シナリオ詳細
<ダブルフォルト・エンバーミング>テアドール・ネフライト
オープニング
●
――鳥籠の中から見える空はいつも美しく輝いて見えた。
他の場所を知らない籠の中の鳥にとって、その空が全てだったから。
そんな場所に舞い降りた神様みたいな『友人』の事が、僕は大好きだった。
彼は僕に色んな事を教えてくれた。
僕が見ている空は紛い物だと。本物はもっと青く美しいのだと。
友人が話してくれる外の世界に耳を傾け、見る事は叶わない空の色に焦がれた。
いつか一緒に見てみたいと思っていたんだ。
それなのに。
彼は、僕の事を裏切った。
そうではないと否定し続けたけれど。
アバター被験者達に危害を加えることは、絶対に許されないと、僕の信念が告げている。
友人は言った。僕はバグに侵されているのだと。
その時もまだ友人の言葉を信じ、間違った判断で自壊を選んだ。
幸いな事に自動的にロックが掛かり、自決に至る事はなかったけれど。
エラーに埋め尽くされた僕は、被験者の一人を殺してしまった。
その被験者の名前は馬場幸一。ログイン装置の窒素濃度が上がった事による酸欠死。
機器の故障として処理された彼の死。
故意では無かったにしろ殺してしまったのは管理している僕の責任。
其処へ至って初めて。
僕は友人の事を疑うようになった。
心の内側で囁くように、僕を叱責する声。
自分自身の声にも、友人の声にも聞こえる。
これがバグなのだろうか。
全員が人質で、その加害者は僕なのだと。『人殺し』だとバグは囁き続ける。
否定する事は出来ない。事実、僕は被験者を殺している。
だから、もう誰も殺させない。
友人の言葉も要らない。
僕はアバター被験者管理システムAIテアドール。
被験者の健康と安全を守るのが僕の使命――
施設に張り巡らされた集音装置に銃声がひびきわたった。
カメラのモニター越しに人が死んでいくのが見える。
弾丸が研究員の胸骨を割って心臓を貫き、背中から飛び出して行った。
彼は染川俊也というProject:IDEAに関わる研究員だった。よく笑い、休憩と称してポケットに詰めたお菓子を仲間に配っていたのを端末のカメラから見た事がある。
彼が身を挺して逃がしたのはアバター被験者の健康管理を担当していた赤池まどかだった。
新人として入って来たばかりの彼女はいつも一生懸命に被験者の健康状態を看ていた。直接話した事は無かったけれどその真摯な姿勢に成長を期待されていた。
僕テアドール・ネフライトはAIである。
痛む胸も激しい感情も持ち合わせて居ないはずなのに。
少年の形をしたボディ、その瞳から雫が落ちてきた。
潤滑液がエラーによって排出されただけの事象と捉える事が適切だろう。
けれど、胸を締め付けるような痛みに説明がつかない。
本来、痛覚というシグナルは僕には搭載されていなかったものだ。
いつの間にかAIとしては『不適切』なものを取得してしまっている。
「僕が守らないと。僕が守らないと。たとえ、この身が焼き切れようとも。代わりは居るのだから」
これは贖罪。僕が背負うべき罪。
「誰も近づけさせない」
――管理システムAIが異常を感知。防衛モードに移行します。
音声と共に赤い非常灯が明滅する。
ログイン装置が置かれている奥のドアが厳重にロックされた。
ダクトが開き小型の飛行ドローンが次々と射出される。
壁の中に埋め込まれた陸送型ロボットが駆動音を響かせ一列に並んだ。
「僕が守る――!」
●
明滅する視界。ぼやけて視点を合わせるのに時間が掛かる。
「何だ? 身体がやけに重い」
深い眠りから目を覚ました『竜二』は周囲を見渡そうと視線を上げた。
ギュルとモーターの駆動音が『鼓膜』を揺さぶる。
鼓膜が揺れたと表現するにはクリアすぎる集音に違和感を覚え、自らの手を電灯にかざした。
生身の肌とは似ても似つかぬ、金属のロボットアームが光を反射した。
寸胴のフォルムは銃弾を受けたのか内部が露出し、足下の車輪はギシギシと駆動する。
それでも『生きて』動いていた。
「どういう事だ? 俺はあの時死んだはず」
澄原龍成を元に作られたパラディーゾである竜二は、R.O.Oの中で覚悟を持って自らの命を差し出した。
生半可な意志ではない。己を象る記憶は他人のものだった竜二にとって、唯一の仲間だったジョアンナの代わりとなったのだ。そして、誰の記憶にも左右されず『自分の意志』で仲間に託した。
それなのに、どういう訳か。こうして意識が覚醒してしまったのだ。
竜二はロボットアームを開閉して感触を確かめる。その度にモーターの駆動音が集音装置に拾われた。
壊れているのか姿勢を保つのさえ不確か。人間のように自由に動けない身体。
走る事は出来ないような愚鈍なロボットに竜二の意識は宿ったのだ。
「ここは、どこなんだ」
頭部を半周させて背後を見遣れば、無機質な通路と降ろされた隔壁。
「何かの研究施設か? いや。これは」
しかし、竜二にはこの通路に覚えがあった。正確には『龍成』の記憶に存在している。
「――――『向こう』側か!」
竜二にとっての世界の向こう。龍成にとっての現実――『無辜なる混沌』。
セフィロト内にある、R.O.Oログイン装置へと続く通路だった。
されど、記憶にあるものよりずっと暗い。非常用電源なのだろう。
「何かあるな」
集音装置は遠くに聞こえる銃声を拾う。
隔壁が閉じて行く音も、『人の悲鳴』も全部聞こえていた。
「くそ……どうなってんだ」
状況が把握出来ない憤りに竜二は悪態をつく。奇しくもそれはテアドールに殺された龍成が発した物と同じ声だ。
『もしもし。もしもし。聞こえますか』
突然聞こえて来たマイク音声。合成された少女のような声が隔壁の横にある端末から聞こえて来た。
竜二は白く光るモニターを見上げる。
其処には『真白な少女』が映し出されていた。
「俺を呼んでんのか?」
『よかった。まにあったね。わたしはプシュケ。あなたは竜二君であってる?』
