PandoraPartyProject

シナリオ詳細

敬虔ヴァンパイアと死のアリス

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●アリス、吸血鬼がいるよ
 美しい人を殺したい。

 人膚の下に脈打つ命の香りが甘やかに感じられるようになったのはいつからだろう。
 懺悔室を出て純白の函の中を歩く。函とはすなわち教会だ。直角に直角、曲がらず歪む所無き教会建築は、以前は清廉にして潔白な聖域然として私の心の拠り所であったのにも関わらず、此処数日は蕩ける夕陽よりも柔らかな燭台の灯りの揺らめきに心が騒めいてならず、外を吹く風は魔笛の如く放埓な夜歩きを誘うのだ。
 人がいる。風の臭いに、そう思う。じわり欲望が胸に渦巻き足音を潜ませ息を殺して引き寄せられるように歩みを進めた。此方だ。もう少し。先に。いるのだ。いるだろう。知っているぞ、わかっているぞ、もう少し……――嗚呼、いた。思わず無音で十字を切る。祈りは身に沁みつき、呼吸するにも似て自然なものだった。
 冬を前に火の色纏う薔薇が孤独に震え、初々しさを忘れた緑葉がかの人を取り巻き囲っている。何かが起きるには似合いの夜、艶めくブロンドを風に靡かせ花を愛でる生命の気配。性別などはどうでもよかった。肉の下で命の脈動がとくんとくんと悪魔の魂を誘ってやまぬ人。
 其れが今――私に気づいて。
「ああ、神父さん」
 呼ぶ。
 声に篭もる、熱が。吐息が白くふわりと煙のように大気に溶け込み、生命の熱を伝える。
「こんな夜中に、どうしたんですか」
 こちらは、眠れなくて。そう呟く獲物が首を傾ける。朧な人工の町灯りに浮き上がる肌膚は白く、呼気に緩慢に上下する。何事か独白めいた言の葉を喉から唇から零しながら、白雪のような穢れない白い手が薔薇に伸びて直ぐに引く。闇と葉影に潜む棘に痛みを齎されたから。
「い、た」
 棘で傷ついた指先を口元に運び、赤い舌がちろりと舐めとる。ぷくりと血泡を生んだ肌はすぐには傷を閉じることなく、唾液交じりの紅血が溢れる光景が目に焼き付いて。
「いやあ。うっかりやっちゃいました。……神父さん? 大丈夫ですか?」
 風に煽られて乱れる髪、無防備な首筋、鼓動が躍る。くらりと酩酊するような芳香が心を浮き立たせ、ふわふわとさせて理性を蕩けさせてゆく。禁断の林檎の色、棘の鋭い薔薇の色。赫。赫赫赫、赫。赤いアカイ紅いあかいチだ。
 血。
 そう、……血。ソレだ。
 ――血が欲しい。啜りたい。貪りたい。舌で絡めとり、味わいたい。慈しみ、抱きしめて殺したい。そう、――殺したいのだ、殺したくて夜に外に出てきたのだ、そうだったのだ、気付いたのだ、自覚した、理解した、わかってしまった――だからもう、止まらない。
「は……、っ、は、」
 臨界寸前の何かが衝動となり、足元からせり上がる。喉を鳴らす――嗚呼、もう我慢ができない――私は獣のように烈しい情動に突き動かされ、全身が嵐になったように異常な速度と膂力でかの人に抱き着いた。両腕で逃がさぬよう情熱的に抱きしめ、驚き戸惑う腕の中の体温に興奮し、影が踊る様を夢心地で鑑賞しながら甘美なる首元に顔を埋めて――『牙を剥いた』。


 それは狂気への序曲。
 それは彼が人を辞めた日。


 神父ナリスは、幼き頃より熱心で純粋、敬虔な神の僕であった。働き者で純朴な彼は健康的に日に焼けた肌と春の大地のような温かみのある茶の髪、温厚な瞳が印象的な青年で、友は多く年上をよく敬い年下には父のように優しく、異性には過剰なほど距離を置いて「私は神に生涯を捧げる身でありまして」と真っ赤なトマトのようになりながら視線を逸らすさまが愛嬌があると皆に微笑ましく思われていたものだった。
 知らず心に闇を住まわせたか、何かに倦んでいたのか、何かに渇いていたのか。星も凍える紅い夜に罪過が産声をあげ、夢中で肌に赤い痕を刻む生まれたてのヴァンパイアは悦びに震え、敬虔な神父の皮を脱ぎ捨てて嗜虐的な黒瑪瑙の瞳を爛々とさせ、苦鳴を漏らし藻掻く獲物をいたぶり、可愛がり、甘露に濡れた唇で凄絶に哂い――、朝にはステンドグラスの光輝の内、首から下げた十字架を揺らして聖書の頁ををめくり神の教えをまた唱えるのだ。


