錨星鉄道旅行

オープニング

●0214
　灰色の王冠は、私の深い蒼の髪にも、貴方の温かい灯火の紅い髪にも何処か不似合いで。
　だから、其の日は二人、お互いの色を頭上に輝かせた。
　まるで御伽噺の――棄てられて、森の中を彷徨って、お菓子の家を見つけた二人みたいな恰好。
　私の蒼に、貴方の色のリボン。
　貴方の紅に、私の色のキャスケット。
（御伽噺では、二人は兄妹でしたわね）
　私と貴方も、はじめはきっとそんな二人で。
　夜空に瞬く星と縁の深い二人の魔術師は「師匠と弟子」だった――ウィリアム様、と呼んだら「コルク」と返してくれる、優しくて、厳しくて、大切な先生。
　それが、いつしかその呼び名は形を変えた。

「ねぇ、ウィルくん」
　舌に乗る呼び名は、ころころと甘いキャンディのようで。
「ん？　なんだ、エト」
　ほんとうの名前を呼んでくれるその声が、どれだけ好きなのかなんて教えてあげない。
　手渡したチョコレイトの包みの中には、切符が一枚。
　デートだよ、なんて口に出して誘うのはまだ少し気恥しいから。
　だから、お出掛けの誘いは甘いチョコに添えて。

　――貴方があの切符を見たら、どんな顔をするのでしょう。
　
　包みを開けるその顔を眺める私の緩む口元には――ねぇ、まだ気付かないで。

●0221
　ほぅ、と吐く息が白くなる。
　満点の星空が光るこの場所に立つ小さな建物は、どうやら駅舎のよう――

　甘いチョコレイトに添えられていた切符は、『貴方を想う』コルク・テイルス・メモリクス （p3p004324）コルクから『寄り添う星』ウィリアム・M・アステリズム （p3p001243）への列車旅行の誘いだった。
　コルクに導かれるまま境界図書館へと足を運び、案内人が二人へと開いたのは一冊の本。
　夜空を模した紺色に細かな銀色のラメが散らばる表紙には『汽車』が浮かんでいる。
　案内人曰く、レールもないのに夜空を駆ける汽車が走っているのだとか。
　気まぐれな鉄道は、乗る人を選び――その切符を手にしているということは二人が選ばれたのだろう、と案内人が語る。
　コルクが指先で頁を摘まんで捲ろうとすれば――ぐい、と指先に伝わる抵抗。
「む、むむ……！」
「ははっ、行先は乗ってのお楽しみ、ってことか」
　ぽん、とコルクの頭にウィリアムが手を乗せれば、コルクはつんと唇を尖らせて。
　大人びて見える彼女のそんな少女らしい表情に、ウィリアムは口の中で「かわいい」の言葉を転がせていた。

「あそこから乗ればいいのかな？」
「ああ、多分な。時間は聞いてないが、選ばれたっていうくらいだしそのうち来るんだろう」
　丘の上の駅舎に向かい、二人歩幅を合わせて進む。
　辿り着いたその駅舎は、小さな待合室とホームだけの場所。
　木のベンチに二人並んで腰掛ければ、静寂が辺りを包んで――心地好さと、けれど相手は退屈だろうから何か言わなければという心地悪さがぐるぐると巡る。

「あの」
「なぁ」

　二人、口を開いたのは同じタイミングで。
　嗚呼、私は、俺は――こんなことすら酷く幸せなのだ、とそのあたたかさに打ちひしがれる。
　そうして思わず笑ってしまって――その遥か遠くから、ぽぅ、と汽笛が聞こえた。

　さぁ、二人何処へ行くのだろう？
　きっと何処だって、二人なら楽しい筈だけれど！

参加者 : 2 人

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参加者一覧（2人）

リプレイ

●きみとわたしの、たびのはじまり
　――遠くに聞こえていた汽笛の音は、気付けばもうすぐそこで。
　差し伸べられた手を握り返して、『貴方を想う』コルク・テイルス・メモリクス（p3p004324）は待合室のベンチから腰を上げる。
　握り返し、絡めた指。自分のものと同じくらいには白く――けれど、幾回りも大きなもの。
　おとこのひと、の手だと無意識に見つめるコルクを「なんだ」と困ったように眉を下げた『寄り添う星』ウィリアム・M・アステリズム（p3p001243）が覗き込んだ。
　待合室からホームに出れば、そこには蒸気を吐く機関車がゆっくりと速度を落として止まらんとしている。
　きらきらと眼を――それこそ満点の銀河のように輝かせるコルクに、ウィリアムは夢を思い返す。
　星を墜とす程の力が欲しかった。それは少年のちっぽけな、けれど大事な夢。
　少年は青年となり、星の姫と出逢う。
（星を求めた俺と、星の姫として生まれたエトが出逢ったのは――きっと運命だったのだろう）

