シナリオ詳細
悲劇的少女は悪事がしたい
オープニング
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生まれた頃から、かなり不幸だったんですよ。
生後五年で不審火によって家が炎上。お父さんもお母さんもみんな死んじゃいました。
孤児になったので、貴族の下働きに雇われたら、翌日その貴族が他の貴族の謀略によって全員処刑決定。
命からがら逃げ出せば、辿り着いた先は流れの盗賊団のアジト。奴隷のように働かされる日々が続きました。
そう言う環境がこの歳になるまで延々続きましたら、ほら、ねえ。
……グレたくもなるじゃないですか?
●
「……っていう子が盗賊団から逃げ出して、現在フリーの盗賊として活躍しているのですよ」
「……成る程」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)の語り出しに対して、依頼の説明にと集まった特異運命座標達は渋い顔で頷いた。
自分が悪いのを環境や運やらのせいにするな、と言いたいのは山々だが、流石に此処まで不幸のオンパレードが続くと思わず口を噤んでしまう。
尤も、それが今現在の活動の免罪符になるとは言えはしないが。
「今回、『彼女』はとある貴族の屋敷に忍び込んで、或る高価な骨董品を盗み出したのです。
推測だと、このままではその骨董品が彼女によって闇市当たりに流れてしまうでしょうね」
「そうなる前に、ソイツを倒してモノを回収してくればいい、と」
まあ、ありきたりな依頼である。
そう考えていた特異運命座標らに、しかしユリーカは。
「いえ、その骨董品をぶっ壊してきてください。あと盗賊の子は逃がして欲しいのです」
──────はい?
硬直した特異運命座標たちの反応に、ユリーカは「ですよねー」と言った顔で詳細な解説を始める。
「先ほど、その盗賊の子が『活躍』していると言いましたが、それは額面通りの意味じゃないのですよ。
要は彼女が悪事を働く度に、必ず誰かが『その子によって助けられる』のです」
例えば、空き巣に入ろうとしたら火の不始末を発見して、近隣の住民と協力して消火したり。
通り魔強盗しようとした相手が変装した賞金首で、官憲に通報した挙げ句とっ捕まえたり。
身代金のために誘拐した子供が潜伏性の重篤な病気にかかっていたことに気付いて、子供の両親共々病院に連れて行ったり。
「……そんな感じで、毎度悪事を失敗させた挙げ句誰かが助かってるので、ついた二つ名が幸福を意味する『真珠』の盗賊、なのです」
「……おう」
特異運命座標達が返事に困った挙げ句、曖昧な応答だけを返した。
そりゃまあ頻発するアクシデントにも吃驚だが、先ほど聞いた生涯を送って尚、『防ぐ』『助ける』という常人並みのベクトルに意識が向くその盗賊の頭の中にも驚いた。
あとその子、悪事失敗してどうやって生活してるんだという疑問も。
「で、本題に戻るのです。
今回、その子は珍しく……というか初めて盗みに成功した訳なのですが」
「……いや、まさか」
「はい。その骨董品。実は所持する者に不幸を与えるという曰く付きの品なのです。
もし破壊した場合、中から特殊な魔物が出てきて所持者を殺そうとしてくるらしいのですよ」
……特異運命座標達が、天を仰いだ。
「彼女はその骨董品を闇市に流すつもりですから、まあ杜撰な扱いはしないと思うのですが……その、ねえ?」
皆まで言うなと頷いて、特異運命座標等は魔物の情報を聞いた上での相談に入った。
行動自体は褒められないが、それによって助けられた人がいる以上、見過ごすことも彼らには出来なかったのである。
●
「今日こそ……今日こそ!」
盗んだ家が見えなくなるほど走り続け、私は膝を着いてガッツポーズを取りました。
「長かったけど! 若干無理だろうなーって諦めかけてたけど! 遂に!」
『幻想』の道外れ。一人だけ過ぎった通行人が「何だコイツ」って目で見てますが、それすら今の私には気になりません。
だって、盗んだ品物は傍目にも解るほど高価な一品。
希少な金属と宝石をふんだんに使った小箱は、安く見積もっても家一軒は買えるんじゃないかという期待を私に抱かせてくれます。
「もうこれで浮浪者の人と一緒に教会の配給に行ったり、冬場に郊外の川で水浴びする日々から脱出できるんですね……!」
盗んだそれをうっとりと見つめながら言う私は、そうしてぐっと口を引き結びました。
「さあ、善は急げです!
