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シナリオ詳細

<Sprechchor op.Ⅱ>兄さんは僕より  んだから

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●Easy Game
 話したいことがある。
 伝えたいことがある。
 ただただ、口にしたいことがある。

「「白く洗練された姿で生まれるほどクリアで混じりけの無い音の因子だと、生まれながらに品隲されるんだ、僕たちは」」

「――ふむ。狭い社会で熟成された、外界とは異なる歪な価値観。
 それは永き歴史を持ち伝統と格式を重んじる一族にはよくある話だ」

「「僕は、白く生まれた。物心ついた時には、一族の頂点に立つ事を約束された純粋な存在だと言われる自分がいた」」

 音の波紋が生まれて広がり、世界に溶けて消えてゆく。

「「人と接するのは、得意だった。
 求めている音がわかったから。
 大人は皆、僕を褒めた」」
 佳い音、善い響、好い僕――ほら、ね。褒めてくれる。
 僕は思った――それはキミらが欲しがったイデアーレ<ideale>――『表面でしか、僕をみてないんだ、誰もかれも、……兄さんも』そう思う心の欠片の音雫は、誰も掬い取ってくれなくて――そんな想いをペルソナ<Persona>で隠して。

 大気が震えて、大樹はそれでも揺らがない。
 けれど梢が揺さぶられて、葉が落ちた。

「脆い」
 うん。
 脆いんだ。僕は頷いた。
 そう言う人は、過去にひとりとていなかった。それほど巧く音を当ててきた。
「兄はそれに引き換え、複雑な色を宿して自由で強い。かく思ったのだな」

 『彼』が医者らしく話を引き出して、僕は初めてありのままの音を曝け出した。
 生まれてからこのかた、誰も見つけなかった『ひとりの』『ただの』僕。
 誰もきかなかった『ほんとう』の聲。
 『助けを求めてもいいのだ』と手を差し伸べてくれたのは、彼が『唯一』。

「「みんなが兄さんを褒めないんだ。強くて自由な兄さんの凄さがわからないんだ。劣るのは僕なのに、僕を褒めて兄さんを落ちこぼれと呼ぶんだ」」
 僕が頑張るのは『兄さんの良い所をみんなにわかってもらうため』なのに。兄さんを守るためなのに。
 頑張れば頑張るほど兄の評価は落ちて、僕が褒められる。
 そうして、ついに兄さんは出て行ってしまった。
 兄さんが沢山傷つけられてしまった。
「「悲しい思いをしてほしくはなかった」」

 ――期待をのせて呟けば、彼はわかってくれる。そう思って紡ぐ声。
 ……なんだか、『僕に期待した皆』みたいだ。
「「僕が望むのは、兄さんが讃えられて、褒められて。皆が――兄さんと一緒に……」」
 纏っていた殻を脱ぎ捨てて無防備になるように、飾らない声が弱弱しく。
 わかって。
 きいて。
 僕を。
「皆が、兄さんがすごいっていうんだ。それでね、僕は。そうでしょって言うんだよ。僕の兄さんは、すごいんだ。やっとわかった? 僕は最初から知ってたよって、そう言うんだ」
 変革するんだ。一族の古い価値観を覆すんだ。兄さんの良さをわかってもらうんだ。

「エゴだな」

「え」

 静寂。
 風が止んでいた。
 寸秒、葉擦れの音が消え、すべての生き物が息を潜めてしまったよう。無言の男が世界を支配したみたい。肌はひやりとして、空の凍て星は遠かった。

「……え」
 夢から醒めたように瞬く深緑の精霊種、秋永 長頼。
 元の世界では精神医学を研究していたウォーカーのロナルド・アーレンス・コール――『原罪のシュプレヒコール』は、鋭利なメスを入れるように精霊の胸を突く。
「それはエゴだと言っている。聞こえなかったのか長頼?」
 眼鏡を押し上げ、シュプレヒコールが言葉を紡ぐ。嗚呼、なんて明瞭なその声。
「長頼、お前の存在が兄を苦しめる。お前の奏でる全ての音が兄を追い詰めた」
 雪解けを迎えた春の滝めいて。事実が躍る。
 音の波が流れ出て「長頼、原因はお前の存在ではないか」。
 断罪の声が降り注ぐ――「努力するお前が近くにいる事は、兄にとってどれほど辛かっただろうか」。

