PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ショコラ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●我が家の可愛いお姫様
 キッズチャンネルに可愛らしい女の子が映っていた。父と母、おばあちゃんとおじいちゃん、たまに叔父さんも。今日はこんなことをしたよ。ちょっと怒ってます。楽しそう。お気に入りみたいです。
 愛情を一身に受けて、コメント欄も微笑ましく成長を見守り――ある時、更新が途絶えて。


●幼女誘拐依頼
「4歳になる女の子を誘拐してほしいんです」
 情報屋がそう言って依頼書を見せる。依頼者は『配信者ショコラ』。若い女性らしい。
 場所は、練達の中にある再現性東京――『Latest街』。

「女の子は、近・梨々菜(こん・りりな)ちゃん」
 平日の朝は、決まった時間におばあちゃんに付き添われて家を出てバス停へ。
 幼稚園バスに乗り、幼稚園へ。幼稚園が終わると、叔父さんが車で迎えに来る。
 土日は家にいることが多いが、たまにお出かけする。

「ふむ。攫った後は何処へ? まさかギルドに連れてくるわけでもあるまい」
 ルブラット・メルクライン(p3p009557)が柔らかな口調で先を促せば、情報屋の野火止・蜜柑(p3n000236)が地図を広げて一か所を指さした。
「ここ。令和大病院、4階の病室に連れてってほしいと書いてあります。怪我させずに連れてきて欲しいっちゅうのと、余計な家族とかは絶対連れてくるなっちゅう要望あり。女の子一人だけ連れてきたらお仕事終わりやて。あとは、知らん」
 簡単なお仕事や。
 そう呟いて少年の目がルブラットの仮面を見上げた。
「一応、もうちっと詳しい情報も調べたけど、ソレもいります……?」


