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シナリオ詳細

いい趣味をしてるじゃないか

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●はじまり
 泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いていたらある日突然おなかがすいた。
 わたしこんなにかなしいはずなのにおなかすいてる。
 わたしこんなにくるしいはずなのにおなかすいてる。
 ずっとずっとあのよるのままだとおもってたのに、あさがかってにやってくる。
 そうかんがえたら、ぜんぶどうでもよくなった。
 だったらたのしいことをかんがえていよう。たのしいことだけかんがえていよう。とーさま、とーさま、いつかわたしをむかえにきてね。すてきなどれすをもらったの。みどりのひらひら、あかいおび。しすたーが、きんぎょみたいにむすんでくれるの。
 とーさまとーさま、わたしのしにがみ。みせたいな。はやくわたしにあいにきて。

●静寂の海にて
 叩きつけるような雨が降っている。雨は海面を濡らし、無数の波紋を描いている。その影はゆっくりと北上していた。桃色がかったアッシュグレイの髪、半ば閉じられた金色の瞳。海の上をすべるように波音ひとつ立てず、その魔種はふらふらと風に流されていた。
「おい待て、話を聞け」
 上空からもうひとつの影が降りてきた。赤黒い粘液質のなにかで形成した蝙蝠のような翼を背負った魔種だ。左足は吹き飛ばされたのか根元からない。彼は一本しかない脚を器用に組むと、ふらつく魔種の前で空中に腰かけた。
「私は無視されるのがこの世で三番目に嫌いだ。もう一度聞く、おまえは誰を探している?」
「……」
 もう一体の魔種はけだるげに空へ浮かぶ魔種を眺めると、薄く唇を開けた。
「……だれを、さがしているんだったかな。だがだれかをさがしているんだ。それはほんとうなんだ」
 独り言のリズムでそう言うと、もはや眼前の魔種から興味は失せたようだった。進路を変更し、またふらりふらりと海の上を滑っていく。その上腕には鱗が、首には鰓の痕がある。もとは海種だったのだろう。
「無視は嫌いだと言ってるだろうが。ところでその探し物、私が手伝ってやろうか?」
 片足のみの魔種が言う。その一言はすくなからず、だるそうな魔種の琴線に触れた。彼は移動をやめ、空でふんぞりかえっている魔種へ顔を向けた。
「こころあたりが……あると?」
「ああ、あるとも。私についてくるがいい、カムイグラだ」
 そう言って笑う魔種は蝙蝠の翼を広げた。ばさりとぐちゃりの中間の音が立つ。
 二体の魔種が遭遇したのは偶然だった。しかし魔力の大半を失っている空飛ぶ魔種は、己が封じられている間にイレギュラーズが比べ物にならないほど進化していることを、天義で、そして豊穣でその身に叩き込まれた。いったんは静寂の海へ身を隠したものの、この先どうするかを考えあぐねていたところ、このぼんやりした心ここにあらずといった魔種と出会ったのだ。一目見てその力量を見抜いた彼は、自分の代わりにこのけだるげな魔種をあのにっくき忍どもへぶつけることにした。
 それに……。
(よしんば襲撃が失敗したとしてもかまわん。その時は弱ったこいつを食らい、魔力を回復してやる)

●幕間
 黒影 鬼灯(p3p007949)は目を覚ました。朝だ。まだ起きる時間には早い。となりでこんこんと眠る章姫のために布団をかけなおし、やさしいまなざしで彼女の頭を撫でる。それから浴衣姿のまま庭に降りていった。下駄をひっかけ、からころと音を鳴らしながら炊事場の裏へ行くと、そこでは血のように赤い髪の少年が井戸から水を汲んでいた。ベネラーだ。

 孤児院の子どもたちは魔種の追跡を逃れるため鬼灯邸にて保護されている。
 だがそれも万全ではないと、前回の魔種襲来で思い知らされた。

「……」
 一心不乱につるべを動かすベネラー。しばらくその後姿をながめていた鬼灯は、なんとなくおどろかしてみたい衝動にかられた。
「わっ」
「わあああっ!」
 すべりおちる器、バシャンと水音が聞こえる。
「び、びっくりさせないでくださいよ鬼灯さん」
 へちょりと眉をハの字にしたベネラーが抗議する。
「はっはっは、すまないすまない。いやいや、ベネラー殿が当番を先食いしてしまうからやることがないと文月と葉月がぼやいていてな」
「あ、そうなんですね。すみません。なんだか寝付けなくて」
「三ヶ月も?」
 言葉の刃がベネラーの喉元へ突きつけられた。鬼灯は別人のように冷ややかな瞳でベネラーを見つめている。
「暦の諜報力を見くびらないほうがいい。ベネラー殿が一睡もしていないのは誰もが知っている。食事の量も日に日に減っているな。普通の人間ならとうに参っているはずだ」
 ベネラーは黙り込んでしまった。暗い、深淵のような赤い瞳が鬼灯を見返している。
「僕、僕は……」
 なにか言いかけた、その瞬間に鬼灯はベネラーの頭へぽんと手を置いた。じんわりとぬくもりが伝わってくる。
「というわけだから、もっとうまくやりなさい」
「はい?」
 面食らったベネラーへ、鬼灯はいたずらっぽく笑いかけた。
「ベネラー殿の様子がおかしいことなど、この屋敷の誰もが知っている。知っていて受け入れている。俺たちも、あの子たちも」
 なでなで。鬼灯はくしゃくしゃとベネラーの雑に結った頭を撫で回した。
「だからもっとうまくやればいい。食事はきちんととって、夜は寝たふりをする。それだけでだいぶ違うぞ。これまでどおりに暮らすのは大変だろうが、おいおい着地点を見つけていくといい」
「鬼灯さん……見逃してくれるんですか、こんな、いつ魔物になるかわからない僕を」
「見逃すなんて言ってないぞ。うまくやれと言っているんだ」
 まあなにせ俺は大人だからな、ずるいんだ。鬼灯はにっと笑った。

