PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ライラライララ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●切っ掛けはいつも些細
 その日、一人の少女が死んだ。
 断罪に熱心な少女だった。
 倉庫の荷物を運び出そうとして崩れた木箱の山に頭を潰された。
 不自然に崩れた荷物の山を追求するものは誰もいない、ここはそういう街だ。
 だが血の海に倒れた少女は、どこかうれしげであったという。

●死んだ少女の胸の内
 アドラステイアは今日のも平和ですてきな街です。イエス、マザー。真実偽りなくそのように思っています。
 だけどね、思うの。ひっそりと、こっそりと。この街に旅芸人が来たらなあって。
 ここへ来る前に一度だけ見た。
 華やかなドレスと、赤い靴。歌い踊り、舞うバレエダンサー。まるで蝶のようで、まるで花のようで、それは一時の夢のようで、この世の天国のようで、イエス、マザー。現状になんら不満はありません。アドラステイアは常に最高の環境を与えてくれます。
 だけどね、ため息をつくの。(ため息は反逆です、イエス、マザー、私は喜びにあふれています。だから気付かれないように、たとえば寝る前とかにね)
 あの赤い靴が欲しいって今でも思っちゃうの。
 夕陽のように深くて、林檎みたいにつやつやで、熟したトマトよりも鮮やかな赤。ああ、あれがほしい。真っ赤なバレエシューズがほしい。キシェフを貯めたら手に入るかしら。いい子のご褒美に手に入るかしら。だったらもっと断罪しなくちゃ。もっともっと魔女を見つけて、断罪に精を出して、キシェフをもらって、マザーにお願いするのよ。赤いバレエシューズがほしいですって。いくら貯めたらいいのかしら。きっと高価よね。わかっているわ。私が一生かけても手に入らないかもしれない、夢の靴。

●呼ばれた
 夜分、アーノルドは目を覚ました。
 アーノルドはアドラステイアの、一山いくらの子どものひとりだ。
 彼は寝ぼけたままあたりを見回した。歌声が聞こえた気がしたのだ。気のせいかともう一度布団へもぐりこもうとしたその時、かすかに旋律が聞こえた。それは胸かきむしるような切なさにあふれた旋律だった。気がつくとアーノルドはパジャマのまま路地裏を走っていた。冷たい風が彼を切りつけたが、それよりも旋律に急き立てられていた。路地裏を抜け、広場に出ると、そこでは幾体もの死者が踊っていた。アンデッドとは思えない統率の取れた動き、惑うほどに怪しいしなやかさ、アーノルドは知らなかったが、それはバレエと呼ばれる踊りだった。輪の中央、プリマドンナが立つべき位置に、見覚えのある少女がいた。頭が潰れて、半分ない。貧相なエプロンドレスは血にまみれて大きな花模様が書かれているかのよう。そして血を吸った真っ赤な靴。
「ライラライララ ライララライヨラ」
 少女は身を捩りゆったりと切なげに歌っている。その歌を聞くうちに、アーノルドは頭がぼんやりとしてきた。一歩、一歩、彼は輪へ近づいていく。魂が吸われるとも知らずに。
「来ないで、来ないで。私はただ踊っていたいだけなの」
 片方だけの瞳に、少女は涙を浮かべた。アーノルドはふらふらと少女へ近づいていく。
「来ないで、お願い。やっとわかったの、私がどれだけ罪深いことをしてきたか。もう誰も死なせたくないの!」
 少女が叫ぶと同時に、アーノルドは倒れた。どさり、重い音が夜気に響く。やがてのそのそと起き出した彼にはもう命は灯っていなかった。すべるように踊りの輪へ入りこんでいく。
「ああ、ああ……」
 少女は、はらはらと泣き出した。

