シナリオ詳細
<神異>山猫ハ何ヲ欲ス
オープニング
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ああ、私は夢を見ているのだろうか。そうだとしたら、これはとんでもない悪夢だ。
真っ赤な空に浮かぶ灰色の雲、飛び交う黒い烏の目はルビーのように燃えていて、ぎょろりぎょろりと私を見ている。
何故向こうのビルは真ん中で真っ二つに折れてるの? そんな大地震、あったかしら? いいえ、よく見れば折れてない。折れてるように見えて、折れてない? 分からない、どっち?
帰らなきゃ、帰らなきゃ……私、これから塾なの。
あれ? でも私……どうして塾に行かなきゃいけないの?
ちょっと待って、帰るって言ってるけど、私……どこに帰るの?
「ケヒャヒャヒャヒャヒャ! もっとよこせ、もっとよこせ!」
「良い良い、全て忘れておしまい」
「全部忘れて、ああそうだ……生きていることさえ忘れて、空っぽになっちまいな」
誰か、教えて……獣って、喋るの?
あれは狐? それとも猫? 分からない。分からないけれど、何となくそういう動物。もしかして、猫の新種かもしれない。でも、喋るの? 嘘でしょ……?
獣の高笑いがこだまして、黒い黒い夢が、私を呑み込んでいく……これって、夢なの? 私は……誰? 生きるって……なに?
「ちょっとお客さん、待ってー!」
ネオン・ペルクナスは、アルバイト先のアパレルショップを飛び出し紙袋片手に女性客を追っていた。
追っている女性客は学生で、ついさっきネオンの働く店で買い物をしたばかりなのだが、学生は釣り銭を財布にしまうのにすっかり気を取られ、自身が購入した商品をレジ台に置き忘れて帰ってしまったのだ。
「……あれ? おかしいなぁ、この辺りを歩いてた筈なんだけど……」
気付けば学生の姿はなく、見上げた空は気味が悪い程に真っ赤だ。
「また来た、また来た、ケヒャヒャヒャヒャヒャ!」
空の色以上に気味の悪い笑い声がして、ネオンははっと振り向いた。
そこにいるのは猫とも狼とも狐ともつかぬ中途半端な獣が三匹。強いて何か近いものを探すなら……山猫だろうか。しかも、三匹はまるで三つ子のようにそっくりだ。
「さあさあ、お寄越し。お前の大事な『ソレ』を」
「全部捨てちまいな、全部投げ出して空っぽになっちまいな」
これは明らかにおかしい……ネオンはすぐにこの状況の異様さを悟る。
(わたし、異世界に入り込んだのね。でも、この三匹、何なの? 狂気じみてるし、偉そうだし、柄が悪いし……「空っぽになれ」って、どういう意味?)