●豊穣にて
「――で、キミの頭領は相手にしなかったというわけかな」
「聞いてはくださっていると愚考する次第でございますが、その後もあの子を含めた孤児院の子を保護するの一点張りで……。頭領には頭領のお考えがあってのことでございましょうけれども」
 神無月から世間話という名の愚痴を聞いていた武器商人(p3p001107)は「旦那らしいね」とだけ答えた。
 縁側の座布団に座り、お茶と一緒に練り切りを食す。庭では暦たちが鍛錬の名目で子どもたちと戯れている。
 如月はユリック相手にスパーリングをしているし、皐月はチナナとかけっこをしている。卯月と師走はさりげなく子どもたちが転ばないように目を配っており、霜月はまだまだ暑いからとセレーデと共に冷やした麦茶を配っている。長月はザスやリリコ、ロロフォイを集めてとうとうとなにやら語っている。大方のろけ話だろう。大人のそういう話は興味深いのか、子供たちも時折ツッコミを入れながら和気あいあいとしていた。
 その一方、縁側の隅では、ベネラーが固い表情のまま正座して膝の上に拳を乗せている。神無月は彼をちらりと眺め、囁くようにこぼした。
「もうすっかり呪いに食われてございますのにね、理性だけは人間のままでございます」
「その理性とやらがニンゲンをニンゲンたらしめる最後の楔だよ、神無月の旦那」
 神無月は霊視ができる。
 その霊力をもって渦中の少年、ベネラーを診た結果『あれはもはや人の姿をした魔物、一刻も早く退治すべき』そう判断し、頭領である鬼灯へ訴えた。けれども鬼灯いわく「まだ心まで魔物ではないのだろう?」……。神無月は唇をかんだ。
 彼にしてみれば、ベネラーはビースチャン・ムースというスライムの呪いが少年の形をとっているだけだ。今は彼に施された封印が機能しているとはいえ、いつ魔物の本性が理性を上回るかわからない。そして事実、ベネラーは過去に一度魔物と化し孤児院を襲った過去があるのだ。いまのベネラーは歩く不発弾だ。とつぜん暴発し、暦の仲間を、頭領を、そして誰もが敬愛する章姫を襲ってもふしぎではない。
(頭領は何をお考えなのでございましょう)
「もう一度確認するけれど」
 武器商人の声に、神無月はふっと我に返った。
「あの子は魔種ではないんだね?」
「ええ、それがせめてもの幸いでございます。魔種ではございません」
「しかも人間形態ならば通常の少年と能力は変わらない。ということは、いつでも始末できるという事だね」
「然様でございます」
「今の話、シスターにはしたのかい?」
「もちろん孤児院の院長へも致しました。……彼女は元から知っていました。わかっていて孤児院へ受け入れたのです」
「あの子の持つ理性の輝きに賭けたのだろうよ」
 その賭けは失敗に終わった。あの時、助けに入ったイレギュラーズがいなければ、孤児院は全滅していただろう。
「なのに子どもたちはベネラーに生きていてほしいと願っている。むずかしいねぇ」
 明日の天気の話でもするように、武器商人はつぶやいた。

 その時、にわかに空が掻き曇り叩きつけるような雨になった。
 屋根の下へ慌てて逃げ込む暦と子どもたち。
 やがて雲を切り裂いて、二つの影が落ちてきた。
「敵襲! 敵襲!」
 水無月が叫ぶ。暦たちが身構える中、二つの影は地面に激突する寸前でふわりと浮かび上がった。ひとつは片足のない、赤黒い蝙蝠の翼を背負った男、その姿には見覚えがある。先日暦たちがイレギュラーズと力をあわせて撃退した魔種だ。もうひとつの影は……。
「とーさま」
 セレーデがつぶやいた。ゆるいウェーブのかかった桃色の髪は濡れ艶めいて輝きを増し、光のない金色の瞳はまっすぐにその魔種だけを映していた。
「とーさま、とーさま!」
 その魔種は目をしばたかせ、ゆっくりと言葉にした。
「……だれ、だったかな」
「セレーデ、ダメだ! 口を塞いで奥へ逃げるんだ!」
 睦月がセレーデを抱え上げる。弥生が彼らを守るように立ちはだかる。それでも少女は叫ぶのをやめない。
「とーさま、とーさま、わたしよセレーデよ! まっていたのよ、ずっとずっと、まっていたの!」
「せれー……で?」
 魔種のこめかみへ針を刺したような痛みが走った。
「せれーで」
「そうよわたしよとーさま! おもいだして、わたしよ、セレーデよ! わからないの、わからないなら……!」
「睦月、はやくその子をこいつから離せ!」
 弥生がめずらしく声をうわずらせた。だが遅かった。遅すぎた。ダメだよセレーデ、ダメ、戻っておいで。子どもたちが口々に叫んでいる。しかしセレーデは愛くるしい顔立ちへ満面の笑みを浮かべた。

「よんで」

 雨が豪雨へ変わった。一寸先も見えないような激しさだった。魔種から発せられた不可視の衝撃に、睦月がたたらを踏んだ。
 するり。その隙にセレーデが腕から抜け出す。
 翠の衣装は裾が大きく割れ、そこから金魚のような桃色の尻尾がゆうらりのぞいていた。大きな尻尾を左右にくねらせながら、セレーデは”とーさま”のもとへ宙を泳いでいった。二体の周りだけを、しゃぼんで包まれたように雨が避けていった。こぽこぽこぽ。こぽぽ。雨からうまれた大きな水の塊が、宝石の連なりのように新たな魔種の誕生を祝福している。
「おや、当たりだったのか」
 片足だけの魔種が見つめ合うセレーデとその父を見つめ、翼をひるがえす。
「それでは、あとはどうすればいいかわかるな? 二体も居るんだ、しくじってくれるなよ?」
 片足だけの魔種は上昇し、雲の狭間へ消えていった。上空からこちらをうかがっているのがわかる。何かを企んでいるのだろうか。だが、いまはとにかく。
「とーさま、とーさま、またあえてうれしいわ。これでずっといっしょね」
「ああ、セレーデ。おもいだしたよ、おれのかわいいむすめ。さいかいきねんになまくびをならべてあげようとも」
「うれしいわとーさま、わたしにもおてつだいさせてね」
 いまや鬼灯邸の庭は呼び声が蹂躙する魔境と化していた。
 鬼灯が立ち上がり、臨戦態勢をとる。
「卯月と師走は子どもたちとシスターを連れて屋内へ退避。武器商人殿と……」
 鬼灯はあなたを見やった。苦渋の決断を下すときの目だ。
「来てくれるか? 魔種は……魔種だけは、滅ぼさねばならない」

GMコメント

みどりです。セレーデちゃん、反転しました。父親ともども成仏させてあげましょう。

このシナリオは「腐れた縁」の続きですが、前作を読む必要はありません。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5739

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

やること
1)魔種セレーデの討伐
2)魔種”とーさま”の討伐

●エネミー
とーさま 怠惰の魔種 本名不明
馬鹿な女に入れあげて人生棒に振った男の末路。練達のフィールドワーカーだった妻と結婚を機にアデプトで暮らし始め、セレーデを授かる。
しかし仕事がうまくいかない妻から深刻なDVを受け続けた果てに、反転。妻を殺害し都合の悪い記憶へ蓋をして行方をくらます。すべてを見ていたセレーデを置き去りに。
ステはバランス前衛風です。回避と命中のほか、HPおよび防技抵抗の高さは目を見張るものがあります。EXAもほどほどにあり、複数回攻撃を覚悟しましょう。
うなばらのよすが 物自域 【識別】【氷漬】【怒り】【混乱】
たけるはとう 物至扇 【弱点】【封殺・大】【氷結】【自カ至】
かげはしるしぶき 自付与 【全ステータス・大】【瞬付】【副】
かみなるわだつみ 物至単 ダメージ特大 【邪道・特大】【雷陣】【崩落】【必殺】【追撃・大】【背水】

セレーデ
妄想の産物である”とーさま”と遊び暮らしていた少女。とうとう実父と出会い、自ら望んで呼ばれた。その魂は幸福の淵にいる。
ステは充填特化型。なりたてなのでまだ魔力の制御が上手くいってません、特にHPは魔種にしては低いほうです。
こころよせるおもかげ 神特レ R2以内の味方に【反応・中】【EXA・中】【復讐・大】
こころゆらすおもいで 神遠単【HP回復・大】【BS回復・大】【AP回復・中】【治癒】【光輝・特大】
こころふるえるあしおと 神中範【防無】【ブレイク】【絶凍】
P・くだけたこころ 怒り無効 精神無効