●依頼
「アドラステイアからの依頼だ」
 オライオン (p3p009186)がテーブルの上に書類の束をバサリと放り出した。
「詳細はそれに書いてある」
 言い捨てると、自身も皆と同じようにどっかりと椅子へ座り込む。説明する気はないらしい。
「オライオンさん、それじゃ何もわかりませんよ」
 タイム (p3p007854)が苦笑し、先をうながす。しかしオライオンは首を振った。
「俺も詳細は知らん。書類にとしか言われていない。ああ、報酬はきちんと支払われる、そこは安心してくれだそうだ」
「正体不明の御仁からの依頼ね。まあ、なんとなくわかってしまうけれど」
 車椅子に座ったまま、くすくすとヴィリス (p3p009671)が口元を隠して笑う。
 フラン・ヴィラネル (p3p006816)がさっそく書類をまとめる革紐をほどき、机の上に広げた。
「んー、なんだろ。アンデッド退治なのかなー?」
「貸して」
 夢見 ルル家 (p3p000016)がざっと目を通す。
「夜な夜な現れる死者退治を依頼したい、死者は自らが死んでいると認識していながらも歌や踊りを止められずに生者を死の道へと引きずり落としてしまう……なるほど?」
「アンデッドの類だな。よく読めたな、お手柄だぜフラン」
「えへへー、えっへん」
 加賀・栄龍 (p3p007422)がフランの頭を撫でる。
 ブライアン・ブレイズ (p3p009563)もついでにフランの頭をもふもふした。
「で、いまどんな状況なんだ?」
 ルル家へ問いかけると、彼女は真剣な目で振り返った。
「歌と踊りによって被害者を呼び寄せ、勢力を拡大しつつあるようです。すでに13名が被害にあっているとのこと」
「13、けっこうな数字だね」
 炎堂 焔 (p3p004727)がうつむく。
「不吉な数字でもあるわ」
 ヴィリスがからかうように口の端をあげた。
「すくなくとも、親玉をくわえた14の死者を相手にしなけりゃいけないんだね」
 焔はハンカチで目元をそっと拭いた。
「親玉さえ倒してしまえば、他の人を救ってあげられるってことには、ならないかな……」
「さあ、どうだろうな」
 栄龍が疑問を呈した。
「ボスと一蓮托生ってんなら、戦いの最中、配下はボスをかばうんじゃねえの?」
「かもしれんな」
 ブライアンもうなずいた。一同のあいだに重苦しい雰囲気が渦巻いた。
「ともあれ、いかなくちゃならんだろう。詳細は現場にある」
 オライオンの一言に、皆それぞれに返事をした。

GMコメント

みどりです。ご指名ありがとうございました。

●やること
1)赤い靴の少女の撃破

●エネミー
踊り子たち×13
もはや意識はなく、赤い靴の少女によって操られている状態です。
近扇攻撃がメインですが、ゾンビらしく毒系・麻痺系のBSを使ってきます。
また、赤い靴の少女を積極的にかばうようです。
赤い靴の少女が倒れたらすべての踊り子が成仏します。

赤い靴の少女
かつて彼女が憧れた旅芸人、それはプリマドンナでした。
真っ赤なバレエシューズを履いており、そこが本体です。
HPが高く、回避に優れます。一方で防技や抵抗はそこまでではないようです。
「自域・HPAP回復」「自域・攻撃・識別」「超・貫」などの攻撃を使ってきます。
また攻撃には精神系のBSが乗るようです。

●戦場
深夜のアドラステイア、とある広場
戦場としては十分な広さですが、暗闇のため命中、回避、反応に最大-30程度の補正が加わるものとします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ライラライララ完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年11月08日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
加賀・栄龍(p3p007422)
鳳の英雄
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
オライオン(p3p009186)
最果にて、報われたのだ
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ


 ごとごとと馬車の車輪がなる。
 敵の多いアドラステイアの中を、イレギュラーズたちは秘密裏に馬車で輸送されていた。
『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)は重いため息をこぼす。
(子供を相手にするのは本当にイヤ。イヤだけど見なかったことにはできない……つらいところね)
 憂鬱そうな彼女の肩を『緑の治癒士』フラン・ヴィラネル(p3p006816)がぽんぽんと叩いた。
「だいじょうぶ? あたしもあまり気が進まないけれど……」
「ええ、だいじょうぶ。戦えるわ。そのために来たんですもの」
 小さな窓から外の様子をうかがっていた『人生葉っぱ隊』加賀・栄龍(p3p007422)が振り返る。
「死者が死者を増やすなんてのは……もうどうにもならない話だ。本人の意思じゃないならなおさらだな」
「わかってる、わかってるの……」
 栄龍はかるく唇を噛み、また小窓の住人となった。
「踊り続ける少女か……なまじ意識があるだけ辛いのだろう。なんとも酷な状況ではあるが……終わらせてやるしかあるまい」
「おいおい、さっきからしんきくさいぜ! 敵は敵、俺達は依頼、死にきれねえヤツらが居るんなら、必ず俺があの世へ送り出してやるよ! 楽しいねえ、ウィル・オ・ウィスプの本懐だ!」
『元神父』オライオン(p3p009186)の繰り言に、『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)が陽気に返す。
「知ってるか? 鬼火ってな、真っ暗闇で迷うヤツらには、いい目印になるそうだぜ。ダンスに夢中になってるようなヤツの眼中に入るかまでは、知らねえけどな!」
 小ネタを披露し、場の空気を温める。馬車が音を立てて止まった。扉が開き、イレギュラーズたちはつぎつぎと街頭へ降り立った。遠目に映るのはまさしく死者の舞踊団。ぎこちなく、滑稽な、踊りに興じている。
「ライラライララ、ライラライヨラ」
 広場に出たイレギュラーズたちは散会した。舞踊団は突然の観客に反応もせず踊り続けている。中央、頭の潰れた少女が赤い靴をさらして歌いながら舞っていた。
「あの子が憧れたのはきっと、もっと皆が幸せで楽しくて、そんな気持ちになれる踊りだったはずなのに……。こんな事を続けさせるわけにはいかないよ。早く終わらせてあげよう」
『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が凛と荒いタイルの上に立つ。
『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)もうなずく。
「赤い靴の女の子……ずっと踊り続けているのね。でも、もういいでしょう。カーテンコールの時間よ」
「踊り手たちは死に、自らが毒に飲みこみ命を落とした者の顔を見ながらなおも踊り続けなければならない。もうお前は休んで良いのだ。俺達はその為に……そうさせる為に来た」
 オライオンが少女を見据える。少女は歌をやめるが、舞うのはやめない。やめられないのだと、オライオンにはわかっていた。
「俺にできるのは倒すことばかりだが……せめて因果を断ち切るくらいは協力してやりたいもんだぜ」
 栄龍が軍刀を抜く。
「自分が死んでるってわかってるのに、歌や踊りをやめられずに生きてる人を死の道へ、かぁ。……あの子、怖いのになんだか悲しそう。もう、休ませてあげようよ」
 寂しげにそういうフランの周囲へ風が集まっていく。
『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)もつぶやいた。
「赤い靴の少女も、あの靴の被害者なのでしょうね。少女の憧れを歪んだ形で叶えよう等と……なんと趣味の悪い事でしょう。拙者たちに出来る事はこれ異所呪犠牲が出ることを防ぎ、彼女を解き放つことでしょう」
(優れた芸術作品には見る者を骨抜きにする魅力がある、それは認める。だがな、悪質な美人局に引っ掛かる理由は無いぜ。なにせ……)
 ブライアンはヴィリスをちらりとながめた。
「悪ィな嬢ちゃん達。プリマならコッチにも喧しいのが一人いるワケよ。その手の芸術には、慣れっこなんでな」
 ブライアンは大地を蹴った。


「やあっ!」
 短い掛け声とともに、フランが煌々と輝きだした。広場を照らし、暗闇を晴らし、死者たちの群れより長い影が足元から伸びる。
「我、天へ訴えん。我、緑の大地との絆を結びし者。幾久しくすこやかなるを求め、豊穣たる大地をさすらう者なり、祝福せよ、祝福せよ、天は我に味方せり」
 輝くフランの頭上からさらにスポットライトがあたる。ふくよかで愛らしい天使たちが降りてくる。そしてフランと焔へ天使は祝福の賛美歌を歌った。ふたりのからだが軽くなり、大いなる存在が憑依する。祝福が込められた肢体はきらめきをまとい、まぶしいほどだ。
 そしてフランは踊りの列へ飛び込み、気を放った。
「あっちの女の子もいいけど、こっち向いて!」
 緑の魔力を帯びた風が吹き抜け、それに囚われた踊り子たちがフランへ攻撃を加える。重い一撃が重なり、フランは顔をしかめた。
「こんなので倒れたりしないんだから!」
 風が集中する。幻の木の葉嵐が吹き荒れ、それに包まれたフランが回復していく。
「よし、いい引き付けだフラン殿!」
 栄龍が踏み出した。軍刀が光を反射し、刀身へ死者の群れを映す。栄龍は精神を集中させ、不退転の覚悟で前進していく。龍のごとき一撃が死者の背へ叩き込まれた。背骨を折られた死者が上半身だけを回して体をひねる。ぽっかりと開いた眼窩が栄龍をとらえた。だが反撃を許さず、栄龍は二閃目を放つ。
「おらあっ!」
 おののくほどに鋭い剣線が空気を水平に凪いだ。それはあやまたず死者の首をもぐ。どさりと崩れ落ちる体へはもはや興味を示さず、栄龍は吠えた。
「次!! 何人でも叩き斬ってやる!!」
 その怒号に、フランの支配を逃れていた死者が栄龍へ迫った。その動きは思ったよりも俊敏で、あくまで優雅だった。ステップを崩さず接近した死者が栄龍の前でくるりとターンを決める。高くかかげられた脚が刃物のように栄龍の体を削ぐ。傷口からじわりと痺れるような痛みが走り、視界が陰った。
「応!」
 栄龍は相手の顔面をつかみ、地面へたたきつける。栄光のきらめきが痺れと視界の陰りを取り去る。地面から跳ね上がった死者が距離を取った。
「こんなもんで俺が止まると思ってんのか! 鳳圏の軍人を舐めるな!」
 彼はさらに踏み込み、死者へ向けて強烈な一撃をくらわした。
「食事の時間だ、ネメルシアス」
 オライオンは禁書から翼生えし灰色の獅子を呼び出した。
「この場の憎悪と悲嘆を喰らい、眠るべき彼の者達を天の旅路まで見送るのだ。存分に暴れ、喰らい、己が復讐の糧としろ。それが結果的に彼女らを救う事になる」
 背にオライオンを乗せた獅子は咆哮を発した。哀しみと苦しみに満ちた咆哮だった。その音楽的なまでに美しい轟きは、数体の死者を魅了してのけた。攻撃の手が緩み、まとめ役のフランがオライオンへウインクを送る。しかしその様子を見た赤い靴の少女は乱れた舞踊に悲痛なまでに顔をひきつらせた。
「ごめんなさい。ねえゆるして。歌っていたいの、踊っていたいの。それだけだったの、私は、私は……」
 しかしオライオンは首を振った。意を汲んだ獅子が翼をはためかせ、少女へ向けて突進する。
「ああっ!」
 吹き飛ばされ、後退する少女。オライオンは少女を見据え、感情を押し殺した静かな声で続ける。
「さぁ祈れ、見ているだけの神に憤怒し、哀しみを……呪を出し切ってしまえ。負は我等が受け取ってやろう。ここで全てを洗い流し、天へと還るが良い。終劇の時間だ赤い靴よ。俺と同じ、地獄へ逝くのだ」
「そうですとも。さあラストダンスのお時間です!」
 ルル家の弾丸が少女の左腕を砕いた。どうしようもないほどの死神の鎌が牙をむいたのだ。ぼとりと落ちた左腕がトカゲの尻尾のように跳ね回る。傷口を抑えた少女がひとつしかない瞳から、赤い涙をこぼす。
「ごめんなさい、ごめんなさい、悪いのよね、私が悪いのよね、わかっているわ、でもすこし夢を見たかったの。ごめんなさい、ごめんなさい!」
 慟哭を聞いたルル家が顔をしかめる。利き手は二回目のトリガーにかかっていた。その手が震える。照準はそのままに、ルル家は歯をぎしりと噛んだ。
(あぁ、慣れない……もう何度も心を封じて殺してきたのに。心を取り戻した途端、全く慣れない……。殺すのですらない、死体を死体に戻すだけなのに! この指が引き金を引くだけなのに! こんなにも自由にならないものか!)
 上空からその様子を見たオライオンが声をかけた。
「いけるか?」
 ルル家は眦を険しくする。
「大丈夫ですよ。やれます。やらないといけないのですから」
 指の震えがぴたりと止まった。連続した二発の銃声があがる。少女の絶叫と共に。
 その声に反応した死者の一体が猛スピードでルル家へ肉薄した。苦痛を覚悟し、体を硬直させるルル家。しかし金色の優しい光が目の前にとびだした。
「タイム殿! 無事ですか!」
 自分をかばった影に、大きな声をあげるルル家。自らが傷を負う方が、彼女にとっては気楽なのかもしれなかった。タイムを見る緑の瞳は今にも泣きださんばかりだ。
「ふふっ、少しは頑丈になったから、これくらいは大丈夫。守られるだけのわたしとはお別れしたの」
 ルル家の頬をそっと撫でて安堵させると、タイムはひらりとまわった。
「幻を想うの、いとしい面影を。静かなる湖面に、夜の光に、輝かんばかりの昼の闇に、垂れそぼり揺れる蔦に。嗚呼聖なるあなたよ。眩耀の君よ。福音を、福音を我に」
 タイムの負った傷がみるみるうちに回復していく。しっかりと大地に立つ彼女の姿はあえかにやわらかくも地母神のごとく強い芯を持っている。
「ね?」
 ルル家へ微笑みかけ、さらなる攻撃を促す。
「あなたは矛、わたしは盾。がんばってルル家、やって、お願い」
「ええ、やってみせます!」
 ルル家の弾丸が死者を粉々に打ち砕く。その向こうで顔を覆って泣き出した赤い靴の少女を、タイムは悲しい目で見やる。
(夢や憧れは未来への光であって欲しいのに。この国に連れて来られたばかりに、ほんのささやかな夢すら悪夢となる。こんなのって無い……)
 ゆるく首を振り、タイムはさらに詠唱した。
「聖域をこれに。東方より賢者至りて知を開く。呼べよ呼べよその名を。秘めし秘めし謎の底へ触れよ触れよ皆よ。手を取りていまこそは」
 黄金の草むらが周囲に広がっていく。こんじきの花々が咲き誇り、戦っていた焔の血止めをし肉を癒し肌をなめらかにしていく。焔はその勢いで死者の舞踊団へ突っ込んだ。赤い靴の少女とすれ違いざま、大きく馬手を広げ天空へかざす。
「つらいよね……苦しいよね……その想い、ボクが受け止めるよ! ボクは炎の御子、煮えたぎる炎神の申し子! みんなの前にやってきた朝!」
 焔の周囲を神炎が彩る。まぶしいほどの光を放ちながら。その光にやられた死者たちが焔へなだれこんでいった。
「フランちゃーん!」
「はーい、焔せんぱーい!」
 焔は自らの煌めきで引き付けた死者たちを、フランの隣へ誘導するために駆けていく。舞踊団はすでに原型をとどめていない。半数以上が壊滅し、もはや互いに互いを傷つけあう腐肉の集団と化していた。だが苛烈な攻撃は焔自身も蝕んでいく。そこへフランから澄んだ緑の光が飛ぶ。生気を取り戻した焔はフランへ向けてにっこり笑いながら大きく手を振ってみせた。
「いくよ!」
 死者の鋭い一撃を紙一重でかわした焔は、カグツチ天火を振りかざした。カウンター気味に放たれる剛力の一閃、ごうと火の粉が宙を舞った。あまりの威力に跳ね上げられた死者の後を火炎弾が襲う。天空高くで炎に包まれた死者はつかの間の太陽となって広場を鮮烈に照らし出した。
「皆、道は開いた、お願い! 終わらせてあげて!」
「ハッハー! 洒落臭ェステップは見飽きたぜ!」
 もはや守る者もいない少女へ向けて、矢のように向かっていくブライアン。
「あ、ああ……あ、許して、許して、ごめんなさい、私が全部悪いの、わかってるけれど、だけど……!」
「聞いたろ、俺達は『朝』なんだよ。闇夜の公演はもうおしまいだ。寝かしつけてやるよ。安心しな、それに関しちゃ、このメンツは嫌になるほど凄腕ぞろいだからな!」
「う、あうっ!」
 ブライアンの渾身の一撃をしゃがんでかわす少女。ぼろ雑巾のようなエプロンドレス姿が震えている。だがブライアンは一切手加減しない。それが彼女の為だと知っている、だから……。
「そいやあああ!」
 ブライアンは姿勢を低くし、アッパーカットの要領で強引に少女を打ち上げた。
「ひあ゛あ゛あ゛っ! いだい! いだいいだい!」
 顎を割られた少女がひとつしかない瞳をぎゅっとつぶってぼろぼろと赤い涙をこぼす。歌うことも出来なくなった少女はふらふらと立ち上がり、こないでと言わんばかりに空気を引き裂く。反撃を受けたブライアンの二の腕が裂け血が飛び散った、しかし彼はにっと笑った。
「赤い靴のレディ、悪いなんて言わねェぜ。俺はそこまで無粋なヤツじゃねェからよ!」
 ブライアンの拳が少女の頬を捕らえる。衝撃でへこんだ頬をおさえ、よろめく少女。その肩をやさしく誰かが包んだ。
「こんにちは、赤靴のプリマドンナ。私は黒靴のバレリーヌ、よろしくね」
 少女が振り向いた先にはヴィリスがいた。不吉なほどに優しい笑みを浮かべて。しかしその笑みにはたしかに、少女のひたむきさへ対する敬いの念があった。
「舞台はね、幕を引くから美しいのよ。やってしまった罪はなくならないし、奪ってしまった命は返ってこない。でも貴女が抱いた憧れだけは……本物だと信じているわ」
 少女は大きく瞳を見開いた。涙でよごれたつぶらな瞳には、ひそやかな情熱の炎が宿っていた。それこそが彼女を突き動かしているものであり、それこそが彼女を地上へ縛り付けたものだ。ヴィリスにはよくわかっていた。何故なら彼女もまた、同じ情熱を持つ者だから。
 ヴィリスは五番の足のまま少女の手を取り、片足をすべらせながら優雅にお辞儀をした。
「フィナーレを始めましょう。ソロではなくパ・ド・ドゥで」
 ヴィリスは歌い始めた。ライラライララ、ライラライヨラ。紡がれる旋律を背景に、ヴィリスは少女と踊り始めた。時に高く少女を持ち上げ、時に地面すれすれまで少女と絡み合い、ヴィリスは彼女を導いていく。拙い踊りは、ヴィリスの導きでしだいに大胆になり、官能すら感じさせる。少女の体は軽く、高く跳んだそのときだけは、白い鳥を皆に思わせた。いつしかあれほど荒れ狂っていた死者たちも、じっと少女とヴィリスの踊りを見守っている。
 やがて旋律は転調し終幕の予感。少女とヴィリスが踊り終えた時、広場はささやかながらも盛大な拍手に包まれた。
「さあ、有終の美を、飾りましょう? いつか抱いた憧れと一緒に、おやすみなさい」
 少女は片方だけの瞳でヴィリスを見上げた。瞳には感謝と尊敬が宿っていた。ヴィリスの剣靴に少女の最後の表情が写りこむ。
「……ありがとう」
 少女が見せたのは、年相応の、無邪気な、無垢な、しあわせそうな、笑顔だった。


 アドラステイアから離れた小高い丘の上。そこに十三とひとりの踊り子たちは葬られていた。
 焔が小さな骨になるまで彼らを浄化し、赤い靴を灰に変えていく。皆がそれを深く掘った穴へ埋めていった。焔はちいさく息を吐き、ゆるやかに言う。
「悪夢はもうおしまい。惨劇も、もうおしまい。あの国とはお別れ。ボクの炎が旅路を照らすよ。安心して。だって、ブライアンさんの灯りもあるんだもの」
「ハハッ、神の炎に守られてるなら安心だな。これにて公演は終了。アンコールは俺があの世に行った時に頼むぜ」
 簡素だが心のこもった墓碑へ、ルル家が一言書き付ける。
『R.I.P』
 それはルル家の偽りない愛情だった。
「逝き先がどこであれ、いつか、また会おう。赤い靴よ、哀しみの踊り子たちよ」
 オライオンが黙とうをささげる。それはなによりの祈りであったに違いない。
「終わったか……」
 栄龍は戦闘時の激しさが嘘のように悲し気なまなざしで墓碑を見つめていた。
「小さな子たちばかりだったな……戦で多く死を見てきたが、消えていくやつらは、なんとも言えない気持ちになるな」
「うん、もう踊らなくても大丈夫だし、ゆっくり眠っていいんだよ……」
 フランがはっとなにか閃いたらしく、ヴィリスをふりむいた。
「あ! でもその前にヴィリスさんに一個お願い! 赤い靴の子に踊りを見せてあげられないかなぁ? きっと、この街ではそういうのみられないだろうし……ここなら誰も邪魔しないし、一曲お願い!」
「ん? ヴィリス殿……踊りをするのか? そうだな、きっとそれが手向けになる。笑っていけたらいいなあ。どんな奴でも死ねば皆仏だ。幸せなのが一番いい……」
 栄龍がふっと笑みを浮かべる。
「ええ、よくってよ。確かに今回はあの子に合わせて踊ったから、ちゃんと私の踊りはしてないものね。これが正真正銘最後の贈り物。黒靴のバレリーヌのソロをご覧あれ。出し惜しみなしの全力よ!」
 明るい空から、フランが祈ったとおり雨が降ってきた。そのしずくが大地を打つ、静かながらも力強い音に合わせて、バレリーヌは踊りだした。
 今日のこの日の踊りを、あの闇夜の舞踊団とあわせて、けして忘れないだろう。やさしい雨に打たれながら、タイムはそう感じた。

成否

成功

MVP

ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

哀れな少女と、その舞踊団へ光を。

MVPはアーティストなあなたへ。

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