「兄の自由なる魂を語る。
 一族から離れ、しがらみと先入観の白眼視から解放され、高名ギルドに身を置いて大勢の友と栄光と友情の中に居場所を得ている、そんな兄を一族の閉じて偏屈な檻に戻すのを望む――違う。長頼、お前は、彼に『自分の兄』というポジションに戻ってほしいだけだ」
 シュプレヒコールの聲は低く地を這い影を絡めとるようだった。
「現在の兄に長頼は必要ないというのに、迷惑な弟だ」
 神のように理を識り、錬金術師のように生命の神秘を操り、心を感じ取り、分析して。その瞳に映る自分がひどく醜く視えて、自分とはこうなのだ、と突きつけられるようで。
「わからないはずもなかろうに」
 長頼は両腕で身を抱き隠そうとした。
 心の奥底に隠れていた醜い自分が暴かれ、白日に晒されているようで。
 されど、声は止まらない。
 そんな仕草すら言葉を裏付ける証左だと言わんばかりに冷ややかに。
「手を伸ばせば触れられて、呼吸の音の波近き温かい距離を恋しがっている。お前はいかにも献身的な顔で語ったものだが、それは『兄のため』ではない。『お前のため』の願いだ。ふうむ、本音は? 『ひとりにしないで?』……子どもだな……格好つけて、なんと? 兄さんを? 守ると? 矛盾していないか。『兄さんはお前より強い』のだろう?」
 長頼はカッと赤くなった。
「違……」
「おや、それとも、お前は兄が自分より出来が悪いと思っているとでも反論するのか?」
「ちがう」
「ならば何故守る。さぞ兄もプライドを傷つけられただろうな、お前に。お前が守るというたび、兄はお前の言葉の刃に切り刻まれていたのだ」
 ああ、兄さんはなんて。
「可哀そうと思ったか? 上の立場から兄を見下ろし、同情し、憐れんだか? お前はまた兄を?」
「……」
「それが日常であったのだろうな?」
 ああ、僕はなんてひどい弟だろう……。
「生き物は巣立つものだ。鳥も狐も。生まれ故郷を離れ自立するのは『自然』で『自由』だとお前はわかるだろう?」
 その瞳が長頼を真っすぐに見つめている。
 逃げるすべはなかった。耳を閉ざそうとしても、その声はどうしようもなく長頼の聴覚を騒がせ、皮膚をざわりとさせ、首筋を撫ぜて心にさくりと入り込み、やわやわした部分を切り裂いて。ドロドロした魂を見つけてしまった。正確に把握して、指先で表面を嬲って。蔑むように。
「や、やめて! もういい。もう聞きたくないんだ、もう――」
「一族の者は一族に縛られて生涯を終えるのが好い? ――それは、『自由ではない価値観』だな長頼?」
 嗚呼、シュプレヒコールが微笑んで。
 苗床を耕し、悪意の胤を撒いてキレイな水をあげようとも。燦燦と降り注ぐ光を浴びて、さあ芽生える時。染めてあげよう、穢してやろう。変革を齎そう、欲しがっていたではないか。喜ぶといい。言祝ぐとよい。
「狭い社会で熟成された、外界とは異なる歪な価値観。
 それは永き歴史を持ち伝統と格式を重んじる一族にはよくある話だ。
 ああ――白く生まれたお前は、『そこから逃れられない』。象徴的ではないか、そうは思わないか」


    思  あ  救
    っ  る  い
    た  と  が
    の
    か
    ?


   ――甘いんだな。

「兄の良さがわかる自分の価値感は一族と違うと思っていたのだな、長頼?」
 ――堕ちていく耳に甘やかな惡蜜を垂らし、囁こう。
「さて、解を与えよう。
 兄の名誉がより一層高められ、一族も世間も誰もが兄こそを讃え認めるだろう、手っ取り早くシンプルな方法だ」
 汚れるための白なのだ――壊れるために在るんだ、最初から。


 運命の天秤は今傾きて、世界の病巣が求められし音を奏で始める。
 それは子どもの時からたいそう得意なことだったから、いっとう大事な演目もきっととびっきり美しく佳麗に格好つけて「「光を集めるよ」」。

