PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<lost fragment>La-La-Lullaby

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


『現実世界』の自分と『R.O.O』のNPCの在り方が違うのは世界による認識の違いであったのかも知れない。
 例えば、現実世界では笑顔溢れる家庭に生まれていた自分が、R.O.Oでは不幸な目に遭っている事もある。
 彼女にとっては、R.O.Oでの自分自身はあり得なかった存在のようであった。

 正義国、聖騎士団に所属するスティア・エイル・ヴァークライトはヴァークライト家の令嬢だ。
 長男に当たる弟に家督を譲ることが決まっており、本人はのびのびと騎士として日々を過ごす毎日だ。
 ――現実での彼女は父を『不正義』と断罪され、母は自身を出産した際に其の儘死去している。一族さえも断罪されている。
 其れを認識せずにのびのびと過ごすR.O.OのNPCのスティアの隣では神妙な表情をしたイル・フロッタが立っていた。
「酷い――」
 息を呑んだイルにスティアは首を傾げる。
 正義国は最早侵略されていた。『そこにあった』ものは全て消え去り、侵略によりデータが改竄されてゆく。
 ワールドイーターによる捕食が続き、国の大部分が認識できないものとなっていたのだ。
 その事実を知らせたのは大司教アストリアによる『短期未来予測術式』『【偽・星読星域】(イミテイション・カレイドスコープ)』
 国土の7割を虚空に消したこの国で、イルは『存在した物がない』事に気付いたのだ。

「スティア、ここには何があったか覚えてるか?」
「巡礼者の道、だよね?」
 聖都フォン・ルーベルグ。白き都と呼ばれたその場所へと巡礼者が帰っていくための道。
 それは、正解だ。だが、イルが求めていた答えではない。
 二人が立っているのは『ヴァークライト領』――だと、言うのにスティアは認識することが出来なかった。
 彼女の両親も、家督を継ぐことが決まった弟さえ、全て存在していないかのように消え失せて。


 クエスト『La-La-Lullaby』が発生しました――

 イレギュラーズを招いたイル・フロッタは「お願いしたいことがある」と行った。
 ワールドイーター達がでたらめなバグの世界を生み出して国土を侵略している現状を、把握できるNPCの何と少ないことか。
 気付いたイルにとっては、何としても大切な友人の家族を取り戻してやりたかったのだ。
「消え失せたあの場所にはスティアの両親と弟が居た筈なんだ。なのに、スティアは其れ全てが認識できなくなっている。
 ……私は、そんなことで家族を失うのは、嫌だよ。だから、どうか、イレギュラーズに助けて欲しいんだ」
 こうした正義国に於ける事件へと対処できるのは『救世主』であるイレギュラーズしかいない。
 バグを認識したからには、手を差し伸べたい――

『ワールドイーターの空間』へと踏み入れたときに、君たちは屹度知る事だろう。
 目の前に形作られた空間は入る者によって見える者が違うらしい。
 ある者は、愛しい人が。ある者は、大切な家族が。ある者は、思い出の空間が。
 その場所が、泥濘のように足を掬う。微睡みへと誘い、戦う気力さえ失わせてゆく。
 この場所から抜け出すにはワールドイーターを殺さねばならない。
 そして、クエストをクリアするためには、大切なものを壊して、殺して――そのダメージをワールドイーターへと与えなくてはならないか。

「――――」

 母の声が、
 恋人の声が、
 大切な誰かの声が――聞こえる。

「ずっと、ここで過ごしましょう」

GMコメント

 心情依頼です。

●目的
 クエスト『La-La-Lullaby』の成功(ヴァークライト領を取り戻す)

●クエスト『La-La-Lullaby』
 このクエストはイベント『lost fragment』の関連クエストです。
 イベント『lost fragment』ではワールドイーターによる正義国の捕食を止めなくてはなりません。

 クエストのエリアに踏み込むことでワールドイーターの作り出した世界へと入り込むことが可能です。
 各自が別々の者を見ます。目の前に存在するのは皆さんにとって大切な者や物です。
 平穏の日常や、有り得て欲しかった未来、愛おしい人との毎日など。そうした空間が皆さんをこの空間に止めようとするのです。

●特殊判定
 当シナリオは心情シナリオです。判定にはプレイングに記載された心情を利用します。
 【大切な人や物】を明確にご記載ください。
 【どれだけ愛していたか】【どれだけ大切だったか】を思う存分にご記載ください。
 出来る限りプレイングの文字数一杯一杯でその想いを伝えてくださいね。

 【とても大切だった物】を最後には殺す/壊してください。
 ……いえ、壊さなくても結構です。ここはR.O.Oですからデスカウントがカウントされますが壊さないまま抜け出すことも可能です。

●ワールドイーター『ララバイ』
 このワールドイーターは『大切だった物を壊すこと』でダメージを与えることが出来ます。
 このダメージ値は『どれだけ大切であったか』を基準にして算出されます。
 プレイングでは壊すまでの葛藤や、其れが大切であった事、愛していたこと、愛していることなどを存分にご記載頂くと大ダメージを見込めます。

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 R.O.O3.0においてデスカウントの数は、なんらかの影響の対象になる可能性があります。

  • <lost fragment>La-La-Lullaby完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年11月18日 22時35分
  • 参加人数6/6人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

シフルハンマ(p3x000319)
冷たき地獄の果てを行くもの
スティア(p3x001034)
天真爛漫
Teth=Steiner(p3x002831)
Lightning-Magus
Steife(p3x005453)
月禍の閃
指差・ヨシカ(p3x009033)
プリンセスセレナーデ
フローレス・ロンズデーライト(p3x009875)
憧れ焦がれる輝きに

リプレイ


 世界が輪郭を帯びる。『最高硬度の輝き』フローレス・ロンズデーライト(p3x009875)は両手をじいと見下ろした。
「フローラ?」
 呼ぶ声に、フローレスは唇を震わせた。優しくて、綺麗なお母様が微笑んで立っている。
 ここはR.O.Oであった筈なのに――この姿は『フローラ』?
 呼ぶ声は懐かしい。熱に浮かされるフローラの手を優しく握りしめ、ずっと側に居てくれた、頭を撫でてくれたお母様が立っている。
「フローラ」
 振り向けば、大きくて、お顔が少し怖い、だけれども穏やかなお父様がチェアに腰掛けて居た。
 フローレスはその様子を呆然と眺めている。家族との幸せな風景。それが、R.O.Oの――『ワールドイーター』が見せる幻と言うことか。
 聞くだけで安心する透き通るような淡い声。その声音が、耳朶をなぞる。
「い、いいえ」
 唇から滑り出したのは今の自分を肯定する言葉だった。
 珍しいお花が見たいとわがままを言ったフローラに、父は手を尽くして探してくれた。小さな頃の自分を抱き上げてくれるごつごつとした手が、好きだった。
 父の強面を眺めれば、蕩けるように破顔する。まるで、世界で一番の宝物がそこにあるとでも言いたげに。
「フローラは背が伸びたなあ」、なんて。囁いた声音がフローレスの身を包む。
 それもそうだ。『あの時』よりうんと背も伸びた。お母様よりも背が高くなったら抱き上げるにはきっと大きすぎる筈だ。
 けれど――あの腕に、あの日のように飛び込んでいけたなら。うんと甘えられたなら、どれだけ幸せなのだろうか。

「フローラ、泣きそうな顔をして」

 ああ、お母様。あの日――賊が襲いかかってきた日に、目の前で……。
 私だけが身を隠して、隠れて、生き延びて。何も出来ずに震え続けて居ただけの無力な私。
 怒りよりも、悲しさよりも。これが死ぬと言うことだとまざまざと見せ付けられたことが恐ろしくて。
 賊が去って行ったときにほっとした自分が、恐ろしかった。
 そんな『私』を知りたくなかった。
「フローラ」
 母の指先が、頬を撫でる。
「……お母様、私は、ワタクシは『フローレス』なのです。
 使命を使命を遂げず見ているだけなら『つよがりの自分』ですら許せなくなってしまうのです」
 父が立ち上がって『フローレス』をぎゅうと抱き締めた。このぬくもりに、ずっとずっと溺れていたい。
「けれど、もう、嫌なのです。本当のお父様とお母様に、強くなった私を、みせるのです! ――だから、」


