PandoraPartyProject

シナリオ詳細

めんどうなやつだな!

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「僕のせいだ」
 少年はうなだれたまま言った。緋色のまつげに涙が絡んでいる。
「僕がさっさと出ていくなりなんなりすれば、セレーデは反転なんかせずに済んだ」
「だからすべてはあの片足の魔種が悪巧みをしているせいであって、ベネラーさんも被害者なのよ?」
「……そうでしょうか」
「そうよ」
 章姫がちいさな腕を広げ、てちてちと正座しているベネラーへ歩み寄り利き腕を抱きしめた。
 ふしぎなぬくもりが伝わってくる。先程とは違う涙が、少年の目元を濡らした。
「だけど、だけど僕、いいんでしょうか。ここに居て、ここに居たままで」
「ベネラー殿、何度もいうが単独行動を取るよりもこの屋敷に居てくれるほうがまだましだ。ここには俺も章姫も暦も居る」
「でも……」
 少年は、こと自分に関してはひどく自罰的だった。故郷の村が滅んだのも、父が死んだのも、孤児院が襲われたのも……家族、血はつながってなくとも、家族だったセレーデが父を追い魔種へ反転したのも、元はと言えば自分のせい。かたくなにそう思い込んでいる。
「ぶははっ、なら自分がいなくなっちまえばすべて丸く収まるとでも思ってんのか? あいにくと俺たちイレギュラーズと魔種は天敵同士だ。一度相対したらどっちかが死ぬまで殴り合う、そういうもんよ」
 同席していたゴリョウ・クートン(p3p002081)が苦笑交じりに笑い飛ばす。
「ぶっちゃけお前さんは、関係ねぇ。露悪的な言い方をすりゃ、奴さんを引っ張り出す絶好の釣り餌だ。居なくなられちゃ困る」
「そういう、ものですか。だけど僕……」
「また身内に被害が出るのが怖いか?」
 少年はじっと黙っていた。黙って、やがて小さくうなずいた。
「だけどなあ、もうそいつは出ちまってんだ。こりゃ対処するしかねぇだろ。僕が居なくなったら~なんて現実逃避してる場合か?」
「……ごめんなさい」
 少年、【孤児院最年長】ベネラー (p3n000140)は顔も見えないほど深く肩を落とした。困ったものだとゴリョウと黒影 鬼灯(p3p007949)は視線を合わせる。

 あの激突から2ヶ月。
 鬼灯邸に身を置いている孤児院の子どもたちはそれぞれが深い心の傷を負った。
 院生のひとりだったセレーデが、自分たちよりも父を選んだこと、魔種に変じていた父を追いかけて自らも反転したこと、そして目の前で討ち取られたこと。そのすべてが子どもたちの精神へ響き、傷へ塩を塗りこんだ。
 だが暦たちの献身により、ゆっくり、ゆっくりと、浮上していく子どもたちもいた。葉月と文月は閉じこもりがちな子を熱心に外へ誘い出したし、霜月は腕によりをかけて獅子奮迅の活躍をしたし、如月は眠れない子どもの背をさすってやり、皐月は慣れないなりに話相手になろうと努力した。他にも、弥生がお手製の遊具を作って、危険すぎると長月にマシンガントークで突っ込まれ、一日で取り除く羽目になったりだとか。神無月が毎朝のおいのりのあと、今日の運勢を占ってみせたりだとか。水無月を担ぎ上げた卯月と師走が皆で鷹狩を企画したりだとか。なんとも退屈はしない日々で、睦月はというとそんな暦たちの出費に目をつぶって帳簿をやりくりしていた。

 セレーデは幸せだったのだ。最後の最後に、妄想ではなく現実の幸福を見つめることができたのだと、暦たちは辛抱強く言い聞かせた。
 けれども子どもたちは、やはりどこか浮かぬ顔をしている。