　ゆっくりと止まった機関車から、二人だけが立つホームにコートを着た車掌が降り立つ。コートと帽子が夜の空気に浮かんだだけの車掌は、恐らく透明人間というものだろうか。
「エト、切符」
「ん、えぇと……あ、これ」
　互いにコートのポケットから切符を出して、車掌にぱちりと鋏を入れてもらう。
　行こう、とウィリアムの手を引いて、コルクは入口のステップにお気に入りの靴の音を響かせた。　
　――御伽噺のプリンセスは、一つの物語へと辿り着く。
（幾つもの夜を越えて繋がった『私達』の物語、だよ）
　だから、夢かと思って手離さないように。繋いだ手は離さぬまま、謳うように、踊るような足音を。
（一緒に行こう。ウィルくんが笑顔になれる物語の世界へ！）

　そうしてふたり、切符に示された席に並んで座る。
　一際高い汽笛が鳴らされて――ひと晩だけの旅路の、はじまりはじまり。

●ほしのおわりと、あなたのせなか
　切符に示されていたのは、レトロな赤い布地のボックス席。
　向かい合って窓の外を眺める特等席よりも、互いの隣こそがそれで。二人だけを客車に乗せ、錨星は空を駆ける。
　車窓からは一面の星空が覗いていて――「すごいね」「ああ」と言葉がぽつぽつ交わされる。
　幾つかの駅を過ぎアナウンスが告げた『星団墓場駅』の名に、ウィリアムの眉がぴくりと動く。
「此処でしょう？　ウィルくんが行きたかったの」
「……ああ。降りていいか？」
　勿論、と返すコルクの心の内が弾んでいるのにウィリアムは気付かない。コルクにとって、彼の――ウィリアムの頼みを叶えられるのがどれだけ嬉しいことか。甘えてばかりの自分が、はじめて叶えられること。
「行こう。煌めく星々の終わりの場所へ――」

　ホームに降り立てば、星空の中で波が寄せては返す音が聞こえる。
　行こう、とウィリアムが手を引けば――コルクはその手をそっと離した。
「行かないのか？」
「此処で見てるよ。ほら、もしも列車が出そうになったらウィルくんを呼ばなくちゃだもの」
　大丈夫じゃないか――そう返そうとしたウィリアムは「いいから」とコルクに遮られる。
「何かあったら言うんだぞ？　変なやつとか、音とか聞こえたらすぐ」
「心配性だね。ほら、いってらっしゃい！」
　送り出されたウィリアムがホームの端の階段を降りると、足には覚束ない感覚が伝わり此処が『浜辺』なのだと知る。
　波の音がする方を眺めれば――

　其処には、海があった。
　
　夜空でしかないその場所には、さざめく波があって。
　そしてそこに漂うぷかぷかと浮かぶ数多の淡い輝きと、海岸に打ち上げられた無数の荒い岩は――嗚呼、これが星なのだろう。
　淡い光は、そのどれもが今にも消えてしまいそうな程の儚い煌き。
　小さなものも、大きなものも、赤も、青も、白の光も。そのどれもが等しく最期の時を迎え輝いている。
　ウィリアムはきゅ、と砂を踏みしめ波打ち際まで歩を進めると、足元に流れ着いた星を拾い上げる。
　手の中で輝く光は、ホームで帰りを待つ彼女の如き青。
「――っ！」
　その光は一際大きく輝くと、もう二度と灯ることはなく――初めて目の当たりにした星の死に、がくりと膝を付きそうになる。
（嗚呼……まるで生命、そのものなのか。俺も、そして彼女も、きっといつかは）
　この世界に生まれし自分と、この世界の理の外から来た彼女に来るその時はきっと違う。
（でも、俺は――）
　ウィリアムはそっと星の欠片を海に浮かべると、待つ者の元へと踵を返した。

（きれいな、星）
　コルクがホームから眺める星の墓場は、死の間際に酷く美しく輝いている。
　屑星も、欠星も、消えゆく星も、星の一生は屹度舞台のようなものなのだろう。初日の幕が上がれば、星は産声をあげ。世界を照らし、人々に思いを抱かせて千秋楽の幕が下りる。この場所は、千秋楽最後のカーテンコールなのだ。
（ヒトは。彼は。何時か、わたしを置いて死んでしまうから）
　悲しい、とは言わない、けれど。
　何時か来る終わりを想ってしまうとも言えない臆病な自分も、あの墓場に葬ってしまえればいいのに――

「おかえり、ウィルくん」
「ん、ただいま」
「楽しかった？」
「ああ、観れてよかった。エトも来ればよかったのに」
　寂しそうにするくらいなら――なんて思うのは、多分口にしてはいけないのだろう。理由に気付く程大人でなくとも。それくらいは流石に解る。
　――ふふ、とコルクは笑みを返して手を握って。
　貴方が笑って居るところを見るのが好きだから、わたし――そう伝えれば、また気恥ずかし気なウィリアムの笑み。