●ショコラ
 配信者ショコラは引き篭もりの17歳。元は女子高生だったけど、今は偽物の都市と呼ぶ歪んだ場所でネットを共に昼夜逆転生活を送っている。

 細長背高のビルが競うように並び立ち、無数の光を燈してる。1点ごとに生活があるんだ、あれは四角い部屋の灯りだから。その中の一つがあたしの光で、どれかがネット友達の光。隣り合う光どうし、お互いの事なんてちっとも知らねぇってツラしてるけど、だいたいどれも似たような窮屈で面白味のない生活なのはわかってる。
 都市風景や暮らしぶりは、まるで東京。
 でもこんなのは嘘っぱちで、ニセモノだと現実を突きつけるように先日大混乱が起きてでっかい竜が来たし、人もいっぱい死んでった。それがネットニュースを騒がせて、怯えるような面白がるような匿名アイコンのコメントがわんさと四角い画面をフォントの形で流れていった――お気に入りのBGM垂れ流す部屋の中で。安全な場所で「怖い」なんて書いて、刺激を楽しんで。誰かが死んだときいたら「悲しい」とか書いて。次の日には違う話を始めてる。区画によっては、情報統制で災害として報道していたりもするし。
「んあぁ、だるい」
 つけっ放しのパソコン画面もやっぱり四角い。世の中四角いものだらけだ。人間はどうだろう。そんな取り留めのない雑念の視界で、光源を兼ねて光るモニターがFPSバトロワゲーで降下して物資を漁りながら奇声をあげる実況者を映してる。オモシロシーンは切り抜かれて再生数廻してカネにする――今切り抜き職人が大喜びで作業を始めてるだろうな。
 分厚いカーテンの向こうが夜の気配を濃くしていく。小さな無機質の箱のような狭い部屋の中、自分以外の人類といえばモニターの中にしかいないのではないかと思うほど人の体温が遠い夜。ベッドに転がれば自分が小さなゴミクズのようで惨めだった。箱みたいな部屋の外には煌びやかな都市が広がって、そこからさらに遠くに行けば海があって、全く知らない広い世界があるんだ。知ってる。でも、この部屋から布団から、あたしはぬくぬくした温度の中で縮こまって動かない。
 パソコンはつけっぱなしで、雑音垂れ流して――無音が怖いから。寂しいから。
 昼夜逆転、夜行生物と気取るでもないがこの時間になるとネットの界隈が賑わうのは確かで、同種の生き物だと互いに思う名前を見れば日常を感じて安らいだ。Latest街では必須のスマホ画面が通話アプリのログを伝えて布団の中で流し見する。複数のクラスターに毎日雑談を仕掛けて巡るファン数100人程度のバーチャルアイドルみこみこちゃんは、営業の結果このあとの配信を見る約束をしてくれた初見を2人獲得。
 寝返り打って開く縦長のウェブコミは百合漫画。作者の姫宮花ちゃんはSNSで猫耳カチューシャつけて自撮りをアップして「頑張ってエッチにしたので読んでください!」とアピールしていたから、コメントに「猫耳が可愛かった」と書いて更新。ハートマークの共感が幾つもついて笑って閉じた。
 エンタメ浴びて覚醒した脳は睡眠と程遠くて、もう起きようとのっそりと身を起こす。みこみこちゃんも花ちゃんも頑張って生きてるじゃんか。あたしも今夜を生きようぜ。部屋の中でさ。
 椅子に座って、マウスを手に。
 studioアプリから設定ウインドウを開いて、調整した後クリックする。録画と配信を一瞬迷うのは最近の回線不調による遅延を考えて。思いついたら口にしないと気が済まないキッズの「遅延……」コメントが絶対に来るから。いちいち面倒だから、嫌だから。やりたくないから、本当は。思って3秒でころりと撤回、やりたいです。カネがいるのよ本能寺、満たされたいのよ承認欲求、止まれないのよコミュニティ――、
「薄っぺらいぜ」
 ワンフレーズ口ずさむ。FPSする気も起きないし歌でも歌っとくか、なんて思って――新しい曲なんて何も作ってやいないけど誰かの歌を歌えばいい。そんな時、通知が来て目を見開いた。あっ。
 あっ。あっ?
 指を滑らせる。相手は、大怪我したという噂があって音信不通で、心配してた友人の『ヤッカ』さん――本名『遠藤・克也(エンドウ・カツヤ)』だった。生きてる。何かメッセージで喋った。喋りかけてる。どうしたの、何言ってんの? 見なきゃ、今見るよ待ってて。画面を開く――ヒュッ。喉が鳴った。

『この文章は、担当医に代理で入力してもらってます。
 僕は今〇〇病院にいます。
 目が見えなくなりました。手も動かなくなりました。実は、余命幾何もありません。
 だから、もうメッセージのやり取りができません』

 綴られた文章は四角い箱の中で無機質な光の画面で整然としたフォントで想いを綴り、感謝と別れが一方的に済まされてもう返信はないという。
 彼との日々を思い出す。
 ネットゲームで知り合った。
 ネットニュースの話をした。
 推し漫画やアニメを語って、子供の話を聞いた。
 ショコラは父に愛された記憶がないから、蝶よ花よと父に愛される娘が内心羨ましかった。
 ショコラは孤独だったから、リア充な友人が別世界の住人のようで眩しかった。
 あったかい家庭ってこんなのだよねって画面越しに見ていた。
 離婚した話を聞いた。
 裁判に挑む話を聞いて、負けた話を聞いた。

 ――え、何。
 もう喋れないの? 死ぬの?
 ショコラはじっと文字を見た。何度も何度も開き直して、一度トイレに行って、カーテンから外を見て、他のネット仲間の様子を見て、もう一度開いて。椅子に座り直して、また読んだ。
 ――現実だ。
 あっ、これ。リアルだ。ネットでよく見かけてた「突然……」ってやつだ。この前の事件でいっぱい見かけたやつだ。巻き込まれてた。そうじゃないかって噂されてた。ガチでそうだったんだ。感情が湧きたって、謎の衝動に手が震えた。息を吐く唇が熱かった。

『子供と会えないんです』
「あ?」
『最期に会いたかったけど、やっぱり会えないみたいです。元嫁も会いに来ません。もう関わりたくない、と』
 文字を追いかけて、呆然とする。

 ――なんでさ。
 会わせてくれねえの? 死に際に、子供に?
 死ぬのに?

