PandoraPartyProject

シナリオ詳細

変わった僕と、変わりえぬ不幸

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 嘗て、大切な人のためにこの身を売った。
 幻想という国を知らぬ、正しく異世界よりの『旅人』だった僕は、それがどれほど愚かな行為だったかを知らなかった。
 ああ、でも──知っていたとしても、僕は自身を投げ出せていただろうか。
 過去の選択に思いを馳せたところで、現在が変わるわけでもない。
 それでも……ただ一つ。僕が口にしたいことがあるとすれば。
「御老……領主様」
「はい、何でしょうかね」
「僕が領主様に任された仕事は、確か庭師だったと思うんですが」
「ええ、ええ。覚えていますよ。おうちの庭をもう少し広くしたくなりましてねえ」
「その『広くする』ために魔物の巣を削って行くまでは聞いてませんよ!?」
 ──うちは魔物の住む森に面したお家でしてねえ。少しお庭を拡げたいので、その森を切り開いて欲しいんですよ。
『庭師』という、単体では少なくとも血生臭さが全くないワードを聞かされたときは、ただ慣れない役目に緊張したものだが、今や生死を賭けたスリルを毎日味わい続ける日だった。
 殊に、戦いとは縁のない一般社会のサラリーマンが、だ。
 日頃の運動不足でなまりきった身体は同僚の私兵の皆様方に瞬く間にたたき直され、今では一対一であれば多少の魔物を退けることが可能にまで成っている。
 ……元居た世界の『普通』には、もう戻れないなあ、と若干遠い目をしつつも。
「何にせよ、此処まで頑張ってくれるのは嬉しい誤算でしたねえ。明日も期待していますよ」
「……無事を祈っていてくださると嬉しいです」
 実際、この幻想という国を知ったときは命を買われた時点で使い捨ての奴隷として扱われることすら覚悟していた。
 今現在も命を賭けていることに代わりはないが、慣れない内は同僚達が此方のサポートに尽くしてくれ、仕事を終えた後は領主様が治める村でおしゃべりしながら畑の手伝いをするなど、割と充実した日々を送れている。
「……運が良かったのかな」
 領主への報告を終えた僕は、あの人の私室から私兵の宿舎に向かって歩を進める。
 その途中で、どん、と。
「……あ」
 忘と上を見ながら歩いていたら、誰かとぶつかっていたらしい。
 申し訳ありません、慌ててそう言って頭を下げた僕の前にいたのは、少し小柄な十代の女の子。
「………………」
 鼻をさすりつつも、ぶつかった此方をまじまじと見つめる彼女の背後には、剣呑な気配を発する護衛らしき人が二人、僕を睨み付けていた。
 間違いなく、客人。それも高貴な。
 顔を青くした僕が平身低頭して、再度許しを請おうとしたときに。
「……あなたは、ここの使用人ですか?」
「……一応、庭師という扱いには」
 成っています、と言い切る前に、少女は一度頷いて。
「では、あなた。今日からわたくしのものになってください」
「……。はい?」
 この後、僕は「運が良かった」などと言った自分の発言を、大いに後悔することとなった。


「……要は、何が問題なんだ?」
 問うた特異運命座標達を前に、『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は自身が集めた情報のメモをぺらぺら捲りつつ解説した。
「依頼人である件の『庭師』さんは、生まれた世界の育ちがあってか結構義理堅いお人でして。
 命を買った人を相手に不義理を果たせない、そんなことを言って丁重にお断りしたのですよ」
 まあ、その辺りは個々人の自由である。
 金で命を買われた立場である以上、主人の機嫌一つで扱いも変わろうが、本人の意思が『そう』であるなら翻意させるのは相当に難しいのではないだろうか。
「はい。庭師さんのご主人……領主様も、その辺りは本人の意思を尊重したらしいのです。問題はその後でして。」
「具体的には?」
「その日から庭師さんに監視の目がついてるのですよ。しかも複数」
「……うっわ」
 いっそ解りやすい。そう言外に乗せた特異運命座標達の反応に、ユリーカさえも苦笑を浮かべた。
「幸い、庭師さんの住む村は小さく、またお仕事をする際も先輩の私兵さん方が常に付き添っているので、一人になる心配は殆ど無いのです。
 ただ、この状態が続くのは庭師さんの精神衛生上、大変宜しくないと言うことですので……」
「領主の側が、依頼を出したと」
 なのです。と応答したユリーカに、特異運命座標が首を傾げる。
「今回、庭師さんには領主さんの命令の下、此処、メフ・メティートまで買い出しに来て貰う予定になっているのです。
 監視している側も、それが誘いだと解ってはいるでしょうが、今回を逃せば庭師さんが単独で行動する機会なんて訪れはしないでしょうから」
 先ず間違いなく襲撃をかけ、彼を誘拐してしまうだろう。と言うユリーカ。
 特異運命座標達の役目は其処にある。現れた襲撃者達を撃退し、可能な限り彼らが『幻想貴族の少女の子飼いである』という証拠を掴んでくること。
「因みに領主さんの条件として、殺害はNGなのです。
 ……このお国柄だと、もし一度でも庭師さんが連れ去られれば、口八丁とでっちあげで『彼は主人を変えることに同意した』と言うことにされかねないので、絶対に阻止してくださいね!」
「……まあ、其処は当然として」
 依頼を受けた者の義務は果たす。そう言った特異運命座標等は、しかし、と首を傾げる。
 件の庭師の男性を、その幻想貴族であろう少女が其処までして欲しがる理由が、彼らにはどうも理解できなかったためだ。
 それを問われたユリーカは、「あー」と視線を逸らしつつ、割合雑な返答を返してくれた。
「まあ何というか、幻想貴族でも何でも、やっぱり人と人、と言うことなんでしょうねー……」


