PandoraPartyProject

シナリオ詳細

もうすぐ悪魔がやって来る。或いは、錆に塗れた軍艦と風を吹かせる絵画の話…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●船長の手記
『もうすぐ悪魔がやってくる。君を巻き込んでしまってすまない。僕が生き残れる確率は0に等しいが、ともすると君の方には僅かばかりの希望が残っているかも知れない』
 
 風に吹かれて捲れたページに、そんな文字が刻まれていた。
 ところは海洋。
 海を彷徨う錆だらけの軍艦。
 元は燃えるような赤だったらしい船体も、錆び付いた今ではまるで廃船の様相である。
 船長室のデスクの上に置かれた日記の最後のページに記された言葉がそれだった。
 デスクの周囲には、粉になった鉄錆が散らばっている。
 それから、まだ新しいコートやシャツ、ズボンが一式。
 床に転がる錆びた勲章から察するに船の持ち主は軍人か。
 それらを身に付けているべき“人間”だけが、まるっと消失したかのような痕跡。
 
 海洋のとある港。
 沖に確認されたその軍艦に、乗員は1人もいなかった。
 錆びだらけの外観から、当初は大昔の難破船が流れ着いたものと思われていた。
 けれど、調査へ出向いた港の漁師曰く、外観は錆だらけのボロ船だが、船のデザインは近代のものであるという。
 また、錆び付いている金属部品を除けば、床板やガラス、船のそこらに残った誰かの衣服なども潮風に傷むこともないまま残っていたらしい。
「不気味に思って慌てて逃げ出してきたからな。持ち出せたのは、航海日誌が1冊だけだ」
 港の漁師が持ち帰った航海日誌の内容に寄れば、件の船が海に出たのは今からひと月ほど前のことであるという。
 そして、数日の航海の後、冒頭の一文を残して記述は途切れていた。
 まるで、何十年も海を彷徨っていたかのような外観だが、この船が造られたのはごく最近のことのようだ。
 船の名前は読み取れない。
 また、どこかの国家の軍艦というわけでもないようだ。
「まぁ、軍艦をベースに新造したんだろうな。結構な金持ちの道楽か、或いは表に知られていねぇ組織か何かの船だろう」
 そう結論を付けた漁師は、それっきり船への興味を失したようである。
 触らぬ神にたたり無し。
 好奇心は猫を殺す、とも言うか。
 知りすぎた結果、不幸な末路を迎えた者の噂など、生きていれば何度も耳にするものだ。
 関係のないことには首を突っ込まない。
 忘れてしまえば、平穏は保たれるのだ。
「インクが滲んで読めない部分も多かったが……新造船の性能試験のために航海してたみたいだ。まぁ、こっから先は知りてぇ奴が勝手に調べてくれや」
 俺はもう、あの船には近寄らねぇ。
 雇い主に航海日誌を手渡すと、漁師の男は酒瓶片手に自分のねぐらへ帰って行った。