 もっと早くこうしていれば。
 ――ごめんね兄さん、ごめんなさい。


●一つの依頼
 深緑に住まう秋永一族の郷が炎に包まれた。
 冬越 弾正(p3p007105)に届いたのは、そんな報せだった。

「一昼夜燃えて鎮火の後、生き残りが近くの集落に逃げ込んだ。混乱を極める目撃情報の数々によると弾正の弟くんが主導していたとか。一族を恨んでいたとか、幼い頃から悪しき魂を有していたけれど善性にすぎる周囲は簡単に騙されていた、とか。優秀な兄に呪いをかけて長年能力を吸い取っていたとか、派閥争い、という話もあるね」
 ギルド・ローレットの情報屋『黒猫の』ショウ(p3n000005)が情報を打ち明ける。
「詳しく調べてみたら、どうも弟くんを含む一部精霊が肉腫と化したようだね。複製肉腫の群れが暴れているんだ、要するに」
 焼き討ちしたのち、複製肉腫の群れはその地にとどまり何かを待つ様子を見せているのだという。
「何を待ってるんだろうね?」
 ショウは夜闇よりも濃い外套のフードの下で瞳の奥に思わせぶりな色をちらつかせ、弾正を見つめた。
「まあ、依頼が来るよね。
 倒してほしいってさ」
 依頼者は秋永一族の生き残り。
 依頼内容は、森を焼き村人を殺戮せんとした悪逆非道の肉腫、秋永 長頼の討伐。
「だ、そうだ。そういうわけだから――倒してくれるかい?」
 ショウはシニカルな笑みを浮かべて、囁いた。
「そうそう、占いって信じる? 『赤い彼岸花、誕生するセバストス』あとは何だったかな。覚えてる?」
 視線の先にいるのは、2つの占いに導かれしスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034) だった。

 この時、運命に導かれ集いし仲間は8人。
 さあさあ、しとしと、空噎ぶ。荒ぶ風はびゅうひゅうと魔を穿てと叫ぶが如く。
 いざやいざ、戦場にて語り合わん、白露よりなほあやしきこの世のもののふならばこそ。
 原罪の名のもとに撒かれし世界の病巣、この悪夢の討伐劇――刮目せよ。今、開幕の時ぞ来たれり!

GMコメント

透明空気です。
2022年もどうぞよろしくお願いいたします。

このシナリオは『蒼く燃える程熱く、燃え尽きぬほど濃密に』( https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6584 )を発端とするヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)さんの関係者『原罪のシュプレヒコール』関連シナリオの一部です。
難易度はHARDとなっております。

●成功条件
・複製肉腫の撃破

●失敗条件
・25ターン以上経過

●戦場
・深緑、秋永一族の郷が焼かれた跡地
・時間帯はPCが選べます

●戦場にいる敵データ
・秋永 長頼
冬越 弾正(p3p007105)さんの双子の弟です。弾正さんの出奔に責任を感じ、不撓不屈の志を持ち、一族を変革しようとする中、シュプレヒコールと接触、純正肉腫によって肉腫と化しています。
 本来は白銀の髪に白い翼ですが、兄のために翼をお揃いの赤に染め、兄を守るために強く格好よい自分であろうとしていました。
 出現時は赤く染めた光楔の翼となっています。また、理性的に語る際に台詞に「」がひとつ多く付くという特徴があります。
 治癒術・破邪の結界術を主に扱い、負傷の激しい味方を庇う動きも見せます。

・祭司『藤袴』X15体
 長頼と共に複製肉腫と化した秋永一族の祭司達です。彼らの武器は、音で網まれた鋼糸と哀しみと痛みに溢れる必殺の音波です。

・近衛『葛刃』X9体
 長頼と共に複製肉腫と化した秋永一族の衛士達です。身のこなしが軽く、回避が高いです。彼らの武器は、不吉なオーラを纏う妖刀です。

・????
25ターン経過で戦場に介入する魔種

※肉腫について
肉腫は『パンドラを持たない存在(通常の人間・動物・植物・魔物)』に感染する病気の様なモノです。生まれながらの肉腫(オリジン)から干渉を受けて肉腫になった者を『複製肉腫』(ベイン)といいます。
肉腫となった後は例外なく狂暴化(魔物化)します。肉腫の前の意識を宿しているかは個体次第ですが、今回は不明です。複製肉腫は『戦闘不能』にすることによって肉腫から戻せることもありますが、今回はどうでしょうかスティアさん?