 近隣の領主であるお婆さまに挨拶をした帰り、私は馬車に揺られながら彼のことを考えていました。
 気の抜けた顔なのに、精悍な身体と引き締まった気配を漂わせていたあの人。
 ぶつかった私をじっと見つめていたあの顔が、なぜだか、ずっと私の頭に焼き付いて離れませんでした。
 ……生まれてから、幻想貴族として在ることを定められて。
 学ぶべきことを学び、知るべきことを知り、習うべきことを習い。
 只の一度も、父母を継ぐために止まらなかった私が、今は彼を思うことで頭が働かなくなるのです。
 呪いでも、病でもない。ぶつけたときに頭をおかしくしたわけでもない。
 なら、この気持ちは一体なに?
 知らなかった感覚を、ならば知らなければならないのだと。
 帰宅した私は、自らが率いる兵に、彼を此処まで連れてくるように命じました。
 この思いを与えたあなたに、その答えを聞くために。

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『襲撃者』の撃退(殺害は不可)
・『襲撃者』が『幻想貴族』と繋がっている確証を得ること(例:『襲撃者』一名以上の捕縛、等)

●場所
 首都メフ・メティートの市場通り前。時間帯は昼。
 人の往来は無いとは言いませんがまばらです。対策を取るか取らないかで戦闘に於ける一般人への被害の可能性が若干変化します。
 下記『庭師』は領主や護衛ともども、屋敷から馬車で此処まで移動。その後買い出しに出るといった体で領主達と別れ、単独で行動します。
 下記『襲撃者』が襲ってくるとしたら、ほぼ間違いなくこのタイミングだとはユリーカの言。
 戦闘開始時、参加者の皆さんと『庭師』との距離は自由に決めて下さって構いません。

●敵
『襲撃者』
 下記『幻想貴族』に雇われている私兵です。尤も、シナリオ開始時に於いてそれを証明する手段は在りません。
 数は不明。ですが一人でも或る程度戦える『庭師』、また今回のタイミングを罠だと考慮された上で考えれば、相当の数が投入されていることは予想できます。
 因みに、ユリーカの情報曰く「真実『幻想貴族』の子飼いであれば、無関係の人質などの搦め手は使わず、正攻法で拉致するであろう」とのこと。
 また、彼らは体力が一定値以下となった時点で捕縛を恐れて逃走します。

●その他
『庭師』
 幻想貴族の領主のもとで働く旅人です。年齢は20代後半の男性。詳細は拙作「変わらぬ僕から、変わる君へと」参照。
 元は只のサラリーマンが、今では魔物を相手取れる兵士に成りましたが、割と不幸な体質は変わっていない模様。
 特に『幻想貴族』に狙われた理由も理解していないまま、今回の騒動に流されています。
 武器は銀糸(レンジ2)、ランク1の物理アクティブスキルを幾つかと、それに派生したランク2のスキルを一つだけ所持。
 基本的に戦闘中は参加者の皆さんの指示に従う形で行動します。


『幻想貴族』
 幻想貴族の両親を持つ少女です。年齢は10代前半。
『庭師』の青年に対して抱いた感情を知るべく、彼を捕らえようと私兵に命令しました。
 本シナリオに於いて彼女が登場することはありません。



