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シナリオ詳細

ライカ・スプローンの依頼。或いは、魔狼“大喰らい”の狩場…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●山羊角の少女
 雪の積もった山中に、そのボロ家はあるという。
 鉄帝、山中。
 行商や、軍人たちが日常、使うルートからも多少離れた荒れた地だ。
 かつては採掘場であったのだろう。
 周囲に木々などないその場所に、古い家だけ建っている。
 
 それは若い少女であった。
 体は小さく、手足は細い。
 少し色黒な肌に、マフラーのように首から口元を隠すように巻かれた白い髪。
 それから、頭を覆う毛皮のフード。その頭頂からはうねった山羊の角が伸びている。
 手作りだろう、灰の毛皮で仕立てたコートを身に纏い、手足には厚手のグローブとブーツを付けた防寒仕様の服装をしている。
 道行く人は、誰もが彼女を振り返る。
 そのコートの毛並みや色合いは、そこらの獣のものではないと一目で理解できたからだ。
 きっと、さぞかし名のある魔物の毛皮であろう。
 そんな彼女が山を下って、近くの街へ訪れたのには理由があった。
「誰か! 誰か、力を貸して欲しいの! 山羊の兄さんや姉さんを助けて!」
 道行く人に声をかけ、涙ながらにそう訴える。
 そのほとんどは、厄介ごとの気配を感じ急ぎ足にその場を離れた。
 時折、足を止めた者も、詳しい話を聞いた途端に顔色を悪くし逃げていく。
「悪いが他を当たってくれや。“大食らい”の魔狼の相手なんざしてらんねぇよ」
 そう言って、いかにも屈強そうな男は少女の手を振り払い、人混みの中へと去って行く。
 しかし、少女は諦めない。
 何度断られても、時には酷い罵倒を浴びせられながらも、獲物を狙う獣のような執念でもって次々に声をかけていく。
 そして、そんなことを何度も繰り返しているうちに、少女はついに“当たり”を引いた。
 偶然、その地を訪れていたローレットの協力者は、哀れな少女の話を聞いて、1通の依頼書を仕立てたのである。
 
 依頼書によれば、少女の名はライカ・スプローン。
 通称、ライカと呼ばれる彼女には兄弟がいた。
 採掘場の跡地を住処とし、ライカは楽しい毎日を過ごしていたのだ。
 けれど、しかし……。
 ある日、彼女の楽しい日々はある日唐突に終わりを迎えた。
 “大食らい”の魔狼と呼ばれる灰色の獣が、採掘場跡地に現れたのだ。
 聞けば、件の魔狼……“大食らい”と呼ばれるそれは、旅人たちの間ではそれなりに名の通った魔物らしい。
 2メートルを超える狼であり、長い時を生きた故か、人に似た姿へ変化する能力を持っている。
 その魔狼はいつも餓えていて、旅人だろうが、軍人だろうが、獣だろうが、お構いなしに食い荒らす。
 喰らう獲物が居なくなれば、別の場所に狩場を移す。
 どういうわけか、同じ時期に遠く離れた別の場所にも現れたという報告もあった。
 神出鬼没。
 そのため居場所を突き止めることもできないという、ある種の天災染みた性質の魔物であった。
「山羊の兄さんや姉さんは“大食らい”に食べられちゃったの。でも……食べられた兄さんや姉さんが、まだ胃の中で生きているかも……それに、もし既に亡くなっていたとしても、せめて“大食らい”を討ち取りたいの」
 お願い、と。
 涙ながらにライカは、そのような願いを口にした。