「……そう、リリコちゃんが」
「そうなんでち、もう大弱りでち。今日も商人しゃんが来てくれてるのに起きないんでち」
 辻岡 真(p3p004665)は近況を聞いて絶句した。
 子どもたちの中で最も気丈そうな【無口な雄弁】リリコ (p3n000096)が、寝込んでいるのだそうだ。常に感情を制御しようとする彼女は、大きすぎるうねりを鎮めることができず、逆に飲み込まれた。リリコはあの日からずっと床についている。優しいロロフォイや普段はふてぶてしいくらいのチナナは深く心配しているし、わんぱくなユリックもこれにはさすがにどう声をかけていいものやらわからないらしく、いつも彼のあとをついているザスといっしょに頭をひねっている。ミョールはとげとげした態度ながらも、院長のシスターと共にせっせと介護をしていた。けれどリリコは日に日に衰弱していく。涙すら流すことができない彼女はこんこんと眠り続けている。
 悲しいということがどんな感情だったのか、それすら彼女は忘れてしまっていた。忘れて、忘れようとして、忘れきれずに、リリコの魂は今日も燃え盛る業火の中でもがき苦しんでいる。だがそんな彼女へ転機が訪れた。それはわずかでささいな、生きるべきか死ぬべきかを問う転機だった。そのかすかな揺れによって彼女の魂は生への道を歩みだした。


「あのね……私の銀の月」
 ひさしぶりに目を覚ました彼女は青白い顔に薄い笑みを浮かべ、傍らで聞いている武器商人(p3p001107)へ囁いた。
「お墓参りへ、行きたいの」
 枕元に集まった子どもたちも、こくりとうなずいた。
 誰のとは言うまでもない。先日討ち取られたセレーデの墓だ。その亡骸は、父であった魔種とともに、章姫の花畑へ葬られている。
「……いっしょに、来てくれる? 私、きちんとあの子にさよならできなかったから、こうなっているのだと思うの」
「花畑かァ……今頃はクリスマスローズがきれいだろうねぇ」
 武器商人は形の良い唇をきれいな三日月にした。

●さてさて
「子どもの相手が得意な人を探してます……えっと、僕じゃなくていいです。僕の家族、孤児院の院生」
 ベネラーは豊穣のローレット支部であなたへそう頼みこんだ。
「やることはかんたんで、お墓参りに行くので、ついてきてほしいんです。院生の中でひとり、歩くのもつらい子がいて、人手がいるのです。その子を鬼灯領の花畑の隅にあるお墓まで連れて行くのが大きな目的になります」
 それから、とベネラーは言いづらそうに付け足した。
「その、先日、すこし悲しいことがあって、家族が亡くなりまして、家族って言っても、本当の家族じゃなくて、孤児院の院生のひとりなんですけど、でも僕たちにとっては本当の家族でした、それで、そのお、ああもう!」
 ベネラーが、がしがしと頭をかく。うまく言葉にできないのが悔しいようだ。
「とにかく、死んだ子を、笑って、見送りたいんです。事情があって、きれいなお別れができなかったから。なので目的地についたら、お墓の前で小さな食事会でもしようかと……そうすれば、あの子も、あの、リリコって言うんですけれど、リリコも少しは食べてくれるでしょうし」

GMコメント


クリスマスはあの子も一緒に。

みどりです。なんかもうはちゃめちゃに遅くなったシナリオです。
深く考えずに、ごはん作ってみんなで食べて騒ぎましょう。

このシナリオは「いい趣味をしてるじゃないか」の続きですが、前作を読む必要はありません。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6696

やること
1)セレーデのお墓参りに子どもたちを連れて行く
2)墓前で食事会 お酒は飲みたい人だけ飲んでください
オプション)リリコになにか食べさせる

●状況
お墓までは鬼灯邸からのんびり歩いて3時間半。ゆるやかな勾配の丘の上にひっそりと「R.I.P」とだけ書かれた小さな小さな石碑が2つ、寄り添うように建っています。木枯らしが吹いていますので防寒装備でお越し下さい。なお暦たちもついてくるようです。

・『暦』とはなんぞや?
 鬼灯さんの関係者です。アルバム一覧からぜひ御覧ください。戦闘能力もあります。

・ベネラーってだれ?
 孤児院の子どもたちの一人。ただいま孤児院の院生まるっと鬼灯さんの庇護下にあります。現在は亡き父の残した封印により人間としての意識を保っているけれども、呪いの除去は絶望的と神無月が看破。本人もうすうす感づいています。