●ほしのはじまりと、きみのおんど
　もうひとつ、行きたい場所がある――ウィリアムが願ったのは、星の生まれる場所。
『アルファの揺り籠』と書かれた駅に降り立てば、其処には夜空の藍と同じ卵がひとつ。
　列車を降りるまで見えていた筈の星々は一つも見当たらず、繋いだ手のぬくもりだけが自分が此処に居る証だった。
「これが、星の卵？」
「多分な。でも、まだ産まれ――あ」
　こつん、と小さな音が響く。その音はどんどん間隔が短くなると――ぱきり、とその殻が剥がれ落ちて。
　小さな穴から零れる光は、こつこつと鳴る音に合わせて大きさを増す。二人共、それを見届けようと腰を下ろしたまま、自分がその星のように力んで繋ぐ手に力が籠る事には気付かない。
　そうして、辺りを真白に染める程の大きな光が瞬いて――ひとつの星が、ふわりと飛び上がる。
「うっわ……これが、星の誕生……！」
　潤む瞳も、紅潮した頬も隠さずウィリアムは飛び立った星を見上げる。その横顔を見上げるコルクの頬も、熱を帯びて――かわいいひとだと思うのに、唇が尖ってしまうのはしかたない。隣の彼が、どれほど星に焦がれているのかなんて誰よりも知っている。
　知っているからこそ仕方なくて、でも。
（……わたしには、そんな顔しないのに）
　どれほどまでにあの輝く星に嫉妬しているか、貴方は知らないのでしょう。
　何時だって妬いてばかりで、もっとと思う欲張りなわたしに――けれど、コルクは気付かない。
「星は、綺麗だな」
　エト、と続ける二文字に、ウィリアムが本当に続けたかった言葉。
　――俺の知る限り、一番綺麗な星はお前だよ。
　そんな気障な言葉が言えたなら――まだまだ経験不足だな、とひとりごちる。

「……エト？」
　星の光は、肩にかかる深い紺と、閉じられたコルクの睫毛を照らしている。
　いつの間にか眠ってしまったのだろうか、と思えば星の光より、列車の発車より、起こさないようにの気持ちが勝って。
　それは、コルクのかわいらしい我儘な寝たふり。わたしを見て、わたしのことが頭から離れなかったらいいのに――なんて。
「俺と出逢ってくれてありがとな、エト」
　だからそんな優しい声に、耳が赤くなってしまうのは――お願い、気付かないでね。　

●きみとわたし、これからも
　遠くの空に、僅かな黎明の兆しを見つけたのはどちらだろうか。
　きっともうすぐ夜が明けて、この旅は終わりを告げる。
「最後に、行きたい駅があるんだ」
　ウィリアムが頭上の路線図で指差したのは『果ての橋』。
　愛を誓う場所、に行きたいだなんて口にするのは気恥ずかしく。伝わるだろう、に甘えてしまうのは許してほしい。

　車掌が二人に手渡したのは、二つの鍵が付いた南京錠。
　降り立ったそこは夜の終わり、果ての橋。
　どこまでも続くように見える橋の欄干には、無数の南京錠が付けられていた。
　何故だろうか。嗚呼、此処は果てでありながら、新たな始まりなのだと理解する。
　どちらからともなく、押し黙ったまま橋へと足を進め――ちょうど一つ分の隙間が空いたところを見付け、ぴたりと歩みを止めた。
「ここにするか」
「うん、そうしよう」
「何を」という言葉すら必要もなく。
　静寂の中には、二つの吐息と小さな「かちり」と響く音。
「わたし、忘れないよ。わたしと、ウィルくんとで紡いだこの四年間を。そして、今日の日を。……それにね、彼方の星だって覚えていてくれる筈だよ」　
　だから、とコルクが呟き――ずい、と欄干から身を乗り出す。
「おいっ……んが！？」
　慌ててウィリアムがその身体を引き寄せれば、コルクの振り上げた腕が顔面へと当たり鈍い音がする。
　痛みに細めたウィリアムの蒼い瞳に見えたのは、放物線を描くちいさな光。
「鍵、投げちゃった」
　振り返ったコルクは、まるで蜂蜜入りのミルクみたいに甘い笑顔で。
「お前なぁ、びっくりさせ――」
「ウィルくんも永遠に覚えていてね。約束だよ」
　甘い笑顔で、身体中を麻痺させるような毒を振りまくコルクに、ウィリアムは溜息を一つ。
「ああ、約束だ。俺も、ずっと忘れない」
　ウィリアムはそう答えると、抱き留めた手に力を込める。
　そうして、もう一方の腕を大きく振りかぶって――明け方の空に、ちいさな流れ星が煌いた。

成否

成功

状態異常

なし