シナリオ詳細
幻想怪談。或いは、人紡ぎの仕立屋…。
オープニング
●人紡ぎ
幻想。
人の街から幾らか離れた街道沿いで、その遺体は見つかった。
年の頃はおよそ十代の後半。
性別は女性。
身元不明のまま早々に埋葬されることとなった件の遺体について、現場の検証に当たった衛士たちへは箝口令が敷かれる運びとなったという。
人の口に戸は立たない。
普段は真面目な衛士であっても、ふとした拍子に……例えば、酒の席などがその最たるものだ……口が緩むこともある。
街の酒場の片隅で、赤ら顔をした若い男は声を潜めて話し始めた。
それは、彼が目にした件の遺体についての話しだ。
酒の肴というには些か血生臭い話題であるが、怖いものみたさというものか、同席していた友人や近くの席の親父連中は息を呑んで男の話しに耳を傾けている。
「遺体が出たって話しはお前らも聞いてるだろ? そんで、碌な調査も行われないまま、早々に埋葬されたって話しもな」
酒精混じりの吐息とともに男は言った。
噂とは足の早いものだ。遺体が発見されたなどという暗い噂ならなおさらのこと。
遺体の発見と早期の埋葬という事実については、ディティールこそ曖昧ながら街へと伝わってしまったのだ。
しかし、箝口令によりそれ以上の情報が出回ることは無くなった。
「なんで箝口令が敷かれたか、気になってるんだろ? そりゃそうだ。逆の立場なら俺だって気になる」
妙にもったいぶった口ぶりで男は言った。
その場にいた誰もが固唾を飲んで、男に話の続きを促す。
「予想が付いてる奴もいるかも知れねぇが、遺体の状態が尋常じゃなかったんだ」
「尋常じゃないってのは何だい? こういっちゃ何だが、悲惨な状態の遺体なら多くはないにしろ時々あがる。そう言った遺体は、きっちり俺らの耳にも入るじゃないか」
近くの席で飲んでいた親父が、そんな風に問いかけた。
男はぶるりと肩を震わせ「聞きたいか?」と、問い返す。
「皮がきれいに剥がされてたんだよ。頭の先から爪先まで全部だ。そしてそれは、生きたまま行われたらい」
惨い。
悲鳴のような声を零したのは、同席していた女性であった。
「惨いってのはその通りだ。そして奇妙な話でもある……あぁ、さっきは分かりやすいように剥がされたって言ったがな、実際は少し違っているんだ」
そう言って男は、渇いた唇を湿らせるべくグラスの中身を一気に煽った。
酒臭い吐息。
何かに怯えるように視線を周囲へ巡らす。
「正確には皮を剥がされていたんじゃなくて“解かれていた”んだ。まるで糸みたいにしてな。それでよ……」
街道外れの林の中で、人の皮で編んだ衣服が見つかったのさ。
●仕立屋の犯行
「あー……こりゃ間違い無いっす。“仕立屋”の仕業っすよ、これ」
そう言ってイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)は手にした紙面をぴらぴらと振り回していた。
紙面に記されているのは、件の事件の詳細である。
箝口令が敷かれている以上、記載されているのは入手の難しい情報ばかりだ。
「人の皮で編んだ衣服って書いてるっすけどね、これはいわば着ぐるみみたいなものなんすよ」
頭の先から爪先まで。
人の皮を1度は糸状に解いた後に、まったく別人の姿へ紬ぎ直して造られた“仕立屋”の作品というわけだ。
便宜上“衣服”と呼称するのは、それが着るために紡がれたものであるからだ。
「人皮製の衣服を着れば、あっという間に“今まで存在しなかったどこかの誰か”へ早変わりってわけっす」
衣服を仕立てては、着替えて逃げる。
それを繰り返しているせいで、これまで1度も仕立屋は捕まったことはないし、手配書なども出回っていない。
頻繁に顔が変わるのだから、手配書に乗せる写真も似顔絵も、一切信用ならないせいだ。
ただ、仕立屋によって材料とされた遺体だけは、年に1つか2つほどが見つかっている。
そして、今回のように不出来な“衣服”を捨てて行くこともある。
「捨てたってことは、まだ満足していないってことっす。きっと今頃は次の材料を探しているはずっす。なんでまぁ、危険っちゃ危険っすけど、好機ではあるっすね」