 ――おお、神よ。神の家に魔物がいるのです。

 ――誰もまだ、そのことを知らない。


 ねえアリス、ゲームのバグがここにあるよ。


●この世界がゲームだと君は知っている
「騙していたんです。潜んでいるんです。聖人みたいな顔をして、獲物を狙っているんです、今も! 今も! 今もです……っ!」

 『Rapid Origin Online』とは練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界。練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境は、原因不明のエラーにより暴走を起こした。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築したのだ。R.O.O内の作りは混沌の現実に似ているが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されている。
 ネクストの正義国『ジャスティス』。ゲームの世界、バグで暴走した『R.O.O』の中でNPC達はネクストの中で生きている。

 イレギュラーズ一行の前には、一人のNPCがいた。

 恋人を亡くしたと語る栗色の髪の乙女である。ルィアーゼと名乗る乙女は、震えながら小さな声で告発する。
「蝋みたいに白く、血を失って殺されたんです。吸血鬼です。私、彼の首筋に痕があるのをはっきり見ました」
 被害者は数人、いずれも首筋に刺傷があり、失血起因の死亡だというのだ。そして。
「ナリス神父です。私、見たんです。夜に、薔薇園で……人を襲っていました。牙を剥きだしにして、首を噛んで。夢中で逃げました。見つかったら私も殺される、そう思って」
 しゃくりあげる全身がガタガタと恐怖と悲しみに震えている。

「お、お、おねがいです。吸血鬼を――あの恐ろしい神父を、退治してください。お金は払います。どうか、どうか……か、彼はもう、戻ってこないけど……今夜、あの男はまた人を襲うと思うんです」
 乙女は泣きはらした顔をのろのろと上げた。
 荒れた唇が真っ赤に色づき、痩せた頬が激情に血の気をのぼらせている。
「許せない……仇を。仇を、せめて。どうか……」

 お願いします、おねがいします。
 滂沱と涙と流しながら、乙女は懇願するのであった。

GMコメント

 こんにちは。透明空気です。どうぞよろしくお願いいたします。
 シナリオに興味をもってくださり、オープニングを読んでくださってありがとうございます。今回は「ゲームの中で吸血鬼(バグ)討伐!」なシナリオです。

●目的
 吸血鬼討伐。
 イレギュラーズの全滅、もしくは吸血鬼が逃走すると失敗です。

●敵
・バグったNPC『ナリス』1人です。基本スペックとして、耐久力が高いです。
・吸血&殺人衝動があり、特に夜に強い衝動を覚えて狩りをします。
・日中も活動可能、日の光を恐れず、にんにくや十字架も平気どころか本人教会の中で神父さんしています。
・夜は空腹状態から活動を開始し、教会の外に出ます。
 1人も吸血していない状態だと飢えて力が十分に発揮できませんが、狂暴で好戦的に格闘戦闘をしてきます。
 1人~2人吸血するとパワーアップして念動力を使うようになり、周囲の物体を動かして戦闘に活用するようになります。
 3~4人吸血するとバグる前の神父の感性を取り戻し、罪の意識を覚えて念動力を使えなくなり、戦闘意欲も低下して動きが鈍ります。吸血鬼である自分への嫌悪感を見せ始め、吸血本能に抗う素振りを見せます。
 5~6人吸血すると吹っ切れたように狂気全開になり、攻撃力が上がります。
 7~8人吸血するとすべての行動を放棄し、全力で逃亡します。足止めは至難です。
・老若男女、色モノゆるキャラなんでも吸血します。吸血されると治癒の余地なく死亡します。一般人NPCが吸血されると復活なき死亡、PCが吸血されると死亡後サクラメントで復活となります。

