PandoraPartyProject

シナリオ詳細

甘き華咲く椿の宿

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●椿の宿には
 豊穣のとある町は、波止場から交易船がよく出ていた。
 交易が盛んなだけではなく、海を望むその町はすぐ近くに山があり、山と海の幸、両方を味わえることで知られている。
 山には、古くから地元に住む人たちに『山の手のお屋敷』と呼ばれている大きな旅館がある。何代も前の初代主が、お家が潰れて手つかずとなったお屋敷を買い取り、旅館にしたのだそうだ。元々あった椿園を年々広くし、丁寧に世話をし――それはそれはとても美しい椿園があるのだと、広く人々の口に噂が上る程だ。
 けれどそんな宿の噂に、椿以外の要素が混ざった。
 ――『出る』のだそうだ。
 薄暗い廊下の端に、日の陰った椿の垣根の間に。
 ふとした拍子に寂しげな女が現れ、すうっと消えるのだ。
 女が何を思っているのかは解らない。寂しげに何かを視線で追い、物音や誰かに気付かれればすぐに居なくなる。恐ろしいことをされた、物が勝手に動いた等の報告はされていないが、訪う人々たちは羽根を伸ばしに来たというのに幽霊が出るとあっては気が休まらない。人々の噂は簡単に広がり、そうしてすぐには泊まれないほどに繁盛していた旅館から客足は少しずつ引いていった。
 けれども不思議なことに、女将を始めとした従業員たちは幽霊に出会ったことがない。
 最初は誰かの悪意だと思った。けれど時折宿泊客が幽霊を見たと口にするし、客足は明らかに減っていっている。
 これではいけない、と女将は奮起した。話題性を作るため、異国の菓子職人を召し抱え、珍かな甘味を用意した。椿の花の形の貯古齢糖は、お土産としてとても人気となった。
 しかし、それでも客足を取り戻すには足りなかった。

 若い女将は悲しげに庭を見る。
 庭先に、椿の花がぽとりと寂しげに落ちていた。

●一泊二日、温泉旅行にご招待
「出るんだって」
「何の話ですか?」
「そりゃあ出るって言ったら幽霊だよ」
 ……と言う噂だよ、と劉・雨泽(p3n000218)がルーキス・ファウン(p3p008870)へ向けて指をひとつ立て、内緒話をするように囁いた。
「それでね、旅館の女将からの依頼なのだけれど、神使たちに宿泊してもらって『そんなことないよ』を示して欲しいのだって」
 そのために泊まってくれるイレギュラーズを募集中。
 よかったら君もどう? と軽い調子で手のひらを開いて雨泽が誘った。
「俺で力になれるのでしたら。……因みに実際の所はどうなのですか?」
「幽霊? 居るよ」
 解る人が見ればきっとすぐに解るから、女将に話を聞きに一度旅館を訪れている雨泽も隠さない。
「居るけど害はないし、そのうち消えるし、幽霊が案じなければ出ないから大丈夫だよ」
 雨泽が言うには、その幽霊は先代の女将なのだそうだ。早逝してしまったため今は若い女将が跡を継いでいるのだが、心配で出てきてしまっている。
 旅館側は幽霊の噂を払拭したいため、当然のことだが旅館内で幽霊を仄めかす会話や行動はしない方が良い。興味本位で探したり、もし見えたとしても話しかけたりするのは論外だ。
「……悪循環なんだよね。幽霊は心配して見に来てしまう。けど幽霊が出る限り、旅館は先代女将が居た頃のように立ち回らない。そしてそれをまた幽霊が案じる……」
「なるほど。だから旅館側としては居たとしても見ない振りをし、神使も泊まる安全な宿だと示したい訳ですね」
「そういうこと。温泉もあるし、食事も美味しい。山の上だから羨望も良いし、綺麗な椿だって咲いている。いい宿だよ。あ、それと、貯古齢糖もあるんだ」
「ちょこれいとう……」
「花の形をして、愛らしいんだ。君も渡したい相手がいたら、土産に買って帰っては?」
 ほら、もうすぐ灰色の王冠(グラオ・クローネ)の物語の日でしょう?
 因みに宿泊代は旅館持ち。お土産や甘味処は別だけれど。
 という訳でどうかなと、雨泽は同行者を探すべくイレギュラーズたちに声を掛けて廻るのだった。

