PandoraPartyProject

シナリオ詳細

面影との邂逅

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●夢の始まり
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
 祝祭の中へ娘は一歩踏み出した。身にまとうのは赤いドレス。情熱と期待の色だ。
 娘は馬車に乗る直前でこちらを振り返り、優雅に礼をする。
「お世話になりました、マダム」
 その娼館の主、マダム・フォクシーは口の端を笑いの形に歪めた。
「レディナ、スラムから出て高級娼婦に登りつめてみせたんだ。芸能界でもしっかりやりなよ」
「もちろんです。この館で学んだ事は決して忘れません」
 しっとりと艶めいた笑みからかおる、色気。それはうぶな小娘には出せないもの。それを武器にして彼女はいま新しいステージへ立とうとしている。マダム自身に深い感慨はない。大量の身請け金とつりあうからこそ、ていねいに育てた華を手放す気になれたのだ。レディナがスターダムへのし上がるか、それとも泣きながら帰ってくるかは彼女次第。だが娘の気性は把握していた努力家で、人の視線にさらされるほど歓びを感じる天性の女優気質。演劇に関してもずぶの素人ではなく、社交性が高く、ときに気まぐれ。まったく夜を生きるにふさわしい。
 彼女の前途は保証されているようなものだった。だから誰もこんな終わり方は予想しなかった。
 歴史も重みもある主演女優賞をとった次の日、川に浮いているだなんて。

●夢の終わりはあっけなく
 人間味のない笑顔は作られたもの故か。
 シラス (p3p004421)は、沁入 礼拝 (p3p005251)のことをそう感じていた。礼拝は主演女優レディナが死亡したことにより休演になった舞台のチケットを見つめている。
 ふ、とこぼすため息は甘く、唇へ吸い付きたくなる。それは毒の華だ。華の毒、というべきか。華が華であるがゆえに持つ魔性。もっともおそろしいのは、そんな薄暗い部分はすべてなかったかのように思わせる微笑だ。礼拝はあくまで清楚であるからして。
「で」
 シラスは強引に話を進めることに決めた。礼拝がそれを待っているのを察したからだ。
「今日のマダムのご機嫌は?」
「引き潮のようでございましたよ。あとから津波がくるような」
「そりゃ、新進気鋭の看板娘が殺されたらね」
 セレマ オード クロウリー (p3p007790)がテーブルへ肘を付きながら紅茶を流し込んだ。ぬるくなってしまったそれは後味がすこぶる悪い。
「メーガ座のレディナと言えば、この界隈では知らぬ者はいないくらいの有名女優じゃないか。彼女の人気はうなぎのぼり。チケットはいつでも完売。そんな娘を見込んで買い取った娼館のほうも名声が上がる」
「ええ、そうですの……。こたびの件、心からご冥福をお祈り申し上げますわ」
 あまりそうはおもっていないような口ぶりで、礼拝はチケットを小さく破った。細切れになったそれを両手にのせ、窓から放り投げると粉雪のように冷たい幻想の空へ吸いこまれていく。
「貧民街から見出されたなんてシンデレラみたいな方でしたのに、残念。……私、今回の件は自殺だと思っておりますの」
「「は?」」
 シラスとセレマの声が重なった。礼拝は窓から町並みを眺めながら続ける。
「だって、どれだけ素養があってもただの娼婦が表舞台で栄光の道を駆け上がるなんて、できるわけないではありませんか。彼女には魔法使いがついていたのです。たとえばあの美貌を見出したマダム。彼女を身請けした舞台の支配人に歌と演技を叩き込んだ座長、パトロンたる資産家の商人や貴族」
 そこまで言ったところで、礼拝はふたりを振り向いた。長い髪が揺れて肌の上をすべっていく。
「でも、魔法は暴かれたら解けるものでしょう?」
 ふむとあごをつまんだシラスに対し、セレマは退屈そうに紅茶を傾けた。
「枕営業の証拠、とかかな?」
「私もそう考えておりますの」
「そりゃあ、女優生命に関わる大スキャンダルだな」
 シラスは大きく息を吐き、自分も紅茶をがぶりとやった。
「そのスキャンダルを掴んだ相手に、3人の記者が候補に上がっているのですが、それ以上は絞り込めないという状態でして……」
 礼拝は3枚の細密画を取り出した。短く名前とプロフィールが書いてある。

