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シナリオ詳細

<ダブルフォルト・エンバーミング>青き調和

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●乱す者
 ――かわいそうに。
 風吹く砂原を歩み、伝承の地を訪う直前。青の使徒はそう呟いた。八十八の月日が過ぎようと、七十七の人と出逢おうと、この情が変わることはない。それが分かるから溜息をつく。絶えず響くメロディを熱に換えながら。絶えず泳ぐ詞を力に換えながら。
「なんて、かなしいのだろう」
 思い起こすのは、狂っても傷ついても立ち向かって来たイレギュラーズの姿。彼らが連ねた攻撃の手は、間違いなく必死だった。身命を賭して、自分ではない誰かを守り抜いた。こだわっていた。抗っていた。
「……かわいそうに。そんなものに囚われて」
 やはりこの感情へと行き着く。
「この綺麗な音色に包まれながら、なごりの灰で美しく花ひらくのを祈るよ」
 自分以外にはどうやら綺麗には聞こえず、読み取ることも出来ないらしいけど。
 それでもやはり思ってしまう。終焉を連れて、彼らを終わらせてあげなければと。
 死を積み重ねるしかない彼らも。病や傷で苦しむ人々も。

 こんな、救いようのない世界から。

●調える者
 歌い、奏で、響かせ続けた、いつぞやの一戦。
 パラディーゾ土星天の徒、アズハ。彼を守護し続けてやまない『音』と『文字列』を完全に掻き消すには至らなかったけれど、可能性の一つにはなった。そのためイレギュラーズは伝承における防衛ラインの一角で、『勇者』として軍勢を警戒しながら、情報を纏め直していた。
「パラディーゾの守りは、色々な角度から打ち破れそうだったのよね」
 ファントム・クォーツ(p3x008825)の二色のまなこが、くるくると思考を辿って動く。
 唸っていたアズハ(p3x009471)は、その一言へ首肯で応えた。
「対抗する詞を歌ったら、ほんの一瞬、文字列が視えなくなったという話もあったな」
 文字列――実際に「そこ」に字が浮かんでいるわけでもないのに、意識を占拠する勢いで届き、流れていく奇怪な文字の並び。理解しようとすれば、狂わされる。解析を試みた当人がおかしくなる。厄介な能力だ。
 ここでふと、フィオーレ(p3x010147)は召喚していた骸骨兵と同じ角度に首を傾けた。
「文字もなのですけど、音もふしぎなとこがたくさんあったのですよね」
 パラディーゾの彼を守る『音』――耳を塞ごうと構わず届くもので、木々のざわめきから靴音まで、あらゆるものが混ざった雑音だ。その音はいつしか『文字列』となり、人々の意識を侵食していく。
 そしてアズハの音で狂わされていた間に、聞いていたオト。そこに足らないものがあると、数人が話していたのをファントムたちは思い出す。
「シの音階が使われていないかも、って報告があったものね」
 それが何を意味するのかは、わからないけれど。
「色が揺らいで見える瞬間もあったと言っていたのです!」
 フィオーレも、仲間の言葉を手繰り寄せて告げた。色彩を認めた仲間の感覚では、自分たちの音が調和し、それが力となって重なっていたときのほんの僅かな時間。そこでパラディーゾを守る障壁めいたものの色が、ぐらついた気がすると。
「……調和、か」
 アズハは交わした言の葉を思い起こしながら、かの者の思考を探る。
 ――アズールハーモニー、青き調和。お前の音は融けて狂っただけで、調和じゃない。
 つい先日、土星天の徒たるもう一つの自分へ告げた『名前の由来』のことを。
 そのときだ。
 波濤のように、叫び声とひりつく気配が押し寄せてきたのは。
「来たぞおぉ!! 終焉の軍勢だ!」
 待機していた建物の外で兵士たちが声を嗄し、鐘が絶えず鳴り出した。
 世界を蹂躙する終焉の大軍勢から、伝承の地を守り抜くべく集っていたイレギュラーズは、すぐさま戦闘準備に取り掛かる。するとそこへ、ファントムたちのよく知る『音』と『文字列』が、贈られた。