・リリコってだれ?
 同上。感情を抑えることが多く、今回はそれが裏目に出てメンタルブレイクしてしまいました。彼女の回復がこのシナリオの鍵になります。

・セレーデってだれ?
 同上。先日反転して討ち取られました。

・孤児院ってなに?
 幻想の港町ローリンローリンにある名もなき孤児院です。フレーバー情報がみどりのGMページに載っています。

  • めんどうなやつだな!完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2022年01月02日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
斉賀・京司(p3p004491)
雪花蝶
辻岡 真(p3p004665)
旅慣れた
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星

リプレイ

●後悔はしていないけれど哀しみだけはある
「リリコちゃん最近は重湯くらいしか食べてくれないんだよゥ。食欲がないってさ」
 霜月が肩を落とした。
「強すぎる悲しみは、人をこうもさせてしまうものですか。率直に言って心配です」
「死にたい……わけではないんだな。そこは安心していいところか……かといって俺にはよくわからないし、できることはなにもない……そうだ死のう」
「師走、病人の前で滅多なことを言うものではありません!」
 思わず声を荒げてしまった卯月の肩を長月がぽんと叩いた。
「ツッコミは俺の仕事やでお前ら。人のお株奪うなや」
 重苦しい空気から逃げるように水無月は肩をコキコキと鳴らした。
「とにかく、このままでは埒が明かんどころか状況は悪化する一方だ。なにより子どもたちの情操によろしくない」
「そうでございますね。回復の術式にも限界がございますゆえ、これ以上は本人の体力しだいかと」
 神無月の言葉を聞いた葉月と文月が唇を尖らす。
「そんな見捨てるようなこと言うなよ、あんまりだよ……」
「そうだそうだ!  やれることはやろうよ!」
「枕元で大声を出すな」
 皐月が仏頂面で文月を睨みつけた。文月の方も応戦体勢。
「やめろやめろ。私闘は厳禁だ。まったく俺が見ている前でことをかまえるか普通」
 如月が皐月と文月の間へ割って入った。おとなしく両者引き下がる。
「幸い今日はイレギュラーズが来ている。ここはひとつ彼らに任せてみては如何だろう」
 まとめ役の意見に暦たちもそれぞれ了承の意思を見せた。

 ついと弥生は顔を背けた。
 頭領である『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)から、セレーデの墓参りに行くかを聞かれたのだ。
「たとえ奥方の頼みでも、今日だけは堪忍してください」
「なぜだ?」
 柔らかい声音で問われた弥生は顔を少し傾け、だだっこのように唇の端をひん曲げた。
「女がいるから」
 その視線の先には『斬城剣』橋場・ステラ(p3p008617)が立っていた。
「拙が何かいたしましたか?」
「すまないステラ殿、弥生は大の女嫌いなんだ。べつにステラ殿に限ったことではない。無礼は俺が詫びる」
「鬼灯さんがそこまでおっしゃるのなら、仕方ありません」
 まだすこし不満げな顔をしているステラへおなざりに礼をして、弥生は席を外した。その背へ章姫がさびしげな視線を送る。
「弥生さん……」
「章殿、いまはそっとしておいてやろう」
 弥生はまだ感情の整理が済んでいないのだ。以前章姫の前で泣き崩れた恥、そんな男心の機微を鬼灯はわかっていた。
「睦月は来てくれるか? セレーデ殿は睦月のピアノが好きだったからな。墓前にたむけるにはまたとない供物だろう」
「はい、頭領がそうおっしゃるなら」
 睦月はさみしげに微笑んだ。
「でもピアノはどうやって持ち運びましょうか。グランドピアノですから、まず台車を確保するだけでも大変ですよ」
「それに関してはあてがある。任せておけ」
 鬼灯はにっと笑うと睦月の頭をぽんと撫でた。

