シナリオ詳細
惜しまれながら死んでいく。或いは、“正義の味方”に憧れて…。
オープニング
●英雄に憧れて
少年は誰しも、一度は英雄に憧れるものだ。
弱きを助け、悪を挫く。
人が“正義”の味方と呼ぶ生き様に、誰しも憧れるものなのだ。
しかし大人になるにつれ、少年たちは現実を知る。
否、現実を知り大人になると言うべきか。
“正義の味方”をやるためにはそれ相応の力と環境が必要だ。
身体を鍛え、技を磨いて、志を高くして……それでも世界は残酷で、世に悪人は尽きることなく、差し伸べた手は力及ばず虚空を掻いた。
結局のところ、人の腕は短すぎるのであろう。
自分と、家族を守るだけで精一杯。時にはそれさえ叶わない。
それが現実。
それが人の限界。
そんな風な考えが、脳の隅に生まれた時に少年はきっと大人になるのだ。
“正義の味方”を諦めて、現実を生きる人になるのだ。
夜の闇に紛れ、彼は低空を飛んでいた。
鳥の翼に目から鼻にかけてを覆う大きなゴーグル。
明かりの無い夜の街を、音も立てずに飛び回る。
その手に長い剣を携え、薄い茶色の髪を揺らして……。
「助けを求める声が聞こえる」
掠れた声でそう呟いた。
アーサー。
それが彼の名前であった。
幼き日に“正義の味方”を志して以来、10年以上の長きに渡り彼は心身を鍛えに鍛えた。
拾った剣を得物とし、手製のゴーグルで顔を隠して、自前の翼で夜の街を飛び回る。
悪人を見つけては斬って、孤児を見つけてはパンを与えた。
それが“正義の味方”の振る舞いであると、アーサーは信じていたからだ。
やがて、アーサーの存在は悪人たちにとって無視できないものとなっていた。
アーサーを排除するために、悪人たちは徒党を組んだ。
いつものように“正義の味方”として活動するアーサーを、数十人で囲んで痛めつけたのだ。
しかし、彼らは失敗した。
トドメを刺す直前で、アーサーを取り逃がしたのだ。
けれど、悪人たちの目的は達成された。
以来、街から“正義の味方”は姿を消したのである。
それが半年ほど前の話。
アーサーが消えたことにより、悪人たちはやっと枕を高くして眠れると喜んだ。
ところが、どうだ。
つい先日、アーサーは街に帰ってきた。
以前のように剣を携え、夜の街を飛び回る。
悪人を見つけては斬って、助けを求める者を救った。
ただひとつ、以前と今とで違っていることを挙げるなら……アーサーが正気を失っているという点だろう。
戻って来た“正義の味方”は、あろうことか無辜の民をその手にかけたのである。
●惜しまれながら
「怪我に起因するものか、それとも治療の過程で良くない薬物でも摂取したか」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)
は、アーサーが正気を失した原因について以上のように予想した。
「目撃者の証言によると、アーサーはうわ言のように“助けを求める声が聞こえる”と繰り返していたようだ」
幻聴の類いだろう。無関係の一般人を斬った辺り、幻覚も見えているかも知れない。
「アーサーが現れるのは夜から朝にかけて。梟の翼種らしく夜目が利き、音もなく空を舞うそうだ」
そしてひとたびターゲットを決めると、一気に近寄り斬り捨てる。
悪人たちからは“正義気取りの暗殺者”などとあだ名されていたという。
皮肉にも、今のアーサーはまさしく“それ”に成り果てた。
急降下の加速を乗せた【致命】【崩落】の一撃は、なるほどそこらのゴロツキ程度、一太刀で切り伏せるだろう。
長年にわたり鍛えた剣技とその【重圧】に気圧されて、抵抗出来ずに息絶えたという者もいた。
「いわゆる無音殺傷法という奴だな。多くの場合、無音殺傷法を多用する者は、力が弱いと相場が決まっているのだがアーサーは違う」
“正義の味方”に憧れて、鍛えた体は強靱だ。
確かな技を身に付けた上で、無音殺傷法にも精通しているヒーロー。
それがアーサーという男なのである。
「正々堂々という、大衆のイメージする“正義の味方”像とはズレるかもしれないがな。とはいえ、悪人相手に筋を通す必要も無いと言われればそうなのだろう」
ましてや命のやり取りだ。
綺麗、汚いにこだわって、命を落としては意味がない。