 パソコンから誰かの歌が響いている。これはみこみこちゃんの歌回で、誰かが作った流行りの恋愛の歌だろう。
 ♪きゅんきゅん ハートで撃ち抜いて
 しょうもない。可愛い歌だ。尊い仕事だ。この曲を心の支えにして今日を過ごす人もいる。
 ♪告白まであと3秒……
 あとどれくらいで死ぬんだよ。息を吸って、吐いた。その間にもキャワワなみこみこちゃんの歌は進んでいって、同時に彼に残された時間も減っていく。どこかで子供は寝てるだろうか。何も知らずにお母さんと寄り添って。明日が来て、明後日が来て、そのうち彼が死んで、それを知らずに「子供のころに死んだって聞いてる。お父さんの顔も覚えてない」なんて言う大人になるんだろうか――なるんだろうか?

(まだ生きてる)
 もうすぐ死ぬ。あとどれくらいかわかんないけど。

『僕のキッズチャンネルがきっと消されるので、動画を保存してくれませんか。もし可能なら。せめて僕があの子を愛していた日々をなかったことにされたくないんです。将来もしあの子が望んだ時に、思い出を見せてあげれたらもっと良い。それは、難しいでしょうけど』
 ♪マフラー2人で分け合って繋がってるあたしたち
 ♪いつまでも 一緒だね なんて手を繋いで 大好き!
『パパは梨々菜が大好きだったんだよって知ってもらえたらどんなに嬉しいだろう』
 あとどれくらい? 今死にそう? 明日は、明後日は、来そう? もう無理ぽいの? 苦しんでる? つらい?
 会いたいんだよね? 無理だって諦めてんだよね?

「――まだ生きてるじゃんかぁ……ッ?」
 伝えようと思えば、会わせてあげれば言えるじゃんかぁ――クソがよ。

GMコメント

 透明空気です。今回はルブラット・メルクライン(p3p009557)さんからのアフターアクションで「透明空気の悪属性依頼がみたい」とあったのでこんなん出してみました。ルブラットさんお好みに合いますでしょうか(手を振る)。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『練達』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●オーダー
・依頼を受けて1~2日以内に梨々菜ちゃんを誘拐して令和大病院の4階にいる依頼人に引き渡す。

●失敗条件
・梨々菜ちゃんの期間内の誘拐に失敗する。
・梨々菜ちゃん以外の家族が病院に来てしまう。

●場所
・練達の中にある再現性東京――『Latest街』。
 高層ビルが並ぶ都市の一角に幼稚園と令和大病院があります。互いの距離は車で10分程度。
 梨々菜ちゃんの自宅は住宅街のマンション6階。エレベーターあり。
 バス亭までは徒歩8分。幼稚園バスに乗ってから幼稚園に到着するまでは15分程度かかります。

※都市の状態について
 R.O.Oを経てから『怪竜』の襲来が行われた経緯があり、一部道路が通行止めになっていたりと事件の爪痕を未だに残しつつも日常に戻り始めた街、となっています。再現性東京の中でも希望ヶ浜などでは、情報統制により一連の事件は現実的な災害として報道されていますが、今回の『Latest街』では現実をありのまま報道しています。

※スマホについて
 aPhoneは、地域によって(GM裁量・シナリオの都合等で)使用できたりできなかったりします。今回、当シナリオに参加するPCは、当シナリオでご自身の愛用aPhoneを使用することができます。また、『Latest街』で使用可能なaPhone以外のスマホを使用希望であれば、自動で所有している扱いになります。

●マンション
 梨々菜ちゃんが住むのは、6階建てのマンションの6階、605号室です。すぐ隣の606号室におじいちゃんおばあちゃんと叔父さんが住んでいます。エレベーターは南北2か所。非常階段あり。
 マンション1階にはブランコや滑り台付の公園みたいなスペースと、駐車場があります。

