シナリオ詳細
“赤の大隊”。或いは、海賊島ナバロンの争乱…。
オープニング
●海賊島
海賊島“ナバロン”
海洋国家に幾つかある、悪党たちの楽園だ。
ナバロンを訪れる者の多くは、海賊島の名が示すとおり海賊か、それに類する無法者。
しかし、無法者には無法者のルールがあるのが、世の常だ。
無法とは所詮名ばかり。
人は結局、生まれて死ぬまで規則や掟から逃れられないということだろう。
さて、熱帯の島であるナバロンだが、現在は騒乱の渦中にあった。
ナバロンの沖には軍艦が1隻。
赤く塗られた鋼鉄の装甲に、大口径の砲塔を備えた大型船だ。
応戦するは、2人の大海賊に率いられるナバロン滞在中の海賊200名。
人数の上では海賊たちの有利だが、装備や練度の差は大きく、にらみ合いが続いているのが現状だ。
怒号と悲鳴、空気を震わす砲撃音が鳴り響く。
ナバロンの奥にある宿泊施設にて、カイト・シャルラハ(p3p000684)は顔に傷のある大男と向き合っていた。
「よぉ、手負いの俺をとっ捕まえにでも来たか?」
男の名はボス・ルッチ。
海洋ギャング“ルッチ・ファミリー”の頭目を務める大男である。
獣のような笑みを浮かべ、ルッチは言った。
「あんたを捕まえりゃ、海洋も少しは平和になるかもしれねぇけどな。生憎と今回は別件だ」
猛禽の眼を鋭く細めたカイトは、肩に矛を担いだまま首を僅かに背後へ逸らした。
再度、砲音が鳴り響く。
空気が震え、天井からは埃が散った。
「あんたを襲った赤服がどうにも気にかかってな。調査しているうちにその目的も見えてきた」
「目的? 俺への復讐ってんじゃねぇだろうな? 俺に恨みを抱いているやつなら、海洋には掃いて捨てるほどいるぜ?」
「まぁ、それも目的の1つだろうよ。だが、赤服連中の狙いは少し違う。何でも、あんたのシマを乗っ取りたいって話だ」
「……あぁ、なるほどな。武器の流通ルートを欲しがってんのか」
「そういうことだ。たぶん、あんたの同業者が赤服連中に入れ知恵したんじゃねーか? ボス・ルッチを始末すれば、武器関連のシノギは丸ごとくれてやるとかっつってよ」
ばさりと1度、赤い翼を震わせてカイトは盛大なため息を零す。
それからカイトは部屋の窓に近づくと、遙か彼方の海上へと視線を向けた。
「連中の名前は“赤の大隊”……軍人崩れの戦闘狂の集団だ。練度も装備も揃っちゃいるが、要するに格好付けたならず者だな」
「へぇ、そんな名前だったのか。どうでもいいが……それでお前、わざわざこんな鉄火場までそれを伝えに来てくれたのか?」
「まさかそんなわきゃねーって。あんたとの話は事のついでだ。何で命を狙われたのか、知らないままじゃ気持ち悪いだろ?」
「いや、よくあることだからな。特に気持ち悪いって事はないが」
「……ここは話を合わせとけって。ま、いいや。オレたちは、この騒乱に乗じて“赤の大隊”を壊滅させるために来たのさ」
窓の外を眺めるカイトは、遠くにいる誰かへ向けて手を振った。
豆粒のように小さな人影だが、猛禽の眼を持つカイトには、それが誰か判別できているのだろう。
「ま、傷が治るまで療養してろや。ここもすぐに、静かになるだろうからな」
最後にひと言、彼なりの見舞いの言葉をルッチへ投げて、カイトは空へと飛び立った。
●高台より
島の各所に黒煙が燻る。
高い位置からそれを見下ろし、カイトは努めて冷静に、現在の戦況を分析していた。
「まず……島内に赤服達が15名ほど進入しているんだったか。集団戦に慣れているのか、烏合の衆の海賊たちじゃ決定打を与えられるか微妙なところだ」
とはいえ、ナバロンにおいて地の利は海賊達にある。
連携と装備の質では大幅に劣るが、数と地の利を活かすことで拮抗できているようだ。