●魔狼“大喰らい”
「さて、ライカ嬢曰く、件の“大喰らい”という魔狼は、その名の通りの悪食だ。何でも喰らうし、いつだって飢え渇いている」
 2メートル超えという狼にしては巨大な身体を維持するためには、相応の食糧が必要なのか。
 それとも「決して満たされることがない」というある種の“呪い”染みた特性を備えた魔物なのか。
 これまで“大喰らい”を詳しく調査できた者などいないため、その辺りは憶測にすぎない。
 少なくとも『黒猫の』ショウ(p3n000005)の調査によって、得られた情報は少なかった。
「何しろ“大喰らい”に狙われた者は、ほとんど生きて帰っていないからな。人に化けるという話も、ライカ嬢から聞くまでは知らなかった」
 ライカはおそらく、実際に“大喰らい”が人へ化ける瞬間でも見たのだろう。
「幸いというべきか、採掘場跡地に遮蔽物らしきものはない。まぁ、付近には採掘のために掘られた穴が幾つもあるがな」
 古い採掘場だ。
 穴といっても、そのほとんどは落盤や積雪で埋もれている。
「採掘場の詰め所だった場所にライカや喰われたという山羊の兄弟たちは暮らしていたという」
 そこへ現れ、兄弟を喰らい尽くしたのが“大喰らい”というわけだ。
 飢えた獣が、樹木さえほとんど生えていない採掘場に訪れるとは、どういう心境の変化があったのか。
「まぁ、獣の思考など追うだけ無駄だな。さて、件の“大喰らい”についてだが、目撃証言や喰い残しの検分により幾らかの情報は得られてる」
 鋭い爪や牙、そして巨体ゆえの膂力が主な武器である。
 灰色の毛を蓄えた巨大な狼の姿をしており、主に山中を住処とする。
 その爪には【防無】が、牙には【弱点】の効果があると予想される。
「そして【無常】【ブレイク】【飛】を備えた疾走と……まぁ、こんなところだろう」
 天啓的なフィジカルファイターといった印象。
 何しろ獣であるのだから、それもある意味当然と言えば当然か。
 けれど、長く生きていることから分かる通り、それなりに知恵は回るようだ。
「単なる獣として生きるのなら、人化の術など不要だからな」
 せいぜい騙されないように。
 そういってショウはイレギュラーズを送り出す。

GMコメント

●ミッション
魔狼の討伐

●ターゲット
・魔狼“大喰い”×1
灰色の毛を持つ2メートル超えの魔狼。
常に飢え渇いており、目につく肉なら何でも喰らう。
また、人に似た姿へ化ける能力を持つようだ。
その腹には現在“山羊の兄弟”6名が収まっているというが……

解体:物近単に中ダメージ、防無
 鋭い爪による攻撃。

悪食:物至単に大ダメージ、弱点
 肉を引き裂き、骨を噛み砕く攻撃。

餌食:物中貫に中ダメージ、無常、ブレイク、飛
 獲物を狩るための疾走。


・ライカ・スプローン
フードを被り、コートを着込んだ少女。
その頭部には山羊の角が確認できる。
今回の依頼人。


●フィールド
鉄帝。
採掘場跡地。
周囲に木々は生えておらず、平野が広がっている。
平野の真ん中にあるボロ家がライカの住処であるらしい。
また、採掘場には幾つかの穴が掘られている。
破棄されて久しいが、それらはかつての採掘現場であったようだ。
雪は積もっているが視界は良好。
採掘現場の穴にでも潜るか、ボロ家に入っているかしなければ姿を隠すことは難しいだろう。


●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • ライカ・スプローンの依頼。或いは、魔狼“大喰らい”の狩場…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年11月30日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
エステル(p3p007981)
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
クロエ・ブランシェット(p3p008486)
奉唱のウィスプ
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔
ユール(p3p009966)
機械仕掛けの羊
嘉六(p3p010174)
のんべんだらり
唯月 清舟(p3p010224)
天を見上げる無頼