●バス亭
 住宅街にあるバス亭。大きな通りに面していて見通しは良いです。

●幼稚園バス
 バス亭ごとに停車して園児を迎える幼稚園バスです。

●幼稚園
 隣接する建物は猫カフェとコンビニ。数件隣に警察署があります。
 2階建て。庭に遊具あり。

●令和大病院
 4階建て。改装したての病院です。内科・消化器内科・循環器内科・外科・リハビリテーション科あり。病床数は160床。

●ターゲット
・梨々菜ちゃん(4歳)
 離婚家庭の一人っ子・女の子。平日の朝は、決まった時間におばあちゃんに付き添われて家を出てバス停へ。
 幼稚園バスに乗り、幼稚園へ。幼稚園が終わると、同居の叔父さんが車で迎えに来る。
 土日は家にいることが多いが、たまにお出かけする。
 離婚するまでキッズチャンネルに顔出しで出ていたことと、離婚した元父を警戒して、周囲の大人は厳重にその身を守り、一人にしないよう警戒しています。

●依頼人
・ショコラ
 本名不明・配信者。実年齢17歳のウォーカーの女の子です。
 普段は引き篭もりですが今回は外に出て依頼をしました。依頼後は可能な限り病院で待機しています。

●情報確度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

 以上です。
 それでは、よろしくお願いいたします。

  • ショコラ完了
  • GM名透明空気
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年02月25日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
柳・黒蓮(p3p010505)
偽窓嘘録

リプレイ

「娘を渡した後は貴方の仕事だ。
 ……上手く話を合わせられるよう、考えておくことだな」
 彼は言った。

 失意に沈みながら迎える死も、それはそれで素晴らしいし、愛している。
 全ての死は等しく尊重されるべきだ。
 だが、幸せな最期を迎えられるならば、それに越したことはない。
 ……手段に関しては、褒めたくはないがね。


●セカイと1日目
 腹の底に溜まりそうな甘ったるさを珈琲の香が包んでいる。
 窓からは欺瞞都市の瑕が窺えた。『怪しくない』柳・黒蓮(p3p010505)の秘密の隠れ家を拠点に、チームは下準備を進めていた。

 珍しい、と珈琲一割牛乳九割角砂糖十個蜂蜜多量のカップを傾ける『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)。何がかね、と問う『死は等しく訪れる』ルブラット・メルクライン(p3p009557)は元々神を否定する者多き街を好ましくは思っていない。
「未だ真実を誤魔化せていないというものだから」
 白い砂糖を混沌に耽溺させてオラボナが哂えば、肩を竦めた。

 この日、オラボナはマンションの住民となり信仰蒐集を開始し、『雪風』ゼファー(p3p007625)は誘拐ポイントや周辺の状況を、ルブラットは地理や建物、監視カメラの位置等を下調べした。黒蓮と『進撃のラッパ』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)はインスタントキャリアで保育士となり、『Utraque unum』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も業者として幼稚園に潜入した。

「マリー、もうこんなに調べたの」
 フラーゴラが共有調書を受け取った。カメラの死角等を縫う人目につきにくい移動、警察の巡回の時間帯、幼稚園バス以外の公共バスの運行、幼稚園内でのタイムスケジュール。こういう依頼は実は初めて、と零せば友は案ずるような気配をのぼらせた。
「そうか。フラーは初めてか」
 私は慣れてる、と愛らしい声で応える『金色の首領』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は裏社会の請負人としてのコネクションを活かしていた。
 ――子に会えぬまま死ぬのは、悲しいから、な。
 大人のようでもあり、子供のようでもあるマリーがいい子を視る目をしている。
 ――でもワタシは皆が思ってるほどそんなにいい子じゃないんだ……。
「これはお仕事だもの……」
 だから、救う。ワタシの色は無い。悪でも善でもない。呟く背を友がそっと撫でた。

 リアクションを楽しむ生配信が数字を伸ばすのを横目に目当てのチャンネルにアクセスする。
 ――人、とは
 影響、される生き物です。
 忘れる、生き物です。
 其れが、4歳のお仔であれば尚更――
 『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)がUSBメモリに4年弱に渡る父子の思い出を収めた。開くたび、PV数は伸びていた。
(梨々菜殿に何事かあれば真っ先に疑われるのは父親、そしてキッズチャンネル視聴者か)
 アーマデルが頬杖をついて動画を眺めている。