 効き鼻のゼフル。狼のブルーブラッド。鋭い嗅覚は異能の域に達しており、調査能力の高さはピカイチ。そこからスキャンダルを掴むことも多い。
 朝駆けのロアーノ。朝から晩まで張り付いている体力自慢のカオスシード。そのしつこさに辟易されることも多いが、オフショットを撮らせると頭一つ抜きん出ている。
 正面突破のフィリップ。貴族の子息だが、好奇心と興味からこの業界へ入る。そのコネと柔和な態度で対象の心を開かせるのが得意で、ターゲットは思ってもいないことを話してしまうことも。

「『当たり』が証拠を身に着けています」
 礼拝はとろとろと話を紡ぐ。

 ゼフルは夜型で酒場を渡り歩いているらしい。だが嗅覚が優れているだけあって、すぐにこちらの存在を気取られそうだ。
 ロアーノは神出鬼没。自宅の所在だけはわかっている。本人がどこへいるのかはまったくもって不明だ。
 フィリップは嫌疑をかけられるのではないかと、実家の地方貴族の邸宅にかくまってもらっているらしい。衛兵がいるから侵入するとしたら手こずるだろう。

「その3人の記者をあたって、スキャンダルの証拠品を盗むなり奪うなりすればいいってことだな?」
 シラスがそういうと礼拝はうっそりとうなずいた。心とろかすような甘い笑顔だった。
 そういえば、と礼拝は思い出したかのようにつけくわえた。
「レディナさん、スラムに居た頃はそばかすまみれで今一つの容姿だったという噂ですけれども、きっと嘘でしょうね。だって化粧でごまかせるほど、女の顔は甘くありませんもの」

GMコメント

みどりです。ご指名ありがとうございました。

やること
1)急死した舞台女優、レディナのスキャンダルの証拠を記者から奪い取る

 証拠品は一枚のメモ書きです。
 これを『当たり』の記者が、身につけています。

●ターゲット 生死不問 3人とも自宅の所在はわかっているものとします。
 効き鼻のゼフル 夜型。酒場を渡り歩いている。超嗅覚に匹敵する鼻の持ち主。逃亡の恐れ大。
 朝駆けのロアーノ 朝方。なぜかレディナ死亡時から行方をくらましている。
 正面突破のフィリップ 不明。実家の地方貴族邸宅へ閉じこもっている。戦闘必須。至近~中・物理攻撃のみ。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 面影との邂逅完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年02月09日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
武器商人(p3p001107)
闇之雲
シラス(p3p004421)
超える者
※参加確定済み※
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
沁入 礼拝(p3p005251)
足女
※参加確定済み※
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
※参加確定済み※
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ


 寒い季節だからだろうか。それともここが霊安室だからだろうか。白い息を吐く『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)。白皙の美貌を吐息がふちどり、なんとも言えない色香を醸し出している。彼は目の前のストレッチャーのシートを無遠慮にめくった。
「水死体ってのはもっと醜く膨れているものだけれど」
 ストレッチャーのに載せられた死体は眠っているかのように美しい。レディナ、悲劇の女優という言葉がこれほど似合う女もいないだろう。
「でも外傷はないのよね。死因は明らかに冷水による心臓麻痺」
『あの虹を見よ』美咲・マクスウェル(p3p005192)は書類片手に死体を検分する。内容通り異常はない。自殺ととらえていいようだ。
(スラムからのしあがった有名女優、自殺……? 弱みを掴まれた時点で? 足掻きもせず何もかも諦めて? 悲嘆から入水なんて、シンデレラどころかオフィーリアじゃない)
「当人次第といえばそれまでなのだけど、To be,or not to be.私なら相手を消すけどね」
 美咲は両手を大きく広げ、まぶたを閉じた。
「ちょっと霊魂疎通してみるから、待っていてくれる?」
 一同がうなずいてみせ、美咲は深呼吸をする。セレマは惜しむように死体を見つめた。
「あの『アドリーヌ、最後の恋』を観たよ。あれは筋書きもレディナもよかった。ここまで趣味の悪いどんでん返しではないけどね。ボク向きのシナリオじゃないな、これは」
「では私が頁を繰ろう。まったく。随分と愉快な物語性だ。地上の星辰、精神のありよう、極まって悪感情ぐるぐるマーブル模様。さて意外な挿絵が現れるや?」
 言うなり『混沌の母』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)は豪奢なドレスをたくしあげ、あの倫敦製合成ジンの瓶をとりだした。
「これで体を温め、端女。ゼフルを相手取るなら酒気を纏わせるのも吉だろう」
「ずいぶんと悪趣味なものをお持ちですのね、うふふ」
『足女』沁入 礼拝(p3p005251)は受け取ったジンをほっそりとした両腕で抱え込んだ。
「粗悪が過ぎて頭が痛くなる、で終わればいいがな。Nyahahahahaha!!! 酩酊、冥挺して寝落ちには気をつけろ、二日酔いも花だろうよ!」
「まあこれはうけとっておきます。礼はいいません」
 礼拝はジンをバッグへつめた。そしてレディナへ視線を落とす。
「夢見るようなお顔ですこと。ある意味天寿を全うしたのかも知れませんね。夢は夢のまま、醜い現実になど落ちないでいてほしいではありませんか。私どもは夢を見せる側でございますけれど、それでも夢が必要な子もいるのですから……」
(俺は知っている。人間ってやるは誰かの心に居場所を作って初めて生きてる意味があるんだ)
『竜剣』シラス(p3p004421)は真剣な顔でレディナを見つめた。
(だからレディナは死んでも本望だったんじゃないかな。大勢を魅了して、稀代の女優として心に刻まれたんだろう。彼女は自分を全うしたんだ。それを汚すような真似はさせやしないさ。きっちり回収してやろうじゃねえか)
 拳を握ったシラスは、その拳でレディナの頬へ触れた。冷たい。魚のような冷たさで、そこには熱も力もない。
「フィリップの野郎は任せておけよ、話が早そうで助かるぜ」
「では私はロアーノについて調査しますか。死してなお三匹のゴキブリにまとわりつかれる美貌の女優、やれやれ、これだから記者ってやつは……」
 大きくため息を付いてみせた『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)。
「ええ、私もよおくわかりますよ。こちらは善良な貴族だと言うのに『隠れて悪事を働いているだろう』とでも言いたげな記者連中に嗅ぎ回られましたから」
 言う割には嫌がってはいない、むしろ楽しんでさえいるようだ。虎の尾を踏まれた彼の報復がどんなものかは神のみぞ知る。
『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)が口を挟む。
「こういうのってなんて言うんだったかしら? ああ、そうだわパパラッチね」
 ヴィリスは腕を組んだ。死してなお、美しい、美しすぎるレディナへ顔を向ける。
「正直この程度のことで娼婦から女優になった女性が自殺するとは思えないのよね。当たりも一人のはずなのに三人が行方をくらますのも不思議だわ。なんだかきな臭いわね、それも調べてみたらわかるのかしら」
「おそらくそうだろうね、『輝くもの、必ずしも金ならず』──そして、鍍金の疑念あらば剥がしたくなるのがヒトの性よな。ヒヒヒヒ!」
 壁へ背を預けていた『闇之雲』武器商人(p3p001107)が肩を揺すって嗤う。
「もっとも降霊が成功したならば、走り回らずとも済む。ぜひ結果を期待したいところだが……」
 美咲が空へ向かって三枚の細密画を突き出している。厳しい口調で「誰がやったの?」と問うている。武器商人たちは美咲へ注目した。思惑様々な視線が飛び交う中で、美咲は怪訝な表情をした。
「……ひどくおびえて、首を振っている? どういうことなのよ」
 あ、ちょっと待ちなさいよ! 逃げるな! 美咲の声ががらんとした霊安室に響いた。


