シナリオ詳細
人を斬り 鬼を斬り捨て 尽くしなお 山河は満ちず 渇くばかりに
オープニング
●地獄を作るは二振り、血染めの刃
『妖刀』首狩り正宗――鬼桜 雪之丞(p3p002312)の佩刀であった時期もある妖刀。
異世界の妖刀のルーツをたどり、イレギュラーズは首狩正宗の持つ特異性を知る。
混沌に雪之丞よりも遥かに早く姿を見せた『旅人(ウォーカー))』である雪之丞の佩刀、首狩り正宗。
彼は己が気持ちの向くまま『混沌世界の豊穣において異世界の頃に自分が生んだ伝承』に等しき『伝承』を成立させた。
――すなわち、『人を斬り、鬼を斬り続けて屍山血河を築き上げた化け物、その妖刀』という伝承を。
その伝承が神逐における大呪の影響を受けて純正肉腫として成立する。
この後者、肉腫である首狩正宗こそが、これまでの騒動において主にイレギュラーズと会敵してきた正宗であった。
『佩刀であるにもかかわらず、主君に当たるであろう雪之丞を知らない』――という不自然さは、これによって解決できる。
純正肉腫の正宗は、この世界でこの世界の理により成立した存在。
『旅人の首狩正宗が築き上げた逸話』によって成立した存在のため、雪之丞を知らなかったのである。
ついに自らも姿を見せた、旅人の正宗を含め、地獄の如き戦場を築かんと目論む妖刀が二振り、この世に存在しているといえる。
愉快犯的に地獄を作ろうとする二振りは、少なくともその一点においては同じであることは、容易に想像がつく。
●首を狩るに人はいらず。ただこの身あれば十分なり
慌ただしき喧騒が、城内に響いている。
「探せ! 探せ! どこに行った!?」
「おいまさか……殿はどこにおられる!?」
抜き身の太刀を握って武士が叫ぶ。
「殿なら天守におられる。天守ならば、どうしようと見張りに見つかろう故、気にすることはない」
その台詞から察するに、恐らくは侵入者の手合いなのだろう。
「見張り番は何をしていた――」
「死んでおる! それも見事に一太刀ずつであったそうだ!」
愚痴るような武士に別の武士が答えれば。
「であえ、であえー!!」
そんな叫び声に我に返ったように、2人は声の方へ走り出した。
「――あはは!」
仕込み刀の刃からぽたりと零れ落ちた血をさっと拭って、青年は転げ落ちそうになりながら笑う。
瓦屋根はカチャリを音を立て、見張りの兵であったろう2人が、天守閣の上でごろりと転がっている。
「良いように引っかかるね……厳重警戒とは一体、って感じだよ」
仕込み刀を杖に戻して、青年――首狩り正宗は屋根から下を覗き見た。
その周囲に揺蕩う狐面はない。
「さて――それじゃあ、王手と行こうか」
そんな言葉を残して、正宗はくるりと屋根の上を飛び降りて、天守の最上階で着地。
目の前にいた2人の武士を瞬時に斬り伏せ、勢いのままに障子を切り刻んだ。
「何者か!」
「こんにちは、――犬山家当主。アナタの首を獲りに来たよ」
凄絶な笑みを浮かべ、跳躍するように走りだした正宗の仕込み刀が変幻に動きを見せ――心臓を一つ。
慌ただしい喧騒は未だ階下に轟いている。
それを横耳に、正宗は鼻歌でも歌いそうな陽気さで仕込み刀を薙ぎ、当主の首を胴と分けると歩き出した。
その首は、おちょくるように城内を走り回った首狩正宗によって犬山家の周知の事実となり――その怒りが猿田家へ向くまで、そう時間はかからなかった。
●策なりて、また血戦を望む
猿田城内における大広間、そこに姿を見せた1人の武士が血走った眼で睨むのは、1人の青年。
異国情緒を見せる衣装に身を包む青年の名を、首狩り正宗という。
「はっ――言いがかりはよしてくれ。ボクはずっとここにいたよ」
「いいや! 首狩り正宗! お前が我が主の首を獲ったのは多くの者が見ている!」
血走った眼で激昂する使者に対して、相対する青年――首狩正宗が肩を竦めた。
「だからさ、それがいつだって?」
「何度言わせるか! 半月と三日前であろう!!」
「ねえ、キミ達さぁ――その時ボクがどこにいたか、覚えてるよね?」
青年――正宗が、呆れ半分に集まっている武士たちに視線を巡らせた。
動揺する彼らは、次々に同じことを言いだす。
「そう、ボクはその日一日中、ここにいる武士たちと会議をしてた。
いつまで経っても捕虜に関する要求をしてこないキミ達が何を考えてるのかってね」
そのまま嘲笑をたっぷりに笑って、冷酷な瞳を使者に向ける。
「――この城から犬山城までその半月かかるのに、どうやって悟られずにそんなことができるっていうんだい?」
せせら笑う正宗に、使者はぐぅと押し黙る。
(……どこの誰だか知らないけど、ちょうどいいや。これで――王手といこうか)
内心で零れる笑みを押し殺した正宗は、静かに使者を見据え。
「――まぁでも、先にボクらの当主を殺したのがキミ達なわけだし。
そんな言いがかりをつけるなら――いいよ。戦争と行こう。
さぁ、さっさと帰るがいい。二十日だけ待ってあげるよ」
静かな宣告に、広間がしんと静まり返った。
●狼煙は上がり、武士は戦場を求め
司書ことイーリン・ジョーンズ(p3p000854)は、ローレットの豊穣支部にてレイリー=シュタイン(p3p007270)と話をしていた。
混沌に名の轟く騎兵隊の首魁たるイーリンは、レイリーとは知る仲である。
「だから、あの司書も参加した、猿田家と犬山家の戦いの尾を引いている首狩り正宗っていう敵は、2人いたんだ」
「……なるほどね、旅人である妖刀と、その妖刀が築き上げた伝承から生まれた純正肉腫……そういう事もあるわけ……」
レイリーとしては、イーリンの智謀をもって次に何が起こるかの推測を立ててほしかった。
「事実、奴めはこの国で騒動を起こす気でございましょう」
偶然、席を立っていた雪之丞が戻ってくるや、そう言えば。
「……推測の域を出ない話だけど、前の戦いの時からずっと考えてるのよ。
もしかしたら、首狩は両家の大規模な戦争を起こしたいのかもしれない。
そうすれば、あいつの言う、屍山血河の戦場は容易く作れるだろうし」
コーヒーを一口飲んでからかねてからの予測を告げれば、2人も頷いた。
「私にも、その話をお聞かせいただけませんか?