 ――螟懊↓縺上f繧区ュサ縺悟菅繧呈ィ。縺」縺ヲ。

「ねえ、どうしてかしらワタシ……」
 不思議そうな声を真っ先に発したのは、ファントムだ。
「解っちゃっているのよ。この変な文字たちの、本来の意味」
 届く文字の行列は、あのときと同じく狂いに狂っているのに。
「……夜にくゆる死が君を模って」
 流れ込んできた響きをアズハが綴れば、ファントムとフィオーレが同時に立ち上がる。
「そう! それよ!」
「フィオもなのです! なんで考えなくても理解できてしまうのです??」
 わざわざ読もうとしたわけでもない。
 だが以前パラディーゾのアズハと対峙した仲間には、奇妙な文字列の『本当の詞』が解ってしまって。
「原因はわからないな……でも何かに使えるかもしれない。それに……」
 そう言いながらアズハは扉へ向かう。
「倒さないといけない相手に、変わりはない」
 木の扉が軋み、向こう側への道を開こうとするアズハたちへ呼びかけてくるようだ。
 扉を抜けた先、近づいて来るのは終焉を願うモノたちだと。
 だから皆、顔を合わせて頷いた。

 アレが。かれが。音が。詞が――世界の終焉を望むのなら。
 その望みを叩き割るのが、勇を掲げた者の努めだ。

GMコメント

●目標
 終焉を望む者の殲滅

●情報精度
 情報精度はCです。奇妙な音と、文字化けした文によって狂う他、不測の事態が起きる可能性があります。

●状況
 防衛ラインへやってきた軍勢を兵士が相手している間に、皆様は土星天の徒アズハとその配下の元へ向かった……という状況です。
 兵士のことは気にせず、土星天一派の殲滅だけを考えてくださいませ。

●敵
★アズハ(パラディーゾ・土星天の徒)
 彼がいる限り、様々なノイズが入り雑じる『音』と文字化けした『文字列』が戦場に響き続けます。相手を狂わせて生命力を奪う『音』や『文字列』です。それらを理解したり、解析を試みるなどしても、バグによってこちらがダメージを喰らい、狂わされます。
 この能力が正常に機能している間、彼はバリアに守られ、こちらの攻撃が通用しにくい他、戦闘行為を仕掛けたイレギュラーズの身体が、音に焼かれます。

!!!前回の戦いを経たことで、バグデータが更新されました!!!
 パラディーゾのアズハが、イレギュラーズの音や唄に《共鳴》するようになりました。
 こちらが鳴れば向こうも鳴る。
 アビリティでもそれ以外でも、彼へ届く皆様の音色や歌声に対し、彼の『音』が返ります。

★終焉獣×11体
 人を模った、巨大な灰色の魔物。
 頭部は花の蕾の形をしており、何故か徐々に開いていきます。
 灰色の花粉(確率で『石花の呪い』付与)を振り撒く他、苦しい、もう死なせて、と訴えながら迫撃してきます。
 パラディーゾの『音』や『文字列』が正常に機能している間は、全ての攻撃に必殺付与。
 この『石花の呪い』に感染すると、3ターン後に体が石に転じ、死亡扱い(デスカウント計上)となります。

※シナリオ『<Closed Emerald>響界で咲くメロディア』参加者様へ
 『文字列』が届いた際に「文字化け前の詞(ことば)」を自動で読み解いてしまいます。おかげで「狂気にはやや陥りにくい」ですし、何故か癒しを感じる(HPが少量回復する)ようになりました。
 しかし皆様は常に、終焉獣から受けるダメージ量が大幅に増加します。

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 R.O.O_4.0においてデスカウントの数は、なんらかの影響の対象になる可能性があります。

●重要な備考
 <ダブルフォルト・エンバーミング>ではログアウト不可能なPCは『デスカウント数』に応じて戦闘力の強化補正を受けます。
 但し『ログアウト不能』なPCは、R.O.O4.0『ダブルフォルト・エンバーミング』が敗北に終わった場合、重篤な結果を受ける可能性があります。
 又、シナリオの結果、或いは中途においてもデスカウントの急激な上昇等何らかの理由により『ログアウト不能』に陥る場合がございます。
 又、<ダブルフォルト・エンバーミング>でMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
 MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
 指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
 予めご理解の上、ご参加下さいますようお願いいたします。

  • <ダブルフォルト・エンバーミング>青き調和完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年12月07日 22時26分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

グレイ(p3x000395)
自称モブ
リュート(p3x000684)
竜は誓約を違えず
スティア(p3x001034)
天真爛漫
アレクシア(p3x004630)
蒼を穿つ
ファントム・クォーツ(p3x008825)
センスオブワンダー
アズハ(p3x009471)
青き調和
ルージュ(p3x009532)
絶対妹黙示録
フィオーレ(p3x010147)
青い瞳の少女