すると、偉そうな山猫がくんくんとネオンに対して鼻を利かせた。
「おや? お前……神使だね?」
山猫は途端にネオンに牙を剥き、空を飛ぶ烏をけしかける。
「お前たち、この神使の目を突いて鼻を食いちぎって耳を引き裂いておしまい!」
「えっ? ええっ!? ちょっといきなり何なのそれ!!」
ネオンはとりあえず自慢のフィジカルを駆使して逃走を図った。
「お客さんも捜さないといけないのにーっ!」
●
「――というわけで、新たに二人、どうも異世界に引きずり込まれて戻れなくなっているらしい」
カフェ・ローレットでテーブルに肘を着きながら、希望ヶ浜学園校長の無名偲・無意式(p3n000170)が告げた。
今の希望ヶ浜は各地でライフラインが混乱している。佐伯製作所はネットワーク攻撃を受けている可能性を示唆しているが、住民たちの困惑はその程度の説明では収まらず、大量に発生している行方不明者の件についても連日大騒ぎだ。
「行方不明になった二人は『豊小路』の一角を通ってからの目撃情報がない。異世界に足を踏み入れ、帰れなくなったと見て間違いないだろう。そうなると……」
無意式は同じテーブルを囲むイレギュラーズたちに小さな鈴を配りながら続ける。
「現場は豊小路、こっちも異世界の中に飛び込まないといけない。無事に帰れるようにお守り代わりにこの鈴持っていけ。それと、豊小路となると恐らくヒイズルの神霊の眷属である守護幻影が出てくるだろうな。一筋縄じゃいかないだろうが、眷属をどうにかしないと異世界に入ってしまったままの二人を連れて戻ることは出来ない」
そこまで言うと、無意式は立ち上がった。
「今の状況をどうにか出来るのはお前たちしかいない。頼んだぞ」
- <神異>山猫ハ何ヲ欲ス完了
- GM名北織 翼
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年11月01日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「早くお客さん見つけてここ出たいー!」
全力疾走で烏から逃げるネオン・ペルクナスは、半ばやけくそで建物の角を左に曲がるや否や、何かに躓いた。
「あいたたた……って、お客さん!?」
躓いたのは、まさに探していた「お客さん」だ……が。
「あの、商品お忘れでしたよ……って、聞こえてます?」
学生は、ネオンが声を掛けても商品の入った紙袋を差し出しても地べたにへたり込んだまま明後日の方向をぼんやりと見つめるばかりだ。
(……もしかして、異世界に入っちゃったせい?)
そうこうしているうちに、烏はミサイルのようにネオンに追いついた。
「お客さんほら立って、逃げないと!」
ネオンは学生を引っ張り上げようとするが、烏の群れはもうすぐそこに――。
●
進退窮まったネオンがぎゅっと目を瞑った時、「リン……」とどこからともなく鈴の音が聞こえ、更に辺りが強烈に眩しくなったのが瞼越しにも感じられた。
恐る恐る目を開けると、異世界の筈のここに何故か冬の訪れめいた空気が漂っている。
「お嬢さん方、今のうちに下がっときな」
「ここは、エルたちが、引き受けます」
「こっち! わたしの後ろへ!」
どうやら、『座右の銘は下克上』袋小路・窮鼠(p3p009397)の発した光で一瞬速度を落とした烏たちに『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)が一撃を放ったために冬を想起させるような空気が辺りに漂ったらしい。
そして、ネオンの耳に聞こえた鈴の音は、今まさに彼女たちを背に庇っている『善性のタンドレス』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が鳴らしたものだった。
(猫に烏、ねぇ……)
窮鼠は敵を一瞥するが、ここにいるのは現実世界のそれらよりも遥かに物騒で可愛げもない。
だが、彼にはその方が都合がいい。
(大変結構! あれなら容赦なくぶちのめせるってもんよ!)
「さぁて、気合い入れていきましょうかねぇ」
他のイレギュラーズたちも続々と駆けつける。
「迷い込んだのは君たちだな? 私たちはイレギュラーズだ、助けにきた。……ん?」
『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)はネオンの姿を見て僅かに眉根を寄せた。
(この金髪の娘……どこかで会ったか?)
(え? 助けに来てもらったのは嬉しいけどマ……じゃなくてブレンダさん!?)