ちょうど、私からもお話があります」
そう言って顔を出したのは、津久見・弥恵(p3p005208)だった。
「先の犬山家と猿田家の依頼ではご一緒しました」
「ええ、構いませんが……どういったお話でございましょう?」
雪之丞が頷けば、弥恵も席に着いて語り始める。
「実は、私も犬山家にも陰謀の手が及んでいるのではなかろうかと思っていたのです。
それで調査をしていたのですが……つい今しがた、先程おっしゃられたことが現実になりました」
「それってどういう事? 先程って……まさか、戦争を起こそうって話?」
レイリーの言葉に、弥恵は頷いた。
「はい。詳細の情報は今後、情報屋の方から知らされますが……
要約すると、警戒中の犬山家の中に首狩り正宗が潜入。
犬山家当主の首を獲り、あろうことかその首をおもちゃにして姿を眩ませた。
激怒した犬山家が、猿田家に宣戦布告の使者を送れば、
その使者は『首狩り正宗はその日、猿田城にいたと証言するなど』愚弄されたと。
結果、両家は互いに宣戦布告、両軍が出発して戦場に続々と集結中のようです」
ざっと弥恵が説明し終えた時、後ろから依頼の参加者を求める声がした。
●屍山血河の鬼屍ヶ原
神威神楽南東部に、鬼屍ヶ原と呼ばれる古戦場がある。
神人が降り立ち、長らく続いた鬼と人との戦争を鬼の血を流すことで決着とした場所である。
その神人――異界より訪れたある青年が生みだした逸話は時を超えて滅びのアークの干渉を受けた。
――そして今、かつて鬼の血によって終わった戦場に、再び血が流れようとしている。
東西より平野へと姿を見せたる2つの軍勢。
それを眺めながら、戦場のど真ん中に青年はいた。
「さぁ、雪之丞、キミはどうしたいんだい――ボクはこれから、もう一度地獄を作るよ。
きっと、キミはその時を待っててくれるよね?
ボクを振るっていたあの頃の――修羅の、羅刹のキミを取り戻してくれ」
静かに笑う、邪悪は、未だ姿を見せぬ『主』に思いを馳せる。
- 人を斬り 鬼を斬り捨て 尽くしなお 山河は満ちず 渇くばかりにLv:30以上完了
- GM名春野紅葉
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年12月24日 22時25分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
冬空の陽光が、肌寒さの増した戦場を鮮やかに照らしている。
澄んだ空気を運ぶそよ風は、穏やかな物と言えど肌を刺す。
「幻介様からわちきに助力を請うとは、珍しい事もあるものどすなぁ」
忍び装束を纏う気品の隠し切れぬ艶のある女が、幻介をからかうように笑う。
「高うつくで、わちきは……当店のお高い酒瓶、幾つか予約しときまひょ」
「やるからには美味い物にしてほしいで御座るな、夕霞殿」
「ふふ、今回ばかりは冗談として、血腥い戦やら手早う終いにしまひょ」
美しく笑った女は、そのまま気配を薄くして、空気にとけるように気配を見失う。
(全く、まどろっこしい事になったもので御座るな
犬山軍の方の気は分からぬではないが……やれやれ)
イレギュラーズ中、誰よりも早くこの戦場にたどり着いていたのは『傷跡を分かつ』咲々宮 幻介(p3p001387)である。
そのまま幻介は猿田軍へと潜入している。目的は撹乱だった。
だが、猿田軍への撹乱作戦は上手く言っていない。
「進みましょう、直治様」
陣地の中央あたり、純正肉腫が周囲にいる男の1人へそう進言する。
対して、相手は20代半ばと思しき青年だ。
青年は、深く頷いた。
「猿田軍、進め。これは先君を講和の席にて殺した愚か者たちへの誅殺である」
凛とした言葉で告げたその青年が、この軍勢の大将か。
彼らの視線には、正気というものが感じられない。
喊声が響き、甲冑が土を踏む足音が鳴り響く。
(拙いで御座るな! この者達、下手すれば全員が複製肉腫で御座らんか!?)
部下へ撤収の指示を飛ばしながら、幻介自身も抜け出す。
複製肉腫であるのなら、どうしてこうも整然と動けるか――その理由は恐らく。
(あの純正肉腫が傍にいるからで御座ろうな……)
足早に去る幻介の思考は直ぐに結ぶ。
(ここまでくると、もはや腐れ縁ッスかね)
そんな戦場で、『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)は肉腫の姿を探っていた。
行く視界は青空。眼下の物々しさとは一線を画す美しき空。
高い視力と聴覚を利用して、鹿ノ子は小鳥のファミリアーの瞳を最大限に活用している。
動き出した猿田軍が、一斉に犬山軍めがけて走り出す。
その陣営から、密かに肉腫が離脱するのを、鹿ノ子の瞳は確かに見た。
(妖刀の伝承から生まれた肉腫、混沌肯定があるとはいえ後に生まれた肉腫の方が大きな力を持つとは奇妙なものだ。
……だが、その性根は変わらないらしいな)
戦場のど真ん中を見据える『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)のまなざしは鋭い。
「血を綴る妖刀は炉にくべて打ち直してやらなきゃな!」
鍛冶師らしい発言を残しつつ、取り出した式符を空へ。
放たれたそれはその姿を飛行種のように変えて舞い上がる。
同時、俯瞰したような視界を得た錬は、2つの空の眼を以って眼下の肉腫を探る。
(何が何だかわからないわ。
なんで1本が2つに増えてるの?)