あの家の主人が捜索し始める前に、早々とこれを売りに出し──」
て、と続けようとした私に、突然の強風が襲いかかりました。
両手に乗せる形で小箱を乗せていた私は、唐突な事態にそれを掴み損ね、
ぽろっ、
ばきっ、
がしゃーん、って感じで。
真っ二つに割れた挙げ句、飾られていた中でも一番大きな宝石が砕ける様を見て、私は硬直する……より早く。
割れた宝石を起点に、もくもくと黒い煙が立ち上りました。
「あ、これもしかして」と思う私の前に、煙から現れたのはコウモリの羽を生やした真っ黒い人型の何か。
『おらー、不幸の小箱割ってんじゃねーぞおらー、魂とか置いてけおらー』
「やっぱりいつもの流れじゃねーですかよちくしょぅ!?」
- 悲劇的少女は悪事がしたい完了
- GM名田辺正彦
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年07月21日 21時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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昼日中の雑踏は喧噪に満ちている。
日を問わずごった返す幻想の大通りの中を、とりわけ急ぎ足で進む八名は、それと解らぬ程度に、しかし物々しい装備と気配を横切る者の視界に映した。
「……盗賊を、守る」
一見には違和感のつきまとう依頼目的に、はて? と首を傾げたのは『狼少女』神埼 衣(p3p004263)。
此度ローレットの面々が受けた依頼は衣の言うとおり、『盗賊の救出』。ただし救う対象となる盗賊は、普通のそれとは大分毛色が異なっている。
「真珠の盗賊、ねえ。聞く限り根っからの悪人には見えねーな」
「はい! それにお話聞いただけでも不幸なのに、さらに不幸になんてかわいそうすぎます!」
事前に聞かされた盗賊の境遇から得た印象を口々に語るのは『機工技師』アオイ=アークライト(p3p005658)とピュリエル(p3p005497)の両名。
悪事を働いた相手に幸福を授け、不幸を退ける。不幸な出自の自称盗賊に対する感情は、大半が悪感的なものではなかった。
「結果的に人助けになっているとはいえ、己の不幸を免罪符とする輩はどうにも気に食いませんが……」
当然、こうした感想を抱く『自称・旅人』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)のそれもまた至極真っ当なもの。
一度や二度なら兎も角、立て続けにそうしたトラブルに遭うことを理解できたならば、その才を活かした生き方も出来ように。
「……私も善行ばっかりを積んできたわけじゃないから、あの女の子を非難できる立場じゃないけれど」
そんなヘイゼルに、訥と。
『牙付きの魔女』エスラ・イリエ(p3p002722)が、フードで隠した紙を僅かに掻き上げつつ、言う。
「悪事が失敗する背景にはやっぱり、悪事に向かない性格もあるんじゃないかって思うわ」
「ええ。本人にその気がなくとも、端から見れば偽悪主義者と取られても仕方のない善行です」
その性根も好ましいみたいですしね。そう言葉を返したのは『幻想乙女は因果交流幻燈を夢見る』アイリス・ジギタリス・アストランティア(p3p000892)。
件の盗賊が居るとされる場所に臨む面々の間、特異運命座標等が『彼女』に馳せる想いは大体が庇護と糾弾に分けられたが、その中で少しばかり変わったものが、
「真珠の盗賊さん、ですか。
私が転ぶ事で……誰かを救っているのかもしれないという希望を感じさせてくれるというか……」
「どこか私と似た境遇の人……いえ、彼女は結果に囚われず、ずっと自分で生きることを選択し続けている、強い人」
──親近感。
生来の不幸を未だに背負い続ける『Life is fragile』鴉羽・九鬼(p3p006158)と、『特異運命座標』ミシュリー・キュオー(p3p006159)。特にキュオーの側はその境遇が特に似ていることもあり、他の面々より強い決意を抱いていた。
眦は吃として。見えた目印、道外れに面した酒場の看板を見つけた特異運命座標達は、歩調を更に早めて人気のない通りに入り込む、と。
『おらー、ちょこまか逃げてんじゃねーぞおらー』
「逃げるわー!? 生まれてこの方不幸ばっかで人生終わるなんて御免なんですよちくしょぅ!?」
立派な爪の生えた黒いヒトガタが、通称『真珠』の盗賊に向けてぶんぶか腕を振るってる姿が。
「……うん、本当に悪魔ね。見た目」
最早解りきっていたとも言える展開にエスラがぬぼーっと(当然得物を抜きながら)感想を述べる。
「わー?! 特殊な魔物が悪魔だなんて、なおさら許せません! まず悪魔をボコボコにします!」
苛立つ悪魔を更に挑発するかの如く、ピュリエルがびしっと指を突きつけて戦いの合図を鳴らしたのである。
「ちなみにピュリじゃなくて、みんなが!」
「其処は嘘でも格好つける場面じゃないですかね!?」
……締まらないなあって、多分、みんな思ってる。
●
斯くして、若干ぐだぐだしながらも戦いは始まった。
前、後衛陣は道外れに於ける自身等の立ち位置を把握、即座にその場所を確保すると同時に、アオイ、ピュリエルの両名が転んでいる盗賊に駆け寄って迅速な保護を行う。
「ななな何ですかあなた方! 遂に私もお縄ですか!?」
「落ち着け。今回は助けに来ただけだ」
べち、とデコピンを叩き込みつつ、アオイが淡々と盗賊に告げる。
「例の魔物。アレはアンタが解き放ったな?
