シナリオ詳細
幸せの運び手。或いは、鬼頭組のシノギ…。
オープニング
●運送会社“鬼頭会”
豊穣。
ある内陸の小さな街に看板を掲げたその組の名は“鬼頭会”。
屈強かつ厳めしい男たちによって結成された運送会社である。
その頭目である男性、バシャクは顔や腕に無数の刀疵を残す男だ。
片目は潰れているのか、顔の半分ほどを眼帯で覆っていた。
現在は脚の怪我を理由に頭目家業に勤しんでいるが、若いころは“飛脚のバシャク”と呼ばれた優秀な運び屋であった。
彼が運び手を引退したのは、同じ荷を運んでいた若い衆を盗賊の襲撃から庇ったからだ。
漢気に溢れ、情に厚い。
そんなバシャクが運送会社を立ち上げると聞き、多くの若集が集まった。そうして誕生したのが、鬼頭会というわけだ。
ある寒い日のことだ。
庭に広げた木箱を数えていたバシャクの元に、若い男が駆け込んでくる。
「オジキ!! 駄目ですわ! 荷ぃが到着しませんのや!」
開口一番、若い男はそう叫んだ。
短く刈った髪や、深い傷の残った顔、諸肌脱いだ上半身にはびっしりと汗が浮いていることからも、彼がどれほど全力でこの場に駆け込んできたかが分かる。
バシャクは男に温い茶と手拭を渡してやると、縁側に腰かけ苛立たし気に舌打ちを零した。
「理由はなんや? なんで荷が届かんのや?」
自身も一杯の茶をすすりながら、バシャクは問うた。
「へぇ! オジキ! 何でもツムギ湊を出てから、途中の峠を越える途中で向こうの雇った運び手が誰かにタマぁ取られてしもうたそうですわ」
「途中の峠ぁ? アレか? 何でも人食いの鬼が出るっちゅうあの峠か?」
今回の荷物は、港町であるツムギ湊でなければ手に入らない品物だ。
バシャクはそれをどうしても手に入れたかった。
「へぇ、そうです。その山に相違ありやせん。荷ぃは麓の村の者が回収したそうですが……峠の人食いがおっかないそうで」
代わりの運び手が見つからないのだ。
若い男は申し訳なさそうな顔で、そんなことを言う。
それを聞いて、バシャクはしばし思案した。
峠に巣食う人食いは、誰かが退治したそうだが真偽のほどは定かではない。
命を大事にしたいのなら、このような依頼は蹴ってしまうのが最善だということも理解できる。
また、峠を越えた先にも幾つかの問題はある。
「最近、隣の山の盗賊共も活発になってきよる。この間の大雨で、途中の川も荒れ狂っとるしのぉ」
「たしかに……下手な運び手に任せるのは躊躇われますな」
「しかし、市民の皆さんにアレを広めるためにはどうしても荷が必要じゃきの。仕方ない。リュウを行かせぇ。それと、護衛を雇おうやないか」
傷だらけの顔を凶悪に歪め、バシャクは茶を飲み干した。
●“不死身のリュウ”
「ほんならぁ、この荷ぃ運ぶけん、よろしくたのむわ」
そう言ったのは、引き締まった体に禿頭といった出で立ちの30前後の男であった。
当然のように上半身は裸で、日に焼けた肌には幾つもの刀疵や銃痕が残る。
背中から頭にかけて、昇り龍の刺青が掘られた、どうにもカタギには見えない男だ。
名をリュウノスケというその男は、バシャクの率いる“鬼頭会”において若頭を務める運び手であった。
これまで荷を運ぶ中で、幾度も盗賊や獣に襲われ、そしてそのすべてを打ち倒して来た漢の中の漢である。
どれだけ斬られ、撃たれ、時には骨や内臓さえも傷つけられながら、しかし彼は荷を運び続けた。
それがオジキ……敬愛するバシャクたっての依頼であり、それが自身の役目であると認識しているからだ。
そうしてついたあだ名が“不死身”。
人呼んで“フジミのリュウ”である。
「まず峠を越えて、隣の山に入るんや。そこには盗賊共が住みついとって、まずワシらは目ぇ付けられるやろうな」
盗賊たちの装備は粗末なものであるが【猛毒】【麻痺】を付与する毒が塗られているのが厄介だ。
そして、正確な数は不明であるが山のあちこちに数名から10名ほどの組を作って散らばっているということだ。
「山を越えたら、今度は川じゃ。川幅は1町(約100メートル)ほどかのぅ。普段は流れも穏やかなんじゃが、今は川が大荒れしとる。船を置いてはおるんじゃが」