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <Sprechchor op.Ⅱ>兄さんは僕より  んだからLv:30以上完了
  • GM名透明空気
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年01月14日 22時21分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

レッド(p3p000395)
赤々靴
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
冬越 弾正(p3p007105)
終音
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女
ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)
陽気な骸骨兵

リプレイ

●起風
 ――占いを辿ってきたらこういう出逢いもあるってことっすか。
 『赤々靴』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)が梟と視界を共有しながら仲間を想う。
(――実の弟っす? きっと待ってるっすね)

 赫光電輪対峙して血染めの六羽楔揃って烟雨に濡らし、あなやこの世は雑音塗れ。兄弾正は雑音の子と呼ばれていた時を思い出していた。
『ヒャッハァ、ざまぁ見やがれクソ親父! やっぱ爆発音ってのは最ッ高だな!』親父に見てほしかったんだ。過ぎる想いを胸に『Nine of Swords』冬越 弾正(p3p007105)の楔が直線空間ひた走り奇襲の幕を切る。

 ああ、後悔ばかりの人生だ。
 手を伸ばし続けてくれた長頼に俺は何もしてやれなかった。

 話したいことがある。伝えたいことがある。ただただ、口にしたいことがある。

『長頼。俺の音を、忘れないでいてくれたか?』
 光楔が伝える聲には喜びの音が返された。待っていたのだ。弟は微笑む。如何に努力をしても壊せなかった壁を諦念が破砕する音が聞こえたようで。笑えるじゃないか。
「「さぁ兄さん、響き合おう」」
 演じる聲は玲瓏と響いて一族に号令を発した。

(また強力な相手が動き出したみたいだね)
 『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビーの胸に咲くは幾千の冒険譚、憧憬。ヒーローでありたい。フィジカルではなく心の在り様こそ、一層そのようであれかし。鼓舞するようにして凛とした眼差しを前に向け。強く心籠め宣言する。
「これ以上被害を広げさせるはしない! 感染した人達だって手遅れになる前に助けてみせる――みんな無事で帰るよ!」

 敵も味方も眩い時代の只中に居る。

 瑞々しく迷いやすく、未来に向かう可能性の塊のような渦中に在る。
「やれやれ、なんとも厄介な状況になったものだ」
 『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は齢五十を過ぎて戦いの果てに尚続く道に今、立っている。青臭さと共に失った何かが戦場の至所で煌めくよう。だがゲオルグが綺羅星めいた熱らに負けん気を刺激される事はない。胸には自身の戦歴に付随する揺らがぬ心の芯があるが故に。


●隠月
 アレクシアが指揮を執り、スティアが不沈の盾として作戦の要となる。そんな戦いだ。
「前線を上げていこう。それが倒れている人達を護る事にもつながるよ」
 凛としたスティアの声と共に陣形を取り。
(身内相手は辛いっすよね)
 奇襲の有利を活かし風上高所を取るレッドが双眸に優しい色を浮かべ戦場に赤い靴で土を擦れば物語世界の娘の心に応えるように寓喩偽典が魔力を帯びる。共に物陰に隠れる『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)と視線を交わし。
(いい人じゃないですか?)
(同感っす)
(冬越さんの為にも頑張りましょう!)
「この辺りで良いっすね……アイゼン・シュテルン!!」
 サッと手を振り上げれば、仕草に招かれたように敵陣に鉄の雨が降り注ぎ、長頼の援護に動いていた数人が負傷する。想定以上に敵を能く捉えた雨は長頼、藤袴のみならず葛刃にも命中し、仲間の士気を上げ敵には戦慄を奔らせた。
「ヒュウ♪」「葛刃には避けられるかと思ったっす」「ナイスゥ、当たりましたよ!」笑う少女は戦場で正の感情が齎す強さを知っている。
「しにゃの初撃はレッドさんの成功でagaったパワーが乗りますよ!」
「ボクのっす?」
 思考の一部を自動演算化し、ラフィング・ピリオドで長頼の動きを止めるしにゃこの耳朶を敵が動揺する声と反撃の音波が騒がせ、レッドが物陰に引っ張り込んで内緒話みたいに顔合わす。
「セーフっす」
「セーフ!」