GMコメント

 アフターアクションから、お花に関連するお話をお届けします。

●成功条件
 楽しく宿泊する
 幽霊を出現させない
 他の客に幽霊の存在を感づかせない

●シナリオについて
 のんびりと旅館内で過ごすことが出来ます。
 行動はメインとなるものをふたつまでに絞るとそのシーンでの描写が濃くなるかと思います。
 一日目、昼に旅館に着いたところから各自の自由行動となり、二日目の朝がチェックアウトです。チェックアウト後にのんびりと椿園を見てから帰る、等の行動も可能です。
 大まかな流れは以下の通りです。庭や旅館内の散策やお風呂等、好きな時間にどうぞ。

・一日目
 昼:旅館に到着
 夜:大広間で皆で食事or個室で食事
   就寝
(夜間に雪が降ります。)
・二日目
 朝:朝食
   チェックアウト

●旅館
 若い女将が、一生懸命経営しています。たくさんの人が来てくれるようにと、他国の甘味である貯古齢糖を作れる菓子職人を招き入れ、花の形の貯古齢糖を甘味処で出すようになりました。
 豊穣の一般的な旅館です。再現性東京等の旅館で見られる、マッサージチェア・ゲームセンター・コーヒー牛乳等はありません。

・椿園
 旅館のお庭から続く広い椿園。遊歩道になっており、椿を愛でながら散策できます。
 品種別に植えられており、一重咲・八重咲・宝珠咲・牡丹咲、赤・白・桃・縦縞としっかりと分かれていますが、咲き分け(一本で異なる色を咲かせる)・七曜変化(色・形が多彩)等、多彩な椿の道もあります。

・甘味処
 花の形の貯古齢糖を取り扱っています。基本的には椿型の貯古齢糖で、売店でお土産として購入することも可能です。
 季節限定で季節の花の貯古齢糖も作られています。こちらは宿泊した人のみが食べられるようになっています。庭が眺められる落ち着いた甘味処でも、客室や休憩スペースのある玄関広間(ロビー)等でも、好きな場所で召し上がれます。

・客室
 男女に別れた大部屋or個室(2~3名用)があります。
 大部屋で皆で寝るまで話したい!等は相談ですり合わせをお願いします。全員が個室を選んだら叶いませんので……。

・浴場
 男女に別れた大浴場と予約制の家族風呂があります。
 どちらも露天風呂があり、椿の垣根で覆われています。
 入浴可能時間:15時~23時、5時~10時

●幽霊
 正体は、先代女将。椿が美しいこの旅館で生まれ育ち愛していましたが、不幸にも流行病で亡くなってしまいました。今代の女将はまだ若く、旅館のことを案じすぎるが故に出てしまいます。椿の花言葉は『控えめな優しさ』。ただ見守っていたいだけなのです。
 彼女が出現する時は必ず『楽しめていない人』が居ます。イレギュラーズたちがずっと楽しく過ごしていれば出ることはありません。
 先代女将が見守らなくても旅館がやっていけることが解れば、女将は安心して成仏します。彼女が出てこなくとも良いように、楽しく旅館内で過ごしてください。
 彼女から話を聞く、彼女を探す等、どんな状況であろうとも幽霊を出現させると失敗になります。旅館の悪い噂が消えることはなくなります。また、旅館内で幽霊に関する話もしない方が良いでしょう。いつどこで他の客の耳に入るか解りません。