これ以上見つめられたら絶対に盛大なボロを出しそうで、
「は、はい!! この場はイレギュラーズの皆さんにお任せします!」
と、ネオンはとりあえず元気に返事をして誤魔化す。
(……まぁいい、誰であろうと助け出すのに変わりはない)
抱いた既視感を払い、ブレンダは烏の来る方角を見据えた。
烏たちは立ちはだかるイレギュラーズを真っ赤な瞳で睨みつけ、烏の後方からは一見山猫に近い風貌の獣も三匹接近してくる。
「やっと見つけた、ケヒャヒャヒャヒャ!」
「おやおや、ちょっと目を離した隙に神使が増えているじゃないか。お前たち、あんな連中はさっさと突いて穴だらけにしておしまい!」
「痛みも恐怖も感じたくなけりゃ、空っぽになっちまいな。全部、全部捨ててさ」
「そんなの絶対嫌ーっ!」
ネオンが叫ぶと、『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)が柔和な営業スマイルを見せた。
「大丈夫、我々が貴女たちを必ずお守りします。ああ、無事に帰ったら今度食事でもいかがですか? 美味しいけれど格式張らない、良い店を知っているんですよ」
この状況でこの人は何を言っているのかとネオンは内心突っ込むが、お陰で山猫への恐怖はどこかに行ってしまった。
「それじゃお店の情報だけ頂きます!」
「ははっ、これは一本取られました」
(これで少しは不安を和らげてあげられましたかね)
寛治は満足げに微笑むと、ネオンと学生を背に庇いつつ敵との間合いを測る。
寛治たちがネオンらを守りながら構えた頃、『戦場を舞う鴉』エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)は烏たちと同じ目線の上空に位置取った。
(やれやれ、異世界に迷い込んだだけじゃなくあんな余計なものまでくっつけてきたってか……)
異世界に足を踏み入れただけでも災難だというのにこんな連中に追いかけ回されるとは何とも哀れだ。
しかし、助けに来た自分たちもこのままでは安全に帰れる保証はない。
「そんじゃまあやるかねぇ」
エレンシアは飛び交う烏に視線を刺し、攻撃体勢に入る。
●
(あの、笑い声……嫌な感じが、します。あまり、聞きたく、ないですね)
『うさぎのながみみ』ネーヴェ(p3p007199)は狂気的な山猫の笑い声に耳をぺたりと伏せた。
(こんな所に、現実の人が、迷い込むなんて……危険です、とても!)
「戻れなく、なってしまう前に……早く、ここから、出してあげないと……!」
「ああ、そうだな」
ネーヴェに頷きながら、ブレンダは山猫たちの前に立ちはだかる。
「猫らしく動くモノを追いたくなるのも分かるが……貴様らの相手は私だよ、野良猫ども」
挑発的に張り上げられたブレンダの口上に、傲慢な口調の山猫は牙を露わにした。
「神霊の眷属たる我らを猫と一緒にするんじゃないよ! 覚悟おし!」
山猫たちは次々と瞬速で跳躍して長く鋭く光る爪を振り下ろし、更に傲慢山猫は
ブレンダを相手にしながら空の烏に吼える。
「お前たちはさっさと神使どもの息の根を止めておしまい!」
●
山猫に命じられた烏は、殺気を滾らせ多方向からイレギュラーズたちに突撃を始めた。
(わわわっ、大変です。守護幻影さんに、烏さん……皆が、巻き込まれないように、頑張らないと)
「小鳥さんたち、お願いしますね」
エルは桃色の小鳥を空高く、水色の小鳥をネオンと学生の傍に飛ばす。
これで戦場を俯瞰する眼と要救助者の状況を確認する眼が揃った。
前方では、