「次に面倒なのが、戦艦からの砲撃か。あれを止めなきゃ、島がめちゃくちゃになっちまう」
砲撃の度に火の手が上がり、粉塵が舞う。
混乱に乗じて上陸している赤服たちは移動するため、そういった意味でも早期に対処が必要だろうか。
「着弾地点に【紅焔】か? 敵地襲撃にしか使えなさそうなもんを用意してきやがって」
砲塔は戦艦の甲板に合計2門。
1つひとつ破壊するか、それとも砲手を打ちのめした方が早いだろうか。
「人員が少ないのか……戦艦の大きさに対して砲手や観測手が足りてねぇな。4人程度か」
甲板上に視線を向けてみたところ、砲手や観測手はナイフやサーベルといった最低限の武器しか身に付けていない。
あくまで砲撃が彼らの仕事で、それ以外に手は回っていないということだろうか。
「海上を渡る手は幾らでもある。いざとなればそこらの海賊船でも借りればいいしな」
戦艦に乗り込んでしまえば、砲撃を止めることは容易い。
カイトはそのように判断した。
「さて……問題はこの3人だが」
ポケットから取り出した3枚の写真に視線を落とし、カイトは眉間に皺を寄せた。
1人は赤いコートの女性。
もう1人は、ライフルを手にした中年の男性。
そして、厳めしい顔つきに白い髭を蓄えた初老の軍人。
「この3人が要だな。組織を崩壊させるには、幹部らしいこの3人をどうにかするのが最優先だぜ」
誰にともなくカイトは告げる。
コートの女性と、ライフルの男に関しては、以前に交戦したことがある。
赤いコートの女は暗器による近接戦闘を。
ライフルの男は遠距離からの狙撃を。
それぞれ得手こそ違うものの、動きや判断の早さは訓練を積んだ者のそれだった。
また【流血】【猛毒】【麻痺】【呪い】【ブレイク】を付与する薬物を得物に塗布しているようだ。
「女の方がレフテナント。狙撃手はカピターン……それから、初老の男は“少佐”と呼ばれているらしいな」
やはり軍人か。
そう呟いて、カイトは矛を肩に担いだ。
実際のところ、過去、海洋の港で交戦した時点でおよそ予想できていたことだ。
任務に対する姿勢や、撤退判断の早さなど、そこらのならず者と一線を画していたのだから。
「船に乗り込むか、島におびき寄せるか……まぁ、面子次第だな」
そう告げて、カイトは仲間たちの終結を待つことにした。
- “赤の大隊”。或いは、海賊島ナバロンの争乱…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年12月31日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●海賊島“ナバロン”の争乱
空気が震える大音声。
海が割れ、島が揺れた。
風を切る音。
次いで、轟音。
立ち昇る爆炎と、男たちの悲鳴。
濛々と硝煙を立ち昇らせる大口径の大砲と、それを操る赤い服の軍人たち。
「兵を分けるのは悪手なことも多いが、あの砲台はどうにかする必要があるか」
漆黒の翼で空を舞う『騎兵隊一番翼』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)は、遥か上空より1隻の鋼鉄軍艦を睥睨していた。
甲板上には2門の大砲。
そしてそれを操る4人の男たち。
“赤の大隊”と言う名前の割に人員が少ないのはどういうわけか。とはいえ、少ない人数で船を動かし、数百人からなる海賊たちを翻弄する手腕は敵ながら見事と言わざるを得ない。
おそらくは、指揮官が優秀なのか。
もちろん、赤服1人ひとりの練度も侮れないものがある。
「まずは甲板の制圧だな……“起動せよ、起動せよ、八ツ頭の”」
レイヴンは杖を正眼に構え祝詞を紡ぐ。
多頭の海蛇を召喚し、甲板へ奇襲を仕掛ける心算なのだろう。
けれど、しかし……。
「うっ……おぉ!?」
