あちらは大丈夫ですかぁ?」
「イレギュラーズは負けない。もちろんお前にも」
「そうだ……お前達こそ、覚悟はできてるか……? いいよな……?」
ヨタカの瞳が剣呑な色を帯びる。目の前の男はシュプレヒコールへの繋がり。なんとしても情報を吐かせるために捕らえる必要がある。
何より、彼らが弱い人々へ手をかけて壊すのならば、此方もまた然りなのだと。
「さぁ、響かせよう……貴様に聞こえるのは絶望の音色だ……!」
そのヴィオラが奏でる暁光の空を思わせる其れは、決して彼らの希望となりはしないのだから。
2人が玄黒を抑える一方で、仲間のイレギュラーズたちはサイレスへ向けて猛攻する。しかし流石魔種と言うべきか、驚異的な身体能力で文字通りに捉えどころがない。
「そのモニターの陰だよ!」
『孔雀劫火』天城・幽我(p3p009407)は後方で満遍なく部屋を見渡しながら、俊敏なその身の在りかを仲間へ伝える。放った魔術は奇しくもモニターへとあたり、その液晶へヒビを入れた。ぐらりとバランスを崩したそれの陰からサイレスが飛び出してくる。
「次は――上か!」
ゲオルグは味方へ回復を施しながら、その視線をはるか上へ。そのまま落下スピードを利用してイレギュラーズを叩こうとするが、からくも掠めるのみで床に亀裂を起こす。その瞬間にジェイクの弾丸が挑発混じりに体を掠めた。
その視線がジェイクへ向き直ると同時、ヴェルグリーズの剣が横合いから攻め立てる。浅く、けれど確かな感触。それは一瞬のことで、風のようにサイレスはジェイクたちの元へ飛び込んでいった。
「させないわ!」
その一撃をルチアの纏う防具が受け止める。間髪入れずその肩越しにジェイクが銃口を向けた。乾いた音が響く。
「いたい」
獣が――サイレスがぽつりと呟く。子供のように舌ったらずに、いや、その声すらも子供のようだ。ルチアは諭すように優しく声をかけ、自身へ興味を引かせる。
「一緒に遊んであげる」
「ひとりはいや」
「ええ。1人は寂しいわね」
その瞳がルチアへと向けられる。うまくこちらへ注意を引かせられ安堵すると同時に、嫌な予感が彼女の胸の内に凝った。
(まさか……本当に子供を使った訳じゃないでしょうね?)
有り得る話ではある。世界を破滅に導く存在――魔種を人為的に生み出していたのだ。その被検体となる者は『旅人以外』なのだから、老若男女の縛りがあるとも思えない。
だが、そうだとするならば。彼らの行いはあまりにも外道のそれではないか。
「……許せない」
その呟きはマグタレーナの放った魔光閃熱波の音の掻き消される。容赦のないそれは、一刻も早くサイレスを葬らんとしている。命への冒涜の結果だと言うならば、悲しき迷い子の魂はあるべき場所へ還さなければならない。そこに怒りなど欠片もあるはずがないのだ。
……少なくとも、魔種自身に対しては。
他のイレギュラーズもこの獣のような魔種が、元々は子供だったのではないかと察してくる。自身らよりずっと幼い、いとけない子供。
(そうだとしても、迷ってる暇はない……!)
