PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<神異>急いで癒さないと、彼女はトンボに姿を奪われる。

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 なんでこんなところにいるんだろう。
 スマホでしゃべりながら歩くものではない。周囲の様子に気が付かないで取り返しのつかないことになる。
 取り返しのつかないこととは、交通事故に限ったことではないのだ。
 彼女はあたりを見回した。高校生。ひやりとした空気に急に制服のスカートの丈が心もとなく思える。
 いつもの通学路を歩いていた。神社の前を通ったのを覚えている。気が付いたら、店という店すべてのシャッターが下りている。いや、知っている看板が一つもない。人っ子一人通らない。そもそも、看板に書いてある言葉がおかしい。読めない。彼女が知っている日本語に似ていると思うのに、何一つ意味がつかめない。
「くぇぅじふぁこmky征矢ぁヴぉgk」
 どこまでも赤い夕焼けがじっとりと肌を濡らすように体にまとわりついてくる。
 赤い夕焼けの中に無数の点。
 トンボだ。重くねっとりとした赤い空気の中にトンボが密集して、彼女の周囲を取り囲んでいるのだ。偵察するように一匹、二匹と彼女の体をかすめるように飛んでいく。そのたびに、体に痛みが走った。切れている。制服の袖が切れていた。ブラウスの下に赤い線。腕を斬られたのだ。何もかも頼りなく思えてくる。何より自分自身が。
 トンボは大きかった。とても。頭が握りこぶしくらいある。複眼がぎらぎらと赤い夕焼けを照り返している。複眼の一つ一つが人間の目玉だ。喉の奥で叫び声が凍る。

 誰から聞いたかもわからない、たわいのない噂話。
『トンボはね、よく見える人間の目が欲しくなったんだって。でも、トンボって複眼だからたくさん集めなくちゃいけなくって。集めているうちに人間の手って便利そうだなって、腕も集めるようになったんだって』

 無数のトンボ。よくよく見れば、肢が人の腕のようのもっと大きいのが混じっている。先が手指になっているのがたくさんいる。数を数える余裕がない。10よりは多い。そこで限界。
 とがったギザギザがたくさんついた口元が動いている。唇が人間のものだった。

『あれもいいこれもいいって、ヒトのからだを集めて。最後には体そのものを欲しがるようになって――』

「ヒトのスガタが欲しい」
「目から入り」
「口から入り」
「耳から入り」
「腹に入り」
「手指の先まで」
「足指の先まで」
「五臓六腑に至るまで」
「満たせ満たせ我らで満たせ」
「皮は食うな」
「肉と骨も食うな」
「はらわただけを食って虚にして」
「そこに住もう」
「ぎっちりと」
「みっちりと」

 トンボの羽音と共に一斉に発せられた言葉を聞き分けることができなかったことは彼女には幸福といえた。もし、意味を把握できたなら、無駄に暴れて手足の傷を増やすことになっただろうから。


「希望が浜がおやばい」
 希望が浜では謎の留学生として出入りしている『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)が、久しぶりにカフェ・ローレットに姿を見せていた。
「皆も知っての通りだけど、今ここは生きるのに必要なあれこれも滞りがちで、人心がガチで乱れてる。その乱れに乗じて、ぶっちゃけ、今『異世界が染み出してる』状態なの。境界があいまい」
 だから。と、情報屋はイレギュラーズを見回した。
「今、関わっちゃならない真性怪異と無防備に鉢合わせする可能性がめっちゃ高いから、霊魂疎通系――霊媒だの巫覡だの、この次元由来じゃないおトモダチがいる奴――は、仕事中にそれ系能力を使わないように。音量調整できないオーディオで特大ノイズを聞かされるようなもんだ」
 そんなことされたら、センシティブな回路が吹き飛ぶ。
「まともな結果は得られないのは目に見えてるし、成功したらしたら正気と引き換えだ。発狂するぞ。最悪、ショックで反転だ。特異点であることに胡坐をかくな。向こうは存在の桁が違う。好奇心で鮫の口に頭突っ込む真似はするな」
 それを踏まえて本題に入る。と、メクレオは抹茶シェイクをすすり上げた。
「異世界の出入り口とかした日出神社近辺――豊小路でそのおやばいとこに足を踏み入れた女子高校生がいるから、回収してきてくれ。これっくらいの無数のトンボに襲われてる」
 これっくらいと指示した長さは50センチ。握りこぶしを固めて頭がこれっくらいと付け加えた。
「トンボは肉食。夜妖なので、人を食う。無数といったが群体だ。連中女子高校生の中身を食って、その中に潜り込んでトンボ女になろうとしている」
 存在の更新。進化。
「万一回収がめっちゃ後手に回ったら、トンボ女の討伐も任務に含まれる。死体を回収してトンボ女になるのは阻止しつつ、群体トンボを処理も許容範囲だがこれっぽっちも嬉しくない。そうならないうちに保護してほしい」
 あ、それと。と、情報屋は大事なことと言った。
「場が悪い上に、この女子高校生、神秘の受け入れ態勢ないぞ。回復術式の効きめっちゃ悪い。俺の薬も怪しげってことで効き悪そうだから、その辺のドラッグストアで市販の鎮静剤とか軟膏とか包帯買って治療して、おまじない的に回復術式かけるのが一番効果的だろうな。そんでも瞬時に傷治ったりしないからな」
 だから。と、情報屋は言った。
「回復役には迅速かつ大胆な働きを求める。いいかい。癒したからって保護対象は自分で逃げてなんかくれないからな。赤子のように保護しないといけない」
 混沌のお姫様達は自分で全部蹴散らしてくるから、比喩に向かないな。と、メクレオはうなった。