 それでは、参加をお待ちしております。

  • 変わった僕と、変わりえぬ不幸完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年08月06日 21時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エーリカ・メルカノワ(p3p000117)
夜のいろ
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
巡離 リンネ(p3p000412)
魂の牧童
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
ルチアーノ・グレコ(p3p004260)
Calm Bringer
エリーナ(p3p005250)
フェアリィフレンド
刀崎・あやめ(p3p005460)
鼎 彩乃(p3p006129)
凍てついた碧色

リプレイ


 昼日中の街路は人影もまばらだ。
 直ぐ其処には市場の喧噪が聞こえてきながら、ほんの少し歩いたこの場所では風の通る音の方が大きい気もする。
「……貴族の恋路は歪んだものをよく目にするけど、もっと上手く恋が出来れば幸せが近づきそうなのにな」
 独りごちて、苦笑する。
『Calm Bringer』ルチアーノ・グレコ(p3p004260)の言葉に対して、未だに懐疑的な表情を浮かべているのは『太陽の勇者様』アラン・アークライト(p3p000365)だった。
「……っつかこれやっぱし、襲撃者差し向けてるクソ女は恋してるとみていいんだよな?」
「恐らくは。ユリーカさんもそう仰っていましたしね。
 尤も、独占欲とも取られても仕方のないやり方ではありますが」
「……愛情表現が過激だな、全くよ」
 表情を変えぬ『渡世の諦観者』鼎 彩乃(p3p006129)の言葉に、アランは疲労と同情を込めたため息を小さく吐き出した。
 此度受けた依頼内容は、ある貴族の元で働く庭師の男性を、他貴族の襲撃から守りきることである。
 利権を貪り合う貴族の住み処でもある幻想では別段珍しくもない依頼だが、こと今回に於いてはその襲撃の理由が少しばかり毛色の違うものであると言うことは、依頼された特異運命座標達の言葉からでも理解できるだろう。
「好きになったら正々堂々と告白すれば良いものだが、そうはいかないのが乙女心なのか?」
「多分、貴族の女の子もその感情が好意であると理解できていないんでしょうね……」
 首を傾げた『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)に対し、『妖精使い』エリーナ(p3p005250)が困った表情で言葉を返す。
 幻想貴族と一概に言えども、その有り様は家によって様々だ。
 今回依頼した貴族のように、仕える者を領民と積極的に交流させるものもあれば、襲撃元の貴族のように四角四面、かつ見識が極めて狭いところも在ろう。
 それにしたって、拉致はやりすぎだ。
 その出身と生き方から、縛られぬ正義を信条とするリゲルは、そうした事情を理解しつつも手を抜くことはしまいと己に強く誓った。
「傍迷惑なのは、勿論だけど……なんとなく貴族の子の行動原理もわかる気がする」
 刀崎・あやめ(p3p005460)が訥と呟くその言葉を、頭ごなしに否定するものはこの場には居なかった。
 恋とは衝動、或いは事故のような。十数年の人生観からでも微かな共感を覚えた彼女は、懐から取り出した仮面をそっと嵌めながら、少しだけ、祈るように。
「だから……庭師の人も……貴族の少女を嫌わないであげて欲しいな」
 言い切るより前に、馬車が奔る音が此方へと近づいてきた。
 全員が気付くのと、馬車が辿り着いたのはほぼ同時だ。雇い主である貴族と雇われた庭師がおなじ馬車に居るというのはどうにも奇妙だが、それを口にするものは流石に居なかった。
「……御老、そちらもお気をつけて」
「ええ」
 交わされたのはそれだけの言葉。
 庭師が降りて、即座に馬車が去る。
 それが意味するところは、誰しもが解っているのだろう。
 通行人が武器を抜いた。或いは建物の陰から、その上空から。
 待ち続けたタイミングに、襲撃した推定私兵達。自身の得物を構える庭師が若干顔色を青くするも。
「……ご安心を」
 リゲルの言葉が、放たれるが早いか。
 ルチアーノが叫び、アランが薙いだ。
 あやめが印を組み術を放てば、虚を突かれた襲撃者を彩乃の遠術が強かに打つ。
 戦いの幕開けに於いて、しかしどこまでも落ち着いた言葉は、そうしてこう続けられる。
「貴方をお守りすることが、我々の任務です」