リプレイ


 砂と緑が交える地で青が咲き、灰色の花が揺れる。
 それを風光明媚と讃えられたなら、どれほど良かっただろうと『青い瞳の少女』フィオーレ(p3x010147)は唇を噛む。けれど此処に流れるのは、彼女や『センスオブワンダー』ファントム・クォーツ(p3x008825)が思いたいものよりずっと異質で、ずっと歪んだ終への輪舞曲。
「マジで何なんだろうなー、この音」
 色が死した花弁をハンマーで叩きながら、『絶対妹黙示録』ルージュ(p3x009532)が振り返る。その先で『竜は誓約を違えず』リュート(p3x000684)は軽やかな足取りで花粉を振り払い、ぎゃうるーっ、と精一杯の吠えを響かせた。
 ひりつく雄叫びは愛らしくも、戦場に充満していた幾つもの音色を掻き乱そうとする。パラディーゾのアズハが敷いた『音』の力は凄まじく、容易に掻き消せはしない。それでもリュートは肌膚で感じとった。
「よくわかんないけど、なんとも悲しい歌ッス」
 睫毛を伏せたリュートがそう応えれば、ルージュも「やっぱ分かんねーよな」と息をひとつ吐いて。
「ま、とにもかくにも数減らしてからだな」
 ぽふんと手へ拳を打ち付けたのち、己の能力をぐんぐんと高めていく。
 ――螟懊↓縺上f繧区ュサ縺悟菅繧呈ィ。縺」縺ヲ。
 ほら、やっぱり読み取れない。
 開きかけの花を見つけ、萼へ二振りの刀を突きつけた『天真爛漫』スティア(p3x001034)が、視覚を阻害する文字列を前にむうと唇を尖らせる。謎と不気味さで結われた音に、思考をもっていかれる訳にはいかない。だからこそ。
「流れに身を任せるのも、悪くないと思うよ」
 彼女が誘うは行雲流水。周りの花を手招くスティアに次いで、『蒼を穿つ』アレクシア(p3x004630)も十一もの数で押し寄せた終焉獣へと、希望の架け橋を見せつける。アレクシアがくるりとステップを踏めば、色褪せた花たちがふらふらと引き寄せられていく。
 苦しい、終わらせて――そんな祈りを寄越しながら。
 かれらの切実な願いは、後頭部をがつんと殴打する位の衝撃をアレクシアへもたらす。
 けれど彼女は決して俯かない。
「その呪いを、これ以上振り撒かせるわけにはいかないの!」
 どんなに花たちが散ることを望み、歎いたとしても。
 震える指先を握り締めて叫べば、アレクシアを覆う花粉も動揺したかのように狼狽し始めた。
「必死に薬を……『希望』を作った人たちがいるから! それを待っている人がいるから!」
 彼女が花弁を連れて動き出したのを機に、『ハンドルネームは』グレイ(p3x000395)も辺りを見回す。
 ――この世界も、動き続けている。生きている。
 懸命に戦う仲間の姿を捉えるたび、迫る花の獣の悲しみへ触れるたび、グレイは事実を痛感した。パラディーゾや獣がどれだけ終わりを望んでも、世界はまだ終わりから遠い。ならばとグレイが導き出したのは、変声によって、聞こえてくる音へ自分のものを混ぜること。
 戦いの音で満ちる場にも、グレイの口笛は透る。そんな中。
 ――夜にくゆる死が君を模って。
 聞こえる。解る。耳を澄ませずとも届く文字列だけは歪んでいなかった。だから『AzureHarmony』アズハ(p3x009471)は瞼を落としたまま願い人の元へつま先を向ける。
「道はあけたよ!」
 スティアが向こうでそう唄ったから、アズハは首肯した。
 そして敵味方入り乱れた一群の合間をぬって、彼やフィオーレ、ファントムが首魁へ接近する。
「サクラメントも近いから、いけるわ」
「それなら何度だって試せるのです!」
 ファントムの一言にフィオーレも声を張る。終焉を望む者たちが放つ、花粉や悲哀の声が混じるひどく冷たい熱気に煽られながらも、三者の足音は、呼気は、土星天の徒へ迫る。
「また会えたな。……決着をつけようか」
 アズハがそう告げれば、男は目許を片手で少し覆った。
「まだ分からないのか、この世界が終わらせるべきだと」
「この世界は終わらせない!」
 踏み込んだアズハの片足が、重たい音に囚われる。常より流れていた音が圧となって、接近を拒むかのように。
「終焉を、うたう……なら」
 フィオーレも渇いた喉を開く。
「フィオたちは明日を望むうたを歌います」
 分からないことだらけでも。フィオーレには仲間がいる。ひとりじゃない。
 しかしかの男には、それが解らない。怪訝そうに眉根を寄せるだけの彼へ、今度はファントムがメロディを贈った。一帯へ轟く大音声は、男だけでなく終焉獣や仲間たちの耳にも届く。
「始まったッス!」
 リュートが弾みながら愛らしい声を響かせれば、ルージュもよしと意気込んで花獣へ飛びかかる。そうして生まれた音たちが残らず『共鳴』に襲われても。誰も、自らの行動に遠慮しなかった。
 頼もしい仲間たちから眼を逸らし、ファントムが口端をもたげる。
「……覚えてるかしら、これ」
 サイバースピーカーをぽんぽん叩けば、パラディーゾから首肯が返った。
「俺にとっては斬新な音の積み重ねだったからな」
「なら良かった。さすがに三度目は要らないわ、決着を付けましょう」
 そうウインクしたファントムに、男の顔はこれっぽっちも晴れないまま。


 終焉獣(ラグナヴァイス)は幾度となく、生気に満ちた者を引きずり込もうとした。
 ――何処へ?
 スティアは考えを巡らせた。何処へでもない、消滅の先だろうと。
 は、と浅い息ひとつ零し、彼女は消滅へ誘う花たちに美しき舞いを披露した。ひらりはらりと降る桜雨の下、斬りつける様こそ生きようとする者の証。死なせて、と縋る花をもスティアの桜雨が流していく。
「終わらせて」
「ころして」
「もうつらい」
 病苦に苦しむ誰かのように、かれらの悲嘆はいつまで経っても止まない。
「悪いけど、まだそっちへ行くわけにはいかないから」
 断りを入れた彼女のそばで、同じく終焉獣の言葉を耳にしたアレクシアが唇をきゅっと引き結ぶ。
 ――本当は、開きたいところかもだけど。
 開花を待つかれらの気持ちを、考えてしまいそうだった。
 天穹で射抜いた命が仰臥するたびに。掠れた声で「死なせて」と囁かれるにつれて。けれど手足は止めなかった。耳朶を打つ音も、視覚を遮る文字列も、未だここにあり続ける限り。
 諦めない彼女の覚悟が一矢となり、天を翔けた。
 散った花弁が地へ着くより早く、怒気を失った獣がパラディーゾの元へ集おうとする。
「させないッス!!」
 リュートがゆらゆらと安定しない花へ飛び掛かっている間に、グレイの青が色なき花を捉え、機械鋸を振り回す。風音すらも驚かせたグレイの猛撃が、その果敢な光刃が獣の頭部と胴を切り放すことで、安息を与えた。
 切断された花からはもう、苦しむ声も、死なせてと懇願する声も聞こえない。
 ――ヒトの言葉らしき鳴き声を発しても、所詮は……獣。
 何処から来て、何処へ行くのか。そんなことも考えずグレイはかれらの望みを叶えていく。
「るぅー!!」
 獣が倒れるタイミングでリュートが歌った。譬えこれによってパラディーゾの音が反ろうと、彼は癒しの歌で仲間を支えることを忘れない。絶対に。
「泣いてばっかじゃ笑うことを忘れちゃうッス! お花が泣いてるか分からないッスけど」
 そんな気がする、という曇りなく一点だけを燈してリュートは後光を背負う。背負いながら終焉獣をじいっと見つめた。
「リュートもちゃんと楽しいお歌、歌ってあげるッスから」
 だから安らかに眠って欲しい。願かけめいた意思が彼の歌声と共に宙へと踊り出る。
 終焉を冠する獣たちの訴えはまだ根強く、ルージュの胸に靄を漂わせた。
「正直趣味が悪いぜ。けど、こっちも遠慮する時間はねーんだ」
 サクラメントは近場にある――否、そうでなくてもルージュに加減も躊躇もするつもりはなく。飛ばしに飛ばすための火力を積んだ我が身で、飛び込む先は敵陣の真っ只中。たとえ灰色の花粉を吸い込もうとルージュに迷いはない。
 だが戦友たちの位置を一頻り見渡した時には、一定範囲を浸すのに僅かな惑いが生じた。だが。
「そのままだ!」
 範囲内から逃れる時間よりも、獣の花へ食らいつくことを選んだ石の花色に染まったグレイが叫ぶ。
「俺ごとやれ! そうすれば……」
「! わかったぜ、全力でやってやる!」
 グレイの意図を察したルージュが頷くや、ハンマーを大きく振るう。
 そして苦しみを奏で続けた花へ捧げるのは。
「少しだけ我慢してくれよな! 今、楽にしてやるから!」
 ルージュの眼差しは、未来を視ている。全ての元凶と戦うため――神(アニ)に手を届かせるために。こうして、咲きかけた悲劇たちを飲み込む――ルージュのハンマーから放出された光。愛の力と呼ばれる目映さだ。
 希望に、生にあてられて溶けゆく花の名残を、スティアとアレクシアが見つめていた。
 ――バグでもロストでも、これ以上は頻発させたくないとこ。
 スティアの眦が緊張を刷く。石の呪いと終焉獣の猛襲を浴びて、理不尽きわまりない音色の中で誰もが疲弊している。
 ああ、と息をついたのはアレクシアだ。どんなに綺麗でも、開花させないと決めていた花たちの末期を前にして、どうしても零さずにいられなかった。
 名残とも呼べる灰色の花粉が、数々の音色に合わせてきらきらと光っていたから。