●風を呼ぶ絵
「さて……航海日誌から、幾らかの事情が読み取れた。そして、読み取った情報に基づく予想もな」
 そう言って『黒猫の』ショウ(p3n000005)は、インクの滲んだ航海日誌を机に置いた。
 船の調査にあたった漁師たちが、手がかりとして持ち帰ってきたただ1つの物品だ。
 隅々まで調査を行ったわけではないが、ぐるりと歩き回ったところ、他にめぼしい物は見つからなかったとのことである。
「まぁ、船室の扉を開けて中を覗くぐらいはしただろうな。だが、荷物の1つひとつを改めるようなことはしていないらしい」
 とはいえ、それもある意味では当然の判断と言える。
 乗員の姿は無し。
 新造されたらしい、錆だらけの軍艦。
 船内にも無数の錆が積もっているという状態で、長らく調査を続けたい者など、そう多くはいないだろう。
「まず航海の目的だが、ある“魔道具”の実験ということだ。その魔道具は絵画の形状をしており、自在に風を起こす性質を持つという」
 軍艦は帆船である。
 航海において、風は何より重要だ。
 凪ぎの酷い時などは、同じ場所で数日間も停泊するなんてこともあり得る。
 そこへ、自在に風を起こせる魔道具があればどうなるか。
 目的の場所へ、常に最速のまま航海できるというわけだ。
「ところが、航海を開始して1日ほどが経過した頃、魔道具は制御から外れた……と、断片的な文からそれが読み取れた」
 魔道具は嵐を呼んだ。
 船室に風をまき散らした。
 剣や銃、羅針盤は錆び付いてその機能を果たすことは無くなった。
「そして……おそらくは船員たちも」
 船内に残されていた錆の粉は、船員たちの遺体であるとショウはそう予想したのだ。
「日誌の内容から判断するに、船を襲った異常は【崩落】【懊悩】【喪失】といったところか」
 また、武器などを始めとする金属の類はすぐに錆び付いてしまうため、小まめに錆を落とさねば、性能が大幅に低下する。
 それは義肢の類も同様だろうか。
「油でも塗れば対策できるかも知れないが……さて、船内に残っているだろうか」
 戦闘の必要がなければ、武器など不携帯でも問題はないだろう。
 しかし、船内には悪魔と呼ばれる“何か”がいるらしいことが、航海日誌には記されていた。
「とはいえ目的は1つだけ。原因となった“絵画”を回収し、船を沈めて来てほしい。あぁ、生き残りがいないか一応確認は必要か」
 魔道具である絵画を放置しておくわけにはいかない。
 船内のどこに置かれているかは不明なため、探す必要はあるだろうが。
 また、船長が危険視している“悪魔”が船内をうろついている可能性や、絵画を持ち歩いている可能性もある。
「最後に一つ……実のところ、制限時間はそう長くはないんだ。数時間もすれば、船は沈んでしまうだろう」
 海中で自在に行動できるのでもない限り、沈んだ船内から絵画を回収することは難しい。
 捜索は慎重に、そして迅速に行う必要があるだろう。

GMコメント

●ミッション
魔道具“風を呼ぶ絵画”の回収


●ターゲット
・風を呼ぶ絵画
船内のどこかにある絵画。
天候、場所の制限を受けず風を起こす性質を持つ。
当初はある程度制御出来ていたようだが、軍艦の出航から1日を待たず制御不能に陥った。
結果、船は嵐に巻き込まれ、船内にも暴風が吹き荒れた。
※船体の錆などはこの魔道具の影響によるものとみられる。

また、魔道具の吹かせた風には【崩落】【懊悩】【喪失】の状態異常が付与される。


・絵画の悪魔
船内に現れたという謎の存在。
船長の残した航海日誌には“悪魔”とだけ記されている。
おそらく悪魔というぐらいなのだから、一見すればそうと分かる姿をしているのだろう。

また、風を呼ぶ絵画と同じく【崩落】【懊悩】【喪失】の状態異常を付与する能力を持つことが予想される。


●フィールド
海洋。
とある港の沖に現れた軍艦らしき帆船。
船体は元々、赤く塗られた鉄で出来ていたらしいが、現在は錆に覆われている。
船内は2~3階層に分かれており、船室や食堂、貨物室などがあるようだ。
船内の至る所に、錆の粉が散らばっている。
※風を呼ぶ絵画の影響か、金属製の武器や義肢はこまめに錆を落とすか、何らかの対処をしなければ性能が落ちる。

船長の残した航海日誌は、以下の文章で締めくくられている。
『もうすぐ悪魔がやってくる。君を巻き込んでしまってすまない。僕が生き残れる確率は0に等しいが、ともすると君の方には僅かばかりの希望が残っているかも知れない


●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
 

  • もうすぐ悪魔がやって来る。或いは、錆に塗れた軍艦と風を吹かせる絵画の話…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年11月25日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
マルベート・トゥールーズ(p3p000736)
饗宴の悪魔
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
一条 夢心地(p3p008344)
殿
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
黒水・奈々美(p3p009198)
パープルハート
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ

●錆びだらけの難破船
『もうすぐ悪魔がやってくる。君を巻き込んでしまってすまない。僕が生き残れる確率は0に等しいが、ともすると君の方には僅かばかりの希望が残っているかも知れない』
 錆びだらけの難破船。
 消えた船員に、船長の書き記した上の一文。
「“悪魔がやって来る”か。それはそれは、怖くて震えが止まらないね?」
「……風を求めた結果、その風に殺されちまうってのは、とんだ皮肉だな」
 甲板に落ちた錆の山を槍で突いて『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)はくっくと肩を震わせる。
 一方『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)はと言うと、開きっぱなしの船室へ続く扉を見やり、肩を竦めて溜め息を零す。
 今回、イレギュラーズが調査にやって来たのは、正体不明の軍艦だ。元は赤に塗られていただろう鋼鉄製の船体は、すっかり錆に覆われている。
 本来、船がそうなるにはそれなりの時間を有するのだが、驚いたことにこの軍艦、どうにもつい最近に製造されたものらしい。
 船が錆に包まれて、船員たちが姿を消した。
 その原因は“風を呼ぶ絵画”という魔道具だ。
「はー……またもやいわくつきの絵か。じゃが、えっちな絵である可能性も捨て切れはせぬ!」
「風を呼ぶ絵画に加えて悪魔か……無関係では無さそうだなよな」
 マルベートと縁に続いて『殿』一条 夢心地(p3p008344)と『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)が甲板に上がる。
 周囲を警戒する4人の視界に“悪魔”らしいものは映らない。
「うぅ……錆と潮風で髪の毛が死んじゃう。それに、悪魔に乗っ取られた軍艦なんて、下手な夜妖よりもオカルト的ね。最後は沈んで終わりってところも……なんだかホラー映画みたい」
「なに? そういう映画でも観たの? っていうか、こういった類の船なんて、大抵掃除し終わったもんだと思ってたんですけど、ねえ」
 恐る恐るといった様子で縄梯子を上がる『パープルハート』黒水・奈々美(p3p009198)の表情は硬い。そんな奈々美を追い越して『律の風』ゼファー(p3p007625)は軽い動作で甲板に跳びあがった。
 手にした槍を肩に担ぐと、退屈そうに欠伸をひとつ。
「ええ、ええ。お仕事とあらば、やってやりましょう」
 悪魔についての詳細などは不明のままだが、これでも修羅場を幾つも潜ったイレギュラーズの精鋭8名。そこらの相手に遅れを取る気は一切しない。
 
 ギシ、と軋んだ音を鳴らして『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)が甲板に降り立った。
「錆びるとか一大事なのだけれど!!」
「あぁ、錆はまずい! 手も脚もダメになってしまう……!!」
 次いで『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が右腕を庇うようにしながら、縄梯子を上がって来た。
 ヴィリスの両脚、そしてイズマの右腕と両脚は金属製の義肢である。当然、今回の依頼において核となるであろう“錆”の影響を多く受けることになるだろう。
「あー……これでも塗っときな。すぐに手に入るモンってことで、品質は今一つだが無いよか幾分マシだろう」
 2人へ向けて縁が小瓶を投げ渡す。
 瓶の中身は防錆油だ。
 どういうわけか近くの港では品薄になっていたそれを、多少であれ買い揃えられた辺り、海洋に置いての顔の広さが窺える。
 ヴィリスとイズマが腕や脚に油を塗ったのを確認し、誰ともなく甲板を歩き始めた。
「さて、迅速に魔道具を回収しよう」
 イズマがそう告げると同時に、一行は2手に分かれて船内へと降りていく。