(とにかく、要救助者を早くここから連れ出してあげないとな。ここは狂気に満ちている)
と、『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)が鞄の中の鈴の存在を確かめながら烏に氷のバリアを展開、バリアを突き破ろうとする烏に魔性の一撃を食らわせる。
貪り喰らう黒き魔か、凄惨に穿つ黒き烏か――烏はバリアを突破し激突しサイズに傷を負わせるものの、ぼたぼたと赤黒い血を垂らしながら飛び退いた。
ブレンダの支援を始めたココロの代わりにエルが回復術でサイズの傷を癒やすと、サイズはすぐに体勢を立て直す。
(確か、建物の影に入っただけで溶かされるように焼かれる異世界もあった。今回だって、この狂気の中では何が起こるか分からない。俺は自力で何とか出来ても、要救助者はそうはいかないからな……)
最優先は迅速な救助と脱出。その目的を達成するために、サイズは深手を負った烏との間合いを詰めた。
サイズの後方では、ブレンダの消耗に注意しながらココロが上空の烏に視線を移し、エルや窮鼠の攻撃で動きの鈍った烏を標的にして花嵐をぶつける。
真っ赤な空を背景に花弁のようにひらつく炎は、烏の紅い瞳に劣らぬ殺気を醸しながら舞いに舞う。
抜け出しても花嵐は次、また次と三度烏に吹きすさび、耐えきれなくなった烏はとうとう地上に落下した。
一方、サイズと戦い傷を負った烏には、
「鳥公! 飛べるのはてめぇらだけじゃねぇってな!」
とエレンシアが空を裂いて突撃する。
飛べるか否かを張り合うのもどうかと内心自嘲しつつも、エレンシアは太刀を抜いた。
「攻撃は意地でも届けて当てる! ってな!」
エレンシアの一撃を受け、烏は力尽きくるくると落ちていく。
すると、エルと窮鼠の攻撃を辛くも逃れた烏が標的をエレンシアに替えたが、地上の寛治がそれを見逃さない。
「ここが異世界でもやるべきことは変わりません――」
凄絶な鋼の驟雨。
「――脅威を制圧して離脱する。平常心でいきましょう」
烏たちは持ち前の素早さで寛治の銃撃をかいくぐろうとするが、そのうちの一羽の片翼に穴が空き、傷を負った烏はくるりと身を翻して寛治から逃げようとした。
しかし……。
「待ちなさい、忘れ物です」
追撃の弾丸は逃れる烏を嘲笑うかのように非情に迫り、避けられない死神の鎌を振るわれた烏はやがて地面に血の雨を降らせて息絶える。
●
イレギュラーズと烏が本格的にぶつかると、傲慢山猫はブレンダに怒り心頭の様子で飛び掛かった。
ブレンダは不敵な笑みを浮かべ、
「これでも我慢比べには自信がある。いつまでだって付き合おう、貴様らの全てを否定しながら、な!」
と素早く避けたが、
「ケヒャヒャヒャヒャ!」
と今度は狂気山猫ががばっと大口を開けブレンダの肩口に深く噛みついた。
「あなたが崩れたら、皆もこの二人も救いきれなくなる……わたしが絶対に支えてみせる!」
刻まれるココロの癒しの福音がブレンダの傷を癒し、息を整え、踏ん張らせる。
「やせ我慢はお止しよ」
傲慢山猫はブレンダの脳天に爪を突き下ろそうとするが、ブレンダは二振りの長剣を閃かせ、思わず目を奪われる程の流麗な剣捌きで剣閃を繰り出した。
ブレンダの一閃は傲慢山猫の爪の間をすり抜けるようにして走り、山猫は
「ひぃっ!」
と短い悲鳴を上げる。
すると、
「あぁあぁ、面倒な神使もいたもんだ」
と怠惰な山猫がブレンダから離れて疾駆し、ココロの正面に迫った。
「さっさと全部捨てて空っぽになっちまえよ、その方が楽だぜ?」
(捨てる、空っぽ……山猫たちが求めているもの、奪おうとしているものは何?)