 枯木から落ち尽くしたはずの葉が降るかの如く、違和感でしかない音と共に『文字列』が浮かぶ。
 ――朝日で空が白み。
 見える。今なお掠れず、滲まずに理解できるから、四顧したファントムは他の音楽にのまれぬよう呼吸を整える。そして彼、パラディーゾへぶつけるのだ。短い月日であろうとも、あの時から自分たちが変わっていることを。
 朝日を期待する詞があるのならば。モルヒネの花でファントムが夜を長引かせる。
「覚めない夜はないって言うけど。今だけは覚まさずに、ね」
 くすりと笑った彼女の様相から、何を感じとったのかパラディーゾの目尻がひくつく。
「……聞こえるのか? この歌が」
 以前の触れ合いにより、狂気から少しばかり遠ざかった者たちへ彼が問う。
 お蔭様で、と笑ったファントムが誇らしげに胸を張る。
「ワタシたちも成長(レベルアップ)したの。どう? 成長こそ生きている証拠よね」
 これも恐らく、世界を終わらせたい男が嫌うものの一つ。
 ファントムの思惑通り、男はしかめ面であらゆる音や響きを弾く。
「俺と会ったことで成長したと?」
「その通りなのです!」
 訝しがる彼へ、フィオーレも言の葉を連ねた。
「出会いも別れも、一人じゃできないのです。それと同じで……」
 彼女が喉を開き、声を絞り出すときも、終焉に魅入られた風が無数の音を運び続ける。たとえデータ上の存在であろうと、世界を築くのが音と色であることを、フィオーレもよく知っていた。だから。
「ハーモニーは、一人では紡げないのです、決して!」
 土星天の徒へ、手を差し出す。
「フィオたちと一緒に紡ぎましょう? パラディーゾアズハさま!」
「何……?」
 動機も理由も解せぬとばかりに、男が音を反す。雑じる音の総てを死への誘いとして模り、フィオーレたちの手足を掴んだ。動きが鈍る。近づくことも退くことも、パラディーゾは許さない。
「終わりを楽園と見做せない者と、一緒に紡ぐものなど……」
「……ごめん、アズハ」
 言いかけた彼を遮ったのは、他でもないアズハだ。ふたりのアズハが向かい合ったこの瞬間、まるで時間が止まったかのように静まり返った――気がした。音は今も止んでいないけれど、どうしてか。
「あの時は、この音を全然聴けてなかったんだな。今なら解るよ」
 不明点でしかなかったものも、解読できてしまえば何てことはない。
「解ったから言える。……お前は何様のつもりだ?」
 アズハの喉を震わせる情が、明瞭なる音を刻む。
 彼の叫びを受けたパラディーゾから、痛みが返っても止めるつもりはなく。
「かわいそう? 終わらせてあげなければ? 余計なお世話だ!!」
 踏み込んだ一歩が激しい音を立てた。地響きを思わせるそれに、辺りを漂う音色たちがびくりとする。
「俺達の歩む先は俺達が決める。お前が手を出すなど筋違いだ!」
「……そんなだから、哀れなんだ」
 しかし相手の芯も揺るがない。
 ゆえにアズハが笑う。仄かに。口端で。
「さぁ、まだまだ共鳴しようか」
 哀れむばかりの終焉を望む者へ、穏やかな挨拶をアズハが手向けた直後。
「哀れ、だと?」
 言を辿ってきたグレイが、男をキッとねめつける。
「さっきから聞いてれば、そんな言葉ばかり」
 侮られているようで、グレイの胸中に生じるのは渦だ。
「この世界が、救いようがない世界なわけない」
「何故そう思うんだ?」
 グレイの一言へ、パラディーゾが問いかけた。
「造られた世界で苦しみながら生き続けるなど……救えないだろう?」
 男の言葉を受けて、グレイは肩を竦める。
「……周りを見ても、そう思うか?」
 反対にグレイが尋ねた、そのとき。
「パラディーゾのにーちゃん! のってるかーー!!」
 いかなる狂気が心身を侵そうとも、ルージュは魅惑の美声を響かせてきた。だから苦しくとも辛くとも、ルージュの指は見えざる弦を弾くし、此処には無いドラムだって叩く。己の歌を貫くルージュの姿は、仲間たちをくるむ狂気の音色を微かに揺らす。
 音階の『シ』を抜いて奏でられる音の端から端までが、佇むパラディーゾへ困惑を植付けた。
 そこへ合わせるように、アレクシアも『シ』と、そして『ファ』も抜いた歌を即興で届ける。口ずさむのはどれも、童歌めいた物語。もしかしたら、とアレクシアの脳内を過ぎる、とある考えがそうさせた。
 ――シが無い……突拍子もないけど、死のことだったりしないかな。
 だとすれば。やはり響かせるのは幼子から老人まで歌いやすい童謡だと、アレクシアは思う。
 どちらにせよ、凶行はとめると決めたから。考えつく限りの案を試すだけだ。
 突如、パラディーゾの瞼が重たげに押し上げられる。
「何故……何故だ?」
 ルージュやアレクシアへ呼びかけたパラディーゾへ迫る、次なる一手。
 それはスティアがもたらす、行雲流水で。
「どうもワガママな人みたいだね」
 吐息だけでスティアが笑いかける。すると男を染める青が、不思議と薄れた。
 理由ははっきりしていた。彼女が話す間も絶えず、仲間たちから音が注がれていく。演奏、歌唱、戦いの中で発生する種々の音――これらが紡がれ、結ばれて『今』を形成している。その事実が、男を戸惑わせたのかもしれない。何故なら。
「……一人では、紡げない……?」
 彼はそう聞いていたから。それと。