●錆を呼ぶ風
 薄暗い船内。
 錆の臭いを運ぶ潮風が吹いていた。
「何かあったら教えて頂戴ね、ルイーズ。危なくなったらちゃんと逃げるのよ?」
 そう言ってヴィリスは、小さな鼠を棚の上へと放す。
 キィ、と返事をするかのようにひと鳴きして、鼠はどこかへ駆けて行った。
 ギシ、とヴィリスの脚が軋む。
 防錆油を塗ってはいるが、少しずつ錆が広がっていた。
「あぁ、もう! この脚は一点物なのよ!?」
 慌てて錆を落としたヴィリスは、仲間たちを追って駆けていく。カツン、と硬質な足音が静まり返った船内に響く。

 船内の一角に、奇妙なほどに錆びた鉄の扉があった。
 試しに奈々美がノブを捻るが、錆び付いていて開かない。
 ならば、とばかりに前に出たのはゼファーであった。数歩、助走をつけた彼女は躊躇うことなく、扉へ向けて跳び蹴りを放った。
 バキ、と何かの砕ける音。
 鉄の扉が、重い音を鳴らして床に倒れた。
「え……えぇ? 向こうに何かいたらどうする気だったの?」
「その時はその時です。悩んでる時間のほうが勿体ないですからね?」
 そう答えたゼファーだが、一瞬視線が明後日の方向を見たのを奈々美は見逃さなかった。
「まぁ、考えても仕方ないので」
 行きましょう。
 そう告げるゼファーを先頭に、一行は扉を開いて進む。硬い床に壁に走った幾つものパイプ。どうやらそこはシャワールームのようだ。
 壁の左右に並んだシャワーは20ほど。
 それだけの大人数が同時にシャワーを浴びることを想定した作りだ。つまり、この鋼鉄軍艦には20名以上の乗員がいたことになる。
「うぅ… きっとこのシャワーを捻ったら血が出るんだわ」
「それも悪魔の仕業? ならば是非会いに行かなければ。もしかしたら永遠の友となれるかもしれないのだから」
 なんて。
 何かを期待するように、マルベートはシャワーのノブを捻った。
 数瞬、間を空けてシャワーヘッドからは赤い色をした温水が、ざぁと溢れ出したでは無いか。
「やっぱり!」
「ちょ、錆びちゃう錆びちゃう!」
 悲鳴をあげて仰け反る奈々美と、慌てて後ろへ跳び退るヴィリス。
 一方、マルベートは興味深げに赤い水へと手を触れて、形の良い鼻先へとそれを近づけた。
「……ただの錆じゃないか」
 つまらない。
 そう言って彼女は、シャワーの水を止めないままに廊下へと出て行ったのだった。

 窓枠の錆に指を触れ、イズマはふむと声を零した。
「それにしても、信じがたいほど錆びてるな。劣化する辺り、赤錆か」
 次いで、自身の右腕へ。
 袖を捲って鋼の義肢を見下ろせば、表面に僅かな錆が浮いているのが確認できた。
「テレレッテレー」
「!?」
 突如、何かの歌を奏でる夢心地。
 そちらへ視線を向けたイズマの眼前に、小さな瓶が差し出された。
「……それは?」
「こんなこともあろうかと、用意して来た“ぴっかりクリーナーくん”よ。刀も義肢も研ぎなおす時間はないからの。コレを布につけてちょいちょい落とすしかあるまいて」
「……準備の良いことだな。ありがたく使わせてもらう」
 そう言ってイズマは、夢心地から小瓶を受け取るのだった。