熱源を色の変化で見通してみても有力な手掛かりは得られなかったが、ココロは怠惰山猫の言動と学生の様子から推測し、一つの仮説に辿り着く。
「感情、経験、体の機能……それら全てを含めたわたしたちの……記憶」
直後、怠惰山猫の体当たりがココロに炸裂し、彼女は吹き飛ばされた。
●
「もたもたするんじゃないよ! さっさと始末をおし!」
傲慢山猫の甲高い怒号に残る烏たちは更に眼光を鋭くさせてイレギュラーズに迫るが、それをネーヴェが爪を刃として迎え撃つ――その一撃、まさに音速。
高速の一閃は烏の顔面に深い傷を刻んだが、その間に他の烏が彼女を襲った。
「ネーヴェさん、危ないです」
桃色小鳥の視覚から危険を察知したエルが急いで警告し、ネーヴェは横に跳んで躱そうとしたが、山猫に追い立てられている烏の執念も凄まじく、烏は己の身を顧みずネーヴェに激突する。
更に、これに勢い付いたか、寛治の弾丸を掠めた他の烏も偶々近くにいた窮鼠を狙い、嘴を弾頭にして突撃した。
窮鼠の視界でぱっと己の血が散ったが、彼は
(なぁに、多少の傷は折り込み済み、痛くなけりゃあ覚えねぇ)
と己に言い聞かせ、突撃してきた烏を黒き箱に閉じ込める。
それはさながら「籠の中の鳥」。じたばたと藻掻くしか出来ない烏にサイズが距離を詰めた。
「これでまた一羽、迅速に終わりにしよう」
サイズは黒箱ごと烏を叩き斬る。
上空ではエレンシアも傷を負いながら意地で逃さじの殺人剣を眼前の烏に一閃浴びせた。
エルと窮鼠の力で動きの鈍っていた烏は血を噴きながら錐揉み落下していく。
すると、別の烏が一気に加速しエレンシアに接近してきた。
エレンシアの脳天をかち割ろうとでもしているかに見えた烏に、ネーヴェが深手を押して一気に距離を縮め、その勢いを乗せた鋭い爪を素早く繰り出す。
烏はネーヴェの爪に羽を裂かれたが、それでも執念深くエレンシアを襲った……が。
「襲ってくる以上は叩き伏せて捻り潰すだけだ!」
目指すことは至極明快、されどその斬撃を読み解くは至極困難。エレンシアの太刀が唸りを上げ、烏はふらふらと落ちていく。
他の烏が命を落としながらもイレギュラーズたちを相手取っている隙に、残った手負いの烏は後方の寛治を攻撃しようと迫った。
しかし、
「もたもたするのは私も好きではありません。ビジネスでは一瞬の躊躇が莫大な損失を生む時もありますので」
と、寛治の黒いステッキ傘が赤い空間に三筋の白閃を描く。
深手を負い高度を保てなくなった烏に、エルが構えた。
「あーるおーおーは、マザーさんは、現実の方々を、傷つけるために、出来たのではないって、エルは信じています。それに、こんな、ひどい事件、ばかりでは、楽しい冬も、訪れません」
平穏な日常を取り戻し、心軽やかに冬の訪れを待とう。純粋な願いほど、禍々しい烏には呪言となるだろう。
烏はそれ以上攻勢に出ることが出来なくなり、やがてその場で掠れた鳴き声を上げ、動かなくなった。
●
真っ赤な空を飛ぶ黒影はなくなり、残るは山猫三匹だけとなった。
「何だよ烏の奴ら、使えねぇな」
怠惰山猫は口調とは裏腹に素早く獰猛にエルに接近するが、エルは
(つらら、お願いします)
と愛獣を召喚、つららは怠惰山猫に氷の歯で果敢に噛みつく。
その間狂気山猫はまたもブレンダの挑発に乗っかり彼女を襲い、牙を足に食い込ませながら
「ケヒャヒャヒャヒャ! 寄越せ、寄越せ!」
と叫んだ。
途端にブレンダの顔に困惑の色が浮かぶが、
「私は、なぜここに……?」
「迷い込んだ人を、救いに……来たのでしょう!」
「ブレンダさん、記憶を持っていかれないで!」
と、ネーヴェの訴えとココロの言霊がブレンダを落ちかけた深淵から引き戻し、窮鼠が
「この国がなくなると何だかんだですげぇ困るんで。悪いが守らせてもらうわ。ったく、神様の眷属だか何だか知らんが、気持ち悪いんだよ、なあ?」
と超音速の強烈な光の一撃を狂気山猫にぶち込む。
残る力を全て燃やすかの如く、窮鼠はもう一発渾身の力を込めて叩き込んだ。
「とっとと尻尾まくって帰っちまいな!」
●
「わたしたちから大切なものを奪うなら、あなたたちには当然の報いを受けてもらう……新田さん、やっちゃって!」