生憎とボロ船である。
盗賊に矢でも射掛けられれば、あっという間に沈みかねない。
「船は2艘出す。それぞれに1つ、荷を積むことになるかのぅ」
そう言ってリュウノスケは一抱え程の木箱を2つ指さした。
持ってみると、中にはぎっしり粉か何かが詰まっているようで非常に重い。
「中身はワシも知らん。オジキは“市民の皆さんを幸せにする白い粉じゃ”言うとったのぅ。何でも疲れた時に食うといいらしくて、ワシらも追々分けてもらえるそうじゃ。いや、オジキは情に篤いお方じゃ。夏の間なんかは、若い衆がよぉ倒れての。その度に辛そうな顔をしておったんじゃが、これでオジキの悩みも1つ減るかのぅ」
楽しみじゃのう。
そう言ってリュウノスケは呵々と笑った。
バシャクのことが好きなのだろう。
彼について語るリュウノスケの表情は、夢を見る子供のように輝いていた。
「荷ぃ、取られんようにせんとのぅ。ワシぁ、命賭けるで。オジキに拾われた恩、お返しするんは今じゃきの」
傷だらけの拳を握り、リュウノスケは決意を固めた。
そこらの盗賊相手であれば、何人いても切りぬけられる自信はある。
しかし、隣山の盗賊となれば話は別だ。
否、正しくは盗賊たちの頭と言うべきか。
「“ステゴロのチョウジロウ”って名前の男だ。力士崩れらしくてな。力士にしちゃ小柄で体も薄いが、何でも鉛みてぇに重たい張り手をかますって話じゃ。それを喰らったら最後、身体は吹っ【飛】び、以降思うように動かなくなる」
おそらくは【停滞】の状態異常であろう。
そうして動きを止めたところを、手下たちが襲うという寸法だ。
「ワシらは運命共同体じゃ。気合入れていこうやないか」
のぅ、と。
人懐こい笑みを浮かべて、リュウノスケはそう言った。
- 幸せの運び手。或いは、鬼頭組のシノギ…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年12月05日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●幸せの運び方
からりと晴れた青い空。
冷たい風が吹く中を、駆ける9人の影がある。
ところは豊穣、ある山中。
男女9人、ひと塊になって運ぶはたった2つの木箱であった。
静かな冬の野山に響くは、怒号に嘲笑、足音と刃物のこすれ合う音。
「右から3人、左から2人、後ろに4人、前に4人! あっちもこっちも敵だらけっスよ!」
ピンクと緑、2色の髪を風に靡かせ『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)は矢継ぎ早に敵の位置と数を伝えるべく叫んだ。
トナカイの獣種らしく、細い脚で力強く地面を蹴って、獣道を駆け上がっていった。
最初の接敵は、ツムギ湊を出発して峠へ差し掛かった時だった。
ばったりと、茂みから顔を覗かせた盗賊2人と遭遇したのだ。
こちらは9人、相手は2人。
数の不利を察してか、盗賊たちが襲い掛かって来ることはなかった。
「取り押さえろ!」
依頼人である禿頭の巨漢……リュウノスケが叫んだ直後、盗賊2人は動き始める。
2人は素早く踵を返すと、上空へ向けて小さなボールのようなものを投擲したのだ。
「鬼灯! 跳べ!」
「御意」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)はその場に低く腰を落とすと、腰の前で手を組み構えた。
タタン、と軽い足音が2つ。『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)は組み合わされたゴリョウの手に飛び乗る。ゴリョウはバネのように体を仰け反らせると、鬼灯の身体を空へ向けて投げ飛ばした。
しかし、届かない。
パシュ、と火薬に火の付く音がしたかと思うと、ボールは青い煙を噴き出したではないか。鬼灯の伸ばした気糸がボールを2つに斬り裂くが、その頃には既に煙は風に乗って空へ拡散されていた。