 潮の臭いを孕んだ風が、ごうと音をたてて廊下を吹き抜けた。
 風の吹いて来る方へ向け、縁たちは進行を続ける。途中、見かけた船室は片っ端から開いて回るが、人の気配も“絵画”も見当たりはしない。
 そうして一行が辿り着いたのは、おそらく食堂と思わしき広い部屋だった。
「……錆だらけだ。テーブルも椅子も、全部、錆の粉になっているな」
「その近くに積もっているのは、錆になった“人”だろうか」
 縁とイズマは、錆を踏まないよう気をつけながら食堂に踏み込んでいく。
 直後、ごうと強い風が吹き荒れた。
 錆の粉が舞い上がり、視界が赤茶色に染まる。思わず目を閉じたその刹那、シューヴェルトの耳に、ザリ、と奇妙な音が届いた。
「何か来る!」
 咄嗟に仲間へ警戒を促すが、直後、足音の主は暴風に紛れ駆け出した。
 禍々しい気配が迫るのを感じ、シューヴェルトは床を蹴って跳ぶ。
「この感じ……どうやら君が悪魔だな!」
 他者を圧倒する威圧感に、背筋が粟立つほどの殺意。
 明確な敵意を持って迫る何かへ向け、シューヴェルトは目を閉じたまま蹴撃を放つ。
「っ!?」
 シューヴェルトの蹴りは、しかと悪魔を打ち据えた。
 けれど、悪魔は揺らがない。
 爪か牙か……シューヴェルトの足首に鋭い痛みが走ると同時に、彼の身体は食堂の隅へと投げ飛ばされる。
「風を呼んでいるのもお前さんか? とりあえず、逃げられねぇようにしてから……さっさと斬り捨てるとしよう」
 目を閉じたまま、縁は駆けた。
 シューヴェルトが先制を決めたおかげで、敵のおよその位置は分かった。ならば、致命傷とまではいかずとも、一撃を入れることは容易い。
 踏み込みと同時に一閃。
 縁の刀が悪魔の胸を斬り裂いた。
「うむ。ぶった切って終わりにしたいところじゃが……」
 刀を抜いた夢心地はそう呟いた。
 暴風が止み、目を開いた殿の視界に映ったそれは体長2メートルほどの痩躯。黒い影のような体に、床まで伸びた長い腕。赤い瞳と、顔面を覆う赤茶けた錆。
 人ならざる異形は、なるほど確かに“悪魔”と呼ぶにふさわしい異形であった。

 食堂の隅で、悪魔の姿を見ていた鼠は慌てて元来た道を引き返していく。
 主……ヴィリスへ、悪魔の登場を伝えるためだ。

 悪魔とイレギュラーズが交戦を開始した同時刻。
 マルベートたち女性チームは、船長室で資料や日誌を漁っていた。
「日誌やメモ、それに書籍の類……何でもいいから持ってきて」
 執務机に座った奈々美は、運ばれてくる無数の日誌やメモ用紙へと素早く視線を走らせた。船長室にあったものはもちろん、ゼファーやマルベートが近くの船室から回収したものまで、手あたり次第だ。
 そんな中から、必要そうな情報だけを抜き出して白紙に文字として書き込んでいく。
「……絵画は操舵室。航海中……迷い込んだ、少女……しゃべらない……不気味な少女……操舵手が錆て命を落とした……嵐……航行停止……嵐が収まるのを待つ……少女は……食糧庫に部屋を……錆が広がる。少女……の……様子を見に行く。もうすぐ夕食。絵画を目にする機会……?」
 長い航海を想定していたのだろう。
 船員たちの中には筆まめな者もいたようだ。そういった者の残したメモや日記から、奈々美は情報を抜粋していく。
「食堂? ……まずいんじゃないの? 食堂で悪魔が出たみたいよ?」
 奈々美の残したメモを手に取り、ヴィリスは言った。
 その肩では、鼠がキィキィと鳴いている。

 悪魔出現の報を聞き、ゼファーとマルベートは駆け出した。
「突っ込んで行ってこちらに気を惹きましょう!」
「まぁ、待ちたまえよ。同胞であれば、先ずは友好的に会話を試みるから!」
 それぞれ、目的こそ異なるが、一刻も早く悪魔の元へ辿り着きたいという想いは同じだ。
 奇しくも2人の得物は槍である。
 吹き荒れる風の中を突っ切り、食堂へと辿り着いた2人は同時にそれを閉まりかけていた扉へ向けて繰り出した。
 バキ、と木材の砕ける音が鳴り響き、食堂の扉はアッという間に木っ端へ変わる。