(ふふふ、殿方は大抵身持ちを崩した女が好物だけれど貴方は如何かしら?)
 礼拝はコネクションと情報網を駆使してゼフルの居場所を突き止めた。うらぶれた酒場だ。レディナが死んだ日から、ゼフルは人が変わったように酒へ溺れているらしい。安酒の香りをまとわせた礼拝はするりとストールを着崩し、真冬にはふさわしくないワンピースで酒場へ入った。好色な視線がいくつも礼拝へ突き刺さる。礼拝は物色するように店内を眺め回し、つとゼフルへ近づいた。ゼフルは鼻を鳴らして立ち上がった。壁にかけていたコートを着込み、出ていこうとする。
「お待ちになって」
「うるせぇ。どうせレディナのことだろう。もうあの女とは終わったんだ、終わっちまったんだ……」
「まあ」
 礼拝はほんのすこし首を傾げ、眉を寄せた。
「どういうことですの?」
 ゼフルはすでに興味を失った様子で、酒場を出ていこうとする。
「おう、姉ちゃん。そんなやつ放っておいて俺たちと飲もうや」
 酒で焼けた声と下品な声が飛ぶ。礼拝はそれを無視して外へ出た。ゼフルの姿はない。ないが、臭いは残っている。酒と、かぎなれた鉄さびの臭い。礼拝は眉を吊り上げ、その臭いの出処を探した。すぐ近くだということはわかる。礼拝はひっそりと酒場と隣家の隙間へ近づいた。数滴の赤が続いている。その奥へ、ゴミを捨てるように無造作に、血肉を失いミイラと化したゼフルの死体が、詰め込まれていた。


「ここでバラけようか」
 セレマはロアーノの家の前で2体のファミリアーを召喚した。片方はウィルドへあずけ、もう片方はヴィリスへ渡す。そして簡単な地図を広げて皆へ見せた。
「僕の独自調査によると、ロアーノの行動範囲は市場、居酒屋、娼館。この三つまで絞り込めた。あとはバラバラに動いて行動しよう」
「礼を言うよ、美少年」

 武器商人はさっそく居酒屋へ向かった。つまみのソーセージは香り高く、スパイスが効いていて酒とよく合う。今度手に入れて小鳥に食べさせてやるのもいいかも知れない。などと考えつつ、武器商人はそいつを口へ運びながら魔眼で警戒を解かせたマスターへ追加のジンを頼む。
「ロアーノのやつ、最近顔を見なくてね。心配でたまらないんだよねぇ。ほら、あのレディナが死んじまっただろう? それ以来見てないもんだからさ」
「なんだあんたも記者なのかい?」
「まあそんなところだね、ヒヒヒ。非業の死を遂げた女優、そのパパラッチの関係、なかなかネタになるだろう」
「そのために仲間を追ってるってわけか。記者ってのは因果な職業だな……」
 マスターはグラスを磨きながら難しい顔をした。
「もっとも、最大の理由は心配だから、なんだけれどねぇ。職業病ってやつさ、ヒヒヒ」
 武器商人はフォークの先でマスターを指した。
「なにか心当たりがあるんだろう? 話してごらんよ」
「俺もなあ、心配してるんだよな。後追い自殺なんかしてねえといいんだが」

「後追い?」
 ヴィリスはその単語にぎょっとした。市場で手当たりしだいに聴き込んでいたヴィリスはロアーノの知り合いを捕まえていた。
「そうなんだよ。レディナの訃報を聞いて、あいつ身も世もなく落ち込んでさ。その時の三文詩人っぷりときたら笑えるくらいだったぜ」
「どう言っていたの?」
「あー、なんだったかな。『僕の花はついえた。ああ、この胸の白い鳩は殺されたんだ。これから何を手がかりに暗い海を泳げばいい』とかなんとか」
「そう……。他にはなにか聞いていない?」
 くいさがるヴィリス、そろそろ相手は退屈そうな顔をしはじめている。今のうちに聞き出せるだけ聞き出しておかねばならない。
「どうって、ううん、あいつは記者だったからなあ。レディナへくっついてまわっていたけれど、今から考えれば怪しかったかもしれないな」
「それは、どういう意味で?」
「くいつくなあ、姉ちゃん。もしかして姉ちゃんも記者かい?」
「そうよ。ロアーノの足取りを何が何でも知りたいの」
「うん、だからロアーノのやつは、個人的にもレディナを気に入っていたんじゃないかってことだな。俺の推測だけど」