GMコメント

 田奈です。
 化け物に逢ってなにより怖いのは、化け物にされること。

*群体トンボ×1(半径20メートルの半球)
 数は数えきれないほどたくさんです。よって、移動が阻害されます。(BSとして処理します)
 一際でかくて、人間のパーツを余分に備えた司令塔トンボが15匹います。
 区別は容易です。
 落とすごとに、移動BSが解除され、群体トンボの攻撃力が下がります。
 女子高生の開いている穴から侵入して、体を巣にしようとしています。

*保護対象・女子高生
 依頼スタート時、群体トンボのただなかにいます。恐怖で動けなくなっています。自発的に動けません。こちらの言うことに反応も期待できない状態です。積極的に救出しないと、5ターンで群体トンボの餌食です。
 彼女はけがをしています。傷はとても治りにくく、いつもの効果を発揮するのに準備も含めて2ターンは必要です。
 不幸にも彼女が死亡した場合、5ターン以内に死体を処理できないと、群体トンボと女子高生の死体が合体。『夜妖・娘蜻蛉』が爆誕します。群体トンボより格段に強敵になること間違いなしです。

 場所:異世界・豊小路
 空は真っ赤に染まり、文字はちぐはぐ。文字化けしていれば『ちあええ』など理解不能なものばかり。建物も知っているようで知っていない、崩れているようで崩れていない、違和感ばかりな世界です。
 ここは20メートル四方の広場になっています。辺り一面、敵です。足元は石畳です。

●Danger!(狂気)
 当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』や『反転に類似する判定』の可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●侵食度<神異>
 <神異>の冠題を有するシナリオ全てとの結果連動になります。シナリオを成功することで侵食を遅らせることができますが失敗することで大幅に侵食度を上昇させます。

●再現性東京(アデプト・トーキョー)とは
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 その内部は複数のエリアに分けられ、例えば古き良き昭和をモチーフとする『1970街』、高度成長とバブルの象徴たる『1980街』、次なる時代への道を模索し続ける『2000街』などが存在している。イレギュラーズは練達首脳からの要請で再現性東京内で起きるトラブル解決を請け負う事になった。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●重要な備考
 <神異>には敵側から『トロフィー』の救出チャンスが与えられています。
 <神異>ではその達成度に応じて一定数のキャラクターが『デスカウントの少ない順』から解放されます。
(達成度はR.O.Oと現実で共有されます)

 又、『R.O.O側の<神異>』ではMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。

 『R.O.O側の<神異>』で、MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
 指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
 但し、<神異>ではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。

  • <神異>急いで癒さないと、彼女はトンボに姿を奪われる。完了
  • GM名田奈アガサ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年11月01日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)
炎の守護者
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
月錆 牧(p3p008765)
Dramaturgy
バク=エルナンデス(p3p009253)
未だ遅くない英雄譚