「先にも言ったが、アーサーは正気を失している。しかし、以前の習慣が体に染みついているのだろう。アーサーの目撃証言は街の外れの“悪人通り”と呼ばれる治安の良くない区画に集中している」
“悪人通り”に明かりは灯らず、道の幅は酷く狭い。
並ぶ家屋はどれも粗末なものだが、多くの家には地下室があるともっぱらの噂だ。
任務の途中、場合によってはそこに暮らす悪党たちに絡まれることもあるだろう。
今回、イレギュラーズの向かう土地では、周りの者全てが敵と考えた方が良いかも知れない。
「“悪人通り”の入り口には大水路。そして、最奥には小水路と呼ばれる水路が配置されている。まぁ、なんだ……見つかると困る物なんかを、廃棄するための設備だな」
くれぐれもアーサーを逃がさないように。
ショウは最後にそう告げて、イレギュラーズを送り出す。
- 惜しまれながら死んでいく。或いは、“正義の味方”に憧れて…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年12月12日 22時21分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●灯の無い街
音も無く、夜空を舞う影。
時折、翼を打つことで高度を高く維持するその男の名はアーサー。長剣を手に、夜闇を見通す目を持って“悪”を討たんと己が正義に誓った英雄。
その成れの果て。
『助けて』
脳裏に誰かの声が響いた。
ずっと……大怪我を負って生死の境を彷徨った半年前から、その声が鳴りやむことは無い。
悪人通りの小道に1人、斧を手にした巨漢が佇む。
「ここらはおれさまの縄張りだ。通りたきゃ金目のもんを出しな」
男の名は『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)。つい先日、悪人通りへやって来たばかりのその山賊は、慣れた者とばかりに通りの悪党相手にこうして強盗を働いていた。
悪人通りの名の通り、そこに住む連中はどいつもこいつも脛に傷持つ、日の当たる世界では生きて行かれぬ者揃い。
彼らは悪事を良しとして、時に人を殺めることも厭わない。
殺人、放火、強盗……およそ人に唾を吐かれて、後ろ指を指されることは何でもやった。
死して落ちる先は地獄と、誰も彼も自覚している。
とはいえ、しかし彼らとて決して命が惜しくないわけではないのだ。
否、彼らは命が惜しいからこそ、悪事に手を染めてまで生き抜いてきたというべきか。
「よぉ、おっさん。随分と調子くれてんな? 悪人にも悪人の仁義ってもんがある」
「喧嘩の果ては殺し合いが常の世界だ。だからこそ、不要な揉め事は起こさねぇってのが“悪人通り”の不文律ってのを新参はどうも理解してねぇ」
「俺らも別に仲良しごっこがしてぇわけじゃねぇんだが、新参ものにでけぇ面させておくぐらいなら、手を組むぐらいはするんだわ」
「わかっている、な? マリア達も、無闇に怪我人を増やそうというつもりは、ない」
ゆっくりと、前に出たのは金の豊かな髪を靡かす黒い肌の小柄な少女、『訊かぬが華』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)だ。
「ん? えぇ……と、どういうこった?」
見知った顔が現れたことで、グドルフは思わず困惑の表情を浮かべた。一方、エクスマリアはというと、いつも通りの無表情ながら、僅かに視線を横へ背けていかにも「ばつが悪い」といった態度。
「マリアが呼びかけ、纏めあげ、た。幸運にも、多くの賛同を得られので、な」
イレギュラーズのターゲットはアーサーという正義の味方だ。“悪人通り”の悪党たちが邪魔に入らぬようにと接触を試みたところ、どうにもうまく行き過ぎた。
バラバラだった通りのならず者たちは一応の団結を見て、結果、狼藉を働いていたグドルフを排除する方向に動き出したのだという。
視線だけで“合わせてくれ”と告げるエクスマリアに向けて、グドルフは大きなため息をひとつ。
「あー、ったく。多勢に無勢じゃ命がいくつあっても足りねぇ。おれさまは場所を移るとするぜ」
吐き捨てるように立ち去っていくグドルフの背に、悪人たちの笑い声が降り注ぐ。
経緯はどうあれ、これでエクスマリアは悪人たちの信頼を得られただろう。後は適当に、彼女の指示で悪人たちが動いてくれれば、イレギュラーズの仕事も幾らかスムーズに進むはずである。