「ろ、ローレットの大捕物、です!
 すぐにこわいひとはつかまえます、から……すこしだけ、この場から離れていてほしいの」
 戦闘の開始時、その挙動は応戦のみに終わらない。
『夜鷹』エーリカ・マルトリッツ(p3p000117)が声を上げれば、少なかった一般人達はあわててその場から逃げ出していく。
 或いは、このあと偶然この場に立ち寄る者が居たとしても、この戦闘を見れば直ぐに逃げ出すだろう。
 自身の仕事を一先ず終えたと考えたエーリカは、そうして魔石を二つ入れた水瓶をからりと振って、その内側から膨大な量の魔力をくみ出した。
「……っ! ギルド、『ローレット』!!」
「知ってたのなら話が早い。こっちもお仕事でね」
 にやりと笑んで、『魂の牧童』巡離 リンネ(p3p000412)が自身の精神を削ることで極大の魔力を捻出する。
 戦闘の開始にあたり、彼女が自身に打ち込んだ薬剤は合計で四種類。その何れもが肉体面に於ける負荷を代償に、自身の魔力、精神力を強化するものばかり。
 それが、何を意味するかと言えば。
「お互い腹の底で何を考えていようと、そっちの事情もこちらの事情も関係はないよねー」
 ──そういうわけで、きっちりこなしてみせましょう。
 通常のそれより遙かに肥大化した術式は、襲撃者のうち一人を呆気なく吹き飛ばした。
 一命はとりとめ、同時に一人で動ける。だが継戦は困難と判断して、傷を受けた襲撃者は即座にその場から逃走したのだった。
「ありゃ、お早い」
「『そういうこと』なんでしょう。
 相手方の数は未だ解りませんが、相当数が居ることは間違いないかと」
 ともあれ、そう呟いた彩乃自身、望むところと再びの遠術で接近してきた襲撃者の一人を弾き飛ばす。
 元より回復手が過剰なまでに多く集ったのがこのパーティの特徴である。長期戦はある種、特異運命座標らにとっては本領とも言えた。
「君達の仕事は、僕が徹底的に邪魔するよ。僕を倒して力づくで成し遂げてみなよ!」
 加え、揃えようとした足並みはルチアーノの名乗り口上によって逐一乱される。
 激昂した襲撃者の攻撃、術式、潤沢な体力を持つルチアーノからすれば数度の攻撃では小揺るぎもしなかろうが、それでも感覚として痛いものは痛い。
 ゆえ、それを補う攻撃手も、勿論存在する。
「オラァゴミィ!! 退けカス!!」
 粗野な言葉を威力に込めて。技巧を捨て純粋な殺傷力を高めたアランのクラッシュホーンは、襲撃者の前衛を鎧ごと引き裂いて膝を着かせる。
 その様子に、怯んだのは敵も当然ながら、攻撃したアラン当人もであった。
 その数も、力量も。敵の詳細が解らないこともあり、不殺に属性される攻撃を持たないアランやリンネ、彩乃などは可能な限り負傷の少ない敵を優先的に攻撃するよう動いていたが、そうしたことを心がけながら「敵の体力の最大値が少なすぎて殺しかねない」などというパターンは流石に考慮していなかった。
 それに比べて、数は多い、体力と防御以外のステータスは比較的高いなど、使い捨てながらそのポテンシャルは極めて高い。
 ゆえに、アランたちも技のランクを落とせなかった。迂闊に威力の低いスキルで攻撃し、倒し損ねようものならあっという間にターゲットである庭師が『落ちる』。
 加減をする余地は一切無い。特に、敵の数が最も多い戦闘直後の現在では。
「ふん、殺せぬのは極めて遺憾ではあるが……」
 掠める矢の一撃。庭師の男性がそれをかわし損ねれば、返す刀とばかりに彼が銀糸で動きを封じ、其処にあやめが魔剣を媒体に魔力弾をたたき込む。
「……その苦悶の響きは、心地よい」
 細い橋を渡る戦闘ながらも、凡そ一人の行動で必ず襲撃者が一人倒れると言う点は特異運命座標達にとって朗報である。
 それが──殊に、「敵を殺傷せしめない」スキルを有するものならば、尚のこと。
「残念だが……此処までだ!」
 リゲルが吼え、手にする聖剣が更なる輝きを帯びる。
 受けた襲撃者の剣が耐えきれずに折れれば、空いた胴を彼の蹴撃が穿ち、その意識を刈り取った。
 遅々としながらも、確かに傾きつつある天秤を確信するリゲルは、しかし、唯一つだけ存在した過ちに、この時は気付かなかった。


