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シナリオ詳細

<Closed Emerald>君映えの

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 翡翠の集落に辿り着き、ベネディクト・セレネヴァーユ・ドゥネーブは目の当たりにした光景に息を呑んだ。
 己へ向けて警戒心を露わにした翡翠の民達は、皆一様に睨め付けて来る。値定めするかのような瞳からリュティス・ドゥネーブを隠し、ベネディクトは囁いた。
「……どうやら、この地で情報収集は難しそうだな。
 同じ幻想種であれば、リュティスの力になってくれると思っていたのだが――」
 イレギュラーズの協力を経て辿り着いたというのに。このままではリュティスの石花病への治療も夢のまた夢か。
 ベネディクトが悔しげに青い瞳に傍らの娘を映す。思い出せば、彼女が『ドゥネーブ』にやってきた時に靴など放り投げ、川で遊び回ったものである。
 あの時は姉も一緒だっただろうか。姉に手を引かれて水の冷たさを驚くリュティスは可愛らしかった。
 彼女に沢山の経験をさせてやりたい。その手を引いて、鮮やかな紅玉の瞳に世界の美しさを映してやりたい。
 そう、願ってきたと言うのに――

「同胞ならいざ知れず……その娘は『幻想種』ではないではありませんか」

 リュティスはひゅうと息を呑んだ。まるで心の柔らかいところをナイフに突き刺されたかのような悲痛な表情を浮かべている。
 唇が戦慄き、じりじりと後退する彼女の脚は岩に化している。なまくらの脚は体を支えるだけの棒であるかのように簡単に倒れた。
「幻想種じゃない――? な、何を……」
「姿形は似ていますが、彼女はどう見ても旅人です。我々の同胞では無いことは『自然と対話できない』事で知れています」
 ベネディクトは慌て、リュティスを見遣った。血の気の引いたかんばせは駄々をこねる子供のように右へ左へと揺れている。
 ……姉が死んだときと同じ、恐慌に彼女は身を落として。
「ベネディクトさ――」
「呼んだか?」
 震える唇がなんとか紡いだ名前に被さったのは『ベネディクト』の物であって、そうではない声音であった。
 ベネディクト・セレネヴェーユ・ドゥネーブは息を呑む。
 眼前に存在するかんばせは己にも似ていて、違う。『この集落に辿り着くために力を貸してくれた男』に似ているが彼では無い事は分かった。

 ――それに、別の存在であろうともリュティスは俺の好いた女性だ。

 そう言っていた『あの男』がリュティスの腕を掴みあげ、地を引きずるわけがない。痛みに呻いた彼女を見て笑うわけがない。

「排他的が過ぎる『彼女たち』のあり方は害悪だ。知っているか? 『ベネディクト』。
 国を世界平和とはこの様な種を許容はしない。何故ならば……排他的であるが故の拒絶が望まぬ戦を生むからだ」

 彼は、『ベネディクト・ファブニル』と名乗った。唇を釣り上げた男の背後から『ぞろり』と姿を現したのは――


 パラディーゾ。至高天(ゲームマスター)により齎された情報の中で、『天国篇第九天 原動天の徒』と名乗った者達が居る。
 九人のみがその座に位置するとされた原動天、その一人にベネディクト・ファブニルが数えられていた事を告げたスノウローズ (p3y000024)は不安げにイレギュラーズに声を掛けた。
「あのね、翡翠の村に『R.O.Oのベネディクトさんとリュティスさん』を送っていったの。
 目的はリュティスさんの石花病の治療。……けど、その集落でベネディクトさんが『ベネディクト・ファブニル』を名乗る男と出会ったらしいの」
 スノウローズ曰く、そのベネディクトは病に身を犯されたリュティスを人質にして『大樹の嘆き』と共に翡翠の中を移動しているのだという。
 緊急クエストのポップアップと共にベネディクト・セレネヴァーユ・ドゥネーブは失意の中にあった。
「力を貸してはくれないか」
 彼はイレギュラーズを恨んでいる。魔種と転じた姉を殺したイレギュラーズを根絶やしに為ねばならないと決意していたのだ。
 だが、そんな彼が此度の助けを求めたのはあれだけ恨んでいたイレギュラーズだ。彼らにしか頼れないのだと、彼は知っていたのだろう。
「俺に……いや、『お前』にそっくりな男がいた。だが、お前とは違う。お前はリュティスにあの様なことはしない」
 ベネディクト・ファブニル(p3x008160)に向き直った『ドゥネーブ卿』は苦しげに彼の傍らに立っていたリュティス(p3x007926)を一瞥する。
「私に、何があったのですか」
「ああ。『原動天』と名乗った男はリュティスを人質として大樹を傷つけ続けている。
 現地の民もその現場を見ていた。故に、俺に教えてくれたのだが翡翠の大樹達は防衛機構としての『大樹の嘆き』という兵器を有しているらしい。危機に陥ればモンスターに似通った存在を輩出し、有事に備えるそうだ」
 そのモンスター達が活性化しているのだという。リュティスを――『家族』を助けるためにはそれらを退けて原動天より奪い返さねばならないのだ。
「……リュティスは幻想種ではないらしい。旅人(イレギュラーズ)だと、民がそう言った。
 俺は、彼女にどうすればいい? あれほど憎んだ存在が、あれほど愛しい存在と、同一であったと知った俺は――
 いや……今はその様な事を口にしている場合では無いか。頼む。『原動天』より俺の家族を取り戻して欲しい」


 自身が、この世界の存在では無いことは知っていた。
 記憶の無い自分を愛してくれた家族には幻想種であろうと言われて育っても、違和感は日増しに大きくなるばかりだった。
 ……あの日、姉様が亡くなって、ベネディクトさんがイレギュラーズを根絶やしにすると口にした日。
 いつか私の出自がばれれば彼に殺されてしまうのだろうかと、そう思った。
 それでも良かった。

 私は、あの人を愛していたから。
 殺されるのならば――彼が良い。
 もしも、無数に世界が存在し、『彼じゃない彼』に出会ったとしても。唯一は、あの人だと、そう決めていたから。

GMコメント

 日下部あやめと申します。どうぞ、宜しくお願い致します。

●目的
 リュティス・ドゥネーブの奪還

●フィールド
『大樹の嘆き』を発生させている大樹の集落の周辺です。
 周辺にはそこから発生した悲しんでいる雰囲気のモンスターが漂い続けています。複数に襲いかかってくるために注意をスル必要があります。
『原動天』はそれらを発生させながらずんずんと奥に進んでいるようです。モンスターを退けて、原動天へと追いつきましょう。
 サクラメントは程近くに存在しています。復活可能です。

●モンスター
 大樹の嘆きから発生したモンスターです。悲しんでいるほか、怒りなどの感情を湛えたモンスター達です。
 狼を思わすフォルムをしており、無数に出現し続けます。

●『原動天』ベネディクト・ファブニル
 自身をそう名乗った天国篇第九天 原動天の徒――つまり、バグNPCのベネディクトさん。
 リュティスを攫ったのは『現実とROOのベネディクト』が攻撃し合い共倒れになることを狙ったのだろうと考えられます。
 非常に強力な敵であり、竜の力を有しています。リュティスのことは害するつもりはあまりないようですが人質として連れ回しています。

●リュティス・ドゥネーブ
 自称幻想種のドゥネーブ家の拾われっ子。ベネディクトを慕っており、彼を兄と呼ぶことは滅多にありません。
 自身が旅人であることがベネディクトにバレ、原動天に浚われた現状にありますが、気丈に振る舞っています。 
 脚は石花病に罹患し、硬くなっているために自由には動き回れません。戦闘も不可能です。
 気落ちした様子ではありますが、皆さんに協力することは惜しまないでしょう。

●ベネディクト・セレネヴァーユ・ドゥネーブ
 ドゥネーブ卿。伝承のドゥネーブ男爵家嫡男。
『不運』にもイレギュラーズに討伐された姉・ルナの仇討ちの為にイレギュラーズに恨みを募らせています。
 同居人のリュティスを救うために皆さんと協力します。戦闘も指示をしてください。

●重要な備考
 <Closed Emerald>には敵側から『トロフィー』の救出チャンスが与えられています。
 <Closed Emerald>ではその達成度に応じて一定数のキャラクターが『デスカウントの少ない順』から解放されます。
 但し、<Closed Emerald>ではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。

●『パラディーゾ』イベント
 <Closed Emerald>でパラディーゾが介入してきている事により、全体で特殊イベントが発生しています。
 <Closed Emerald>で『トロフィー』の救出チャンスとしてMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
 MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
 指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
 但し、当シナリオではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。

※重要な備考『デスカウント』
 R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
 現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。

  • <Closed Emerald>君映えの完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年11月10日 22時35分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヴァリフィルド(p3x000072)
悪食竜
グレイシア(p3x000111)
世界の意思の代行者
セララ(p3x000273)
妖精勇者
シフルハンマ(p3x000319)
冷たき地獄の果てを行くもの
神様(p3x000808)
R.O.Oの
セフィーロ(p3x007625)
Fascinator
リュティス(p3x007926)
黒狼の従者
ベネディクト・ファブニル(p3x008160)
災禍の竜血
リラグレーテ(p3x008418)
憧憬の聲
ねこ神さま(p3x008666)
かみさまのかけら

リプレイ


「ねこです。宜しくお願いします」
 クエストの発生を受けて、開始エリアへと姿を見せた『かみさまのかけら』ねこ神さま(p3x008666)は金色の瞳をぱちりと瞬かせた。
 長く伸した射干玉の髪を煽る翡翠の風は、湿り気を僅かに感じさせて肌をも通り過ぎる。黒衣のワンピースによりそった『ねこさん』達はふんわりと尾を揺らした。
 クエストデータを眺めれば、自身の傍らには『大樹の嘆きを知りし者』ベネディクト・ファブニル(p3x008160)が。
 関連NPCにはベネディクト・セレネヴァーユ・ドゥネーブが。そして『パラディーゾ』と呼ばれた存在のベネディクトが。
「ベネディクトさんが3人……いえ、別ベネディクトさんではありますね。あるのですが。
 ログアウト不可から何かあると思いましたが、姿を悪用をされるのは少しばかり看過できませんね」 
 こてりと首を傾げた彼女に合わせ『ねこさん』達も首を捻った。嫋やかなる翡翠の森に似合わぬ喧噪は、黒々とした闇の如く彼女の身へとひりつく気配を与えていた。
 荒れた海のように、感情が揺蕩っている。なんとも言葉に出来ぬままベネディクトはクエストを眺めている。
 己の姿を使った、己ではないもの。贋作と呼ぶべきか。紛い物と言うべきか。果たして。それに似合う言葉を与えられぬ儘に立ち尽くす彼の背後、数歩分を開けて『黒狼の従者』リュティス(p3x007926)は物言わぬ儘佇んでいる。
「はあ」と大仰にため息を吐いて髪を掻き上げた『Fascinator』セフィーロ(p3x007625)は何と言うべきかと唇を引き結んだ。凍て付く冬空の様な冴え澄んだ声音には悩ましさが踊っている。己の脳内を顕在化させたならば困惑と呼ぶべき海でタップダンスでもしている心地だ。
「三者三様。同じ人間がベースで、ややこしい絵面ね。
 しかも、絵面だけじゃあなくて事情までややこしんだから、ねえ?」
 問われた側のベネディクトは「ああ」と肩を竦めた。セフィーロの薄氷の瞳を受け止めて、淡い空色に疲弊が滲んだ。
「ベネディクトと、ドゥネーブ卿と、原動天……あり得ない事では無いにしろ、似た姿が並ぶというのは何とも言い難い光景だ」
 斯くも選り取り見取りとなれば、バイキングテーブルから何れを選び取ろうかと悩ましく思う奇妙さにも似ている。
「それも、ドゥネーブ卿に関してはROOでのベネディクトの姿であり、ROOで実際に人生を歩んでいると考えると……改めて、ROOとは一種平行世界のような物なのだと考えさせられてしまうな」
 ifと呼ぶものがあったなら。この様に彼は構築されるのだろうか。世界というのは筆舌尽くしがたい。言葉を当て嵌めることさえ似合わぬか。
 それにしても、三人。何とも愉快奇天烈。『世界の意思の代行者』グレイシア(p3x000111)が微かに笑えば「いーーーや?」と『R.O.Oの』神様(p3x000808)は首を傾いだ。
「こんな事ってある?」
 それぞれが同じかんばせ。似通った存在で、それでいて別の人生を送っている。平行線の存在。
「いや、でも、そっか。混沌(げんじつ)でもそうだよなぁ。決して『無い』とは言い切れないか~。
 生きてりゃベネトン3人と会うこともあるよな。うん。混沌だし……ってねーよ」
 神様の自己解決。困惑した青年の金の瞳が僅かな疲労の色を湛えた。情報をシンプルに解説するならば、と咀嚼する。
 ううん。ううん。一度二度。悩んで見せた青年は納得したように頷いた。
「複雑そうな人間模様だけど案外シンプルか? ま 女性を助けるのだけは違いね~から。神にしてみりゃ何の問題も無いやね」
 そう。救うべきはリュティス・ドゥネーブ。囚われの姫君となったもう一人の自分を思い浮かべてリュティスは肩を竦める。
 眼前で思い悩んだ主人の平行世界の存在――ドゥネーブ卿と視線がかち合い、彼の鮮やかな青色が悲痛な色に染まったことに気付く。

 ――……リュティスは幻想種ではないらしい。旅人(イレギュラーズ)だと、民がそう言った。
 俺は、彼女にどうすればいい? あれほど憎んだ存在が、あれほど愛しい存在と、同一であったと知った俺は――
 いや……今はその様な事を口にしている場合では無いか。頼む。『原動天』より俺の家族を取り戻して欲しい。

 彼は、イレギュラーズを憎んでいる。故に、自身は『愛しい存在と同じ顔をした憎むべき相手』でしかなかったのだ。リュティスにとっては、この世界の自分までもが彼に憎まれる存在であるのだ。何と、言葉にするべきか。
(ベネディクト様を見ていると私を見ているような気分になりますね。
 自身の信じる道を突き進む、不器用な人……故に信じているものが揺らぐと脆い、ですか。
 主人と従者……この関係が終わってしまった時、私はなんと思うのでしょうね)
 リュティスが一瞥したのはベネディクトであった。鮮やかな金の髪。己を異性として好ましいと告げた主人。
 彼と、自分の関係は保留の儘。もしも、この関係に終止符を打ったとき――自分は……?


「ドゥネーブ卿はもっと簡単に考えようよ。助けたいなら全力で助ける。大事なのはそれだけだよ。そこに余計なものはいらないんだ。
 ボクは皆を助けたい。リュティスさんも、翡翠という国も護ってみせるよ。だって、それがボクのやりたいことだからね」
 微笑んだ『妖精勇者』セララ(p3x000273)の快活な声音は踊っていた。
 ドゥネーブ卿と呼んだ『R.O.Oのベネディクト』にとって、朗らかな彼女の言葉は少しばかり不意を突かれるようにも感じられたか。
 屹度、青年にとっては予想だにしていなかった明るさだ。太陽のような少女はそっと手を差し伸べる。停滞し、苛立ちを抱えた男の氷の如き心を溶かすかのように。
「迷ってたら手からこぼれ落ちちゃうからね。決めたなら全力で行こう!」
「……」
 屹度、憧憬を向けた彼ならば「そうだな」と答えたのだろう。まるでショウウインドウに並んだ宝石でも眺めるように、『大樹の嘆きを知りし者』リラグレーテ(p3x008418)はドゥネーブ卿のかんばせを眺めていた。自身が憧れた青年はもっと、誉れ高き騎士のようなおとこであった。見たことのない表情を貼り付けた彼に『こういう顔もするのだろうか』と何気なく見遣る。
 愛を向ける相手の存在に。きっと、全部が全部違うわけじゃない。彼らの『愛』には種別があれど、彼らが大切だと認識する相手に違いは無い。だからこそ、リラグレーテの紅玉髄の瞳に苛立ちが滲む。
「う〜ん……僕やっぱり、ちょっと虫の居所が悪いかもなぁ。ふふ!」
「ふむ?」
 呟くリラグレーテを一瞥したのは『悪食竜』ヴァリフィルド(p3x000072)。悪食であると称する竜はその首を傾いだ。データを喰らうドラゴンの視線を受け止めてからリラグレーテは「んーん」と首を振った。
「そろそろ追いかけなくっちゃね?」
「ああ、そうだな」
 小さく頷いた『妖精の守護鎌』シフルハンマ(p3x000319)にとって、助けるべき相手が『旅人』であるということが重要だった。R.O.O内の幻想種の過激さが、それを助ける気を起こさないが彼女は旅人であるそうだ。幻想種であると告げていたのは保身か、それとも愛情によるものだったのか。それはシフルハンマにも分らないが、ふと呟く。
「しかし大樹の嘆きは数が多くて厄介だな……妖精に被害が無いといいんだけど……。
 このままデスカウントが増やした人たちのコピーがどんどん増えていくのかな……倒されないように最善の注意を払っていこう」
 コピーと。そう呼んだのはベネディクト模倣したパラディーゾの事であった。元世界へと回帰することが赦されぬ己の身。ベネディクトは分らないと首を振る。
「……行こう、大樹の嘆きが生み出され続けては周囲の森に住む者達も危ない。そして、彼女を救い出す」
 周辺に漂う木々の呻き。獣の遠吠えは誰ぞの涙のように落とされる。夢うつつに白き刃を光らせてベネディクトは気配を探る。
 野生の勘と言ってしまえばそれまで。それでも、それ程頼りになるものはないだろう。行こうと彼が言うならばリュティスは頷くのみ。
 自身の家族と同じかんばせの娘が追従する様を見つめてドゥネーブ卿は立ち尽くした。自身と同じ顔がふたつ。其れだけでも彼の戸惑いは濃いというのに、愛しき『妹』と同じかんばせの娘の静の気配に緊張の糸が張り詰める。まるで、刃を研ぎ澄ませるように虎視眈眈と敵を狙い澄ます娘は「ベネディクト様」と呼んだ――その声音に『本物』がぎょっと振り向いたのは。屹度、気のせいではないのだろう。
「恐らくですが、もう1人の私は貴方を待っていると思います。
 援護はしますので、救出をよろしくお願い致します……万が一の時は私と交換でも良いですよ」
「なっ――」
「リュティス!」
 一方は驚愕に目を剥き、もう一方はその名を叫ぶ。其れだけ危険な相手であると囁く唇には決意が乗せられているようで。
「……セレネヴァーユ、共に来い。きっと彼女は不安がっている。そしてそれを拭ってやれるのはお前だけだ」
 ベネディクトは彼へと声を掛けた。ぎこちなく頷いたドゥネーブ卿は「共に行こう」と槍を握り込む。その足取りは泥濘にでも取られかのように重たいものから一気に変化を齎した。
 まずは道を切り開き、原動天へと追い縋る班を。そして敵の対処を行い追走する班に分かれると決める。ジェットハンマーをよいしょと抱えた後、ねこ神さまはねこの幻体たちと共に走り出す。
「悪いベネディクトさんをぶちのめせば良いってことは分かりますよ! なので、ねこはぶちのめします!
 悪ベネディクトさんをぶちのめしますよ! ベネディクトさん達!
 行き詰まった時はシンプルな思考で一番の障害を取り除くのが心に良いのですよ!」
 三人も居て、それぞれが別々の事情を持っていて。途惑うよりも、躊躇うよりもシンプルに考えれば良い。
 つまり――『わるいやつはぶっとばせ!』
 命の脈動を感じるグレイシアは「行こう」と歩き出す。無尽蔵に生み出される大樹の嘆きは狼を模している。まるで、狩りだ。獣たちの慟哭を耳にして神様は肩を竦めた。
「狩られる側に慣れて……るワケ無いわな」
「狩るがでありたいものね? 違うかしら」
 揶揄うセフィーロの声音に「そりゃあ」と神様は小さく笑った。獲物となるより、獲物になりたい。狩られるならば、其れなりの罠を仕掛けておきたい。そんな駆け引きを楽しむように目を細める神様はセフィーロに手を振った。
「そんじゃ、頑張って。何かあれば神を呼んで」
「何、見かけによらずずっとタフな女ですからね。無理と無茶は任しておきなさいよ」
 最後方に立った女と手を振って神様は前方へと飛び出した。牙を剥きだした大樹の嘆きへと放つのは世に顕現せしめた奇跡。その名を『飃』
 荒れ狂う風が、木々を揺らがせた。大地を揺らがせ、風が大樹の嘆きを攫う。ひゅう。音を立てれば、いとも容易く足下を掬われた其れ等へとセララがぴょこんと跳ねるように飛び出した。
「此処は通して貰うんだからっ!」
 天高く跳躍すれば、剣は至極に煌めいた。覚醒に至りし刃を引き抜いて、ポージングは完璧なけりと放つ。雷光を纏うその身は流星のように。
 木々のざわめきの中でセララは走る。狼から逃れるように走るリラグレーテは声を聞く。

 ――助けて。

 それは、リュティス・ドゥネーブ。彼女の呼ぶ声。
 戦うことも出来ず、その足は病に冒され動くこともない。固く蝋の様に変化するその体が満足に動かせないことを今ほどに後悔したことはないと。悲痛なる叫びがリラグレーテの元へと届けられた。
「……言ったよね? 虫の居所が悪いって。さっさと退いて貰おうかな」
 嘆息するように射干玉の髪が広がった。長槍杖はリラグレーテの声音に答える。
 虚ろなる仇花は絶対殲滅の意を示した。シスタスは焼夷の破壊を花咲かす。周囲に漂う香りを込めて、空想弾が叩き込まれる。広がる薫香は毒となる。
 理レグレーテの通った後に、黒ねこさんがぐいんと伸びた。「どうぞ、行って下さい」と淡々と告げるねこ神さまは世界を股に掛けるように、別つ境界線より声を掛けた。
「此処より幽世へとお招きしましょう。ねこと遊んでいって下さい」
 誘い込むように囁いたねこ神さまの背後でぐぱりと口を開いたヴァリフィルドの咆哮が響く。恐怖か、憤怒か。或いは畏敬。
 ドラゴンと呼ばれた尊き獣の声音に狼たちが誘われる。シフルハンマの花盾が狼を弾く。魔力で形成された無数の刃が狼たちへと降り注ぐ。
「全く、これだけ森が騒がしければ妖精達の安全が気になるな……」
 呟く彼は露払いの役割を担っていた。それも、喩えゲームといえども死するべき場所は此処ではないと認識しているから。命は羽のように軽くなる。先程のリュティスのように『死ぬ事が出来るのだから危険な目の肩代わりをする』という判断は、R.O.Oならではだろうか。
 分断したとしても、まずは原動天に追いつくところから。命を大切にするシフルハンマと対照的に無数の狼を引きつけるヴァリフィルドは竜頭より息吹を放ち、原動天の許へと急ぐ仲間達の背を見送った。


「……どうして私を攫ったのですか」
 リュティス・ドゥネーブは痛む足を擦りベネディクトへと問いかけた。目的は『彼』を呼び寄せることか。
 彼女は攫われた立場でありながらも、僅かな安堵を覚えてしまった。己を見た幻想種が同胞ではないと自信を否定した時。木々の声を聞く彼女達と同じ力を有さぬ事が露見したとき。
 ……背後に立って自身を支えてくれていた彼の顔を見ることは出来なかった。
 彼の指先に力が籠もったとき、体が石のように硬くなる感覚を覚えた。覚束ない足取りが更に重くなり、身を攫う男の腕に少しだけ時間を頂戴と願ったのだ。
 あの人に捨てられるくらいなら、殺された方がましだった。騙していたのかと怒りで溢れたあの青い瞳に映ったまま死にたかった――本当は、種も、何もかもを越えて、抱き締めて欲しかった。我が儘だ。リュティスの胸中は荒れ狂う海のようだった。乾ききった砂漠に降り荒んだ雨が、地中へと染み渡り何もかもを狂わせてしまった恐怖。
「お前は肝が据わっているのか、どうか……俺を見て畏れることもしないのか」
「ええ。外見は、少し違いますが……兄と同じものですし。冷たい目をしていても、それに慣れた方が、よいでしょうから」
 足を摩る少女は岩の上に腰掛けていた。腕を掴み上げ、乱雑に己を攫った男はある程度の距離を経た後、丁寧に岩の上へと腰掛けることを勧めたのだ。
「お前を攫う必要なかった。俺の目的はお前でも、お前の兄でもない。
 お前達に手を貸した奴らだ。あれは『この世界の存在』ではない。お前を攫えば、お前の兄は奴らの力を借りるだろう」
「私は餌ですか」
「そうだな……だが、丁度良い餌だ。お前と同じ顔をした女がいただろう? リュティス、名も同じだ。
 彼女を『仲間にしたい』んだ。彼女とならば連携が取りやすい。それに――従者の一人は居た方が良い」
 リュティスはふと、思い出す。己と同じかんばせの、冷たい瞳をした従者。ベネディクトを主と慕った彼女も、自身を追ってくるのだろう。
 物音が、喧噪が近くなる。獣の吐息に混じる何者かの気配。そこに『彼』が居る気がしてリュティスは唇を噛んだ。
「彼らを、呼び寄せられたなら、私は、用済みですか?」
「ああ。だが、俺は非道ではない。……惨たらしく殺す事は無いさ」
「……取引をしませんか」
 リュティス・ドゥネーブは言った。兄へは手を出さないで下さい、と。原動天はただ、笑うのみ――

 その背中を見付けて、リラグレーテは「居た」とそう言った。後方でヴァリフィルドがおびき寄せ、グレイシアとシフルハンマが露払いを続けている。
 殿のセフィーロと猫たちと共に戦うねこ神さまに狼は任せて駆け付けた。彼女が足を突き動かしたのは苛立ちを感じてたからだ。
 自身等と共に前線へと向かうおとこの情けないかんばせが、妙に腹立たしくて仕方が無い。
「……原動天か」
 呟くベネディクトにリュティスは頷いた。「どうやら『私』も居るようです」と冷ややかな声音と共に武器が覗く。
「は~、待っててくれたってか? ああ、違うか。お姫様の休息タイムかな。
 こっちが『隊を分けてまで』追いかけてくるなんて想定してなかったってワケか」
 神様の呟きに、これがチャンスだとセララがその両足に力を込める。剣はきらりと輝いた。

「――喰らえ!」

 妖精の様にふわりと。踊るように飛び込んだセララの剣が原動天へとぶつかった。「もう来たか」、と。その声音と共に飛び込んだ狼がセララの身を後方へと押し遣って行く。
「随分早かったな」、と。原動天は呟いた。彼がイレギュラーズを眺めれば、その数は半数ほどしか居ない。どうやら『別働隊』が大樹の嘆きを押し込めたか。
「大樹の嘆き……樹がここまで悲しんでるなんて!」
「お前達が踏み入ることが木々にとっては其れだけの悲しみだったらしい。
 聞こえるか? 木々の嘆きが。これらは平穏に幻想種と共に過ごしていたこの森を蹂躙されたことを怒っているのだ。
 その手が、彼らの愛するファルカウへと届くのではないかという恐怖――今にも気が狂いそうなほどの悍ましさに駆られている!」
 その意味が分るかと原動天は叫んだ。その声に「だからどうした」とリラグレーテは叫んだ。
 リュティスの腕を掴み上げた原動天。その手を狙ったのは絶対貫通を込めた空想弾。求める未来が為に、その弾丸が放たれる。
 咄嗟に腕を離した原動天の周囲から竜の気配が放たれる。ぞう、と背筋に走った恐怖は形容できない憂鬱にも似ている。
「ご主人様の『真似』がお得意ですね?」
 ステップを踏み、近づいた。ゼロ距離は呼吸の音さえ聞こえそうな刹那。リュティスの頬を掠めたのは竜の爪。
 傷つくことさえ躊躇わず、デッドリーダンスは止まらない。弓兵等と侮られては困ると豪奢なエプロンドレスを揺らした乙女の紅玉の瞳が笑う。
「さて、返して頂きましょうか。『私』を」
「リュティス、自己犠牲を払って欲しいわけではないのだが……」
「ご主人様の物真似がお上手である事は褒めましょう。ですが、『私はご主人様の為にあるのです』」
 従者として。その割り切りの良さにベネディクトは肩を竦める。共に走る事となるドゥネーブ卿、彼もリュティスの頬に走った一筋に表情を歪めたか。
「リュティス、深追いをするな」
「承知しております。ですが、『もしも』の際は――」
 自身と引き換えに。凜と背筋を伸した彼女にベネディクトは唇を噛んだ。躊躇っている場合ではないか。
「女性の扱い間違えてるんよ。ちゃんと抱えなきゃ、大事なんだから」
「それはそこの『俺』にとってだろう?」
 原動天の微笑みに神様は苛立ちを滲ませた。抱きかかえた方が移動は早かろう。わざわざ移動に不都合を出して、不自由な脚に負担を掛けさせたのか。
 歩くことも儘ならぬほどに脚に痛みを滲ませたリュティスは動くことも出来ずに岩の上に腰掛けている。乱暴はされていない、それでもその体に与えられたダメージは、彼女が壊れるほどの苦しみを滲ませる。
「神結構ビキっとキちゃうんですけどぉ?」
 呟く神様に「奇遇だね」とリラグレーテは呟いた。腹立たしくて堪らない――それが『彼の顔をしている』から。


「まったく、しつこい連中ですこと。急いでる人に付き纏うなってママに教わらなかったのかしら!」
 肉薄する狼たちを退けるが為にセフィーロは握る刀にスキルの魔力を纏わせた。くるり、くるくる。風車が回るが如く、めまぐるしく変わる戦況で押しも押されもせぬ己等の実力を誇示するだけでは原動天の許に送り出した仲間に手が届かない。
 ぐぱりと口を開いたヴァリフィルドは出来る限り多くの狼たちをその息吹に巻込み続ける。
 ずしりと音を立てるように動いたその体を押し遣って、全てを引きつけるヴァリフィルドの周辺でシフルハンマは魔力を許にした武器を作り上げ、狼の体を押し遣った。
「冗談じゃない数だよ」
 呻く。この森にはシフルハンマにとっての隣人が多く暮らしているというのに。生存を意識するシフルハンマの傍らで、ねこ神さまは「そろそろ追いついて殴り倒したいですが」と呟いた。
 神がふわりと揺らめいた。黒いワンピースを広げれば、その置くより猫たちが飛び出して行く。
 黒き影。彼女の作る猫は足下からするりと伸び上がり神の権能に触れるように笑っている。神が影を手繰るように、神父も影を手繰り寄せる。
 唇に乗せた言葉一つ、それは力となって影を編む。グレイシアの影が狼を捕まえた。
「しかし、原動天か。斯様な存在であるかは分らないが……活動を放置できないのが現状だな」
「これで被害が広がったら堪ったモノじゃない!」
 シフルハンマにグレイシアは頷いた。天国篇(パラディーゾ)と名乗った其れ等は美しくも尊きエンピレオの薔薇の花弁の甘き花弁に誘われるように集い来る。ベネディクトのかんばせを使う原動天もその一人か。
 ヴァリフィリドの集めた敵を殴り倒しながらセフィーロの薄氷の瞳はすうと細められた。冷たい気配を滲ませたのは、喧噪が近づいたことを示しているのだろう。
 足を止めることが無きように。五人は進む。誰ぞが書ければ目映く光を放ったサクラメントから復帰を。そうして戦線を維持して襲い来る狼の群れの中、繁る木々の隙間より望んだ赤きリボンを認めて、ねこ神さまは「見付けました」と頷いた。
「全く……何も、現実並か其れ以上の理不尽を態々ぶつけてくれなくたって良いでしょうに。
 バグだかなんだか知らないけれど。此の世界の神様ってヤツも、随分にろくでなしだってことは分かるわ?」
 嘆息する乙女の指先は刀の柄を優しく撫でる。猛攻に転ずるならこれから。
 結い上げた髪をふんわりと揺らし、体勢を一度低く。地を蹴った脚に力を込めて、一気に肉薄――吊り上げた女の唇が笑う。

「其の顔が人質を取ってるとこなんて似合わなさすぎて、ねえ?」

 原動天に肉薄したセフィーロの刃に返す、竜の聲。その響きを耳にしてねこ神さまは「全くそうです」と頷いた。
 にゃあとも鳴かぬ影の猫。ねこ神さまの足下から伸びたそれは僅かに炎の気配を纏う。エンチャント・データ、その明かりに照らされて男のかんばせがはっきりと視界に映り込む。
「見慣れた顔ですね。ですが、全力でぶん殴らせて貰いましょう」
 漸く整ったと言わんばかりに前線へと影が伸び上がった。
 グレイシアは惑うことなく原動天を狙う。それでも迫り来る大樹の嘆きは止むことは無い。ヴァリフィリドが引きつけて、距離を取ったシフルハンマが刃を振り下ろす。
 その攻勢に加わったのは神様。セララは確かめるように原動天を眺めた。
「どうする? どうやらボク達は『全員集合』だけど!」
 微笑んだ少女に石に化した脚を動かして少女は「危険です」と声を震わせる。
「安心して、リュティスさん。ドゥネーブ卿はキミを助ける事を選んだ。
 過去に何があったにせよ、キミを優先してくれたんだ。皆で絶対も助けてみせるよ!」
 笑ったセララの傍らでドゥネーブ卿は頷いた。ぎこちなく、それでいて僅かな不安を滲ませて。
 そんな、顔をする。
 ――気に食わないんだ。身震いする程に、生娘が恋い焦がれ憧憬を向けた相手に失望する程に、唇が戦慄いて。
 リラグレーテはドゥネーブ卿と呼んだ男を睨め付ける。
 人間らしく振る舞って居ることがうざったい。別に『あの人』が人に非ずとは言わない。彼が『完璧』であるとも言わない。
 それでも憧憬というものは理想を追い求めるものだから。夢でも見させてくれたら良いのに。彼の名を名乗り、彼のかんばせで陳腐なまでに露悪さを吐き出す奴らが気持ち悪い。
「……別に、『あの人』が何もかも完璧とか言うつもりはさらっさらないけどさぁ……」
 リラグレーテの靴先が砂をじゃりと踏み締めた。暗澹たる谷底に突き落とされたかのような失望が、目の前で二つ人間の形をして笑っている。
 泥をパテにして適当に固めた人間を演じたお人形。それが目の前で人間の演技をしてダンスホールを踊り続ける滑稽さ。
「……大切なものを失って、憎んで、それを続けられるほど器用な人じゃ無いだろうに――違う、違う、全然違う。あ〜〜〜〜〜苛々する!!」
 頭を掻き乱しても。振り乱しても。地団駄を踏んだって。この苛立ちは解消されない。
「ベネディクトさんは馬鹿だけど、アレはただの木偶の坊で、アンタはもっと大馬鹿だ!
 自分の愛する人なんだ、もっとちゃんと見て、己の心を踏み躙ってでも守ってやらなきゃいけないだろうが! ほら――さっさと迎えに行って来いっ!!」
 手を伸して、愛を囁け。物語の一端を鮮やかに彩れと叫ぶようなリラグレーテの声に後押しされてドゥネーブ卿はじりじりと前へと進む。
「心に正直に生きるってのはそんな難しいかね? 誓約が、決意が、覚悟があろうとも手は何本も無いしいつまでも空いてねぇぞ」
 いけ、と神様が背を押した。ベネディクトと共に原動天へと攻撃を仕掛ける。違和さえも感じる光景にスペシャルね、と揶揄うセフィーロが地を蹴った。
 刃のぶつかり合う音が響く。ねこ神さまはまじまじと様子を眺める。片腕はリュティスを掴み、開いていない。
 此処で此方を圧倒するつもりか。それとも。
「……変ですね」
「変?」
「さっさと人質を取って逃げれば良いのに。まるで此方と戦うためにこんな森の深くまで誘い込んだようです」
 ねこ神さまにセララはううんと首を捻った。
「ねえ。偽ベネディクト。聞いても良いかな?
 君のやり方って不思議なんだ。ドゥネーブ卿を殺してないし、人質も有効活用できてない。
 リュティスさんを絶望させて仲間にしたいの? それとも、こっちのリュティスのパラディーゾが欲しいとか?」
「一部正解で、一部不正解だ。どちらかと言えばお前達をここに呼び出すのが目的だ」
 どうして。セララの唇から掠れた音が漏れた。間に合ったかと駆け込んだグレイシアはその奇妙な空間に警戒を解くことは出来ない。足下から伸びる影が今か今かと針の如く伸び上がる。
「俺は生憎、パラディーゾなのでね。賑やかな事が好きな主がいれば従わねばならないのだ」
「賑やかさを求めて、我らを呼び出したと?」
 問うたヴァリフィリドに原動天は目を伏せる。至高に最も近い位階に座した男が白い刃を握りながらイレギュラーズを眺め見る。あの青い瞳に、不快さを感じることがあるとはとリラグレーテは唇を噛んだ。
「こちら側に来る奴が居れば――なんて」
「バグNPCになる趣味はないけど」
 シフルハンマの答えに原動天はせせら笑った。あろうがなかろうが。それは必然のように与えられる。機械的に、機能的に、その世界がゲームであるとせせら笑った奇妙な空気。肌に感じる風も、目に眩しい、光も、足下擽った草さえも、現実と違わぬと言うのに。一寸でも顔を上げればその世界がゲームであると告げるようなシステムコマンドが見えている。
「『リュティス』を返してやろうか」
 原動天は笑う。彼をここで討ち取ることは難しいかと隙を狙うヴァリフィリドは原動天の意図が読み切れぬと眉を顰めた。
 脚を労るようにしてゆっくりと立ち上がった彼女は「何を」と酷く途惑ったように声音を震わせる。
「でも、そうだな。交換するのはどうだろうか。『そっちのリュティス』は『死ねる』身の上だろう?」
「どういう意味でしょう」
 リュティスの問いかけに原動天は「サクラメントを利用できると言う話だ」と端的に返した。青年から滲んでいる悪辣にリラグレーテが苛立ちを滲ませる。
「俺が死ねと言えば、リュティスは死ねるか?」
「俺、と仰るのが『あなた』なのでしたら――NOと」
 彼が主人ではない。冷たい瞳を見せたリュティスは一歩、前へと踏み出した。クエストのクリア条件はリュティス・ドゥネーブの安全。
 原動天である彼が『パラディーゾ』を増やすために動いているならば。幾度も、幾度も、幾度も、まるで地獄の業火に焼かれるかの如く死に続ける事を望むのかも知れない。甦り、死に、甦り、死に。輪廻転生等という言葉はない。紙切れほどに軽い命のやりとりを望んでいる可能性さえあるのだ。
「ねこは悪ベネディクトさんの言うことは聞く必要は無いと思いますが」
 ねこ神さまに「そーだそーだ」と頷いた神様はベネディクトを一瞥する。男なら、等と告げたがる瞳に彼は笑った。
「リュティスに手出しは――」
「俺に口出しされると面倒だな。『俺』の数が多すぎるのだが……さて、どうしようか。
 ――リュティス。あの二人の何方が生き残って欲しい?」
 その様な事を、聞くなどと。リュティスはひゅうと息を呑んだ。応えは決まっていようとも、それを口にすることは恐ろしい。
 リュティス・ドゥネーブの躊躇いに本物のリュティスは「此方の世界のベネディクトさんです」と堂々と胸を張り宣言した。
 イレギュラーズは、サクラメントから蘇ることが出来るから。そうした意図を滲ませる彼女に原動天は「そっちのリュティスが殺してくれ」と刀を投げて寄越した。
「悪趣味ね」
 セフィーロは笑う。褒め言葉だと原動天は返した。神様はリュティスとベネディクトの間に流れた空気に何かを察したように、小さく頷いた。
「出来る邪魔なら何だってしてやるぜ! 何なら抱いたってオエエエッ、考えた!」
「まあ、抱くついでにいっそのこと腹立たしくって、ブン殴ってやればどうかしらね!」
 神様に軽口を返したセフィーロはその時を待っている。リュティスはベネディクトに拾い上げた刀を渡す。
「ご主人様を殺すくらいなら私が」
「リュティス」
「殺して下さいますか?」
 どうぞ、と手を開いた彼女にベネディクトは唇を噛む。――それは、彼女を突き刺したようにも思えた。
 だが、その隙を付いたようにドゥネーブ卿は走り出す。

 ――いいか、俺とリュティスが『一芝居打つ』。その間に、お前のリュティスを助け出すんだ。

 原動天が其方に釘付けになっている間に。リュティス・ドゥネーブを。自身の大切な人の腕を掴む。
 原動天が振り向けば、その眼前に神様が飛び込んだ。「おっと!」と声を上げた彼に続くのはリュティス。それは死へと誘う刃と化して。
「ご一緒にいかがでしょう?」
「……素敵な誘いだが今日は遠慮しようか」
 刃が弾かれる。それは竜の爪の如く変化したオーラ。ばちん、と音を立てて取りこぼした獲物を拾い上げる暇も無く、原動天が一歩下がる。
 無数に襲い来る狼の群れの中、男が撤退して行くその光景を眺める事しかできない。これ以上の深追いは、本気を出すことなく遊んでいたようにも思えるおとことの直接対決になりかねないのだから。
「『原動天』ベネディクト・ファブニル、俺はお前を許さん。例え地の果てまででもお前を追い、その存在を討ち果たす!」
 ベネディクトが、己の名を呼んだ。その言葉に応えるように木々がざわめく――


「近しい間柄だからこそ言えない事はあるでしょう。ですが今はお互いに知り、知られ、今まで繋いでいた手を戸惑った目で見る状態です。
 貴方達が共に居た年月を知らぬねこは踏み込めとも突き放せとも言えません。
 ……が、お互いを思いあった言葉は貴方達の心の中にあるはずです」
 ねこ神さまはヴァリフィリドの背にもたれ掛るようにして姿勢を整えていたリュティスの手をそうと包み込んだ。
 躊躇いが、彼女と彼の間にある。白んだ空気は恐ろしき『真実』と名付けたバッドエンドの前に佇んでいる。
 まるで降る雨の中で一人きりで取り残された子供のように俯いた彼女。リュティスは己と同じかんばせの女の悲痛なる面差しに何と言葉にすべきか分らなかった。
「ベネ、ディクトさん」
 呼ぶ聲は震えている。辿々しく、怯えが滲んだ声音。聞いていたベネディクトは己の事のように感じて息を呑んだ。
「アンタは?」
 リラグレーテはドゥネーブ卿を肘で突いた。黙りこくった男にリュティスは「よろしいのでしょうか」と呟く。
「……何を」
「こちらの私は、不安そうです」
 ドゥネーブ卿はぐう、と息を呑んだ。ねこ神さまはそっと手を差し伸べる。
「離別の恐怖は一時去ったのならば、今は恐れず明らかにするべきです。大丈夫、悪いようにはなりませんよ」
 旅人を恨んだおとこと、旅人だったおんな。
 兄妹のように育ち、色恋のこころを頂いた彼女と、それに気づきながらも手放せなかった彼。
 二人の間に絡み合った因縁に決着は未だに着かず。それでも。
「……蔑まないで、下さいますか。騙していたと、お怒りになりますか。私を、否定なさいますか」
 震える声音で、彼女は言った。
「それでも、構いません。どうか、どうか……この命が尽きるそのときまで。お側において下さい」
 手を差し伸べた彼女に、ベネディクト・セレネヴァーユ・ドゥネーブはそっと手を伸した。
 言葉はなくとも、其れだけで。応えになる。過ぎた時は幸福であった。その様子を眺めながらリュティスは嘆息する。
 彼らの平穏を護るためにも原動天は討たねばならぬと、そう、心に決めて。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ヴァリフィルド(p3x000072)[死亡]
悪食竜
セララ(p3x000273)[死亡]
妖精勇者
神様(p3x000808)[死亡×2]
R.O.Oの
セフィーロ(p3x007625)[死亡]
Fascinator
リュティス(p3x007926)[死亡×3]
黒狼の従者
ベネディクト・ファブニル(p3x008160)[死亡×2]
災禍の竜血

あとがき

 この度はご参加誠にありがとうございました。
 班を分けての追跡、お見事でした。そのお陰で早期に追いつくことが適ったかと思われます。
 リュティス・ドゥネーブにとって、針の上を歩むような未来でも。少しでも良くなる事を願って。

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