「お願いを叶えてくれてありがとうシスター」
 『孤児院顔パス』辻岡 真(p3p004665)は深く頭を下げたが、シスターは首を振った。
「あの子は、さびしがりやでした。こうすることは決まっていたのですが、リリコの体調が思わしくなく、のびのびになっていました。きっかけをくださってこちらこそお礼申し上げます。子どもたちの心に一区切りつけるためにも、こういった儀式は必要ですから」
「ふふ、シスターは俺と似たような考えの持ち主なんだね」
「だてに長年子どもたちを送り出しておりませんのよ。といっても、今回はわたくし自身も初めてのレアケースでしたが……」
「……そうだろうね。俺も驚いたよ」
 真は静かに顔を伏せた。切れ長の瞳に長いまつげが影を落としている。そんな真の背をやさしく撫でる手があった。白魚のような繊手は、真をなだめるように動いている。視線を動かせば海のような青い髪の円熟したまろやかさを持つ美女が微笑んでいる。
「あ、紹介するね、俺の奥さん」
「アリア=ラ・ヴェリタと申します。ラ・ヴェリタ夫人とお呼びください」
「お会いできて光栄です、夫人」
 シスターとアリアがにこやかに握手を交わす。
「この人が」
 と、アリアはちょんと真へ肘鉄をいれた。
「旅先で色々と拾ってくるから、子守も人の面倒を見るのも慣れているわ。今日は大船に乗った気分でいらして」
「ええ、期待しております」
 そこへ鬼灯が睦月を連れて現れた。
「真殿、相談がある。睦月のピアノのことだが……」

(紫月……覇気がないな…。)
『断片の幻痛』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)は縁側の隅に座り庭を眺めている『闇之雲』武器商人(p3p001107)の後ろ姿を眺めていた。
(まるで魂が抜けたようだ…。リリコを元気にするためにも…一番彼女の傍に居た紫月が元気がなくっちゃ…)
 ヨタカはそっと手を差し伸べ、武器商人の体を抱きしめた。男とも女ともつかない背はヨタカの腕の中、すっぽりと収まった。冬の寒い庭先で、じんわりと背中からぬくもりが伝わっていく。
「紫月も…吐き出したい事があれば吐き出して…泣いても良いから…。」
「ん……大丈夫だよ、小鳥。泣くのはあのコ達の権利だからねぇ」
「そんなことない…。紫月だって、泣いていいんだ…。俺が許すよ…。誰が叱ろうと、非難しようと、俺だけは味方だ…。」
「……ありがとうね」
 武器商人は前髪で隠れた目線をあげた。ほんのわずかな違いだったが、それだけですこし前向きになったように見える。ただ、見えるだけだと、ヨタカは気づいていた。武器商人の心に深く根ざした感情は、そのモノが人間に近づいた証なのかも知れない。きっと喜ぶべきなのだろう。こんな状況でなければ。
「……偲ぶ気持ちはあれど我(アタシ)は目立たぬようなるべく静かにしたほうがよかろうね。殺した張本人があれこれ動くというのも問題だろう?」
 独り言のようにつぶやきながら武器商人は庭で『雪花蝶』斉賀・京司(p3p004491)の包容を受ける子どもたちを見ていた。
「ひとつ、君たちに魔法をかけたいんだ。良いかな」
 京司は不自然なほどにっこり笑い、リリコを始めとする子どもたちを順にハグした。
「月白風清、精神の穢れを祓い給え。激濁揚清、精神の淀みを流し給え。その総て我が引き受ける」
 それが京司のギフト。いや、ギフトと呼べるのかどうか。他者の精神の淀みに対して、身代わりの子羊となるを定めたこの世界の神はきっと薄ら笑いをしているだろう。痛みを引き受けるには強い負荷がかかる。それでも彼は力を行使した。
「泣いていい、暴れていい。今日なら僕たちが居るから」
「……そんなみっともねえことできねえよ」
 ユリックが腕を組んだ。ぐっとつきだした顎には強い意志が垣間見えるが、瞳は涙で真っ赤に充血していた。
「いいんだよ、素直になって」
 ぎゅっと拳を握ってミョールが言う。
「平気、だし。魔種になったんだから、決めたのはセレーデだし、それは仕方ないことなんだから」
 必死に自分へ言い聞かせているのだろう、京司はそんな子どもたちに、死んだ姉の子の面影を重ねていた。