「やられた! 狼煙の類じゃ! 急いでここから離れんと、増援が山とやって来よるぞ!」
「離れろったって、1本道っすよ?」
2つ目の荷箱を抱えた『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)は、峠を下る細い道へと視線を向けてそう呟いた。
「幸いは腹ごしらえは済んでおる。盗賊どもを蹴散らしながら先へ進むしかあるまいよ」
指先に付いた米粒を舐めとりながら『慈鬼』白妙姫(p3p009627)が腰に下げた刀へと手を伸ばす。
「……重い荷を持って運びたくありませんから、“妖精の木馬”に積んで運ぶと致しましょうか。逃げた盗賊たちのように、道なき道を進むことは出来ませんが」
『神使』星芒 玉兎(p3p009838)は、連れて来ていた木馬の口元へ、金平糖を差し出した。木馬を操る妖精たちが、金平糖へ群がっている隙に、リュウノスケと慧はその背に木箱を括りつけていく。
逃げた盗賊は2人。
仲間たちへ異変を知らせる狼煙玉を投げた後、より詳細な情報を持ち替えるべく元来た道を急ぎ引き返していた。
野山を歩き慣れた盗賊らしく、2人が進むのは獣道。
心得の無い者であれば、まともに駆けることも、追跡することも困難だろう。
けれど、彼女たち……『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)と『餓狼』シオン・シズリー(p3p010236)からしてみれば、獣道など慣れたもの。
狼の要素を多くその身に残す彼女たちにとっては、むしろ舗装された道よりも疾走しやすいほどであったかもしれない。
「おい! 追いつかれる!」
「だからどうした! 得物を持って来てねぇんだ、戦えねぇよ!」
盗賊2人は斥候だ。
つい最近になって、人の通りが多くなったという峠の様子を伺いに来ていただけに過ぎない。動きやすさを重視して、軽装で来たのが良くなかった。
「荷物はこびのおしごとだ! じゃまさせないよ!」
リュコスとシオンは地面を蹴って跳躍する。
盗賊2人の背後へ迫ると、跳んだ勢いを乗せた蹴りをその首と背に叩き込んだ。姿勢を崩し、転倒する盗賊2人は受け身も取れずに斜面を転がり落ちていく。
そうして意識を失った2人を拘束すると、人の目に着く場所へ転がした。
運よく誰かが通りかかれば、命だけは助かるだろう。
「ところで、“みんなが幸せになる粉”ってなんだろう? 気になるなぁ」
「まあ、荷物の中身なんざ仕事には関係ねえさ。とりあえず運んじまうとしよう」
盗賊たちをその場に残し、2人は元来た道を駆け戻っていく。
それから暫く。
峠を越えて、隣の山へと踏み入った頃になって一行は盗賊の襲撃を受けた。
そうして、冒頭へと繋がるというわけだ。
●盗賊働き
チョウジロウが盗賊団を立ち上げたのは、2年ほど前のことである。
元は小柄ながらも剛腕の力士として鳴らしていた彼の人生が、転落へと傾いたのはほんの1度の八百長騒ぎが原因だった。
チョウジロウの所属していた相撲部屋が主導を取って、八百長を仕掛けていたのである。
チョウジロウ自身は、八百長のことを知らなかった。
けれど、ことが明るみになったその後、相撲部屋の親方連中はチョウジロウに責任のすべてを擦り付け、姿を晦ませたのである。
富も名声も名誉も失い、チョウジロウは角界を追放された。
放浪の旅を続ける中、同じような行き場のない連中に出会い、彼は盗賊に身をやつした。
奪われ、全てを失った。
だから今度は奪う側に回ってやろう。
そんな風な歪んだ想いに取りつかれ、それから2年、彼は盗賊として多くを奪い続けている。
金も食料も宝も命も。
奪えるものは何でも奪う。
それが彼の信条だ。
チョウジロウの部下たちは、非力な者がほとんどだ。
元は食い詰めたゴロツキや、故郷を失い彷徨っていた農民たちだ。武術の心得などはほとんど無いし、手にした刀や槍といった得物の類も拾ったものがほとんどである。
けれど、数だけは多い。
得物に毒を付与するという工夫もしている。
いかなる強者が相手でも、数と毒とで攻め立てれば、およその場合は相手が誰でも討ち取れる。