バス、と乾いた音が鳴る。
次いで、レイヴンの翼を何かが撃ち抜いた。
黒い羽と血飛沫が散って、レイヴンはぐらりと姿勢を崩す。無理矢理体制を整えようとしたレイヴンだが、直後、2発目の弾丸に脇を射貫かれ血を吐いた。
鋼鉄軍艦から幾らか離れた海の上。
岩礁の影に停泊させた小舟の上から『空の王』カイト・シャルラハ(p3p000684)は空を見上げていた。
「マジかよ。レイヴンが撃たれた!! あの距離から……あぁ、いや」
あいつか、と。
舌打ちを零し、カイトは唸るように言う。
レイヴンを撃った相手に心当たりがあるのだろう。
「一筋縄じゃいかない相手だな」
「あぁ、いい腕してる。あんなのに狙われるとは、ルッチの旦那も苦労が尽きねぇことで」
小舟の縁に腰をおろした『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は、刀を肩に担いだ姿勢で含んだ笑みを零してみせた。
「……ま、ギャングのアタマ張ってる以上は仕方のねぇことだがね」
「狙撃手は見つかるかな。狙撃手だったら、高台の、厄介な所に居そうな気がする」
ひらり、と小さな人影がカイトの肩に取りついた。『自在の名手』リトル・リリー(p3p000955)の身体は30センチほどとごく小さい。
2門の大砲に、姿の見えぬ狙撃手。
そして、部隊の指揮官らしき“少佐”という名の人物。
目下の敵を数え上げ、3人はそれぞれ行動を開始したのであった。
島に乗り込んだ赤服の数は15名。
一方、相対している海賊は合計200名にも上る。
数の上では不利な状況を、連携と大砲による支援、そして修めた技能によって拮抗に保つ赤服たちは脅威であった。
「さて、少々お聞き願えるかい? とりあえず我々は君たちの敵ではないよ」
拮抗を崩すには、何かしらの一手が必要だ。
『ロクデナシ車椅子探偵』シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)は自身がその“一手”となるべく、海賊たちの前に姿を現した。
「この拮抗した戦況は把握しているとも……試しに一つ、ボクの助言を聞いてみる気はないかな?」
チェシャの背後には『斬城剣』橋場・ステラ(p3p008617)と『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)が並ぶ。
海賊とひと口に言っても、別に仲間というわけではない。場合によっては、獲物を取り合い殺し合うことだってあるだろう。
そも、彼らは海の荒くれ者だ。連携だってなっちゃいない。あるのは向こう見ずな勇敢さと、長い航海で培った筋力ばかり。
「決め手がないうえに、船からの支援砲撃に困らされているんでしょう? ねぇ、貴方たちの指揮官はどこかな? 出来ればそちらに話を通したいんだけど」
フォルトゥナリアの問いかけに、海賊の1人が応えを返す。
曰く、指揮を取っていた者たちは優先的に打ち倒されて後方へ下がっているとのことだ。
「頭から潰した、というわけですね。かなりの手練れで厄介な方々です」
ステラの零した言葉を聞いて、チェシャは無言で頷いた。
こうして海賊と交渉しながらも、ステラは周囲の索敵を続けている。得た情報を即時、チェシャへと伝えることで、即座に戦況を更新していく。
だが、ここから先、海賊たちがどれだけ協調を図ってくれるかにより、攻略の難度は大幅に上下するだろう。
そんな中、チェシャの前に戦鎚を担いだ女が1人、歩み出る。
「正直、にっちもさっちもいかなくて困ってた。このままジリ貧ってのも柄じゃねぇんでな。アタシら“ルッチ・ファミリー”はアンタらに協力してやるよ」
その一言を待っていた。
自然、チェシャの口角がにぃと不気味に吊り上がる。