 SNSに噂話が拡散されていく。未散が仕掛け人だった。
「いやぁ~、未散さん巧いっスね」
 雑音の中ノイズキャンセリングを利かせたみたいに抑揚深い声は、隠れ家の主が挟んだもの。
 墨を伸ばしたような黒い髪が揺れ。
 眉尻を下げ、口元は笑みの形で。
「自分には出来ないっス」
 硝子の小鳥が囀るように未散は首を傾けた。
「ご冗談を」
「はい。嘘っス」
 アーマデル先輩バックアップ完了っスよとUSBを渡して、黒蓮が隠れ家の出口に向かう。背を向けたままひらりと手を振り、飄々と。見送り、レンタカーを手配した未散は買い物や食事の必要性に思い至って立ち上がった。隠れ家の仲間達は外見も内面も様々で、よくわからない部分があったりしたけれど、目指す方向は同一、という繋がりが芯にある。
 ――ぼく達がしようとしているのは
 『優しい嘘』なんかじゃない、歴とした『犯罪』だ。
「精々、御手手が後ろに回らない様に使えるものなら何でも使います」

「Nyahahahahahahahaha!!!」
 オラボナはそんな依頼を実に愉しんでいた。
「貴様らの脳には真実がこびりついていると。観てしまったか、見てしまったか。ならば視よ、膚と体毛で感じよ、神経と足で実感せよ。神に仕えれば食事も睡眠も呼吸も不要となる。糖分はあってもいい。606号室と605号室には悪魔が潜んでいる、祓うのは時が来てからだ」

 幼稚園には、明るい笑い声が充ちていた。
「ワタシは歌が得意……。お歌の時間は任せて」
 フラーゴラが黒蓮と揃いのエプロンをつけて子供達に囲まれる。その中には、誘拐の標的もいた。愛らしく綺麗に笑う、身だしなみの整った女児だった。
「ドーモ、黒柳・蓮先生っスよ、よろしくっス!」
 もう一つ、調べた事があったけど。共有するの忘れちゃった。うっかりうっかり――嘘っスけど。


●2日目
 0歳、1歳、2歳、3歳。
 aPhoneが生配信を追いかけた夜は淡々と秒針を刻み、気付けば朝と呼ばれる時間になっていた。
「最近越して来たの」
 フラーゴラが猫カフェと警察署に睡眠薬入り菓子折りを持って挨拶をする。
 同時刻、誘拐用の車に繋がる道に偽の工事看板を設置して、ルブラットが人避けを済ませていた。

 茜の夕日が人の輪郭を染めるより疾く、マンションで騒ぎが起きた。司祭が看守る中、信仰の胤は芽吹いて六階の聖戦が愉楽怪奇な狂騒音を奏で始める。隣人達が老夫婦や独母の住居に詰め、薄い一枚戸を力任せに叩いてがなり、悪魔と呼ぶ。悪くない、とオラボナは縁結びのめでたき紅紐を六階に巡らせた。端と縁を愛らしく結び、贈り物のように飾り付けて、触れようとする者にはお告げの如く切れば爆発するのだと尤もらしく嘯いた。
 幼稚園では、警備機器の点検業者を装うアーマデルが全装置を一斉作動させていた。

 風音、靴音、無数の聲、車の走行音、平穏な雑音世界がある瞬間、歪に乱れる。日常は容易く崩壊するのだと人々は何度も思ったものだが、矢張りこの日もそうだった。
 聞き耳を立てていたエクスマリアは最初の異変に便乗して物質透過でカメラの死角を突き、梨々菜を攫った。華麗な手際の背を観光客のふりをしたルブラットの声が押す――「この観光ガイドにある歌舞伎座は此処ではないのだろうか」。

 エクスマリアが連れて来た梨々菜は、車の近くに何かを探すような目を一瞬彷徨わせて、保育士のフラーゴラ先生と黒蓮先生を見つけた。
「アナタのお父さんは危篤なの。これが会えるのが最後かもしれない」
 おとうさん、きとく、と呟く無垢に黒蓮がするりと舌を廻した。
「そうっスね……わかりやすく言うとお父さんはお星様になっちゃって二度と会えないっスよ」
「この先会いたいと思っても二度と会えないんだ。だから……一緒に来て欲しい」
 フラーゴラが真摯な目を向けていた。隣で黒蓮はとろりと笑み、声を続かせた。
「後悔したくないなら……自分等についてきて欲しいっスね」
 仲間達に続き、しゃがみこんだゼファーが梨々菜の手を握った。手は温かかった。難しいことは考えないでいいわ、と囁く声は柔らか。見返す女児の目は稚くも賢しげだった。
「パパに会いたいかどうか、それだけ答えて」
 ぱぱ、と子供が唇を動かした。音にはせず、指先をきゅっとしたから、ゼファーは眉を下げた。私達はワルいお姉さん達だから、会いたくなくても連れてっちゃうんだけどね、と零す吐息交じりに感傷めいた切なさが滲むのは、子供がいい子だと感じたせい。
 ゼファーは梨々菜を抱き寄せ、大人達が犇めく社会から守るようにして車に乗せた。アーマデルが合流して乗り込み、梨々菜のキッズ携帯の電源をOFFにする。出発する窓越しに子供が唇の動きで伝えた。

『あいたい』



「あの車――」
 見知った幼児が乗っていた、と思った警官が口を開くのに先んじて新たな騒ぎが発生する。火事だ、と叫ぶ声。幼稚園から警報と煙があがっていた。対応能力を残すのは少数で、残りは睡眠薬で眠っていた。猫カフェでも猫達もみゃあにゃあ騒いでいたが、スタッフはぐっすり眠っている。
 ゼファーが別の警官の袖を引いていた。振り返った警官は一瞬、間近な美女に見惚れた。そろそろ大人と言える年頃の都市学生風で、スタイルが良く友人も多そうな、凡そ奇しい気配のない娘。好きな有名人にも似ている気がした。故に「怪しい人物が向こうに逃げて行ったわ!」と示されれば疑う事もなかった。只、幼児も気になっていた。警官は手分けして事に当たろうとしたのだが――「馬がいる」と声があがったのはその時だった。
「馬?」
 馬はよく手入れされている様子の優美な毛並みと佇まいで、長い睫毛の下の瞳は穏やかだった。沢山の視線とスマホのカメラを向けられて、ぶるると首を振れば鬣がさらりと目を奪う。無線では、マンションで宗教団体が暴動を起こしているだとか、爆弾が仕掛けられただとか、緊急性の高い報せが次々と流れた。
 捕獲劇やマンション騒動はネットにリアルタイムで情報が流れれば野次馬が増えていく。見物人が新たな情報を放逐し、それを見てまた観客が増える。
「マリアの家で飼っている馬、だ。柵の鍵を掛け忘れた、ごめんなさい」
 エクスマリアがグリンガレットの名を呼べば、馬は嬉しそうに嘶いた。華奢な幼子に傅くように座り込む愛馬の鼻筋を優しく撫でる。その光景は一枚の絵画のようで、人々は幼気な娘の言い分を全て信じた。愛馬に頬を寄せるエクスマリアはお日さまみたいな匂いを感じて、ふとレオンをパパと呼んだ時の感覚を思い出した。
 黒蓮はふわりと笑む。ぼや騒ぎの中、幾つもの目撃証言が生まれるように梨々菜の幻影を動かして。情報が情報を押し流し、ドラゴンが地震や火山の噴火になるみたいに、子供が攫われた現実が今「――闇の中」。隠蔽工作で仲間達の痕跡を掻き消して、ルブラットが騒然たる都市に嘆息する。
「それにしても、遠回りな仕事だ――殺していいなら、もっと楽で面白く済んだのにな!」

 淑やかに小雨が降り始めて、僅かに都市を湿らせた。
 濡れた匂いは、冬と春の狭間に迷うようだった。

 車が走る。排気ガスが燃焼の色を大気に溶かして。
 未散は散らばった仲間を順に拾った。ドライブは不思議と楽しかった。
(悪い事って、何だかドキドキします)
 1台目にはフラーゴラと梨々菜と黒蓮。2台目に未散とアーマデルとゼファーとエクスマリア。
 ♪あさは おはよう
 ♪うれしいときは ありがとう
 フラーゴラが澄んだ歌声で梨々菜が好きなあいさつの歌を歌っている。車窓の景色が後ろへと流れていく内部空間は、世界の流れから切り離された心地だった。梨々菜は大人しく、いい子だった。

 現地病院にはオラボナが既にいた。仲間を降ろし、未散はルブラットを迎えに行く前に子供に向き合い、すこしだけ言葉を探した。
「死んだ人は、悲しんでくれる人の涙で出来た虹を渡って空に登って行くんです」
 綺麗な言葉と声に子供は御伽噺に邂逅したような顔をして――未散の目には理解の色を浮かべたように視えた。

 4階でエレベーターを降りると、黒いマスクをした少女が待っていた。少女はこの一日、スマホを手にチームの仕事ぶりとネット上での騒がれっぷりを見ていたと言い、丁寧に頭を下げて全員に感謝した。
「有難う、皆さんの仕事はこれで終わりでいいです」
 蚊の鳴くような聲だった。礼を言われてゼファーが優しく頷いた。

 ――結末はどうあれ、過程はどうあれ。喩え正しくない道でも、他人に後ろ指を指されるような手段であっても、誰かの為に、何かをしてあげたいと思ったのでしょう。
 行く末がどうなるかは分からないけど……其の根性は買うわ。
 少なくとも。何も変わらなかった。ってことはないでしょうからね。
 あの子も、貴女も。
 嗚呼。貴女の時も、あれぐらい愛されたかった?

 少女は目を見開いて、その後にこりとした。拳を握り、誇らしげに頷いた。顔をあげた目は毅然としていて生意気で、意外なほど勝気だった。まるで、戦場の死兵みたいだった。
「あたしの4歳までも、あんなんだったかも」


 オラボナがマンションが未だ混乱の最中だと守備を語った。ルブラットから連絡が入り、眠っていた警察が起き出して不審な菓子を調べている点と、幼稚園と家族が連絡を取り合って警察に通報した点、マンションの騒動との関連性を疑い梨々菜の捜索を始めた点を報せた。
 誘拐チームは、慎重だった。多様な騒ぎを起こし時間を稼ぎ痕跡を消して、それでも家族が病院に来る可能性を危惧した。今にもマンションを脱出した家族が警察を伴って車で病院を囲むのではないかと警戒していた。
 アーマデルは酒蔵の聖女や院内の霊に見張りを手伝わせて、正規じゃない侵入ルートも想定していた。フラーゴラは受け付け周辺を担当し、いざとなったら演技をしてもうひと騒ぎ起こしてやろうと準備していたし、オラボナは一緒になって『おはなし』をして通せんぼしようと思っていた。幸か不幸か、家族は来なかった。父娘の面会は成功した。

 黒蓮が看護師の格好をして病室の外に控えた。魔眼とインスタントキャリアが病院関係者を丸め込み、面会を妨害される事は終ぞ無かった。外はすっかり暗くなっている。アーマデルは都市灯りに薄っすらと存在を主張する星を視た。
(俺には家族というものはよくわからない。だが、撚り合わせた縁を断ち切るのは痛みを伴うと、知っている)


●嘘とアオイトリ
 車が淑やかに停止する。未散はルブラットが誰かと話しているのを見つけて、その背中を靜かに見守った。

 夜空を星が滑り落ちる。
 それは、熟れた林檎が枝から落ちる様によく似ていて、一瞬の現象だった。
 未散はそれを見送って、2日間という時間の短さを思った。

 隠れ家に戻った仲間達は、互いの完璧な仕事ぶりを讃え合い、労い、別れを告げる。
 依頼は終わったのだ。
「フラー、帰ろう」
 エクスマリアがフラーゴラと手を繋ぐ。髪と一緒に手を揺らしたら、彩の異なる瞳が地上に迷い降りた星みたいに瞬いた。顛末がどうなったかはちょっと気になるかな、と空気に溶けるような淡い声がする。