●同行
 弊NPC、劉・雨泽(p3n000218)が同行しています。
 基本的には椿を見に行ったり、色んな場所で貯古齢糖をもぐもぐしていると思います。酒・肉・甘味・ネコチャンが好きです。
 二日目は早朝から椿園へ行きます。夜の内に積もった雪の白さと赤い椿を見に。
 彼は種族を知られることを嫌うので、種族特徴を明かすような行動をシナリオ内で行うことはありません。旅館内でも笠着用、入浴は一人で家族風呂、就寝は個室になります。(※SSで明かしている人物が居る場合、その人とでしたら行動可能です。)

●EXプレイング
 開放してあります。
 文字数が欲しい、関係者さんと過ごしたい、等ありましたらどうぞ。
 可能な範囲でお応えいたします。

●ご注意
 公序良俗に反する事、他の人への迷惑&妨害行為、未成年の飲酒は厳禁です。

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • 甘き華咲く椿の宿完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年02月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
咲花 イザナ(p3p010317)
花咲く龍の末裔
綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者

サポートNPC一覧(1人)

劉・雨泽(p3n000218)
浮草

リプレイ

●赤に染まるひととき
 椿花咲くお宿は山の上。坂道という程よい運動に体が温まる頃、良い香りが風に乗って鼻孔をくすぐった。見渡す限りの木々の向こうに、きっと赤や白の花を咲かせた艷やかな葉が特徴的な木々が植わっているのだろう。
 長い坂道を登りきれば、急に視界が広がった。歴史を感じさせる建物に、手入れの行き届いた日本庭園。その奥に繋がる道には、赤い色がちらりと顔を見せている。まるで、こちらにおいでと誘うように。
「ようこそいらっしゃいました」
「今日は世話になるね」
 出迎えてくれた女将に雨泽が軽く応じる。既に一度女将は彼と会っているため、それだけで彼と一緒にいる者たちが頼もしい神使たちなのだと理解してくれる。
「本日はお世話になります」
 礼儀正しく頭を下げた『忠義の剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)がまずは汗を流しに風呂へ行きましょうかと傍らの鬼人種――『空木』へと声をかければ、でしたらと先に客室へ向かう者たちを女将が案内していき、そのまま残ったイレギュラーズたちもそこで解散して各自自由行動となった。
(ただ泊まるだけでいいなんて役得な依頼もあったもんだ)
 まずはどこに行こうか……なんて考えるまでもなく、『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)は真っ先に甘味処へと向かった。世界が求めるのは、ただそこのみだ。何故なら世界は甘い物さえあれば何時間だって過ごすことが出来る。
「ひっひー! 友だちに、お土産、買う、しにきた!」
 可愛いお花の形の貯古齢糖なんて、きっとみんな大好きなはず! ニコニコご機嫌『旅色コットンキャンディ』カルウェット コーラス(p3p008549)は甘味処のお姉さんに元気よくこんにちはをして、早速お土産を購入。ついでに期間限定の貯古齢糖も頼んで、どこで食べようかなぁと席を覗えば――、
「これチョコレートだろ? 無理に当て字せずらむねみたいに平仮名でよくないか?」
 貯古齢糖をたくさん広げて店員へと声を掛けている世界の姿。
 世界が口にするそれらは世界が元居た世界でも明治にならないと入ってこない。豊穣ではイレギュラーズとの交流が始まってから入りだした馴染みのないものだ。
「ご一緒する、して、いい?」
 困った顔をした店員が下がると、世界の顔の前に鮮やかなピンクが揺れた。
「……うむ。これは良い」
 口に含んだ貯古齢糖に、『花咲く龍の末裔』咲花 イザナ(p3p010317)の口端も上を向く。とろりと蕩けた甘さが口いっぱいに広がって、同時に胸にも何かが満ちていくようだった。
「もっと頂きたい」
 そうして貯古齢糖を無事に確保したイザナは、その足で椿園へと向かう。
 先代から――それよりもずっとずっといにしえから継がれてきた椿園。地域の人々に愛され、そして代が変われど愛され続ける椿たち。見事なものだと咲き分けの椿へと向けられるイザナの視線は春の桜のようにやわらかい。
「……ここは、良い宿だ」
 自然と溢れた声を、甘く香る風が浚って行く。
(この場所が大事で……優しい人やったのね)
 ここにある椿を見れば、それがわかる。『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)は緑の葉の間に見え隠れする色とりどりの椿に瞳を和らげて、『ひまり』へと声を掛けた。
「赤・白・桃は見た事あるけど、色とりどり何色も咲いとるんは初めてよ」
「そうなのですか?」
 ぱちりと瞬いたひまりの顔に笑みを向けてから、蜻蛉の瞳は桃、白、と次々に彩りを映す。
「でも……うちはやっぱり赤が好きやわ」
「蜻蛉さん」
 蜻蛉の手を、見て下さいとひまりが引いた。幼い指先が指し示すのは、炎よりも血を思い浮かべそうな程に鮮やかな赤。咲分けの苗の中に輝く紅玉を見つけたひまりはとても嬉しげだ。
「赤がとても綺麗で……ひまりもいつか、こんなお花が似合う人になれたらと思います」
「そのいつかが来たら、うちにも見せてくれる?」
 頬を椿のように染めたひまりは、こくりと大きく頷くのだった。

「師匠、お背中流しますね」
「ああ」
 湯けむりの中、ルーキスは空木とふたりで家族風呂。こうしていると一緒に浴場へ行った幼い日のことを思い出し、ルーキスはなんだか少しむず痒くなる。
 師匠の背中は相変わらず広くて逞しく、つくべき場所に筋肉がついているのが今なら解る。無駄が取り除かれた美しさめいたものがあり、いくつになってもその背に憧れてしまう。
(俺の身体もこんなに鍛えられたのです! なんて言いたかったけど、師匠に比べるとまだまだだなぁ……というか、何を食べてどんな鍛錬をしたらこんな身体になれるんだろう?)
 やはり種族差だろうかと首を傾げながらも泡を湯で洗い落とすと空木が肩越しに「次はお前の番だ」と告げてきて、ルーキスは恐縮しながらもそれを受け入れるのだった。
 空木もまた、大きくなったな……と思っていることを、ルーキスは知らない。

 湯で温まったルーキスが空木と宿を見て回ると、あっという間に日が沈んでいた。探索していた足をそのまま広間へと向け、襖を開ければ既に全員が揃っている。……甘味処に居続けたそうな世界はカルウェットが連れてきてくれたのだろう。
「おお、揃いましたな。それでは早速始めましょう!」
 さぁさお早くと笑みを見せた『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)の声に、みな適当に――酒呑みたちは酒の準備がされているのを見て固まって――膳の前に着く。
「どの料理もおいしそうですね」
 普段和気あいあいと複数人で食事をすることがあまりない『鏡越しの世界』水月・鏡禍(p3p008354)は些か緊張したような面持ちをしていたが、料理を見れば目元が和らぐ。
 酒と果実水とお茶で乾杯をし、全員でいただきますをしたら、宴会のスタートだ。 
「いえーー! 夜!! 楽しみ、してたぞ! みんなでご飯!」
 酒が飲めないご飯メインのカルウェットと鏡禍はご飯組。ルーキスも酒が呑める年齢に達して居ないが、彼は同行者が酒呑みなため、その傍らについている。
「美女と一緒に飲む酒は格別だな」
「お口がお上手ですね」
 ふふっと笑った綾辻・愛奈(p3p010320)は、程々にお水も口にして下さいねと各自の前に水の入った湯呑みを置いていく。彼女自身も食事と酒を楽しんではいるが、どうやら甲斐甲斐しく世話を焼くのが好きなようだ。
「これ、おいしい、するなー!」
「おやおや……お口が。こちらへいらして下さい」
「……ん。ありがとう!」
 田楽の味噌を口につけたカルウェットの口元を拭ってやれば、パッと笑みを見せてくれる。その笑みを優しく見守ってから、愛奈はまた仲間たちの様子に気を配る。茶碗の白米が無くなれば「およそいしましょうか」とお櫃を手繰り寄せ――けれども耳は彼等の話、主に依頼話へと傾けている。
「なぁなぁ、この前、ボクさ、依頼でこんな失敗してさー……」
「僕もよく失敗をします」
「時には失敗しても良いと思いますよ。次に活かせるのなら」
「ほれルーキス殿、一献! えっ、飲めんじゃと? おんし、成人しとらんのか」
「ええ、その、はい」
「代わりに俺が頂こう」
「おお、空木殿はいける口か!」
 嬉々として空木の盃へ酒を注ぐ支佐手の手元には「君のももう空いているじゃない」と雨泽が注ぎ足し、イザナもペロリと唇を舐め「良い酒であるな」と美味そうな顔をしている。
「女将殿、すまんが酒をあるだけ。つまみも、できれば。何せこれから飲み比べですので!」
「はい、ただいま」
「飲み比べかぁ」
「雨泽殿は御自信がない?」
「まさか」
「小生、龍であるからして酒には強いぞ。任されよ」
「盃を交わす相手が居るのは良いもんだ」
「もちろんうちも頂きます、お酒は好きよ」
 賑やかに笑い合い酒呑みたちが盃を空けていき、愛奈は程々に頂きながら酒呑みたちの前に再度水を置いていった。
 美味しいご飯を頂き、酒も入って興が乗れば、一芸を披露するものも出てくる。
 ひいらり舞った蜻蛉にやんややんやと手を叩き、みなの顔に浮かぶのは笑顔ばかりだ。これだけ賑やかならば『見守っているひと』も安心できそうだ。
 それにしても、酒呑みたちはすごい。
 賑やかだが、いつもは凛としているひとも寝ていたりする。お酒を飲むと僕もああなるのだろうか……と思いながら鏡禍は小鉢へと箸を伸ばした。
 出された料理を食べきり、ごちそうさまをしたところで一度解散となる。
 ――が、数名の酒呑み……と、空木の付添いのルーキスはそのまま酒盛りを続けるらしい。
「かっかっか、わしも強いと自負しちょりますが、おんしらも相当ですの! ほれ、まだまだ! 今日は、寝させませんぞ!」
 なんて、支佐手の楽しげな声が遅くまで響いていた。
 酒呑みたちの夜は長い。

 ほこりと上がる、白い湯気。
 温かそうなのに、指を伸ばして触れてもさほど温かく感じないのは、きっと肩まで浸かっている湯の方が温かいからだろう。
「ええ湯加減やねぇ」
 はらはらと降り出した雪を見つつの露天風呂。そして蜻蛉の傍らには酒の載った盆がある。鼻歌交じりの蜻蛉を見たひまりは湯から肩を出さぬままスイと游ぐように移動して、湯に浮かんでいた何かを手にしてから蜻蛉の元へと戻った。
「どない……ああ、かいらしことしてくれはるなぁ」
 湯に浸からぬよう上げた艷やかな髪に、赤い椿の花が添えられて。
「お花、似合うやろか?」
 手を横に当てての問いに、嬉しそうな笑みと頷きが返ってきた。
(こういった時は少々困るな)
 男女に別れている場合の身の置き場を悩んだイザナはひとり、家族風呂。肩まで温かな湯に浸かれば、知らずふうと吐息が溢れた。
 椿の香りを風が運ぶ。良い湯であると頭を縁に預くれば、視線がそろりと向けられるのは湯の中。本来ならば湯の中で動かせばパシャリと水面が波打つのに、今はそれがない。召喚の際に縮んだイザナの尾は今、掌程しかないのだ。
(他者に見せるは決まりが悪い、な)
 祖国の者がいなくてよかったと、イザナは瞳を閉ざして揺らぐ熱に身を任せた。
 夜の時間は、ゆっくりと過ぎていく。
 空からチラチラと落ちてくる雪は時間が経つにつれ大きさも勢いも増しているように思え、きっと何人かは「明日目が覚めたらきっと」なんて想像を膨らませたことだろう。
「あれ。ひとり酒?」
「あら? 貴方も眠れないのですか?」
 縁側を通りかかった雨泽は、ご一緒しませんかの誘いに甘えて。
 互いに注ぎあったお猪口を、音を飲み込む静けき白へと掲げれば――雪見で一杯。

●白に染まりし赤
 夜更けから勢いを増した雪は降り続け、顔を覗かせた太陽はその白を輝かんばかりに照らした。
 白い息を吐きながら『白粉で化粧をした』赤い花を見て回ったイザナは、前日と違う様を楽しんで。途中で出会った雨泽が早いねと笑うのに君もと返し、朝食を食べに広間へと向かった。
 朝食も、昨夜の夕食と同じ広間。
「うう、ううううう……」
 眉間に盛大に皺を刻んで目を瞑っている支佐手は明らかに二日酔いの体である。
「女将殿、すまんが朝餉は粥で。ちっとはしゃぎ過ぎましたわ」
「昨夜の君、ちょっとすごかったよね。……イザナは大丈夫?」
「小生は……その、恥ずかしながら」
 早くに潰れた上に目が覚めてからしっかりと風呂にも入ったため、後を引いていないようだ。
「支佐手さん、大丈夫ですか?」
「おんしらは元気なもんですの。何で身体が出来とるのか……」
「おはようございます!!」
「おはよー! 外、キラキラ! 楽しい、した!」
 案ずる愛奈にひいらりと手を振ったところに響く、ルーキスとカルウェットの朝でも元気な声。「わしのことは放っておいて下さい……」と何とか口にした支佐手は頭を押さえ、後はもう、静かに轟沈するのだった。

 ――素敵なひと時をありがとうございました、また、参ります。
 椿の挿絵の入った一筆箋にさらりと文字を残し、蜻蛉は部屋を辞す。
「貯古齢糖、買うてこか」
「貯古齢糖……! よろしいのですか?」
「当然やないの」
 甘いの好きやろと小さな手を引き告げれば、陽に輝く雪にも負けぬ瞳が見上げてきて、蜻蛉は愛おしげに花唇を持ち上げた。
 鏡禍がチェックアウト後の甘味処へと向かえば、やはり世界が貯古齢糖を食べていた。折角だから相席させてもらい、選ぶのはやはり季節限定の。
「こんな形に作れるなんて芸術の一種ですよね、食べるのちょっともったいないです」
「甘味は大抵芸術的だ」
「それは言えてますね」
 口にした貯古齢糖は程よい滑らかさで溶けていく。
(これなら彼女も気に入ってくれるでしょうか……)
 先日の『試食』のお返しはまだ先。今はただお土産を純粋に喜んでくれたらいいなぁと温かな気持ちで、いくつか貯古齢糖の包みを手にとった。彼女は先日もたくさん食べていたから、きっとたくさん食べてくれることだろう。

 白に染まる世界に赤が美しくて、カルウェットはニコニコ――昨日からずっとニコニコしっぱなしだけれど――してしまう。
「そういえば、カルウェットとは収穫祭ぶりかな」
 聖夜でもちらと見たけれどと告げる雨泽に、カルウェットはうんと大きく頷く。ふたりは帰る前にと足を向けた椿園でバッタリと出会ったのだ。
「ボク、昨日、今日、とても楽しむ、したぞ」
「それはよかった」
「お風呂は、ひとり、はいる、した。……えと、雅? うん、雅に、楽しむ日に、した」
 本当はお風呂も皆でワイワイしたかったけれど、と少し眉を落とす。
「僕もひとりで入ったよ。ひとり仲間だね。それに、大人の気分もしない?」
「仲間! オトナ! ボク、雅なオトナ!」
 パッと顔を明るくしたカルウェットに、雨泽はくすくすと小さく笑った。
「今は椿仲間だから、一緒に一等綺麗な椿を探そうか」
「する! ボク、色探し、得意!」
 負けないぞとふたりは椿の道を歩いていく。
 白に赤に、桃。
 ふたりの、ピンクと黒。
 雪から覗く土の色。
 世界が白いと他の色が目立つね、なんて話していれば――「雨泽さん」と声を掛けられた。
 振り向いた先に居たのは、ルーキスと空木。
 久しぶりに羽を伸ばすことが出来ましたと告げたルーキスが親孝行も出来たとはにかめば、「たまにはこういうのも悪くはないな」と彼の親代わりの師匠も満更でもない様子。ふたりの楽しげな姿にカルウェットと雨泽は顔を見合わせて笑い、またねと別れる。きっと家路につくまでの時間も楽しいひとときとなることだろう。
(……処変われど変わらぬモノはきっとあるはずです)
 聞こえてきた声に視線を向けていた愛奈は、そっと椿へと視線を戻す。
 それはヒトの温もり、椿の美しさ――そしてきっと、愛情も。
 裡に何を抱えていたとしても、ひとは美しいものに心が触れた時、瞳の奥が華やぐ。訪う人々の表情にそれを見つけ、愛奈は静かに微笑んだ。
 イレギュラーズたちはチェックアウト後も思い思いに宿を楽しみ、そうして帰路についていく。食事後の片付けに気が付いて玄関ロビーへと移動した支佐手は、そうした仲間たちの姿を目で追っていた。
 仲間たちの楽しげな姿も、訪う他の客たちの姿も、懸命に働く宿の人々の姿も。見せる感情は違えど、そのどれもが何と素晴らしいことだろうか。そしてそっと見守るように咲く椿のなんと美しいことか。
「ご気分はよくなられましたか?」
 袖を押さえながらお茶を差し出してくれた女将に、支佐手はええと応えて。
「だいぶ調子が戻りました。迷惑をかけてしもうて申し訳ない」
「いいえ、楽しまれた証みたいなものですよ」
 飲みやすい温度でいれてくれた気遣いを感じながらお茶を一気に飲み干し、支佐手は立ち上がる。
「どうかお達者で! また来ますけえ、その時はどうぞよろしくお願いします」
 宿を出ていく支佐手を、女将は彼の姿が見えなくなるまで頭を下げて見送った。
 女将は、こうして元気な姿で帰っていく客人たちを見送るのが大好きだ。先代もその前も、女将たちはみなそう口にしていたのが継いだ今なら解る。
 椿園の道の間を優しく穏やかな風が吹き抜けて、椿たちをさわさわと揺らしていく。
 どんな噂が流れていようと、大切なことをひとつずつ行っていこう。そうすればきっといつか、お客様たちとてわかってくれるはず。――程なくしてその噂は消えるのだが、それはまだ少しだけ先の話。
 気持ちを新たにした女将は着物を捌き、宿へと戻っていく。

 若い女将が立っていたその場所で、誰かが頭を下げている気配のみが残っていた。
 ――またのお越しを、心よりお待ちしております。

成否

成功

MVP

物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇

状態異常

なし

あとがき

シナリオへのご参加、ありがとうございました。
ゆっくりと羽を伸ばせたでしょうか?
MVPは盛大にお酒で盛り上がった支佐手さんへ。
雨泽はワクではないので、ある程度ペース配分を考えて呑む派です。
お宿の方は今後のグラオ・クローネ効果もあり、かなり早めにまた客足の絶えぬ宿となります。予約の取りにくい人気のお宿になるかもしれませんが、時折来てくださると女将も喜ぶかと思います。

おつかれさまでした、イレギュラーズ。

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