赤いコートが翻る。
壁を蹴って、天井へ向け女が跳んだ。
腕を一閃。
放たれたのは1本のナイフだ。
「やっぱり敵がただ攻めてきてるとは考えにくかったんだよね。今回狙われてるのって、ルッチじゃないの?」
正眼に構えた刀の切っ先でナイフを床へ叩き落して『若木』秋宮・史之(p3p002233)は背後の巨漢へ言葉を投げた。
「戦艦も乗り込んできた連中も囮ってことかよ」
拳を握り、立ち上がった巨漢の名はボス・ルッチ。現在、ナバロンにて療養中の海洋ギャングの頭目だ。
相対するは赤いコートの暗殺者。
名をレフテナントという“赤の大隊”の幹部である。
●濛々たる黒煙、喧噪、戦争
河川を下る小舟の上で、チェシャは朗々と言葉を紡ぐ。
車椅子に乗った彼女が語るのは、今回の争乱についての推理だ。
「さて、まず15人で200もの海賊相手に喧嘩を売った理由について気になる者もいるんじゃないかな? けれど、それを考えること事態が既に間違っていると言ったら君たちはどう思う?」
肘掛に肘を突き、顎の下で両手の指の腹を合わせる独特のポーズ。
もったいぶった口ぶりで、けれど事実のみを紡ぐ。その声はさして大きくないがよく通り、不思議と脳に意味をもって染み渡る。
「普通に考えて、15人で200人を全滅させることは不可能だ。では、どうして? 単純な話さ……彼らは捨て石というわけだね。島の各所で暴れ回って、君たち海賊を混乱させることが目的。つまり、ボクたちは既に敵の思惑に嵌っているというわけだ」
なんて。
肩を揺らしてくっくと笑う。
「だが、放置も出来ない。だから、相手の思惑通りに動くことに問題はない。ただ、早々に終わらせる必要はあるかな」
現在、小舟に乗った一行はステラの集めた情報に則り赤服たちの元へと移動中である。
連中の目的がスポット的な各所での争乱にあるのなら、こうして追撃してくる相手から一戦もせずに逃げることはあり得ない。
それはここまでの戦況からも明らかだった。
無数の弾丸が降り注ぐ。
フォルトゥナリアは周囲に展開した数本の短剣で、弾丸を次々と捌いていった。
火花が散って、硝煙が辺りに立ち込める。
濛々と燻る硝煙に紛れ、赤い服の男たちが移動する。数は15。けれど、攻撃に参加しているのはその半数ほどか。
残る半数は周囲を警戒しながら、徐々に後方へと下がっていく。
「このまま正面戦闘はこちらで受け持つ……で問題ないよね!?」
淡い燐光がフォルトゥナリアへ降り注ぐ。
銃創の癒えた腹を手で押さえ、唇の端から溢れた鮮血を手で拭う。
絶え間ない弾雨のすべてを、短剣で防ぎきることは出来ない。
体力だって、徐々に削られている。
「あぁ、問題無いよ。フォルトゥナリア君が倒れることはない」
「それならいいけど。痛いから早めにどうにかしてねっ!」
顔面目掛けて撃ち込まれた弾丸を、操る短剣の腹で受け止めた。へしゃげた鉛の弾が足元へ落ちる。
攻撃の頻度が減っている。
どうやら撤退へ移り始めたようだ。
この瞬間、ひと塊になっていた15人の隊列は僅かに縦に伸びる。
木々を盾にした迅速な撤退。
そうなってしまえば、海賊たちの追撃もかわしやすいか。
だが、しかし……。
「多少の障害物は咬み砕けるでしょう」
フォルトゥナリアの背後。ステラは両の手を眼前へと突き出した。
赤と青の閃光は、細い指に嵌められた指輪の放つ輝きか。
ごう、と魔力の奔流が吹き荒れた。
赤と青の光は混ざり合い、形成されるは禍々しいほどの黒き魔力の渦である。
「一撃入れます! そこから敵の連携を崩していって頂ければ!」
宣誓と共に放たれる黒き魔力は、地面を抉り、木々を砕き、赤服たちを飲み込んだ。悲鳴さえあげる間もなく、数名が意識を失い倒れる。
戦線を崩されたことを赤服たちはきっとすぐに悟るだろう。