 悪魔との戦闘を2人に任せ、ヴィリスと奈々美は1度、操舵室を見に行くことにした。
 奈々美の予想が確かなら、そこには既に絵画は置かれていないはずだ。
 嵐の中、万が一にも紛失することがないように、船員たちは絵画を食堂へ避難させたのだろう。
 そして、きっと悲劇が起きたのはそのタイミングなのだろう……。

 鞭のように振り回される黒い腕が、縁と夢心地を襲う。
 刀の刃で受け流すものの、その度に錆が広がっていった。切れ味を落とす得物へ視線を落とした2人は、慌てて後ろへと下がる。
 それを追って、悪魔は前へ。
 直後、轟音が鳴り響き、食堂のドアが吹き飛んだ。
木っ端と共に、食堂へ転がり込んで来たのはマルベートとゼファーだ。
「おぉ、今のうちに……くぬ! くぬ! 落ちるのじゃ!」
「錆がひでぇな。それにしても、こいつは一体どこから来たのかねぇ」
 ゼファーとマルベートに前衛を任せ、2人は得物の手入れに移る。
「どこから、か……悪魔は絵画の中から出てきた、とかか?」
 細剣を手にしたイズマは、悪魔が隠れていたであろう調理場の方へ視線を向けた。
 例によって例のごとく、調理場も一面錆びだらけ。しかし、悪魔が絵画から現れたものであるとするならば……。
「風は悪魔から……正しくは、その後方から吹いてる感じはするな」
「見てくるよ」
 縁の言葉を聞いたイズマは、食堂の隅を迂回するようにして調理場の方向へと向かう。
 義肢が錆びる関係もあり、あまり悪魔に近づかない方が良い。
 そう判断し、イズマは調理場へと向かう。

「見たことの無い悪魔だね。なぁ、今回は私の顔を立てて矛を収めてはくれないか? もし助けになれる事があれば出来る限り手助けだってしてあげよう」
 槍を下ろしたマルベートは、悪魔へ向けてそう問うた。
 しかし、悪魔からの返答はない。
 返って来たのは、殺意の籠った鋭い斬撃であった。
 咄嗟に槍で防御するが、鞭のようにしなる黒腕はマルベートの額から胸にかけてを深く斬り裂く。裂かれた顔面が血に染まり、マルベートは床に倒れた。
「一撃が重いですね。なら、多少の負傷は気にかけず、一気に叩きに行くっきゃないか」
 マルベートへ向け振り下ろされた2撃目は、突き出されたゼファーの槍に阻まれた。ギシ、と槍の軋む音。
 悪魔の視線がゼファーへ向いた、その刹那……くるりと槍を手元で回すと、ゼファーは体を低くし奔る。
 矢のように、悪魔の懐へと潜った彼女は槍を上方へと振り抜いた。
 吸い込まれるように、槍の先端は悪魔の喉へ。
「っ!?」
 血の代わりに噴き出した錆粉が、ゼファーの目を晦ませる。