暗い小道を1人の女が駆けていた。
「いっ……嫌です……誰か助けて!」
息も絶え絶えといった調子で吐き出す声は、か細く震え、きっと誰にも届かない。
「そこで止まれ、貧乏人! 大人しく捕まってもらうぞ!」
か弱い女を装って逃げる『愛のテレジア』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)。
それを追いかける灰髪の騎士『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は、その端正な顔立ちや立ち居振る舞い故か、荒い口調が非常に似合っていなかった。
一体何事が起きているのか、と小道の影から住人たちがチラと顔を覗かせる。ライにせよ、シューヴェルトにせよ“悪人通り”では見かけないほど、こぎれいな身なりをしているではないか。
「ガタガタ囀るな小娘が黙って金を置いていけばいいんだよついでに血も抜かせろ!!」
ライを追いかけるもう1人。『機竜殺し』ルブラット・メルクライン(p3p009557)はというと、こちらも悪人通りでは見ない顔だ。ペストマスクを被った不審人物など、1度でも見れば2度と忘れることは無い。
「新参か?」
「夜中にうるせぇな。誰か止めろよ!」
「止めるよか賭けだな。騎士っぽい男とマスクの奴、どっちが女ぁ捕まえるか賭けようぜ」
「よーよー、捕まえたら脚だけは私に譲ってくださいませんかー?」
ならず者たちの投げかける、身勝手な声を浴びながら3人は楚々とその場を離れた。
より奥へ、人の気配の少ない方向へと向かって。
長剣を腰の位置に構えて、アーサーは翼を展開させた。
『助けて』
脳裏に誰かの声が響いた。
声の主を探して地上を睥睨すれば、暗闇の中、悪漢2人に追われて逃げる女の姿を発見できた。助けを呼んだ主はきっと彼女だろう。
「すぐに行くぞ! もう大丈夫だ!」
音も無く。
ただ、最速で。
一撃のもとに悪を斬るべく、アーサーは地上へ向けて急降下を開始した。
「来た! おい、どうすりゃいい? たぶん、ライさんたちの方に向かってる!」
割れた窓から空を見上げて、そう言ったのは『特異運命座標』囲 飛呂(p3p010030)。
彼の近くには『餓狼』シオン・シズリー(p3p010236)と『《戦車(チャリオット)》』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)の姿がある。
真っ先に、窓から外へ飛び出していったのはシオンだった。
シオンの後を追いながら、ピリムは「住人たちを抑えていてくださいー」とそう言い残して、壁を這うようにして闇の中に姿を消した。
「……銃やギフトでビビらすくらいしかできないけど」
やるっきゃないか。
溜め息をひとつ零した飛呂はライフルの銃身を、窓の縁へとセットする。
構えた剣の切っ先を、地上へ向けたアーサーの姿はまるで1本の矢のようだ。
まっすぐ、疾く、獲物の命を一撃で狩る疾風のごとき強襲は、これまで多くの悪党たちを気づかれぬうちに葬って来た。
まずは1人。
騎士風の男の背へと狙いを定めたアーサーは、翼を僅かに動かして空中で器用に軌道を変えた。
だが、しかし……。
「アンタ、正義の味方らしいじゃねえか! だってーのに、そのザマはどうした?」
タタン、と。
軽い足音が2度、鳴ったと思ったその直後。
アーサーの真下に迫るナイフの閃きが、その胸部を僅かに裂いた。
姿勢を崩したアーサーは、近くの廃墟の屋根の上に転落する。転がるように急ぎその場を離れたアーサーは、奇襲を仕掛けて来た相手……シオンの姿を視認した。
隙の無い構えと、警戒心の強い眼差し。
なかなか修羅場に慣れた者特有の空気を纏うシオンを見て、あれもきっと悪人だろう、とアーサーはそう結論付けた。
アーサーが思考に費やした時間はごく僅か。
「ほう? 貴方も飛ぶ英雄……ですかー」
背後から聞こえた囁くように微かな声に、アーサーは頬を引き攣らせた。
ゆらり、と。
屋根の上に這いつくばるような姿勢から、立ち上がった女。針金のように細く、そして背が高い。
「彼もかつてはそうでした。ですが今は私の力となってくれていますー」
貴方も私のモノになりませんかー?