幽我の元から放たれる悪夢の炎。そこへ手加減などしてしまえば、あの鋭利な爪や牙は自身へと向くだろう。この魔種を倒せなければ玄黒を捕縛するなどまた夢の夢。
この憤りもやるせなさも玄黒たちへと向けられるものであって、幽我たちがサイレスへしてやれることは『安らかに旅立たせてやること』だけなのだ。
「あの姿になっても気づくとは、すごいですねぇ」
玄黒は感心しながらヨタカへ薬品を振るう。肌を刺す痛みに顔を歪めるが、そこから退く気は少しもない。
(今までもそうだったが……腹立たしい)
精神の安定しない子供や奴隷を連れて来て魔種化させ、その魔種を再び実験にかける――命を弄ぶ行いは特異運命座標として以前に、人としても許しがたいものだ。
だが、と鬼の血で傷を癒しながら繁茂は思考を巡らせる。魔種の狂気は純種を反転させる。旅人は反転することはない。
だが、旅人が狂気に陥ることは、あるのだ。
(この男もすでに……)
本来の性格などを知らないので確証はないが、魔種と長く接しているのならば可能性として十分だろう。
だがしかし。その所業は許されることではなく、許されるべきでもない。この男は――裁かれるべきなのだ。
●
「子供まで巻き込むなんて、酷いことをしてくれる」
ヴェルグリーズは剣を振るいながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。この場所で魔種化したというならば、何かしらの人為的な負荷をかけられたはずだ。
どんな子供だったのかは誰にもわからない。心に傷を抱えていたのかもしれないし、シュプレヒコールの信者だったのかもしれない。或いは、親が信者で被検体として提供されたのかも。経緯は不明だが、今のサイレスから伝わるのは寂しさだろうか。
ひとりはいやだ、いかないで、こわい。そんな言葉を零しながら、イレギュラーズ戦う様は痛々しい。
「怖かったね、寂しかったね。次があるならきっと、幸せになれるよ。そう、願うから」
――彼らは私と貴方を引き裂こうとする悪い奴らですよぉ、倒してしまいましょう!
戦う直前、玄黒がそう告げていたことを思い出す。玄黒はサイレスにとって、自分を1人にしない人ということだろうか。
(けれど、彼についていかせてはいけない。ここで全部、終わらせるんだ!)
だが、イレギュラーズがサイレスの命を絶とうとすればするほど、サイレスは玄黒と引き離されると激しい反撃を繰り広げる。マグタレーナは負ける訳にはいかないと呪言を放った。
「まだあれだけ動けるとはな」
ジェイクはよくよく照準を合わせ、1発ずつ確実にあてていく。そのしぶとさも魔種ならではの規格外さだろう。
引き付けそびればジェイクが引き寄せ、ルチアが引き継ぐ。大天使の祝福を自らへおろしたルチアは小さく息を吐いた。
(ここまで抑え込むのは初めてね……)
正直、きつい。けれどそんな弱音を吐いて士気を下げる訳にもいかない。なによりここで自分が倒れたならば、この幼き獣は暴風のように仲間を蹂躙するだろう。
「ここで――膝をつくわけにはいかないわ!」
ルチアの防具すらも貫くはずだった牙が、彼女の秘めたる可能性によってその軌道を大きく逸らす。すぐさまゲオルグが回復を施すと、その視線は繁茂たちの方へと向けられた。
(あちらも危ないか)
抑えているあの男、玄黒も自身と同じ『旅人』であるのだと。ローレットに属していなくともイレギュラーズであるのだと忘れてはいけない。続きざまゲオルグはヨタカへと回復を施す。
ヨタカはそれに小さく息を突きながら、玄黒へ視線を向けた。何でもいい、魔種を仲間たちがどうにかしている間はこの男の注意を逸らさなければ。
「そう言えば……貴方は名前にしてはその、黒々していないように感じるのだが……」
どこが、とかは言わない。勝手に解釈して自身へ怒りを向けてくれたら良いという打算に、しかし玄黒は「その黒々ではありませんからねぇ?」と軽く肩を竦めた。
限界が近い、と幽我は感じていた。イレギュラーズも、魔種も、どちらともだ。充填で力が戻ってくるのを待ちながら結界術を行使するが、傷を負った獣ほどこわいものはない。
「いたい」
「どうしてひとりにするの」
「こわいよ」
(……言葉が、痛い)
それは胸を引き裂くような思いをぶつけられているのもあるだろうが。攻撃をするたびに既視感を覚えるのは、なぜだろう。まるでこれが初めてではないかのような錯覚に幽我は顔を歪める。
サイレスと同じように、泣き叫ぶ子を殺してしまった、そんな出来事があったような気がするのは――果たして、気のせいだろうか?