●味方NPC
『暦』
特に指定がないかぎりこの2人が戦場に立ちます
暦のスキルはなんとなくこれ使えるんじゃないかなと思ったらで大丈夫です

オートで動く場合はこのようになります
睦月
 超分析相当の忍術
 Code Red相当の忍術 ※1発だけ
弥生
 スケフィントンの娘相当の忍術
 糸切傀儡相当の忍術 ※1発だけ

●戦場
セレーデととーさま、二体の呼び声が響く豪雨の中での戦いです。
豪雨により、命中、回避に若干のペナルティを受けます。
また、とーさまの呼び声によって【重圧】が、セレーデの呼び声によって【無策】が、毎ターン開始時に発生します。

●その他
・魔種 ????・???
赤黒い蝙蝠のような翼を背負っている片足の魔種です。ベネラーへビースチャン・ムースの呪いをかけた本人、本魔種?
ベネラーを研究の成果と称し、つけねらっていますが長年封印されていたため大幅にパワーダウンしており望みは果たせていません。今回は直接戦闘へ参加はしませんが、何か企んでいる様子です。

・『暦』とはなんぞや?
 鬼灯さんの関係者です。アルバム一覧からぜひ御覧ください。戦闘能力もあります。

・ベネラーってだれ?
孤児院の子どもたちの一人。本拠地は幻想だけども、ただいま孤児院の院生まるっと鬼灯さんの庇護下にあります。現在は亡き父の残した封印により人間としての意識を保っているけれども、呪いの除去は絶望的と神無月が看破。本人もうすうす感づいています。

・孤児院ってなに?
幻想の港町ローリンローリンにある名もなき孤児院です。フレーバー情報がみどりのGMページに載っています。

・セレーデってどんな子?
お時間のある方はこちらのSSをご覧になると「あー」ってなれるかもしれません。
武器商人とセレーデとリリコとあと『とーさま』の話
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/707
弥生と睦月とセレーデの話~死神~
https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/2074

・鬼灯ガード
どんな攻撃が来ようと鬼灯さんが身を挺して守るので、章姫さまはだいじょぶです。

  • いい趣味をしてるじゃないか完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年10月14日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

武器商人(p3p001107)
闇之雲
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)
叡智の娘
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
シガー・アッシュグレイ(p3p008560)
紫煙揺らし
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

リプレイ

●反転(はじまり)
 あの日突然気がついた。
 笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑ってばかりだったあの頃にはもう戻れないんだって。
 パパはもういない。ママを殺して逃げた。
 生暖かい血が顔にかかって、わたしはガクガク震えていた。一週間後に救助されるまで、わたしはうじが湧き腐っていくママを見ていたの。ママだったものが、ただの腐肉の塊になるところを余さず見ていたの。ママ、怖かったママ、恐ろしかったママ、わたしにも手を上げたママ。ガスコンロで顔を焼かれそうになりながら、お前さえ生まれなければと言われたの。でも大好きだった。親を嫌いになれる子どもなんて居ないの。愛を求めるほどに平手打ちを食らった。ママ、悲しいのね。ママ、苦しいのね。ママ、今は楽なの? しぬって楽になること? だったらやっぱりパパはママを愛していたのね。
 そうよね? そうだと言ってよ。
 ねえパパ。役立たず、無能、穀潰し、よくそう言われていたね。ママから。気弱に笑う寂しい背中。パパも苦しかったんだよね。わたしがもっと大人だったら、ふたりの気持ちを受け止めてあげられたのに。きっとそれができるのはわたしだけだったのに。わたしには何もできなかった。何もできなかった。何もできなかった! わたしがあとすこし大人だったら! 後悔、後の祭り。心が砕けていく。涙はとうに流し尽くした。
 絶望はこんな味なのね。もう胸の中は真っ黒よ。だからたのしいことをかんがえていよう。たのしいことだけかんがえていよう。パパ。ぱぱ。とーさま、すてきなおひと。やさしくてつよくてあたまがよくて、だれよりもわたしをあいしてくれるひとが……いつかきっとむかえにきてくれる……。そんなたのしいゆめを……。