「――敵を討て!」
 敵から悲痛な必殺音の波濤が幾重も返されている。みんなを守らなきゃ、と神の福音を鳴らせ敵を引くのは『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)。
「やることは一つ!」
 聖域に紫苑の花めく少女の傍らで魔導器セラフィムが風に煽られたようにぱらぱらとページをめくり、白羽魔力が舞う。占いの鍋に視たのと同じ彼が此処にいる。
(困難なことであっても、やる前から諦めるなんて私らしくない)
 なにより、避けたい未来がある。
(肉親との別れがこんな形で訪れるのは見たくない)
「全員倒して元に戻す!」
「スティア君、ありがとう!」
 敵意がスティアに移ろうのを見て、アレクシアは魔力の花弁をひらり舞わせて長頼を釣る。美しき花は棘の痛みを少女に返しつつ、魔力の残滓を秋咲きの毒花めかせ敵の胸に色づく血色の花に憑かせた。
「時間はかけられないんだ、この戦い」
 絡み合う問題の糸が如何に煩雑であろうと、情報が不足しようとも、アレクシアは丁寧に腰を据えて真理に目を凝らし問題解決に辛抱強く誠実に向き合う性質を持っていたから、採るべき戦術と必要な選択に迷わない。
「当てられる人は火力優先で……!」

 ――さぁ格好つけて救い出そう。俺は弟より  んだから。

 ゲオルグのさりげない支援を感じつつ。
「見せてやろう、聞かせてやろう」
 弾正が兵装に差し込むのは、外界から隔絶され内に籠る井中の蛙めいた一族には正体も仕組みも分らぬ硬質な銀片。例え良さを感じても否定するに違いない。そんな一族を今は、滑稽で一種哀れにも思える。故郷を出てから使い始めた武術兵装、弾正には聞き馴染んだ機械音の『平蜘蛛』が響かせるのはリコシェット・フルバースト。誰に否定されても傷つき霞むこと無き己の相棒への肯定が胸にある。弾正は誇り高く顔をあげ、跳弾に穿たれる敵兵を鋭い眼光で睥睨した。刃めいて闇を裂く雷陣の数条が弾正の周囲に留まり時折スパークする光は美しき花彩る棘に似ている。
「俺が知った世界には多彩で複雑な音が溢れていた。異音と多音が邂逅交雑し切磋琢磨して。時に潰し合うようでいて、互いに洗練され補い合い強さを増して活かし合い、さらに深く高く佳麗に昇華するんだ」
「「一音純真、白者優れて勝る黒無し。兄さん――『言ったじゃないか』『もう、兄さんは何もしないで』」」
 前はそんなつもりじゃなかったけど。身を穿たれながら長頼は哂う。嬉しかった。兄弟は昔から格好つけるのが大好きだ。中身が伴う今はごっこ遊びを越えて――(格好良いね、兄さん)。どれほどの痛みを抱え努力をしてこれほどの強さに至ったの? やっぱり、すごいや!

「「産声上げし時に格は定まっている。無駄なんだよ――邪魔なんだ。兄さんは」」
 邪魔なんだ。僕は。
 けれど艱難辛苦を乗り越えて英雄が器を磨かれ花開くなら、邪魔な存在にも意味がある。
 そうであればいい。
「「僕の影にいればいい」」――僕はせめて、影になりたい。

 雲が月を隠し、地上の夜陰に血錆の臭いが濃くなっていく。
 悲鳴怒号が金属音と土踏音と戦の楽曲を奏でている。

 肌に纏わりつくような不吉より、ルシェの顔を曇らせるのはお兄さんの寂しさ。
(長頼お兄さん、弾正お兄さんのこと大好きなのね)
 『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)は家族の祈りが込められたブレスレットをそっと撫でた。

 ――大好きだから遠くに行くと寂しくなる。

 ――大好きと寂しいを利用されちゃったのかしら。

 温かな家庭で家族の愛に大切に育まれた娘は、最近はお姉さんな気持ちも覚えたけれど根っこはまだまだ甘えん坊。キルシェが降らせるは慈しみの雨、優しき浄化の雨だった。痛みを攫い流し、あなたが前を向けますようにと願うキルシェは目隠しに覆われた長頼の頬を雨雫が濡らすのを見て想うのだ。
 頑張りすぎてしまったお兄さんはきっと、『泣くことが下手に違いなかった』。それは、今は彼を癒せぬ雨。だけどキルシェは思う。
「ルシェは、寂しいと悲しいって言ったらみんなわかると思うの。ルシェを大切にしてくれたみんなは、長頼お兄さんを大切にしてくれたみんなとそんなに違わないと思うのよ?」
 思いがけない方向からの声に、長頼が虚を突かれたように息を呑む。『長頼は不出来な兄がいるため兄の分まで優秀たらんと努力するのだろう』と皆が言った。それは一族のため、家のためだろうと思われているに違いなかった。そして、長頼は――「僕は」。この娘なら、きっと『格好悪いと思わずありったけの気持ちを曝け出し皆に理解されたに違いなかった』。
「わからないでずっとひとりで寂しいのは、ルシェは悲しいと思うのよ」
 無垢な瞳が焼け跡めいた戦場を悲しく巡り、長頼で止まる。瞳には責める色はなかった。ただ、優しく悲しい色を湛えていた。