●“錆に溺れる悪魔憑き”
 悪魔の爪がゼファーの腹部を引き裂いた。
 苦悶の声と同時に吐血し、ゼファーはその場に膝を突く。
追撃を槍で防ぎ、カウンターの刺突を放つが、穂先は既に錆だらけだ。刃は悪魔を貫くことなく弾かれて、ゼファーは顔面を強かに打ち据えられた。
 姿勢を崩したゼファーの意識が、ほんの一瞬だけ跳んだ。
「これを使うのじゃ!」
 ゼファーを庇うように夢心地が前へ。
残り僅かになった“ぴっかりクリーナーくん”を投げ渡しながら、夢心地は姿勢を低くした。
 右手に構えた刀を引き、左手を添え狙いを定める。
「待っとれえっちな絵~。ぜったいに拝んでやるからの!」
 駆ける勢いを乗せた刺突を悪魔の胸部に繰り出した。その勢いたるや、並みの人間であれば腰から上が千切れたのではないかとも思えるもので、けれどしかし、悪魔は数歩後ろに下がっただけでそれに耐えきった。
「斬撃にはすこぶる強いな。なら、これでどうだ?」
 夢心地の横を滑るように駆け抜けて、縁は悪魔の懐へと潜り込む。放たれるは目にも止まらぬ2連撃。悪魔の胸部を十字に刻むと、傷を中心にごうと紅蓮の火が灯る。
 身体を焼かれた悪魔が苦し気に身を悶えさせた。
「利いているな。1度だけ聞く……死ぬのが怖いなら絵画の場所に案内しろ」
 悪魔の背後にシューヴェルトが回り込む。
 いつでも蹴りを放てるように、身体を半身に開いた姿勢で彼は問う。
 返事はない。
 代わりに突風が吹き荒れた。
「うわっ!?」
 突風に煽られ、調理場に向かったイズマが姿勢を崩す。その脚にはびっしりと錆が侵食していた。
 次いで、船が激しく揺れる。
 窓の外へ視線を向ければ、気づけば辺りはまるで嵐の有様であった。

「言葉が通じないのか……だったら、残念だけど争うのも止む無しか」
 額から血を流しながら、マルベートは立ち上がる。
「残念だったな」
 隣に並んだ縁は言った。
「なに、人生山あり谷ありだ」
 仕方ないさ、とマルベートは言葉を返すが、その横顔には幾ばくかの哀愁が滲んでいる。
 長い時を生きる中で、やっと会えたと思った同類は、けれど彼女の期待していたような存在ではなかったのだ。
「友となれないならば、せめてその存在を喰らい共に生きようじゃないか」
「……まぁ、いずれ切れない“縁”ってもんに巡り合えるさ」
 慰めか。
 それとも自戒か。
 縁とマルベートはそれっきり言葉を交わすことなく、悪魔へ斬りかかっていく。

 紫紺の魔弾が疾駆して、悪魔の顔面を撃ち抜いた。
「い、いくら錆が酷くても魔法なら……!」
「その調子でどんどん撃って! 動きを止めれば、戦いやすくなるでしょう」
 奈々美の放つ魔弾に紛れ、ヴィリスは床を滑るようにして走る。
 タタン、と軽い足音を鳴らし、片足立ちになったヴィリスは、魔弾の軌道に添って蹴りを叩き込んだ。連続して頭部を撃たれた悪魔は盛大に姿勢を崩す。
「こっちには誰もいない! 絵画もだ!」
 厨房から顔を覗かせイズマは叫ぶ。それを聞いて、ヴィリスと奈々美は確信に至った。
 つまり、船に迷い込んだという少女は、絵画の悪魔であったのだろう。
 少女の姿で油断させ、絵画の悪魔は船員たちを全滅させた。
 自由を得るためか……それとも“そういう存在だから”だろうか。
 暴風と錆に身を蝕まれながら、マルベートと縁は悪魔の眼前へと至る。
 そうして、紫電が瞬いて……。
 マルベートの槍が悪魔の胸を。
 縁の刀が、肩から腹にかけてを裂いた。
 
 風が止んで、悪魔は錆と化して散る。
 そうして後に残ったのは、錆に塗れた絵画が一枚。
 苦悶の表情を浮かべた錆びだらけの少女が描かれたそれを回収し、一行は船から脱出した。
 それからしばらく。
 陽が暮れる頃、正体不明の軍艦は、海の底へと沈んでいった。

成否

成功

MVP

黒水・奈々美(p3p009198)
パープルハート

状態異常

ゼファー(p3p007625)[重傷]
祝福の風

あとがき

お疲れ様です。
錆を呼ぶ絵画の魔道具は無事に回収されました。
依頼は成功となります。
持ち主に不幸を運ぶ絵画と、それを得た正体不明の軍艦にまつわる物語、お楽しみいただけたなら幸いです。

この度はご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM