＜lost fragment＞喰らうものを探して

オープニング

●観測、完了
　星が未来を告げる。
　星図が世界を映す。
　『【偽・星読星域】（イミテイション・カレイドスコープ）』が見せる世界の今と未来を、正義国枢機卿アストリアは目を皿のようにして観測し続けていた。
　つい先日に発覚した正義国を襲う異変――正義国各地のあらゆるデータが食われ、再編されて異常な地へと変貌を遂げた――は、システムよりイベント＜lost fragment＞と名付けられ、特異運命座標たちへクエストが発布されることとなった。
　＜lost fragment＞イベントの厄介な点は、『現地のＮＰＣのほとんどが、異変を察知できない』と言う点にある。わずかな異変を察知できる『視える者』と呼ばれるＮＰＣ達も様々な面から特異運命座標たちへのサポートにあたっているが、それでも追加の戦力としては心もとない。
　必然、その対応のほとんどを特異運命座標たちに任せてしまう事となったが、それだけでは心苦しいというのが、アストリアを始めとする正義国の面々だ。
　あらゆる技術と能力を駆使し、せめて特異運命座標たちへの力たらんとする。世界を覆う闇を憂い、救世主たる特異運命座標たちを全面的にバックアップすると国を挙げて誓った正義国の、これは存在意義をかけた戦いでもあった。
　かちり、と歯車が音を鳴らし、投影機が新たな星を映し出す。それによって変わる星図。未来と今の姿。それを覗いた刹那、アストリアは、おお、と声をあげた。
「視えた――僅かじゃが、敵の姿が」
　アストリアは、希望と、そしてわずかな恐怖を表示に浮かべつつ、呟いた。
「あれが――パラディーゾなる連中か。なるほど、背徳の魔都ディウシムを拠点としておったのか……！」
　疲れた目をこすりながら、アストリアは観測席から降り立つ。もう何日も寝ていなかったが、この程度の苦しみは、今もなお敵の攻撃に苦しむ民たちの、そして戦いを続ける特異運命座標たちのそれとは比べ物にならぬほど安いものだと、アストリアは思う。
「妾の力では、その内側まで見通すことはかなわなんだ……特異運命座標たちには済まぬが、内部を探ってもらう必要がある……」
　ふらつきつつも、アストリアは聖堂を飛び出す。従者にして親友である二人に声をかけると、特異運命座標たちを呼び出すように願いをかけた――。

●強行偵察
「背徳の魔都ディウシム……？」
　ハルツフィーネ（p3x001701）がそう言うのへ、アンナ・シャルロット・ミルフィールは優雅に微笑むと、答えた。
「勇者様たちはご存じないかもしれませんね。正義国のおとぎ話ですわ。かつて、神に背き、悪徳と背徳の限りを尽くした魔の都。住民たちは堕落し、享楽にふけり――やがて神の怒りを買い、天から降り注ぐ光と焔によって、一夜にして滅ぼされた都市です」
（……聞いたことある？　スティアっち？）
　エイル・サカヅキ（p3x004400）がそう尋ねるのへ、スティア（p3x001034）は小首をかしげる。
（うーん、似たような伝説は色々あるからね……天義に同じ話があっても不思議じゃないけど、とっさに思い浮かばないなぁ……）
　となると、R.O.Oの正義国の身に伝わる伝承なのだろうか？　それはとにかく、のちに調べるとして。
「おとぎ話、と言う事になっておるからな。汝らが知らんでも仕方のない事じゃ」
　くぅ、とあくびをしつつ、アストリアが言う。
「失礼。じゃが、ディウシムは実在したといわれておる。正義国の北にな。跡地とされる史跡もあるのじゃ。
　おとぎ話通りに色々と背徳の限りを尽くして、一晩でほろんだといわれておる。
　ま、実体は神の怒りではなく、時の教皇の怒りを買って、正義の騎士団に焼き討ちでもされたんじゃろうがな」
「まあ、アストリア様。よろしくありませんわよ、そう言うのは」
　アンナが言うのへ、アストリアが笑う。
「まぁ、今はその真偽はどうでも良い。問題は、星読みにより、ディウシムの存在を見つけた事じゃ。
　そこには、パラディーゾ、じゃったな？　その、汝らによく似た二人の姿もあった」
　その言葉に、スティアとエイルは静かに頷いた。先日、ふざけたメッセージで＜lost fragment＞の開催を宣言した二人組……原動天と呼ばれた少女ともう一人の女性は、酷くスティアとエイルに外見が似ていた。また、翡翠国での事件などでも遭遇したとされるパラディーゾ達は、特異運命座標たち……とりわけ、R.O.Oからログアウトのできなくなった者たちと同質の姿をしており、こちらのデータを利用した存在であると目されている。
「……その二人がいる、と言う事は、そこが敵の本拠地……ということ、ですか？」
　ハルツフィーネが尋ねるのへ、アストリアが頷く。
「おそらく……じゃが、妾の星読みの力では、あくまでわずかの間、内部を覗けたにすぎん。
　そこで、皆には実際に内部に侵入し、敵の戦力の調査……特に、スターイーターなる存在の姿を確認してきてほしい」
　スターイーター、と言う言葉に、特異運命座標たちの間に緊張が走った。スターイーター。正義国を襲い、データを喰らうワールドイーターたちの祖、とパラディーゾ達に呼ばれた謎の存在。送られてきた挑戦状のような動画データにその姿は映されていたモノの、ノイズに紛れてその全容は確認できない。
「スターイーターか。その名は……かつて聞いたことがある」
　真読・流雨（p3x007296）が言う。アンナが小首をかしげた。
「あら、では、真読様でしたら、スターイーターを見つけやすくなるかもしれませんね」
「かもしれない。できれば、もう会いたくはない相手ではあるが」
　ふむふむ、と流雨が言うのへ、アストリアが頷く。
「まぁ、参加の意思は皆に任せるとしよう。
　じゃが、この偵察作戦を実行してもらいたいのは確かじゃ」
「当然、わたくしも参加しますね」
　と、アンナは自慢のハンマーを手に、にっこりと笑った。
「勇者様と一緒に、正義のために戦えるまたとない機会ですもの！　まるで物語のようです！」
　目をキラキラせるアンナに、アストリアが苦笑する。
「まぁ、こう見えてもアンナ殿は相当に腕の立つ方じゃ。足手まといにはならんじゃろ。
　ついでに、イル……イル・フロッタも護衛につけるから、安心せい」
「ついでのように紹介されてしまったが」
　こほん、と咳払いしつつ、イル・フロッタが言った。
「皆のことは私が守る……と言いたい所だが、力を借りることも多いと思う。
　どうか、よろしく頼む」
　そう言うイルに、スティアは笑った。
「うん、よろしくね、イルちゃん！」
「じゃ、早速行ってみよっか。その、はいとくのまと？　ってとこに！」
　エイルの言葉に、特異運命座標たちは頷く。
　かくして、星を喰らうものを探し、特異運命座標たちの偵察作戦がここに始まった。

●
　原動天、と呼ばれた少女は、地下へ、地下へと降りていく。パラディーゾ、と名付けられた自分が地下へと降りていくのもなんともおかしなものだ、などと思いながら。
　ディウシム。その地下。荒れ果てた中央教会に秘匿された階段から、地下へ。地下へ。石造りの建物は、やがて無機質な、近未来的なものへと変わる。やがて降り立った広い空間。データによって組み替えられたその広い一室は、さながら巨大なコンピュータルームのようであった。
「……スターイーター、かぁ」
　原動天は、ゆっくりと呟きながら、その巨大な怪物の姿を見上げる。
　およそ、この場所に収まるはずのないほどの巨体。先ほど原動天がおりてきた距離とは明らかに不釣り合いなサイズの巨体が、あり得ない空間に鎮座している。
　それは眠っているようだった。目を覚ませば、再びその本能のままに、すべてを喰らいつくそうとするだろう。
「起こしちゃおうかなぁ」
　と、原動天は笑う。起こせば、盤面をひっくり返すかのように、正義国などは全て飲み込まれてしまうだろう。
「そうだよ。飲み込んじゃえばいいんだ、こんな国」
　原動天は呟く。そんな様子を、金星天の少女は面白そうに見つめていた。
　星喰いの怪物は目覚めない――。

参加者 : 10 人

冒険が終了しました！　リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧（10人）

リプレイ

●背徳の魔都へ
　ディウシム。正義国の伝説に語られるところによれば、ありとあらゆる背徳にまみれた地であったとされる。
　退廃。腐敗。怠惰。肉欲。憎悪。悪行。あらゆる『負』を濃縮したこの街は、神の怒りによって、炎のうちに沈んだとされる。
　ここは、そのディウシムがあったとされる史跡である。もはや人の寄り付かぬ――物好きな観光客はいたかもしれないが――地と化したその荒れた場所には、巨大なモザイクのドームが形成されている。一般人には、変わらず史跡があるように見えるであろうが、それはワールドイーターによってデータを食われ、バグ空間を形成されたことの証左である。
「……では、参りましょう」
　同行者であるアンナ・シャルロット・ミルフィールがごくり、とつばを飲みつつ、勇ましい気持ちでそう言う。特異運命座標たちの任務は、この地――アストリアの予知によって、敵の本拠地と目される――に潜入し、敵ワールドイーターの大元である、『星喰らいの怪物（スターイーター）』を発見。情報を収集する事である。
「スターイーターの発見によるメリットは大きい」
　同じく、同行者のイル・フロッタが言った。
「とにもかくにも、ワールドイーターによる領土の食い荒らしを止めることが先決だ。スターイーターを見つけられれば、攻撃の目標にもなる。
　スターイーターを撃破できるならば、新たなワールドイーターが発生することもなくなり、それだけ、正義国の領土奪還も進む……」
「うん。頑張ろうね、イルちゃん」
　『天真爛漫』スティア（p3x001034）が微笑むのへ、イルも頷いた。
「頼りにしてるよ、スティア……」
　そう言って、あ、と口元を抑えた。
「す、すまない……あなたは、私の友人によく似ていて……それに、名前も同じで。つい、気やすく。
　救世主殿達に無礼を……」
「ああ、うん。良いんだよ」
　スティアは微笑んだ。
「できれば、自然体で居て欲しいな。今は、背中を預ける仲間だからね。
　それに、本当に友達だと思ってくれると嬉しいよ」
「そ、それは恐れ多い……！
　む、む。だが、救世主殿のお言葉なら……ぜ、善処する、よ」
　カチカチと固まる様子のイルに、スティアは笑って頷いた。
「ふふ。出来れば、わたくしもお友達にしてくれると嬉しいです」
　アンナがふわりと笑う。
「実は、以前お会いした時から思っていたのですが……ハルツフィーネ様には、なんだか親しみやすさを感じます。
　ハルツフィーネ様、わたくしの方が年上ですが、ぜひ、アンナ、と呼んでいただければ、と」
「え、ええっ？」
　急に話をふられた『魔法人形使い』ハルツフィーネ（p3x001701）が、些か慌てた様子を見せる。
「み、ミルフィールのご令嬢を、気やすく呼ぶわけには……」
　とっさについた言葉は、勿論嘘である。ハルツフィーネは、多くの者には秘密にしているが、『現実のアンナが扱うアバター』である。つまり、これはもう一人の自分、しかも本来のそれとはいささかずれているものから友好を持ちかけられているわけであって、なんだかこう、ざわざわとする。
「いいんですよ！　その代わり……わたくしも、フィーネ様、と呼ばせてください」
「あ、はい、それはその、良いですけど」
「本当ですか！？」
　アンナは、ハルツフィーネの両手を握って、感激したようにぶんぶん振った。
「ふふ、わたくし、勇者様たちとお友達です！　よろしくお願いしますね、フィーネ様！」
「う、うう」
　実に複雑な表情のハルツフィーネである。
「うん。仲を深めるのも良いですけど、そろそろお仕事と行きましょうか」
　助け舟を出すように、『ねこ』ムー（p3x000209）が言った。
「ここからは、文字通りの敵地です。気を引き締めましょう。
　……何が飛び出すかはわかりません。くれぐれもお気をつけて」
　ムーの言葉に、仲間達は頷いた。まさに言葉通り。此処は敵の本拠地と目されている場所なのだ。
「では、行きましょう」
　ムーの言葉を合図に、一行はモザイクの壁に向かって進みだした。モザイクの壁の中に自身の身体を進めれば、つぷり、と水の中に沈むような、奇妙な感覚を覚える。その刹那の後に、一行の前に広がっていたのは、数世代前になるだろうが、正義国様式の残る建築群であった。
「……すごい。人の気配がちゃんとするな」
　『Lightning-Magus』Teth=Steiner（p3x002831）が感嘆したようにそう言う。言葉通り、そこは一つの街であり、多くの人々は生活を行っているような臨場感があった。ワールドイーターのバグの世界は、製作者の自由に作れるらしいが、製作者……スターイーターか、この地に潜むパラディーゾが、この様な再現に力を尽くしたという事だろう。
「一見すれば平和な街と言った所だが。敵地である上に、元とも治安の悪い場所……って事らしいな？」
　Tethがそう言うのへ、『ご安全に！プリンセス』現場・ネイコ（p3x008689）が頷いた。
「うん。背徳の魔都ディウシム。あらゆる背徳と悪徳にまみれた、正義国の禁忌の地……。
　アストリアさんの予知でも、その。良くない光景が見えたみたいだよ？」
　ネイコの言葉に、Tethが、ふむ、と頷いた。
「一筋縄ではいかない、と言う事だな。
　で、怪しいのは教会後、との事だが……？」
「そうだね。アストリアさんの予知でも、その辺が見えたみたい。
　ただ、私達の目標は、パラディーゾの調査も兼ねてるから」
　あくまで、クエスト成功条件はスターイーターの発見と情報収集である。パラディーゾとの交戦はおまけであり、極端な事を言えば、スターイーターを見つけ次第撤退してしまった方がいい、と言うのは事実だ。
「そうだな。ただ見つけて逃げるだけでは面白くない。とれるデータはすべて取っておこう。
　パラディーゾ……スティアとエイルの姿を模した連中だったか。あいつらには随分と挑発されたからな。此処で一発返しておくのも悪くないだろう」
「そだねー。
　いやー、アタシ爆イケだし？　リスペクトしたくなる気持ち理解～」
　けたけたと笑ってみせる『？？？のアバター』エイル・サカヅキ（p3x004400）。そんな様子に、ふふ、と笑いながら『音速の配膳係』リアナル（p3x002906）は言う。
「おや、どうして『私』じゃないのか……とか思っているんじゃないか？　エイルおねえさん？」
「ん？　だから『アタシ』って言ってるじゃん、もー、リアナルっち、ウケる」
　笑顔を崩さず、僅かに視線を向けるエイルに、リアナルは肩をすくめた。
「ん……すまない、聞き間違いだったか？」
　そう顔をそらしつつ、
（ふふ、面白いネタをなくすのも惜しいからな……）
　などと胸中で呟くリアナルに、エイルは胡散臭げな視線を向けた。
「とりま、班分けする？　ここも広いし、最終的に教会に行くにしても、バラバラに移動した方が、パラディーゾに一気に邪魔されたガン逃げ……とはなんないっしょ」
「そうだね。エイルさんの言う通り、避けたいのは一か所にまとまっている状態でパラディーゾの襲撃を受けて、敗走することだ」
　『マルク・シリングのアバター』マーク（p3x001309）が頷く。
「極端な事を言えば……スターイーターの情報を入手した状態で、アンナさんとイルさんを逃がせれば、僕たちの勝ちだ。多少個別の戦力が落ちても、元々の成功目標を達成できる可能性が高い方がいい」
「うむ。では、シンプルに四人ずつで分けよう」
　『恋屍・愛無のアバター』真読・流雨（p3x007296）の言葉に、仲間達は頷く。イルとアンナを含み、メンバーは12人。四人ずつの３チームに分かれられるわけだ。かくして一行は三つのチームを結成する。
「スティア君とネイコ君には、アンナとイルを任せることになるが……」
　流雨の言葉に、スティアとネイコは頷く。内心「別のチームで良かった」と安堵しているのはハルツフィーネであるが。
「まあ。フィーネ様の活躍が見られない事、そしてわたくしの活躍をフィーネ様にお見せ出来ないことは残念ですが……」
「そ、そう？」
　アンナの言葉に、ハルツフィーネがぼやく。いや、別のチームで良かったが、しかし目を離すというのも、それはそれで、心配である。
「……アンナ殿のことは、私に任せてほしい。いざとなったら、担いででも連れて帰ろう」
「お願いね、イルさん」
　イルが小声でそういうのへ、ネイコが頷く。
「私たちは……まぁ、そう簡単には死なない、ってのは知ってるよね。でも、二人はその、危険だから」
「分かっているさ。英雄ならざるこの身だ。引き際はわきまえているつもりだ」
　イルは少しだけ、寂しげに笑う。スティアは少しだけ悲しくなって、
「でも、道中では信頼してるよ」
　そう言ってみせたから、イルは頷いた。
「じゃあ、ここからは解れて行動しよう」
　『世界終焉機構最終番』ルイン（p3x008578）が言った。
「連絡手段は持ったね？　これは最終確認だけど、いざと言うときは……とにかく、イルちゃんとアンナちゃんの帰還を最優先させること。
　ボクたちは、最悪ログアウト不可にされるくらいで済むけれど、二人は、あれだね、壊れちゃうから」
　後半は小声で、二人には届かぬように、ルインは言う。仲間達は頷いた。
「よし。それじゃあ皆、気を付けて。行こうか」
　その言葉に、メンバーはそれぞれの道を歩き出す。
　その先に、未来を勝ち取るための情報があることを信じて。

●金星天の徒
　Bチーム……リアナル、エイル、ルイン、ムーの四人は、商店街のエリアに到着していた。ひときわ賑わいを見せるこのエリアでは、表面的にはよくある市場の光景に見える。が、よくよく見れば、通行人の一部が、暗い瞳で別の通行人を観ていることに気づくだろう。
「……スリですね」
　と、ムーが言う。その眼が捕らえたのは、一人の男が、別の男にすれ違う瞬間だ。相手の死角を利用して伸ばした手が、懐の財布を盗み取る。後は素知らぬ顔で離れていくだけだ。
「一人や二人じゃないですよ。多分、しょっちゅう行われてます。盗まれた男も、多分別の機会には盗むでしょうね。ヤな街だなぁ」
　ムーがぼやいた。悪徳の都と言えば、砂嵐の悪の都ネフェルストだろうか。だが、この地はネフェルストと比べても、あまりにも破綻している。
「これで街が維持できるの、ほんとに理解できないんですが」
「ふぅん？　少し大げさに再現されているのかもな」
　リアナルが言った。
「そこの商店に売られているのは違法薬物の葉っぱだぞ。アバターの私達には影響はないだろうが、あまり近くを通らない方がいいな」
「う……こんな事ってある……？」
　エイルは思わず目をそらしたい思いだった。正義……天義を模したこの国に生まれ落ちていた、あまりにも異質な汚点。正義国も天義国も、清廉潔白続きであったというわけではないが、しかし、それにしたってこれは。
「……悪趣味すぎ」
「うーん、これはこれで賑やかで面白いけどね。これも人の営みだね」
　ルインはそんなことを言いつつ、視点を空へ、広域なものへと変える。空から俯瞰したように見える視点からは、人々の流れがよく見える。ついでに、路地裏で大人に殴られている子供の姿も見えたが、報告すればエイルが助けに行きかねなないので黙っておいた。
「人の流れは、ここからバラバラになってる感じだね。やっぱり商店街ってだけあって、ここが一番人が多いや。
　ムーちゃん、屋根の上から何か見えない？」
「んー、特には、教会跡、って言う建物も見えないですね」
　ぴょん、と建物の屋根の上に飛び乗って、ムーが言う。
「隠されてるのかな……？　と言うか、ボロボロの建物は多くて、判別つかないですね。アストリアさんも、外見とかルートをしっかり予知してくれると助かったんですけど」
「元々不安定な術式らしいからな。むしろ敵の本拠地を覗き見られただけでも幸運って所だろう」
　リアナルが言うのへ、エイルが頷いた。
「うん、それは、確かに。そのためにアタシらがいるんだしね。
　じゃ、地元民の力見せてやりますか」
　と、エイルが笑う。敵地でありながら、堂々とした様子を見せてやると、街路の左右に立ち並ぶ焦点に目をつけた。
「アタシが買うなら……あー、うん、あれだね」
　と、向かってみたところは、奇妙なことに、アイスクリームの屋台である。前時代風の正義国様式の建物のなかに、なぜか存在する近代様式の屋台の姿。眩暈と笑いが怒るような意味不明な光景だったが、つまりこれが『パラディーゾのエイルが作り上げた買い物のための設備』であるならば、そこにあった所で問題はない。街の住民たちも、それがあって当然のように生活している。
　エイルはその屋台に近づくと、さも当然のようにカウンターに肘をついて、
「やっほー、元気？」
　などと常連めいた顔で言ってみせる。店主の男は笑顔を浮かべると、
「おお、アンタか。また来たのか？」
「ん、いやー、マジ迷子んなっちゃってさ。家の場所、此処からどっちの方向だっけ？」
「アンタの家？　確かあの廃教会のあたりだろ？　ここからなら北西の方だ。近くに行けば、外から見えるだろ」
「だっけ、あざまるー。あ、ねぇねぇ、スターちんのことは知ってる？」
「なんだそりゃ？　アンタの友達か？」
「そっか、ん、いいよ、こっちの話だし。また今度食べに来るね」
　ひらひらと手をふって、エイルがわかれる。パラディーゾが実際に常連であったのもあるだろうし、スキルである『いつメン』の効果もあったのだろう。実にあっさりと情報を入手して、エイルが仲間達の元に戻ってきた。
「教会の場所は北西。パラディーゾの本拠地がそこなら、多分スターイーターって奴もそこだと思う」
「うむ。アストリアの予知を考えれば、廃教会を探った方がいいだろう……」
　リアナルがそう言った瞬間。
　ぞわり、と。
　ムーの全身が総毛だった。目を見開く。野生の勘が、何かとてつもない危険が……捕食者が迫っていると伝えていた。
「まずい」
　ムーが声をあげる。
「逃げましょう！　ここにいたら、絶対に、まずい！」
　屋根から飛び降り、仲間達にそう告げた刹那――。
　その背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ウケる。ボスキャラからは逃げられないって知んねーの？」
　その声が聞こえた瞬間、ムーの身体に衝撃が走った！　蹴り飛ばされた！　そう自覚した瞬間、ムーは痛みと共にフッ飛ばされていることに気づく。
「く、お、おっ！」
　呻きつつ、空中で姿勢を制御し、両手両足を使って着地する。ずざざ、と地をこすり、ムーが飛びあがる。
「パラディーゾ……！」
　ムーの叫びに、それは言った。
「せいかーい。ま、アストリアが視てたらしーし。来ると思ってたらマジで来るじゃん。
　ちょっと待って、今アイス食ってるから。そこのアイス、マジうまいんだ。アンタも食えばよかったのに。ね、エイル？　もー食えないよ？」
　にぃ、と、金星天の徒は笑った。カップに盛られた丸められたアイスをスプーンですくい取って、口に運ぶ。
「……マジでアタシじゃん。そのメイクも服も、傍から見てもイケてるわ。
　で、なに？　アタシにリスペクトマシマシでそんなカッコしてるの？」
　警戒しつつ、エイルが言う。金星天は鼻で笑ってみせた。
「生まれてくるときにさー。
　親って選べないじゃん。見た目も。ワンチャン整形あるかもだけど、ま、アタシはそこまでする気はないかなー？」
　カップのアイスをすっかり食べきってから、金星天は、がり、とプラスチックのスプーンを噛んで見せた。
「何が言いたいかっつーとさ。エイルちゃんさぁ？　別にアタシはアンタの事なんかどうでもいいんだわ。アンタがどれだけいい子ちゃんだろうと、アンタは厳密にはアタシじゃないからね。
　アンタはアタシに敵意マシマシかもしんないけど、アタシにとってアンタは、障害の一つに過ぎないわけ。
　わかる？　スティアっちはなんか違うみたいだけど、それも個性って奴じゃね？
　アタシはさ。今この瞬間が楽しければどーでもいいの。だってそうでしょ？　アタシの親玉は、この世界を壊そうとしてる。そんなに加担されて、目的をもって生きよう！　とか馬鹿じゃね？」
「語るじゃない。面白いね」
　ルインが言った。
「君がエイルちゃんと違う、って言いたいのは分ったよ。それで、今日はご挨拶をしに来てくれたのかな？」
　ルインが呟く。一方、その背後ではリアナルがムーを助け起こしていた。
「大丈夫か……？」
「ええ、ですが、中々強烈な一撃でしたよ……？」
「とりあえず治療はしておく……おそらく戦いは避けられないぞ」
　リアナルの言葉に、ムーは頷く。
「そーだねー、挨拶っちゃ挨拶かな。あ、その前に、アイス屋、閉店させとくね」
　そう言った刹那、金星天はぴょん、と飛び込むと、屋台の目の前に立つ。店主に笑顔で手をふって、
「ばいばい、アイスおいしかったわ」
　途端、鋭い回し蹴りが、激しい衝撃を伴って屋台を襲った。さながら激しい暴風のような一撃が、屋台と、その背後にあった建物を削ってえぐり取る。次の瞬間には、そこにはもはや何もなく、ただ何かとてつもない力で薙ぎ払われたような跡だけがあった。
「いや、マジムカついてるんだよね。リソースだって無限じゃないし。あのアイス屋、マジでお気にだったの。
　つまんねーこと聞かないでよ。つまんねーこと答えんなよ。あー、マジでさ。ホント、むかつく」
　にぃ、と金星天は笑った。
「だからさ、とりま、遊んでこ？　アタシがスカッとするくらいにはさぁ。ね、『エイルっち』？」
「……構えて。あいつ、来るよ」
　エイルが言った。ゆっくりと構える。仲間達も、応じるように臨戦態勢に入った。
「おっけー。初めましてこんにちは！　とりあえず壊しますね！」
　ルインの言葉を合図にしたように、双方は飛び掛かった。

●原動天の徒、そして星喰らい
「ほう、やはり教会に出入りしてるようだな」
　と、Tethは路地裏で、倒れ伏した男へと告げる。
「あ、ああ。アンタの言う風貌の奴らは、教会跡のあたりをうろついている……！　だから、命だけは……！」
「悪いな。お前に告げ口されても困る」
　そう言うと、Tethは躊躇なく、ハンドガンに取り付けられたブレードを、男の胸に突き立てた。男はぎゃあ、と悲鳴をあげると、ポリゴンの欠片に分解されて消えていく。この街にいる人間は、NPCのように見えて、厳密にはそうではない。すべて、ワールドイーターによって生み出されたエネミーとして扱われているわけだ。
　Tethは上空に飛ばしたドローンで、教会跡地の方を探る。確かに、街の中央方面には、朽ちた教会跡地が見える。が、その詳細は近づかなければわかるまい。Tethを始めとする一行は、住宅エリアのあたりを進んでいた。住宅エリアも治安は良くなく、この様に、路地裏に入れば即座に暴漢に襲われるレベルだ。
「全く、街の様子と言い、よくもまあ、ここまで精密に再現してくれたもんだ。力入れすぎだろ」
　うんざりした様子のTethに、ハルツフィーネが頷いた。
「……まるで、人の醜悪さを意図的に魅せ付けているかのような街ですね。再現者は何を思って、この様なデータを作り上げたのでしょうか？」
「さて。だいぶん、歪んでいそうだな」
「まるで、怒りの様なものも感じますね……」
　ハルツフィーネがクマさんをぎゅっと抱きしめた。何か得体のしれないざわざわとしたものを感じる。この街を作り上げたものの、怨念のようなもの。
「……なんにしても、教会がキーなのは確かなようです。今のところ、パラディーゾとは遭遇していないようですが……」
「いや、どうもエイルさんが金星天と遭遇したらしい」
　マークがaPhoneｰalterを手にしながらそういう。
「……！　街の方に出ていたのか……どうする、助けに行くか？」
　そういうTethへ、
「いや、逆に言えば、エイル君たちがパラディーゾを引き付けてくれている分、安全にスターイーターを発見できるともいえる」
　流雨が答えた。
「エイル君たちなら、倒せないまでも、そう簡単に敗れたりはしないはずだ。なら、こちらは作戦の遂行を重視すべきだと思うが」
「見放すように思われてしまうかもだけれど、僕も同意見だよ」
　マークが言う。
「確かにデメリットは発生しているけれど、現状、僕らは『死なない』のが強みだ。現実なら違うけれど、R.O.Oでは、こちらが折れるまで戦い続けられる」
「……むしろ、速くスターイーターを見つけて、クエスト達成条件を満たすことの方が、逆に援護になる、と言う事ですね」
　ハルツフィーネが言うのへ、マークと流雨は頷く。
「なら、さっさと向かってしまおう。教会跡は近い。すぐつけるはずだ」
　Tethの言葉に、皆は頷いた。果たして、住宅エリアを抜けて、教会跡地へ向かう。わずかの後に、一同は教会跡地とされる場所へとたどり着いた。
　が、そこで待ち受けていたのは、およそ教会とはいいがたい、例えるなら近代的な、コンクリートで建てられたような、武骨な建物であったのだ。
「……！？　この建物は……！？」
　一行の後ろから声がかかる。それは、スティアの声であり、別れていたCチームのメンバーが合流したことを意味する。スティアの視線も、コンクリートの建物に吸い寄せられている。遠くからは教会の残骸に見えていたはずの建物は、近づいてみれば、こう言った姿を見せていた。
「そちらも間に合ったか。どうやら、これが正解のようだ」
　Tethがそう言うのへ、ネイコが頷いた。
「カモフラージュされていたんだね……もしかしたら、バグを認識できない人が分からないような、そういう仕様になっているのかもしれない。
　イルさん、アンナさんも、この建物は視えるかな？」
「はい。何と申しますか……奇妙な建築様式の建物が見えます」
「ああ、まるでブロックのような……これが、敵の拠点なのか？」
　アンナとイルがそう言うのへ、スティアが頷く。
「多分、そうだね。なら、スターイーターは、この建物の地下に……？」
　スティアが言うのへ、ハルツフィーネが頷いた。
「入りましょう。もしかしたら、パラディーゾに見つかっているかもしれません」
　虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。一同は覚悟を決めると、建物の中へと侵入する。近代的なコンクリート壁の部屋が、一同を迎え入れた。部屋には何もなく、代わりに上へと続く階段と、下へと続く階段だけが見える。恐らく、異変を認識できないものにとっては、突然階段が現れたりするように見えるのだろう。
「……地下、だな」
　流雨が言った。
「厭なにおいがする。ああ、かつて嗅いだ事のある臭いだ。
　飢えの匂い。強烈な食欲の臭い。ただ在る者を、目の前にあるものを、すべて喰らいつくすために生まれたような存在の、におい」
「……スターイーター、だね？」
　ネイコの言葉に、流雨が頷く。
「行こう。後ろにも警戒してくれ」
　Tethの言葉に、一同は頷いた。地下へ向かい階段を、ゆっくりと降りていく。長く、永く。どれだけ降りたのか、どれだけ歩いたのか、合間になるような感覚。空間が歪められて作られているのかもしれない。そう言った風に、構成されているのだろうか。
　果たして地下に降り立った一同を迎えたのは、広大な空間だった。これまで降りてきた距離とは全く比例しないほどの高い高い天井。それは、先が見えぬほどの巨大な洞になっていて、その強大な空間の中に、それは佇んでいた。
　ぎり、と流雨が奥歯をかみしめた。わずかな震えが、その身を包んでいた。
「間違いない。星喰いだ」
　流雨が言う。思い出す。かつて、混沌に来る前に。流雨がいた宇宙を食い荒らした怪物を。三日三晩の死闘。その上に味わった、強烈な不味さ。
「こんな……巨大な怪物が……」
　イルが、思わず声をあげた。その全長は、数十メートルに達しただろうか？　目算故に何とも言えないが、少なくとも、ちょっとした巨人、と言った形容では足りない。まさに、巨大・怪獣。そう言った存在が、今静かに、その場にいた。
「……だが、星喰いは、元の世界で僕が確かに討伐したはずだ。元の世界から、混沌世界にやってきたという情報もない。なぜ、R.O.Oで、こんな形で再現されているのだ……？」
　流雨がそう言った刹那、こつん、こつん、と階段を下りてくる音が聞こえた。一同が、身構える。
「それはね。元々この子は、小さなバグに過ぎなかったからだよ」
　こつん、こつん、と。誰かがおりてくる。声が聞こえる。スティアと同じ声。
「小さな、小さなバグだった。ただ、そのバグは、強烈な感情を抱いていたんだ。
　食いたい。
　すべてを食べたい。
　それは、強烈な、満たされない、飢えと言う感情。
　でも、それを形作るための姿が、この子にはなかった。
　――そんな時。貴方達が現れたんだって」
　かつり、と。
　それは、最下段の地に降りた。
　スティアと同じ姿をするもの。
　パラディーゾ。原動天の徒――。
「特異運命座標であるあなた達がログインした時に、世界には新たなデータが生まれた。
　とりわけこの子と相性が良かったのが、真読・流雨……ううん、恋屍・愛無さんだね？
　あなたの持っていた経験のデータ。その中にあった、すべてを喰らう怪物の記憶。
　この子はそのアバターを背負って、ようやくその欲求を全うできるようになったの」
「僕が、トリガーになった……？」
「責任とか感じなくていいよ。別にあなたのデータが無ければ、別の姿になってただけだから。
　運がよかった……悪かった？　まぁ、そういうものだと思ってね」
「つまり――スターイーターも、バグによって生まれた……ピエロやアリスと似たような存在、と言う事なんだね？」
　スティアが言う。原動天はぱちぱち、と拍手をした。
「その通りだよ、スティアちゃん。初めましてかな？　でも、私は、あなたの事、他人とは思えないなぁ」
　だって、と、原動天は言った。
「あなたの事、よく知ってるから。スティア・エイル・ヴァークライトとしてのあなた。
　あなたは、よく現実の自分と似たアバターを作ったから……私もね、現実の貴方の事、よく知ってるの」
　かつり、と、原動天が歩く。仲間達は警戒しながら、それを見届ける。
「ねぇ、スティアさん。
　あなた、正義国の事、どう思う？」
「……どう、って？」
　スティアが、その手に刀の柄をかけながら言う。仲間達も、ゆっくりと武器に手を伸ばした。
「醜くない？　本当の天義の醜さを覆い隠すみたいに再現された、薄っぺらで偽りの正義の国。
　でもね、あんな醜い天義の国の再現だもの、本当はこの街みたいに、汚くてどうしようもない奴らが住んでる所だって、そう思わない？」
　その瞳に、暗い何かが浮かんでいるのを、スティアは気づいた。ゆっくりと歩く原動天が、星喰いの怪物の前にやってきて、止まる。
「私たちの家族を滅茶苦茶にした国が、いい子ちゃん面で再現されてるの。汚い言葉を言うと、死ぬほどムカつかない？」
　ぞわり、と。肌が粟立つ。それは、原動天から発せられた、憎悪の様なものか。スティアは自覚する。あれは、自身の、現実での記憶を持っている。
　故に――壊れているのだ。スティアでは耐えられた現実を、生まれた瞬間にたたきつけられたパラディーゾは、それを耐えられなかったのだろう。
　パラディーゾは、特異運命座標たちのコピーではあるが、厳密には完全に再現されたものではない。
　故に、あれはスティアのＩＦと言うわけではない。ただ……他人の記憶を植え付けられた、無垢だった何かに過ぎない。
「本当に、あなたはすべてを許しているの？　この国で再現されていい人面してるアストリアを殺してやりたいと思ったことは？
　エミリアのことも本当に許しているの？」
「黙って」
　スティアが言った。
「あなたの境遇には同情する。でも、私の家族を侮辱しないで」
　ぼう、とスティアの目に怒りの炎が宿る。一触即発――いや、元より原動天とは戦うつもりだった相手だ！　ここで逃げ出すわけにはいかない！
「マーク君、Tethさん、私達であいつの足を止めるから、イルさんとアンナさんを連れて逃げて」
　ネイコが言う。
「そんな、わたくしも残りますわ！　わたくしのハンマーは、正義国に伝わる１０の聖遺物が一つ……パラディーゾとやらにも後れを取りません……！」
「端的に言うと、私達もあれを倒しきれる自信はないんだ」
　アンナの言葉に、ネイコが言う。悔し気に、真剣な眼を見せるネイコに、アンナは息をのむしかなかった。
「私たちの目的は、スターイーターの確認……今その情報は入手できた。
　あとは、誰かがそれを持ち帰れば、次につなげられる……！
　アンナさん、イルさん、あなた達にはそれをお願いしたいの」
　そう言ってから、ネイコは笑う。
「っていっても、別に死ぬとかそういうんじゃないから！　絶対帰る。ただ、今は二人の安全を優先させて」
「行こう、アンナ殿」
　イルが言った。
「生きて帰るのが、私たちの使命だ……スティア、気を付けて」
「有難う、イルちゃん」
　スティアが頷く。
「よし……攻撃が始まったら、俺様達と一緒に走るぞ。良いな？」
　Tethが言うのへ、アンナとイルは頷く……同時！　飛び出したのは流雨だ！
「悪いが、こうなっては僕も当事者だ」
　振るわれるパンダの爪！　豪爪が原動天を狙う――原動天は、静かに刃を抜き放つと、その爪を刃によって受け止めた！
「あはは、あなたの記憶、しっかり役に立ってるよ！」
　原動天が刃を振るう。吹き飛ばされた流雨が飛びずさって着地するのへ、その背後から飛び込むネイコ！
「貫け、プリンセス、スマッシュ！」
　振るわれた刃がか放たれた衝撃波が、ポップなエフェクトと共に原動天を襲う。爆発が原動天を包み、飲み込むのへ、ネイコはさらに加速！
「プリンセス――」
「おそい、よ」
　だが、何たる反応速度か！　すぐに反撃に転じた原動天は、ネイコを切り裂くべく、爆炎を切り裂きながらその斬撃を繰り出した！　ネイコはとっさに刃で受け止めるが、衝撃はすさまじく、吹き飛ばされて床に転がる！
「ああっ、勇者様……！」
　アンナが叫ぶのへ、ハルツフィーネが叫び返す。
「何をしてるんですか！　走ってください！　……走りなさい！　走って！」
　ハルツフィーネの言葉に、アンナは驚いて、強く頷いた。イルが差し出した手を取り、マーク、そしてTethと共に階段を上る。
「光のクマさんが、非正義なあなた達に正義を教えてあげます……！」
　ハルツフィーネが放つ、魔法の爪。クマさんの爪が伸びて、原動天を切り裂くべく振るわれた。原動天は、その爪を刃にて一気に斬り飛ばしてみせる。
「挑発のつもりかな？　ふふ、わかってるけど、少し頭に来るね」
　原動天が飛び込み、ハルツフィーネを狙う。流れるような連撃。目にもとならぬそれを、しかし本能的な危機回避能力を発揮して、クマさんの爪をかざして受け止める。が、やはり衝撃は殺しきれない。強く吹き飛ばされたハルツフィーネが、床にたたきつけられて小さく悲鳴をあげる。
「ああ、そんな……！」
「くっ……！」
　その様子を見ながら、アンナとイル、そしてTethとマークが階段を駆け上がる。
「大丈夫、彼らは強い。『死なない』しね。でも、君達を守りながらだと十全に力を発揮できないから」
　マークが言った。励ますように。そして走りながら、胸中で呟く。
（追ってこない……スターイーターの情報自体は流出してもいいと思っているのか？　もしかしたら、とんでもない隠し玉を、敵は持っているのかもしれない……）
　それは予感に過ぎなかった。だが、何か重いしこりの様なものを、マークは感じていた。
　一方、スティアが原動天と切り結ぶ。その戦い方は非常によく似ていた。スティアの持つスキル、それと同等かさらに強化されたそれを、原動天は放ってくる。
「あなたが、私の記憶を持っているのは分かったよ」
　スティアが言う。
「けど……それを理由に他人に迷惑をかけられても、困るな！」
　振り下ろした刃を、原動天はいなすように刃を振るう。逸れた刃が空を切り、原動天は反撃の斬撃をスティアへと見舞った。
「いいえ……私にはあるの！　世界に復讐する権利が！」
　原動天の刃が、スティアを切り裂く。スティアの着物ごと、右腕が深く薙がれた。エフェクトの鮮血を流しながら、スティアが距離を取る。間髪入れず、ネイコが飛び込む。
「そんな権利、誰も持ってないっ！」
　ネイコの斬撃が、原動天を捉える――が、原動天は脅威的な反射ででそれに対応してみせた。振り下ろしていた刃を無理矢理掲げ、ネイコの斬撃を受け止める。
「ふふ……許可をもらうつもりはないよ」
「実行させるつもりもない！」
　流雨が、再びパンダの爪で飛び掛かった。振るわれた爪腕を、原動天は身をよじって回避――その反動でネイコの刃から逃れると、
「ああ、もう当事者になるんだっけね？　それじゃ、実際になってみようか。
　この世界に生きて、滅ぶ……当事者に！」
　原動天が、目にも止まらぬ速度で、その刃を突き出した。途端、その刃が流雨の心臓を貫いた。
「ぐ……あ……っ！」
「流雨さん！」
　ハルツフィーネがクマさんの爪で援護に入る。原動天は流雨から刃を引き抜くと、ハルツフィーネの斬撃を受け止めて見せる。
「無駄――」
「じゃないよっ！」
　その隙をついたスティアが、神速の居合を繰り出した。氷の花弁をまき散らしながら放たれる、斬撃。それが、この時原動天の右腕を薙いでいた。
「……っ！」
　生じた痛みに、原動天が顔をしかめる。同時、強く刃を振るった原動天が、スティア、そしてハルツフィーネを振り切り、後方へ大きく跳躍した。
「……この位かな」
　原動天が笑う。
「それじゃあ、また。
　今度会うときは、きっと決戦だね」
　原動天は薄く笑うと、闇の中へと消えていく。同時、スターイーターも闇の中へと姿を消し、気づけば一同は、廃墟とかした教会のただ中にいた。
「……逃げられた……と言うより、見逃された……？」
　ネイコが悔しげにうめいた。確かに、あのまま戦っても勝機は視えなかっただろう。恐らく、今回のメンバーが全員揃い、全力で戦ってようやく、と言った所かもしれない。が、それはすでに分かっていたことだ。いや、それよりも。
「流雨さん、大丈夫ですか？」
　ハルツフィーネが尋ねる。流雨は、増えたデスカウントの表示に顔をしかめつつ、
「大丈夫だ。だが……」
　グレーアウトしたログアウトの表示を自覚していた。

「ん。スティアっちも終わりかな？」
　金星天がそう言って笑った。目の前には、傷つき、荒い息をつく特異運命座標たちの姿があった。
「アタシもぼちぼち気が晴れてきたし。そろそろいいかなー」
　んー、と伸びをする金星天。ダメージは確かに与えられているが、命を取るにはまだ遠い。対して、こちらの四人はすでにボロボロだ。と言っても、四人で戦って勝てるなどとは思ってはいない。むしろ、ある程度時間を稼げたとみるならば上々。
「おや、見逃してくれるんですか？」
　ムーがそう言うのへ、金星天は頷いた。
「そ。だってアンタら、殺しても死なないしねー。ほどほどにボコって遊んどくのがいいっしょ？」
「ふふ、そうだね。ボク達は結構しつこいから、まだまだやれるよ？」
「ん、本気でまだまだやりそうだからね、アタシも忙しーんだわ」
　ルインの言葉に、ケタケタと笑う金星天。
「アタシはちょっとお先にログアウトさせてもらうけど！
　でも絶対偽アタシもピエロも後でボコボコにぶん殴るかんね！」
　エイルが叫ぶ。金星天は楽し気に目を細めると。
「んふー、楽しみにしてるー。じゃね、バイバーイ」
　高く跳躍すると、そのまま何処かへと消えていった。
「……やれやれ、随分とやられてしまったな……」
　リアナルが呟く。だが、情報を聞いた限りでは、メイン目標であるスターイーターの発見は完了したようだ。
「……ひとまず、戻ろう。あいつとの決戦は、きっともうすぐだ」
　リアナルの言葉に、仲間達は頷く。
　強大な敵であったことは確かだ。だが、次に遭遇した時は絶対に負けない。そんな決意を、皆は強く抱いていた。

「……さて、ここまでくれば安全だろう」
　Tethが、そう言ったのは、バグの空間から脱出して、モザイクのドームを外から眺められるようになってからだ。
「うん。クエストの方も、成功終了で表示がされているよ」
　マークが言った。確かに、インターフェース上では、クエストクリアの文字が踊っている。ついでに、オプション要素の解放も宣言されていた。パラディーゾとの戦闘で、ある程度の情報は抜けたらしい。
「……皆様は、ご無事でしょうか……？」
　アンナがそう言うのへ、マークは微笑んだ。
「うん、全員無事だという連絡が来ているよ」
　aPhoneｰalterを見せながら、そういう。
「ひとまず、もう少し離れよう。念のためね。
　すぐに、皆も戻ってくる。だから、心配しないで」
　マークの言葉に、アンナが頷く。
「……敵の情報は得られた。直に、決戦の時が来るか……」
　イルの言葉に、
「そうだ。これからが本番だ」
　Tethが頷いた。
　モザイクのドームは、この世界の未来の前に立ちはだかる様に、静かに、特異運命座標たちの前に存在する。
　そして、確かな決戦の予感を、皆は胸に抱いていた――。

成否

成功

ＭＶＰ

状態異常

あとがき

　ご参加ありがとうございました。
　皆様のご活躍により、スターイーターの情報が得られました。
　これにより、アストリアの予知術式の精度の向上が期待できます。

　……ただし、『恋屍・愛無のアバター』真読・流雨（p3x007296）さんがログアウト不能となっているようです……。