リプレイ

●魔狼“大喰らい”の伝承
 2メートルを超える巨大な魔狼。
 その飢えが満たされることはなく、その渇きが潤うこともない。
 獣を人を手あたり次第に食い荒らし、餌が無くなれば別の場所に移動する。
 灰色の毛皮の狼と、地獄の底から響くような遠吠えに覚えがあれば逃げるがいい。
 大喰らいはひどく残忍で、そして狡猾だ。
 一たび獲物と定められれば、逃げ切ることは出来ないだろう。
 そんな風な噂話が、鉄帝の各所でささやかれる。

「なんじゃけったいな魔物じゃのう……ロクに情報も無い狼とはこりゃまた面倒なのが相手じゃ」
「家族を失うのは辛く苦しく悲しいことだ……望みが薄くとも可能ならば叶えてやりたい」
 ところは鉄帝。
 目的地まであと少し、というところでイレギュラーズは最後の休憩を取っていた。
 岩陰に腰をおろした唯月 清舟(p3p010224)が顎に手をあて、ライカの方へ視線を向ける。ライカ……ライカ・スプローンは灰の毛皮のコートを纏った山羊角の少女だ。
『機械仕掛けの羊』ユール(p3p009966)の目には、彼女がひどく焦っているようにも見えた。

「ライカさんのコートは温かそうです。ご兄弟からのプレゼントですか?」
 吹きすさぶ寒風に身を竦めながら『夜空見上げて』クロエ・ブランシェット(p3p008486)は翼を身体に巻き付ける。
「コート? どうだっていいでしょ。それより、休憩なんてしている余裕があるの? 早く進もうよ。じゃないと、お兄さんたちを助けられなくなっちゃうよ」
「まぁ、そう焦りなさんな。腹ごしらえは大事だぞ? そら、割と美味いから食ってみな」
 どこか焦った様子のライカを宥めながら『特異運命座標』嘉六(p3p010174)は懐から取り出した干し肉を差し出した。
 ライカはじぃと差し出された干し肉へ視線を向けると、眉間に深い皺を刻む。
 今にも舌打ちでも零しそうな形相だ。
 口元を覆う長い髪に手を添えて、ライカは視線を左右へ泳がす。
 イレギュラーズ8人の視線を一身に浴びながら、ライカは問うた。
「何なの? 何でそんな目で見るの?」
「ライカさん、気を悪くすると思うし、そこは申し訳ないけど、単刀直入に言うとライカさんに怪しい部分があるから話を聞かせてもらいたいと思ってるの」
 『空に願う』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)は声を抑えてそう告げる。
 驚いたように、ライカは目を見開いた。
 そんな彼女の様子をじっと『死と戦うもの』松元 聖霊(p3p008208)は観察している。瞳孔の収縮、呼吸によって上下する胸、厚いグローブに覆われた手の動き。
 一挙手一投足に目を凝らし、不審な点は無いか、急な動きの予兆は無いかを見極めんとしているのだ。
「え、何を言ってるの? 分からない。分からないよ」
「……ローレットで情報を集めたところ、大喰らいからの生還者は殆ど居なくて曖昧な情報しか集まらなかったの。つまり、ライカさんがこうしてローレットに駆け込めた所がそういう糸口を掴ませてこなかった大喰らいらしくないということ、なんだけど」
「君は大喰らいを目にしてなお、ただ一人生還している……強運と言うべきか、それとも」
 『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)は腰に下げた剣に手をかけ告げる。
貴様が“大喰らい”ではないか?
 言葉の外に隠した真意は、正しくライカに伝わっただろう。
 怯えるように肩を竦ませ、ライカは数歩、後ろに下がる。
 “大喰らい”を討伐するため集めた戦士たちの手で、自分の命が狩られようとしているのだ。怯えるのも至極当然。
「疑いは晴らしておきたいのですよ。鉄帝領土に生きる生命は強く、生半可な闘士では太刀打ちできない怪物もいますからね」
 ライカの退路を塞ぐように移動しながらエステル(p3p007981)は言う。その手は油断なく、腰に下げた刀の柄にかけられている。
「……っ」
 それ以上、下がることも出来ずにライカは言葉を飲み込んだ。
「……ということで質問させてもらうね。関係ないように思える質問も答えてもらえると嬉しいな」
 ライカが落ち着きを取り戻すよりも早く。
 フォルトゥナリアの尋問は開始されたのだった。