「よっしゃ、俺は一足先にいって食事会の準備をするぜ」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が腕まくりをした。HMKLB-PMがあくびをしている。彼女の引く荷車には食材が山程積み上げてあった。なにせイレギュラーズに子どもたち、シスター、関係者とあわせて相当な量だ。それだけの大量の食事を手早く、そして美味しくしあげるところがゴリョウの粋なところである。
「イシュミル、乗っていくなよ。せっかくの食材が台無しになる」
『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が保護者兼かかりつけ医のイシュミルをじろりとねめつけた。
「ついでに言うと青汁ジュースもダメだからな?」
(必要なときは人類の味覚に合わせて作るよ、とばらしていいものか)
 イシュミルはしばし悩み、ネタバラシはつまらないのでおとなしくうなずくだけにしておいた。後日アーマデルはイシュミルが素直できもちわるかったと語ったと言う。


(あの戦いから、もう二月も経ちましたか……まだ、つい先日のことのように思ってしまいますが)
 ステラは空を見上げた。薄氷のような冬の空色だった。
「さあでかけましょう! リリコさんは拙の陸鮫にどうぞ。大丈夫です、大人しい良い子ですとも!」
 毛布でくるまれたリリコが陸鮫の背へ載せられる。体を起こすのも辛いのか、ぺったりとその背にしがみついている。
「それでは出発進行です!」
 ステラはあえて明るい声をあげた。片道三時間は子どもの足にはつらい。小さなチナナなどは真の腕の中にいるし、ロロフォイは武器商人のギネヴィアに乗っている。ただしカワイイという理由でギネヴィアへは本人が乗りたがったのだが。その時、武器商人が小さく苦笑したことに、ヨタカは安堵を覚えた。
「ねえ、良ければ皆の、セレーデちゃんの思い出話を聞かせておくれ」
「あ、それはいいですね。ぜひ教えて下さい。拙はその……あの時が初対面でしたので」
 子どもたちはミョールが、ぽろりぽろりとこぼすように思い出を語った。やがてそれにザスもくわわった。休憩場所に選んだ木陰で、ザスは遠い目をしておとなびた笑みを浮かべた。
「へんなこだったよ。最初からさ。いつも夢を見ているようで、なにかあればとーさまとーさまって。でも、オレ、嫌いじゃなかったよ」
 そう言って彼は鮮やかな風呂敷包みをぎゅっとかかえこんだ。そんなに力をいれるとしわになるわよとアリアにたしなめられ照れている。風呂敷の中には武器商人とともに買い求めた翠の振袖が入っていた。
 草木の匂いに包まれ、のんびりとおひさまを浴びながら、感じる風はどこか温かく、鳥のさえずりが聞こえる。子どもたちの気分は上向いているようだった。
(よかった)
 ステラはほっと胸をなでおろす。ついでに袋の中をゴソゴソ漁った。
「じつは休憩用にオヤツを用意しておきました……バウムクーヘンです!」
「「おおおおお」」
 子どもたちがどよめく。なつかしの幻想の味だ。普段は霜月の和食に舌鼓を打っている子どもたちだが、これには軍配があがるだろう。
「水筒に紅茶も用意しておきました。皆さん、このあと食事会ですから、ほどほどに召し上がってくださいね!」
 小さく笑い声があがる。子どもたちの声だ。その鈴を振るような声音に、ステラは妙に泣きたくなった。