 土砂降りの大雨だった。雨は視界を妨げ、足場を危うくする。
『スモーキングエルフ』シガー・アッシュグレイ(p3p008560)はあっというまに濡れそぼった前髪を払い、いつもの癖で煙草をつけようとして苦笑した。
「こんな雨の中じゃ火種も何もないな」
「あるであります目の前に。特大のがふたつも」
『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)がシガーの独り言へ返事をする。
 希紗良は敵対心をあらわに二体の魔種相手に戦闘態勢をとった。呼び声がうるさい。寄せては返す波のように響くそれは希紗良の頭を重くさせる。まるで万力で頭蓋を締め付けられるかのようだ。
(アッシュ殿にお声がけいただいた縁で赴いた先で、斯様な事態に遭遇するとは……)
 小さく息を吐きながも、希紗良は魔種から目を離さない。
(セレーデ殿、とーさま。初めてお会いするのが反転の現場とは、もし違う出会いがあれば、いや考えても詮無きこと……各方の表情に察するものはあれどキサにはわかりませぬ。なれど、把握していないキサだからこそ、できることが有る筈)
 しだいに殺気を高めていく希紗良に対して、シガーはのんびりとした風体を崩さない。しかしその瞳を見れば、彼の中へゆっくりと怒りが蓄積されているのがわかる。
「なかなか複雑な事情のようだが……魔種になっていまったのならば、致し方なし。本来なら感動の再開となる場面だろうに、その結果が殺戮の嵐ではねぇ」
 シガーはしなやかな首を巡らせ、鬼灯の屋敷を見上げた。そして戦場に立つ弥生と睦月を眺める。
「弥生くんたちに久しぶりに合うついで、希紗良ちゃんといっしょに孤児院の子らの相手でもしようと思った結果がコレとは。魔種は往々にして悲劇を起こすものだけど、子どもが巻き込まれるのは……」
 シガーは一瞬だけうつむいた。口さみしいのか、唇を親指で撫でる。
「せめてこれ以上被害が拡大しないよう尽力するとしよう」
 シガーは一瞬だけライターを振って火種を起こすと、腰を落とし鯉口を切った。硬い音が雨に飲み込まれていく。
「そうであります。『魔種は滅ばさねばなりませぬ』故に、持てる力の全てをこの場にて。いざ、参るであります!」
 希紗良もまた鬼渡ノ太刀を抜く。
 それを見たとーさまがねむたげにくびをかしげた。
「……なん、だったかな。きみたちは。ふつうのにんげんとは、けはいがちがうようだが」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)がそれを聞いて口角をあげた。濡れた様子のない衣装が異彩を放っている。
「特異運命座標。またの名をイレギュラーズ。この世界の特異点、パンドラを集め世界の崩壊を防ぐ者、ということになっている」
 そして、と武器商人は続けた。
「キミたちは魔種。この世界の滅びを加速させるモノ」
「ふぅん?」
 とーさまは興味なさそうにつぶやいた。
「いれぎゅらーず、いれぎゅらーずか。まあいい、すぐわすれる。そのころにはしたいにかわっているだろうし」
「ずいぶんな自信だね。死体に変わっているのはキミたちかもしれないよ」
「ありえないなあ。きみたちがむすめへきがいをくわえるというなら、おれはだまってられない。それだけだ」
 おだやかにそう返したとーさまは、目の前の脅威など、心底どうでもよさそうに見えた。
「……嵐の中へ我が子を晒しておいて、それでも親なのか。どうなんだ」
『女神の希望』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)は静かに語りかけた。その瞳には怒りが滲んでいる。とーさまはあくびをした。リウィルディアは紫炎の瞳をセレーデへ向け、短く問う。
「こんなものを、それでも父と慕うのか?」
「こんなもの?」
 セレーデはだっこをねだるように、とーさまの首へ腕を回した。
「わたしのだいじなとーさまをこんなものだなんていわないで。かなしくなるわ」
「そうか。セレーデにとっては間違いなく父なんだな。それがついさっきまで記憶を失っていたようなでくのぼうでもね」
「ひどいわ。ひどいわ。やっとあえたのよ。きおくなんてかんけいないわ」
「ああそのとおりだなセレーデ。あいしているよ」
 とーさまがセレーデの額へキスを落とした。微笑み合う親子は仲睦まじく、即席ではない深い絆を感じさせた。
(ばかばかしい、ついさっきまで名前も忘れていたくせになにが『愛している』だ)
 狂った思考回路を見せつけられたようでリウィルディアは怒りで目がくらみそうになった。猛る心をやり過ごし、しずかに深呼吸を一つ。己を鎮め、集中する。
(まあ、暴雨で削り果てようと僕には関係のないことだ。その前に、ここで仕留めるだけ)
『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は魔種二体の雰囲気に寒気を感じた。お互いにお互いを見る目は親と子のそれではない気がしたからだ。なんというか、まるで、恋人のような……。うっすらとおぞましさを感じ、出会わなければどれだけよかっただろうと思わざるをえない。
「再会……か。魔種でなければ喜べたものを。だがなってしまったものは仕方がない。戻す手段を持たない私達にできることは一つだけだ」
「魔種、倒すべき敵、なのですよね……」
「ああ、そうだ」
『花盾』橋場・ステラ(p3p008617)のつぶやきに、ゲオルグはいらいらと答えた。濡れた服が肌に張り付くのがうっとおしい。ゲオルグは舌打ちしながら襟元をくつろげた。雨は容赦なく彼らの身体を叩いていく。
『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)が一歩前へ出る。
「魔種と戦う経験はまださほど……」
「……大丈夫なのですか?」
 ステラはじっと綾姫を見つめた。
「ご心配いただきありがとうございます。子どもを斬るということに思うところがないわけではありません」
 綾姫の視線がセレーデを捉える。幼い少女の姿をした、つい先程まで本当にただの少女だった、だがあれはもはや魔種だ。あの金魚のようないびつなしっぽがその証だ。少女は父の腕に抱かれたままうれしげに微笑み、なにごとかたわいものないことを父へ話しかけている。そのたびに父はいつくしみにあふれた眼差しでそれに応えていた。
「ゲオルグさんの言うとおり、魔種でなければ……」
 ステラは肩をすくめる。
「ええ、しかし縁ある方々には申し訳ありませんが、断ち切らせていただきます」
「拙にも思うところがまったく無い訳ではありませんが……全力で参ります」
 ふたりの姫は心を固め、敵意を込めて魔種どもを見据える。
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は悲しげな音色を立てていた。さやかな旋律が彼の衣装から流れ出している。
「……嬉しそうだな」
 それが嘘偽りのないイズマの感想だった。やっと会えたのだろう。彼らは幸福でいっぱいなのだ。しかし……。
「だが彼らにとっては幸福でも、俺たちにとっては地獄の始まりだ。であれば討伐するしかない」
 赤い瞳が冷たく輝き、音色が消え失せる。同情する時間は終わったのだ。闘争心あふれる血が流れ込み、イズマの心臓がビートを刻みだす。
「なるべく楽に死なせてあげるよ。逃げることも立ち向かうことも考えられないくらい、一瞬で」
『零れぬ希望』黒影 鬼灯(p3p007949)はじっと自分の手を見ていた。
 少女と触れ合ってきた日々は何者にも代えがたい思い出として、今も鬼灯の胸にある。けれども、終わりは来た。そう、終わってしまったのだ。
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)もまたまぶたを閉じていた。
 胸をよぎるのはかつて健在だった少女の姿。ころころと笑うその明るい声。かげろうのように懐かしい思い出が蘇る。次の瞬間、金属質な音が立った。ゴリョウの全身を重厚な鎧が覆っていく。両手の手足から始まり、腹を覆い、胸を隠し、最後に兜をもって歩く重戦車へと変身を遂げる。
「是非もねぇ」
 一言そう言い切り、ゴリョウは星のような金の光の粒が散りばめられた盾を地面へ叩きつけた。どんと要塞が動く。
 鬼灯は顔をあげた。
「セレーデ殿……そうか、お父上の所に行かれたか。しかし見逃してやることはできない。孤児院の方々も暦も章殿も必ず護り通す。故に必ずやここで仕留める。二人して黄泉へと送ってやろう」
 雨が降っている。悲しみが天より降り注ぐ。それでもなお顔をあげねばならない。なぜなら、彼は、彼女は、イレギュラーズだから。
「さぁ、空繰舞台の幕を上げようか」