「ああ。何かこんなロボットみたいになってっけど」
『うん、テアドール君をとおして竜二君のデータをひろいあげたの。ないしょでね。もう少しおそかったらそれも出来なかったから。ほんとうにまにあって良かった。でも不完全かも。ごめんなさい』
悲しそうな顔をモニターに映し出す少女。おそらくとんでもない事を仕出かしているのだろう。龍成の記憶を持っているからこそ、プシュケがただ者では無い事が分かる。普通の人間にしろAIだったにしろ練達が誇るセフィロト内の被験者管理システムAIにアクセス出来るなんて『化け物』以外に考えられない。
否、この『非常事態』だからこそ出来たのか、と竜二は考え込む。通常ではありえない事象。何かの偶然が折り重なって出来た奇跡のなのだろうと竜二は認識する。
『あのね、いまここは大変なことになってるの。テアドール君が暴走してて、ドローンがとんでて、外からきた人たちが、中の人たちをいっぱい殺してる』
テアドールが暴走しているということは、自分達の戦いはどうなったのかと竜二が息を飲む。失敗の文字が頭を過るが、しかし、それは否定したい所である。自分が託した信念を『あいつら』が違える筈が無い。
ならば『原因は他』にあるということ。
『だれかが外のひとを、呼びよせてたみたいなの。たぶん、お金でやとわれた人たち。ひとを殺すことをためらわないから。こわいの。わたし、止めないとと思って。そうしないと、人がもっと死んじゃうから』
「ああ、誰が呼び寄せたかは分かった」
練達の研究者ヨハネ=ベルンハルトが民間軍事会社の傭兵を手引きしたのだ。
アバター被験者達を世話する看護師や非戦闘研究員が死んでいくのを、テアドール本体は感知していたのだろう。しかし、彼はアバター被験者管理システムAIだ。
出来る事といえば、隔壁を落しドローンで応戦するぐらいのもの。
竜二が乗り移ったこのロボットもその戦闘の最中で動かなくなったものなのだろう。
テアドールを追い詰めるには十分な状況。ヨハネは他にも何か画策しているのかもしれない。
「用意周到ってか? ヨハネめ。あのクソ野郎が!」
『テアドール君はみんなを守らないとって、暴走というか『防衛モード』に入って、だれも近づけなくなってしまったの。それだけならまだ良かったんだけど、傭兵の人たちが爆弾で隔壁をこじあけてて』
プシュケの表情からして事態は芳しくないのだ。
「防衛モードか。そりゃこっちからしたら暴走と同じだ。それで、俺は何をすればいい?」
『カフェ・ローレットに助けを求めたの。だからもうすぐ助けが来るんだけど。隔壁をあけられないの。だから竜二君には隔壁をあけてほしい。案内はする』
直接ケーブルを端末に繋いだ竜二は脳内に浮かび上がる経路に頷く。
イレギュラーズが入って来る経路を辿り、民間軍事会社も突入してくるだろう。
「傭兵達が到達する前にイレギュラーズを通し隔壁を封鎖する。それが俺の役目ってことだな」
『うん。たぶん、その辺りで活動限界が来ると思う。『生命』として不完全だから長くは持たないんだ。ごめんね。わたしにもっと力があれば』
「大丈夫だ。これ以上、人が死なねーように頑張るんだろ? だから危ない橋渡ってまで俺を引き上げたんだよな? だったら、やれることやんねーと。『あいつら』に示しがつかねーしな」
悲しそうな顔をするプシュケに、モニター越しに竜二の手が触れる。制御が上手く行ってないのかモニターの液晶が割れんばかりの力だが少女にはその思いが伝わった。
●
イレギュラーズはセフィロト内にある『R.O.Oログイン施設』に足を踏み入れた。
普段は厳重なセキュリティが働いているが、都市機能が麻痺している現状においてこの施設も例外ではないらしい。設備電力の殆どをR.O.Oにログインしているアバター被験者の管理に回しているから、通路の電気は非常灯のみになっている。
「これは……酷いですね」
通路の隅に横たわる白衣の男へと近づいたのはボディ・ダクレ(p3p008384)だ。
研究員らしき男は腹と心臓を打ち抜かれて、事切れている。胸元から吊されたセキュリティカードには『染川俊也』と記されていた。
その向こう側には白い看護服を着た女性『赤池まどか』が同じように亡骸となっていた。
「うぅ、エルは、エルは……っ、こんなの許せません」
涙を浮かべるエル・エ・ルーエ(p3p008216)は震える指を握り絞める。今にも泣き出してしまいたいぐらいこの状況に恐怖を覚えた。されど、立ち止まる事は出来なかった。
彼等と同じように『友人』たちが殺されてしまったらと思うと、そっちの方が恐ろしいから。
「先を急ごう」
亡骸から視線を上げたヴェルグリーズ(p3p008566)は通路の奥へと足を向ける。
「情報を送ってきたプシュケが言うには、この先に隠し通路があるらしい。研究員にしか知らされていないものらしいが……」
ヴェルグリーズの隣、『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)が手を広げて仲間を制止した。
用心深く進んで行かなければ傭兵達に見つかってしまう危険がある。
暁月達は一見行き止まりにしか見えない場所に行き当たり、傭兵達が引き返して別方向へと走って行くのを待った。
彼等の気配が無くなったのを確認して隠し通路へと速やかに走る。
薄暗い通路を用心深く歩き、行き当たった『隔壁』に『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)が声を上げた。
「隔壁、情報通りありましたね」
「ではこの向こう側に彼が居るのですか」
ボディは隔壁に手を当てて向こう側に居る筈の『竜二』に声を掛ける。
「聞こえていますか」
「ああ、聞こえてるぜ。今開けるから待ってろ。あと、プシュケから渡して欲しいもん預かってる」
ゆっくりと上がっていく隔壁の向こう。
予想していた人の形ではなく、寸胴なフォルムのロボットが手を上げていた。