●フィールド
・教会の周辺に広がる美しい薔薇園が主要現場となります。
・行動時間帯は「夜」です。
・薔薇園はスタートから数ターンは吸血鬼とイレギュラーズ以外人がいませんが、長時間戦闘が続くと物音を聞きつけた一般人NPCが来るかもしれません。
・サクラメントは街中にありますが、戦線復帰には5ターン程度必要です。戦線復帰の際に大声を出したり目立ったりすると、近くを通りかかった一般人NPCが「何事か」と戦場(薔薇園)までついてくる可能性があります。

※重要な備考
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●ROOとは
 練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
 練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
 R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
 練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
 自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline

 以上です。
 今回は相談期間が短く不慮の事故による失敗の可能性も十分にあるシナリオですが、こんな時こそ熟練プレイヤーさんの腕の見せ所! ということで、どうぞよろしくお願いいたします!

  • 敬虔ヴァンパイアと死のアリス完了
  • GM名透明空気
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年11月19日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

梨尾(p3x000561)
不転の境界
樹里(p3x000692)
ようじょ整備士
Ignat(p3x002377)
アンジャネーヤ
カノン(p3x008357)
仮想世界の冒険者
エイラ(p3x008595)
水底に揺蕩う月の花
ミセバヤ(p3x008870)
ウサ侍
アズハ(p3x009471)
青き調和
ルージュ(p3x009532)
絶対妹黙示録

リプレイ

●Re:Action
 ――仇を討つよ。だから夜は安心して眠ってて。
 依頼を引き受けた彼らの言葉を想い、縋るような心地で家の窓から乙女が薔薇園の方角を見つめる夜。パーティは作戦行動を開始していた。ランタン2つ、自らが光源となる2人。『仮想世界の冒険者』カノン(p3x008357)のレリックインベントリーから取り出した蓋を被せたランタンは、街の方に光が漏れない様に配慮しながらの運用、『ここにいます』梨尾(p3x000561)の開く焔傘と方陣は光を漏らさぬための対策。『深海に揺蕩う月の花』エイラ(p3x008595)と梨尾が光量を調整し、目立ち過ぎぬように気を配っている。


 この夜、最速でスキルの札を切り運命を手繰り寄せたのは青き奏鋼種『アルコ空団“路を聴く者”』アズハ(p3x009471)。
(俺は信心深くはない、が……神父を狂気に堕とすのはさすがに悪趣味だと思うね)
 力が高まる中、音を奏でている世界に彼がいる。
(さぁ、これ以上吸血はさせないぞ……!)
「……!?」
 神父は完全に意表を突かれ、瞠目した。薔薇が揺れ一瞬視えたのは見知らぬ青年。瞳が閉じられ、醸し出す音は異様に静か。まるで幻影のよう――けれど、紛れもない実体。心を捕らえ、心を惑わせる、そんな姿。
 ゆら、り。
 敵の反応が追い付かぬ中、風に乗って彷徨うくらげ型の火の玉はエイラの存在を報せる。
「自分がぁ自分ではなくなっちゃうのは怖いよねぇ。自分で選んだのではない理不尽なバグでというならぁ尚更だよぉ」
 声音を確かめながら喋るように。
「いいよぉ不死者を埋葬するのもぉ墓守の仕事だからぁ」
 探り探り発語するような口調で言うのだ――「人間としての死を取り戻してあげるよぉ」と。幻想的な蛍光帯び、ふわりゆらりと誘うような誘惑。
「何者だ……!?」
 抗う神父に畳みかけるように子供めいた聲が届く。
「神父の立場で殺人なんて許せないのです!」
 『ウサ侍』ミセバヤ(p3x008870)がプンスコお怒り。《ウサギの視力》のおかげで足取りには迷いがない。ぴょこんちょこんと前に出て、垂れ耳のウサギは短いおててで懸命に刀を抜く。
「くっ?」
 愛らしい見た目なのに、と神父は驚愕した。ウサギの刀が袈裟に鮮やかな一閃を見せ、神父の肩から胸にかけて大きく切り裂いて血飛沫をあげている。
「こ、この。魔物が!」
 神父は怒りの形相を浮かべて吐き捨てた。
 ブーツの底で薔薇園の石タイルが音を立てぬよう気を配りつつ、梨尾が敵の胸元で揺れる血濡れた十字架に首を振った。
「普通の神父だったのに。自分達にできるのは彼を楽にしてあげる事だけ……いや、もう一つ……」
 闇夜を見通す彩の異なる双眸はバグが招いた悲劇を見つめ、未来に続く道を探っていた。既に状況は動いている。梨尾は柔らかな毛におおわれた獣の片手を向け、凍えるエフェクトの纏炎を放った。逃れようとした神父は炎に纏わりつかれ、冷気を帯びる口元を気にする素振りをしながら怒りに満ちた顔でミセバヤを捕まえようとして、ひょこりと逃げられている。少しでも行動順が違えば被害が出ていただろうと戦況を分析するのは、カノンだ。敵の初手はかく防がれし。