混乱した様子を見せる『死地の凛花』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が、戦場のど真ん中を見る。
そこでポツンと一人、そこにいるのが都合がいいと言わんばかりに立つ、1人。
(でもどちらも人を殺そうとしているのはわかる。
だったら思い通りになんかさせてあげない!)
気迫充分のココロの様子を見るのは影は、2つ。
(ふーむ、戦が始まると見に来てみれば、あそこにいるのは同族の娘か)
その片方、老女はココロ――と、彼女の小隊を丸ごと見つめ、物珍し気に見つめていれば。
(……戦場に在って敵意を剥きださない。実に変わった行いをしておるな)
その高齢なように思える体からは想像も出来ぬ身のこなしで、その小隊へと潜り込んでいく。
(トップダウンとプライドは闘争心に繋がるけど、
後も簡単に逆手に取られるとねぇ……身につまされるわ)
そしてもう一人――自らとて、音に鳴らす兵どもと共に幾多の戦場を駆ける『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は、少しばかり険しい表情。
鮮やかなりし紫苑の旗を横たえ、布陣のままにじっと様子をうかがってみる。
後方、10騎ともに、その様子は変わらない。
「ふむ、我をも呼ぶか。然して豊穣は一つの国であれば、無為に争い血を流すこと、刑部が許さぬ」
人馬とも、圧倒的なる巨躯の赤き武者がその豪快なる十文字槍を小脇に静かに告げ、視線を見やる。
「イーリンよ! 我らをうまく使え!」
ずらりと並ぶ十騎。梅久騎兵隊は整然と並んでいる。
「全く、戦場真っ只中に飛び込んで両軍を死なせずに無力化しろって随分なオーダーだねぇ」
そう言う『闇之雲』武器商人(p3p001107)だが、その表情は普段通りの不敵なるそれである。
「我(アタシ)とジョーンズの方の2人じゃあなければやってられんと思わないかぃ? ヒヒヒ!」
堂々たる自信。それは歴戦の経験値に裏付けされた確信でさえある。
「ええ――止めましょう。神がそれを望まれる」
静かにうなずくイーリンの呟きとほぼ同時――まず動いたのは西に布陣していた犬山軍だった。
一斉に走り出した犬山軍は、そのまま雪崩の如く首狩正宗めがけて駆け抜ける。
その瞬間、イーリンは旗を掲げた。
紫苑の戦旗を翻し、愛馬へ指示を出す。
「その戦ちょっと待った!!」
凄まじき速度で駆け下りた33の騎兵。
続くように動き出した猿田軍と接するより前に戦場のど真ん中へたどり着く。
「邪魔をするか! その旗! 見覚えがあるぞ!」
それは出鼻をくじかれた犬山軍からの怒号だ。
イーリンはそれを軽く受け流す。
「汝らに問う! 此度の戦は何故始まったのか!」
「余所者は手を出すではない! 猿田を潰さねば我らの無念は晴らされぬ!」
呪いにも近しい怒号。
「ならば問う! なぜ誇り高き猿田が使者を愚弄する必要があったのか!
布告なら主首を弄ぶ必要もあるまい!
何よりも、斯様な狼藉を働く者が領地を奪ったとて、誰がそれに従うか!」
「そうだ! 正々堂々と戦で決めず、卑怯下劣な奴らを殺せ!!」
怒号は収まらず、鋭さを増している。
「……話を聞かないのなら、仕方ないわ」
イーリンは、敢えて溜息を吐いてみせてから、迫る軍勢を魔眼を以って静かに見据えた。
(……ココロ、マギサ、皆。上手くやってよね――!)
その思考は、ただ仲間を思う。
「ヒヒヒっ! 一つ、あのコらを呼んでみるとしよう」
巻物を開いた武器商人は、静かに言の葉を紡ぐ。
その一つ一つの呪(まじない)いに、眷属共が蠢動する。
何か、いっそおどろおどろしいものを呼ぶかの如き呪文の効果はてきめんだった。
今から首狩正宗に獲物を突き立てんとした兵士達の注意が武器商人に向いた。
(さァて……大将はどこだろうね)
戦場を俯瞰するように見れば、その人物を見つけ出す。
『遠くから一方的に失礼。今は我(アタシ)が戦場を“整頓”してわかりやすいと思うから確認してほしいのだけど──』
問いかけたのは、向かってきている犬山軍の大将首。
突如の問いかけに、10代半ば程度にしか見えぬ少年が辺りを見渡すのが見える。
目を閉じていた。
鳥の視野、上空から妖刀を見下ろす『白秘夜叉』鬼桜 雪之丞(p3p002312)は、静かに思う。
(……こうして相見えるとは、合縁奇縁。縁とはなんと因果なものでしょうか)
動きを停止した両軍、その隙を雪之丞は舞っていた。
美しき黒髪は美しき白髪へと色を変え、華奢、小柄ともいえた肉体は壮健を絵で描いたように頑健に代わる。
色素が抜け落ちたかのような純白の肌は陶磁器のようにすら見えた。
「――この刻に他なりません」
真っすぐ、戦場を割るように振り抜いた漆黒の太刀。
鮮やかに振り抜かれた斬撃は、強かに首狩正宗を斬りつけた。
「ああ――雪之丞! 待ってたよ! 屍山血河の舞台、一緒に作り上げよう!」
斬撃を撃ち込んだ箇所を庇いながら、首狩正宗が笑う。
ほぼ同時に走りだして肉薄。斬撃が交錯して、刃鳴が響く。
「折角、相見えたのです。もう少し、邪魔のいない方がいいでしょう。
屍山血河の舞台で踊るには、互いに役不足とは思いませんか?」
「そんな! 本性まで露わにしたキミから聞くとは思えない言葉だよ!」
驚いたように――けれど不敵さを隠さず、首狩正宗が笑みを隠さない。
「あの戦場で、守りの戦を崩さずボクを振るって踊ったキミは、どこまでも綺麗だったのに!」
「拙にとって、屍山血河とは過去。歩んだ道が、ただ血に塗れていた。それだけのこと。
修羅道狂わば、唯、堕つばかり――貴様の言う地獄を踏み倒し、拙は。
――私は、私の道を往きます」
「……分かったよ、君の気持が変わらないなら――その言葉の通り、踏み倒してみなよ!」
「……同じ顔が揃う厄介さを現実で知るとは思わなかったよ」
思わずぼやくように呟いたのは『無限陣』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)である。
まさか同じ顔が2人もいて、それらが厄の相互作用を引き起こすなど、普通は考えない。
自らを強化したメーヴィンは、一気に肉薄し、勢いに任せて蹴撃を見舞う。
しなやかなる肢体は獣の本能に導かれ、魔術的補助もあって斬り結ぶ首狩正宗の横腹へとめり込んだ。
神速の蹴りは魔力循環の効率を高めたこともあって、苛烈さを増している。
●
ボクは、なんだ。
純正肉腫? そんなことは分かっている。
あぁ、だというのなら。あの、戦場のど真ん中に立っている、あの男は、なんだ。
あれが、犬山の間抜け共の言っていた、『ボク』か――?