 ――朝にけむる生が僕を象って。
 ――現の河原に残る。

 あえかに吟じる、仔竜の声も聞いたから。
「夕日で空が赤焼け、命の篝火灯せば……」
 仲間たちからの話を元に、リュートが読み上げた詞。
 美しいとリュートが感じた佳景を、廻る世界を綴ったオトだ。
「兆しの焔は美しく蝶を照らす……」
「……日夜生死巡る君を模る、現夢水鏡湖に揺蕩い」
 リュートだけではない。グレイもまた、リュートの歌詞に感化されて連ねだした。
「白日で空は青めき、命の篝火明滅すれば……」
 かれらの言葉を鮮やかに彩るため、ルージュやアレクシアもコーラスとして支える。
「刻下の煙は美しく蝶花を彩る」
 グレイが歌い終える頃にはもう、ひび割れた運命の壁を叩き壊すかのように、スティアの月下氷刃が艶やかに咲き誇っていて。
「機は逸さないからね!」
 二色の双眸を揺らめかせ、彼女が頬をふくりと上げた。
 いつのまに、とパラディーゾが呻く。皆の歌と音に気を取られすぎた彼は、スティアの接近に微塵も気付かなかった。それだけでなくグレイの機械鋸が立てた轟音も、アレクシアが矢を引き絞る流れも、今の男には届いていない。
「っ、馬鹿な」
 パラディーゾ自身が最も驚愕した。
 終焉を迎えさせまいとする者たちの繋がりが、自分を上回ったと思ったから。
「やっぱり……」
 アレクシアが目を眇める。
 ――死が欠けているから理解できない、のかな。私たちがどうして頑張るのかも。それに。
 彼の放つ音の意味を、自分たちがすぐには理解できないのも。
 沈む一方のアレクシアの思考を引き揚げるように、そこでフィオーレの朗々とした声が響く。
「フィオたちとあなたのこの響き合いこそ、調和なのです!」
 にぱ、と笑顔を咲かせたフィオーレは頬を上気させてこう告げる。
「名付けるのであれば……これは『虹色交響曲』なのです!」
「シンフォニアアルコバレーノ……?」
 未だ理解の途次にあるのか、男の声からは朗らかさを感じない。
 フィオーレはしかしこくんと頷き、破れかけた守りの音をスキルで吹き飛ばすだけ。けれど彼女は願っていた。アズハの想いがかれへ届くようにと。
 ――誰かのために人はあるのだと『ワタシ』は教えてもらったのです。
 そのためにフィオはうたを紡ぎ続ける。
 直後、どんな音も受け入れるアズハの『響界感測』が、仲間たちがこれまで作り上げてきた意思(おと)を宿し、写し身へと掲げた。どこまでも終わりなく伝う響鳴(きょうめい)を。
「シを除いた美しい音階だけでは、見失ってしまうだろうね」
 アズハ不敵さを頬に乗せる。相手の眼差しが、底なき色を湛えていようと構わずに。
「死を積み重ねる、ではないよ」