 クリスマスローズの揺れる花畑の片隅、ひっそりと墓碑がある。名もなき墓碑だ。鬼灯は回顧する。
(この花畑を作った時は、まさか墓を作ることになるとは思いもしなかった。それも庇護していた少女とその父君のものだとはな。あの日の事は忘れたことは無い。暦としてもイレギュラーズとしても「護るべき対象を死なせてしまった」のだから。魔種になったから仕方ない。言われればそうだとしか応えるしかないのが口惜しい。睦月と弥生をあそこまで傷つけてしまったのも、頭領たる俺の責任だ)
 ぐっと顎を引いたところで、胸の合わせから章姫がぴょこんと顔をだす。
「章殿。アリア殿と花冠づくりのお手伝いを頼めるかな」
「はーい!」
 章姫は飛び降りてアリアのところまでてちてちと駆けていった。
 その傍らでは武器商人が真へ瀟洒な包みを渡している。
「辻岡の旦那、望みの品を持ってきたよ」
「ありがとう武器商人さん」
 現れたのは精巧な細工の黄色いハイビスカスの簪だった。死者の後生の幸福を願うそれへ、アリアが礼とともに代金を渡そうとすると、武器商人は顔の前で手を振った。
「なんだか対価を受け取る気分じゃァないんだ。それに、これはザスの振袖にあわせて選んだものでもあるからね」
 真は恐縮しながら簪を受け取ると、子どもたちを呼び寄せた。
「悲しいことに亡くなった方の時間はそれで終わりだけど、生きてる側の人生航路はまだ続いてく。亡くなった方の想いなんてもう、わかりもしない。だから亡くなった方を喪っても、自分たちが生きてるってするために、セレーデちゃんたちとのお別れ会、しよ」
「あたしも家族を亡くしたことがあるの。あたしの場合は夫だった。大事な人を亡くす哀しみと辛さは共感できると思うの。だからあなた達のお別れ会をお手伝いさせて頂戴」
 真の言葉へアリアが言い添える。神妙な顔をする子どもたち。リリコは陸鮫の上にうつぶせたまま、とろとろと半ば眠りながらも聞き耳を立てていた。
「俺からもいいか」
 アーマデルが片手を軽くあげて一歩踏み出した。
「死者は往くべき処へ逝く、それはどの世界でも大抵そうだ。死者の魂が未練に縛られ、或いは生者の哀惜に応えて現世に留まろうとすると……往くべき処へ逝けなくなってしまう」
 子どもたちは真剣な顔で聞いている。
「それは死者本人にも、生者にも、悲しい結果になりかねない。だからきちんと区切りをつけるのは大事だ。泣いてもいいし、笑ってもいいし、歌ってもいいし、踊ってもいい。ヒトの想いの表し方はそれぞれで、大事なのはそれで区切りをつけられる事。葬礼というものは、死者が迷わず逝くように……は勿論あるが、生者が死者の手を離して送り出し、日常に戻る為にやるものだから」
「うん……」
 ロロフォイが小さくうなずいてわらった。悲しげに。
 そうか、『わかっているのだ』。アーマデルは唐突に気づいた。この子達は大人になることを強要されてしまっているのだ。まるで幼い頃の自分のように。とたんに言いようのない感情が胸へあふれ、アーマデルは声をつまらせた。その肩をイシュミルが抱く。
 そのとき、章姫とアリアが笑みを見せた。章姫の小さな手にはキンセンカ。
「あのねあのね! みんなでお花の冠を作りましょ! きれい弥生さんに教えてもらったのだわ! 私上手につくれるのよ! えっへん!」
 美しい人形の生気あふれる笑みに、子どもたちは吸い寄せられるように近づいていき花冠の作り方を教わる。リリコだけは陸鮫の上から動かない。
 ステラが子どもたちを遠巻きに眺めている京司へ問う。
「さきほどから何をニヤニヤしておられるのですか」
「いやね。僕は前回の戦いにも、その前にも関われなかったが、子どもが悲しい顔をするのは辛い。特に感情を溜め込んで吐き出せなくなった子と、自罰が過ぎるような子は昔の自分をみてるようで、ちょっとな」
 京司がリリコとベネラーを見て、鼻先で笑った。
「まあ放っておけない辺り僕も悪役に成りきれない半端者さ」
 やがて墓前へ数々の花冠と振袖、簪扶桑、鬼灯が縫った純白のヴェール、章姫が弥生からもらったビー玉が色とりどりに並べられた。
 そしてヨタカが夜明けのヴィオラをかまえる。真が持つ赤目の黒兎のバッグから取り出されたグランドピアノが据え付けられ、睦月が待機する。アーマデルがケメンチェを、イシュミルがウードを取り出す。