――ありえない。
――――ありえない!
ボクと同じ顔、同じ服装、同じ魔力に見えるのに。
根本的に違う。『輝く可能性の加護を宿した自分』など――想像だに悍ましい。
そんな悍ましいものが――あっていいはずがないんだ!
汚らわしきパンドラの臭いを引っ提げて、ボクの顔をするなッ!!
●
両軍の見える場所――そこを中心に見れば、純正肉腫たる首狩正宗は直ぐに見つかる。
そう想定していた『白騎士』レイリー=シュタイン(p3p007270)の考えは、半分は間違いなく『正』であり、半分は明確に『誤』であったといえよう。
敵軍を良く見えたであろう戦場から離脱した純正肉腫は、今度は戦場のど真ん中へと走りこんでいく。
「どけよ、鎧女!!」
直線上、肉腫の進路を遮るように立ちふさがったレイリーへ、肉腫が激昂する。
「白騎士ヴァイスドラッヘ、只今見参! お前の企み止めて見せる!」
槍を振るい、自らの存在を指し示すように告げたレイリーの名乗り声に、肉腫が睨む。
「高みの見物をしつつ、ここぞで横入りをしたりどんでん返ししようとする。
そういう手合いだと思ってたけど……予想が外れたわ」
怒り狂ったかのように突っ込んできた眼前の首狩正宗は、そう言った一種の策士気取りとはまるで違う。
何があったか知らないが、眼前の肉腫は、冷静ではない。
「――たしかに、キミを潰したあとでいいよね」
刹那、風を思わせる鋭い連撃がレイリーの身体を切り刻む。
苛烈なる連撃の乱舞を受け切って、レイリーは視線を静かに肉腫へ据えた。
「そんなもので、私を倒せるかしら? がきんちょ!」
純正肉腫は余裕などからは遠い、苛立った様子で間合いを開ける。
(屍山血河を築く妖刀が体を得て、しかもその上染みついた伝承が肉腫として実体を得るとはな。
……中々どうして鬼桜も面白い太刀を持っていたものだ)
首狩正宗と斬り結ぶ雪之丞を見やって、『黒一閃』黒星 一晃(p3p004679)は、愛刀を握る。
(だが刀は刀、振るわれてこそ伝承も築けるという物。一人でに動く刀はもはや刀ではない。
その伝承をここで絶やすとしよう)
一拍ののち――疾走。
「黒一閃、黒星一晃。一筋の光と成りて、刃の伝承を此処で絶つ!」
向上を上げて目指すは、ただ肉腫のみ。
黒き魔力を纏い、高速で打ち出された斬撃が、漆黒の獣を描いて走り抜ける。
それは刹那のうちに肉腫へとその斬撃を――牙を突き立てた。
「何を企んでいるか知らんが、これ以上この土地で好き勝手させる訳にはいかんな!」
錬は横一線に式符を払う。
五行相克、鍛冶をこそ本領。
振り抜くように産みだされるは真銀の太刀。
美しき太刀が、戦場を照らす陽光に煌いた。
それを滑らせるように、下段から振りあげて払う。
鮮やかな太刀筋、煌く刃は妖しくその刃文を変える。
「目障りだなぁ――!」
苛立ちを見せ合わせるように動いた仕込み杖を通り抜けて撃ち込まれた斬撃は神秘の太刀である。
「やっと見つけたッスよ……何を企てているか知らないッスけど、その狼藉も今日までッス!」
その間合いを、横から割るように斬り、結ぶのは鹿ノ子である。
鷹の眼の如き研ぎ澄まされし鋭い眼差しより描き出された軌跡。
あとはただ、白き太刀をそこへと寸分狂わず合わせるだけ。
鮮やかに紡ぐ斬撃は猪の如き突撃力と鹿の如き軽やかさ、蝶のような華やかさを紡ぐ三連撃。
その高い天運力を振り絞るようにして、鹿ノ子は連撃を紡ぐ。
その連撃の全てが肉腫の身体を切り刻む。
●
犬山軍の動きは、良くも悪くも『遅れた』。
その遅れは、彼らにほんの一瞬ばかりの警戒心を生み、僅かな冷静さを生む。
同時に、我を失ったかのように突っ込んでくる猿田軍の猛攻撃を前に大きな隙になった。
幸いと言うべきか、イーリン、武器商人らの騎兵隊による介入もあって、その牙が犬山軍に到達する以前に停止することになったが。
騎馬隊の先頭を駆けるイーリンを討ち取らんと猿田軍が一斉に攻め寄せる。
「――ほんと、生かすことの難しさったら……」
紫苑の戦旗が翻れば、その御旗に新月よりも昏き闇の月が浮かび上がる。
鮮やかに輝き月は、災厄を呼び、その輝きを浴びた者に不運を呼び込む。
正午に差し掛からんとする陽の光を呑む闇の月が多くの敵を飲みこんだ。
「1人、2人、10人、20人……そら、その数じゃあ我(アタシ)は止められないよぉ?」
悠然と笑う武器商人が巻物を媒介にして魔術を行使すれば、深い闇色の光が瞬いた。
それはその色とは対照的に、人々の抱く邪悪を裁く鮮やかな在る輝き。
瞬く閃光は敵陣の前衛を一気に焼き尽くす。
閃光を浴びた前衛の内、3人ほどが地面へと倒れた。
「ソリチュードの方、頼んだよぉ、ヒヒヒ」
言葉だけ残して、武器商人は次の狙う場所を見定めた。
そこを、戦場を縫って姿を見せたのは、ココロの連れてきた兵士達だった。
「たとえ死んでも死なせない!」
そう叫び、ココロは兵士達と手分けして兵士達に応急手当を施していく。
肉腫と戦う仲間達への支援から視線を逃さず、それでいて両軍の負傷者を後方へ連れて行くよう指示する、2つの仕事をこなすのはかなり手が足りない。
それでも、ココロは敵味方の兵士達が死ぬことのないよう、死力を尽くすのだ。
(わたしは、絶対に誰も死なせない……!)