仕立屋を捕縛、或いは討伐すること。
それが今回の依頼の内容というわけだ。
「人を糸にして解くっていうのは、仕立屋の魔術によるものっす。遺体の状態から判断するに、仕立屋に触れられると【無常】【呪縛】【封印】辺りが付与されてそうっすね」
仕立屋が現れたのは、街から離れた街道だ。
捜査の難度は低いはず……イフタフは、当初、そう睨んでいたらしい。
けれど、僅かな時間の経過によって状況は大きく変わってしまった。
「街道に残されていた怪しい足跡は3つ。つまり仕立屋は3人組ってことっすね。もしかしたら、うち2人は仕立屋の操るゴーレムとかかもしれないっすけど……要するに今回の仕立屋は、現場に証拠を残しすぎたってことっすね」
3人ならば見つけやすい。
そう判断した街の衛士たちは、15人の精鋭を仕立屋捕縛へ送り込んだ。
現在、仕立屋が潜伏している付近……とくに怪しいのは林や、林の奥にある池と沼地の辺りだろうか……には大勢の人間がうろついている状態というわけである。
「仕立屋はなんとしてでも捕縛したい。だけど、衛士さんたちからしたらイレギュラーズも犯人候補ってわけでして」
今回の依頼、解決に至る過程での混乱は免れないだろう。
それがイフタフの予想であった。
- 幻想怪談。或いは、人紡ぎの仕立屋…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年02月07日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●人紡ぎの殺人鬼
とある街。
寂れた古い酒場の隅で、2人の男が高い酒を酌み交わす。
店内にゆったりと流れる楽隊の演奏と、グラスの中で氷の揺れるカランという音。
時折、誰かの囁くような話し声や、笑い声が耳に届く。
「……箝口令を敷いたはずだが、人の口に戸は立てられんか」
そう言ったのは、白い髭を蓄えた初老の男だ。
服装こそ地味なものを選んでいるが、仕立ては一流のそれである。高価な布や糸を使って、平民の服をこしらえたようなある種の歪さは、それ相応に目の利く者にしか分からないだろう。また、佇まいや周囲を油断なく見渡す視線も、彼が只者でないことの査証であろう。
「人を繊維状に解して衣服にする、ですか」
男のグラスに追加の酒を注ぎながら『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は眼鏡をついと押し上げた。
「猟奇的ではありますが、我々が動物の毛皮を衣服に使ったり、蚕蛾の繭を絹糸にする営みと、本質的にはそう変わらないのかもしれませんね」
「……本質的にはそうかもしれん。しかし、人が人の皮で衣服を繕うなど、道理を大きく逸脱しておる。元からそうであったのか、それとも何かのきっかけでそのような性質を備えたのかは分からんが」
「話を聞くより、始末した方が手間が少ない、と?」
「あぁ、狂気とは伝染するのだ」
そう言って男は、酒精混じりの吐息を零した。
男の名はコルシカ・シャネル。
町を収める領主の父親……つまりは、前領主に当たる人物だ。
「ローレットの活躍は耳にしているよ。たしかに、我が領の衛士たちより、君たちに任せた方が確実な仕事だろう。まったく……自領の問題は自領で片付けたかったのだが、仕方あるまいな」
呆れたように笑うコルシカは、懐から1枚の手紙を取り出した。
寛治を含めた8人の身元を保証するという衛士へ向けた書状である。協力して事に当たれ、と簡潔に記されたそれを寛治に手渡し、グラスの中身を一息に煽った。
「先ぶれを出す。そうだな……明日の午後にでも合流すればよいだろう」
翌日、午後。
町から幾らか離れた街道には、都合15の衛士たちが整列していた。
鎧を着こんだ彼らの前に立ったのは、寛治をはじめとしたイレギュラーズの面々だ。
「私達は共に事件解決を目指すもの同士。最適な役割分担を行い、各々が完遂に努めましょう」
コルシカより預かった手紙を翳し、寛治は告げる。