戦いの流れがイレギュラーズ側に向いたと見たココロは精一杯の号令で寛治の背を押し、続いて放つ呪いによって山猫をきりきりと苦しめる。
ココロの援護を受けた寛治は、身構える傲慢山猫に照準を合わせて一発放ち、更に魔弾まで炸裂させた。
「おのれ、神使が! さっさとお寄越し、お寄越しよ!」
「商売の基本は等価交換ですよ。一方的に奪おうとするのは、いただけません」
「そうです。守護幻影さんたちに、もぐもぐされるために、エルたちも、助けたい方々も、いるのでは、ありません」
呆れる寛治の前で、足掻く傲慢山猫の四方にエルの発した土壁が迫る。
傲慢山猫は暴れて土壁に体当たりし、勢い余って窮鼠を巻き込みながら怠惰山猫まで突き飛ばした後ようやく立ち上がったが、何やら衝撃を感じて振り返るなり顔色を変えた。
振り返った先では、血まみれの窮鼠が後ろ足を拳で抉っている。
「『窮鼠猫を噛む』……ってな。こっちも手癖の悪さじゃあ負けてねぇのよ」
愕然とする傲慢山猫に、今や満身創痍のエレンシアが太刀を構えた。
「叩き潰す!」
その一閃は、類を見ぬ切れ味をもって傲慢山猫の額を割った。
●
「この世界からの脱出は簡単じゃないし、新手が出るとも限らない。そろそろ撤退を考えないか?」
山猫の負傷と消耗は激しいが、イレギュラーズたちも決して余力十分とは言えず、サイズは仲間にこの場からの撤退を持ちかける。
「ああ、あいつらとの戦いはあんま『糧』にはならなそうだしな。必要がねぇなら無理に戦うこともねぇ」
エレンシアがそう言って頷くと、サイズは鈴を取り出し鳴らした。リン……と鳴らせばどこからともなくこだまのように鈴の音が聞こえる。これが現実世界への道標に違いない。
(わざわざ持たせるような代物ならそれなりの効果があるだろうと思っていたが、確かにこいつは手放しちゃいけねぇな)
鈴を握りしめるエレンシアの隣でサイズが声を上げ仲間たちを導く。
「向こうの方角から鈴の音が聞こえる。全員はぐれないで行くよ!」
しかし、山猫たちは蹌踉めきながらもイレギュラーズを睨んでおり、それに気付いた寛治は
「恐らくこの中では最も敵から離れた位置で戦っていた私が一番余力もあるでしょう。離脱までの間、ここは引き受けます」
と殿を買って出ると、駆け出す仲間たちの最後尾を陣取り山猫に牽制射撃を入れた。
(うーん、やっぱり本職は違ったわね。任せて良かったわ。あとはブレンダさんにボロを出す前にお客さんを連れて帰りたいんだけど……)
学生を背負いながら駆けるネオンは一刻も早くブレンダから離れることを願った……が。
「お疲れ」
帰り道を見失わないよう鈴を手にして走るブレンダに声を掛けられ、ネオンは思わず引きつったような笑みを見せてしまう。
「何だその顔は……まぁいい、君のおかげでこちらは随分と助かったよ。私はブレンダ・アレクサンデル。君は?」
(……はい知ってた。だめよね、逃がしてはくれないわよね)
観念したネオンは
「ネオン・ペルクナスですぅ……」
と今にも消え入りそうな声で答えた。
聞き覚えのない名に、ブレンダは
(何だか他人のような気がしないが……やはり気のせいか)
と小さく頷き、
「ネオン……いい名だな」
と微笑んだ。
●
駆けるうちにやがて鈴の音が聞こえなくなり、辺りを見渡すと全員無事に豊小路の前に戻っていた。
「あれ? ここは?」
ネオンに背負われていた学生も正気に戻ったらしい。
「いつもの、街です。少し、悪い夢を見てしまった、だけ」
ネーヴェに上手く誤魔化された学生は、ネオンから紙袋を受け取るとぺこりと頭を下げて去っていく。
最後まで現場に留まっていた寛治も何とか合流を果たすと、辺りにちらちらと雪が舞い始めた。
(エルは、今年も皆さんが、素敵な冬を、過ごせるために、頑張ります。お友達も、たくさん、出来ましたし)
触れられぬ幻の雪はふわふわと空を舞う。
「わたしはこの辺で……どうもお世話になりましたー」
「ネオン」
しれっと帰ろうとするネオンをブレンダが呼び止めた。
「……はい、何でしょう?」
「何だか、君とはまた何処かで逢う気がするよ」
「……」
ブレンダに他意は無いのだが、ネオンは逢いたくないオーラ全開だ。