●ライカ・スプローンと“大喰らい”
「まずどうしてライカさんが生き残ったの?」
「……押入れの中に隠れていたの。お兄さんやお姉さんが、そうしろって言ったから」
 フォルトゥナリアの問いかけに、僅かな間を空けライカは応えた。
「お兄さんにお姉さんね。名前は?」
「ゴートン、ランカ、エアレー、ニョースト、アマルティア、バロメッツ……適当に言っているわけじゃないけど、本当かどうかなんて確かめようがないよね?」
「かもね。それじゃあ、その毛皮のコートはどうやって入手したの?」
「……お母さまから貰ったものよ。お母さまが若い頃に、倒した狼から剥ぎ取ったんだって。ねぇ、時間がもったいないよ。早く先へ進もうよ」
「そうは言っても、適切な治療な為に問診は大事だろ?」
 踵を返し、先へ進もうとするライカを呼び止めながら聖霊は視線をフォルトゥナリアへと向けた。
 問答の様子を見る限り、ライカは何も嘘を吐いていなかったのだ。
 けれど、しかし……。
「……っていうか、時間の無駄じゃない?」
 はぁ、と小さな溜め息を零し、ライカはその場でしゃがみ込む。
 厚手のグローブに覆われた手を、雪の積もった地面に置くとライカは首を大きく左右へと振った。
 拍子にコートのフードから、地面に山羊の角が落ちる。
「心、読んでんでしょ?」
 ざわり、と顕わになったライカの髪が蠢いた。
 その頭頂には、狼らしき獣の耳が覗いている。
 山羊の角は、フードに穴をあけ括りつけていたのだろう。
 1歩、踏み込むと同時にオリーブは腰の剣を抜く。しゃらん、と刃が鞘の内を奔る音。目にも止まらぬ斬撃を、しかしライカは高く跳躍することであっさりと回避してみせた。

 おぉん、と空へライカが吠える。
 その身は空中で形を変える。身体は肥大し、腕は伸び、グローブを突き破って鋭い爪が生えそろう。
 魔狼は、その本性を現すと、くるりと器用に空中で姿勢を反転させて真下に居たオリーブ目掛け、鋭い爪を振り下ろす。