アイツの標的はお前だ。大通りに逃げようとしたらアイツらもお前を追っ手くるぞ」
言うが速いか、その言葉の意味を悪魔自身が目に見える形で答える。
『一人に対して九人がかりとか卑怯だと思わねーのかおらー、増援だおらー』
「非武装の女の子に襲いかかった身で良くも言えますねえ……」
呆れ半分のヘイゼルの前に姿を現したのは、先の悪魔を更に小さくデフォルメした眷属が複数体。
陰湿な笑みを浮かべたそれらが舌なめずりして、そこそこに数の多い獲物達へとその爪を走らせれば……
「ご安心を、死なせませんよ」
──狼狽する盗賊に向けて、怜悧な声がやけに響いた。
充填した魔素を手にした杖に込め、振るうと同時に毒々しい色の煙が眷属達を覆う。
自身の体内に於ける魔素の変換に於いて、アイリスに追随する者はそうそう存在しない。
戦士であれば精撃とも言える毒煙の展開に眷属等が逃れるはずもなく、『会心の一撃』は唯の一撃で半数近くの眷属を倒れ伏させる。
「……仕事が楽になって助かるわね」
「偶然ですけれどね。今のは」
次いで、エスラも。
「この子がいたおかげで救われた人達がたくさんいるの。魂を奪うだなんて許さないわ」
殺傷用の杖をひとまず下げ、繊手から出だした魔力の糸が悪魔本体を狙う。
『ちまちまとうっとうしいぞおらー』
「それが嫌だというのならば、大人しくお縄につきなさい!」
一度目はかわされたが、しかし。
ミシュリーが悪魔の視界の端から飛ばした二本目の糸が、悪魔の腕を絡め取った。
捕らえたそれを、離すものかと糸を強く握る彼女へ、生き残った眷属等が走るが、
「……此処です、イン!」
『やれ、食い出のない小物だが、無いよりマシか』
歎息は手にした刀から。ギフトを解除し、虚空から発現したが如く霊刀を抜いた九鬼が、体力の乏しい眷属一体を真正面から両断した。
近づいて、断つ。一つの業を徹底的に貫くという、九鬼が今回の戦闘で定めたスタイルは、攻めに強く、同時に護りと変化に弱い。
尤も、それは彼女が一人であればの話。
「……さーて、上手く動いてくれるかな?」
少し前に起こった『大きな戦』に因る負傷を引きずる衣は、しかしそれを感じさせない動きで残る二体の眷属に大剣を奔らせる。
ディスピリオド。鉄塊とも呼べる長重量のそれから、しかし速さで勝るはずの眷属が逃げおおすことは出来ず、刹那の後には只の肉片が。
僅かに手を空かせて、煙草を一服。流れるような所作はどう見ても怪我人のそれとはほど遠いものだった。
『人の子分を全滅させてんじゃねーぞおらー。容赦とかねーのかおらー』
「ご冗談を。『未だ現れる』『尚も増える』と知っているからこそ、私達は一寸も手を抜けないのですよ」
そして、ヘイゼル。
手にした棒──『【0】』と名付けられたそれが、弓弦も無しに強くしなった。
束ねるは怨霊。それを一条に込めて撃てば、貫かれた悪魔の体内でアイリスとミシュリーの毒が加速する。
表情には何の変化もなく、しかし傷口から流れる夥しい黒の液体は、その威力が眷属の死亡による回復量を確かに凌駕していることを教えてくれた。
『これっぽっちも手加減できねーぞおらー、どんどん子分を呼ぶしかねーぞおらー』
当然、悪魔の側もやられたままではない。
生み出した眷属の数は先ほどより更に多い。終ぞ攻撃と呼べる行動に移れた眷属の一体が、真珠の盗賊目掛けて飛びかかる。
「っ! ピュリに、おまかせです!」
身を縮める盗賊に対して、前に出たピュリエルが一身に攻撃を受けた。
削れる装甲と、爆ぜる部品。その損傷の何れも問う愚は侵さず、ただ彼女を守ることだけに専念する。
その正しさを、証明するかの如く。
「最初に言ったろ。助けに来たんだって」
ホルスターから抜いた魔力銃に、自作の特殊弾頭を込めてアオイが言った。