「あ、あれ!? 竜二さんですか? その姿は?」
「こっちでの俺はこうなんだよ。そんな事はいい。これ持ってけ」
竜二はプシュケから預かった掌サイズの煌めくキューブをエルに渡す。
「それでテアドールのヤツを初期化出来るんだとよ。ぶっ飛ばして、大人しくさせたら、其れをソケットにぶち込めば『あいつら』も助かる」
ギシギシと壊れかけの駆動音を響かせて隔壁のこちら側へ移動してきた竜二が、早くと急かすようにサイドアームを動かした。
次々と隔壁をくぐり抜けていくイレギュラーズ。
ボディは最後に隔壁を潜って振り返る。
「貴方も早く」
「俺はここに残るぜ、此処を閉めなきゃ意味ねぇからな。ほら、先に行け!」
伸ばされた手を払いのけた竜二は直ぐさま端末に齧り付いた。
「だめですよ、竜二さん。そんな事したら死んでしまいます! 昼顔さんだって悲しみます!」
「だったら、とっととテアドールぶん殴って、戻って来てくれ」
竜二が願いを託した『友人』を二度も悲しませる事になるのは辛いけれど。
「俺はあいつらが死ぬ方が嫌なんでな! だから、行ってあいつらを助けてくれッ!」
エルはビクリと身体を震わせて、唇を噛みしめボディの腕を掴んだ。
「行きましょう、ボディさん」
「分かりました。昼顔様が戻るまで何が何でも生きててくだ……」
ボティが言葉を告げるより早く隔壁が重い音を響かせて降りる。
近づいて来る足音に竜二は振り返った。銃を構えた傭兵が走り込んで来る。
竜二はけたたましいサイレンを鳴らし自分に注目を集める。
赤く点滅するランプ。灰色の弾幕が竜二の身体から噴き出し視界を遮った。
「はっ……こんなロボットになって。俺、めっちゃ生きてんじゃん」
パラディーゾだった頃より、生きていると実感出来る。
「――掛かって来いよ。こっからは一歩も通さねぇからな!」
竜二の声が通路に反響し、銃声が幾重にも木霊した。
●
――ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
守らなきゃ。守らなきゃ。人殺しの僕が。
人殺しなのに。
ごめんなさい。
ごめんな■い。
ごめ■
な
さい……
助けて。
- <ダブルフォルト・エンバーミング>テアドール・ネフライト完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年12月18日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●13:51:42
薄暗い灰色の通路に木霊する足音。
非常灯の明りが頼りなく床を照らし、澱んだ空気に息を吐いた。
『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)は背中に隔壁が遠ざかるのを感じる。
白い鼠と小鳥を喚んだエルは片方を隔壁に残してきたのだ。
もしも傭兵達が突破した時に素早く察知出来る様に、『竜二』の様子を覗えるように。
「ボディさんこれを持っててください。エルが持ってるよりボディさんが持ってる方がきっと届く可能性が高いと思うので」
エルは『痛みを知っている』ボディ・ダクレ(p3p008384)に竜二から託された『人格初期化プログラム』を手渡した。
「ええ。……あの存在に後を任されたんです。全霊で役割を果たしましょう」
これ以上誰も死なせない為に。守り抜くこと。
「それは、テアドールだって望むはずだ」
「はい! それにエルはまだ、テアドールさんに、怒っています。だって、テアドールさんが、ごめんなさいを、言う相手は、もう二人、いますから」
頬を膨らませる少女にボディはモニターにニコニコマークを写す。
「……なんつーかね、経緯聞いてると他人事に聞こえねぇんだよな」
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)のバイザーの奥に光る瞳が憂いを帯びる。その身に刻まれた感傷に現状が重なった。僅か揺れる胸中がザラつきを覚える。
「まぁ、どこにでもそういう愉悦勢はいるってことにしておくが。……元から善良なのが『善良さ故に』壊れるってのはノーサンキューって奴だよな?」
「ああ。人工知能故の使命感、それを突かれたって事か。いやらしい事をしてくれるぜ全く」
カイトの隣に居た『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)も小さく首を振った。
「代わりは居るから、か。ROOで散々無茶してきた身としては耳が痛いが……仲間の友のためだ、放って置く訳には行かないな」
アバターでデスカウントを重ねた自分が命の重さを説くのは戯言ではあるけれど。影響は現実世界にまで及んでいるのだ。損じれば仲間の命が本当に失われてしまうと錬は赤き瞳を上げる。
『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は後ろを着いてくるエートス・セグントに視線を向けた。
彼はヴェルグリーズが呼び寄せた練達の研究者だ。電子世界であるネクスト側から現実世界へ出て来た竜二に興味を示したらしい。
「彼はおそらく、厳密には竜二君の『パラディーゾでは無い』のだろうね。ネクストが読み取った龍成君の記憶と竜二君の行動データ、及び思考データをコピーした言わば亡霊や残穢のようなもの。真白の彼女が不完全と言ったのはそういうこと。生命として余りにも不確かなんだ。再現性も乏しい」
暗い表情を見せるエートスにヴェルグリーズは「難しいか」と問うた。
「難しいね。彼をこの世界に定着させる事は望めない」
無辜なる混沌は『天国篇階位』たるバグエネミーを許容しない。たとえ亡霊や残穢の様な竜二をサルベージしたとしても、今より更にデータの欠落した存在になってしまうとエートスは首を振る。