 そして仲間たちが歌と音楽で伝えたように、アズハも言葉を贈る。
「その前の、生きる瞬間を積み重ねてる。それが最高に楽しいんだ」
「楽しい? そんな、はずは」
 男は云う。こんな世界で、そんな行為が楽しい訳など――無いと。
「楽しいッスよ! もっと美味しいもの、食べたいッス! 何が言いたいかって言うと……」
 こほん、と咳払いしたリュートが笑む。
「生きることは誉れッス!」
 声音を弾ませたリュートの後ろから、グレイが男の懐へと届ける一撃こそ、機械鋸による終わりへの途。既に、グレイが纏う復讐心に力は乗っている。だからパラディーゾを抉るのがたった一手でも、データそのものを壊す程の威力を持つ。
「そうよ、ワタシにはまだ……やることがたっくさんあるんだから!」
 ファントムが吐き出した情念もまた、ひとつの音楽と化し、ひとつの攻撃と成る。アレクシアの矢が射抜いたパラディーゾの胸元へ、ファントムの一撃が叩き込まれれば。
 かはっ、とパラディーゾのアズハが終の色を吐く。ただ、驚く素振りはなかった。嗚呼、と眉をひそめて笑い、四囲する者たちを仰ぎ見るばかり。オトによる堅牢な守りが崩された時点で、彼には『終焉』が視えていたのかもしれない。
「最後なんだ。君に合わせて、こう……形作るべきだろうか?」
 そう囁いたアズハが、かれへの餞として調えた響きは。
 ――蟶梧悍縺ョ隱ソ蜥後′蟾。繧翫※螳溘k。
 希望の調和が巡りて実る、そんな意味合いを歌った音色。
 かれらが一度は目にした、奇妙で、物悲しい文字の並びだ。
「……かわいそうに……」
 もう一人のアズハは、尚もそう云う。
 しかし消える間際に続けられた言葉は、先刻のものと異なった。
「何故、だろうな。少しだけ……」

 君たちがうらやましいよ。

成否

成功

MVP

スティア(p3x001034)
天真爛漫

状態異常

グレイ(p3x000395)[死亡×3]
自称モブ
リュート(p3x000684)[死亡×3]
竜は誓約を違えず
スティア(p3x001034)[死亡×2]
天真爛漫
アレクシア(p3x004630)[死亡×2]
蒼を穿つ
ファントム・クォーツ(p3x008825)[死亡]
センスオブワンダー
アズハ(p3x009471)[死亡]
青き調和
ルージュ(p3x009532)[死亡×2]
絶対妹黙示録
フィオーレ(p3x010147)[死亡]
青い瞳の少女

あとがき

 お疲れ様でした。パラディーゾ、アズハ。見事撃破でございます。
 苦しむばかりの終焉獣たちのことも、終わらせてくださってありがとうございました。

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