「弥生はともかく……睦月」
「みくびらないでください頭領。私とて『暦』、何をすべきかはわかっています」
「……そうか」
 鬼灯はうなずいた。睦月はふだんよりも厳しい目元でセレーデを見やっている。その心中を思うと鬼灯も胸が苦しかったが、状況はもはやどうしようもない。反転した者が還ってきた例はないのだから。いまは乗り越えねばなさない、この苦痛を、この惨状を、惨劇を。悲しむのはそれからでも遅くない。
「では弥生とふたり、リウィルディア殿の護衛につけ。背後へリウィルディア殿を隠すようにしろ。それから味方がBSにかかった際には超分析でのフォローを」
「承知」
「二人を守るように弥生はやや前へ。セレーデへはスケフィントンを。もしリウィルディア殿に危険が迫った際は糸切傀儡で足止めを頼む」
「応」
 ふたりの忍はすみやかにリウィルディアの傍へと移動した。呼び声が聞こえてくるせいか、リウィルディアはつらそうだった。痛むこめかみを抑え、安心したように微笑む。
「ふたりがいてくれると心強いよ。ありがとう」
「いいえ、当然の務めです」
 リウィルディアの言葉へ機械のように平坦に答える睦月。そんな睦月を弥生は一瞬だけ心配そうな目で眺めた。
(……相当無理しているな。戦いへ影響が出ないように振る舞うだろうが終わったらどうなるものやら。奥方が心を痛めるような真似はしてくれるなよ、睦月)
 護衛対象が動揺しないよう、弥生はそれ以上の詮索をやめて前へ出る。
 対してとーさまとセレーデは楽しげにおしゃべりをしている。やわらかな声音とは裏腹に、だれの首から取るかを相談しているようだ。
 ゴリョウは吐き気がした。もはや彼の知っている少女はどこにもいない。その事実をあらためて突きつけられた気がした。どれだけなよやかに笑っていたとしても、ここにいるのは血に飢えた魔種。
 ゴリョウは姿勢を低くし、とーさまへ向けて猛然とタックルをかました。すさまじい霊圧で、ゴリョウの前方の空気が障壁のように赤く染まる。
「……ん」
 とーさまがセレーデを抱いたまま身をかわした。
「ぶははっ! いまのをかわすとはやるねぇ、こっちはどうだ!?」
 エルフ鋼の小手、手のひら部分へ力が集まる。ゴリョウはとーさまの肩を狙い、張り手をせんと大きく突きだした。しかし腕の内側を強く叩いて弾かれ、張り手は肩をかすっただけに終わった。
「ちっ、防御まで心得てやがるとはめんどうなやつだな!」
 鎧の中大きく顔をしかめるゴリョウ。シガーもまた苦虫を噛み潰していた。これでは援護に回れない。セレーデはいまだ父の腕に抱かれている。
「とーさま、だいじょうぶ?」
「ああ、かすりきずですらないよ」
「でもしんぱいだからしゅくふくしておくね」
 禍々しい紫の花びらが二体の魔種の周りを舞った。ちらほらと漂うそれは地につく前に消えていく。
「……強化しやがった」
 シガーは舌打ちをし、煙草がなくてよかったと自嘲した。どれだけ上等な葉でもいまは吐き出してしまいそうだった。
「鬼灯くん、どうしよう」
 章姫が鬼灯の胸元をギュッと握った。
「ふむ、ここは仕掛けてみるか。弥生」
「応」
 鬼灯と弥生、ふたりはまったく同じ印を組み、同時にセレーデを指差した。神話の娘の呪いを込めた矢が生成される。影でできた鋭い矢は、セレーデめがけて一直線に飛んでいった。しかし……。
「おれのむすめになにをする」
 父が娘をかばい、矢をはたき落とす。予想外の動きに鬼灯は目を丸くした。
「鬼灯くん……」
 鬼灯は返事の代わりに大事な嫁の頭を撫でた。
「まいったな、これでは動けん」
 ゲオルグの一言が状況を表していた。緊張をほぐすため、彼はゆっくりと息を吐く。
「いまのままでは攻撃するたびにとーさまが体力を減らし、やがては隠し玉をしかけてくるでしょう」
 ステラが現状を分析した。小さな拳を祈るように握り、ゴリョウの背へ視線を投げかける。
「まずいですね……とにかくあのふたりを引き離さないと、動くに動けません」
 綾姫がかぶりを振る。呼び声は相変わらずひどく、脳内をシェイクされているかのようだ。
「この呼び声、放置すると屋敷の中の子どもたちにまで届くのでは?」
 気をもんだイズマが勢い込んで隣の武器商人へ尋ねる。
「あァ。そうだね……」
 武器商人の表情は長い前髪に隠れて見えない。やがて独り言のように武器商人はうそぶいた。
「キミはさびしがりだからね、セレーデ。次はきっとあのコらも呼ぶだろう?」
 一瞬、まばたきにも満たない間、イズマは武器商人のまとう空気が変わったのを感じた。
「だから殺す。キミはここで、『めでたし、めでたし』となるのが幸せだろうよ」
 ふらついた希紗良が自分で自分の頬をパンと叩く。武器商人はその肩を優しく抱いてやった。
「待機というものは、こんなにもじれったいものでありますか……」
 雨が降っている。空の底が抜けたかのような大雨だ。
 イレギュラーズの作戦は、ゴリョウのショウ・ザ・インパクトにすべてがかかっていた。重責のなか、ゴリョウは両手を握りしめた。相棒は応援するようにガチリと鳴った。


「おおおおおおおおお! くらいやがれぇ!」
 次々とゴリョウの張り手が飛ぶ。空気を圧縮し、号砲の如き威力の張り手だ。とーさまは片腕でそれをいなし続けている。
(これが魔種か、つええな。セレーデもこんなんになっちまうのかよ!)
 父はだるそうにため息をつき、ゴリョウへ重い一撃。
「うぐっ!」
 あまりの威力に腹を抑えるゴリョウ。すっぱいものが胃の腑から逆流して口の中を不快にさせていた。だがその時、状況が動いた。
「とーさま、がんばって」
 セレーデがするりと父の腕から抜け出したのだ。
(勝機があるとしたら、ここしかねえ!)
 ゴリョウはセレーデととーさまの間へ無理やり割って入る。同時に精神を研ぎ澄ませ、ひときわ強い張り手を父の胸へ向かって叩き込んだ。
「ぐあっ!」
「とーさま!」
 父の体が毬のようにはずんで飛んでいく。すかさずシガーとリウィルディアが援護のために駆けていく。
「とーさまぁ!」
 セレーデが父へ向かい空を飛んでいく。しかしその眼前をごうとすさまじい力の本流が薙いでいった。思わず足を止めるセレーデ。
「あなたはここで終わる運命なのです。それが私達の総意です」
 綾姫の魔砲だった。そのあいだにゴリョウとシガーのダブルブロックが決まりリウィルディアが配置に付き、とーさまの包囲網が完成した。
「おっしゃあ! あとは任せたぜ皆の衆!」
「ああ、任されたとも」
 武器商人がセレーデの前に立った。わずかに声音を作り、身長差を利用して上から見下す。
「セレーデ、ママには逆らっちゃダメだって覚えてないの?」
 ひっとセレーデの喉が鳴った。
「ま、まま、まま、こないで……」
 セレーデがあとずさりながら魔力弾を生成し、武器商人めがけて打ち込む。その痛みに耐えながら、武器商人は小さく吐息をこぼした。かつて孤児院で共に時間を過ごした少女の面影はない。翠のドレスに無邪気に喜んでいた少女はいない。ここにいるのは過去に囚われた魔種だ。
(ならば利用させてもらうとするさ)
 武器商人が踏み出す。セレーデがさがる。
「助けてとーさま! とーさまぁ!」
 魔種は悲痛な叫びをあげていた。母のことは忘れていたいだろうという武器商人の読みはあたっていたのだ。
「セレーデ、おしおきされたいの? 黙ってちょうだい」
「や、あ、まま、まま、ぱぱ、とーさま! とーさまぁ! 助けて、助けてぇ!」
「セレーデ……」
 とーさまが動いた。じんわりと怒りをにじませており、見る者に無言の圧力をかけている。
「おれのむすめにてをだすな」
「ぶはははっ! かわいい娘か! ガキ一人ほっぽって逃げ出した甲斐性なしがよく言うぜ!」
「……あのときは、しかたがなかった」
「しかたないだあ? それがしれっと現れて父親ごっこしてもいい理由になるのかよ!」
「まったくだ」
 ゴリョウの言葉にシガーがうなずく。
「さっきのやり取り……娘の顔すら忘れてたくせに『おれのかわいいむすめ』とは、それは親として厚顔無恥にもほどがあるんじゃないかねぇ」
「こうがんむち……とは?」
「言葉の意味から説明しなけりゃならないのか?」
 シガーのセリフにとーさまは首を振った。
「いや、そのたんごはしっている。おれのなにがこうがんむちなのかわからない」
「……その態度だ」
 シガーは怒気もあらわに言い募った。
「親なら子を守るものじゃないのか。何よりも大切にするものじゃないのか。おまえには親としての自覚も責任も感じられねぇ。セレーデはな、反転してまで付いていこうとしたんだぞ?」
「おまえがなにをおこっているのかよくわからない」
 とーさまはふしぎそうに首を傾げる。シガーは奥歯を食いしばった。ギリ、と不快な音がした。
「あんたはまず、娘に対して謝るべきじゃあないかな?」
「あやまる? なにを?」
「忘れていたことをだ」
「なぜだ? セレーデがいってくれた、きおくなんてかんけいないと」
「仮にも親が、娘に甘えてんじゃねぇ」
「なにをいっているのかさっぱりわからない……セレーデがいってくれた。それでじゅうぶんだ」
 言うなりとーさまは大地を力強く踏んだ。みるみるううちに氷の膜が大地に広がり、ゴリョウとシガーの足元を覆う。同時にシガーの中で怒りが沸点に達した。
「わかりあえるかよ! あんたみてぇな無責任極まりないやつと!」
「止まって、シガー!」
 リウィルディアが叫んだ。後方から緑の光が飛ぶ。それは露ふくむ木の葉の嵐だった。嵐は足元の氷を溶かし、とーさまの作り上げた陣を消し飛ばした。我に返ったシガーは上段に振り上げていた熱砂の刃を青眼まで降ろし、包囲網を再構築する。
「たすかった、リウィルディア」
「いいや、大丈夫。癒やし支えるのが僕の仕事だ」
 リディルディアが大きく腕を広げる。激しい雨に打たれながら、おごそかに彼女は歌い出した。
「広げ給え玉の音を、導き給え霊の音を、我らに日々の糧を与える精霊よ、無事と平穏の価値を見出す死神よ、そのかいなを広げ瞳を閉じて我らがいましばらくこの世に留まることを許し給え」
 シャラシャラと銀の木の葉が舞い出した。
「恩寵に感謝する」
 リディルディアが手を差し伸べると、ゴリョウの傷が回復していく。
「ぶははっ! たまらねぇな、パワーがみなぎってくるぜ!」
「ああ、頼んだぞ。なにせ僕はとーさまから殴られたらひとたまりもないからな。それに……」
 リウィルディアはちらりとセレーデの側を見やった。
「合流されたら厄介だ」
「そうだな。俺たちが砦だ」
 シガーも首肯する。
 とーさまは不愉快げに顔をしかめ、おもむろに回し蹴りを放った。
「くおっ!」
 とっさに範囲外へ避けるシガー。ゴリョウは正面から食らった、否、受け止めにいった。脇腹へ食い込んだとーさまの足をガッチリとホールドする。とーさまは軽くジャンプして宙で体を捻り、拘束から抜け出した。
 血を吐きながらゴリョウが笑う。
「ほら、どうしたお父様。豚(しょうがいぶつ)一匹ぶち抜けねぇとか愛が足りてねぇんじゃねぇか!?」
「……」
 ゆらりととーさまが体を起こした。明確な殺意がその瞳に浮いている。一進一退、オークと魔種は踊るように攻防を繰り返す。リウィルディアがあせりだした。いかにゴリョウがタンクとして優秀でも回復量が足りない。ゲオルグがすばやくサポートに回る。
「よんでいる。セレーデが。おれを。おまえさえいなければセレーデのもとへいけるのに」
「ぶはははははっ! そう思うなら突っ切ってみろや! 『最短距離』をよ! せっかく出会えた娘が危機の今、急がば回るはねぇだろうよ! お前がホントに『父親』を名乗るんならなぁッ!」
「……いいどきょうだ」
 さらに苛烈な攻撃がゴリョウを襲った。