 幻影を、自身の最も大切な者を壊せという。『妖精の守護鎌』シフルハンマ(p3x000319)はくだらないと呟いた。
 どれだけ大切かなんてたかが知れている。あの快活な笑顔に振り回されて、沢山の逢瀬を重ねれば、そこから■を知った。
 開いた右手を掴んでくれたメープル・ツリーとは対等にありたいと願った。三月の日、涙を見てから心に芽生えた感情は■と言った。

 ――それを『口にする』ことが出来ない。呪いのように、災いのように、自覚していようとも、口には出来ない感情が其処にはある。
「うーん、呆れるほどに幻だ。何故って、あの人……ハッピーさんはR.O.Oはやってないし、メープルだって翡翠が忙しい。
 こんな正義くんだりにまで来るわけないし、こう、二人の側にいる時は、何かが満たされるが今は満たされないし。
 妖精が近くにいることで生じるやる気ブーストもない……ROOメープルさんの方が圧倒的に動揺させられたぞ……」
「酷いことを言うよね! 妖精女王様のメープルを此処で殺したら翡翠の私も死ぬかも知れないんだよ?」
 唇を尖らせた彼女の言葉に僅かにサイズは動揺した。IFを辿って、模造を越えて、変わりのない本物になっている相手なら途惑うが、この場限りの相手に躊躇い、途惑いを覚えるのは本人に失礼だ――其処まで考えたシフルハンマへと幻影たる少女は唇を尖らせる。
「もし、『翡翠の私』が死んじゃってもそれでも、死にたくない?」
「……どういう?」
「だって、シフルハンマ……ううん、サイズさんはR.O.Oで死にたくないから幻だって私を殺すんでしょ?」
 彼女の瞳が丸い色を帯びる。ステータスを模造されている訳でもない。その姿特徴をトレースし、此方の感情を揺さぶって世界に取り残そうとする。
 もしも、現実世界に影響を及ぼしたら。そんな言葉に僅かに心が揺らいだ自分に自嘲する。
 そうだ。此処に来たのは心に向き合うためだった。メープル・ツリー。彼女のまじないからの宿題に今では到底応えにならない。
「ハッピーさんへの感情も、自覚してるんだ。
 R.O.Oでメープルさんに会ったとき、妖精全般に持つ感情に近いと感じた。幻なんかじゃない、個のメープルさんだと認識した。
 ……けど、本物の――現実の『メープル』さんは、例外だ。俺は、俺と共に過ごしたメープルの隣に居たい。……護りたい、抱き締めたい」
 其処まで口にしたシフルハンマに、目の前の少女は「言えるじゃない」と笑った。
 幻は両手を開く。まるで、シフルハンマを抱き締めるように両手を開いて。最後の時を待つ。


「……ハ、ハハ、ハ」
 乾いた笑いが、『月禍の閃』Steife(p3x005453)の唇から滑り出した。嘘だろ、と呟けば、シュテイフェ――『私』が、Steifeがその姿を真似た彼女が立っている。
(……ああ、そうか……思い出した)
 これは、初恋の、そして悲恋の苦い記憶。原初のそれは、実らぬとは言うけれど。大切な相手であった事には変わりない。
 秋奈も大切だ。それでも、それ以上にシュテイフェは、『オレ』にとって特別だったとSteifeは唇を噛みしめる。
 目の前で笑っているならば、そういうことなのだろう。薄れ書けた千年以上も前の記憶が歪な輪郭を帯びて、鮮明にまざまざと映し出される。
 もう、忘れてしまったシュテイファのぬくもりも、笑顔も、声も、確かに其処に存在しているのだから。
「紫電……?」
 呼ぶ声にSteifeの肩がぴくりと跳ねた。