「だってぇのに、何だ……9人程度にいいようにやられちゃ、面子が丸つぶれじゃねぇか」
山に響く仲間たちの悲鳴を聞いて、チョウジロウは動き始めた。
20人近い盗賊が、四方から押し寄せてくる。
囲まれて、動きを止めてしまえば“袋叩き”に合うと判断したのか、リュウノスケは脚を止めるて、両の拳を胸の前で打ち付ける。
背筋の隆起に合わせて、刻まれた龍の刺青がうねる。
「おう! 荷ぃは絶対渡すなよ! オジキにはよろしく伝えてくれや!」
好戦的な笑みを浮かべたリュウノスケは、ここで命を捨てるつもりか。なるほど確かに、いかに“不死身”とあだ名されるリュウノスケとて、20に近い盗賊相手に1人で挑めばそうなるだろう。
「ぶははッ、恩を返すために命懸けの仕事をするってのは良い心意気だな!」
見事と喝采を送るゴリョウは、降りかかる矢を盾で受け止めながら先へと進んで行く。
頼む、とその後ろ姿をリュウノスケは見送って……。
「まぁ、気持ちは分からんでもないっすけど。拾われた命ってんなら、その命も大切にしなきゃぁ駄目でしょう?」
そんなリュウノスケの隣に慧が並んだ。
赤い闘気の鎧をその身に纏った慧は、疾走する盗賊の前に身体を晒す。振り抜かれた刀を、歪に垂れた太い角で受け止めると、首の力だけでそれを弾き飛ばした。
折れた刀が地面に落ちる。
姿勢を崩した盗賊の腹へ、リュウノスケが渾身の殴打を打ち込んだ。
山の頂付近に立つは、固太の巨漢であった。
その周囲には、槍を持った盗賊たちが並んでいる。槍衾を形成し、走り出す用意を整えているのが見て取れた。
「多勢に無勢は勝ち目が薄くなるな。無視して突破しちまおう」
短剣を逆手に構えたシオンが駆ける。
姿勢は低く、矢のように。
チョウジロウを無視し、向かう先は槍衾。短剣の一閃で、うち1本を斬り落とすと転がるように最前列の盗賊の元へと辿り着く。
太ももに剣を突き立てれば、それだけで槍衾が崩壊した。
その隙に先へ進もうとしたシオンだが、横合いから放たれた張り手によって勢いもよく真横へ吹き飛ぶ。
シオンを弾き飛ばしたのはチョウジロウだ。
「って……アンタ、それなりに腕が立つ力士だったんだろ! それがこんなところでどうしたよ!」
「どうしたもこうしたも、てめぇにゃ関係ねぇだろうが」
低く唸るような声。
チョウジロウの指示に従い、盗賊たちは再び槍衾を形成しなおした。
「荷を守りながら戦うほかないでしょうか。誰か、荷を押さえておいてください!」
「りょうかい!」
「しっかりと押さえておくのだわ!」
玉兎の指示に応えたリュコスと章姫は、鬼灯の出した気糸を使って木馬に荷物を縛り付けた。万が一にも荷に被害が出ないよう、2人は木馬の背に跨ると覆いかぶさるようにして木箱を守る姿勢を取る。
「章殿! 危ない真似は……」
リュコスはともかく、身体の小さな章姫では流れ弾の1つも当たれば致命傷に至りかねない。それを危惧した鬼灯は、おろおろと慌てた様子を見せた。
「だったら鬼灯くんが守ってくれればいいのだわ!」
「ぬ……然り! 指1本も触れさせん! 命のいらぬ者からかかってこい!」
「慌てたり格好つけたり忙しい奴じゃな」
あっさりと気を取り直した鬼灯を見て、白妙姫は呵々と笑った。
抜刀と同時に光が溢れた。
玉兎の放った閃光が、槍衾を形成していた盗賊たちの目を晦ませる。
怯んだ隙に木馬は疾走を開始。先導するように駆ける鹿ノ子と合流したシオンが、進路上の盗賊たちを蹴散らしていく。
「何してる! 追え! 川で追い詰めんだよ!」
チョウジロウの指示は速く正確だ。川に差し掛かった時、どうしても一時、移動の脚を止めざるを得なくなるからだ。
そんなチョウジロウの前に、立ちはだかる巨大な影。
得物を脇に投げ捨てて、低く腰を落としたゴリョウが
「おう。ちょいと“相撲”しようぜチョウジロウさんよ!」
力強く、地面を踏み締めゴリョウは告げた。
イレギュラーズの後を追おうとしていたチョウジロウは、ゴリョウの姿を一瞥すると脚を止める。