「ゆるして、まま、とーさまにあわせて。まま、おねがい、とーさまのところへいきたいの、ゆるして」
「ダメよセレーデ、あなたはここでじっとしていなさい」
 武器商人に相対する少女の魔種は、涙をこぼしていた。過呼吸気味のまま震えている。ひたすら宙を泳ぎ、武器商人に進むのを邪魔されている。あまりにも無防備で、隙だらけだった。魔種の中で、目の前に立ちふさがるのはかつて自分を虐待した母だった。ただ許しを乞い願い、怒りが鎮まるのを待つ存在だ。夢の中で暮らしていたセレーデは、現実などとうに置いてけぼりだった。だから気づくわけがなかった。ソレが母ではないことに。かつて共に遊び、慈しんでくれた存在だということに。
 綾姫がセレーでの背後を取る。そのまま一歩下がり、半身になった。
「――剣霊創成」
 周囲の塵が綾姫の周りに集まっていく。やがてそれは巨大で、重く、分厚く、幅広く、刀と呼ぶことすら恐れ多いような、大太刀へ変じていく。綾姫の集中力をすすり、力を、精神をすすり、大太刀は膨れ上がっていく。つきんとこめかみを針で刺したような鋭い痛みが走った。子どもを斬る、斬る……斬った、たくさん斬った、数え切れないほどの人を、数えるのも面倒になる人々を……「くっ!」。歯の間から短く息を吐きだし、綾姫は激しく頭を振るう。
「今は引っ込んでなさい、私の記憶……!」
 気を吐いて自分を立て直し、綾姫は大太刀を頭上高くかかげた。
「励起・黒蓮……!」
 空間が断裂した。裂け目から異界が垣間見えるほどに激しい斬撃だった。それはまっすぐに地の上を走り、あやまたずセレーデの左腕を根本から切り落とした。
「きゃああああ!」
 セレーデが叫んだ。魔種としての本能が働いたか、反射的に出現した氷の矢が綾姫を襲う。それは近くに位置どっていたイズマやステラも巻きこんだ。とっさに急所である目をかばった綾姫たちは、いつまでたっても思っていたような痛みも衝撃もやってこないことに気づいた。
「ルリルリィ・ルリルラ。ルララリ・ルゥルルル。彼の地より導かれてここへ至れ、吾は爾の理解者なり、吾は爾の親しき友なり、絶海の孤独にひとり座す君よ、どうかそのまなこへ吾を映し給え。さすれば吾、爾がために白き鳩のごとく歌わん」
 ゲオルグだった。彼が聖歌を歌い、受けた傷を片っ端から癒やしているのだ。
「感謝する、ゲオルグさん」
「なぁに、礼を言う暇があったら畳み掛けてくれ。背中は任せろ」
「そうだな……砕けた心はきっと治らない。壊れたまま在り続けるのは歪だ。呼び声が広がる前に、終わらせよう」
 イズマが気を練り上げる隣でステラも似た構えを取る。両者の攻撃は同じだ。ただ顕現させるためのトリガーが違う。
「回復手から潰すのが定石、ですしね。あんな、小さな、必死な子……でも、魔種、なんですね」
 ステラが苦悶のあまり唇を噛みしめる。しかしきっと顔をあげた彼女は既に戦士のまなざしだった。
「拙は尾を狙います!」
「わかった! 俺は残った腕を狙う!」
 二人の背後が大きく淀んだ。空間に穴が開き、その穴が広がっていく。漆黒の闇、その奥で熾火のように光る二対の眼。
「いきなさい!」
「いけっ!」
 ふたりが声を合わせた瞬間、空間の裂け目から二ツ首の竜が勢いよく現れた。その大顎でひとつめの首はセレーデの右腕を食いちぎり、ふたつ目の首は金魚のようなしっぽを食い荒らした。
「いやっ! いやああああああ! とーさまたすけて、たすけてえ!」
 無様に大地へ落ちたセレーデは、黒い血を吹き出しながら転がりまわった。泥が跳ね跳び、雨がピンクブロンドの髪が汚れていく。自慢にしていた翠のドレスも、いまや竜のアギトに寄ってぼろぼろになっている。にわかに怨霊のような紫の影が彼女の体を覆った。しかしそれだけだった。何も起きなかった。あいかわらず激痛は体をさいなみ、失った四肢は戻らない。
「なん、で……どう、して?」
「すまない、セレーデ殿。回復させるわけにはいかない」
 視線の先には鬼灯がいた。その指先はまっすぐにセレーデを指しており、彼女の腰へは鋭い影矢が刺さっていた。わずかながらも致命的なそれはたしかにセレーデを蝕んでいたのだ。
「いや、いやよ、やっと、とーさまに、あえた、のに……」
 ぜえぜえと息をしながらセレーデは這いずった。その前に影がさした。むりやり顔をあげてみると、希紗良が立っていた。
「……貴殿はお父上と離れて住んでいらっしゃったでありますか? ならば会えて嬉しいと思うは……。共に有りたいと思うは当然の事でありますよ」
 セレーデはほうけた顔で希紗良を見上げた。希紗良のほうはいまにも泣き出しそうな顔で、しずかに微笑んでいた。濡れた前髪から、しずくがほたりと落ちた。
「善悪とは表裏一体でありますれば……親子を悪と断じ誅するキサ達は、これまた悪でありましょうな」
 鬼渡ノ太刀がきらめいた。それは美しい輝きだった。白銀の軌跡が、セレーデにはゆっくりと迫りくるように感じられた。時間が止まったかのようだった。ふいに脳裏を走馬灯が満たした。無邪気な笑い声、あれはユリックとザスだろう。きゃんきゃん言ってるのはミョールで、リリコはいつもどおり木陰で本を読んでいる。片付けをしていたシスターとベネラーが振り返って笑いかけ、自分を目にしたチナナとロロフォイがかけよってくる……。
「はっ!」
 現実に戻った瞬間、セレーデは不自由な体でもがき転がった。希紗良の切っ先がざっくりとうなじを斬る。
「やあああ! ちがうのお! とーさま! とーさまだけなのお! わたしにはとーさまだけ、とーさまだけなのにい!」
「本当かい?」
 武器商人がセレーデの脇に膝をついてしゃがんでいた。
「キミの短い生涯の中で、真に幸福だったのは。誰からも守られて、愛されて、そんな幸せな時間を過ごせたのは……」
「やめて、それいじょういわないで……」
「それがキミの、ナイトメアユアセルフだ」
 武器商人はセレーデを抱き上げた。すでに上半身のみとなった魔種を。出血は止まらず、腹からはワタがこぼれている。自分の衣装が汚れるのもかまわず、武器商人はセレーデを抱きしめ、彼女の額へ指を一本置いた。
「遊ぼうか、セレーデ」
 一瞬だけ少女は、笑ったように見えた。びくんと体が大きく跳ねる。それが魔種の最後だった。