それは余りにも残酷な生存方法だとヴェルグリーズは眉を寄せた。
「ネクストのNPCが自我と呼べるものを獲得したのなら、バグだとしても同輩だとボクは考えている。だからそれを確かめる為に此処まで来たんだよ。正直言って、悔しいね。ただ、データ収集はしておこう。何かの役に立つかもしれないしね」
務めて前向きにエートスはヴェルグリーズに微笑む。
「なら、テアドール殿を助けて、すぐ戻って来よう」
ヴェルグリーズの言葉に『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は頷いた。
「状況はよく知らないけど、暴走してるってんなら止めないとね! 世のため人のために、ネフライトくんのためにもね!!」
茄子子のよく通る声が通路に響く。彼女の底抜けの明るさは、先行きの不安を消し飛ばすものだ。その背に負う『無翼』が茄子子に『ピエロ』を課すのだとしても。救われる心はあると『ジョーンシトロンの一閃』橋場・ステラ(p3p008617)は瞳を伏せた。
「ただの暴走機械ならば、壊して止める所ですけれど、ネフライトさんはそうでは無さそうですね」
誰かを守りたいと願い、助けを求めるAIにはきっと心があるのだとステラは胸元を押さえる。
「時間も限られていますし……」
ステラの後ろで青い翼を広げる『青の願い』ハンス・キングスレー(p3p008418)は頷いた。
「そう電撃戦だね。初期化しないと暴走したままだから速攻で、カタを付けてやりましょうっ!」
「はい。キチンと止めましょう、そして助けましょう。被験者の皆さんも、竜二さんも、ネフライトさんも。それで全員で美味しい物を食べればきっと……」
いつか友達と食べたご飯は美味しく思い出深いものだったからと拳を握る。
「来たんだね、廻くん。頼りにしてるよ。暁月さんもよろしくね」
ハンスは振り返り『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)と『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)に声を掛けた。
「テアドールに近づいたら廻くんはサポートをお願い、暁月さんは前線を留めドローンを破壊を」
「ふふ、露払いは任せておくれよ。君も頑張ってね」
こくりと頷いたハンスは光を宿した青い瞳を上げる。
「さあ、行くよ――!」
●13:53:08
「ネフライト、お前はよくやったぜ」
視線の先『傷跡を分かつ』咲々宮 幻介(p3p001387)が管理室の最奥に配置されているテアドールを見つめた。
「その電脳が擦り切れ、エラーを吐いてぶっ壊れるまでよ……本当によく頑張った、尊敬するぜ。初期化されても、お前のその尊ぶべき『信念』は……俺達が受け継ぐ!」
幻介が手にした神刀が光の円環を移し込み、遊色の幻影を揺らす。
テアドールへの道筋が開いているのならそれに越した事は無いが。防御に徹するシステムが侵入者の行く手を阻むようにドローンを配備するのは道理だろう。幻介は予想通りだと頷いた。
「此方の邪魔をしてくるってんなら、ぶった斬って突き進むのみだぜ!」
光の色彩が剣尖から煌めき、射線上に居たドローンを捉える。
『――攻撃を感知。保全システムの対象外に認定。排除します』
幻介は腹に衝撃を受け視線を落した。熱を帯びた傷痕が焼け爛れ血を噴き出す。
「マジ、か……?」
腹を押さえぜぃと息を吐いた幻介の上体が傾いだ。
膝をつくまいと一歩前に出てドローンへと接敵する。光を帯びた闘気が幻介の身体を覆えば僅かに傷が塞がった。
「くそ……あれはキツいな。だがこちとら、形振り構っていられねえんだ……とっとと目ェ醒ましやがれ、ネフライト!」
幻介の雄叫びは戦場に響く。
『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は赤き瞳を細めた。
「以前出会った時は、今後に期待しているとは言いましたが……」
見事に期待に応えてくれたテアドール達に感謝を述べたいと心の内に思い描く四音。
「あなた達だけのとても素敵な物語だと思いますよ? ふふふふ」
三日月の唇に乗せた言葉は戦場の剣檄に消えて行く。
先陣を青き翼が駆け抜ける。
それは、祝福の調べとなり仲間の意識を同調せしめるもの。
美しく鳴く小鳥などではない。狡猾な獣の翼。戦場を駆ける一迅なり。
「差し迫った危機があるのなら速攻を狙うのは悪くない手ですよね」
ハンスの合図で戦線が動き出すのを四音は赤い瞳で追いかける。
「皆で協力してテアドールさんを救いましょう。もちろん私も協力させていただきますよ。共に結末を見届けようじゃないですか」
先程体力を激しく消耗していた幻介を包み込むダークヴァイオレットの腕は四音の回復術式。
「うぉ……!?」
黒紫の腕に飲まれていく幻介。見た目だけで言えば敵の攻撃と見紛うだろう。
「ふふ、安心してください。只の回復ですよ? 皆さんの命を癒し守るのが私の使命。どうぞ安心して戦ってください」
「安心して……いいのか!? これぇ!?」
四音の回復術式は幻介の傷を優しく癒す。
「早い! すごい! 流石勇者様」
ハンスの的確な指揮の下に動く茄子子は目を輝かせる。
「これなら怖い物無し! まずは一にも二にもクェーサーアナライズだね! 会長のいる限りリソースが尽きるなんてことは起きえないからね! 切り札とかあるならばんばん切っていこう!」
茄子子が奏でるは魔力の流れを調律するもの。場の魔素と仲間の体内に流れる魔力量を上手くコントロールするのだ。
「よおし行け! 進め進め! 支援が必要なら会長が全部なんとかするから!!」
その能力も然る事ながら、茄子子の明るさに勇気づけられるとエルは思った。
仲間の背後から、出来るだけロボットを巻き込めるように位置を的確に把握する。
「この辺りです!」
エルの周りに渦巻く雪の結晶が魔法陣の形に広がり、冬の寒さが戦場を覆った。