 機に乗じてしにゃこが敵陣をかき乱してグズグズにしている。
「ヒーラーを狙え!「ヒーラーはラストですよ! あと葛刃は下がってください! 藤袴は前に出て!」
 指揮が乱され、いつしか敵勢は大胆な女子の声に煩わされていた。指揮系統の次席と思われる葛刃の一人が声を張る。
「後衛を撃て!「前衛を狙いましょう!」しにゃこが指示を上塗りし。
「ええい、敵の声に陣形を崩すな! 葛刃は前へ! 藤袴は下がれ!」
 声色からして明らかに聞き慣れない女子の声なのだが、いかんせん混戦での指示を繰り返されると動きに迷った者は咄嗟に従ってしまいがちで理性強き者にとっても鬱陶しい事この上ない。
「敵の声に陣形を崩さないでください!「お前が言うか!」
 正気を保つ藤袴の数人がしにゃこへと音鋼糸を奔らせ、「お守りしますぞッ!」『陽気な骸骨兵』ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)が靴底で大地を擦るように糸の軌道に移動して、腕を豪と振り風音と音糸を束ねるように尺骨と橈骨に絡め取る。
「ナイスイケメンカバーっす!」
 見ていたレッドが思わず手を叩く。
「レッド殿も先ほどの雨は見惚れましたぞ!」
「痛くないっす?」
 呵呵と笑いぴしりと骨に亀裂が走るのも構わず「砕けるならそれも好し」とばかりに歯を鳴らし「むんッ!」パージした骨がヒビを誇るようにくるり位置を豪快に入れ替え、音糸を解く骸骨の勢いや痛みも限界も笑い飛ばすが如き気炎あり――(こいつは当てにくいだろう。合わせていこう)――ゲオルグがさりげなく葛刃に圧を加えて。

「さあ! 遠からんものは音に聞け!」
 ヴェルミリオは一心名乗り響かせる。
「近からんものは目にものみよ! ここに集うは弟を思う兄の呼び声に応え集った兵なり!」
 これが如何なる戦であるかと天下に知らしめるように。兄は弟のために来たのだと報せるために。
 簡明直截口上聴かせる雄々しき姿は男気に快気、夜に生きる気配濃く不吉めくに勝る圧倒的な陽気であった――そうあらんと決めていた!
「どうせ応えるのなら兄の思いに応えてみたほうが良いですぞ!」
 威勢良い声には誤解しようのない優しさが溢れていて、表情分かりにくき骸骨の彼の好ましき本質に皆が思い至らずにはいられなかった。なにより、その佇まいは仲間を守ろうという気概を感じさせるのだ。仮に彼が声を持たなかったとしても感受性高き者は種を越えバベルを要らずして彼の友となれるに違いなかった。

 命中を見届け、離脱して。眉間に深い皺を刻み摂理の視を眇めるように入り乱れる混戦を駆けるゲオルグは距離十間に遊撃する藤袴を標的に優先順を付ける。味方の双盾はこの時スティアが余裕で多数を捌き、ヴェルミリオも好く耐えていた。秒過ぎるごと流動的に戦況が動く。キャパシティを越えて決壊せぬようにと筋骨隆々とした肉体の力溜め右肘を引き、拳を繰る前に一度止めて距離を若干調整。逸らぬ冷静さ。
「……ッ!」
 鋭い呼気と共に改まり突き出す拳は重く鋭く外さぬ気合に満ちていた。呼吸するのと等しく当たり前に戦場に身を置いていた長年の経験が齎すのは、電瞬奔る勘。身に沁みついたとしか言いようがない読み。無精ひげが渋い口元からの裂帛と拳が苛烈な破邪光を放つのは同時。敵影倒れるは一拍ののち音も無く、当然不殺。――誰にやられたのかもわからなかったに違いない。影に駆け、秒に満たぬ神光閃かせては敵を討つ撃墜者が穿つのは、負傷激しき戦友を狙う藤袴。ごく自然に遂行された的確な剪定はパーティの継戦を裏で支えた特筆すべき貢献であった。