残った人数で隊列を組みなおすのに、そう長い時間は必要ない。
だが、十分だ。
「行け! 行け行け! 一気呵成に攻め立てろ! 他所者におんぶにだっこで恥ずかしくねぇのか!」
誰かの怒声。
木々の間から、川の中から、次々と海賊たちが飛び出した。
カトラスにマスケット、手斧といった得物を持ったあらくれ者が、今が好機とばかりに襲い掛かるのだ。ここに来て初めて、赤服たちの表情に恐怖の感情が浮かび上がる。
血に濡れ、傷つき、しかしレイヴンは杖を掲げ祝詞を紡ぐ。
「“起動せよ、八ツ頭の大蛇”」
赤い軍艦を中心に、展開される巨大な魔力の陣。その底から津波と共に現れたのは8つの頭を持つ海蛇だ。
どう、と空を貫いたのは滝のような水流。
鋼鉄船が大きく揺れて、甲板上の観測手たちが姿勢を崩す。
しかし、そのような状況でさえなお、敵狙撃手はレイヴンを狙う。弾丸がレイヴンの腹を射貫き、強引に高度を下げさせた。
【パンドラ】を消費し意識を繋ぐ。
「甲板上の雑魚を蹴散らすべきか……幹部を討つか」
体勢を崩したレイヴンの視界に、赤い服の男が映った。鋼鉄戦艦の操舵室らしき場所に隠れ潜んでいた狙撃手……カピターンに違いない。
砲撃の止んだ隙を突き、カイト、リリー、縁は艦に乗り込んだ。
甲板を駆ける鼠を追って、縁は操舵室へと向かう。
残されたカイトとリリーの周囲には、4人の赤服たち。手にした銃や短刀はよく手入れされている。
「赤色の軍人崩れ……俺の親父とは雲泥の差だな? 海の男としての誇りも失ったお前らに海洋の島は奪わせねぇぜ?」
肩に担いだ三叉の槍を低く構えて、翼を広げた。
カイトの肩にはリリーが腰かけ、小さな魔術書の頁を手繰る。
銃声は4つ。
四方より迫る弾丸を槍で弾き、翼で受けて、カイトは駆けた。赤い羽を広げ、低く滑空。甲板上を滑るようにして、手近な1人の足元を抉る。
「こいつっ……シャルラハの倅か!?」
「お? 俺を知ってんのか?」
転倒した赤服は、腰から剣を引き抜いた。
カイトは槍を横に薙ぐと赤服の剣を弾き飛ばす。ひゅん、と風を切る音がして槍の柄が男の側頭部を強打した。
意識を失い男が倒れる。
直後、銃声が2つ。
1発はカイトの肩を射貫いた。
咄嗟にカイトはリリーの身体を掴んで宙へと投げ飛ばす。
「カイトさんを手こずらせて……許さないもん!」
3発目の弾丸へ向け、リリーは小さな手を翳した。
一瞬、リリーを中心に黒い魔法陣が宙へ浮かび上がる。その中央より、空気の弾ける音と共に放たれたのは黒く禍々しい魔弾。銃弾の軌道を逸らし、疾駆した魔弾は観測手の胸を撃ち抜いた。
「……火薬とか無いかな?」
「おぉ、それがいいな。思いっきり船底に穴あけようぜ!」
大砲は大きく頑強だ。
攻撃で破壊するのには時間がかかる。
リリーとカイトは赤服たちと交戦しながら、視線を周囲へ巡らせる。果たして、2人が目を付けたのは、甲板の隅に造られたいかにも頑丈そうな鉄の小屋。
「カイトさん、あれ! 海賊たちも出撃して来たみたい!」
鉄の小屋へと向かいながら、リリーが海を指さした。
ナバロンから出航した数隻の海賊船を見て、カイトは呵々と笑ってみせる。
●最後の戦争
床を這うようにして繰り出される蹴撃。
軍靴の踵に仕込まれた刃が史之の足首を引き裂いた。姿勢を崩した史之の顎へ繰り出される掌底。手首に取り付けられた短刀が史之の顎を抉る。
跳びはねるように立ち上がったレフテナントは、史之の刀を袖に仕込んだ鉄板で受け止め、肩へ手を置き跳躍。抉れた顎へ膝を叩き込み仰け反らせると、史之の胸を足場に跳んだ。
逆手に握った刃が光る。
狙うはルッチか。ルッチは拳を振りかぶるが、レフテナントの方が速度で勝っているのは明白だ。
しかし、史之は仰け反りながらもレフテナントの足首を掴む。