まだ戦いは緒戦に過ぎぬ。
――傷が増えるのは、これからだ。
「やれやれ、忍びに不殺の仕事を任せるなんてね」
ぽつりと呟いたのは、錬からの情報提供もあってこの戦場へ駆けつけた折紙衆が『金』、白金錺である。
錺自身の率いる6人の部隊は、二人一組を構築していた。
戦場を北回りに迂回しようとした猿田軍の騎兵隊は錺らが仕掛けた罠に引っかかって落馬していく。
もう一方、犬山軍の方は弓兵を狙う予定が遅れている。
現時点で動いていない犬山軍を狙う機が来ていない。
●
圧倒的な反応速度と、手数の多さを以って攻め立てる肉腫の連撃を、レイリーは全て受け捌いていた。
「今まで戦った中で一番弱いわよ、ぼうず!」
「言わせておけば……その傷の多さで良く言うよ! やせ我慢だとしても」
激しい斬撃の数々を受けながら告げた啖呵に、肉腫は余裕ありげに答えた。
「――いいえ。本当に、『一番弱いわ』……貴方には譲れない信念がないもの」
「――――」
肉腫の表情がすとん、と消え伏せた。
「狂気や凍り、そんなもので私は止まらない!
倒れないわよ。そして――倒れない限り私の相手してもらうわ」
押し込むように前へ。不倒を誓う白竜騎士の気迫に、肉腫の表情が再び歪む。
「屍を築くことがあり方なのか、振るわれ命を絶つのがあり方なのか
……いずれにせよ、人の手を離れた刃はもはや刀として意味をなさぬ。
……いや、貴様の場合は最初から担い手がいないのか」
妖刀を振り抜いた一晃がニヒルな笑みを浮かべて告げた言葉に、肉腫の表情が強張った。
振り抜いた斬撃が、漆黒の牙となって一筋の黒い閃光を刻む。
肉腫を呑み込んだ影の向こう側、肉腫が名状しがたき表情を浮かべた。
純正肉腫――この敵は、この世(こんとん)で生まれ落ちた、この世の異物。
その意味で言えば、『妖刀首狩正宗の伝承から生まれ落ちた怪物』に、持ち主など存在しえぬ。
複雑に絡み合った感情を露わにする肉腫へ、次に攻めかかったのは錬だ。
「最初の計画だったら、両軍をぶつけたかったんだろうが……
どうして、目標を変えた? 本元でも超えたいか?」
「ほん、もと? あれが――妖刀・首狩り正宗(ボクのオリジナル)……?
あぁ――そうか! そういうことか! あれが、ボク!
なるほど、犬山の奴らが言ってたのは、あっちのボクってことだね!」
合点が言ったとばかりに目を見開いて、肉腫の双眸が静かに細められ、不敵な笑みを刻む。
「――可能性に満ちたボクだなんて、気持ちが悪い」
純正肉腫は、パンドラを嫌う。
それは滅びのアークによって生まれ落ちた肉腫の宿命ともいうべきもの。
「――あの屍山血河を、地獄を描く愉快犯が存在しているだけで世界に可能性を集めるなんて」
悍ましい――静かに口を結んで、肉腫が殺意を増す。
突如として増した殺気を浴びながら、錬は式符を手の内に置いたまま合わせた。
一拍子――展開される術式は炎を零しながら陣を描き、ラインを引いて砲台を形作る。
「火剋金、妖刀なら大人しく鋳潰されて欲しいものだな! ――炎星!!」
天へと走るは炎弾。
放物線を描いた弾丸が空へ舞い上がり、隕石を思わせる色を纏いながら落下、戦場を焼きはらう。
間髪を入れず、鹿ノ子も太刀を振るう。
「そちらの悪運が強いか、僕の幸運が勝るか。勝負ッス!」
――踏み込み、肉薄。
幾度目かになる連撃、美しく紡ぐ三連撃は――初めて、最初の一撃を躱された。
その回避は、明らかに人ならざる動きだった。
(ついさっきまでと、まるで手応えが違うッス!)
鹿ノ子は思わず目を見開いた。
(鎧が、軋む――ッ!)
凄まじい速度、すさまじい火力で紡がれる連撃、レイリーは今日、初めて眉間にしわを寄せた。
纏う白竜を思わせる鎧がその表情を覆い隠す。
振り抜かれた太刀筋の一つ一つの切れ味が、先程までとは段違いだった。
(――図星だった? しかも、さっきの対話でそれを得た……とか?)
槍を絡めるようにして連撃を最小限に抑えながら、鎧の幾つかが砕けつつあることを察する。
――貴方には『譲れない信念』がない。
レイリー自身が言った台詞だ。
「――本物を越えて自分が逸話の存在になる、か」
『それ』を得てしまった魔種に等しき異物を前に、レイリーは自身を奮い立たせる。
「我が贋作と共に、貴様の存在意義ごと斬り伏せてみせよう――」
一度鞘に納めた妖刀に、魔力を籠める。
振り抜いた斬撃は魔王を冠する牙となって再び肉腫の身体を喰らわんと走り抜ける。
疾走する黒き王は、空気を削って咆哮を上げる。
苛烈なる斬撃へ、合わせるように肉腫の手が動いたのが見えた。
微かな動きで紡がれた斬撃が、微かに魔王の顎の勢いを殺す。
それでもなお、強烈な斬撃となった魔王の顎が肉腫の半身を削る。
その応酬を見据えつつ、ココロはレイリーを中心とて術式を起動する。
魔導書の輝きが一層と鮮やかな物へと変わっていく。
全霊を籠めるココロに答えるように輝く魔導書を媒介にして、構築した福音の鐘の音を、線所へ響き渡らせる。
(……レイリーさんが倒れない限り、誰も倒れない――だから、レイリーさんのことを支えるんだ)
祝福の鐘の音は戦場に染みるように響き渡り、レイリーに刻まれた傷の多くを回復させていく。
●
ある種、贋作に過ぎぬともいえる純正肉腫が、その精神性に自己を会得しつつあった頃、本元――妖刀との戦いも苛烈極めていた。
杖が閃く。打ち出された踏み込みに、雪之丞は敢えて踏み込んだ。
刃鳴を合わせ、狙い澄まして首に這う太刀筋を膂力で抑えつけ――体勢を屈めれば、流すようにもう一本の愛刀が走る。
反撃の太刀が妖刀に傷を加えるのを確かめるまでもなく、もう一度、双刀を振るう。
鮮やかなる攻勢防御を以って、雪之丞は静かに立っていた。
その身に傷はない。
ちりんとなる結界鈴の耐久力は徐々に削れているのだろうが、雪之丞の身体を削るにはあまりにも遠い。
「私の戦い方は忘れていましたか」
雪之丞の剣は立ち続けることにある。
常に襲われる立場であったが故の攻勢防御――回避は、それほど多くは割かぬ。
一手でも多く先手を以って斬り伏せ、妖刀を叩き潰す。
高く完成されつつある守りに、妖刀の顔が歪む。
「まぁ、聞いた限りではそちらにも因縁はあるのだろうが。
横槍は入れてくれるなよ、此方もそれは同じ故な」
攻めかからんとした犬山軍の前へと立ちふさがったメーヴィンに犬山軍が動きを止める。
その背中に、恐らくは妖刀のモノと思われる視線を感じ取る。
この者達をそちらに向かわせれば、あっという間に殺されよう。
「何はともあれ敵の敵は『味方』だろう?
あれは『人を斬るたびに強くなる』可能性が高い。
我々が受けた方が多少マシだろう?」
真っすぐに告げた言葉に、犬山軍がたじろいだ。
(……とはいえ、一手足りないのは確かだ。
そろそろ来てほしいところなんだが)
ちらりとメーヴィンが妖刀の方を向いた時だった。
ソレは遥かな遠くから間合いを跳んで妖刀の背後へ気配を押し殺して走り抜けた。
(――裏咲々宮一刀流)
跳びこむような勢いをそのままに、上段から振り下ろす。
続けて、勢いを殺さず納刀。
「――水絶」
それは流水をも両断する高速の居合抜き。
逆袈裟に斬り上げた剣筋を、背後からの強襲でもって撃ち抜かれた妖刀は、躱すことさえ敵わない。
致命的な一点を撃ち抜いたそのままに、一気に後方へと跳躍する。
「はぁ――はぁ――はぁ――後ろから……誰だよ」
「主役は遅れて登場するもので御座るよ」
思わぬ強襲に振り返った妖刀へ、幻介は静かに答えた。
ちらりと背後を見た妖刀の視線が、ちらりと素早くこちらに映ったのを悟り、メーヴィンは一気に走り出す。
「行かせるか――」
跳びこむように、メーヴィンは妖刀の前へと走りこむ。
そのまま、勢いに任せて踊るような蹴撃を叩きつけ、軸脚の勢いを殺さぬまま、本能のままにもう一度。
勢いに乗った連撃の終わり、張り付くように妖刀とにらみ合う。
続けるように雪之丞も攻勢に出る。
流れるように打ち出されるは、舞い踊るような鮮やかなる連撃。
体勢を崩す妖刀へ、駄目押しの斬撃によってその身体がぐらぐらと揺れる。
「この場から逃すつもりはありません。
事が終わるまで、拙と――拙達と踊っていただきましょう」
鬼の瞳を以って、妖刀を真っすぐに見た。
●
戦場のど真ん中、軍勢の猛攻を途中から一身に受けながら、不滅の肉体の脅威を指し示すソレの堂々たる姿に対して、両軍は別の動きを見せていた。
犬山軍は、恐るべき武器商人を畏怖するように、戦場から少しばかり離れつつも、何とか妖刀を攻撃しようとしている。
一方で、猿田軍は『武器商人が不死身に近しいことを見えてないかのように』攻撃の手を緩めない。
「――真実を受け入れるのも度量ではなくって!?」
イーリンは、二振りの首狩正宗が見える状況で声を上げた。
もしも、『二振りの首狩正宗がある』だけで説得しようとするのであれば、恐らく、戦いは継続していただろう。
二本あるのだとしても、犬山から見れば当主を殺したことには変わらない。
――だが。
『さァて、犬山の旦那。よぉく戦場をごらんよ。
司書――我(アタシ)の知り合いの言う通り、首狩正宗は、二人――二振りある。
どちらの正宗も、思惑は違えど、どうやら屍山血河の舞台――血の流れる戦場を望んでるようだよ。
今ここでの激突は、正宗にとって体のいい生贄だとは思わないかぃ?』
武器商人は、ハイテレパスを開戦直後につなげた男へ再びつなげていた。
――別の脅威があることも告げられたのなら、ある程度聡ければ、動きを変えるだろう。
そう思っていると、片方の軍勢が前線をゆっくりと下げていった。
「若武者が鉾を収めたってのに、それに習わないってわけ。
まさかそこまで落ちてないだろうと思っていたけれど。
幻介が言ってた通り、あっちは全員……」
イーリンは遮二無二突っ込んでくるもう一つの敵軍めがけ、軍旗を翻す。
「……やることは変わらないわね。複製肉腫なら、猶更、不殺で終わらせるだけよ――」
イーリンの魔眼が、鮮やかに輝いた。