 行く当てもなく、世界を飛び回り、度重なる渡航で限界だった世界で、シュテイファは倒れている紫電を助けた。
 共に戦い、笑い合い、時には喧嘩をし、そんな『はじめて』を与えてくれた毎日が愛おしかった。
 あの時に――ああなるまで。ずっと、ずっと続くと思っていた。
 ノーブルホース、そう呼ばれた穢れの呪いで竜化する種族であった彼女はとっくに許容範囲を超えていた。
 紫電に蓄積した穢れを一手に引き受けて、彼女は言ったのだ――「殺して下さい」と。竜から人に戻った彼女は強くなってと言い残して……。
「紫電」
 ――ああ、過去を乗り越えないといけないのに。『シュテ』を斬ることが出来ない。
 不安で唇を震わせる紫電の体を、そっとシュテイフェは抱き締めた。
「……いいんですよ、『紫電』。ここが、あなたの居場所なのだから。
 私はあのことを、恨んでない。私を殺さなければ、あなたは進めなかった
 ……あの時私を殺さなかったら、私に……ノーブルホースという種族にかかった【竜化】のせいでもっと多くの人が死んでいた」
 微笑んだシュテイファの前でSteifeの腕から力がだらりと抜けた。ああ、こんな風に笑われたら、無理だ。
「でも、こうして私はここにいる。生きているんだよ、紫電。ここまで、よく頑張ったね……」
 そんな――そんな言葉を言われて。どうして殺せようか。特別だった、大切だった。側に居たいと願っていた。
「シュテ、」
「……でも、このまま……私と一緒でいいの? 本当に、このままで、いいの? ……私は、いつでも見ているよ。知ってるんだよ」
 微笑んだシュテイファにSteifeは息を呑んだ。彼女は何時だって前向きだった。そんな彼女の性格までもを反映するこの幻にSteifeは笑うことしか出来ない。
「シュテ、そうだよな……」
「うん。『紫電』」
 ――あの日のように、もう一度。君を斬った。


「こっちでは両親、そして弟と一緒に暮らしているんだね。
 その大切な思い出をワールドイーターなんかに汚されたくないよね。
 それに叔母様が必死に守ってきたヴァークライト領を奪われる訳にはいかないよね。絶対に取り戻してみせる!」
 だから、行ってきますと微笑んで『天真爛漫』スティア(p3x001034)は賑やかな世界に踏み入れた。父と母が笑っている。
「スティア!」
 呼ぶ祖父の側で叔母が困った顔をする。彼女の隣には彼女の夫が腰掛けていて。そんな、穏やかで何気ない日常が其処にはある。
「スティアを甘やかさないで下さい、父上」
「初孫なのだ。仕方ないだろう」
 笑う祖父に甘えてみれば、叔母は叱るように口を酸っぱくした。叱られて、拗ねたスティアに母が頭を撫でてくれる。
 眠れない夜に、寂しいからと父の腕で眠りに落ちた。母の膝の上で絵本を読んで――そんな、普通のことを望んでいた。
「ねえ、お母様」
「なあに、スティア」
 ぎゅうと抱き締めてくれるそのぬくもりが、愛おしい。愛していると抱き締めて、頑張ったと褒めてくれる。
 そう、そうなんだ。愛してると言って。優しく抱き締めて。頑張ったねと褒めて。時には叱って欲しかった。
「ここは、素敵な場所だね」
「そうね?」
「けどね、今までの私を否定するみたいで、怖いんだ。色々な人達と知り合って、仲良くなって、叔母様とも歩みよった私自身のことを……」
 スティアはそっと、母の腕から抜け出した。大切な人たちが、想いを託してくれたのに。このぬくもりに溺れていてはいけない。
「お母様を、こうするのは二回目かな」
 不思議そうな顔をした母へとゆっくりと向き直る。
 背後で、叫び声が聞こえた。スティアが振り返ればエミリアが立っている。
「叔母様……」
 ――私を護ってくれた、大切な人。スティアは息を呑んだ。
「スティア、どうして……」
「ッ、R.O.Oの私から何もかも取り上げる訳にはいかない! それに思い出だけは何物にも変えられないから!」
 嫉妬した、のかもしれない。『あのスティア・エイル・ヴァークライトが持っている全て』が欲しかった。
 何も知らないような顔をして、不幸も知らない自分の為の世界を護るだなんて滑稽だと笑ってしまう。
 エミリアの剣が深く自身へと突き刺さる。それでも、尚、スティアは剣を振り上げた。
「叔母様が、死ぬ所なんて見たくないよ」
「……なら、ずっと此処に居なさい。スティア。此処にはスティアを苦しめた事なんて何もないのですから。
 エイルも、兄様も、ずっと一緒……。スティアの欲しかった者を与えられる。
 私だって、次期当主になるスティアに厳しく当たる事なんてない――もっと幸せになって、いいのですから」
 エミリアの言葉にスティアはぽろりと涙を流した。叔母様、と。呼んだその声に彼女が抱き締めてくれる。
 ううん、違うの。叔母様。でもね、私は……現実が幸せじゃないなんて、これっぽっちも。
 スティア、と呼ぶ彼女の声から逃れるようにスティアは剣を振り下ろし――