●反転(おしまい)
 つまをてにかけたとき、せかいはいきのねをとめた。
 モノクロ、どうしようもなく、コールタールでかきなぐったせかい。いきるにあたいしなくなった。よばれたからそうなのか、そうだからよばれたのか、いまとなってはわからない。ただおいてきたおまえのなきごえだけはおぼえていた。
 いるはずのないばしょをさがし、いるわけのないところをさまよい、かぜにゆられふらふらとひびをたいだにすごすなかでも、おまえのなきごえをわすれたことはなかった。そのピンクブロンドも、こんじきのひとみも、おれのなかからぬけおちてしまったけれど、それでもな、セレーデ、さがしていたんだ。セレーデ、おまえのなまえすら、おれはふたをしてしまったが、それでもな、セレーデ、探していたんだ。誘蛾灯に引かれる羽虫のように、愛さずにはいられないんだ。泣いているのなら、止めなければ。抱きしめてぬくもちを分かち合い、ここがお前の居場所だと教えてやらなければ。お前が安心できるよう、全力を尽くさなければ。なのに、すまない、おれはおれのくつうをゆうせんしてしまった。このてがつまのむねをつらぬいたとき、すべてがどうでもよくなってしまった。セレーデ、お前が泣いていると言うのに。父親失格だ。失格だ、失格だ。それでもお前は出会ってくれた。こんな俺と出会い直してくれた。「とーさま」と呼んでくれた。ならば守ろう。名誉を挽回しよう。それがつまらない意地でもくだらないプライドでも、確かに俺にしかできないことだから。