●濯風
「想定以上に連携は上手くいってるね」
(敵は指揮と癒し手の仕事が機能できていない現状。味方も負傷度合いを致命に至らぬ程度に分かち合い、治癒を間に合わせている。元々、火力が求められるこの戦いにしては盤石の守りであったのもある。あとは早期決着を――)
 アレクシアは脳内で王手への道探り、時を測りながら菖蒲色の帳を引く。距離四間に詰まろうか。長頼の態度に覚えていた違和感はキルシェへの反応で一層強まっていた。一歩下がり引き込むようにして、言葉は逆に懐へと恐れず踏み込んでいく。アレクシアはこんな時、心と言葉で向き合う事を諦めない。
「あなたとお兄さんの間に何があったのか詳しいことは私にはわからない! でも、こうして戦うことが本当の望みなの?」
 長頼の口元が引き結ばれる。外見年齢は十代の終わりごろといった彼は、そうするとより幼く視えた。こんな表情を、アレクシアは知っている。
「あなたが『そうだ』と思ってるお兄さんの気持ちは、本人から聞いたことなの?」
 微かに首が動く。否定。「なら、格好つけてる場合じゃない」聲が決して叫んだわけではないのに印象的に響いたのは、心からの本音だからだ。真摯な温かさ故だ。
「違うのなら、まずすべきことは話すことでしょう! お互いに! そのためにも、あなたは必ず生きて連れ戻す! 絶対にね!」
 ――どんな事情でも、まずは言葉を交わしてこそだよ。
 想いを響かせれば長頼は目に見えて迷う気配をのぼらせた。

 やりとりを背景に音糸が奔る。脚骨を断たれ体勢を崩したヴェルミリオが骨格を崩し、彼に向く必殺音波の斜線を塞ぐよう割り込むスティアは、追撃を狙う一刀を振り上げる葛刃へと千変万化の聖光を危ういタイミングで炸裂させることに成功した。光の蔦が伸びて雪花めいた光華が対象と後続を貫き、術者に反動の中キルシェの歌声が響く。
「ルシェが回復するわ! 一緒にみんなで帰るのよ!」
「うん、任せるね! 私の治癒が必要だったらいつでも言ってね!」
 笑顔のスティアは、余力を残している。それがキルシェには頼もしい。
「ルシェが頑張った分、スティアお姉さんが自由に動ける。大切なことなのよ!」
「かたじけない! スケさんもまだまだ戦えますぞ!」
 斬り裂くような呼気が空洞の喉を鳴らし、ヴェルミリオが勝利と栄光の象徴たる杖を振る。膝を突き大地に伏すかと思われた骸骨兵が眼窩に猛火の輝き燈して地に杭を打つように立ち不羈の輝きを魅せる威容、不屈の闘志に敵が気圧されたように唾を呑んだ。

「どうやら勝敗は決したか……」
 ふらつく長頼の胸では、彼岸花が揺れている。
「ここでさよならなんてダメなのよ!」
 彼の『ほんとう』をキルシェは心で感じ取っていた。血に濡れた長頼が唇を動かすのも見た。音にするのを恐れるような臆病で弱気な『ほんとう』を満たすようにキルシェはお兄さんの分まで大きな声でそれは当たり前で、全然普通だと叫ぶのだ。
「邪魔じゃないわ。いらなくないわ。いなくなったら、悲しいわ! ――家族が大切なのは、当たり前だわ!」