「お師匠様……」
「ココロ、助かったわ。でも、もうちょっとだけお願い」
「はい……倒れた人達は任せてください」
確かにうなずいたココロに頷き返して、イーリンは一気に走り出した。
ココロとその小隊による生命線は、正直なところ、明らかに手が足りてなかった。
だが――それは同時に、いなかったらどうなっているか分からないということでもある。
ほぼ唯一の生命線。やることは多い。
唯一救いだったのは、ココロとココロ隊自体へはさほど攻撃が集中しなかったということだろう。
(雪之丞さん達が抑えてる方は、大丈夫そう。
……やっぱり、レイリーさんの方が危険)
揺蕩う海音が鮮やかに輝く。
幾度目になるか。癒しの福音を、真っすぐにレイリーたちの方へと注ぎ込んでいく。
●
激戦は続いている。
「ボクは、ボクだ。妖刀(オリジナル)より、強いはずなんだ……」
肉腫が、ぽつりと言葉を零す。
肉腫の身体には、多くの傷が刻まれていた。
不敵な笑みは鳴りを潜め、『そうあれかし』と作られたが故の天命への焦がれは落ちて。
けれど、より強くなっているとはっきり思わされる純正肉腫は、既に鞘部分を正しく杖にして立つばかり。
「……貴方は、ここで終わらせてあげるわ」
最早戦場に大技を撃ちこむ余裕すらないだろう。
肉腫を見下ろすようにして、レイリーは静かにそう告げる。
最早体はボロボロだ。それでも構わなかった。
後半の苛烈さは、レイリーの堅牢さをもってなお、激しかったが。
白竜を背負う騎士は静かに油断なく構える。
(――さて、これを見苦しいと見るべきか、人らしくなったと見るべきか)
妖刀を構える一晃は、静かに敵を見据えて、そう思う。
接敵、振るわれる細身の刃を上から叩き伏せるように、漆黒の魔力を纏う一太刀を叩きつける。
漆黒の斬撃は、肉腫の身体を完全に喰らいつくす。
呑み込まれた向こう側で、肉腫の身体に致命的な傷が浮かび上がる。
ぽたりと、血がしたたり落ちる。
温かいパンドラの輝きが身体を包み込んだ。
「終いにするッスよ。これまでの狼藉を考えれば、逃がすわけには行かないッス」
白妙刀の輝きが、映え映えと散らす。
鹿ノ子は、一気に踏み込むように走り抜けた。
胡蝶の舞を以って、既に殆ど尽きているであろう肉腫の精神力を奪い取る。
連撃の収束と同時、鹿ノ子はアムリタを煽る。
溢れ出す精神力を、連撃に籠めて、斬撃を叩きつけた。
「魔刻――開放」
その手には銀閃。美しき神秘の刀を再び鍛造して、錬は肉腫へと近づいていく。
炎を落とすには、既に仲間の傷は多すぎる。
爆風を以って何とかしようにも、その爆風さえ危険な水準だろう。
「――お前もろくでもないのは確かだが、最期に抱いた思いだけは、まともだったんじゃないか?」
ある意味、『それ』を抱かせたのは自分なのだから――介錯とでも言えるだろうか。
真っすぐに振り払った斬撃は、肉腫の胴体を真っ二つに断ち割り――肉腫の仕込み刀が中ほどから真っ二つに割れて、落ちた。
●
肉腫ならざる分、妖刀と戦う3人の傷は比較的浅い。
(……もう一度ならばできそうで御座ろうか?
……否、無駄であろう)
幻介は考えを改めた。
高反応によるヒットアンドアウェイは、最初の奇襲から2発までだった。
消耗が激しいというよりも、シンプルに3度目以降は対応された。
神刀を構え――同時、呼吸を整えた。
その体勢から、ノンアクションで七色に輝く虹の如き変幻の太刀を振り抜けど、その斬撃は対応される。
「――それでも、これならば」
身を屈め、超高速で振り払われた逆袈裟斬りは、反応の遅れた妖刀に微かな罅を入れた。
――刹那、その罅目掛けてメーヴィンは蹴撃を放つ。
(こいつは刀のはず。ならば、身体を叩くよりも、本体の刀を壊す方が良いんじゃないか?)
それはどちらかというと獣の本能というべき直感だった。
しかしその直感は、妖刀が刀を庇うように動いたことで、確信に変わる。
「――終わりだ」
もう一度の踏み込み、護戦扇にあらん限りの魔力を籠めて、思いっきり殴りつけた。
――罅が、深く入る。
それと同時、同じように妖刀の身体が、大きく傷を帯びた。
●
ふわりと、風が撫でる。
それは陶磁器のような、あるいは病的なような。
この世ならざる純白の白を風が撫でていく。
美しき白の中、ただ黒き二つの眼が、真紅の瞳が中ほどから罅割れた刃を見下ろしている。
――あぁ、本当に。
――綺麗だ。
いつか見た色をして。
けれど、赤の染みは一つもなく。
――ボクは、これが見たかった。
そこに立つは朱鬼に非ず。
染まらぬ白、過ぎ去った過去をも呑む、穢せえぬ白。
それは、刀にとって思いがけぬ在り方だった。
――あーあ、やっぱボクたちは担い手がいないと、駄目だね
「――正宗」
声がした。
ちりんと、鈴の音が鳴った。
ただ、その音だけが、聞こえて――
光すら呑む昏い闇が走り抜けた。
●
白夜叉は――雪之丞は、静かに刀を見下ろした。
中ほどに入った罅は、その本体に逃れえぬ致命傷の刻まれた証拠だった。
入った罅と同様に、青年の身体にも傷が浮かぶ。
最早、この妖刀の死は免れ得ぬ。
後の先を穿ち、ただ己が太刀を入れる事のみに注ぎ込んだ積極的な攻勢防御。
精密なる剣技より紡がれた舞うような戦は、既に終わりを告げる。
「――正宗。拙は。私は、私の道を往きます」
静かなる宣告、大地へ転がる刀、その瞳がこちらを向いている。
振り下ろした黒刀が、真っすぐに走る。
青年体――ではなく、撃ち込まれた斬撃は静かにその横に転がる剣を叩き割る。
中ほどから折れた刀と同じように青年の身体も切り裂かれ――すぅ、と消えていった。
後にはただ、風が吹くばかり。
因果は潰え、妖刀が終わる。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
これにて首狩正宗に関するお話は終幕となりました。
担い手を失った妖刀と、担い手の無かった妖刀の影。そのどちらも、豊穣の地に還りました。
GMコメント
さてそんなわけでこんばんは、首狩り正宗系のお話の第4話でしょうか?