リプレイ


 空が真っ赤になるほどの夕焼け。黒々と落ちる長い影。
 急激に下がる気温に肩をすぼめる無防備に、夜妖が忍び寄るのだ。それでなくとも混ざり合う時刻に、虚構と現実が混ざり合う。ハザマの領域で、イレギュラーズは勝ち取らなくてはいけないのだ。希望が浜の「現実」を。
「R.O.Oが現実で、現実がR.O.Oで……」
『緑の治癒士』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は、自分のからだに『神の軍馬のごとき』属性を付与した。
 まさしく、馬車馬のごとくの働きをするつもりなのだ。
(友達が戻ってこられなくて、何も出来ないのが悔しい)
 だから、できることをやる。フランにできること。助けられる命を助けること。
「今度の夜妖は無駄にデカい肉食トンボか」
 同じ付与術式の波動に顔を上げると、『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が眠たげに瞬きをした。
「トンボも嫌だが、目の前で女の子が化け物になるのはもっと嫌だな」
 魔道狙撃銃に魔力宝珠は隻腕のアルヴァが取り扱いやすいように改良されている。
「気持ち悪い虫になんて、『こちら側』のものを持って行かせないんだ!」
 フランの気合に、アルヴァはふんと鼻を鳴らした。
「ま、絶対に助けてみせるさ。害虫は速やかに駆除、ってね」

「放っておくと希望が浜が「こんなの」うじゃうじゃ出てくる魔境になっちゃうって事でしょ?」
『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)の視界を埋め尽くすトンボの群れ。
 六本の腕が人間の腕で、複眼の一つ一つが人間の瞳のそれをトンボといっていいならば。
「無理無理無理!気持ち悪すぎるってぇ!!」
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の稔――体の持ち主にして『主人格』の方――の方が頓狂な声を上げる。こいつ、天使なんだぜ。これ、悪い夢なんでしょ知ってる。それでいいよ、あんたの中ではな。だが、悪夢の住人は救わなくてはならない。
 無数の夜妖が一つとして動く群体。ただし指揮系統は複数ある。どれか一つでも残ればそこからまた再構築してくる厄介な存在。
「怪異とは聞いたがまた面妖な姿であるな……」
『信仰問答』バク=エルナンデス(p3p009253)の閉ざされた眼にも、異形の像は結ばれる。
「神秘や怪異と関わりのない一般人がいきなり異形のトンボの群体に囲まれるなど――どれほどの恐怖だろうか」
『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)の顔に憂いが落ちる。
「ぞっとするわね」
 イリスが肩をすぼめた。
「悪夢と呼ぶに相応しい光景だ。これを目の当たりにして正気を保てという方が難しいだろう」
 急にStarsの口調が、心底共感した温かなものに変わる――もう一つの人格ということになっている虚の方だ。
「そんなものを受けてまともに動けなくなるのは当たり前。かつてのわたしもそうでした。知っているから立ちすくむのもわかっている。何もできないのもわかっている」
『Dramaturgy』月錆 牧(p3p008765)が、淡々と言う。根性など土壇場で計算に入れるものではない。保護対象はそこから自力で逃げられないから保護対象なのだ。
『炎の守護者』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)はヒーローだ。助けを求める声に全力で耳を傾ける。彼女が感じている恐怖を探り当てる。
「急いで女の子を助けなきゃ!」
一瞬でも早く彼女にたどり着けるように。全力で近づいていることを確信する。どんどん上がるトンボの密度。
「虫はちょっと苦手だけど……こんなのほっとくわけにはいかないよ!」
 だよなっ。と、Starsが涙目になった。人助けセンサーは天使にも標準装備だ。
「頑張れ俺、めっちゃ頑張れ。女の子がこんなのに喰われるなんて可哀想すぎる。絶対守んなきゃ!」
 司令塔塔トンボを早急に片付けるのが攻撃班の行動指針だ。
 境界の夕映えに、世界の終りの紫を落とす。すべての敵に不吉と終わりを。それが、Starsが示す、終焉の狂気だ。
 飲まれたトンボは、滅びる定めだ。
「虫どもめ、こっちこい! オイラは食うとこあんまりないけどね!」
 女子高生から引きはがすため、チャロロは声を張り上げた。夕映えに髪の赤がとけるよう。照り返す鋼の体が挑発的だ。
「しかして犠牲者を生み出すつもりは毛頭もなし、出来うる限りで戦場を支えてくれようぞ」
 トンボをひきつけ囮となるチャロロとアルヴァを支えるのがバクの役目だ。
 よどみなく二人を癒し、トンボを借り続けなくては保護対象とそれを助けようとしているフラン、そのサポートについているイリスと牧の負担が加速度的に高くなる。
 とざれた瞼の裏、バクのギフトが通常の視界とは別の界をみた。