 状況を整理する。
 戦闘開始時点からの主たる立ち位置は三種類。其処から更に細分化されて、庭師の男性の傍にいるか、否かの二つに分けられる。
 まず攻撃手にエーリカ、アランとリゲル、あやめの四名。回復はリンネとエリーナ、そして援護や妨害を主軸としたルチアーノ、彩乃の二人。
 基本戦術はルチアーノの名乗り口上による攪乱と、上記攻撃手の四名が敵の数を削っていく。回復担当のリンネらも手が空いた際の攻撃スキルは持っていたため、継続したリソース回復を要する長期戦や高密度の短期決戦、どちらにも対応しうる構成となっている。
 敵を倒すという面に於いて、これは理想的なメンバーと言えようが……この依頼はあくまで護衛の範疇に含まれる依頼で、尚かつ、特異運命座標達は一つだけ、見落としとまで言わなくとも、僅かに『甘い』部分が存在した。
「弓兵、術士、構え!」
「前に立つ奴らは向こうの前衛を抑えてろ! 多少の流れ弾は覚悟しろよ!」
 襲撃者の何名かが口々に叫べば、それと共に幾重もの遠距離攻撃が庭師を襲った。
「………………っ!!」
「庭師さん!」
 慌ててエリーナが回復を施すが、前述の通り敵はその耐久性を除いたステータスが相応に高い。
 癒しきれない傷に、未だ数の多い敵は更に後方からの攻撃を繰り返す。
「兄上、頼む!」
「こっちの台詞だ、任せた!」
 前衛での攻撃をアランに任せたリゲルは、負傷の度合いを加速度的に高めた庭師を慌てて庇いに入る。
 戦闘が開始してから現在まで、エネミースキャンを常に使用していたリンネは、敵の後衛陣が非常に多いという事実に気付いていた。
 寧ろ、敵方の前衛陣は本来それら後衛陣を守るための壁であった可能性が高い。その目論みはルチアーノの名乗り口上によって脆くも崩れ去ったわけだが、それを除いても「庭師に近づいた敵を優先的に攻撃する」や「いざというときに庭師を庇う」ことを主としたメンバーは、護衛対象である庭師から一定以上の距離を取れず、結果として特に数の多い後衛陣はそれほど多くを倒せていない。
 同時に、護衛対象である庭師を庇うタイミングを、一定条件の下に設定していたのも此処では効いてくる。
 例としてあげられるのはリンネとリゲルの二人だ。「敵が接近してきたら」「特に威力の高そうな攻撃が来たら」「庭師の体力が一定以下になったら」これらは「さほど威力の大きくない攻撃を」「遠距離に居るまま」「誰かが庇うまでの間にその体力を一気に尽きさせたら」、何れの条件もすり抜けたまま、一方的に庭師を倒すことが可能となる。
 流石にここまで敵方に都合の良い展開は先ず無いが、庭師の男性が自身を或る程度守れる術を有していること、更に襲撃者達の情報に於ける不透明さを侮っていたのは、現在突如として訪れた苦境の原因と言って良いだろう。
「ゴメン、後任せた……!」
 リゲルの挙動より僅かに前。継続された攻撃に途中からカバーリングを行っていたリンネも、パンドラさえ灼き尽くした後、ヒールオーダーを庭師に施して気を失う。
「だめ、だよ。
 傷つくのも、死んじゃうのも、とっても辛いことだから……!」
 エリーカが祈れば、その魔力が祝福となって暖かな光を形作った。
 拉ぎ、夥しい血を零す庭師の身体を燐光が包めば、それと同時に傷は血の跡だけを残し、元の真っ新な肌を覗かせる。
「……どうも、有難う御座います」
「依頼ですから。まあ戦闘に持ち込んでくれるだけ好印象ですが、流石にこうもしつこいといけませんね」
 鼻を鳴らす彩乃も同様に。単音を以て言祝いだそれはエリーカやリンネのそれに至らずとも、その傷を確かに癒していく。
 事前のリゲルや彩乃が出した指示が功を奏した。庭師が全力防御に徹したことでその体力はギリギリながら保たれており、同時にエーリカと彩乃が回復にポジショニングしたことで、切れかけた命の綱はすんでの所で繋がれる。
 回復と庇護。それらにメンバーの大半が移動しながらも。残る攻手担当はその精彩を僅かにも損なわない。
「それじゃ、俺も行こうとするかね!」
 威嚇術の連打から庭師を庇いに走ったリゲルを見て、アランが口笛を吹いて笑った。
 敵方は前衛陣の大半を失っている。
 故に、移動。未だ数多く残る後衛の群れへと跳んだアランが自身の得物を片手に預け、残る右手を爆発させる。
 バーンアウトライトと呼ばれたそれが地を叩けば、熱と共に爆ぜた石畳が襲撃者達を強かに打ち、そのまま倒していく。
 殺めも同様に。焔式、魔弾と切り替えた術技は敵の後衛陣を確実に削り取っていき、その数は加速度的に減っていく。
 前衛陣すらアランやリンネの攻撃で容易く倒れるほどだ。後衛陣の体力の乏しさはそれ以上であろう。呆気なく壊滅寸前となった敵が一斉に逃走を考えれば、その足下に銃弾と──間延びしたルチアーノの声がかけられる。
「情けないなあ、数を揃えてこの有様なんて」
 ぴたり、動きを止めた敵の一人が、其処でルチアーノをぎろりと睨んだ。
 逃げる兎を弄ぶように、次いで二発、三発と、足下を狙う狙撃。アンガーコールと呼ばれるそれの意図を理解するよりも早く、挑発された襲撃者──彼らの司令官にあたる者が、怒りの雄叫びと共に突進すれば、それを待っていたとばかりに、
「……庭師さんの苦労も、私達のお仕事も、これでおしまいです!」
 敵の数の減少によって、回復を要さなくなったエリーナが威嚇術を放つ。
 殺傷性よりも衝撃を主とした攻撃にもんどり打った襲撃者が、慌てて態勢を立て直そうとするも、
「……鉄壁の守りを貫かせてもらう!」
 兄上! と叫んだリゲルが戦鬼烈風陣を撃てば、その風に自身の炎を乗せるアラン。
 爆風が襲撃者の司令官を倒せば、残る襲撃者達は蜘蛛の子を散らすように撤退していった。
「ま、合体技かは分かんねーが……」
「これがアークライト兄弟の! 連携だ!」
 明滅する意識の中で忌々しい呻き声を上げた司令官は、それを最後に意識を失ったのであった。