 鋭い爪がオリーブの胸部を深く抉った。
 肉が裂け、鮮血が散る。
 地面に転倒しながらも、オリーブは剣でライカ……否、魔狼の腕を斬り付けた。
「人化は完全ではなかった、ということですか。山羊に不似合いな牙や爪までは、人の姿を真似ても隠せないようですね」
 斬り付けられた魔狼は後ろに跳び退る。
 腹を踏みつけられたオリーブが、口から大量の血を吐いた。内臓にダメージを負ったのだろう。血を吐きながらもオリーブは跳び起きるがダメージが大きく、立った拍子に姿勢を崩した。
 その肩を支えた聖霊は、前に出ようとするオリーブを強引に後ろへ引き戻した。
「お腹を傷つけないように!」
 翼を広げたクロエが叫ぶ。
 身体を宙へ浮かせた彼女の影の中から、黒い犬が飛び出した。雪を蹴散らし疾駆する犬は、あっという間に魔狼へ肉薄。
 その鼻先へ喰らい付くが、魔狼は爪を一振りすると影犬の首を斬り裂き落した。
「やりにくいったらないのぅ。腹ん中に何があるかわからんからなぁ」
 魔狼へ牽制射撃を撃ち込みながら清舟はぼやく。
 素早く動く魔狼の上半身だけを正確に狙い撃つ技術は確かなものではあるが、それは利点でもあり欠点でもある。まっすぐに上半身だけを狙って来ると理解していれば、ほんの僅かな動作で回避が行えるということだ。
「……ってか、6人も食った腹か、ありゃ?」
 腹の中に6人もの人間が収まっているにしては、魔狼のそれはすっきりしていた。既に山羊の兄弟たちは消化されたか……そもそも、食ったという話自体が嘘だったのか。
 雪を蹴散らし、魔狼は急停止。
 地面を滑るようにして、矢のように加速した魔狼は清舟へ向け疾駆した。遠距離からの牽制が、よほどに気に障ったらしい。
「……っ!?」
 銃を盾に構えた清舟。
 しかし、魔狼は清舟の腕ごと銃を口内に収めた。鋭い牙が腕に食い込み、骨の軋む音がする。苦悶の声を漏らす清舟の喉に、魔狼の爪が突き立てられた。
 咄嗟に清舟は脚を振り上げるが、その蹴りが魔狼に届くことはない。蹴りを放てば、腹に当たる位置なのだ。攻撃を躊躇った清舟を、誰が攻められるだろう。
「万が一ってこともある。腹への攻撃は極力避けてくべきだぜ」
 代わりに、魔狼へ一撃を加えたのはいつの間にやら背後に回り込んでいた嘉六である。魔狼の首筋にリボルバー拳銃を押し当てると、続けざまに6度トリガーを引き絞る。
 鈍い銃声が鳴り響き、その度に魔狼の身体が跳ねた。
 解放された清舟は転がるように後退。庇うようにクロエがその前に降り立った。
「こっちだぜワンコ。かかってこい」
「……暴食の魔狼に舐めた口を聞くじゃない」
 血走った目で嘉六を見やり、魔狼はぐっと姿勢を低くする。折りたたまれた脚はバネ。その巨体は砲弾だ。
 空気を震わせ、魔狼は跳んだ。
 言ってしまえばそれは加速をつけた体当たりでしかないのだが、魔狼の巨体で行使すれば威力も絶大となる。
 もっとも……。
「残念だ。本当に」
 軽く数度、地面を蹴って魔狼の背後へユールが跳んだ。
 蹄でしっかり地面を踏みしめることで、雪上にも関わらず素早い移動を行うユール。その両足は低く駆動音を鳴らし、紫電を迸らせていた。
「……雷神の裁きを受けるがいい」
 振り下ろされた蹴撃が、魔狼の脳天を穿つ。
 空気の弾ける音がして、魔狼の額が割れた。頭蓋が砕けたのだろう。陥没した頭部からは、血と一緒に脳漿が散る。
「……畜生。やっと“大喰らい”の奴を、消せる機会が」
 最後まで言葉を続けることは無いまま、魔狼は息絶えた。

 翼を広げたクロエが空へと舞い上がる。
「急いで!」
 そう叫んだクロエの遥か下方ではオリーブ、嘉六、フォルトゥナリア、ユール、エステルが山中を駆け抜けていた。
 向かう先は、小屋のある採掘場跡地……今回の依頼主が住んでいたという場所である。
「魔狼は複数いるのかもしれないとは思っていたけど」
 クロエがその言葉を口にした直後……どこか遠くで、狼の遠吠えが響き渡った。

 時間は少し遡る。
 魔狼を討ち取った後、聖霊がその腹を切り開いた。
 結果、腹の中から出て来たのは山羊の角を持つ少女が1人。その顔立ちは、つい先ほどに殺めたばかりの魔狼と酷似していた。
 魔狼が喰らっていたその少女こそが、本物のライカ・スプローンだったのだろう。
「開腹してよかった。まだ、息があります」
 聖霊とエステルによる2人がかりの治療の末に、ライカは意識を取り戻す。
 そうして、彼女はか弱い声でこう言った。
「お兄さんやお姉さんが……“大喰らい”に。お願い、皆を、家族を……」
 助けてあげて。
 その一言を告げる前に、ライカは意識を失った。

 餌の臭いを嗅ぎつけたのか。
 空を舞うクロエへ向けて、跳びかかった巨大な影は、つい先ほどに一戦交えた魔狼と似通った姿かたちを取っていた。
 灰の体毛に、2メートル越す巨大な体躯。魔狼“大喰らい”は初めから2頭、存在していたのだろう。同時期、遠く離れた別々の土地で見かけられたという噂の真実がそれだ。
 片や、人に化けて狩りを行う魔狼。
 片や、目につく獲物を片端から喰らう“大喰らい”。
 クロエに襲い掛かった魔狼の白い腹は、ぼってりと膨れているではないか。
「……っ!!」
 クロエの放った魔力の縄が“大喰らい”の大きな口に巻き付いた。噛み付けないと分かった瞬間“大喰らい”は爪を振り上げ、クロエの翼に突き立てる。
 姿勢を崩したクロエと“大喰らい”は、もつれるようにしながら地上へ落ちていく。

 エステルが戦場に着いた時、クロエは既に血塗れだった。
 “大喰らい”の爪を受けた白い翼は、すっかり赤に濡れている。
 嘉六、オリーブ、ユールはまっすぐ“大喰らい”へ駆けていく。その様子を後方より見守りながら、エステルは胸の前で手を組み、瞳を静かに閉じた。
 口の中で祈りの歌を唱えれば、リィンと空気が鈴の音に似た響きを奏でる。
 飛び散る燐光を浴び、クロエの翼や傷ついた肌が癒えていく。
 その間にも、オリーブの剣が、ユールの蹴りが“大喰らい”へと襲い掛かる。腹が重いのか“大喰らい”の動きは鈍い。回避される心配はないと、嘉六は銃の引き金を絞り、続けざまに数発の鉛弾を“大喰らい”の肩へと撃ち込んだ。
 しかし“大喰らい”は、そこらの獣とはわけが違う。
 前脚を斬られ、片目を蹴り潰され、肩に鉛を撃ち込まれてなお、目の前の肉を喰らってやろうと暴れ続けた。
 その度に積もった雪が巻上げられ、あっという間に辺りは白に染まってしまう。戦闘の余波で雪が吹き荒れる様は、まるで吹雪のそれではないか。
「……巻き込まれては堪りませんね。2人とも、こちらへ」
 後方より支援を行っていたフォルトゥナリア、そして傷ついたクロエを自身の元へ呼び寄せ、エステルは腰の刀を抜く。
 それを地面に突き立てれば、ざわりと、まるで意思を持つかのように積もった雪が蠢いた。
 そうして形成されたのは、雪で作った雪洞……かまくらだ。
「急いで! こんなに視界が悪くっちゃ、どこから襲われるか分からない!」
 よろけるクロエに肩を貸し、転がるようにフォルトゥナリアは雪洞へと辿り着く。2人を雪洞内部へと招き入れながら、エステルはチラと外の様子を伺った。
「――返してもらうぞ、全てを」
 紫電を纏ったユールの蹴りが“大喰らい”の側頭部を打ち抜く。へし折れた片方の牙が地面に転がり、溜まらず悲痛な悲鳴をあげた。
 しかし、攻撃直後の刹那の隙を突くように“大喰らい”は爪を一閃。ユールの肩から胸にかけてが、深く抉られたのである。
「腹部を攻撃出来ないって言うのが、ちょっと厄介だよね」
「……ライカさんのご兄弟を助けるためには仕方ないかと。たぶんですが、まだ息はあるようです」
 フォルトゥナリアの呟きに、クロエはそう言葉を返した。
 
 鋭い爪がオリーブの肩に食い込んだ。
 地面に押し倒されたオリーブの頭へ“大喰らい”は鋭い牙の並んだ顎を近づける。
 しかし、直後に銃声が鳴ると慌てたように後ろへ跳んでそれを回避。オリーブを立ち上がらせながら、嘉六は何事かを囁いた。

 フォルトゥナリアの見立てでは、“大喰らい”とイレギュラーズの戦力は五分五分といったところだろうか。エステル、クロエの回復支援がある分だけ、長い目で見ればイレギュラーズの有利かもしれない。
 “大喰らい”もそれを理解しているのか、先ほどから攻撃の頻度が増したように思える。
 となれば、戦況を一変させる“何か”が必要となるわけで……。
「今!」
 フォルトゥナリアが叫ぶと同時に嘉六は銃弾を撃ち出した。
 “大喰らい”は嘉六の方を睨みながら、横へ跳ぶことで銃弾を回避。
 その直後、着地と同時に“大喰らい”の右脚から血飛沫が飛び散った。
「さぁて、どうなることかと思ったが」
 “大喰らい”の右脚を粉砕したそれは、8.8 cmという大口径の砲弾だ。
 治療のために遅れていた清舟と聖霊が、戦線に加わったのだ。
「……今度は外しません。その頭を叩き割ってやりましょう」
 “大喰らい”が怯んだ隙に、その懐へ潜り込んだ影が1つ。
 顎を開くその刹那、クロエの放った魔力の縄が“大喰らい”の口を縛った。
 長剣を低く構えたオリーブは、駆ける勢いそのままに大喰らいの顔面目掛けて渾身の斬撃を叩き込む。
 顎が砕け、折れた牙と血が飛び散った。
 鼻が裂け、衝撃で眼球が飛び出した。
 “城さえ崩す”と讃えられた斬撃を受け“大喰らい”の首がへし折れた。
 頭蓋を割って、オリーブの剣は脳へと届く。
 そうしてついに“大喰らい”は息絶えた。

 心臓が跳ねる。
 寒い土地だというのに、聖霊の額には汗が滲んだ。
「オリーブ! こいつの腹を掻っ捌いてくれ! 中に人がいる!」
 息絶えた“大喰らい”の身体を仰向けに倒すと、膨れ上がった腹部を示してそう告げた。オリーブが剣で魔狼の腹を切り裂けば、血と胃液がどばと辺りにぶちまけられた。
「っ……胃液で皮膚が爛れちまってる! 心臓はギリギリ動いてるが呼吸が浅い!」
 一刻も早く、山羊の兄弟たちを胃から引きずり出さねば命が危うい。手を伸ばした聖霊を、しかしユールが掴んで止めた。
「おい……何のつもりだ。時間がねぇんだぞ」
「俺がやる。治療の準備を。胃液で焼け爛れた手で緻密な処置ができるのか?」
 あの娘を1人にしてはだめだ。
 そう呟いて、ユールは魔狼の腹に手を突っ込んだ。1人、2人と血と胃液に塗れた少年たちが引きずり出されていく。
 エステルやクロエが応急処置を施し、聖霊は少年たちの治療を進める。
 瞬きをする間も惜しい。
 汗を拭っている暇はない。
 一分一秒の遅れが明暗を分ける。
 まるで綱渡りのような焦燥感。手早く処置を進めなければならないが、だからといって雑な治療をするわけにもいかない。
「死に抗え、生きたいと願え、絶対に助けてやるからよ!」
 1人の命も取りこぼすことのないように。
 その日、聖霊は山羊の家族を救ってみせた。

成否

成功

MVP

松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ

状態異常

クロエ・ブランシェット(p3p008486)[重傷]
奉唱のウィスプ
唯月 清舟(p3p010224)[重傷]
天を見上げる無頼

あとがき

お疲れ様です。
ライカおよびその兄弟は、無事に救出されました。
また、魔狼たちも討伐されました。
依頼は成功となります。

この度はご参加ありがとうございました。
また、別の依頼でお会いしましょう。

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