 助けを呼ぶ声に耳を澄まし、群体を突っ切るイリスを阻むものはない。
 その間合いに不用意に入り、異形の肢をのばすものに容赦ない一閃を食らわせ、ひた走る。
 すぐ後ろを牧と、フランが付いてきていた。術での底上げをしていてもこのトンボの中に飛び込むにはなかなかの胆力がいる。
「大丈夫。今のあたしは運搬性能ばっちりだもん」
 ニッと笑って見せる頬に決意が見える。
「一緒に走ってくれて心強いよ。トンボがどいてくれないなら神気閃光をぶっ放すつもりだったんだ」
 皆それぞれにトンボをひきつけて、群体への負担を上げ、フランの道行きを助けてくれている。
「急ごう!」
 トンボの濃度が高いところに保護対象はいるのだ。
「よく頑張ったな。必ず助けるから、もう少し辛抱してくれ」
 トンボを引きずり回すアルヴァの視界の先。密集しているトンボの隙間からへたり込んでいる女子高生の姿がちらっと見えた。
「――俺はここだっ!」
 特異点であるイレギュラーズの名乗り口上は、耐性がなければ、敵対する者の精神を合理性を吹き飛ばすほど逆なでする。
 抗えなかったトンボがアルヴァに向かい、一気にフランたちの視界が晴れ、保護対象の所在が明らかになる。
「助けに来たよっ!」
 フランの声に応答はない。
「何をぼさっと!」
 動けなくても仕方がないと頭ではわかっているが、応えもないとなるとつい小言がまろび出る。
 いまだ残るトンボの攻撃をものともせず、牧は女子高生を担ぎ上げた。体中トンボにかじられてボロボロだ。強引に身体を掴んで引っ張る様に、フランとイリスの口からひぃと小さく声が漏れるが、多少強引でもここは拙速を貴しとなす。
「司令塔トンボはこっちで引き受ける。今のうちに!」
 大量のトンボにたかられ、かきむしられているアルヴァの傷をバクが癒している。戦闘を引き受けてもらっている内に、女子高生の容態を安定させてこの場から担ぎ出さなくてはならない。
「血を流しすぎですね。運ぶ前に処置しないと。ここに寝かせてください!」
 牧は、女子高生を寝かせるとアルヴァに押し寄せるトンボを挟撃するために走り出している。
 全身から噴き出す闘気の糸が、大きな頭を支える頚部に絡みついた。
「わたしの故郷にも大きなトンボは居ましたが、これだけ大きいのは珍しいですね」
 牧の淡々とした語り口。
「人のような手足を傷つけるのは気が引けます。身体が大きいなら頭も大きい」
 目立って狙いやすいですね。純然たる事実として。牧は殺意をもって糸を引いた。
 司令塔トンボの首はごろりと思いの外重たい音をして転がった。