「まだ動けるか!」
「俺そこそこタフな方だからさ、何度でも攻撃してくるといいよ」
傷も、異常も、史之は自分で治療できる。
見かけ以上のタフネス。レフテナントは史之の耐久を見誤ったのだ。
史之は強引にレフテナントを床へと叩きつける。
レフテナントは受け身をとって衝撃を殺す。手で弾みをつけ、素早く壁際へと後退。その後を追う史之は刀を正眼に構え、素早い突きを繰り出した。
「けっこう怒ってるんだよこれでも」
膝、脇、肩と続けざまに刺突を撃ち込む。
飛び散った鮮血が壁に赤い染みを作った。
踏み込みの衝撃で床板が割れる。
壁に背を打ち付けたレフテナントは動きを止めた。その眼前に、ステップを踏むような軽い歩調でもってルッチが迫る。
「よぉ、お返しだ。俺ぁ優しいからな、1発で手打ちにしてやらぁ」
肉を打つ鈍い音。
顔面を殴打されたレフテナントは、血と折れた歯を吐き出して意識を失う。
爆音。
背後より響く衝撃と、噴き上がる業火。
カイトとリリーが、火炎を突き破って空へと逃げていくのが見える。傷を負ったレイヴンを回収し、撤退行動へ移ったようだ。
それを確認した縁は、正面から撃ち込まれた弾丸を刀の腹で受け流す。
これまで受けた弾丸はどれほどの数になっただろうか。辛うじて致命傷を避けているが、流した血は多く、視界も霞む。
「…………」
甲板後方。
操舵室から縁を狙うカピターンの姿が見える。カピターンの背後に控えた初老の男は“少佐”だろうか。
滑るように甲板を駆ける縁の足元へ、続けざまに2発の弾丸が着弾した。
転がるようにして縁は弾丸を回避。
貨物の影に跳び込んだ。
「姿が見えないな。少佐……この場所は危険です」
「ふむ。だから、どうしたというのだね?」
カピターンの問いかけに、少佐は努めて冷静に言葉を返した。
上陸した仲間たちはきっと全滅したのだろう。
海を見れば3隻の海賊船がこちらへ迫っているのが見える。
もう数分もすれば大砲の射程圏内に入る。
3隻の海賊船に分かれて乗ったステラとフォルトゥナリア、チェシャが指揮を取っているようだ。
逃げ場は無い。
作戦は失敗だ。
「戦うしかないのだよ。カピターン。戦い勝ち取らねば、自決さえもままならぬ」
葉巻に火を着け、少佐は低くそう言った。
ガタン、と重たい音が響いて操舵室の扉が開く。
「そう言うこった。悪いね。お前さん方には、色々と聞かなきゃならんことがあるんでな」
果たして。
そこに現れたのは、血に濡れた偉丈夫……赤く濡れた顔に、獣のような狂暴な笑み。
「若い時分の君を見たことがある。言葉を交わすのはこれが初めてだが、嬉しいものだね。まるで昔馴染みに再開したかのような感覚だ」
そう言って少佐は懐から拳銃を取り出した。
ライフルを構えたカピターンが腰を落とす。それと同時、縁は駆けた。
紫電が奔る。
一閃。
カピターンが引き金を引くよりも先に、縁の刀がその胸部を斬り裂いた。
次いで、銃声。
少佐の放った弾丸は、縁の右肩を貫通する。
縁は左腕1本で刀を振るった。
血飛沫。
肉を断つ斬撃。
咥えた葉巻が血溜まりに落ちる。
操舵輪に背を預け、少佐はその場に崩れ落ちた。
「お前さん、どうしたい?」
「できれば艦と運命を共にしたいところだな。あぁ、まだ息があるのならカピターンを連れて行ってくれ」
話なら彼から聞いてくれ。
そう言って、少佐は懐を探った。取り出された新しい葉巻は、しかし少佐の手から落ちて床を転がる。
縁は葉巻を拾い上げると、少佐の口元へと運んだ。
「……そうかい。ご立派なこった」
なんて。
葉巻に火を着け縁は言った。
倒れたカピターンを担ぎ上げ、去っていく背に少佐は深い笑みと共に敬礼を送る。
海賊船の甲板に並び、燃える軍艦へ視線を向ける。
カイトとリリーは敬礼を。