 そんな少女らを背景に、巨躯を隠れ家のソファにゆったりと沈ませたオラボナは黒蓮と一緒に優雅にショコラを鑑劇していた。
 フラーゴラは其れに気付いた。

『人が傷つく時って、自分で傷ついているんだと思うんだ』
 昨夜のショコラはアバターでキッズチャンネルを順に観て、視聴者と夜を過ごした。
 今夜のショコラは、アバターがない。画面に映るのは、揺れる夜の都市風景。画面が時折動いて、繋いだ手と小さな女児を映していた。
 コメントが濁流のように流れていた。通報という文字が沢山出て、モデレーターに消されていく。
「可愛かったから、誘拐しちゃった」
 ショコラは罅割れた硝子みたいな声で笑った。
 カメラを向けると女児が子供らしく台詞を吐く。あのね、りりなはね、みょうじがかわったんだよ。ままがりりなをつねっていじめるから、ぱぱはせんせいにそうだんしたの。ぱぱがえんぎさせるからだって、ままはおこったんだよ。

 せんせいがおうちにきて、かえった。
 ままは りりなをつれてにげたんだあ。
 いっしょにいられなくなるからだって。

 ままは いったんだよ。
 しゃかいはままのみかただから、ぱぱがひどいっていったらかてるんだって。
 ままは、ぱぱはしぬってよろこんでたよ。

『あたし達は人が事実を創るって事を何より教えてくれる都市に住んでるわけだけど。人間の正しさってやつは、こういう反抗心にあるんじゃないかなぁ――ドラゴン視た? あれは将来、噴火とか地震って教科書に書かれるよね』
 少女が哂った。
 サイレンが近くなる。走る速度の地面。振動で揺れている。
 ショコラは幼児の手を引いてマンションのエレベーターに乗り、ボタンを押した。2人分の呼吸音が狭い空間に反響する。階を示す数字が増える様子が画面に出ていた。走ってないのに画面は激しく揺れていた。
『あたしが間違いだって言った後、あたしも間違いだって言われる。これを戦うって言うのかな』
 サイレンと大人の怒声が追ってくる。2人は屋上を駆けた。

 落下の瞬間は、宝石箱みたいな夜景がジェットコースターめいて流れて疾走感があって――呆気なかった。
 画面が途絶した後しばらくネットは騒いでいたけれど、軈て映像情報が消されて、誰かが決めた誰かにとって都合の良い説明のフォントに少しずつ置き換わっていく兆候を見せた。

 ギルドもまた不都合な事実を揉み消してくれるだろう。
 黒蓮は垣間見た病室のやりとりを思い出していた。

 父は驚き、喜んでいた。
 病室に入った娘は、カメラを探した。
 今日はカメラがないんだと父は謝った。
『ぱぱは、いたいの?』
 無邪気で、なにもわからない子供の声。
『ううん、大丈夫だよ』
 苦しい吐息ながら、幸せそうな父。
『パパ、もうすこししたら眠るんだ』
『いいよ』
『起きたら、また動画を撮ろうか』
『うん、りりな、どうがすき』
『知ってるよ。パパ、梨々菜のこと全部わかる』


 おやすみなさい。
 黒蓮は優しい笑顔で囁き、迷惑系配信者の凶行ニュースや無責任な推測や悲劇の母の声明が増殖する動画チャンネルとSNSの画面を静かに閉じた。

 ―――だって……全部嘘っスもの―――

成否

成功

MVP

ゼファー(p3p007625)
祝福の風

状態異常

なし

あとがき

おかえりなさいませ、イレギュラーズの皆さん。誘拐お疲れ様でした。
依頼人からは皆さんに感謝のお手紙が届いています。
「他にお願いできる大人はいませんでした。梨々菜ちゃんを誘拐してくれて、ありがとうございました」
MVPはショコラに「何も変わらなかった。ってことはない」と言ってくれたあなたに。

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