抜き身の刀を片手に告げた女の手には、男性のものであろう脚が掴まれている。
●英雄の誓い
通りを駆けるグドルフの前に、2人の男が立ちはだかった。手には牛刀、身なりは粗末なその者たちは強盗だろうか。
彼らが何かを口にするよりも早く、グドルフは斧を大上段に振り上げる。アーサーが出現した今、無関係のならず者を相手に使う時間の余裕などないのだ。
「おれさまの邪魔ァするんじゃねえよ、チンケなカスども!」
だが、グドルフが斧を振り下ろすよりも早く、男2人は脚を抑えて通りに倒れた。
遅れて、2度の銃声が鳴り響く。
飛呂の援護射撃によって開かれた道を、グドルフは悠々と駆け抜ける。
腹をシオンのナイフに裂かれ、背をピリムの刀で深く抉られた。
翼を打つ度、激痛が走る。
しかし、それが一体どうしたというのか。痛みに挫けるような様では、英雄になどなれはしない。
だから、跳んだ。
飛んだ。
剣を手に、流星のように、まっすぐ疾く。
まずは1人。シューヴェルトの構えた刀を剣で弾くと、その腹へ向け蹴りを叩き込む。姿勢を崩したシューヴェルトの首を狙って刺突を放つが、寸でで避けられ肩を貫くにとどまった。
それでいい。
一応の目的は果たした。
「ふむ。……このような路線でよかったようだね」
ゆるく開いた指先に、気の糸が漂っている。
くぐもった声で何事かを呟くルブラットを牽制しながら、アーサーは背後に庇う女へと声をかけた。
「もう平気だ。君は無事、家に帰れる」
血に濡れてなお、広く頼れる大きな背中だ。
彼に助けられた者たちは皆、その背に救いを見たのだろう。
けれど、しかし……。
空気の弾ける音がして、アーサーの脇腹が抉られた。
背後より放たれた魔弾によるものだ。
それを成したライはというと、怯えた女の顔付きから一変、ひどく酷薄な笑みを浮かべて血を吐きよろけるアーサーをじぃと見下ろしている。
「正義だなんてものを大っぴらに振りかざすからこうなるんですよ。あなたを殺せば報酬が出る、報酬が出れば美味しい酒が飲める。それだけです、ただそれだけの事」
そんな彼女の声が耳朶を震わせて。
それと同時に、アーサーの脳裏に『助けて』という誰かの悲鳴が木霊した。
男も女も、若者も子供も関係ない。
否、もはや人の微細な区別などつかない。
ライの膝を蹴飛ばし倒すと、その反動で低空を跳ぶ。一気にルブラットとの距離を詰めると、刺突で腹に穴を空けた。
白い衣が血に濡れる。
ペストマスクを被った顔に爪先を打ち込み転倒させると、起き上がったばかりのシューヴェルトへ横薙ぎを食らわせた。
肩から胸にかけてを裂かれたシューヴェルトが踏鞴を踏んで後ろに下がる。それを追って1歩前へ。
直後、左右から迫る殺気に気づいたアーサーは、素早くその場で身を伏せた。
急な動きに背や腹に受けた傷が痛む。
けれど、命を失うよりははるかにマシだ。
頭上で交差する斬撃は2つ。
低い位置から放たれたピリムの斬撃。
屋根から跳んだ勢いを乗せたシオンの一撃。
どちらもまともに受けては大きな傷を負うことは間違いなかった。
地面に手をつき、倒立の要領で2人の顎を蹴り上げる。衝撃が、ピリムとシオンの脳を揺らした。
長剣という得物の性質上、至近距離での戦闘は不利だ。そう判断し、アーサーは翼を広げて空へと飛んだ。
「悪いな、君にはここで倒れてもらう……届け!」
「……何っ!?」
シューヴェルトの放つ飛ぶ斬撃が、空中に逃れたアーサーの脚を斬り付けた。追撃とばかりに、ルブラットとピリムが追いすがる。
「フフフっ……愉しいですねー飛行というのは。何より脚が良く見える」
「ついて来るんじゃない!」
空を舞う2人を牽制しながら、アーサーはじぐざぐな軌道を描いて宙を舞っていた。シューヴァルトの斬撃を回避しながら、少しずつ高く……自身の技を最も発揮できる距離へと移動していく。
「うまく他の連中を抑えてくれれば、報酬も、出す。良い酒も奢ろう」
エクスマリアの指示に従い、ならず者の一団が数人ずつの組を作って通りの各所へ散っていった。