「つまり」
 セレマは娼館でベッドに腰掛けたまま、ロアーノの馴染みだという女と向かい合っていた。はすっぱな感じのする女だ。たしかに顔だけ見れば美しいが、レディナとは似ても似つかない、場末の娼館にふさわしい娘だった。
「君の証言をまとめると、ロアーノはレディナへ懸想していたということかな?」
「そうよ。あの人絶頂するときにレディナの名前を呼んだこともあるんですもん」
 そうかい、とセレマは流した。女はそれからぐちぐちとロアーノへの恨み言を口にしだした。
「レディナの取材をするようになってから、金払いが悪くなって、そのうちぱったりと足が途絶えちゃって。太いお客だったのに、大損だわ」
「そうかい」
「そんなにレディナがいいってんならこなきゃいいと思ってたけど、本当に来なくなるなんて不義理よ不義理、そう思わない?」
 これ以上ここにいても聞き出せることはなさそうだな、セレマはそう思った。財布の中身へ考えが及んだそのとき、セレマへファミリアーから通信が入った。ウィルドへ預けたファミリアーからだった。

「おかしなものを見つけたのですよ」
 ロアーノの自宅は、ウィルドの家探しで泥棒に入られたかのように荒れている。棚はすべてぶちまけられ、扉という扉は開かれている。もちろん家具とて例外ではなく、ウィルドはその膂力を持ってすべての家具を動かし、検めていた。
「台所の食器棚の後ろから異臭を感じたので調べてみたのですけどね」
 そう言うとウィルドは紙袋の中に入れていたものをずるずるとひきずりだした。ミイラのような、変死体だ。
「これ、ロアーノさんではないですかね?」


 オラボナはじっと草葉の影に隠れていた。視界の先には裏口がある。今頃正面からシラスと美咲が向かっているはずだ。
 その考えどおり、堂々とシラスと美咲はフィリップの邸宅へ足を運んでいた。だんだん絢爛豪華な屋敷が近づいてくる。
「ちっ、ボンボンが。記者なら記者らしく胸を張ってろよ」
「そうね、逃げ隠れするなんて卑怯ってものよ。しかも理由が理由だものね」
「止まれ、何者だ」
 ふたりが歩を進めていくと、門番から制止の声が発せられた。シラスは顔を上げ、まっすぐに門番を見つめた。
「フィリップという記者をだしてもらおうか」
 門番どもが一気に殺気立つ。
「若様に対してなんという口の聞き方だ。通すわけにはいかん、帰れ、帰れ!」
「けっこう。人がひとり死んでる話なんでな、悪いが引けねえんだわ」
 言うなりシラスは拳でふたりいる門番の手近なほうへ殴りかかった。門番の儀礼式鎧がへしゃげ、ボディへダメージが入る。
「おい、こいつは……」
 もうひとりの門番がシラスの顔をまじまじと見て乾いた笑い声をこぼした。
「幻想の勇者『竜剣』のシラスだ!」
「だ、だからって逃げられるかよ!」
 殴られた門番が巨大なハルバードを一閃する。シラスは紙一重で避けてみせる。
「ガハッ!」
 その門番が血を吐いた。
「あらごめんあそばせ? ちょーっと魔力の量をまちがえたみたい」
 美咲が腕を組んで仁王立ちしていた。そのつぶらな瞳は黒曜石のような黒から、緑に変わり、ぎらぎらと輝いてさえいる。魔眼。彼女の持つ最大の能力による奇襲攻撃は効果絶大だった。
「とりあえず見ておくから、やってほしいことあったら言ってね」
「俺がド派手に動くから、オラボナといっしょに中へ入ってフィリップを探し出してくれ!」
「りょーかい」
 シラスはふらふらの門番へ距離を詰める。
「どうしてそんなにかばいだてするかなあ。聞かれちゃまずい話でもあるのかよ? まあ何をしてたとしてもこの際はどうでもいい。こっちの目的はフィリップだけだ」
 わらわらと屋敷の中から衛兵が飛び出してくる。そのうしろに逃げ惑うメイド達の姿が見えた。少しだけシラスの心は痛んだが、初心を思い返し門番の顎を拳で撃ち抜いて気絶させる。
 ドン! 耳をつんざく音がして、空気が震えた。裏口の方角だ。精霊爆弾の音だろうか。
「いまだ、美咲!」
「はいはい」
 美咲は乱闘するシラスをぐるりと大回りに避け、物質透過で壁をすり抜ける。
「キャアアアア!」
 メイドたちが悲鳴をあげている。
「ほんとごめんなさいね。あなた達に罪があるとしたら、ろくでもない主に仕えてるってことくらいよ」
 美咲は魔眼を黄色く輝かせてメイドたちを昏倒させた。その奥から偉容が迫ってくる。
「はぁいオラボナ。首尾はどう?」
「フィリップは一階にはいない。地下室のたぐいもない」
「だったら上ね」
 階段を駆け上がり、かたっぱしから物質透過で部屋の中を覗く。大旦那らしい太った男がソファの上で腰を抜かし、お召し替え中だった中年の女性が喉が張り裂けそうな声を上げる。二階の角部屋、南の方角の部屋へ入った時、いかにも貴族の息子らしい男が目に入った。
「フィリップね?」
 誰何するとフィリップは観念したように両手をあげた。
「た、頼む。知っていることは何でも話す。だから僕を助けてくれ」
「助ける? 何からか言い給え」
 追いついたオラボナが語りかける。
「テオフィールだ! テオフィールから僕を……」
 フィリップは最後まで言えなかった。窓ガラスが砕け落ち、長身の美女が飛び込んできたからだ。女はその細腕でフィリップの顔面を鷲掴みにし、抱き寄せた。その豊満な体を彩る赤いドレス。蛇にような房飾りがのたくる日傘。白い、死体のように青白い肌で、赤い瞳だけが妖艶だった。不快な音波が、いやそれは音だったのだろうか、ずしりと体が重くなり、頭へ鈍痛が走った。オラボナは呼び声だととっさに判断する。
(魔種……!)
 反射的に美咲の前へ出た。すべての攻撃を受け止めるつもりで。

●魔種との邂逅
 おもむろにフィリップの首筋へかみついたその魔種は、顔を背けたくなるような音を立てて血肉をすすりだした。フィリップはしおしおと骨と皮だけのミイラ状になっていく。
「どうする? 仕掛けるか?」
「いいえ、悔しいけどこの数で倒せる相手じゃないわ」
 オラボナの囁きに美咲が首を振って返す。それは同時に目の前のフィリップを見殺しにせざるをえない、ということでもあった。
「不味い」
 唐突に魔種は口を開いた。
「なぜもっと甘美な恋をしないの。なぜもっと鋭利な激情を抱かないの。どいつもこいつもその身にあるのは保身ばかり。あの女もそう」
「あの女、って?」
 美咲が戦闘態勢のままたずねる。
「レディナよ。もっとすてきな恋の花を咲かせてくれるよう頼んだのに、おままごとみたいなまずい恋物語ばかり食わされてね。だから私もあげたものを返してもらうつもりだったのに、その前に自殺してしまったのよ。勝ち逃げよ、あの女。ああ許せないわ」
 魔種は激怒しているようだった。じわりじわりと殺気がふりつもり、ふたりの足を縛っていく。美咲は勇気を振り絞り、オラボナの陰から声を上げた。
「なぜフィリップを襲ったの」
「レディナから回収するつもりだった恋物語がおじゃんになったから、せめて相手から、ね」
「相手?」
「あら知らないの。レディナは自分に近づく男とは、かたっぱしから関係を持っていたのよ。この男もそう。レディナに魅了されない男なんていないわ。私がそういうふうに力をあげたのだもの。だけど、私が求めるような、魔女の鍋のような恋物語は結局描かれなかった。スキャンダルなんかを恐れて、私との契約を蔑ろにしたのよ。そんなの許せて?」
「ほう、それで貴様は何者かね?」
 オラボナの問に魔種は口元で三日月を作った。
「サン・テオフィール・ド・アムールヘィン」
 言うなり魔種は日傘を広げた。激しい突風がオラボナの体を引き裂いた。風は引き潮のように魔種の周りを舞い、オラボナの血しぶきを浴びた魔種は高笑いを残して消え去った。

 干からびた死体をあさると、一枚のメモ書きが見つかった、そこにはフィリップの文字で。
『レディナはスラム時代に魔種テオフィールと契約し、美貌と幸運を手に入れた』と、書かれていた。

成否

成功

MVP

美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳

状態異常

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)[重傷]
不遜の魔王

あとがき

おつかれさまでしたー!

すべてのからくりは魔種によるものでした。
この先どうなるのでしょうね。
MVPは探索時間短縮へ大いに貢献した貴方へ。

またのご利用をお待ちしております。

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