 ――そうだ。当たり前だ。

 少し前、後押しするようにとても控え目に背に聖体頌歌が届いていたのを弾正は感じていた。武辺者らしき音はゲオルグのものだろう。懸命な聲を送る仲間、救いを実践する戦友。無事を祈り帰りを待っているであろう想い人。
「お前は今まで独りで頑張って来たんだろう?」
 弾正は両腕を伸ばした。右手は弟の胸元に咲く赤い彼岸花に。左手は目隠しに。諸共に剝ぎ取り、顔を覗き込んで揺れる双眸に映る己を視た。
(俺は弱い)
 失って、痛みを抱えて。また誰かと出会って。生きるうち縁が広がり、背を預け迷いを打ち明け合い、共に活路を見出して。
「長頼は俺より強いのに、そういうところは弱いんだ」
(逃げ出したあの日から、俺は少しだけ強くなれたよ)
「俺は弱いが、そういうところは強いから。これから少しずつ、教えてやるよ――弱くて強い生き方を」
 ――『もう、兄さんは何もしないで』。そう言われた時、言い返せばよかったんだ。「俺はお前が嫌だと言ってもやめてやらない。お前ひとりに戦わせはしないんだ!」俺達は音の精霊種。その喉で、その声で、一言突き付けてやればよかったんだ――「誰に何を言われようが。だからどうした! そう言ってやる。俺が言ってやる!」ティタノマキアの光閃き、万感は歌となり湧き上がる。光の中で長頼は血濡れた手を恐る恐る兄に伸ばして止めた。弾正が手を掴んで引き寄せれば、童のように無邪気にくしゃりと笑う。
「ああ、兄さんは昔と同じで、優しいね」
 それが世界で一番価値があるのだと誇るように気を失って――精霊種へと戻っていく。


●盈月
「長頼様!」
 倒れた長頼に駆け寄る藤袴達を遮るのは花めいてパラソルを咲かせるしにゃこ。
「これ以上進む指示をしにゃは出していませぇん! バツーッ!」
(彼、救えそうです? よかった。あんなにいい人をやっちまったら寝覚めが悪いですもんね)
 可愛いを盛りに盛ったデコ傘の端からチラッ、あざとくラヴリィスマイルを魅せれば敵の男衆が恍惚の内にしばかれる。容赦はないが「峰撃ちですよ!」慈悲はある。「真の使い手は傘で峰撃ちっす?」レッドが目を丸くすれば「極めたらウインクでも峰撃ちできますよ!」「やるっす」。

「これで戻るかな? ――戻れ!」
 スティアが念を籠めて千変万化を咲かせ。
「あなたたちもまだ助かる! 私は諦めない!」
 終焉の帳を広げるアレクシアの必死な聲は敵の胸を打つ。
「私達は戦いに来たんじゃない、助けに来たんだ!」
 お願い、と頼めばレッドが気力を振り絞るようにして頷いた。
「救いたいできるならやり直したい……願うならそれに応えるのがボクらっすよ!」
 時間が少し巻き戻ったような心地。しにゃこがサムズアップして、返せば気力がぐっと回復するようで。
「ボクの手に今――みんなの頑張りでagaったパワーが乗ってるっす!」
「……しにゃの傘にもですよ!」
 不殺を持つ者が順に敵を倒せば、皆が精霊種に戻っていく。


 風が戦いで雲の切れ間から盈月が顔を出す頃には、戦いの音を忘れたように静かな戦場跡が残された。救える者を守るべく運び出し、魔種に備える弾正は琥珀のペンダントを大切に握る。警戒態勢で張り詰めた空気の中、何事もなく時が過ぎ――結局、魔種は現れなかった。

「間に合ったのよ!」
 キルシェが目を輝かせ、アレクシアが肩の力を抜いて視線を落とし――、

「……これ」
 何かを拾い上げた。
「――破片。これは」
 『これ』がなければ、彼を見つけられない――『ヴィジャ盤の破片』だ。

成否

成功

MVP

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女

状態異常

ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)[重傷]
優穏の聲
キルシェ=キルシュ(p3p009805)[重傷]
光の聖女
ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)[重傷]
陽気な骸骨兵

あとがき

パーティの皆さん、お疲れ様でした。肉腫の皆さんは元に戻り、秋永一族の今後は弾正さんしだいとなっております。
集まった8人で成功を引き寄せるためにいかにプレイングを書くかという点において、心情も熱く戦闘プレイングも厚く、EXプレイングには目を瞠るものもあり、文句なしの成功となっております。
MVPは戦術面、心情支援ともに成否の天秤を大きく傾けたアレクシアさんに。アイテムも出ていますので、ご確認くださいませ。
寒い日も続いていますし、体調を崩されていた方はどうぞお大事に。リアルでもネットでもすることが多く、負担も大きい時があるかと思います。そんな中丁寧に精密なプレイングを書いてくださった点に伏してお礼申し上げます。
――心より、ありがとうございました。

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