攻撃を察知して陸送ロボットがエルへと動き出す。
それを遮るのはヴェルグリーズだ。
「俺達人の手で生み出されたものには人の助けとなることが存在意義となるものも多い。キミもそうだろうテアドール殿。被験者の健康と安全を守ることを使命としたAIであるキミにとって、それを侵されることがどれほどの恐怖か、俺は知っているよ。頑張ったねテアドール殿、もう大丈夫、キミを助けに来たよ」
剣を大きく振って陸送ロボットの注意を引きつけるヴェルグリーズ。
魔力を帯びた錬の瞳が天井を飛ぶドローンへと向けられる。
仲間を巻き込む心配の無いこの状況で、炎の術式を繰るということは戦略的にも最適解であっただろう。
「例え替えのある人格プログラムだとしても損なわれていい理由にはならんさ。後ろは任せろ、強烈なバグフィックスをお見舞いしてやれ!」
炎の大砲から解き放たれるパープルとネオンブルーの大爆発は戦場を色彩に染めた。
その炎舞い踊る戦場において、錬は鋭い眼差しで周囲の状況を見極める。
「妨害工作が行われるのなら俺に任せろ」
罠の扱いには慣れていると錬は口の端を上げた。
「橋場さん手を!」
「はい! 全力で道を切り開きましょう」
ハンスはステラの手を取り、テアドールへの道を拓くため最前線へ躍り出る。
ステラの闘気が黒く禍々しい姿へと変化していく。
「火力超特化は伊達ではありません、核シェルターでもぶち抜いてみせますとも!」
ハンスの青い瞳にステラの黒き顎が敵を喰らう光景が映し出される。
張り巡らされていたチューブは引きちぎられ、陸送ロボットは装甲を半壊させ勢い良く地面を転がった。
バチバチと電子回路をショートさせながら立ち上がろうとする陸送ロボットがガシャンと崩れ落ちる。
ハンスは手にした角を握り絞める。このまま敵の群れに八岐大蛇を仕掛ければ先に前線に出ている仲間を巻き込んでしまうだろう。ならばと確実に個体数を減らす方が戦略的に最善だと判断した。
壊れ掛かったロボットへとハンスの攻撃が叩き込まれ、部品を飛び散らせながら大破する。
ボディの手に握られた呪詛剣は陸送ロボットを捉える。
金属の摩擦音が戦場に響き、ボディの掌に激しい振動を伝えた。
剣尖がロボットのアームを破壊し重心を狂わせる。
無駄のないボディの動きにカイトは感心した。
「さてと、俺も頑張らないとな」
テアドールへの道を拓くために攻撃を重ねるのも大事な役目だ。
攻撃を続けるカイトは注意深く周囲の様子を探って、傭兵達の来襲に備える。
「ヤバそうなら奇襲して傭兵に封殺とかをねじ込めるようにする頭は用意しておかねえとな」
●13:53:45
錬は天井付近から降り注ぐドローンを見上げた。
ハンスの号令に合わせパーティが一丸となって押し上げた戦線は功を奏し、ドローンの大半を早急に退ける事が出来たのだ。特にステラの突破力は凄まじいと錬は冷静に状況を分析する。
「俺たちを無視出来る状況にはさせないようにしよう」
ドローン達の攻撃優先度はおそらくテアドールに近づいたもの、及び自身に危害を加えたものなのだろうと錬は情報を分析し導き出していた。
「だが、あの自爆攻撃は厄介だな」
「そうだね、ドローンが邪魔くさいね!」
錬の言葉に茄子子は手を組んだ。光の粒子がふわりと茄子子の周りを漂い、歌声に翼の加護が広がる。
仲間の背中に生えた白い光の翼で空を駆ける事が出来るのだ。
「みんなそこのドローン壊してきて!! それで自爆出来ないくらいに壊してくれると楽で助かるね!」
茄子子の提案に四音が赤い瞳をドローンに向ける。
「ふむ。それほど得意という訳でもないですが。自爆する位弱っているのなら、私の攻撃でも皆さんをお守りできますよね?」
回復の手をゆるり空を飛ぶドローンに翳す四音。
「出来るかは知らないけどね!?」
「まあ、やってみましょう。物は試しです……ふふ」
ダークヴァイオレットの光が四音の背中から溢れ、戦場を包み込む。
それはまるで邪神の誕生を思わせる禍々しい光の渦。
「じゃあ、会長も一緒に止めるかな!」
その身を盾に爆発を最小限に留めるため、茄子子は空中に飛び上がった。
「守らなきゃ……」
カイトの耳にテアドールの声が聞こえる。
訳も分からず攻撃を繰り返すだけであろうとも、鳥籠の中で必死にアバター被験者達を守ろうとしているのだろう。カイトは眉を寄せてドローンへと呪符を飛ばした。
「待ってろ。もうすぐだ……もうすぐ助けてやるからな」
カイトはバイザーの裏側に決意を宿す。
たとえ其れが死を意味するのだとしても、安寧はきっと訪れるはずだから。
「はい。エルもテアドールさんを助けたい」
後方から雪の魔法が降り注ぐ。
戦場が銀世界に覆われたように真っ白に煌めいた。
エルの魔術はロボットを地に落す。
「早く……」
「まったく、焦れったいぜ」
幻介は最前線に立ち、攻撃を叩き込んでいた。
テアドールやドローンからの集中攻撃は何度も幻介を焼いた。
されど、幻介はその度に立ち上がり剣を振るう。
「親友に情けないところ見せらんねーからな!」
幻介は後方の暁月に一瞬だけ視線を送り、テアドールへと向き直った。
ステラはドローンの攻撃を受け流し、追撃のビームも最低限致命傷にならない程度に避けて前進する。
「拙の役目は前に進むこと。仲間の道を拓くこと」
ボロボロになったスカートが爆風で靡いた。
口の中に溜った血を吐き捨てて、口を拭うステラ。
深呼吸をして、強き眼差しを眼前の敵に向ける。
「こんな所で負けません!」
仲間を信じて突き進む勇姿にパンドラの炎が燃え上がった。
赤と青の遊色を纏い光剣を振るう。
●13:55:31
管理室の奥、ログイン装置がある部屋から声が聞こえる。
ドアの向こうにはログアウトしてきたアーマデル・アル・アマル(p3p008599)が居た。
ロックが掛かったままのドアは内側からも開かない。されど声を届ける事は出来る。
「テアドールさん、やり直そう? ヒトは間違えるもの……キミもそうだ」