「何やってんだ?」
「邪魔が入らないように、な」
「ふぅん? まぁ、いいさ。行こうぜ」
斧を肩に担ぎ上げ、エクスマリアとグドルフは肩を並べて現場へ向かう。
仲間たちは既にアーサーと交戦を開始したようだ。
夜空に舞う影は3つ。
魔弾の煌めき、破砕の音が暗い通りに響いていた。
「さあ、正義の味方。幕を下ろす、ぞ」
エクスマリアがそう呟いた、その直後。
空気の弾ける銃声が響く。
弾丸は、夜闇を切り裂きまっすぐにアーサーの肩を撃ち抜いた。
「飛んで逃げられるのは厄介だな」
廃墟の窓枠に腰かけて、飛呂は小さく言葉を零す。
それから彼は、肩に銃のストックを当て、浅くゆっくり数度呼吸を繰り返す。
ぴたり、と口を閉じ息を止めた。
狙いはまっすぐ、縦横無尽に空を舞うアーサーへと向けられている。
(……でも俺の銃なら届く)
ゆっくりと、トリガーに指をかけ。
カチリ、と僅かな力をかければ連動してハンマーが振り下ろされた。弾丸の底をハンマーが叩き、火薬が炸裂。
衝撃。
ついで、火花が散った。
魔力を秘めた弾丸は、まっすぐに宙を疾駆してアーサーの腹部を撃ち抜いた。
●英雄らしく
墜落した先には廃墟。
屋根を破って、床を砕いて、建物の2階へ落ちたアーサーを追いかけたのはシューヴァルトとシオンの2人であった。
先行して部屋へ跳び込むシューヴェルトは、しかし待ち構えていたアーサーの体当たり染みた刺突を受けて廊下に転がる。
「う……ぐぅ!?」
血を吐き、意識を失うシューヴェルト。
しかし同時に、アーサーも吐血し、床に膝を突いたのだ。シューヴェルトが倒れる前に付与した【致死毒】が効果を発揮し始めたらしい。
「正義の味方なんてあたしは大ッ嫌いだ」
膝を突くアーサーの前に歩み寄ったシオンは、その胸倉をつかんで無理矢理に立ち上がらせる。
【パンドラ】を消費し、起き上がったシューヴェルトは黙って2人のやり取りを見つめていた。
「そんなものはいねえ。いてもただの自己満足のクソ野郎だ。だがな、名乗ったんなら意地は通せよ!できねえなら死にな!」
シオンのナイフが、アーサーの胸に突き刺さる。
血を吐き、傷ついてなお離さなかった長剣を、アーサーは無理矢理振り上げた。
老朽化した壁を砕いて、シオンとアーサーは縺れるように通りへ落ちた。
落下するアーサーの元へ、ライの魔弾が撃ち込まれた。
アーサーはシオンの身体を足場にすると、翼を広げ頭上へ跳んだ。進路を阻むルブラットとピリムへ牽制を仕掛け、再び高度を上げていく。
しかし、その足首にルブラットの気糸が巻き付き、動きを止めた。
「では頂きますねー貴方の脚」
迫るピリムの斬撃が、アーサーの右膝へと命中。
切断された脚が地上へ落ちていく。
滂沱と血を零しながら、アーサーはルブラットの腹部へ長剣を突き刺し、斬り払う。
血飛沫の舞う中、身を捩らせて気糸から逃れた。
逃げるその背へ、夜闇を切り裂き飛来する無数の魔弾が降り注ぐ。
「背中を見せて逃げるのも容易くはない、ぞ」
地上より、金色の輝きを纏いそう告げた幼き声。
エクスマリアの放つ魔弾のラッシュを受けたアーサーの身体が、まるでボールみたいに宙を舞った。
目を覆うゴーグルは砕けた。
鳥を模したマスクはひしゃげ、翼には大きな穴が空く。
けれど、剣を手放すことはしなかった。
その瞳には、もはや何も映っていない。
「待っていろ」
そう呟いて、アーサーは強引に姿勢を変えるとエクスマリアへ向けて飛ぶ。
肉を切り裂く鈍い音。
アーサーの斬撃は、エクスマリアの隣に立ったグドルフの腕を斬り裂いた。
肩から手首までを裂かれたグドルフの左腕は真っ赤に染まっている。だらんと力なく垂らされた腕をそのままに、グドルフは斧を高く頭上へ振りかぶる。
倒れ込むように着地したアーサーは、片足だけで立ち上がる。
満身創痍。
身体中が血と埃に塗れた、まさに死に体といった有様。
虚ろな瞳に、荒い呼吸。
翼を数度羽ばたかせ、けれどもはや飛ぶ体力も残ってはいない。
「すぐに、助けて……やるからな」