 すぐそこから血しぶきが上がっても、火の粉が降りかかっても、呪いの言葉が飛び交っても、癒し手は患者のすべてから意識をそらしてはいけない。
 フランは、なんでもポーチと救急バッグの薬をずらりと並べる。
 ゲオルグも事前に練達の店で購入してきた、傷薬や消毒液、包帯など「希望が浜の市販品」を並べた。
「医療技術をエキスパートで底上げして女の子を治療するよ。あたしの回復はスキルだけじゃないんだから!」
 物理で医療行為を行わなければ、女子高生は治療行為を治療行為と受け止められない。神秘から隔絶された環境では素養が著しく低いのだ。
「スピード勝負だ。指示をくれ」
 私も回復役だ。という申し出に、フランはうなずいた。
 女子高生がヒトの気配に小さくうめいた。意識レベルは上がっているようだがきちんと認識しているかは定かではない。あるいはきちんと覚醒しないほうがましかもしれない。
 至近距離でイリスの「完全なる英雄の責務」にぞっとするほどの数のトンボが群がっている。大幅に体力を増強させる効果がある盾とはいえ、盾を落とさせようとトンボの肢から生えた小さな手指がイリスの指を握りつぶそうとしている。手袋越しとはいえ、痛みは絶大だ。
 施術者であるフランと完全に無防備な女子高生をかばうのでイリスは手いっぱい。状況はぎりぎりだ。
「大丈夫だよ」
 フランはそう言って女子高生の血で汚れた頬をアルコールを浸したガーゼで拭った。酒精のにおいに女子高生の表情は和らいだ。お医者さんのにおいだ。朦朧とした意識の中、自分が手当てをされていることを感じ取ったのだ。
 消毒薬で傷をぬぐい、傷口に薬を塗って、包帯で圧迫して止血する。混沌の常識から行くとあまりにも初歩的な治療だが、「希望が浜」に生きる女子高生にはまずそれが必要なのだ。とても脆弱な、優しいセカイの中でしか生きられないのだから。
「痛いの痛いの飛んでけ」
 そんなおまじないに潜ませて、フランは女子高生の傷をいやし、気力を奮い立たせた。
 女子高生にむけてだけではない。かばい続けてくれているイリスはもとより、圧倒的なエールが柔らかな波のように共に戦う仲間のもつれかけた足を前に踏み出させ、もうろうとし始めた意識を支える。
 幾度も重ねる。それでも女子高生が万全になることはない。大けがをしたという意識が一瞬で傷が治るという神秘を拒絶している。それは彼女にとってあり得ないことなのだ。
「ゲオルグさん、どうかな」
 イレギュラーズのようには治らない。だが、この場をしのぐ衝撃に耐えられるだけの回復はした。
「ああ、大丈夫だろう。搬出できる」
「うん。じゃ、イリスさん、ゲオルグさん。よろしくね!」
 フランは立ち上がり、救急バッグを体の前に回した。そして、女子高生を背負うとローブの裾をたくし上げ、女子高生の背から自分の前に回して結んだ。おぶい紐のようだ。
「医療技術には患者の搬送も含まれてるし!」
 女子高生の搬出の際、女子高生が歩けないという状況を想定していなかった。治療すれば五体満足になるという神秘に支えられてきたイレギュラーズは、傷ついた仲間を戦闘しながら担いで逃走するということがまずない。想定できなくても無理はない。
「多分あたしが一番負担なく搬送できると思う。今、モード・スレイプニル使えてるから」
 フランは一歩踏み出した。
「女は度胸と根性!」
 腕をとって360度回せれば勝てる熊ではなく、360度まんべんなくトンボの群れを駆け抜け切れば、イレギュラーズの勝ちだ。