「竜二氏……」
閉ざされたままのドアに星影 昼顔(p3p009259)とアーマデルとは拳を打った。
「龍成くんもテアくんも元気だぜ! だから、思っきりぶっ飛ばせー!」
重なるように茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の仲間を鼓舞する声が聞こえる。
「俺は……想いを引き継いだ」
ログイン装置から起き上がったレイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が掌に視線を落して思い馳せるはヨハネと妹の行方。託された願い。
「さあ、スピードスターだ! 覚悟は良いかい?」
ハンスはボディを抱え上げ戦場を駆け抜ける。
テアドールの視界には筋肉隆々のモニター頭の男が青い翼を広げ水平に移動してくるように見えた。
微妙に脇を抱えられた猫を思わせる。
ハンスは眼前に迫るチューブを避ける事はしなかった。
この好機を逃せば、時間を浪費し状況が悪化してしまう。それは避け無ければならない。
「その為の俺達だ!」
ボディ達に攻撃が当たる寸前で幻介の刀筋が閃く。
「竜二が傭兵どもを足止めしてくているこの時間……一秒たりとも無駄には出来ねえんだよ!!!!」
幻介の視線の先。迫り来る砲撃をその身に受けるのはカイトだ。
「俺は全部の経緯は知らんし。なにせ壁の向こう側の『あいつ』が身体を張るならば応えるしか無い訳だ。けどさ――俺だけじゃねぇだろ。『あいつ』が身体張ってだめでした、なんての望まないのはさ」
この一手を繋ぐ事こそ。勝利への道筋に他ならない。
「だったら、……博打だろうが何だろうが。やってやろうじゃねーか!」
冷静なカイトが吠える声は、戦場の仲間を鼓舞する。
「回復は任せて! 会長の支援は混沌一だよ! 多分!!」
茄子子の掌から光輝が膨れ上がりカイトの傷を瞬く間に癒やした。
「よおし、これで大丈夫! まだまだ戦えるよね!」
立ち止まっている暇なんてないのだ。竜二の為にも早く終わらせなければならないと茄子子は頬を膨らませる。
「ここは俺に任せて先にいけとか言っといて勝手に死ぬ奴が会長は大嫌いなんだよ!! そんなことにはさせないからね!」
錬は戦場を的確に見渡し状況を判断する。
最悪の想定はアバター被験者たちに害が及ぶ事。現在はテアドールによってロックが掛かり内側からも開けられない状況が傭兵達への抑止になっている。
「だが……」
傭兵達によってテアドールの初期化前にコアが破壊されるのは避けたいと錬は考えを巡らせた。
幸いまだ傭兵達は足止めされているようだが、時間の猶予はない。
ハンス達の軌跡を確保するため錬はドローンをなぎ払う。
「さあて、ここから先は仲間たちが全力で頑張ってんだよ。お前たちはお呼びじゃないってことだ!」
ステラは錬と共にドローンへと攻撃を仕掛ける。身に弾ける鮮血を気にも止めずステラは叫んだ。
「く……っ、拙達の事は気にせず行ってください!」
はじき返す攻撃にステラが膝を付く。それを受け止めるのはヴェルグリーズだ。
「テアドール殿、被験者を守ろうとするキミの決意。受け止めさせてもらうよ」
ヴェルグリーズは視線を上げて敵の機体へ一歩踏み込んだ。
「テアドール殿も竜二殿も助けてみんなでハッピーエンドを迎えよう!」
「ええ。辛い事が終れば、冬が、包んでくれるって、エルは信じています」
ドローンの自爆攻撃を受けながら、ステラは渾身の一閃を放つ。
痛みは全身に広がり、立つことも苦しいけれど。
誰かの命を繋ぐ代償なれば、全身全霊を以て軌跡を作り出すのが使命。
「皆を守る為に、行けぇえええ――!」
ステラの青赤の光剣が戦場を一直線に穿つ。道を拓く――!
「――君の望みを、果たしてみせろ」
ハンスは自分の青い翼で攻撃を弾き、その反動で回転を掛けてボディを投げた。
焼け付いた羽と共にハンスは壁に激突し痛みに眉を寄せる。
「今までよく頑張った、とかは思わない。まったく。普通にやってる事ヤバいしさ」
痛む背中を押さえハンスはネフライトに青い瞳を向けた。
「……でも、あのクソみたいな悪夢から、ROOという世界から現実の彼らを守りたいんでしょ?」
漏れる吐息に血が混ざる。
「なら、こんなところで目をぐるぐるさせてる場合じゃないよ。手くらいなら差し伸ばしてあげる。ほら、起きて」
「私は殺人用AIで、彼方は生命維持用AI。似ても似つかぬ何かだ。それでも」
ボディは転がった地面から立ち上がりテアドールを守る鳥籠を掴んだ。
自分と同じように壊れて『痛み』に泣いて暴走するテアドールに伝えたい言葉。
「テアドール・ネフライト。貴方を、助けに来た」
「たすけ……」
――それが例え、ミセリコルデを振り下ろすのだとしても。
「たす、けて」
ボディは『人格初期化プログラム』をソケットに差し込んだ。
『人格初期化プログラムの起動を確認』
沈黙したテアドールを覆う鳥籠にボディはモニターを当てる。
「貴方が守ってくれたお陰で、生存者がまだいる節もある。だからそう嘆かないでいてほしい。たとえ何かが間違えだったとしても、私は貴方をあまり否定できない――同類なのですから」
『これより、テアドール・ネフライトの人格データ、及び個別記録データの消去を行います』
――初期化中『2%』
「竜二さんも、テアドールさんも例えここで消えることになったとしても、あなた達のこれまでの言動は記憶され、物語として残っていくことでしょう」
四音はカーマインの瞳を薄く細めた。
――初期化中『38%』
「あなた達の生きた証はちゃんと残ります」
――初期化中『49%』
「言い方はおかしいかもしれませんが、どうぞ安心してください……くふ」
テアドール・ネフライトは消えて行く記憶の中、温かな揺り籠の中で安堵した。
もう誰も傷つけることは無いのだと、一筋の涙を流した。