「……恨むなら好きなだけ恨めばいい。許せとは絶対に言わないよ」
「そうだ。こいつを救うにはこれしかねぇ」
ジェイクの銃弾が続けてサイレスの足を貫く。追うようにマグタレーナのソウルストライクがその体へ深くめり込んだ。
「貴方は母の下へ帰るのです。もう、孤独ではありません」
だからどうか、安らかであるように――。
崩れ落ちるサイレスの体を、誰よりも近くで戦っていたルチアの腕が抱きしめる。ぼろぼろの体はサイレスの肉体を支えられず、そのまま座り込んでしまうけれど、離すことはない。
「痛いわよね、苦しいわよね。でも……もういいのよ」
おやすみなさい。
その言葉に、サイレスは目を瞬かせて――ゆっくりと目を閉じた。
「――ヨタカさん!」
しかしまだ戦いは終わっていない。振り向けば、玄黒の前で膝をつくヨタカの姿があった。
「ああ、やられてしまいましたかぁ。それはそれで中身を見てみたいものですが……させては頂けませんよねぇ」
残念です、と肩を竦めた玄黒は颯爽と、ヨタカ側に出来た空間から回り込んで出口へ向かう。しかし寸でのところでゲオルグがその道を塞いだ。
「命あっての物種よ。この辺りで、いい加減投降して貰えると、嬉しいのだけれど……」
ルチアはふらりと立ち上がり、玄黒へ視線を向ける――が、彼女もまた限界だ。ならば力づくで言う事を聞かせるしかないとヴェルグリーズ、幽我が不殺攻撃で彼の体力を削りにかかる。
「大人しくなるまで、こちらも手加減はしないよ」
「手加減はしない? 先ほどまでの攻撃を私へ向けてから言って欲しいですねぇ」
玄黒の言葉に眉根を寄せるヴェルグリーズ。正直な所を言えば、魔種を生み出したのが玄黒なら思うところは色々ある。しかし一時の感情に流されて情報を得られないとあってはこまるのだ。
「貴方の罪は然るべき場所で、わたくしたちより相応しき方が裁くでしょう」
「罪、ねぇ。貴方がた、勘違いをしていませんかぁ?」
呪鎖で白衣へ朱を散らしながらも、玄黒が嗤う。イレギュラーズはどういうことだと睨みつけた。
「私はサイレスも、他の魔種も、『魔種にはしていない』んですよぉ。出来てしまった魔種を野に放つのではなく、こちらで引き取っているだけじゃありませんかぁ」
「ハッ、屁理屈だな」
ジェイクの銃弾が玄黒の足を撃ち抜く。しかし彼はすぐさま何かの薬品を煽ると、含み笑いを浮かべた。
「それではさようなら。もう邪魔しないで頂ける事を祈ってますよぉ」
「待て――」
ゲオルグが手を伸ばす、よりも早く玄黒が懐の何かを作動させる。同時に部屋の中にあった巨大な装置――が起動した。警鐘がけたたましく鳴り、赤いランプが点滅する。何をしたと詰問する暇もなく、装置が大量の煙を出し始めた。互いの姿も見えなくなるほどのそれに一同は焦るも、ゲオルグの声を頼りに廊下へとまろび出る。
――結論から言えば、それ以上の事は起こらなかった。
暫くすれば警鐘は収まり、煙も止む。爆発するということすらもなく、とんだ肩透かしであった。
玄黒はといえば姿を消していた。マグタレーナが翼をうつような音を聞いたというので、そういった発明品だか、翼を生やす薬だかを持っていたのだろうと推測された。つまるところ、玄黒はとっくに外へ逃げおおせたということである。
「サイレスは……」
ヨタカは煙の収まった部屋へ視線を向ける。魔種サイレスの遺体はまだ、そこに存在した。もう獣の姿ではなく、ただの頑是ない子供の姿でそこに在った。彼はゆっくり近づくと、その遺体を抱きしめて体を撫でる。
「……君の敵、必ず取るから……」
こんなところで泣いている場合ではないのに、その境遇を思うと涙がにじむ。どれだけ寂しく、つらかったことだろう。
「その遺体……どこかにちゃんと、埋葬してあげたいな」
気づかわしげにその姿を見ていた幽我はぽつりと呟いた。自分勝手すぎるだろうか。けれど身勝手な思いで魔種へ堕とされて、戦わされて、死んでしまうなんて。そんなのあんまりじゃあないか。