「わ、解った! 解ったから! 話すから武器も、拷問も勘弁してくれ!」
「遅ェんだよ、とっとと話せ」
「はい。お話しいただけるなら、此方も手荒な真似をする必要は有りませんから」
 襲撃者……今となっては自白して、私兵の司令官は、呆気なく自身の雇い主を告白した。
 呆気なく、とは言うが、その裏には武器で脅すアランとリゲル、逃走対策に入念に拘束したエリーナと、無防備な身体に延々と組み技で痛めつけたあやめの存在が居たことは此処に記しておく。
「……手紙、ですか?」
「うん。……そのこは、もう一度あなたに会いたかっただけだとおもうの」
 そうして、他の面々が言質を取っている間。
 未だ傷の残る身体を癒される庭師の男性に、エーリカはそっと語りかけていた。
「『主人に不義理は果たせませんが、良ければお茶を』なんて、……だめ? 」
「う、ううん……」
 初対面の台詞から現在の襲撃まで考えれば、庭師の男性から貴族の少女への印象は決してよろしくない。
 しょぼんとした表情を浮かべるエーリカに、ひょこりと顔を出したリンネがぼろぼろの身体でアドバイスをする。
「二人きりが怖いって言うなら、そっちの雇い主も交えて話せばどう? それなら身の危険もないでしょ」
「……。まあ、そうですね。それなら」
「それで一悶着あったら今度教えて」
「寧ろそれを期待していませんか……!」
 頭を抱える庭師に、苦笑混じりのルチアーノが何気ない体で声を掛けた。
「庭師さんは刺激的な恋に巻き込まれやすいのかな?
 どんな人がタイプなのか、聞いてみてもいい?」
「……? 恋がどうかは解りませんが、まあ、明るい人がタイプですね」
「なるほどねえ」
 それが現在拘束している襲撃者の司令官を通じて、貴族の少女に伝えられるとは流石に誰も予想もしていないだろう。
「私としては、庭師さんがこれ以上苦労しないことを願うばかりですが……」
「私は……落ち着いたらまたあって……その時に和解してほしい」
 困った表情で笑うエリーナに、あやめはぽつぽつと、しかしはっきりと自分の意見を口にした。
 それぞれの意見を聞いて、庭師の男性が頭を掻いて……漸く、自らの意見を口にした。



 ……数日後。貴族の少女と庭師の男性が、些細なお茶会を開いたのは、知る人の少ない些細な朗報であった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

巡離 リンネ(p3p000412)[重傷]
魂の牧童

あとがき

ご参加、ありがとうございました。

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