躊躇いもせず、それを味方に撃つ。「はあ!?」叫ぶ盗賊を尻目に、撃ち込んだピュリエルの側は、弾内の薬液と外装である注射器を変換して自身の装甲を補填した。
回復手と呼ぶには異色の手段を目の当たりにしつつも、当のアオイはそれを気にした様子もない。
「こういう事だ。アイツは俺達が必ず倒す。
だからお前は、被害を拡げさせないため、大通りには逃げるなよ?」
傷んだ悪魔、意気軒昂な面々。
それらを漸く頭に叩き込んで──盗賊は地面に座り込んだまま、降参と言った様子で両手を挙げたのであった。
●
戦闘の流れ自体は、それほど難しいわけではない。
最序盤にピュリエルとアオイが真珠の盗賊を保護した後、彼女を悪魔から引き剥がして戦場を構築。
以後、範囲攻撃に長けたアイリスとエスラが生み出される眷属を纏めて攻撃、残った面々は討ち漏らした眷属、乃至単独となった悪魔への攻撃を積み重ねていくと言った作戦だ。
逐次その数を削りきり、空いた手数で悪魔を攻撃する。倒す方法は数有れど、当初彼らが決めていた作戦がきちんと為されていれば、この依頼に於ける戦闘自体はさして難しいものではない。
──その筈、なのだが。
「こ、のぉっ!」
荒いだ呼吸のまま、しかし所作だけは変わりなく、九鬼が何度目に至るかの剣閃を見せる。
両断されたのは眷属。しかし一体を倒して後、未だ残る数は少なくない。
その理由は明白。この作戦においての肝となる部分が食い違っていることに起因する。
「射程内にいるとは言え、流石にコレは……!!」
つまり、範囲攻撃を撃つタイミング。
本来は各時経過毎にアイリスとエスラが交互に範囲攻撃を撃つよう取り決めておいたが、その摺り合わせが甘いが故、範囲攻撃を撃つタイミングと撃たないタイミングが重なってしまっていた。
結果として、両者が範囲攻撃を行わない場面に於いて討ち漏らした眷属らの数は加速し、対処は残る遊撃班が一手に背負う結果になる。
基本的に討ち漏らした眷属を優先、悪魔をその次として捉えていた遊撃班の面々も、それ故に悪魔に対する攻撃が行えずにいる。
「……大丈夫ですよ。もう少しだけ、待っててください」
襲いかかる眷属の数は、もう少しで二桁に届こうとしていた。その全てを庇い続けるピュリエルは、しかし笑顔だけでも絶やすことなく。
「ピュリが守って、護り続けて。
そうしたら、きっと皆さんが悪魔をやっつけてくれますから!」
「期待したい所ではあるけどな……!」
同様に、真珠の盗賊を護り続けるアオイは、既に可能性(パンドラ)を消費し終えていた。
冷えた肌を伝う夥しい血を拭い、到底足りない回復弾を、せめてもの助けにと放ち続ける。
「流石にキツいぞ、このままだと!」
「んー……、ちょっとばかり消極的に過ぎたかなあ」
吸い終えた煙草を地面に捨てつつ、愚直に大剣を振るう衣はその表情に疲労の色を微かに浮かべるのみ。
それは眷属が襲う対象が、あくまでも盗賊に絞られていることに起因する。自然、遊撃班や後衛班の傷はほぼ全くないと言って良いが、増え続ける敵を前にすればそれは何の慰めにもならない。
範囲攻撃の外にいる眷属を攻撃するという方針が、この状況下では一種の制限となって彼らを苦しめていた。
『いい加減こっちも辛いぞおらー、とっととくたばれおらー』
「ああ、もう! 暢気な口調で厄介なことこの上ないわね!?」
叫ぶエスラが、構えた呪骨杖を起点に遠術を起動させる。
戦闘開始時から現在まで、後衛陣の攻撃は範囲にしろ単体にしろ、そのほぼ全てが悪魔を起点にして放たれている。
乏しいながらも、積み重ねられたダメージは確かに蓄積していた。
「今更、決意を飲み込む真似は無様ですからね……!!」
アイリスも同様に。手挟んだ複数の小瓶を躊躇うことなく投擲すれば、ぶち当たり、零れた中身が悪魔の身体を確実に溶かしていく。