衛士たちにとって、寛治らイレギュラーズは余所者だ。当然、中には彼らの素性に疑問を抱く者や、実力を疑う者もいる。何しろ、集まった8人の中には女子供も混じっているのだ。人を解いて衣服を繕う“仕立屋”という殺人鬼。その縄張りへ、守るべき市民にほど近い彼らを送り出すことに、躊躇いを抱く者もいる。
けれど、先代とはいえ領主からの通達だ。
それを無視して行動するようでは、命令系統に混乱が生じる。若い衛士ならばいざ知らず、仕立屋の討伐に訪れている15名は精鋭ばかりだ。
己の意志や不安を飲み込み、林へ立ち入る寛治たちイレギュラーズへと敬礼を送った。
●仕立屋の縄張り
木々の間より指す木洩れ日を全身に浴び『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は目を閉じた。
「死臭を纏った方がこの辺りを通っていませんか?」
呟くように述べた言葉は、目に映らぬ精霊へと向けた問いかけだ。
ざぁ、と風に木の葉が揺れる。
暫しの沈黙の後、ドラマは1つ礼をした。
どうやら、役に立つ情報を得ることは出来なかったらしい。
「……死臭はともかく、沼地の付近で血の匂い……ですか」
衛士たちが仕立屋の捜索を開始してから、どれだけの時間が過ぎただろうか。常に15人で行動しているわけでもないなら、例えばそのうち誰かが仕立屋に入れ替わられていることも十分に考えられるだろう。
「杞憂であれば良いのですが」
なんて。
不安げな呟きを残し、ドラマは森の奥へと進む。
木陰に潜んだ男が2人、声を潜めて言葉を交わす。
「皮を糸にするのか、随分と器用なこった」
「そのうえ人に成り代わるって話だろ。恐ろしいもんだな」
『竜剣』シラス(p3p004421)と『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)が視線を向けた先には、オレンジの髪をした小柄な女性が立っている。
『青と翠の謡い手』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は囮役だ。
人を襲い、皮を解いて衣服を紡ぐ仕立屋にとって、フランの白くてキメの細かな皮膚はさぞや上等な素材に見えるだろう。
もっとも、それなりに広い森の中で、偶然に仕立屋と遭遇できるか否かは、些かに不確定要素が多すぎる。ゆえにシラスとマカライトは、注意深く藪や地面へ視線を走らせ、人の通った痕跡を探した。
事実、人の通った痕跡はある。
問題は、それが仕立屋の残したものか、それとも衛士たちの残したものか判別がつかないことだろう。
沼地に残った足跡は、衛士たちのものだろう。
「服を着たうえで何かをしたいのか、服を作って着ること自体が目的なのか、分からないが……野放しにはできないな」
沼の真上を飛行するのは、青い髪をした青年だ。『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)と並ぶように、2羽の小鳥が宙を舞う。
「人の皮を衣服に仕立てるとか、普通に生きてたら一生辿り着かない発想だな……っと、楽士様よ。手間をかけるが沼の中央付近を見てくれないか?」
イズマの零した独り言に、言葉を返すは『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)。沼の畔に立った彼は、ふと沼の中央付近に異変を感じ、イズマへとその旨を伝える。
エーレンの指示を受けたイズマは高度を下げると、沼の中央付近に降りた。
「……これは」
思わず、といった様子でイズマははっと息を飲む。
果たして、そこにあったのは泥に半ばほど沈む皮膚を剥がれた青年男性の遺体であった。
イズマの小鳥が鳴き叫び、林の外へと飛んでいく。
何かしらの異変があった証拠だろうか。見れば、その嘴にはネームタグが咥えられているではないか。
タグに刻まれた名前を目にした『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は「ちくしょう!」と短い罵声を吐いて、林の外へと駆けていく。
息を荒げ、しかし走る速度は微塵も落とさぬままにヤツェクは林から街道へと飛び出した。
「ん? ヤツェクか。そんなに慌ててどうした?」
街道の警戒にあたっていた衛士の1人が、飛び出して来たヤツェクを呼び止める。
構わず、ヤツェクは声を大にして叫ぶ。
「メイナード・タルボットはどこだ!」
ヤツェクが呼んだのは仕立屋の捕縛に参加している若い衛士の名であった。ヤツェクを呼び止めた衛士は、困惑した表情を浮かべたまま、衛士の1人を指さして見せる。
「メイナードなら、あそこにいるぞ。炊き出しの準備をしているあいつだ」
「そうかい。ありがとよ!」
短く礼を述べたヤツェクは、腰に下げた得物を抜いた。
金属の筒にしか見えないそれは、ヤツェクの意志に応じてレーザーブレードを展開させる。ヤツェクは1歩踏み出すと、レーザーブレードを投擲。
空気を斬り裂き飛んだそれが、兜に覆われたメイナードの顔面を射貫いた。
「なっ……貴様、何を!」
「何を? 決まってるだろ! メイナードの面を見ろ。そいつは確かに、一緒に酒を飲んだ仲間の面か?」
ざわり、と。
衛士たちが騒めいた。割れた兜が地面に落ちて、顕わになったメイナードの顔が、見知らぬ別人のものであったからだ。
時間は少し遡る。
ヤツェクが林の外へと駆けているころ、フランもまた仕立屋の1人と遭遇していた。
池の畔に佇むフランの背後から、それは突然に現れた。
茂みより差し伸ばされた女の腕が、フランの手首にそっと触れる。瞬間、フランの手首に激痛が走った。
「っ……出たわね!」
感情の浮かばぬ澱んだ瞳。
白い肌に金の髪をした女であった。
その指先には白い糸が絡まっている。
否、それは解かれたフランの腕の皮だ。
フランの手首から肘までの皮膚が失われている。流れる血もそのままに、フランは背後へと跳び退る。
その後を追って、女は茂みから外へ。
1人……否、奥にもう1人、外套を纏った男がいるのが視界に映った。
「……ほら、あたしの皮がほしいなら倒してみなよ!」
頬に伝う冷や汗を拭い、フランは告げる。
その一言を合図とし、2人の仕立屋は同時にフランへ襲い掛かった。
フランの後を、金の髪の女が追った。
もう1人、外套を纏う男性は途中で間に割り込んだドラマが相手をしているはずだ。
フランの頭上を飛び越えて、イズマが進路を指し示す。シラスやマカライト、エーレンたちは既に林を出た頃だろうか。
仕立屋の数は3人。
しかし、フランを追う女からは敵意や悪意といった感情が伝わってこない。
そう……それはまるで、ゴーレムか何かのようでは無いか。
「って、今はそんなことどうでもいいか。ほら、こんなに強い皮もっとほしくなっちゃうでしょー?」
淡い燐光がフランを包む。
失った皮膚が再生し、消耗していた体力さえも回復していく。
転がるように駆けたフランが街道へと飛び出した。
「仕立屋の相手は俺たちがやる。衛士たちは下がってくれ!」
フランの姿を確認したシラスは、衛士たちへ避難を促す。
そうして、シラスはフランへ手を伸ばし……。
「後はよろしく!」
差し伸ばされたシラスの手を、フランはパシンと強く叩いた。
刹那、シラスの身体を眩い光が包み込む。
「よう、仕立屋。シラスだ」
一閃。
フランを追って跳び出して来た女の手首を鋭い手刀でへし折った。
枯れ木の砕けるような音。
折れた骨が、女の手首を貫き外へと露出する。
「この俺があっさり皮を剥がれて成り代わりに使われると思うかい?」
痛みも、恐怖も……女は感じていないのか。
折れた手を庇うこともせず、女はシラスへ掴みかかった。
広げた指先がシラスの頬を掠めた。皮膚が解け、シラスの頬から血が滲む。
構わず、シラスは大きく1歩、前へと踏み込み……がら空きになった女の顔へ、掌底を叩き込むのであった。
白い髪が激しく靡いた。
突き出される腕を、寸でのところで回避する。
ドラマは木の幹を蹴り付け方向転換。
僅かに遅れて仕立屋が後を追随する。
木と木の間を縫うようにして駆ける2人の軌跡に沿って、血の雫が地面を濡らした。
解けたドラマの首元からは赤い血潮が流れ出す。
胸から腹にかけてを朱に染め、額には細かな汗を浮かべたドラマは顔の前に鞘に収まる剣を掲げる。
長い指が鞘を掴んだ。
一瞬、ドラマの視界が黒に染まる。
指先より溢れた魔力の奔流か。直接肌に触れられれば、皮膚はすぐさま糸となって解けるだろう。
「掴み掛かられるのは怖いですね。しかし、持久戦となれば負ける気はしません」
本来であれば街道へと誘き出した後、仲間たちと共に囲んで討つはずだった。
しかし、仕立屋の追走は思ったよりも執拗で、すっかり街道からは遠ざけられてしまっているのが現状である。
けれど……。
ドラマの頭上を小鳥が飛んだ。
伸ばされた仕立屋の腕を、横合いより伸びた1本の鎖が打ち据える。
小鳥と鎖の後を追って、藪を突っ切り飛び出して来た影が2つ。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。お前たちの創作活動、今日を限りに廃業してもらおうか」
地面を滑るようにしながら、エーレンは仕立屋の正面へと回り込む。
そうしながらも、エーレンの手は腰に差した剣へと伸びた。
姿勢を低くしたエーレンが抜刀と同時に剣を一閃。
空気を裂いて、地面を抉り、放たれるは飛ぶ斬撃。
咄嗟に体を丸く屈めた仕立屋は、背中でエーレンの斬撃を受けた。
外套と、裂けた皮膚が飛び散った。
「はたして中身は人か何かか……外道にゃ違いないか」
青白い肌をした痩身の男だ。
背を裂かれたにも拘わらず出血は無い。先の一撃で斬ったのは、どうやら人の皮で編まれた衣服の一部に過ぎないようだ。
ならば、と続くはマカライトの黒鎖による追撃だ。
じゃらりという音を鳴らして鎖がうねる。
マカライトによって操られるそれは、まるで意思を持つ生き物のように蠢き、絡みついていく。
僅か数瞬。
鎖によって編まれたそれは竜の顎だ。
「喰らい付け」
短く告げて……マカライトは鎖を解き放つ。
「……っ!!」
零した悲鳴とともに、仕立屋の身体は黒鎖の顎に飲まれて消えた。
陽気な旋律が鳴り響く。
両の腕を血塗れにしたヤツェクが、ギターの弦を掻き鳴らす。
奏でるは、戦意を高揚させ治癒を促進させる曲。
「さあて、猟奇劇場はおしまいだ。ここから先は陽気な大活劇の時間さ。さっさとくたばりやがれ殺人鬼!」
ヤツェクと寛治の連携により、メイナードの纏う鎧は既に砕け散っている。
そうして顕わになったのは、赤褐色の男の身体だ。
幾つもの銃創と裂傷を負ったその体から血が流れることは無い。
裂けた皮膚の奥には、雪のように白い肌が覗いていた。
「その服は確かに凄いが……素顔を見せたらどうだ?」
ヤツェクの援護を受けながら、イズマは果敢に攻め込んでいく。
頬や首元は血に濡れているが、傷は既に塞がっている。つまり、全力を持って攻撃を仕掛けることに何ら問題は無いということだ。
前線へと出たイズマはメイナードの眉間へ向けて鋭い刺突を繰り出した。
メイナードは両腕を交差することでそれを防御してみせる。
反応速度はなかなかだ。
しかし、どうにも頭が回るタイプのようには思えない。
イズマの剣は、メイナードの両腕を貫き、串刺しにした。
腕を塞がれてしまえば、得意の皮剝ぎも行えない。
「……皮膚や肉を解く、か」
両手首を串刺したまま、イズマは前へ前へと駆けた。
ダン、と鈍い音がしてイズマの剣は樹木の幹に突き刺さる。頭の上で腕を交差させたまま、メイナードは木に貼り付けにされた格好だ。
ブチ、と。
肉の千切れる音がして、メイナードは強引に両腕を剣から引き剥がした。
皮の衣服と、その内に収まる本体が裂けた。
半ばほど千切れかけた腕を振るって、イズマへと襲い掛かるが……刹那、イズマの身体を覆った光の鎧が、メイナードの手を弾き飛ばす。
激しく鳴り響くギターの音色。
続けざまに2つ、銃声が鳴った。
右手には自動拳銃。
左手には傘を。
寛治の放った弾丸は、正確にメイナードの両手首を撃ち抜いた。
ボトリ、とメイナードの両腕は地面に落ちる。
「さて……これで脅威は無くなりました。今のうちに仕留めてください」
寛治の号令によって、衛士たちが一斉に行動を開始する。
半分はメイナードへ、もう半分はシラスが殴り倒した女へと、剣や槍を構えて駆けた。
●仕立屋の最後
真白い肌に、虚ろな目をした人型の何か。
皮の衣服を剥がした下から現れたのはそれだった。
「なんだこりゃ……ゴーレム、じゃねぇよな?」
「……見たところ、人のようではありますが」
既に事切れたそれを見下ろし、シラスと寛治は顔を顰める。
体毛の1本さえもないそれはどうやら人間のようだった。
「これが仕立屋か? いや……仕立屋によって操られていた犠牲者といった方がいいだろうか」
近い距離で交戦したイズマには分かる。
彼らはとっくに正気では無かった。
「胸糞の悪い話だな。俺はこの手の術を使う奴が他にいねぇか“裏”を辿ってみようと思うが」
「うん。そうして。あたしは犠牲者を供養するよ」
そう言って、ヤツェクは衛士たちの元へと向かう。
遺体を見下ろすフランの瞳には、悲しみの色が滲んでいた。
血と泥に塗れた腕がマカライトの顔面を掴んだ。
皮膚が解け、血が噴き出す。
神経を針で刺されるような鋭い痛みに、溜まらずマカライトは踏鞴を踏んだ。
「ぇ、はぁ……くそ。せっかくの一張羅がおじゃんだ」
口の端から血の泡を吐き、血走った眼でマカライトを睨むのは、皮膚の無い男であった。
剥き出しになった筋繊維の所々に、人の皮が張り付いている。
「それが……貴方の素顔ですか」
思わず、といった様子でドラマは告げる。
マカライトの攻撃によって皮膚が失われたのか……否、おそらく元より彼に皮膚は存在しなかったのだろう。
故に、彼は人の皮を纏うという発想に至った。
どこで、どういった経緯でその術を身に付けたのかは分からないが……それは後で調べればいい話だろう。
「さ、さっさとしょっぴかないとな。やれ、エーレン!」
マカライトが叫ぶと同時に、展開された3本の鎖が仕立屋の手足を締め上げる。
激痛に叫ぶ仕立屋の背後に、音も無くエーレンが駆け寄った。
「さて、観念して色々と吐いてもらうぞ」
一閃。
仕立屋の首を、エーレンは剣の腹で殴った。
衝撃が脳を揺らし、仕立屋の意識を奪い去る。
鎖に拘束された仕立屋は、倒れることもできないでいた。
「そんな独創的すぎる術を誰から習ったのか、あるいは他の誰かにも教えたのか」
エーレンの声は、既に聞こえていないだろうが。
こうして、長くに渡って世間を騒がせ、大勢の人の命を奪った殺人鬼……仕立屋は捕縛されたのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
仕立屋は無事に捕縛されました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございます。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
“仕立屋”の捕縛or討伐
●ターゲット
・仕立屋×3
正体不明の殺人鬼。
人を糸状にして解く魔術を行使する。
術を行使するには、それなりの時間、直接肌に触れる必要があるようだ。
また、人の皮を編んで造った衣服を着用している。
人紡ぎ:神至単に大ダメージ、無常、呪縛、封印
触れた箇所から、皮膚や肉を糸状に解く魔術。
・衛士たち×15
近くの街から仕立屋捕縛のために派遣された衛士たち。
仕立屋対策か、全身鎧を着用している。
仕立屋からの不意打ちを警戒しており、基本的には身内以外を信用することは無い。
獲物は剣や斧、槍などが主となる。
●フィールド
幻想。
とある街道近辺。
街道に沿うようにして林が広がっており、仕立屋はそこを拠点としていることが予想されている。
林の奥には池や沼地があるらしい。
池や沼地は足場に問題が生じる。
一方、林内では十全に飛行ができないだろう。
総じて死角や潜伏場所が多い区域となっている。
もしかすると、仕立屋や衛士以外の一般人が付近を通りかかるかもしれない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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