 セレーデが敗北したのを受けて、仲間たちがこちらへ走ってくる。リウィルディアは、うつむき立ち尽くすとーさまへ向けて稲妻のような言葉を放った。
「貴様が今も子を持つ父であるのなら、娘の死に思うことはないのか」
 とーさまはこたえたない。唇がわなないているのがかすかに見えた。リウィルディアは言い募る。
「なければ疾く死ね。あるのなら……僕たちが手を下すまで、父に戻れ」
「ちちにもどれ、だと?」
 寒風が吹きすさび、シガーとゴリョウがとっさにガードする。ひとつになった呼び声が強まった気がした。
「おれは、おれこそがセレーデのちちおやだ。よくもおれからむすめをうばったな……ころしてやる、ころしてやるとも!」
(まずい!)
 リウィルディアは反射的にクェーサーアナライズを放った。露をたっぷり含んだ木の葉が舞い散る。それはセレーデ撃破に力を注いでいた仲間を好転させ、抑え役だったゴリョウとシガーへ気力を与える。
「セレーデ! セレーデ、セレーデ! よくも、よくも!」
 父が吠える。リウィルディアの挑発はとーさまの理性を破壊するに十分だった。手近に居るシガーとゴリョウが何度も殴りつけられる。肋骨がみしりと鳴り、打撃の威力がボディの深くへ突き刺さった。
「そこでキレるんなら! なんで! 一人で逃げたんだよテメェはよぉッ!」
 ゴリョウが防御の構えを解き、攻勢へ入った。エルフ鋼の小手から魔力塊を生成し、それを握り込んでとーさまを殴り抜ける。
「なにが愛しているよだ! 親だってんなら行動でしめせ! お前が! お前がセレーデの心を守ってやらなきゃならなかったんだよ!」
「ああ、そうだともさ」
 シガーが口に入った泥を吐き出し、刀をひらめかせた。一の太刀、二の太刀、三の太刀、次々と手数で攻撃する。さながら分身でもしたかのようにその動きは素早い。目にも留まらぬ速さで切りつけながら、シガーも毒を吐く。
「こうなったのもあんたがでくのぼうだからだ。親としての務めを果たさなかったからだ。あんたの愛は口先だけだ。俺たちごときの包囲網を抜けられなかったからだ。手を抜いてたんじゃないのか? 高をくくってたんじゃないのか? 自分は魔種だからと、おごっていたんじゃないのか?」
「だまれ……だまれぇ!」
 空気を引き裂くほどの速度で、とーさまの回し蹴りがシガーへ決まりそうになった、その時。
「ダメであります!」
 希紗良が飛び出した。
「希紗良ちゃん!」
「アッシュ殿!」
 直撃した希紗良はかろうじて両腕で身を守った。いくつもの骨が砕ける音がたち、彼女は地面へ叩きつけられた。激痛をこらえ、泥にまみれたまま彼女はシガーを見上げる。
「ああ、アッシュ殿、ご無事でしたか……よかったであります」
「馬鹿野郎! なんでこんなことした!」
 希紗良を抱き上げ、シガーは蒼白になった。両腕はくらげのよう、折れたあばらも内臓へ食い込んでいるだろう。
「……はは、なんででありましょうね。ただとっさに、体が動いたであります」
「リウィルディア、頼む、癒やしを!」
「やっている!」
 リウィルディアが銀の蔦を伸ばし、希紗良の全身を優しく慰撫する。しかし一命はとりとめたものの、戦線復帰は難しいようだった。シガーは怒りに燃える目でとーさまを見据えた。
「希紗良ちゃん、さがっていろ。俺がお前の分まで思いをぶつけてやる」
 とーさまがシガーを見やった。
「そーぷおぺらはよそでやってくれ」
「無駄口叩いてる暇があるのかねぇ。これから俺の刀があんたの首を掻っ切るかも知れないのに」
「おれのあいはくちさきだけといったな、そういうおまえはちがうということをしょうめいしてみせろ」
「言われずとも!」
 先ほどとは比べ物にならない剣撃がとーさまを襲った。さすがのとーさまもさばききれず、その身に深い傷を負っていく。黒い血があふれ、ぬかるみをよごし、そして雨に流されていく。
とーさまの注意は完全にシガーへ縫い付けられていた。だから気づかなかった。
「励起・黒蓮!」
 圧倒的な力の奔流が己へ向けられていることに。暴力的なまでの火力がとーさまの背をえぐった。
「いまのを食らってそれで済むとは、タフですね。ならば何度でも打ち込むまで!」
 綾姫が再び大太刀をかまえる。
「そうなんどもくらってたまるか」
「どうでしょう? あなたは孤立無援の四面楚歌。これだけの敵に囲まれて無傷でいられるとお思いで?」
「セレーデのかたき、かならずうってみせる」
「なるほどなるほど、負けを認める気は一切ないと。こちらもそのほうが斬りがいがあります!」
 再び黒蓮の一撃(そう呼ぶにはあまりに重いのだが)がとーさまを襲った。さらに。
「黒きアギトよ、我の前に力を示せ、宵闇より深く、オニキスよりも濃く、その牙でもって我らの敵を貪り尽くせ」
 ステラが舞う。黒竜がその背後から顔を出し、とーさまを狙う。黒竜は顎を大きく開け、とーさまを飲み込まんとした。
「こんな、ところで……たおれるわけには!」
 とーさまは力を振り絞り、黒竜の頭を殴り飛ばした。だがしかし、黒竜はもう一体迫っていた。
「ぐあっ!」
 二体の黒竜はとーさまのからだを挟むように衝突し、対消滅した。
「どうしてかな、哀れに思うよ。だけど手は抜かない。それは無礼だと思うから」
 イズマが立っていた。とーさまはイレギュラーズによって完全に包囲されていた。死角から来る攻撃はさすがのとーさまも手を焼く。イレギュラーズたちは連携をよく発揮し、短期決戦に持ち込んでいた。それはとーさまを一気に倒し切る唯一の突破口であり、最適化された行動であったと言えよう。
「おまえたちは出会うべきではなかった。おまえと出会ってしまったから、セレーデ殿は、完全に壊れてしまった……」
 鬼灯が魔糸を展開する。音もなく広がっていくそれは、川のように大きく蛇行しながらとーさまの足元を狙った。
「くあっ!」
 足へ絡みついた魔糸がふくらはぎを引き裂く。とーさまの体勢が大きく崩れた。
「この、ていどで、やられてたまるか、セレーデ、セレーデ……!」
 とーさまが天へ向けて拳を打つ。打ち上げられた気の流れが雲をかき乱し、そこから雷が落ちた。落雷は続き、庭が荒れていく。直撃したゲオルグはアクアヴィタエを一気に飲み干した。
「ヒヒ、最後のあがきかい。無駄だよ。我(アタシ)にはちゃァんと死相が見えている」
 落雷をすりぬけて武器商人がとーさまへ肉薄する。背中には幾枚もの羽があった。それが鴻のように大きく広がり、武器商人の持つ権能を開放した。
「張り切る場面は、今じゃァなかったんだ」
 悪夢がとーさまへまとわりついた。まだ人間だった頃を思い出したのか、とーさまは絶叫している。落雷が激しさを増した。
「無駄だ。すべて俺が打ち消してみせる!」
 ゲオルグは再び聖歌をくちずさむと、自らもまたとーさまへ向けて突進した。
「意地と意地のぶつかりあいだな。だけどお前はここで負けるんだ。何故っておまえは守るべきものを、とうの昔に捨ててしまったんだからなぁ!」
 ゲオルグの周りにたゆたう精霊がその姿をみせた。彼の感情に呼応した怒れる精霊たちがゲオルグへ力を貸す。ゲオルグは心臓の真上へ掌底を打ち込んだ。
「かはっ!」
 おびただしい量の血を吐き、とーさまはくずおれた。それは魔種の敗北を意味していた。
 その瞬間、雲を引き裂き影が落ちてきた。ゴリョウがすばやく反応し、その影へショウ・ザ・インパクトをぶちこんだ。短い悲鳴とともに、それはバウンドし、泥まみれになる。
「ぶはははッ! 消えゆく父娘(おやこ)まで引き離すような趣味はねぇんだ! 一昨日きやがれ漁夫の利野郎ッ!」
 ゴリョウの目算通り、それは片足のない魔種だった。魔種は血走った目でセレーデの死体を見やる。だがそれは武器商人のはからいで睦月の腕の中にあった。弥生が守るようにその前へ立ち、得物を構える。
「……ちっ。どいつもこいつも邪魔をしおって。不愉快極まりない!」
 片足の魔種は来たときと同じ速さで天空へ昇っていった。
 雨はいつしかやんでいた。ぱらぱらとなごりのように涙雨が降っている。空は明るくなり始めていた。


「イレギュラーズ、だったかな……」
 父は虫の息だった。もはやあとは滅びるしかないと、一同にはわかっていた。
「強かったよ、きみたちは。俺に足りないものも、たくさん教えてくれて……すこしばかり、遅すぎたけれど」
 大きく咳き込む父。唇の端から新たな血が漏れる。にもかかわらず、父は微笑んだ。
「俺を、倒してくれて、ありがとう……」
 そうして父は静かに息を引き取った。イズマが手を伸ばし、瞳を閉じさせてやった。
「この人も苦しんでいたんだな」
 ほうと息を吐くイズマ。戦いの余韻は重く、胸が痛む。
 鬼灯の胸元からひょこりと章姫が顔を出した。
「鬼灯くん、花畑に埋めてあげましょうよ。いい夢が見られるように」
「ああそうだな章殿。きっと、あそこなら……」
 天国に、近いだろうから。

成否

成功

MVP

ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク

状態異常

武器商人(p3p001107)[重傷]
闇之雲
ゴリョウ・クートン(p3p002081)[重傷]
黒豚系オーク
シガー・アッシュグレイ(p3p008560)[重傷]
紫煙揺らし
希紗良(p3p008628)[重傷]
鬼菱ノ姫

あとがき

おつかれさまでしたー!

魔手2体、討伐たいへんでしたね。
MVPは最後までヘイトを稼ぎ続けたあなたへ。

またのご利用をお待ちしております。

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