「じぶんがじぶんでなくなるかんかく」
 ――いつのまにかそうであったと気がついたときの恐怖とは、いかほどか。『シュレディンガーのようじょ』樹里(p3x000692)が無垢なる幼女の瞳で敵を視る。
(わたしたちにできることは、おわらせてあげることのみです)
 色白のいたいけな手が彼に向けられ、あどけない声が夜気を震わせ。
「しんぷさま。しんぷさま。こんなよなかに、どうしたんですか」
 幼さを感じさせる喋り方に神父がハッと視線を向ける。
「子供……」
 なんて幼くいたいけな生命。普段ならば庇護の対象。今は――、
「なんて、美味そうな……」
「……魔物はあなたではありませんか!」
 ミセバヤが神父の進路を断つように位置取り、樹里を守る。背に隠された樹里は穢れ無き神聖さを感じさせるハイ・ソプラノボイスを響かせる。
『主よ、人の望みの喜びよ』
 それは、聖句。
 神父の日常であり、尊い拠り所。
「まだあなたにひととしてのこころがあるならばともに唱えなさい」
 時を味方につけたように、聖句は繰り返された。二つ、三つ――連続行動!
『汝の隣人を愛せよ』
 ――ばけものとしてきえたくなければ。ひととして、おえたいのならば、そのしょうどうにあらがう力を、となえなさい。
 流れるような言葉の波。神父は飢えた瞳を歪め、理性の灯火を明滅させる。
「わ、私は、私は神に……」
「……これは、さんげです。あなたをころすことでしかすくえないわたしたちと、あなたのつみのこくはくです」
「わ、私は……」

 ――聞いている。効いている?
 『絶対妹黙示録』ルージュ(p3x009532)は片眼鏡越しに彼らを見ながら自己強化している。
「神父様かぁ。もしかしたら、あんたも何かの犠牲者かもしんねーけどな。これだけの犠牲者が出てるんだ、これ以上の暴挙を許すわけにはいかねーぜ!!」
 紅い頭巾のカノンは長い杖を手に、冒険技能を発揮して音を最小限に抑えて発動する。
「アナザーリバースアクセラレーション(再現した且つての力)」
 杖先に生まれた魔弾が最前線の空気を裂いて飛んでいく。――バグの産物で吸血鬼っぽい力を得ただけの全く違う何かなのでは……? そんな疑念を抱きつつ「今は飢えていて狂暴ですね」と敵を分析し、カノンは杖を振る。視野に着弾の光が咲いている。
「神父さんにも私達にも、もう彼を元に戻す事は出来ませんし――被害が出てしまってるのも事実。月並みですが、これ以上の被害を出さない為に討伐する事を、元の神父さんも望んでると信じたいですね」
 ランタンが揺れる。『アンジャネーヤ』Ignat(p3x002377)は後方から敵に照準を合わせていた。
「吸血鬼、そんなバグもあるんだね。大変な能力も持っているし本気でかからなきゃね!」
 気の毒とは思う。
(でも元に戻す方法は、無いんだ)
「オレに出来ることは後始末くらいだからね。残念だけれど」
 戦機、咆哮。放たれるは蟹光箭。
「イヴせマスヂィ!?」
 神父が光線に穿たれ悲鳴をあげている。ああ、バグってる。Ignatは確信を得て頷いた。
 空を月がのぼっていく。
(昼は神父、夜は吸血鬼)
 寝てないのかな、と胸中に想いを抱きつつアズハは敵味方の音を聞き、薔薇の精のように密やかに状態異常を付与してじわりじわりと戦況を傾けていく。