「――こいつは、驚いた。"あの頃"と寸分違わぬ――『私』が『白瑩』だった頃の、都そのもの。
 挙句、いつの間にか傍にいるのは。微笑みかけてくるのは。"私の目の前で毒殺され、私自身の手で遺体を燃した"彼女の姿ときた」
 其処まで口にしてから『Lightning-Magus』Teth=Steiner(p3x002831)は肩を竦めた。
「随分とまぁ――ふざけた能力だ」
 目の前に立っていたのは琳瑯、Tethがただの猫だった頃の大切な主人。白き身である故に瑞獣と持て囃され献上された自身を、本当の家族として愛してくれた存在。
「何処を見ておるのだ。白瑩」
 その声に、Tethの肩が跳ね上がる。桃の花の香りが鼻先を擽った。ああ、再現度の高さを褒め称えれば良いのか。
 その顔立ちも、言動も、ぬくもりも――人の記憶は香りではじまるとは言うが、どれもこれも記憶の奥底にこびり付いて剥がれないそのままで。
「さぁさ、存分にモフらせておくれ、白瑩~」
 ぎゅうと抱き締めて、笑って呉れる彼女のかんばせに。
「今宵は良き星が見えるな。明日はきっといいことがあるぞ?」
 そうやって空を見上げたあの瞳の美しさに。
「うん、今日は素晴らしい程に晴れ渡っておるな! さぁ白瑩、こんな時は日向ぼっこして昼寝だ!」
 抱き締めて、微笑んでくれたその仕草一つだけでも。
 嘗ての記憶が蘇る。『私』が送ってきた人生の中で、間違いなく最も幸せだった時――
「ッ……」
「白瑩、どうしたのだ」
 笑う彼女に、違うと首を振った。あの悲劇は、逃れきれなかった筈だった。あの悲劇は、いつだって、目の前にあった筈なのだから。
 ――そう。
「御主は間違いなく、私の手で灰になったのだよ。琳瑯」
 Tethは確かに其れを覚えていた。幸福そうな彼女を見ていられるほどに心は落ち着いては居なかった。
「落ち着け、白瑩」
 ああ、その顔で、笑わないで呉れ。その声で、名を呼ばないでくれ。その体を、もう二度と、傷つけさせないでくれ。
 偽物の存在を、許せなかった。
 痛い。心の臓と呼ぶべき胸の内側をナイフで抉り取られるかのようだ。痛い。痛くて、堪らない。
「ッ――違う。違う……!」
 Tethは叫んだ。偽物なのだ。それを許容して、この幸福に浸るのは心の中にいる彼女を汚して侮辱することにしかならないのだ。
 そんな事が、できるわけい。それが安らぎになどなるわけもない。
 偽物だと分っていて、灰となったはずの彼女との日々を過ごせるわけもない。
「本物を忘れ、偽物が与える安らぎに身を委ねるなぞ、言語道断。
 私が愛し、私を愛せるのは、"本物の彼女"だけなのだから!!」
 もはや、Tethは自身を取り繕っては居られなかった。怒りだけが支配する。
 名を呼ばないで欲しい。その唇から漏れた声ひとつで心が跳ね上がる。怒りのままに首を刎ねれば、彼女は笑った。