鍛えられた肉体だ。筋肉の上には、脂肪もしっかり乗っている。
土俵の上で相まみえれば、いい勝負が出来ただろう。
「いいだろう。胸ぇ、貸してやるよ」
胸の奥で燻る熱を感じながら、チョウジロウはそう言った。
小舟が一隻、浮いていた。
川の水は多く、そして流れは速い。
「久しぶりにお船に乗れるのね! 楽しみなのだわ!」
鬼灯の気糸で岸に繋留された小舟に、荷物と一緒に章姫が楚々と乗り込んでいく。
その背へ向けて、1本の矢が放たれた。
緩んだ弦で射出した矢だ。威力は弱く、速度も遅い。
しかし、鏃には黒色の毒液が塗られている。ここまで移動して来る間、何度も射られた毒の矢だ。
「わるいやつだ! にもつをむりやり盗ろうとするなんて!」
鋭い爪で矢を薙ぎ払いリュコスが吠える。
狼の遠吠えを耳にして、盗賊たちが揃って足を止めていた。しかし、戦意を失ったわけではないようだ。ナイフや手斧、矢に果ては河原の石までを、次々と投擲し始める。
いかにリュコスが速いといっても、同時に捌ける数には限度というものがあった。
シオン、玉兎も防衛に加わるが、このまま続けば小舟が破損しかねない。
「ここは僕に任せるッス! 盗賊たちの足止めをするッスよ!」
刀を低く構えた鹿ノ子は、降り注ぐ石や矢の雨をものともせずに疾駆した。急接近した鹿ノ子へ盗賊たちの注意が向いて、投擲の勢いが僅かに緩む。
リュコス、シオン、玉兎……そして最後に鬼灯が船に乗り込んで、繋留に使っていた気糸を外す。
川の流れに運ばれて、小舟が岸から離れていった。
その後を追う盗賊たちは極僅か。大半は暴れ回る鹿ノ子の相手をするのに忙しいのだ。
右へ滑るように移動し、盗賊の足元目掛けて刀を薙ぐ。
かと思えば、地面を蹴って左へ跳躍。すり抜けざまに、1人の側頭部へ膝を叩き込み意識を狩った。
縦横無尽。
今の彼女を形容するには、その言葉が相応しいだろう。
「さぁ、もっと集まって来るッス! 囮になることも辞さないッス!」
盗賊の攻撃を受けた鹿ノ子は、額や肩から血を流していた。
足を止めれば、ぼたりと零れた血液が彼女の足元に血だまりを作る。
鹿ノ子の築く防衛ラインを突破したのは、僅か数名の盗賊のみだ。
その頃にはすっかり船は岸から離れてしまっていた。しかし、盗賊たちは諦めることなく、次々と川へ跳び込んでいく。
「流れが速いぞ気を付けるぁっ!?」
仲間へ注意を促そうとした1人が、途端に市渦して水底へと沈む。
数秒後、水面が赤く染まると刀傷を負った盗賊が、ぷかりと浮いてきたではないか。
「な……何事だ!?」
足を止め、困惑の表情を浮かべる残りの盗賊たち。
「……不本意ではある」
ざばり、と意外なほどに小さな水音を鳴らし、背後に白髪の鬼が出た。
刀を手にした白妙姫だ。
髪も衣服もしとどに濡れて、身体にピタリと張り付いていた。
「か……かっぱ」
「たしかに、河童めいてお姫様らしからぬが……ええい、ままよ!」
一閃。
さらに1人を斬り付けると、白妙姫は再び水に潜っていった。
●命を賭けるに値する荷
「鬼灯くん、盗賊さん落っこちちゃったのだわ!」
「そうだね、悪い事をしたから罰が当たったんだろうね」
小舟の後方。
縁に座った鬼灯の膝で、章姫が無邪気にはしゃいでいた。こうして2人で船に乗るのも久方ぶりだ。それなりに流れが速いこともあり、気分はすっかり渓流下りのそれである。
一方、その頃リュコスはといえば積まれた木箱に鼻を近づけ「おや?」と小首を傾げていた。
「どこかで嗅いだことのあるにおい。気になるなぁ……きっと甘いものだ!」
見れば、木箱の蓋が少し浮いているではないか。
運搬の最中、蓋が開いてしまったのか。そこから少しだけ、白い粉が外に零れ落ちていた。
「白い粉……まさか、非合法なものではないでしょうし」
「ただの調味料かなんかの類だろ?」
玉兎とシオンは、粉へと胡乱な眼差しを向けると声を潜めて言葉を交わした。
しかし、現物を目にしたリュコスの興味は尽きないらしく、零れた白い粉をそっと指先に乗せる。
「え、まっ……!」
「おい、よせって!」
玉兎とシオンの制止も聞かず、リュコスは粉を舌へと乗せた。