●Nacht und Wind
 エイラが敵に電気クラゲの痛みを走らせている。可愛い水母には毒があるのだと知らしめるようなピリリとした痛みの中、神父が咆哮をあげた。飢えた獣のような叫びを。
 耳をぴくりとさせつつ、『迅狼』を発動した梨尾の隣には頼もしい存在がいる。赤の双刀は薔薇園に躍りて急所を狙う一手。一撃を補助するように灰銀狼がフェイントを入れ、横一閃。背後に跳ぶ敵は血を滴らせて。
「血が足りない。補わなければ――」
 熱に浮かされたように息を荒げ、炎獄に命を削られながら血走った目でミセバヤを狙う。
「ミセバヤを食べても美味しくないのです! いや、結構美味しいかも……? いやいや、そういう問題ではなくて!」
「命を食らって生きるのは全く正しい」
 アズハは視力に頼らない。義肢が軋む音を制御して、敵味方の音を聞き――己が音を寄り添わせるよう口を開く。
「生物とはそういう存在だからな。そして血は生命の根源とも言われるし、信仰においては神聖に扱われることもあるだろう」
 アズハの心は迷わない。
 経験、教養が確かな軸となっている。
「だけどその飢え、貪欲さ、恍惚。それはただの禁忌だ」
 迷わぬ意思はじわりと敵の心を絡めとる楔となる。
「満たさせてなどやらない。葡萄酒すらも許さない。たとえ吸血されようとも、討伐を果たすまで攻撃の手は決して緩めない!」
 その耳は足音を聞く。カノンの悲鳴を聞く。
「ミセバヤさん!」
 血溜まりに倒れつつ、ウサギの手が彼に伸びた。
「あなたはまだ「人間の理性を捨てていない」、そう思えるのです」
 ミセバヤは霞む視界で神父を見た。
「このまま『吸血鬼』として終わるのか、それとも『ナリス(人間)』として終わるのか……決めるのは貴方自身なのです」
 視界の魔物が血に塗れ悦んでいる。目は爛々と歪な光を宿し、口の端は釣り上がり。
 ずっと、飢えていた。今それが満たされた。
 ずっと、邪魔だった。今それが解消された。
「声は、もう、届かないのです……?」
 ミセバヤの手が哀し気に地に落ちた。

「――は」
 歓喜と疚しさがせめぎ合う中、念動力で園内の地面に敷き詰められた石タイルが浮き上がり嵐のように飛び回る。
「くは、ははは。ハハハ!!」
 力を得た『吸血鬼』は身軽に跳び、飛ぶタイルを足場に跳ねながら獲物を引き寄せた。獲物――樹里の声が鋭き茨剣の如く心を貫く。
「『人をも我が身の如く愛せんことを努め奉る』――しっかりとなさいまし、神父様」
 その痛みにさえ心地よさげに目を細め。
「娘よ、私は神父ではない」
 主よ、喜びがここにある。麗しき恵みが喉を満たし、けれど棘が心を刺すのです。けれど血潮が喉と腹を満たして暴虐の情を掻き立てるのです。熱い吐息を繰り返し口元を獲物の血で濡らす神父。樹里は最期の瞬間までその瞳を見つめ続けた。
 綺麗な瞳を見つめ返し、神父は首を振る。
「魔物だ。確かに……私が魔物だったのだ」
「今使ったのは念動力――、強化されています!」
 カノンが警告を発する。