(死…それは、生きていく上で必ず…全ての人にやってくるもの…それは遅いか早いかの違い…。残された皆はまだまだ幼く、心も未熟で…気持ちと感情の折り合いがついていない…そう捉えられる。幼少期の俺も、母上が亡くなった時はそうだった…別れたくない…悲しい…寂しい…色んな感情が溢れて止まらなくなる…皆を見て、あの頃を思い出した…。悲しみや悔しさ、苦しさ…彼ら彼女らの心の感情に向き合い、寄り添おう…)
 静かに精神を集中させれば青白い星の輝きがヨタカの周りを舞った。奏でられるは鎮魂歌。親しみ深いメロディに、ぽつぽつと子どもたちも歌い始めた。変化が起きだしたのは二番へ入ってからだった。ヨタカの感情に心を揺すぶられた子どもたちが、次々と涙をこぼし始めた。泣きながらそれでも死者への手向けとして歌おうとする子どもたちに、ヨタカは……。
「大丈夫だよ…沢山…吐き出して良いからね…。」
 しだいに嗚咽が大きくなる。ベネラーの頬にも涙がつたっていた。とうに歌うことは放棄しており、ただ彫像のようにつったっている。
(夜が明けて…また朝が来る…人は死しても…また明るい生が待つ…。大丈夫だ…大丈夫だよ……。)
 ヨタカがいっそう激しくヴィオラを鳴らせば、音色が周囲を包みこむ。ヨタカを中心とした巨大な渦のように。渦は台風のようにすべてを飲みこんで、やがて去っていった。あとには声を上げて泣いている子どもたちだけが残った。
「いいんだ。それでいいんだ」
「泣け泣け。かまわねぇ。しっかり食う前に、腹ぺこになっちまいな」
 京司とゴリョウは泣くのに必死な子どもたちをなだめて回った。ステラとゴリョウはリリコを見やる。もともと感情の少ないその瞳は、うつろで規則的にまばたきをするだけだ。
「お食事会、しましょうね」
「よっしゃ、腹いっぱい食え。送り出すなら送る側もしっかりと腹を満たしておかねぇとな!」
 衣食住足りて礼節を知る。心の余裕はまず美味しく温かいものを食べてから。それがゴリョウの持論だ。
 丁寧にだしを引いた鶏肉と根菜に旬の芹を載せた澄まし汁。辛子をつけるのも乙な豚肉に鮭、野菜の蒸篭蒸し。甘い卵焼き、しょっぱい玉子焼き、そして何が入っているかわからない食べるのが楽しみな具入りのおにぎり。涙を拭った子どもたちは我先にゴリョウの食事をかきこみだした。そこにはたしかに明日を生きる意志が現れていた。
「でな」
 ゴリョウは大きく息を吐いた。チナナが目を丸くする。
「あ、鬼まんじゅうでち!」
「覚えていてくれたか、お嬢ちゃん」
 ゴリョウが目元をこする。
「最後はあぁなったが、間違いなく良い思い出もあった。それは本物だ」
 ゴリョウはリリコへも鬼まんじゅうを渡しにいった。ほくほく甘い匂いが鼻孔をくすぐる。リリコのおなかがぐうと鳴った。
「私の銀の月」
 リリコはか細い声で武器商人を呼んだ。
「すこしだけ、すこしだけだから」
 リリコは武器商人の手をとり、自分の頬へ押し当てた。ひんやりとした感触がする。リリコは固く震えていた。
(ああこの子は、泣くときまで声を殺すんだねぇ……)
 武器商人はリリコへタオルを渡し、抱きしめてやった。ヨタカも傍らでリリコの背を擦る。
「……鬼まんじゅう、ほしい」
 ぽつんとリリコがそう言った。嵐は去ったようだった。ゴリョウはいつもの高笑いを発した。
「ぶはははっ、それでいいんだ。その年で哀しいと感じたことを吐き出せねぇことほど寂しいこたぁねぇからな!」

 夕暮れの空には京司の打ち上げたマジックフラワーの花火が咲いている。
「今日は、どうだった?」
「……とっても、ありがとうの日だった」
「そっかァ」
 陸鮫の上で足をぶらぶらさせる少女は、まだ目元が赤かったが、口元には微笑みが浮かんでいた。だから少しだけ、武器商人も『哀しい』気分が紛れたのだった。

成否

成功

MVP

橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

MVPは子どもたちを元気づけるために走り回っていたあなたへ。
リリコちゃんは回復へ向かっています。
セレーデちゃんも喜んでいるでしょう。

「生まれてきてよかったって死んでから気づくなんて、バカね、わたし」

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