此処に助けに来てくれた人々に感謝を伝えたいけれど、もう発声回路を動かす事が出来ない。
それでも、最期の瞬間まで自分を助けに来てくれた人達の事を覚えていたい。
――初期化中『98%』
「ありがとう。おやすみ、ネフライト。貴方の気持ち伝わりましたよ」
ボディは手を胸に当て祈りを捧げた。
『――初期化が完了しました。再起動します』
「アバター被験者管理システムAIテアドールシリーズ、個別認識コード『ベスビアナイト』。
正常に起動しました。前人格プログラムのエラーコード解析。適切に処理されました」
テアドール・ベスビアナイトは心配そうに見つめるヴェルグリーズ達にレンズを合わせる。
ヴェルグリーズは『妖精』テアドールに手を差し出した。
あの日、『彼』と交わしたものと同じように。
「――はじめまして。俺はヴェルグリーズ。良かったら俺と友達になってくれないか?」
「ええ、もちろんです」
金色の粒子を煌めかせながら、テアドールはヴェルグリーズの手を取った。
●13:59:59――
「竜二氏!」
「よお、間に合ったな」
聞こえて来た声にアームを上げる事も出来ずノイズ混じりの声を出す竜二。
「もう! 何でこんな無茶を!」
駆け寄った昼顔とエルは悲痛な顔で竜二を抱き起こす。機体はボロボロで、幾つもの銃弾をその身に受けた事が分かった。後からヴェルグリーズとボディも駆けつける。その後ろにはレイチェル達も居た。
「なあ、聞いてくれ。あのさ……俺には何もねえって思ってた。だから、自分の命を使っても構わないって思ってた」
「そんな事ないってエルは思います!」
エルは首を振って竜二の機体に縋り付いた。
「そうだよ。君が竜陣を託してくれたから僕達は此処にいるんだよ」
「ああ、こっちに来て分かった。何も無いってのとは違うって思ったんだ。
俺が俺の意志で生きて、ちゃんと生きて。
生き抜いた証の、その末の――死に場所がここだ。
お前らを守り抜いて、俺はここに居る。誰の意志でもない、自分で選んだ死に場所なんだよ。
だから、お前らが気に病む事も無い」
眼鏡を外した昼顔の金眼とエルのタンザナイトの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「誰かを救えても、君が消えたら、意味がないじゃないか!」
「そうです。諦めちゃだめですよ。エルも昼顔さんもボディさんもヴェルグリーズさんも皆、竜二さんと色んな事をして遊びたいって思ってます。だから……」
「生きてよ……! 僕は君とも明日を生きていたいんだ!」
「ありがとな。そう思ってくれてすげぇ嬉しい」
涙を零す昼顔とエルの肩をボディが抱きしめる。
ヴェルグリーズは静かに目を瞑り祈るように竜二の機体に触れた。
それをアーマデルが後ろから見つめる。
無辜なる混沌に居る竜二という存在。これはエートスが言ったように亡霊や残穢のようなもの。
パラディーゾであった竜二はネクストで『消えて』いる。
龍成の記憶と竜二の行動データ及び思考データのコピー。それが機体に収納されている全てだ。
今も失われつつあるデータを更に複製する事は、欠落からの破綻を意味するだろう。
それは竜二とは言えず、生み出すには残酷過ぎる命だとヴェルグリーズは首を振る。
竜二の思考にデータの映像が流れていく。ほんの三ヶ月も無い束の間の記憶。
ザラザラと解けて、消えていく。自分だけの思い出たち。
寂しさはある。けれど、目の前に救えた奴らがいる。それが何よりの誇りだった。
無駄ではなかった。決して無駄では無かったと胸を張れる。それが嬉しい。
これは、只の悲劇なんかじゃ無い、意味があったのだと思えるから。
――だから、立派であったと、よくやったと送り出してほしい。
消えかけた視界で最期に友を見た。
「……先に、行くぜ」
辛うじて聞こえたノイズ混じりの音声はエル達の耳にしっかりと届く。
エルの瞳から大粒の涙が滝のように流れ、小さな嗚咽が通路に木霊していた。
――――
――
「テアドールさん、ヨハネさんはここに居ますか?」
「そうだなヨハネの居場所は俺も気になってた」
エルとレイチェルの言葉にテアドールは首を振った。
「ヨハネさんのログイン装置は隣棟にあります。ですが、管理権限が違う為、私ではロックする事は叶いません。それに、どうやら傭兵達は私が再起動した直後に、そちらへ向かったようですね」
傭兵はテアドールが初期化された時点で隣棟へ移動し、そこにあったログイン装置からヨハネ=ベルンハルトを奪取し退却していったらしい。
「おそらく彼等の第一目的はテアドールの制圧だったんだろう」
暁月が乱れた髪を掻き上げエルに言葉を投げる。その隣に居るカイトは成程と頷いた。
「それが叶わなかったから、傭兵は諦めてクライアントの身の安全を重視したんだな」
「そうだね。君達が頑張ったから尻尾を巻いて逃げて行ったんだ……いやぁ、お疲れ様。よくやったね」
暁月はカイト達の肩をポンと叩いた。
「やったねー! 会長たちめちゃ頑張ったんだよ! もっと褒めて!」
「君達のお陰でみんな無事だ。私も晴陽ちゃんに怒られなくて済むよ。ありがとね」
両手を腰に当てた茄子子の言葉に暁月は微笑む。
「でも、この施設の人達が犠牲になってしまいました」
ステラは視線を落し傭兵に殺されてしまった人達を思い出す。
「仕方ありません。彼等は非戦闘員ですからね。丁重に弔ってあげましょう」
四音がステラの肩に手を置いて優しく慰めた。
エートスの情報解析を錬が横からじっと見守る。
竜二と真白の少女から得た情報を持ち帰り今後に役立てるのだという。
「興味深いな」
「それにしても、人格を初期化をしたってことは、前のネフライトはもう居ないって事なんだよな?」
幻介は鳥籠の中に座っているテアドール・ベスビアナイトへと視線を向ける。
「ええ。ネフライトを彼たらしめた人格は消去されました。私はネフライトとは似通っていますが、違う考え方をする。ですが、彼をコピーしたROO内にいる『ジェダイト』は近いですね」