●背徳のZorn
 薔薇が蔦を伸ばし、土が盛り上がり、戦いの音が夜を騒がせている。

 仲間の復帰まではまだ時間がかかる。
(もう一度――ここは外せないし、外さないから、ねぇ)
 くらげ火が踊っている。
(何度でも……)
 エイラは不屈の意思を立ち上らせ、ゆらゆらともう一度火を操る。避けようとした敵の脚を鈍らせていたのは、夜より暗い闇の帳。背筋凍らせる冷気の牙。泥沼の澱。炎に包まれ、神父が視線を向ける――煌々とした目の色を見せて。
「捕まえてみせようじゃないか」
 神父が狙いをエイラに定め、念動力を操り不規則な軌道を駆けて踊りかかる。
「エイラねーちゃんは、やらせないぜ!」
 横から俊敏に飛び掛かり、横面を蹴り飛ばしたのは懸命な表情のルージュ。帽子の上にぴょこりと出ているうさ耳が愛らしく揺れて愛の光を閃かせる。仲間の技が通りやすくなるように幾度となく放った光だ。
「悪いけど、戦闘中にそれは無防備以外のなにものでもないぜ!!」
 手を伸ばし、危険を顧みず口腔に手首を突っ込み、牙を掴む。口内の粘膜は熱く、牙は凍り付きそうなほど冷えていた。
「っう……」
 暴れる男にしがみつき、幼い手が必死に光を閃かせながら、一度――二度、力を加える。
「……牙が刺さるだけなら吸血なんて言えねーだろ!!」
 何かに干渉する。影響を与える。言葉を発して、手を伸ばして。それは――、

      わたしがいきているあかし
 それは――『ルージュという存在の証明』。

 間近に覗くルージュの瞳が敵の姿を映している。夏の瑞々しい緑のような色に醜悪な魔物が醜く足掻いて苦悶の表情を浮かべている。
「っあ、」
 めりめりと根本から捥ぎ取られる牙一つ。
「アぁ゛、アア゛ア!!」
 苦い血液が噴出し――己が魔性を厭い、抗えと何かが叫ぶ声と共に幼子の眼に映った魔物の自分が思い出される。その表情を想い、身の内に降り積もる与えられた幾つかの棘の痛みに感じる――助けようとして戦っている。
 痛みに激しく荒ぶる敵に打ち払われ、ルージュの小さな体が地面をバウンドする。追撃から守るよう、仲間たちが素早く移動し陣形を整え、――迫る足音にハッとした表情を浮かべるのはアズハだった。齎した情報にカノンが呼びかける。
「どうやら猶予がありません――決着を」
 頷きを交わし、パーティは苛烈な攻勢に移行した。


●罪の果て
「こ、これは一体」
 軈て現れたのは数人の民間人だった。蒼褪め立ち竦む姿は格好の標的。Ingatが戦場から引き離そうと傍に駆ける。
「命が惜しければさっさと逃げて欲しいな!」
「血……」
 血が必要だ。神父は飢えた瞳で獲物を見る。柳に風で中て難いエイラではなく、弱く捕まえやすい獲物。それが彼には必要だった。


 同時刻、薔薇園の入り口で中を窺う一般人へとミセバヤが声をかけていた。手短に最低限、危険がある事と自分達パーティが対応中である事を伝えれば、人々は理解を示した。
「避難していてほしいのです」
「わかった。でも、すでに中に何人か入っていったよ」
「! そうでしたか……」