序盤は終わって中盤から終盤へ。
意図的に引き起こされた戦争を以って、屍山血河の築かれるその前に。
●オーダー
【1】鬼屍ヶ原の戦いを終結させる(双方撤退、講和など条件を問わず)
【2】『妖刀』首狩正宗の討伐。
【3】『肉腫』首狩正宗の討伐。
【4】屍山血河の戦場を生み出さない。
【2】と【3】はどちらか一方の成功でも構いません。
【4】は敵味方問わず、死者の数によって判定されます。
ある意味、もっとも重要になるかもしれない要素です。
●フィールド
鬼屍ヶ原と呼ばれる古戦場です。
かつて『旅人』首狩正宗が無数の鬼を斬り捨てて屍山血河の戦場を築いた場所であり、
『純正肉腫』首狩正宗にとってもある種、生まれた場所といえるでしょう。
北をなだらかな丘、南を小高い山が塞ぐ平野部です。
犬山軍は西、猿田軍は東に布陣しています。
イレギュラーズはデフォルトの場合は北に布陣しますが、
戦場のど真ん中以外であれば任意の場所にいて構いません。
●エネミーデータ
・猿田軍×30人
猿田直治と呼ばれる人物を総大将とする猿田家の軍勢です。
狂気に取り付かれたように戦場を突き進みます。
長槍で武装した足軽型の武士が20人を占めます。
5人が弓兵として戦列の中ほどから矢を射かけてきます。
残りの5人は直治の護衛を務める太刀を佩く側近です。
・『肉腫』首狩正宗
戦闘開始時、猿田軍にて参謀のような立場で本陣にいます。
しかし、両軍が激突した直後に行方をくらまします。
何をする気かは分かりませんが、その行動が『逃亡』ではないことだけは確実です。
戦場にて何らかの悪意ある行動を行なうでしょう。
純正肉腫の例にもれず、魔種にも近しい強敵です。
仕込み杖による超高速の高火力連続攻撃を主体とします。
特にEXA、反応が高く、全ての技に【必殺】がつき、
各種【連】スキルには大幅なCT上昇効果があります。
【狂気】【邪道】【凍結系列】を有します。
・『妖刀』首狩正宗
戦場のど真ん中にて、堂々と立っています。
両軍が激突するとまず犬山軍に向かって攻撃を開始します。
こちらも何をするかまでは不明です。
戦場にて何らかの悪意ある行動を行なうでしょう。
なお、戦場に鬼桜 雪之丞(p3p002312)がいる場合、優先的に狙ってくる可能性もあります。
強敵ですが、純正肉腫の首狩正宗に比べると現時点ではやや見劣りするスペックです。
戦闘によってかつての勘を取り戻すのか、非常に成長速度が速く武士を殺すごとに強くなっていきます。
仕込み杖による超高速の高火力攻撃を主体とします。
物攻、防技が高く、成長につれてEXAと反応も伸びていきます。
【混乱】【変幻】【呪縛】を有します。
また、狐面には『被っている間、存在感を極端に希薄にする』闇の帳に似た効果と
『浮遊している狐面を首狩正宗と誤認させる』ドリームシアターに似た効果があるようです。
伝承では伝わっていない能力のため、純正肉腫は使えません。
この能力で浮遊する狐面を城内で動き回らせて注目を集め、本命を早々に討ち取ってみせたようです。
・犬山軍×30人
『妖刀』首狩正宗によって討ち取られた父に代わって家督を継いだ犬山政勝を総大将としています。
首狩正宗への怒りに駆り立てられており、戦場ど真ん中にいる『妖刀』首狩正宗相手に突撃を仕掛けるでしょう。
長槍で武装した足軽型の15人と、騎兵が10人います。
残りの5人は太刀を佩いており、政勝の護衛です。
●友軍データ
今回、イレギュラーズは小隊指揮を行なうことも出来ます。
その場合は1人のイレギュラーズに10人程度の兵が付きます。
兵士は特段の明記が無ければ自分の隊長にあたるPCと似たような構成となります。
また、豊穣にいる関係者であれば、
戦場にいてもおかしくない場合は関係者に兵の指揮を任せて構いません。
加えて、関係者の部下の兵を関係者に率いさせるなどをしても構いません。
関係者が関係者の部下を率いる場合も部下は10人とします。
※攻略ヒント
当シナリオは四つ巴以上の状況になりうると考えられます。
2人の首狩正宗は、どちらも強敵です。
どちらかは抑え程度に、もう片方へ集中するようおすすめします。
小隊指揮を行なえば激突する両軍を抑え込み説得するなどの流れも可能になるでしょう。
その一方で率いる兵士はどうしてもPCに劣るため、首狩正宗とぶつかれば殺されてしまう可能性が高くなります。
首狩正宗戦はPCのみが当たることをおすすめします。
小隊指揮を行なう場合はくれぐれも戦力分配にご注意を。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
Tweet