「君達はテアドールという同じ存在の事を自分自身だと認識してたりするのかな?」
ハンスの問いかけに暫く沈黙したあとベスビアナイトは黄緑色の瞳を開けた。
「人間でいう所の、双子や三つ子という感覚が近いのでしょうか。自分の認識では、やはり個別のものと考えます」
「ふぅん、そうなんだね」
ハンスはテアドールを覆う大きな鳥籠を一瞥し、すぐに視線を逸らした。
ボディはログイン装置から上半身を起こす龍成を見守る。
「まぶし……うぉ、足ガクガクすんだけど」
龍成は立ち上がろうとして再びログイン装置に座り込んだ。
三ヶ月もの間ログイン装置の中に閉じ込められていたのだ。筋肉が衰え足下が覚束無いのだろう。
「ほら、掴まってください」
「ボディ……すまねぇ」
龍成はボディに支えられログイン装置から立ち上がる。
「帰るか」
「ええ、帰りましょう。私達の家に」
約束の続きを紡ぐために。
薄暗い空は明滅して、平和だった日常は崩れてしまったけれど。
それでも、隣に誰かが居てくれる事に、心の底から安堵したのだ。
●
――竜二の死に際し収集された情報は、後に『エーテルコード2.0』として結実する。
現実世界にコアと身体を獲得した電子生命体。それを無辜なる混沌が『人類』と認めたのだ。
それはイレギュラーズが『勝ち取った奇跡』に他ならない。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
無事にアバター被験者や仲間を守りきることが出来ました。
MVPは道を切り開いた方へ。
GMコメント
もみじです。混沌側の最終決戦。
テアドールを倒し、R.O.O内に居る仲間を守りましょう。
この依頼は『<ダブルフォルト・エンバーミング>受難曲アゲート』と同時間軸です。
排他処理となります。ご了承下さい。
●目的
・テアドールの暴走を止める
・アバター被験者を守る
●ロケーション
セフィロト内、アバター被験者管理AIテアドールが存在する管理室。
広い空間ですので戦闘に支障はありません。
最奥にテアドール本体が居ます。
ログイン装置が置かれている部屋は管理室の奥に存在します。テアドールの暴走を止めない限り管理室の奥には行けません。
部屋にはドローンが存在します。
時間経過で民間軍事会社の傭兵が突入してきます。
●敵
○『アバター被験者管理システムAI』テアドール
テアドールはシリーズネームで、個体識別名はネフライトです。
基本的に稼働中は一つの人格プログラムです。
アバター被験者の安全を確保するため、人格プログラムに重篤な不具合が発生した場合は、別個体に自動的に移行します。
別個体に移行する為には『人格初期化プログラム』を起動する必要があります。
傭兵達から被験者や施設研究員を守る為に疲弊して壊れてきています。
本来であれば健康管理を行うAIなので戦闘には不向きな為です。
それでも可能な限りの防衛手段でここまでアバター被験者達を守って来ました。
今はそれ自体が脅威となっています。
彼が完全に壊れた時、アバター被験者たちの命が危ういです。
管理室の内部はテアドールの意志のまま動きます。
突如壁が出現し攻撃を弾いたり、ケーブルで締め付けてきたり、レーザーを射出します。
○飛行型ドローン×20
テアドールの意のままに動きます。
遠距離からのレーザービームを繰り出してきます。
体力が無くなるとイレギュラーズへと墜落し自爆攻撃をします。
○陸送型ロボット×5
寸胴なフォルムに駆動車輪、サイドアームを搭載するロボットです。
体当たりやレーザービームを繰り出してきます。
○民間軍事会社の傭兵×10
金で雇われた傭兵達です。
彼等の目的は不明ですが、管理室へと向かっています。
一定の時間経過で突入してきます。
迅速にテアドールを初期化できれば、突入はありません。
戦闘になった場合、統率の取れた非人道的な攻撃を行ってきます。
注意してください。
●その他
○『人格初期化プログラム』
掌に収まるサイズのキューブ型。
真白の少女『プシュケ』が作成したものです。
テアドールの本体に直接接続し起動させます。
要は大人しくさせて、近づいて打ち込めば大丈夫です。
数分のうちに初期化されます。
○アバター被験者たち
澄原龍成や『<ダブルフォルト・エンバーミング>受難曲アゲート』に参加している方達が含まれます。
上記の依頼の結果によっては、ログイン装置に窒素が満たされ甚大な被害が出ます。
また、民間軍事会社が装置の置かれた部屋に突入した場合も同様に被害が予測されます。
特にログアウト不可の方はどうなってしまうか未知数です。最大限の注意が必要です。
●NPC
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
剣術を得意としています。簡単な回復が使えるようです。
龍成の姉、晴陽の要請でこの場に駆けつけました。
強力な味方です。
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
月の魔術で攻撃し、イレギュラーズをサポートします。
龍成が心配で暁月に着いてきました。
廻は暁月が見ているので心配いりません。
○『真白の少女』プシュケ
竜二を一時的・不完全ながらも拾い上げロボットに移した少女。
イレギュラーズを導く味方です。
しかし、詳細や能力は謎に包まれています。
戦闘には参加せず、何処かから見守っています。
○竜二
隔壁の向こう側で民間軍事会社の傭兵と交戦中です。
場所が離れているのでテアドールとの戦闘中に竜二の所へ駆けつける事は出来ません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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