 ミセバヤが人々に避難を呼びかけて戦場へと復帰すると、丁度神父が獲物に飛び掛かる光景が視界に映った。
「ふぅ、はは」
 敵と己の血に濡れた一つだけの牙を剥き、獲物目掛けて跳ぶ姿はまさに悪夢。
「わあああああっ!!」
 飛び掛かる姿に人々が恐怖する。足が竦み、逃げることもままならぬ彼らは、目を見開いて硬直していた。迫る脅威は恐ろしき血塗れた魔物で、彼らは思った。殺される、と。そこに、銀色が飛び込んで視界を塞いだ。
「オレは直ぐにリスポーン出来るからね」
 銀の戦機Ingatだ。民間人を庇い、両腕を広げ、守っている。
「あ、あんた!」
 守ってくれている! 身を挺して。命を賭して。庇われた男が手を伸ばし、恐ろしい悪鬼に噛みつかれているのを見て恐怖し嗚咽し、後退る。
「それに」
 くわりと一つの牙を剥く吸血鬼の耳朶にはその瞬間、微かな言葉が届いていた。
「……吸血鬼が手にかける人数を増やすのは、忍びない、から」
 ぽたり。
 『ナリス』は目を見開いた。それは不思議な味だった。人の生血とは違うようでいて、矢張りよく似た――美味さ。冷たく鉄錆びていて、けれど「違う」そうじゃない。血が熱く美味かったのとは、違う。脈打ち流れる生命の息吹。その人がその人だからこそ発し得る心の片鱗。誰かに注がれる優しさ。心に降り積もった棘が、澱がぐんと質を増して胸を圧迫し、喉を上がり脳が冷える。
 滴る液体は、苦くて尊い味がした。
 混ざる液体は禍々しい現実の味がして、取返しのつかない道の果てにいる自分を強く感じるのだ。
「……ください」
 喉奥から絞り出すようなナリスの聲が夜気を震わせた。
「殺して、ください」
 啼いている。鳴いている。
 啜り泣いている。
「私は、魔物です。許されてはならない罪があります。あまりにも、あまりにも重い」
 嗚呼、罪深い。
 手は血に塗れ、見の内で獣の如き欲が渦巻き――屈してしまった。負けてしまった。俯き、頭を垂れ、慄く彼。
「ナリスさん」
 梨尾が声量を抑えつつ、声をかけている。責句か、断罪か。静かに顔を上げるナリスを待っていたのは、悲しみを湛えた目だった。
「普通の神父だった貴方を助ける事ができなくて、ごめんなさい」
 ナリスは咳込んだ。喉奥から血がごぼりと溢れる。刻一刻と抜け落ちていく何かを感じて、カノンが呟いた。「もう――」呟く声が風音と混じり合う中、少年の声が続く。
「でも貴方が吸血鬼ではなく、一人の人間として吸血鬼の犠牲者だったことにはできます」
 お話の吸血鬼は変身とか催眠とか使いますからね。そう告げる声。
「貴方の神父としての誇りを、貴方のお墓の前で死を嘆き悲しんでくれる人々を守ります」
「私は、私は負けてしまった自分を――」
 氷のように冷たい炎がナリスを抱きしめるように凍てつかせる。
(ナリスさんには手助けになるはず)
「終わりだぜ。せめて最後は神様に懺悔をしてから滅びるんだな」
 祈るルージュ。その耳は最期の言葉を拾い上げ、風に揺れていた。


 骸が灰燼に帰す煙が細く靡く。誰をも安心させる為に、カノンが提案したのだ。
「吸血鬼は完全に討伐されたのです、もう復活することはありません」
「もう吸血による犠牲者は出なくなるから、安心してくれよな」
 ――吸血鬼はもういない。皆が安堵した。
「彼もまた吸血鬼の犠牲者でした……」
 梨尾の言葉を聞き、依頼人は涙を流して喜び、同時に悲しんだ。
「ルィアーゼねーちゃんも、証言してほしいんだ」
 ルージュが請えばルィアーゼはまるで本物の弟妹に頼まれた心地がして、涙を拭いて頷いた。
「わかったわ。お姉ちゃん、彼があの人を殺した事は絶対に許さないけれど――犠牲者でもあったという点だけは、証言するわ」
「せめてナリスの魂のことはぁ皆でぇ弔ってあげてぇ」
 浮世離れした風情でエイラがふわりゆらりと言葉をかければ、人々は頷いた。
「彼の者の魂が安らかに眠りに着く事を……」

 ――かれが、かれとしておわる。それは、たいせつなことでした。
 樹里が呟いた。
「しんぷさまには、つみのいしきがあったのです」
 ――抗えなかったのです。
「しんぷさまは、それがなによりも」

 これで、眠れるだろうか。アズハはそっと首を傾けた。薔薇が凍える風に震える中、ミセバヤとIgnatには子供の手をつないだ男が何度も頭を下げていて、子供は何も理解せぬ明るい笑顔を見せていた。
「救われました。本当にありがとうございます」
 彼らはこの世界で生きているのだ。そして、自分も。
 見つめていた視線の先で子供が振り返り元気一杯に手を振る。ルージュはにこりと笑って手を振り返したのだった。

成否

成功

MVP

ミセバヤ(p3x008870)
ウサ侍

状態異常

樹里(p3x000692)[死亡]
ようじょ整備士
Ignat(p3x002377)[死亡]
アンジャネーヤ
ミセバヤ(p3x008870)[死亡]
ウサ侍

あとがき

イレギュラーズの皆さん、神父さんとの戦いお疲れ様でした!
ROOも佳境ですが、NPCたちは皆さんの活躍により生命やこころを救われました。
被害を抑えるためのプレイングは特に、とてもよかったです。MVPも出しますね。ありがとうございました。

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