目前に届く命。それを砕くよりも、しかし、早く。
双手が落ちる。ピュリエルとアオイ。唯二人の庇い手のそれが。
──「自身の傍についていた者が倒れた」。
危機が訪れるより前に逃げだそうとした盗賊はしかし、大通りを往く大勢の人間を見て、その動きを一瞬躊躇する。
それが眷属から逃げる際の障害としてか、或いは自身の失態に巻き込むことに対しての罪悪感かは、解らなかった。
そして、その逡巡が命取り。
戦闘と共に膨大な数となった眷属らの内一体だけ、盗賊に追いついた者が、逃がさじとその爪を振るい、
「まだ、です……!」
「……悲劇の宿命を、断ち切ってみせましょう!!
……それを庇ったミシュリー、そして九鬼から、多量の血が零された。
状況を見て臨時のカバーリングを務めようと考えていた彼女らの存在が、此処に来て輝く。ほぼ確実に仕留められていたはずの獲物に、悪魔が臍を噛んで更に眷属を呼び出す──よりも、早く。
「戦術眼は高く、自他の役割もきちんと把握している。
雑な呪いながら、苛立たしいほどに此方を追い込んでくれたものですが」
それも、此処まで。
ヘイゼルによって胸元を綺麗に撃ち抜いた矢から、呪いが溢れ、悪魔を喰らう。
そうして、遂に悪魔がよろける。
『こんな、ところで……消えられるか……おらー』
地に身体が倒れるよりも、末端から急速に灰となっていくその身体は、数秒と経たぬ内に霧散していくのだった。
●
真珠の盗賊が割った小箱は、あの戦闘の最中にありながら思いの外無事な形で回収された。
ヘイゼルと九鬼が責任を持って小箱を回収する傍ら、衣が周囲を見渡した。
「……で、あの盗賊は?」
「え?」
言葉を返したアイリスが周囲を見れば、其処に人影は居ない──否。
「何か良くわかんないですけど! とりあえず! 助けてくれたことには礼を言います!」
大通りをすぐ真後ろにした、道外れの出口にて。
恐らくはスキルかなにかだろう。気配を殺して何時でも逃げられる場所に立った真珠の盗賊は、特異運命座標達にびしっと指を突きつけながら大声で叫んでいた。
「でも正直、この場から逃げなかったことをその礼として貸し借りなしにして欲しいんですけど! マジで怖かった! あの庇い手も癒し手もない状況下で裸一貫で立ち続けるの!」
「あー……まあ、其処は、うん」
傷だらけのアオイが頬を掻き、彼女に礼を返す。
実際、本当に苦戦したのはあの悪魔を倒して以降の話だ。
長期化した戦闘によってエスラとアイリスの気力は完全に枯渇。それでありながら悪魔が倒されるまでに増えきった眷属は未だに盗賊を狙っていた。
ピュリエルとアオイが倒れた以降は九鬼とミシュリーがその役を代替したが、それとて十を超えた眷属から長時間守り続けられるはずもなく。
盗賊に致命打が届くよりも早く眷属を倒し終えたのは、偏に遊撃班の活躍の賜物と言って過言ではなかった。
「……で、其処の盗賊はこれからどうするの?」
一同から少し離れた場所で。煙草の煙をくゆらす衣が、視線を遣らずに声だけで問う。
「どうって、私は変わりませんよ。
盗んで、奪って、稼ぐ。それだけですけど」
「それ一度も成功実績在りませんよね?」
「うっせーですよちくしょぅ!?」
アイリスの容赦無い突っ込みに半泣きの盗賊へ、エスラが言葉を探り探り彼女に言う。
「……更正しなさい? あなたの性根は善行向きよ。
お仕事としてやれば報酬もあるし、良いことをしようって言うのなら私達だって力になってあげられると思うから」
「……むー」
一瞬、考え事をするように俯いた盗賊は、しかし。
「……私は、良いことがしたいわけじゃ、ないです」
自分に言い聞かせるように、少しだけ、忸怩たる表情で首を振った。
この場の翻意は難しそうか。そう考えたエスラが素直に引き下がると、おずおずと前に出た九鬼が盗賊へ言葉を掛けた。