フォルトゥナリアとステラは祈るように視線を伏せた。
「海賊も確かに許せないけど……武器の流通ルートを奪取しようとしてる赤服達も許せないもんね」
リリーの言葉に頷くと、カイトは燃える軍艦へ向け酒瓶を掲げた。
「きれいな酒瓶だろ? まだ封の切られてない酒だぜ」
ボトルの封を切らぬまま、カイトはそれを艦へと投げる。それはきっと、彼なりの手向けであっただろう。
「……レフテナントの方も片付いたみたいですね」
「そっか。今度は逃げられずに済んで良かったね」
喚んだトカゲの得た情報を、ステラは仲間たちへと送る。
敵勢力の全滅を確認し、フォルトゥナリアは安堵の吐息を零した。
チェシャは既に船内へと引き換えしている。荒れた海を泳いで帰還する縁を回収すれば、それで任務は完了だ。
ステラとフォルトゥナリアは、軽く手の平を打ち合わせる。
パチン。
渇いた音が、海洋の空に響く。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
軍人崩れの男たち。
その頭目は、母艦と共に海へと消えました。
戦場でしか生きられなかった彼らにとって、悔しいながらも満足のいく結末だったことでしょう。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
※こちらのシナリオは『赤いコートの暗殺者。或いは、狂奔道中…。』のアフターアクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6828
●ミッション
幹部3名の捕縛or討伐
●ターゲット
・少佐
“赤の大隊”の隊長。
厳めしい顔つきに、白い髭を蓄えた男性。
現在、戦艦内部にて指揮を執っている模様。
さほど強そうには見えない男性だが、彼が部隊の要であることに間違いはないだろう。
・カピターン
赤いコートに目深に被ったフード。
目元をゴーグルで覆った中年男性。
ライフルによる遠距離からの狙撃を得意としている。
攻撃の際、以下のうち1種類の状態異常を対象に付与する。
【流血】【猛毒】【麻痺】【呪い】【ブレイク】
・レフテナント
赤いコートの女。
目と勘が良く、身のこなしが軽い。
袖に隠した暗器による攻撃を得意としている。
一撃の威力は低い。また、必要に応じて投擲も可能だろう。
攻撃の際、以下のうち1種類の状態異常を対象に付与する。
【流血】【猛毒】【麻痺】【呪い】【ブレイク】
・砲手&観測手×4
甲板上にて砲塔の制御や操縦を行っている隊員たち。
ナイフやサーベルは所持しているものの戦闘能力は低いようだ。
砲塔は2門。
1門あたり、2人いれば砲撃が可能。
砲撃:
島や海上へ向けて撃ち込まれる砲撃。轟音とともに【紅焔】をまき散らす性質を持つ。
・赤服の隊員たち×15
ナイフや銃火器を装備した赤いコートの隊員たち。
人数は少ないが連携に優れている。
現在、島内を移動しながら各所で海賊たちと交戦中。
数と地の利の不利により、戦況は拮抗しているようだ。
●フィールド
ナバロン
海賊島。
熱帯のジャングル染みた島。
島内では海賊たちと赤服たちが交戦中。
木々は鬱蒼と茂っており、視界は悪い。
海賊たちはもっぱら島内を流れる川に沿って移動しているようだ。
赤い鋼鉄戦艦
ナバロンの沖に停泊している戦艦。
装甲は鉄で出来ているため非常に頑丈。
甲板には2門の砲塔が積載されている。
甲板上に居住区や船室、操舵室が集中している。
甲板は広いが、船内通路は非常に狭い。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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