 大将首のようにゴロゴロと一際大きなトンボの首が石畳の上に転がっている。
 あるものは糸で縊りちぎられ、あるものは炭から灰がらに変わり、あるものは切り刻まれている。
「オイラの炎をくらえ!」
 全身の力を右手に集中させ、すべてを爆ぜ飛ばす一撃。敵味方の別を問わない技を放つため、チャロロは進んで敵中に飛び込んでいく。
 チャロロの周囲のトンボが炎に包まれ、ぼとぼとと地面に落ちる。
「うう、気持ち悪い……」
 チャロロはうめいた。生理的嫌悪感は何ともぬぐい難い。
「でもあの子を喰わせるわけにはいかない! でかいトンボくらい耐えてやる! Gや毛虫芋虫に比べたら100倍くらいマシだもん!」
 なんとなく湿っぽい音が混じっているが、努力の証だ。
 一言で虫が嫌いと言っても、埋まっている地雷の種類が違うのでよくよく確認しないといけない。
 そんなチャロロとアルヴァには、バクによって英雄の鎧の祝福が付与されていた。
(情報精度がはっきりせぬ以上、移動制限以外の事も状態異常もありえるしのう)
 バクは、戦場でふいに訪れる狂気に陥ることも懸念していた。
「新鮮な獲物はこっちだ。乗っ取れるものなら乗っ取るといい」
 アルヴァが叫びながら、別のトンボの群れを引きずり回す。一匹だけ違う動きをする巨大な個体。司令塔トンボだ。
 保護対象を運ぶ方角と逆方向にトンボを誘導し、1匹でも多く引き寄せる。
 狙撃銃。魔力宝珠がアルヴァの三次元空間軌道を後押しする。魔導狙撃銃BH壱式の引き金を絞る指先に一切の躊躇はない。
 粉々に吹き飛ぶ司令塔トンボの頭。
 もはや、トンボの密度は最初の頃とは比べるべくもなく、移動に支障をきたすこともない。それでも無数の肉食昆虫は十分障害だ。
 Starsは、自分の精神力を弾丸に変えて、司令塔トンボめがけて射出した。
「ルリルリィ・ルリルラ――」
 青ざめた唇から聖体頌歌が紡がれる。遠くから、ゲオルグが同じ歌を歌っているのが聞こえた。
 傷を癒しながら、癒しながら離脱する者達の背を守る。
「……守らなきゃ。皆がちゃんと、帰ってこれるように」
 トンボに追いすがられないように、Starsもチャロロも牧もアルヴァもトンボをすりつぶすのをやめない。バクも彼らを癒すために戦場に残っている。かすかに聞こえてくる天使の歌。すべてのトンボをよけきれるはずもない。小さな傷の上に重ねたらる傷口はどんどん深くなる。フランはさっき、女子高生性のそういう傷を治療した。
 食いしばった歯の隙間から、フランは福音の幻を現出させる。自分と女子高生をかばうためにトンボと相対しているイリスのために。
「私の肉は安くないわよ」
 カットラスがフランと女子高生のぎりぎりをかすめて、縦横無尽に手近な空間ごと、居合わせたトンボを切り刻む。
「――夢?」
 動いた空気に、女子高生がうめいた。
「うん。みんな夢だよ。私たちも夢だよ」
 だから目を閉じて。フランはあやすように言い、再び詠唱を始める。優しく気力を揺り起こす言葉。赤い赤い夕映えの中で、緑の森がひどく恋しくなった。
「あと少しでこの空間和離脱できる。先行しよう」
 ゲオルグが、待ち伏せていた一団に向けて、詠唱を始めた。
「司令塔トンボはあそこだな。なるほど。群体の中に隠れるか。まあ、貫いてしまえばあとはどうとでもなる」
 ゲオルグの持つ未完の物語をつづった書物には盛り上げるだけ盛り上げられたプロローグによっての行き場のない想念が積み重なっている。「続きを全裸待機」の積み重ねはシャレにならない。
 そのあり様が純然たる破壊に編み上げて、司令塔トンボを群体ごと吹き飛ばすのに行使された。
「さあ、後はすぐだ」
 いかつい容貌にとめどない慈愛を浮かべ、ゲオルグは先を促した。
 後は希望が浜の流儀で彼女には適切な治療が施されるだろう。少し時間はかかるかもしれないが彼女が健康を取り戻せるように、心優しい銀狼は願わずにはいられなかった。


 もうトンボの羽音は聞こえない。
 バクは、赤黒い夕映えから意識をそらせなくなっていた。
(新たな外敵の存在が生じないかの警戒も兼ねてではあるが、今回の発生した事が事ゆえに此度の件も故意に起こされた印象がある)
 懸念が後から湧いてきて、自分にできることはしておかねばならないと半ば義務感のようなものまで生じていた。
(もし術者か何かが此方を覗いているならば『澱眼』で弾き返す――ないしは呪詛返しも兼ね、詳しく見ていよう)
 バクのギフトをもってしても、ごく末端の事件に過ぎないこの場から黒幕の核心を突くにはあまりにも経路が細すぎる。普段ならできる判断が何者かに引きずられるように力をさらに開放しようとした時。
「こんなところ早く出ちゃいたい」
 すがるような声がした。
 チャロロから爆炎の残り香がする。右手にこもった熱はまだ残っている。苦手な虫におののきながらも懸命に戦っていた少年だ。
「なんていうか、そういうカンのないオイラでもこの景色は不気味に見えるから……」
 どろりと溶けて剥がれ落ちそうもない赤は、夜妖を排除しても変わることはない。
「悪い夢はもうおしまいにしようよ」
 行ったきりになるかもしれない。
 献身的な宗教者は、引き返せなくなるところまで踏み込む前に引き留められた。
 ようやく安らかな呼吸を取り戻した女子高生を「希望が浜という彼女の「現実」へ。
 今は帰ろう。迷子を安全なところまで送り届けるのが大人のお仕事だから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。皆さんの尽力により女子高生は救い出されました。きっと遠からず健康を取り戻せるでしょう。ゆっくり休んで次のお仕事頑張って下さいね。

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