「その、盗賊さん。私は比喩ではなく、実際に死ぬ程運が悪いですが……良い事をして笑顔で居るおかげか、幸運も来るんです……!」
「……それが?」
「だから、悪い事をしていたら……折角の幸運もまた落としてしまいますよ?」
言った彼女に、しかし盗賊はからからと笑う。
「それで、いいんですよ」と。何かを、或いは全てを悟りきった顔で。
「ピュリは天使の模造品なので真珠さんに加護もなにもあげられないですが、きっとあなたにはいつか光が差します」
「お、おう。いや私ワルモノなんですけど、光とか言われても」
「大丈夫です! 悪行をしたとはいえ、心根まで悪人には見えませんので! 」
「人の失敗を良し様に捉えやがってお前らー!?」
覚えてやがれー! と言って逃げ出す盗賊に、けれど刹那、ミシュリーが声を掛けた。
「……私はあなたが生きていてくれて、それがうれしいです」
それに、一度だけ盗賊は足を止めて。
「なら、貴方も生き続けてくださいね」
そう言って、その場を後にする。
一瞬、意味を掴みかねたミシュリーは、その意図に気づいて微かにはにかんだ。
──「私も、貴方達が生き延びてくれたことが、嬉しかったんですよ」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加、ありがとうございました。
GMコメント
GMの田辺です。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・下記『悪魔』の討伐
・下記『真珠の盗賊』を重傷・死亡状態にしない
●場所
『幻想』の道外れ。滅多に人が通らない一本道。時間帯は昼。
特別広いと言うわけではありませんが、少なくとも参加者の皆さん(と、『真珠の盗賊』)が前、後衛を構築する分には支障はありません。
一本道を出ると人の多い大通りに出ますが、『悪魔』は『真珠の盗賊』を殺すことだけを目的に行動するため、『真珠の盗賊』が大通に逃げ込まない限りは他の人に被害は出ないでしょう。
戦闘開始時、参加者の皆さんと『悪魔』の距離は20m、『真珠の盗賊』との距離は15mあります。
●敵
『悪魔』
コウモリの翼、真っ黒い人間型、山羊っぽい角を生やした魔物です。体長2m。
『真珠の盗賊』を殺すことを目的に行動します。フィジカル面は継戦能力に優れた防御型。
以下、スキル詳細。
・飛行能力所持
・眷属召喚(戦闘中、反応判定前に自動発動。「現在存在する『眷属』の数×2+1」体の『眷属』を『悪魔』の周囲3m以内に配置します)
・眷属喚起(副行動。『眷属』一体を『悪魔』の周囲3m以内に配置します)
・眷属招来(主行動。『眷属』「1d100÷10(端数切り捨て)」体を『悪魔』の周囲3mに配置します)
『眷属』
上記『悪魔』に因って呼び出される配下達です。見た目は『悪魔』がそのまま小さくなった感じ。体長50cm。
フィジカル面は物理/神秘攻撃力と命中力特化。攻撃方法は単体対象の近距離物理攻撃と遠距離神秘攻撃の二種類。
スキルですが、自身の死亡時、『悪魔』のHPを一定値回復させる能力を持ちます。(飛行能力は有してません)
●その他
『真珠の盗賊』
年齢10歳。ボロボロの身なりをした少女の盗賊です。
盗賊と呼ばれていますが、実際は自身が益を得る悪事なら何でも行う悪党。尤も、その全てが失敗した挙げ句、寧ろ相手に利益を生じさせています。
名前の由来はハンス・クリスチャン・アンデルセン作の『最後の真珠』より。
戦闘能力はほぼ無し。反面盗賊団で生きていたため小器用な作業になれており、多様な非戦スキルを所持しています。
それでは、参加をお待ちしております。
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