「だから何だその顔は。全く、そう何度も顔を引きつらせるんじゃあない」
「あはは……では、今度こそ失礼しまーす」
曖昧な笑みを浮かべて去るネオンに苦笑しつつ、ブレンダは軽く手を振った。
「では、またな、ネオン」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
マスターの北織です。
この度はシナリオ「<神異>山猫ハ何ヲ欲ス」にご参加頂き、ありがとうございました。
少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。
山猫全撃破とはいきませんでしたが、烏は全て倒しましたし、全員無事に戻ってくることが出来たので何よりではないでしょうか。
今回は、とにかく色々なところに目を向けていたあなたをMVPに選ばせて頂きました。そして、とにかく色々なところに考えを巡らせ戦闘不能者を出さずに頑張ったあなたに称号をプレゼントさせて頂きます。
改めまして皆様に感謝しますとともに、皆様とまたのご縁に恵まれますこと、心よりお祈りしております。
GMコメント
マスターの北織です。
この度はオープニングをご覧になって頂き、ありがとうございます。
以下、シナリオの補足情報ですので、プレイング作成の参考になさって下さい。
●成功条件
巻き込まれたNPCネオンと女子学生の救出
※守護幻影や烏は可能な限り撃破しましょう。
※NPCネオン・ペルクナスはブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)さんの関係者です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
現時点で判明している情報に嘘はありませんが、不確実な要素や不明点が幾つか存在します。
●戦闘場所
豊小路から染み出している異世界の中です。
●敵について ※一部PL情報です。
・守護幻影
山猫のような姿をしており、全部で三体います。
三体とも見分けがつかないほどそっくりですが、完全に狂気じみた笑い声を上げるもの・すこぶる偉そうな口調のもの・堕落的で柄の悪い口調のもの、といった感じで口調で判別することが出来ます。
どうやらヒイズルの神霊である「白虎」の眷属のようです。
噛みつき・引っ掻き・体当たりなどの近接攻撃を主体とするようですが、人から「何か」を奪い取る能力も持っているようです。
・烏
今回の守護幻影が眷属として使役している烏です。
数は七~八羽です。
高速飛行と殺傷力の高い嘴と爪が武器で、ミサイルのように襲い掛かってきます。
●Danger!(狂気)
当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』や『反転に類似する判定』の可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●侵食度<神異>
<神異>の冠題を有するシナリオ全てとの結果連動になります。シナリオを成功することで侵食を遅らせることができますが失敗することで大幅に侵食度を上昇させます。
●重要な備考
<神異>には敵側から『トロフィー』の救出チャンスが与えられています。
<神異>ではその達成度に応じて一定数のキャラクターが『デスカウントの少ない順』から解放されます。
(達成度はR.O.Oと現実で共有されます)
又、『R.O.O側の<神異>』ではMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
『R.O.O側の<神異>』で、MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
但し、<神異>ではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。
それでは、皆様のご参加心よりお待ち申し上げております。
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