「――何時だって、私を愛してくれておるのだな。白瑩」


「どうして?」
『プリンセスセレナーデ』指差・ヨシカ(p3x009033)は呟いた。
 父や母が現れるとばかり、そう思っていた。平凡な家族だった。平凡な家庭だった。何一つ特別なんて言葉は似合わないような。
 絵に描いたような普通。だからこそ、普通に愛おしく感じ、普通に大切だと認識していた。
 だからこそ、父さんや母さんが、そこには居るのだと――
「なのになぜ、なじみさんが此処にいるんだ!!」
「来ちゃった」
 彼女の言いそうな言葉を、彼女の顔で、彼女の姿で、彼女の声で言ってみせる。
 違う、とヨシカは呟いた。冷静に考えなければならない。此処で何が起っても現実には影響なんてない。
 それで? そんなこと『ゲーム』だったと認識していたからこそだった。最早R.O.Oから帰還出来ない仲間が居て、ゲームだとは言い切れない。
 ここで彼女を殺して現実の彼女に影響が出ないなんて、誰が保証をしてくれるんだ。
「……どうしたの、定くん?」
 不思議そうな顔をして、笑った彼女の呼び声にヨシカは己を見下ろした。姿が、『越智内 定』のものになっている。
 ぐ、と息を呑んだ。
「あのさ、なじみさんは『死』ってどう思う? 僕は自分是自分を殺すのは怖いんだ。
 何時もはさ、ほら、攻撃を受けたらリスポーンされるだろ。痛いけど、『死』よりもリスタートって感じだよ。
 ……けれどこれは違う、自分に刃を立てる。そう思うだけで全身が震える。だって、痛いんだぜ」
「うん。怖いし、とっても痛いよ? 定くんも怖いことはしなくて良いんだよ。ずっと、ずっと此処に居なよ」
 笑うなじみにヨシカは息を呑んだ。死にたくない、嫌だ、とそう口にすれば彼女は許してくれるだろう。
 ずっとずっと、此処に居たら。何も決めずに二人で此処で過したら。楽にだってなれるはずだ。
「でも、……でも、なじみさん。約束をしたんだ。シャイネンナハトも、正月も、いつもの四人で遊ぼうって」
「うん」
「僕には、嘘でもなじみさんを壊す事なんて出来ない。自分を壊すしか、道は無い。なのに、さ。笑ってくれよ。
 僕はそれを、選べない。この世界で君を壊しても、ひょっとして現実には何も影響なんて起るはずないんじゃないかって思ってしまうんだよ。
 甘ったれてるよな。甘ったれてるって笑ってくれて良い」
「うん」
 定の『言い訳』をなじみは静かに聞いている。
「なじみさん、君はデータだろ? なじみさんの姿をしてるけど、ただのデータなんだ。君じゃない。
 それに、そうしないとこの世界を救えない。そうだ、だから、僕は目の前にいる何かを……壊すんだ」
 そろそろと彼女に近づいた。ナイフを構えて、ゆっくりと彼女へと突き刺そうとして――
「定くん、なじみさんは生きてるよ」
 ああ、どうして、君は――!
 笑った彼女の声に、定は項垂れた。
「ねえ、なじみさん。僕は……僕は、救世主になんてなれない。カッコよくなんて、ないよ」
「違うよ、定くん。……救世主になんて、ならなくていいんだよ。なじみさんは、ただ、最期まで一緒に居てくれれば、それで」


 ――――子守歌が、聞こえる。
 そっと瞼を押し上げてシフルハンマは戻ってきたのだと周囲を見回した。
 気付けば世界は元の通りに変化する。スティアが『スティア』の為に護りたかった世界が、其処には広がっている。
「……あ、あ……」
 項垂れたフローレスの背中をTethは物言わぬ儘に見つめていた。掌に残った感覚は、確かに。
「お帰りなさい」
 ぎこちなく、笑ったイル・フロッタは「お疲れ様でした」と小さく小さく呟いた。
 ただ、それだけだった。
 それだけで、この場所は救われたのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

スティア(p3x001034)[死亡]
天真爛漫
指差・ヨシカ(p3x009033)[死亡]
プリンセスセレナーデ

あとがき

 お疲れ様でした。
 様々な大切を描かせていただきました。皆さんの思い出や今に触れさせていただけ光栄です。

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