PandoraPartyProject

シナリオ詳細

年の初めの怪異譚。或いは、年獣による破壊とその顛末…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●年獣
 朝日が昇る。
 ゆっくりとそれは人々の頭上を通過し、やがて西の空へと沈む。
 一日が始まって、また終わる。
 その繰り返し。
 この世の始まりから、きっと終わりまで、同じことが続くはずだ。
 だというのに。
 同じことの繰り返しのはずなのに。
 どうして年の暮れと始まりばかりに限って、こうも特別な気分になるのか。

 所は豊穣。
 海辺の里、ツムギ湊。
 澄んだ空気と、人々のざわめき。
 餅を手にして駆ける子供に、酒瓶を下げて家路に急ぐ酔いどれたち。
 着飾った格好で初詣へと向かう者たち。
 そんな往来の真ん中に、ぼうと佇む女が1人。
 獅子にも似た白金色の髪と、側頭部から伸びる2本の太い角。
 中肉中背のその女は、ふむ、と一つ呟きを零す。
「気に入らんなぁ」
 なんて。
 短い言葉を吐き捨てて、視線を右へ……民家の壁にかかった赤い飾りを見やるとほっそりとした腕を伸ばした。
 ミシ、と。
 何かの軋むようなその音は、筋肉が収縮したことで鳴ったものである。
 ミシ、ミシ。
 筋肉の収縮する音が鳴るたび、女の腕は肥大した。
 細い指は白い獣毛に覆われて、指先から生えた爪は鋭く厚く尖った。
 それから。
「気に入らんから、壊してしまおう。寝起きの運動にはちょうど良さそうだし、それが私の務めな気がする」
 頭上へ腕を振り上げて、女は「おぉ!」と短く吠えた。
 
●年の初めの怪異譚
「さて、豊穣に現れた件の女の正体が分かった。まったく、年の初めから結構な量の書物を漁る羽目になったよ」
 そう言って『黒猫の』ショウ(p3n000005)は古い書物の頁を手繰る。
 表紙には墨でタイトルらしき文字が書き込まれているが、生憎と何と書いてあるのかは読めない。
「あれは年獣といってな。まぁ、人を喰らう鬼の類だ」
 ショウの語った内容はこうだ。
 その鬼は獅子の頭と、牛の角を備え、類稀なる怪力を誇る。
 本来であれば年の終わりに現れて、災禍を振りまく存在らしいが、ここ数十年ほどは出現の記録はない。
 これまで、どこで眠っていたのか分からないが、久方ぶりにそれが人里に現れたというわけだ。
「年獣は赤い色や、爆音を嫌うということだ。まぁ【怒り】を付与するのが簡単というわけだな」
 しかし、年獣が現れた場所が厄介だ。
 豊穣にある港町の往来にて、現在、年獣は破壊の限りを尽くしているのだ。
 家屋を打ち壊し、人の怯える様を見て笑う。
 そんな怪物の登場に、往来は現在、ひどい混乱の最中にある。
 年獣との交戦は、大勢のギャラリーが右往左往している中で行うことになるだろう。
「年獣の身体には【反】が備わっている。また【飛】に【崩落】【致命】【封印】を及ぼす怪力による殴打」
 フィジカルに優れた怪物といえば分かりやすいか。
 体力も多く、見境も無く暴れ回るとショウの持つ書物には記されていた。
「まぁ、面倒臭い相手だな。だが、書物によれば討伐することは可能らしい」
 まるで霞のように姿を消したのだと、ショウは語った。
 その割に、今再び現れている所を見るに、完全に滅してしまうことは叶わないのかもしれない。
 とはいえ、まずは年獣を止めてしまわなければツムギ湊で大勢の犠牲者が出ることになる。
 被害をこれ以上拡大させないためには、イレギュラーズの出動が必要なのだ。

GMコメント

●ミッション
年獣を戦闘不能にすること

●ターゲット
・年獣
白金色の獅子のように広がった髪と、側頭部より伸びた角。
白い着物を纏った女性の姿をしている。
年獣は「自身の務め」とやらに従い暴れ回っているようだ。
現在、右腕が獣のような形状に変じている。
戦闘を続けることで、次第に姿は完全な獣か怪物のように変わるだろう。
赤い色と爆音が嫌いで【怒】を覚える特性を持つ。
また年獣の身体は【反】を備えている。

破壊の化身:物中単に特大ダメージ、飛、崩落、致命、封印
 怪力による暴虐。さながら破壊の化身の如く。


●フィールド
豊穣。
ツムギ湊の往来。
年獣は往来の中心辺りに出現している。
北へ進めば神社、南へ進めば海がある。
道幅は広いが、それを埋め尽くすほどに人出が多い。
年獣が暴れ回ることにより、人の行き来が難しくなっているようだ。
強引に年獣の元へ至るか、人の流れを整理せねば被害は拡大するばかりとなるだろう。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 年の初めの怪異譚。或いは、年獣による破壊とその顛末…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年01月14日 22時21分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
エア(p3p010085)
白虹の少女
黒田 清彦(p3p010097)
漆黒の妖怪斬り
白鳳 山城守 楓季貞(p3p010098)
光の女退魔侍
メリッサ エンフィールド(p3p010291)
純真無垢

リプレイ

●新年を告げる怪
 豊穣。
 海辺のとある港の町、ツムギ湊の物語。
 新年の喧噪に賑わう街の中央通り。左右に並ぶ数多の出店と、右へ左へ行き交う人の群れの中、現れたのは獅子にも似た金の髪と、2本の牛角を備えた怪異。名を年獣という白装束のその女、何を思ったか突然に暴れ始めたではないか。
 まずは景気付けとばかりに地面を一撃。
 獣のそれに変じた異形の右腕で、大地を殴れば土は抉れて、衝撃で辺りの人々は転ぶ。近くの屋台で餅を炙っていた七輪が横転し、火の付いた炭が飛び散った。
 木造建築の多い土地柄、一度に小火が発生すれば、あっという間に被害は広がる。はじめは暖簾、次に新年の紅白飾り、屋台を成す木材と、店主の着物に火が付いて、そこから先はあっという間に、近隣の家屋に火事は広がる。
 生物にとって、火とは生活に欠かせぬものだ。そして、同時に恐怖の対象でもある。
 ゆえに人は、火を神格化し、便利に使うと同時に崇め奉るのだが、さてこれは今のところ関係のない話ゆえに割愛しよう。
 それよりも優先すべきは、大地に一撃、殴打をくれた年獣の様子だ。彼女は牙の生えた口を大きく笑みの形に曲げると、ゆっくりと上体を起き上がらせた。
 風が一陣。
 金の髪を靡かせる。
「おぉ!」
 と、高く空へ吠えたその女は、次の瞬間、通りの中央から右端の民家へ跳んでいた。
 突風。
 否、年獣の疾走により押しのけられた空気が暴れ回っているのだ。
 次いで、轟音と大地が揺れるほどの衝撃。
 異形の腕を大きく振るった年獣は“ただそこにあったから”という理由だけで、民家をひとつ瓦礫に変えた。
 粉塵が舞い上がる。
 人々の悲鳴があがる。
 逃げようとする者と、野次馬根性も丸出しに現場へ近づこうとする者、そして何が起きているかも分からぬままに、右へ左へ駆けずる者とが混在し、騒ぎを加速度的に大きなものへと変えていく。
 年獣の目的は不明。
 しかし、その危険性は明らかな状態で、誰が行き交う人々を責められようか。
 転んで怪我をする程度ならごく軽傷。
 中には、転んだところ踏みつけられた結果、意識を失う者さえいた。
 先の年獣の一撃や、起きた火事による被害者もいることだろう。
 恐怖に戸惑う人々を観て、年獣はさも愉し気に呵々と哄笑をあげた。
 しかし、その時……。
「一年の始まりのこのおめでたい日に、人を喰らおうとするなんて言語道断ッスね。さぁ、立って……海の方へ逃げるっスよ」
 年獣の真上を飛び越して、現場に降り立つ少女が1人。
 桃と緑のツインテールに、ドレスと合わせたような着物を纏った彼女の名は『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)。
 混乱の渦中にあるその場において、ただ1人……彼女だけが冷静に、避難誘導を開始する。

「皆さん、年獣から離れてください! 焦らないで! ここは私たちが抑えます!」
 白い羽を散らしながら、道行く人へ声を落とした『期待の新人』メリッサ エンフィールド(p3p010291)は、身体全体を大きく使って逃げる方向を指し示す。
 避難誘導の役割に徹するメリッサと鹿ノ子の姿は目立つ。当然に破壊を続けていた年獣も2人の存在に気が付いた。
 牙を剥いてにぃと笑うと、試しとばかりに足元に落ちた瓦を拾い投げつける。背後より猛スピードで飛来した瓦が、メリッサの後頭部に命中。
 散った鮮血が金の髪を斑に濡らし、バランスを崩したメリッサが地面へ真っ逆さまに落下した。落下地点へ向けて駆ける年獣は、太く鋭い爪を備えた腕を大上段へと振るう。
「キサたちは先に参るであります! 人の誘導、宜しくお頼みするでありますよ!」
「新年早々暴れ回るな! いや年末でも止めてほしいが」
 けれど、年獣の爪がメリッサを穿つことは無い。人々の頭上を跳び越えて、現場に降りた青髪の剣士『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)と、猫耳の剣客『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)が、得物を一閃、年獣の爪を打ち退けたのだ。
 キィン、と澄んだ音が鳴る。
 腕を上段に弾きあげられた年獣は、一瞬、目を丸くした。突然の乱入者に驚いたのか、それとも自身の攻撃が弾かれるとは夢にも思わなかったのか。
「呵々、愉快愉快。愉快よの」
 なんて、歌うように宣って年獣は地面を蹴り付ける。
 砲弾にでも撃ち抜かれたかのような衝撃が希紗良を襲った。肺の空気と喉から零れた血の塊を吐きながら、希紗良は何が起きたのかを把握する。
 見れば希紗良の着物の腹部に大きな穴が空いていた。露出した肌には赤黒い痣。年獣の体当たりが直撃したのだ。
 姿勢を崩し、よろけた希紗良の首筋に、冷たい爪の先端が触れた。

 かつて海を割った男がいたという。
 その伝承をなぞるかのように、人の波が動きを止めて、中央に1本の道をつくった。
「この先にわたし達の仲間がいます! 大きな声を上げないよう、そこまで落ち着いて避難して下さい!」
 よく通り、響く大音声。
 声の主は空飛ぶ鮫に乗った小柄な女性であった。『暴走シャークライダー』エア(p3p010085)の後に続き、灰色髪の剣客が進む。エアの後を追う『光の女退魔侍』白鳳 山城守 楓季貞(p3p010098)の表情はいまひとつ浮かない風だった。
「清彦はもう年獣と遭遇しただろうか。無茶をしておらねばいいのですが」
 不安は尽きねど、今は己の成すべきことを成す時だ。
 はやる気持ちを押さえつけ、楓季貞はまっすぐ前を見据えた。

 厳めしい顔をした偉丈夫が、腰の刀に手をかけ歩く。
 黒い髪に黒い着物、浅黒い肌とどこまでも“黒”に染まった男の名は『漆黒の妖怪斬り』黒田 清彦(p3p010097)。威風堂々とした彼の姿を目にした子供が「お侍さま」と声をかけた。
「おう、坊主。如何した?」
「この先で妖怪が暴れてるの」
 そう告げた子供の目には涙がたっぷりと溜まっていた。見れば、着物も泥だらけ。混乱の最中、必死にここまで逃げて来たのか。近くに親らしき人物の姿はない。
「おっかあとも逸れちゃった」
「なんと。そりゃ大事だ。誰ぞ、坊主についてやってくれ! 俺はその妖怪とやらを叩っ斬ってくるからよ!」
 そう言って清彦は、近くにいた若い女性へ子供を預け、騒ぎの中心へ向け歩を進める。
「奉納演武みたいなものにしても……周りの被害は少々避けていただきたいものです」
 そう呟いたのは『鏡越しの世界』水月・鏡禍(p3p008354)だ。武家らしき男に住人の避難誘導の手伝いを申し込んでいた彼もまた、イレギュラーズの一員だ。
 人の流れがある程度の規則性を取り戻したことを確認し、鏡禍はひとつ頷くと、先に進んだ清彦の後を足早に追いかけるのだった。

●破壊と災禍
 土砂が飛び散り、瓦礫が砕けた。
 断続的に続く轟音は、年獣が滅多やたらと獣のそれに変じた両腕を振り回したことによるものだ。
 避難誘導に当たっていた鹿ノ子やメリッサも、逃げ惑う人々を庇ったり、巻き添えを喰らったりして、幾らかの傷を負っている。
 しかし、とりわけ傷が深いのは最前線で年獣の相手を務めるイズマと希紗良の両名であろう。
「あぁぁ、喧しい! その騒音を今すぐ止めろぃ!」
 怒りの形相を浮かべた年獣が地面を蹴って跳躍した。
 一瞬でイズマとの距離を詰めると、その手に握られたスピーカーへ向け鋭い爪を叩きつける。イズマは細剣で殴打を受けつつ、スピーカーへ唇を寄せた。
「お前が落ち着くまでこの光と音は止めないからな! 賑やかでいいだろう!?」
 罅割れた大音声と、それに合わせた眩い光が年獣に叩きつけられる。一層、険しい顔つきとなった年獣は咆哮をあげ腕を振り抜いた。
 細剣の防御を弾き、拳がイズマの胴を打ち抜く。
 血を吐き、地面を転がるイズマ。その頭部へ向け、年獣は蹴りを叩き込む。
 側頭部に強い衝撃。
 イズマの意識が暗転し、しかし途切れる寸前で【パンドラ】を消費し堪えて見せた。
 直後、年獣の背後に音も無く迫る影が一つ。
「今年最初の任務であります! お役目、しかと果たして見せましょうぞ」
 一閃。
 希紗良の振るう太刀はまっすぐ、年獣の首へと振り下ろされた。
 年獣は咄嗟に首を傾けると、太い角で希紗良の刀を受け止める。チリ、と火花が飛び散って、年獣はまさしく獣らしく吠え猛る。
 大地を踏み締め、背後へ振り向く勢いを乗せた殴打を放つ。希紗良はそれを受け流し、数歩ほど後方へと下がった。
「其方を制する」
 太刀の切っ先を差し向けながら希紗良の告げた一言に、年獣はピタリと動きを止めた。
 額に浮いた青筋と、引き攣るように震える口元。
 充血した眼で希紗良を見据える年獣の唇が、ばくりと耳元まで裂けた。
「あぁ? やれるもんならやってみぃ!」
 もはや年獣の視界には、逃げ惑う一般人の姿は無い。
 己を害する怨敵へ、殺気を向ける禍獣の姿がそこにはあった。

 年獣とイレギュラーズの大勝負。
 多くの者は逃げ出したが、中には物好きや危険に疎い者もいる。遠巻きに観戦を決め込んだ幾らかの人混みを、掻き分けながら鏡禍は前へと歩み出る。
「見ての通り、あの化け物は僕たちが抑えています。しかし、ここにいては危険ですから、どうぞ後ろの方から順に、神社の方へ避難して行ってくださいね」
 野次馬たちを説得し、避難を促す鏡禍の横を1人の武士が通り過ぎた。
 腰の刀を引き抜くと、その切っ先を天へと向けて高く構える。
「俺の前で虐殺しようなんざ良い度胸だな、バケモノ」
 静かに、けれど強い怒りの感情を言葉に込めて吐き出した。そんな清彦の背を鏡禍はポンと軽く叩いて激励を送った。

 4つ目の家屋が崩れ落ちた。
 舞い上がる粉塵と、立ち昇る黒煙、そして木霊する人々の悲鳴。
 現場に着いた楓季貞の視界に映ったのは、血塗れになった刀を振るう清彦の姿。
 イズマや希紗良と共に年獣を相手しているが、お世辞にも連携が取れているとはいいがたい。角の生えた虎か獅子かと言った風な容貌へ、変じた怪異の獣の腕に打ちのめされて、黒い衣は血と泥に塗れているではないか。
「頑丈な奴だが、そら、足が震えておるぞ?」
 刀を杖にし立つ清彦へ、年獣は嘲るような言葉を投げた。
「絶対、お前には屈しねえ……どれだけ痛めつけようとも灰からまた立ち上がる、俺のような人間もいるってこった!」
 大上段に刀を構えて、裂帛の気合と共に振り下ろす。防御を捨てた一撃は、確かに年獣の毛皮を貫き、肉を裂いた。
 白い体毛を血に濡らし、しかし年獣は笑っている。頑強な年獣の身体は、受けたダメージの幾らかを相手へ返す性質を持つのだ。
 血を吐き、よろける清彦へ年獣はすぅと手を伸ばし……。
「厄介なバケモノめ!」
 背後より迫る楓季貞が、放つ斬撃を背に受ける。
 年獣の動きが止まった隙に、転がるように楓季貞は前へ。未だ戦いを続けようとする清彦を抱えると、後方へと退避した。
「清彦! お前死ぬ気か? 貴様が先に死んだら誰があのバケモノ倒すんだ?」
 耳元で怒声を叩きつけられ、清彦はやっと楓季貞の存在に気付いたようだ。顔を濡らす血を拭い、彼は淡々と言葉を紡ぐ。
「あぁ? そんなもの残った面子で倒せるだろう?」
「奴がバケモノなら、貴様はバカモノだな!!」
 再び、楓季貞の怒声が響き渡った。

 暴風を纏い、戦場を駆ける銀の影。
 空飛ぶ鮫から降りたエアが、年獣の前に立ちはだかった。
「さぁ、ここはわたし達に任せて避難を!」
 年獣の殴打を風の結界で受け止めて、エアは残った人々へ早期の退避を促した。
「おぉ、妖術の類か?」
 風を殴る感触に好奇心をそそられたのか。年獣の放つ殴打の速度が増していく。
 強く、速く、鋭い爪を伸ばし、断ち切るように。
 風の結界とて十全ではない。年獣が拳を振るうたびに、エアの身体に衝撃が走る。
 筋肉と骨が軋み、内臓が激しい痛みを訴えた。
「町の人々のため、わたし達が倒れるわけにはいかないんです!」
 口の端から血を流しながら、エアは叫んだ。
 その様が面白かったのだろう。
「では、そのようにしてみせろ」
 呵々と笑った年獣は、エアの顔面に渾身の殴打を叩き込む。

 白い翼を大きく広げ、メリッサは年獣の頭上に回った。
 構えた剣を眼下へ翳し、撃ち出したのは風の刃だ。年獣の毛皮を切り裂き、肉を抉り、血を撒き散らす。
「私は私にできる事に全力を尽くすだけです!」
 顔面を殴打されたエアが地面に倒れた。
 血と土埃に塗れたエアへ年獣が1歩、近づいた。
 振り上げられた前肢へ向けて、メリッサは魔弾を解き放つ。空を切り裂き、疾駆する魔弾はまっすぐに年獣の肘を撃ち抜く。
 風の刃に魔弾、連続して叩き込まれる攻撃を鬱陶しいと感じたのだろう。
「チマチマと騒がしい奴め!」
 年獣が腕を後ろへ振るう。
 爪の先に引っ掛けられた鉄板が、ひゅおんと飛来しメリッサの腹部へ直撃した。

 地面に落ちたメリッサへ、年獣が一気に駆け寄った。
 メリッサが起き上がるより速く、叩き込まれた数度の殴打。呻き、血を吐くメリッサを弄ぶように蹴り転がして、仰向けにする。
 トドメとばかりに叩き込まれる渾身の殴打は、しかし間に割り込んだ鏡禍がその背で受け止めた。メリッサに覆いかぶさる鏡禍の背中が深く抉れる。
「今のうちに……下がってください」
 メリッサへ退避を促す鏡禍。
 冷めた瞳でそれを見下ろす年獣。
 その背後では、スピーカーを構えたイズマが大きく息を吸い込んだ。

●年獣退治
 衣一枚を引き裂かれ、しかし清彦は年獣の攻撃を回避した。
 返す刀で腕を切り裂き、清彦は後退。代わりに前進した楓季貞が年獣の肩に刀の切っ先を突き刺した。
「攻撃の手を止めずに……キサが合わせるであります」
 年獣の攻撃が楓季貞へ向いたその刹那、背後より駆け寄る希紗良が右脇腹を斬り付ける。
 前後左右からの連続攻撃に、鳴り響くノイズ。
 集中を乱された年獣は、ここに来て動きの精彩を欠いた。前に出ようとすればエアや鏡禍に阻まれ、距離を取ればメリッサの魔弾に狙われる。
「鹿ノ子――抜刀!」
 怒りによって狭くなった年獣の死角を突くように、鹿ノ子が鋭い刺突を放つ。
 数度、突きを受けた年獣の身体は血塗れになった。
 同じ位置を狙った連続攻撃は、着実に年獣の傷を広げている。痛みに顔を顰めた年獣は、素早く地を這うように駆ける鹿ノ子を視界に捉えた。
 見れば、鹿ノ子の口からは血の雫が溢れている。反射ダメージによるものか。その表情には焦りが見えた。
「根競べでもするか?」
「……正直なところ、年獣さんとは相性が悪いんッスよね」
 口から溢れた血を拭い、鹿ノ子は刀を正眼に構えた。

「しばらくの間なら年獣の特性を無効化できる」
 そう告げたイズマの手には真紅の眼が握られていた。“赫焉瞳”と呼ばれるそのアイテムを翳して見れば、年獣の身体はぼうと揺らぐ炎のような光に包み込まれたではないか。
 今が好機と鹿ノ子は駆けた。
 刀を低く構え、地面を踏み締め加速する。
 刹那の間に年獣との距離を詰めた鹿ノ子による斬撃。
 まずは腕を深く裂く。
 次いで、肘、肩、首と続けざまに斬撃が飛ぶ。
 速く、速く……流れるような剣舞を受けて白い毛皮が朱に濡れる。
「遮那さんのおわすこの豊穣に、乱あるを許さず」
 血塗れた腕はもはや動かすことも叶わず。
 眼前に迫る刃を、角で受けることもおそらく間に合うまい。
 囁くような鹿ノ子の声。年獣はそこに秘められた強い慕情を知った。
「なるほど。お見事」
 暴れるだけの年獣と。
 守るべきもののある鹿ノ子。
 想いの上での敗北を悟った年獣は、鹿ノ子の刃を受けて地に伏した。

「まったく、昔から懲りない奴だ。置いてけぼりにされる身にもなってみろ……バカ!」
 そんな楓季貞の叱咤はしかし、清彦の耳に届かない。
 治療のために戦場を去る2人をチラと一瞥し、年獣はくすりと微笑んだ。
 それから彼女は、鹿ノ子へ向けて歩を進めた。
「……何の真似っスか?」
 警戒を緩めぬ鹿ノ子の前に立ちふさがると、年獣は人のそれに戻った腕で着物の胸元を広げて見せた。
 そこにあるのは深い裂傷。
 鹿ノ子の斬撃によるものだ。
「この傷は借りとしておく。生きておれば、また相対することもあろうよ」
「……さっきも言ったッスけど、豊穣に」
「乱あるを許さず、か? しかしなぁ、それが私の務めのようでな。そういうわけにもいかぬのよ」
 呵々と笑って年獣は、着物の衿を正しく直した。
「とはいえ、今年の役目は終わり。いずれまた、どこかで逢おう」
 なんて。
 激戦の疲労やダメージの気配を微塵も感じさせない足取りで、どこへともなく立ち去った。
 どうやら彼女のお務めは、ただ今をもって終わりと相成ったようである。

成否

成功

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

鏡禍・A・水月(p3p008354)[重傷]
鏡花の盾
黒田 清彦(p3p010097)[重傷]
漆黒の妖怪斬り
メリッサ エンフィールド(p3p010291)[重傷]
純真無垢

あとがき

お疲れ様です。
年獣はひと暴れして帰っていきました。
家屋は幾らか破損しましたが、人命は失われていません。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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