その言葉は、誰に向けてのものだっただろう。
掲げた剣が、グドルフの喉へと迫る。
震える剣先に、力なんて籠っていない。
皮膚を一枚、裂くにとどまるか弱い一撃。
「そうかい。お勤めご苦労さん……あばよ」
静かに。
努めて、低く別れの言葉を口にして、振り下ろされたグドルフの斧がアーサーの肩から胸にかけてを断ち割った。
銃口を下げ、飛呂は止めていた呼吸を再開させた。
その額に滲んだ汗を拭うと、重たいため息をひとつ。
「終わり、かな」
なんて。
暗い部屋で零した声は、夜闇に溶けて消えていく。
「正義の味方を名乗る敵か……」
彼は道を誤った。
けれど、最後の瞬間まで彼は“誰か”を救おうとしていたことは間違いない。
もしも、彼が道を違えることがなければ、友となり得ただろうか。
けれど、それは“あり得なかった”過去”の話だ。
アーサーの遺体は、グドルフが水路へ投げ込んだ。
赤く染まる水と、浮いた遺体へライは静かに言葉を投げる。
「来世では、もっと遠慮してやることですね」
「さようなら。きっと、貴方を愛していた者達が、貴方の為に祈ってくれることだろう」
自分には、祈りを捧げる資格はないと。
そんな意思を込めた言葉をルブラットは短く吐いて、その場を立ち去っていく。
こうして“正義の通り魔”事件は人知れず幕を下ろした。
アーサーの死を喜ぶ者も、アーサーの死を嘆く者も、どこにもいない。
彼は人知れず狂い、そして命を落とした。
「最近、鳥のお兄ちゃんを見かけないね。お礼を言いたかったのに」
帰路の途中、雑踏の中で拾った幼い少女の声にエクスマリアは立ち止まる。
ほんの数秒。
少女の姿を探したけれど、結局すぐにエクスマリアはその場を立ち去っていった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
正気を損ねた正義の味方は、こうしてこの世を去りました。
ヒーローの正体は、秘匿されているものです。
よって、彼の本当の名を知る者はなく、彼の正体も不明なまま、ただどこかで誰かが1人、行方不明になりました。
よくある話です。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
“正義の味方”アーサーの討伐
●ターゲット
・アーサー
目と鼻を覆うゴーグルを顔に装着した男性。
背中には暗褐色の翼を持ち、手には長い剣を持つ。
梟の翼種。
夜目が利き、音もなく空を舞う。
墜ちた“正義の味方”とでも言うべき存在であり、絶えず幻覚や幻聴に悩まされている。
助けを求める誰かの声に誘われ、悪人、一般人の区別なく人を殺める存在へと成り果てた。
正義執行:物中単に大ダメージ、致命、崩落
急降下の加速を乗せた斬撃。“正義の味方”となるにあたってアーサーの考案した必殺技。
悪斬:物近範に中ダメージ、重圧
鍛えた長剣戦闘術。取り回しにくい長剣を、アーサーは巧みに操り戦う。
・“悪党通り”のならず者達
貧者から冨を持つ者まで多数。
悪党通りには多くの悪人たちが暮らしている。
中には、イレギュラーズに絡んで来る者もいるかもしれない。
もっとも、ならず者たちの多くはアーサーを警戒し、ここしばらくは活動を縮小しているようだが。
※ならず者に絡まれることで、移動や索敵といった行動が阻害される場合があります。
●フィールド
幻想。
とある辺境の街。
街の一角にある“悪人通り”と呼ばれる区画が戦場となる。
悪人通りの入り口と出口には、それぞれ水路が設置されている。
街の人間は、水路を越えて悪人通りへ踏み込むことを避けることで、トラブルを回避しているようだ。
粗末な家屋が乱雑に建ち並んでおり、視界は悪く、道幅は狭い。
また、夜が訪れた後も、悪人通りに明かりが灯ることは無い。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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