「くぁー、ごぞうろっぷに染み渡るぅ。これ、お塩だぁ」
なるほど確かに、荷を運ぶ先は海辺の街から遠く離れた山中の小里であっただろうか。
農作業に精を出し、汗を流す農民にとって、塩分補給の手段があるということは「幸せ」と言えるかもしれない。
数度の張り手を顔面に受けた。
ゴリョウ渾身のぶちかましは、チョウジロウの鼻を砕いた。
がっぷり4つ組み合って、しかし決着はつかないまま、ついにはけたぐりまで繰り出して……十分に時間を稼いだところで、ゴリョウはブースターを吹かし、逃走したのだ。
そうして川辺に辿り着いてみれば、既に小舟は出航した後。
傷だらけの鹿ノ子と、全身を赤に染めた慧とリュウノスケ、そしてなぜかびしょ濡れになった白妙姫だけがそこにいた。
「てめぇ! どこ行きやがった! 舐め腐ってんのか!」
山中より、チョウジロウの怒号が響く。
逃げたゴリョウを追いかけて来たのだろう。
「何じゃ? 倒して来んかったんか? 儂らは全滅させてきたぞ、なぁ?」
「まぁ、そうっすね。リュウノスケさんが、梃子でも退かない様子だったから……元々、手下全員受け持つぐらいの心算だったんで、いいんっすけど」
おかげでこの様っすよ。
そう言って、慧は深く裂かれた胸元に手をあて、わざとらしいため息を零した。
「おう。倒すのに時間がかかりそうだったからな……ったく、いい張り手だったぜ!」
乾いた鼻血を川の水で洗いながら、ゴリョウは腹を揺らして呵々と笑っていた。
それから、ゴリョウと白妙姫は近くに用意されていたボロの小舟を川へと降ろし、慧とリュウノスケ、鹿ノ子を乗せる。
自分たちは川を泳ぎ、仲間たちへ追いつくつもりだ。
「運び屋は毎回こうなのか? 大変じゃぁ」
「盗賊は粗方倒したっスかね? もし、追随してくる敵がいれば対応するッスけど」
川を渡った先に盗賊が潜んでいないとも限らない。
少しでも早く、先行した仲間たちへ追いつきたいという気持ちの現れか。
鹿ノ子は、知らず知らずのうちに腰の刀へと手を伸ばしていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
荷物は無事に目的地に届けられました。
以前として盗賊たちは蔓延っていますが、此度の傷により暫くは大人しくなるでしょう。
依頼は成功となります。
この度はご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
荷物2箱を“鬼頭会”へ届ける
●ターゲット
・“ステゴロのチョウジロウ”×1
力士崩れの盗賊頭。
力士にしては小柄で体も薄いが、その実力は本物だ。
鉛のように重たい張り手を得意技としている。
岩崩し:物至単に大ダメージ、飛、停滞
・盗賊団×?
チョウジロウの配下である盗賊たち。
縄張りとしている山の各所に数名~10数名ほどの組に分かれて生活している。
刀や槍、弓といった得物を扱うが、どれも粗末なものだ。
攻撃力の無さを補うためか、刃には【猛毒】【麻痺】を付与する毒薬が塗られている。
●同行者
リュウノスケ×1
引き締まった体躯に、背から頭にかけて彫られた昇り龍。
全身には無数の傷跡を残す鬼頭会の若頭。
どれほどの傷を負っても、荷物を必ず目的地へと運ぶことから“不死身のリュウ”の異名を取る。
今回、目的地までの道のりをナビゲートしてくれたりする。
●フィールド
およその順路は以下の通り。
峠麓の里→峠→隣山→川→鬼頭会のある町
徒歩で日の出から夕刻、走れば昼には着くだろう距離。
しかし、峠までは問題なく進行できるだろうが、隣山から川にかけて盗賊の襲撃が予想される。
里~川までは、旅人用の道があるため迷うことは無いだろう。
川には2艘の小舟が用意されている。荷物を入れると5人までしか乗船できない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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