その傍らで繁茂は『見えない何か』を見ていた。優しく抱きしめるような仕草をして、慈愛の籠った言葉を交わす。
「ゆっくり眠ってください。私が一緒にいます」
その瞬間、周囲の空気が僅かに軽くなったような気がして幽我は目を瞬かせる。繁茂は静かに虚空を見上げ、魂が成仏したのだと告げた。
「用が済んだら全部燃やそう。精神上良くないだろ」
「ああ、それなら少し待って。散らばっている書類を集めておこう
持ちだせるものだけ、とヴェルグリーズはジェイクへ告げる。貴重な証拠になるはずだと。恐らくシュプレヒコール絡みの魔種に対する研究内容だろうが、真っ当でないことは明らかだ。
この後、サイレスの遺体は集団墓地へ埋葬されることとなる。シュプレヒコールの下で魔種化し、まだこれといった罪らしい罪も見つかっていないが故のことであった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お待たせして申し訳ありません。
ご参加頂きありがとうございました。
またのご縁がございましたら幸いです。
GMコメント
●成功条件
魔種の撃破
※サブ条件:杉田 玄黒の捕縛
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に気を付けてください。
●魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
●フィールド
研究室のような部屋です。隅に猛獣を入れておくような檻がいくつか存在している他、事務スペースと思われる場所はゴチャゴチャしています。
何に使うのか分からない大きめの機材などもあるため、これらが障害物になるでしょう。明かりはありますが、暴れると壊れて消えてしまう可能性があります。
●エネミー
・『こどくの安寧』サイレス
シュプレヒコールの元で反転したと思しき魔種。全身を黒い炎に包まれた四つ足の獣の形をしていますが、玄黒の後ろで潜んでいる間はそのようなものが見えなかったため、戦闘時に変化する個体と考えられます。
獣は子供のように舌たらずな言葉を零しているため、場合によっては『会話らしきもの』が成立する可能性があります。「ひとりはこわい」「どうしていなくなっちゃうの」というような言葉が聞こえます。
動きは非常に俊敏でとらえどころがありません。嵐の如く暴れまわるでしょう。また、攻撃に【呪殺】効果が含まれます。
爪や牙で攻撃してくる他、黒い炎を吐き散らします。身に纏っているものも含め、この炎に触れると【麻痺系統】【暗闇】のBSを受ける可能性があります。
・『宇宙外科医』杉田 玄黒
ヨタカ・アストラルノヴァさんの関係者。元は宇宙をまたにかける宇宙外科医でした。現在も練達を中心に外科医として働いていますが、ノウェル領に入ったところから消息を絶っていました。その言動からして、シュプレヒコールと繋がっていたようです。
笑顔を絶やさず真面目そうな姿ですが、裏の顔は人を解剖することが大好きな鬼畜腹黒サイコパス。彼には魔種を解剖しているというような黒い噂もあったようですが、真実と見て良いでしょう。
薬品を用いたBS使いであり、比較的撃たれ弱いです。しかし、自身へバフをかける薬品を持っている可能性があることから、油断はできません。
●NPC
『Blue Rose』シャルル(p3n000032)
旅人の少女です。神秘系アタッカーとしてそこそこ戦えます。皆さんから指示があれば従います。
笑みを絶やさない玄黒の様子を気味悪く感じているようです。
●ご挨拶
愁と申します。
何よりも魔種の討伐を優先しましょう。情報の不足は否めませんが、野放しにすれば確実に被害が出ます。
それでは、よろしくお願い致します。
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